デビュー十年目
※めめが腹黒い。
※A子さんが登場します。
目黒side
「ねぇ、音楽消していい?」
康二の車の中でかかっているのは誰もが知ってる洋楽のバラード。
ゆったりとした曲調と深みのあるテノールに酔いしれ恍惚する康二を見ていると、まるで彼らが康二に愛を囁いているようでなんだかムカつく。
康「あ、今日朝早かったやろ?眠くなってもうた?寝ててもええよ」
そう問う俺に康二は流れていたバラードを止めて体を気遣ってくれる。
いやむしろ、康二の方が俺を寝かせに来ていたのではないのだろうか。
「いや、康二に俺と一緒にいることにもっと集中して欲しくて」
車内で流れてるBGMにまで嫉妬してしまう程、俺は重度の康二中毒者の構ってちゃんである。
康「……めめ。さっきも言ったけど、運転に集中出来ひんからそんなにマジマジと見つめんといて」
BGMが無くなり、急に静かになった車内。
高速の車線変更を慣れた手付きで行う康二の真剣な横顔を俺がジーッと眺めていると、逃げ場のなくなった康二の顔は羞恥心で赤く染まっていく。
「俺さ、康二が近くにいると目が離せなくなるんだよね」
康二に愛の言葉を投げかけるのは恋人である俺の特権だ。 安いバラードなんかには絶対に負けない。
康「そんなんやから、めめはみんなにわかりやすいって言われるんやで。今からでも見ないように少し意識してくれ」
好きなのに、見るなと?
なんだか俺の想いばかりが大きく感じ、俺が不貞腐れ康二の左太ももに右手を乗せれば、康二はポリポリと頬をかく。
俺の言葉や行動に困っている姿が本当に可愛い。
「もうみんな知ってるし、今更じゃない?」
康「ほんま頼むわ、国宝級イケメンのめめにずっと見つめられてたら俺の心臓がもたんのや……」
康二は口を結び、頬を膨らませた。
これは落ち着かない時の康二の癖だ。
今までも、康二にイケメンや色男、二枚目などと何度も褒め称えられて来たが、それはどちらかというと仲間内のおふざけの一環みたいなもので、それを本気にしたことはない。
ただ、今の発言は完全に恋人としての本心で、好きな人の目にカッコよく写っているのならば、それほど嬉しいことはない。
俺がいつまでも目を逸さないでいる気恥ずかしさを必死に紛らわせようとしている康二を見て、俺はそんな康二をもっと困らせたくなった。
「あべちゃんとさっくん、二人でいる時は下の名前で呼んでるんだね」
康二の左太ももに置いた手をゆっくり動かし、康二の太ももを撫でる。
康「なんか特別な関係って感じやったな。
……なぁ、めめ。そのエロ親父みたいな手つきもやめぇや」
「いてっ。じゃあ、蓮って呼んでくれたらやめる」
康二にベシっと、手を払いのけられても俺は懲りずに康二の太ももを撫で続けた。
康「………」
俺の言葉に康二が露骨に眉を顰める。
テレビの撮影やメンバーが一緒の時は関西のノリで意外となんでも乗ってくれるが、素の康二はめちゃくちゃ照れ屋だ。
「俺もあの二人みたいに、もっと康二の特別な存在になりたいよ」
俺が寂しげに呟くと、康二は
康「俺の特別は出会ってからずっと、お前だけや。蓮」
「……好きな人に名前で呼ばれるのってなんかくすぐったいね」
康「……俺はさっきからずっと、くすぐったいどころやないけどな」
俺の右手に康二の温かい左手が重なり、今にも爆発しそうな康二を見て俺は笑みが溢れ、大介、亮平と呼び合うメンバー二人のことを脳裏に浮かべる。
「(康二には言ってないけど、二人が名前で呼び合ってるのはデビュー前から知ってた)」
