デビュー十年目


目「ほら、腕上げて」

「へ?」 

シャワーから出る水がお湯になるまでの間、なぜだか湯船が張ってあり、湯気が立っている浴室内でめめはポカンとする俺の服をテキパキと脱がせた。

そして、めめ自身も自分の服を脱いでいく。

「えと…っ」

めめの鍛え上げられた体、そして微かに感じためめの汗の香り。

さらに明るい浴室に二人で素っ裸という状況に俺の全身が赤くなる。

「うわっ!なに?」

目「口にお湯入るから黙ってて」

二人分の衣類を脱衣所に投げ捨て、めめは温かくなったシャワーをいきなり俺の頭に浴びせ、その勢いに驚いて俺が目をつぶるとめめの手がおでこに当てられ、そこを優しく擦っていく。


「(さっき、舘さんにキスされたとこ……)」

ある程度流し終わったところで、めめにおでこにキスをされ俺は目を開く。

目「舘さんに触られたところ、全部俺で塗り替えるから」

「っ」

余裕のない表情でめめに至近距離で見つめられ、体が一気に熱くなる。

舘さんが触れた俺の頬、頭、腰、手首をめめが丁寧に洗っていきその度、何度も口付けを重ねていく。

目「まさか、ここには触られてないよね?」

「んっ……触られてない」

目「良かった……」

最後に唇をスッと撫でられ、くすぐったさに俺が身を捩るとめめは微笑み、俺のシャワーで濡れた唇に自分の唇を重ねた。

目「康二、好きだよ」  

「ん、……俺もめめが好き」

今朝離れてから、ずっと会いたかっためめが今ここにいる。

キスをしながら、めめの首に腕を回すとめめも俺を強く抱きしめ返してくれた。




「そういえばめめ、仕事終わりで疲れてるやろにどないしたん?」

おそらく気遣いのプロである舘さんが、仕事で疲れて帰ってくる俺の為に湯船を立てておいてくれたのだろう。

俺はめめの長い脚の間に入り、めめの胸に寄りかかる格好で湯船に浸かる。
振り返ればめめの端正な顔がすぐそばにあり、なんだかドキドキする。

目「……今日は康二に会うの我慢しようと思ったんだけど、家に帰って康二が作り置きしてくれたご飯と洗濯物を見たら無性に康二に会いたくなってさ」

会いに来ちゃったと、めめは後ろから俺を抱きすくめ俺の肩に頭を乗せる。

「ん、俺もめめに会いたかったで」

肩と首筋にあたるめめの髪や吐息がくすぐったい。

目「……舘さんのお母さんって康二のお母さんと仲いいんだよね」

「舘さんは俺のおかんにタイから帰ったばかりで俺が寂しいだろうから、出迎えてくれって頼まれたんやって」

目「……康二は今日、自分の家に帰ってきて寂しかった?」

俺の返答にめめは小さな声で問いかける。

「いつもやったら寂しくて涙が出るくらいやけど、今回はあんまり」

目「それは舘さんがいたから……?」

舘さんに嫉妬というより、舘さんにカッコ悪いと言われた敗北感がかなり大きいのかめめの嫉妬に威厳が無い。

そんなめめに俺は思わず吹き出す。

「いやな、今日はめめのことばっか考えてたらあっという間に時間が過ぎて、寂しいというよりは早くめめに会いたいっていう気持ちの方が強かったで」

目「俺は家に帰ったら、康二がいなくてすごく寂しかったんだけど」

不貞腐れるめめに朝は清々しい顔で出て行ったやんかと突っ込み、改めて舘さんのことを考える。

例えばめめと付き合って無かった場合。

今頃はきっと寂しさでいっぱいで、出迎えてくれた舘さんの存在に救われただろう。

「………」

というか、めめへの想いを封印していたこの七年間。

俺の中で舘さんの存在はかなり大きかった。

目「俺は避けられてたのに、舘さんが康二のこと好きなの分かってても一緒にいたんだもんね」

「…あっ、ん」

黙り込んだ俺の考えを察したのか、めめは俺の右脇腹をスッと撫で上げ、それにより俺の口から上擦った声が漏れる。

目「妬けちゃうなー。康二が俺のものだって印付けちゃおーか」

「ちょっと、めめ吸い付いたらあかんって…!」

首筋を子犬のようにチロチロと舐めたかと思えば、今度は強く吸い付かれ、それは流石にマズいと俺はめめから全力で逃げようとする。

と、

グ〜ギュルル

めめのお腹の音が豪快に鳴る。

目「そういえば、まだ何も食べてないんだった」

撮影から帰って、すぐに俺の家に飛んで来たというめめ。

お風呂のモニターに表示された時刻はとうに二十三時を回っている。

そりゃ、お腹も空くだろうと自分もまだ夕ご飯を食べていないことを思い出す。

「俺もさっき帰ってきたばっかで何も食べてへんから、一緒にご飯食べよ」

冷蔵庫に俺のおかんが作ってくれた惣菜が食べきれないほどあった。

めめに俺の大好物のおかんのチンジャオロースがあるで、と得意げに言うとめめは手を上げてよっしゃぁ!と屈託のない笑顔で喜んだ。





めめside

「康二のお母さんの料理って、本当何食べても美味いよね」

康「日本に来てだいぶ料理の研究したらしいからな」

康二のお母さんが作ってくれたチンジャオロースと珍しいタイの料理を康二と一緒に食べる。

深いブラウンに古木の味わいがあるウッド調で統一された、カントリー風の康二の部屋は暖かみがあり、モノトーンの淡々とした俺の部屋とは違いすごく落ち着く雰囲気だ。

ちなみに俺の家にある皮のソファーはセンスのいい康二が引っ越し記念にプレゼントしてくれた物で、俺のお気に入りだ。

目「明日は康二が作ってくれた惣菜を食べるよ」

「おかんほど上手くないけど、ちゃんと栄養は取らんとあかんで」

まるで肝っ玉母ちゃんのように康二は笑った。

こうやって人の健康や栄養面を心配する性格はきっと康二のお母さん譲りなのだろう。

タイでの話や康二のお母さんの話、俺のドラマ撮影の話で盛り上がり、康二は終始俺に楽しそうな笑顔を向けてくれる。

目「………」

「なに?俺の顔になんか付いとる?」

康二の笑顔が愛らしくて、俺が康二をジッと見つめていると康二がキョトンとした顔で首を傾げる。 
 
俺はその姿に悶えた。 

康二は男の癖に昔からいちいち可愛くて、これまで何人の男が康二に落ちたのだろうかと心配になる。

目「磁石。磁石が付