それこそあべちゃんの弱い部分と、二人のただならぬ関係も。
俺は当時のことを振り返る。
「はぁ、思ったよりもキツいな……」
俺がまだ前のグループに所属していた時のことだ。
とある舞台で急遽代役として抜擢され、開園まで半日もない残り僅かな時間で、台詞や振り付けを舞台会場で叩き込まなければならず、無情にも迫る時間に俺は必死だった。
そのハードさに思わず深夜で人気のない真っ暗な非常階段に駆け込み、その場で崩れ落ちる。
「……しっかりしろ」
俺は目を閉じ、去年出会った三日月のように目を細めてニカッと笑う、関西弁の青年を思い出す。
……これはチャンスだ。
明日の舞台を成功させれば、これから大きな道が切り開かれ、関西ジャニーズで先陣を切る彼にもっと近付けるかもしれない。
弱音なんて吐いている場合じゃない。
そう言い聞かせて、自分を叱咤させた時、
「もう、駄目かも……」
「……!」
暗闇の中、下の階でふいに聞こえた心許ない声に体が固まる。
会場には俺や先生、僅かな人物しかいないはず。
手すりの間から俺が恐る恐る顔を覗かせると、そこには今回の舞台のキャストであり、ジュニアの中で鬼教官と呼ばれるアクロバットの天才佐久間君、
そして、佐久間君とは対照的に穏やかで頭脳派な阿部君が階段の踊り場で、うすっらと月明かりに照らされていた。
佐「大丈夫だよ、亮平。ちゃんと出来てるから、自信を持って」
阿「……うん。大介いつも励ましてくれて、ありがと」
佐久間君の首元に項垂れ、弱音を吐く阿部君。
佐久間君はそんな阿部君の背中を優しく撫で、顔を上げた阿部君が佐久間君を見て二人は視線を交わし、微笑み合う。
「(えっ、あの二人ってそういう関係?)」
確か、メンバーの前では互いのことを下の名前では呼んでいなかったはず。
二人のただならぬ雰囲気に俺は見てはいけないものを見てしまった気持ちになり、階段に座り込む。
そして励まし合う二人の姿を見て、俺が憧れている康二君と別れ際に交わした言葉が頭によぎる。
「(お互い頑張って、また会おうな)」
この当時の俺は同じグループのメンバー同士で抱き合い、支え合える佐久間君とあべちゃんをとても羨ましく思い、それ以降、康二と声を掛け合い触れ合う姿を頭の中で何万回と想像し、俺はそれを日々の励みとしていた。
康二と出会ってから、俺の心の中にはいつも康二がいて、この後まさかこの舞台がきっかけとなり、佐久間君とあべちゃんだけでなく、想い人である康二も含めて同じグループのメンバーになるなんて、この時は思ってもみなかった……。
だから俺は今、こうして康二と結ばれたのは運命だと思っている。
思わずニヤける俺に康二は気付き、
康「……めめ、なに考えてるん?顔ヤバいで」
前を向いてドン引きしていた。
「えー、また呼び方が戻ってるんだけど」
康「下の名前で呼ぶと国宝級イケメンの顔面が崩壊することが分かったからな」
全国のファンに今の顔を見せてやりたいわーと康二は鼻で笑う。
「恥ずかしくて呼べないんでしょ。
まぁ、康二の照れ屋さんなところが俺は一番好きだからいいけど」
康「っ……!」
俺がそう言った瞬間、車が急に左に寄る
「……康二、お願いだからもう少し安全運転で頼むよ」
康「誰のせいや!?お前はもうほんまにちょっと黙っとれ!」
俺の手の上に置かれていた康二の左手で何度も体を叩かれ、その度に車体が揺れる。
「康二!危ないって!!からかって、悪かったよ!!」
交通量の多い湾岸線で俺は学ぶ。
運転中の康二を絶対にからかってはいけないと。
「(俺の彼女マジで可愛すぎだろ)」
緩む口元を手で覆い、隠す。
康二とこんな風にイチャイチャ出来る日が来るなんて、まだ夢のようだ。
だけど、康二とこの先も一緒にいる為に、やらなければいけないことが俺たちにはまだ一つ残っている。
「あべちゃんさ、佐久間君のこと好きでしょ」
阿「佐久間?もちろん好きだよ?佐久間だけじゃなくて、めめも康二もみんな大好きだけど」
あべちゃんと二人で冬の朝焼けを背に早朝から行われた撮影が思っていたよりも早く終わり、俺は控え室でやけにスマホを気にするあべちゃんに例の件を切り出す。
あべちゃんは俺の質問に何食わぬ顔で模範解答を返し、どうしてそんなことを聞くの?とでもいうように首を傾げる。
「俺、結構前に佐久間君とあべちゃんが二人で下の名前を呼び合いながら抱き合ってるの見たことあるんだ。だから、二人に恋愛感情があるのなって」
俺は回りくどいことは嫌いだ。
単刀直入に話す俺にあべちゃんの表情が一気に冷めたものとなる。
阿「俺も佐久間も彼女いるってめめも知ってるよね。佐久間は大切なメンバーでそれ以上でも以下でもないよ。なにが言いたいの?」
初めて見る素のあべちゃんの声は一寸たりとも付け入る隙を与えないというように低く、その目は鋭い。
俺は敵対心剥き出しの素のあべちゃんに笑う。
今のあべちゃんはマネージャから康二の結婚を聞かされた時の俺と全く同じだ。
心に余裕がない。
佐久間君への想いや嫉妬心を誰にも悟られたくないのだろう。
「最近気付いたんだけど、あべちゃんは本当の彼女じゃないんでしょ?佐久間君への気持ちを隠す為のフェイクだよね」
俺と康二がメンバーに交際宣言をした後、偶然にもあべちゃんと何件か仕事が重なったが、あの一件以来あべちゃんの様子が目に見えてわかる程おかしかった。
そんなあべちゃんは俺が知る限り、デビュー前に深夜の非常階段で偶然見てしまった佐久間君の前で弱音を吐いた時くらいで、いつも明るくスマートなあべちゃんが精神面でやられるのは佐久間君が原因だろうとすぐに直感が働いた。
阿「……だったらなんなの?」
普段の様子からは想像出来ないくらい、俺を睨むあべちゃんには威厳がある。
「七年前のあの騒動以降メンバー同士の恋愛はタブーって知ってた?」
阿「別に佐久間とどうこうなろうと思ってるわけじゃないし」
あべちゃんはなんてことのないように俺から視線を逸らす。
嘘だ。
あべちゃん、動揺を隠しきれてないのはバレバレなんだよ。
「俺と康二がみんなに交際を発表した日さ、佐久間君が帰り際に彼女に電話で大切な話があるって言ってたけど、それって」
———プロポーズかな?
阿「うるさい!!!!」
俺の言葉はあべちゃんの怒鳴り声で掻き消される。
図星か。
この様子だとあべちゃんも佐久間君から、彼女と結婚すると聞かされたのだろう。
そして、それに対して酷く焦っている。
彼女でいる間はまだ良いが、結婚されてしまえば最後、佐久間君は自分の手の届かぬ存在となってしまう。
佐久間君も、自分を心の拠り所にしているあべちゃんとの中途半端な関係に終止符を打とうとしているのだ。
「後悔する前に佐久間君とちゃんと話した方がいいよ。今のあべちゃんは俺が康二とA子さんの結婚の話を聞かされた時と同じだからさ」
阿「………… 」
俺は帽子を被り、眼鏡をかけスマホをジャケットのポケットに突っ込み帰り支度をする。
そして、立ち尽くすあべちゃんの肩に手を置き耳元で囁く。
———康二の結婚はマネージャーの勘違いだったけど、佐久間君は本気だよね?
阿「…………っ!!」
俺があべちゃんに追い討ちをかけた後、タイミング良く街中で佐久間君と康二が現れて、ラウールの家であべちゃんが佐久間君への長年の想いを伝えた。
あの佐久間君の様子からしても、二人はきっと結ばれるだろう。
神様は俺の味方だ。
「(俺の誕生日までには全てを片付けたいけど……)」
羽田空港から飛んでいく飛行機を眺めながら、俺は頭を働かせる。
次のステップは社長に俺たちの関係を報告することだ。
もちろんそこにはあべちゃんと佐久間君もセットで。
メンバー内で二組のカップルがいると知ったら、社長はどういう反応をするだろうか。
もし仮に反対されても、俺には切り札が残っている。
康二とこの先も一緒にいる為にはやはり世間への公表は必須だろう。
公にせず、人生は一度きりだから上手く楽しもうと言うあべちゃん。
「(……この先もコソコソ付き合うなんて冗談じゃない) 」
向井康二は目黒蓮ただ一人だけのモノだ。
そして、目黒蓮も向井康二ただ一人だけのモノ。
全世界にそれを知らしめたい。
康二がいれば、俺は他には何も望まない。
康「……なんか気味悪いくらい物思いに耽ってるな」
外の景色を眺める俺に康二が話しかける。
俺に構ってもらえなくて、寂しかった?と言葉が出かかったが、それを言うのはやめておこう。
「まだ、死にたくないから静かにしてたんだよ」
康「それは正解」
康二が楽しそうに笑う。
その笑顔に俺も嬉しくなる。
窓の外にはランドマークタワーやコスモワールドの観覧車、そして俺たちがコンサートをした横浜アリーナ。
もうすぐ高速の出口。
康二が左にウィンカーを出して言った。
康「車から降りたら、いっぱいドキドキさせてや、蓮」
不意打ちで名前を呼ばれ、俺は驚きで康二を見る。
ハンドルを握り、前を向いてしてやったりの表情の康二はいつにも増して男前で、たまに彼氏になる俺の彼女は俺を魅了することが本当に得意だ。
康二の蓮呼びになんだかクラクラする。
「……俺の方がもうドキドキなんだけど」
たくさんの想い出が詰まっているみなとみらいで、康二と初めてのデート。
→
※A子さんが登場します。
目黒side
「ねぇ、音楽消していい?」
康二の車の中でかかっているのは誰もが知ってる洋楽のバラード。
ゆったりとした曲調と深みのあるテノールに酔いしれ恍惚する康二を見ていると、まるで彼らが康二に愛を囁いているようでなんだかムカつく。
康「あ、今日朝早かったやろ?眠くなってもうた?寝ててもええよ」
そう問う俺に康二は流れていたバラードを止めて体を気遣ってくれる。
いやむしろ、康二の方が俺を寝かせに来ていたのではないのだろうか。
「いや、康二に俺と一緒にいることにもっと集中して欲しくて」
車内で流れてるBGMにまで嫉妬してしまう程、俺は重度の康二中毒者の構ってちゃんである。
康「……めめ。さっきも言ったけど、運転に集中出来ひんからそんなにマジマジと見つめんといて」
BGMが無くなり、急に静かになった車内。
高速の車線変更を慣れた手付きで行う康二の真剣な横顔を俺がジーッと眺めていると、逃げ場のなくなった康二の顔は羞恥心で赤く染まっていく。
「俺さ、康二が近くにいると目が離せなくなるんだよね」
康二に愛の言葉を投げかけるのは恋人である俺の特権だ。 安いバラードなんかには絶対に負けない。
康「そんなんやから、めめはみんなにわかりやすいって言われるんやで。今からでも見ないように少し意識してくれ」
好きなのに、見るなと?
なんだか俺の想いばかりが大きく感じ、俺が不貞腐れ康二の左太ももに右手を乗せれば、康二はポリポリと頬をかく。
俺の言葉や行動に困っている姿が本当に可愛い。
「もうみんな知ってるし、今更じゃない?」
康「ほんま頼むわ、国宝級イケメンのめめにずっと見つめられてたら俺の心臓がもたんのや……」
康二は口を結び、頬を膨らませた。
これは落ち着かない時の康二の癖だ。
今までも、康二にイケメンや色男、二枚目などと何度も褒め称えられて来たが、それはどちらかというと仲間内のおふざけの一環みたいなもので、それを本気にしたことはない。
ただ、今の発言は完全に恋人としての本心で、好きな人の目にカッコよく写っているのならば、それほど嬉しいことはない。
俺がいつまでも目を逸さないでいる気恥ずかしさを必死に紛らわせようとしている康二を見て、俺はそんな康二をもっと困らせたくなった。
「あべちゃんとさっくん、二人でいる時は下の名前で呼んでるんだね」
康二の左太ももに置いた手をゆっくり動かし、康二の太ももを撫でる。
康「なんか特別な関係って感じやったな。
……なぁ、めめ。そのエロ親父みたいな手つきもやめぇや」
「いてっ。じゃあ、蓮って呼んでくれたらやめる」
康二にベシっと、手を払いのけられても俺は懲りずに康二の太ももを撫で続けた。
康「………」
俺の言葉に康二が露骨に眉を顰める。
テレビの撮影やメンバーが一緒の時は関西のノリで意外となんでも乗ってくれるが、素の康二はめちゃくちゃ照れ屋だ。
「俺もあの二人みたいに、もっと康二の特別な存在になりたいよ」
俺が寂しげに呟くと、康二は
康「俺の特別は出会ってからずっと、お前だけや。蓮」
「……好きな人に名前で呼ばれるのってなんかくすぐったいね」
康「……俺はさっきからずっと、くすぐったいどころやないけどな」
俺の右手に康二の温かい左手が重なり、今にも爆発しそうな康二を見て俺は笑みが溢れ、大介、亮平と呼び合うメンバー二人のことを脳裏に浮かべる。
「(康二には言ってないけど、二人が名前で呼び合ってるのはデビュー前から知ってた)」
それこそあべちゃんの弱い部分と、二人のただならぬ関係も。
俺は当時のことを振り返る。
「はぁ、思ったよりもキツいな……」
俺がまだ前のグループに所属していた時のことだ。
とある舞台で急遽代役として抜擢され、開園まで半日もない残り僅かな時間で、台詞や振り付けを舞台会場で叩き込まなければならず、無情にも迫る時間に俺は必死だった。
そのハードさに思わず深夜で人気のない真っ暗な非常階段に駆け込み、その場で崩れ落ちる。
「……しっかりしろ」
俺は目を閉じ、去年出会った三日月のように目を細めてニカッと笑う、関西弁の青年を思い出す。
……これはチャンスだ。
明日の舞台を成功させれば、これから大きな道が切り開かれ、関西ジャニーズで先陣を切る彼にもっと近付けるかもしれない。
弱音なんて吐いている場合じゃない。
そう言い聞かせて、自分を叱咤させた時、
「もう、駄目かも……」
「……!」
暗闇の中、下の階でふいに聞こえた心許ない声に体が固まる。
会場には俺や先生、僅かな人物しかいないはず。
手すりの間から俺が恐る恐る顔を覗かせると、そこには今回の舞台のキャストであり、ジュニアの中で鬼教官と呼ばれるアクロバットの天才佐久間君、
そして、佐久間君とは対照的に穏やかで頭脳派な阿部君が階段の踊り場で、うすっらと月明かりに照らされていた。
佐「大丈夫だよ、亮平。ちゃんと出来てるから、自信を持って」
阿「……うん。大介いつも励ましてくれて、ありがと」
佐久間君の首元に項垂れ、弱音を吐く阿部君。
佐久間君はそんな阿部君の背中を優しく撫で、顔を上げた阿部君が佐久間君を見て二人は視線を交わし、微笑み合う。
「(えっ、あの二人ってそういう関係?)」
確か、メンバーの前では互いのことを下の名前では呼んでいなかったはず。
二人のただならぬ雰囲気に俺は見てはいけないものを見てしまった気持ちになり、階段に座り込む。
そして励まし合う二人の姿を見て、俺が憧れている康二君と別れ際に交わした言葉が頭によぎる。
「(お互い頑張って、また会おうな)」
この当時の俺は同じグループのメンバー同士で抱き合い、支え合える佐久間君とあべちゃんをとても羨ましく思い、それ以降、康二と声を掛け合い触れ合う姿を頭の中で何万回と想像し、俺はそれを日々の励みとしていた。
康二と出会ってから、俺の心の中にはいつも康二がいて、この後まさかこの舞台がきっかけとなり、佐久間君とあべちゃんだけでなく、想い人である康二も含めて同じグループのメンバーになるなんて、この時は思ってもみなかった……。
だから俺は今、こうして康二と結ばれたのは運命だと思っている。
思わずニヤける俺に康二は気付き、
康「……めめ、なに考えてるん?顔ヤバいで」
前を向いてドン引きしていた。
「えー、また呼び方が戻ってるんだけど」
康「下の名前で呼ぶと国宝級イケメンの顔面が崩壊することが分かったからな」
全国のファンに今の顔を見せてやりたいわーと康二は鼻で笑う。
「恥ずかしくて呼べないんでしょ。
まぁ、康二の照れ屋さんなところが俺は一番好きだからいいけど」
康「っ……!」
俺がそう言った瞬間、車が急に左に寄る
「……康二、お願いだからもう少し安全運転で頼むよ」
康「誰のせいや!?お前はもうほんまにちょっと黙っとれ!」
俺の手の上に置かれていた康二の左手で何度も体を叩かれ、その度に車体が揺れる。
「康二!危ないって!!からかって、悪かったよ!!」
交通量の多い湾岸線で俺は学ぶ。
運転中の康二を絶対にからかってはいけないと。
「(俺の彼女マジで可愛すぎだろ)」
緩む口元を手で覆い、隠す。
康二とこんな風にイチャイチャ出来る日が来るなんて、まだ夢のようだ。
だけど、康二とこの先も一緒にいる為に、やらなければいけないことが俺たちにはまだ一つ残っている。
「あべちゃんさ、佐久間君のこと好きでしょ」
阿「佐久間?もちろん好きだよ?佐久間だけじゃなくて、めめも康二もみんな大好きだけど」
あべちゃんと二人で冬の朝焼けを背に早朝から行われた撮影が思っていたよりも早く終わり、俺は控え室でやけにスマホを気にするあべちゃんに例の件を切り出す。
あべちゃんは俺の質問に何食わぬ顔で模範解答を返し、どうしてそんなことを聞くの?とでもいうように首を傾げる。
「俺、結構前に佐久間君とあべちゃんが二人で下の名前を呼び合いながら抱き合ってるの見たことあるんだ。だから、二人に恋愛感情があるのなって」
俺は回りくどいことは嫌いだ。
単刀直入に話す俺にあべちゃんの表情が一気に冷めたものとなる。
阿「俺も佐久間も彼女いるってめめも知ってるよね。佐久間は大切なメンバーでそれ以上でも以下でもないよ。なにが言いたいの?」
初めて見る素のあべちゃんの声は一寸たりとも付け入る隙を与えないというように低く、その目は鋭い。
俺は敵対心剥き出しの素のあべちゃんに笑う。
今のあべちゃんはマネージャから康二の結婚を聞かされた時の俺と全く同じだ。
心に余裕がない。
佐久間君への想いや嫉妬心を誰にも悟られたくないのだろう。
「最近気付いたんだけど、あべちゃんは本当の彼女じゃないんでしょ?佐久間君への気持ちを隠す為のフェイクだよね」
俺と康二がメンバーに交際宣言をした後、偶然にもあべちゃんと何件か仕事が重なったが、あの一件以来あべちゃんの様子が目に見えてわかる程おかしかった。
そんなあべちゃんは俺が知る限り、デビュー前に深夜の非常階段で偶然見てしまった佐久間君の前で弱音を吐いた時くらいで、いつも明るくスマートなあべちゃんが精神面でやられるのは佐久間君が原因だろうとすぐに直感が働いた。
阿「……だったらなんなの?」
普段の様子からは想像出来ないくらい、俺を睨むあべちゃんには威厳がある。
「七年前のあの騒動以降メンバー同士の恋愛はタブーって知ってた?」
阿「別に佐久間とどうこうなろうと思ってるわけじゃないし」
あべちゃんはなんてことのないように俺から視線を逸らす。
嘘だ。
あべちゃん、動揺を隠しきれてないのはバレバレなんだよ。
「俺と康二がみんなに交際を発表した日さ、佐久間君が帰り際に彼女に電話で大切な話があるって言ってたけど、それって」
———プロポーズかな?
阿「うるさい!!!!」
俺の言葉はあべちゃんの怒鳴り声で掻き消される。
図星か。
この様子だとあべちゃんも佐久間君から、彼女と結婚すると聞かされたのだろう。
そして、それに対して酷く焦っている。
彼女でいる間はまだ良いが、結婚されてしまえば最後、佐久間君は自分の手の届かぬ存在となってしまう。
佐久間君も、自分を心の拠り所にしているあべちゃんとの中途半端な関係に終止符を打とうとしているのだ。
「後悔する前に佐久間君とちゃんと話した方がいいよ。今のあべちゃんは俺が康二とA子さんの結婚の話を聞かされた時と同じだからさ」
阿「………… 」
俺は帽子を被り、眼鏡をかけスマホをジャケットのポケットに突っ込み帰り支度をする。
そして、立ち尽くすあべちゃんの肩に手を置き耳元で囁く。
———康二の結婚はマネージャーの勘違いだったけど、佐久間君は本気だよね?
阿「…………っ!!」
俺があべちゃんに追い討ちをかけた後、タイミング良く街中で佐久間君と康二が現れて、ラウールの家であべちゃんが佐久間君への長年の想いを伝えた。
あの佐久間君の様子からしても、二人はきっと結ばれるだろう。
神様は俺の味方だ。
「(俺の誕生日までには全てを片付けたいけど……)」
羽田空港から飛んでいく飛行機を眺めながら、俺は頭を働かせる。
次のステップは社長に俺たちの関係を報告することだ。
もちろんそこにはあべちゃんと佐久間君もセットで。
メンバー内で二組のカップルがいると知ったら、社長はどういう反応をするだろうか。
もし仮に反対されても、俺には切り札が残っている。
康二とこの先も一緒にいる為にはやはり世間への公表は必須だろう。
公にせず、人生は一度きりだから上手く楽しもうと言うあべちゃん。
「(……この先もコソコソ付き合うなんて冗談じゃない) 」
向井康二は目黒蓮ただ一人だけのモノだ。
そして、目黒蓮も向井康二ただ一人だけのモノ。
全世界にそれを知らしめたい。
康二がいれば、俺は他には何も望まない。
康「……なんか気味悪いくらい物思いに耽ってるな」
外の景色を眺める俺に康二が話しかける。
俺に構ってもらえなくて、寂しかった?と言葉が出かかったが、それを言うのはやめておこう。
「まだ、死にたくないから静かにしてたんだよ」
康「それは正解」
康二が楽しそうに笑う。
その笑顔に俺も嬉しくなる。
窓の外にはランドマークタワーやコスモワールドの観覧車、そして俺たちがコンサートをした横浜アリーナ。
もうすぐ高速の出口。
康二が左にウィンカーを出して言った。
康「車から降りたら、いっぱいドキドキさせてや、蓮」
不意打ちで名前を呼ばれ、俺は驚きで康二を見る。
ハンドルを握り、前を向いてしてやったりの表情の康二はいつにも増して男前で、たまに彼氏になる俺の彼女は俺を魅了することが本当に得意だ。
康二の蓮呼びになんだかクラクラする。
「……俺の方がもうドキドキなんだけど」
たくさんの想い出が詰まっているみなとみらいで、康二と初めてのデート。
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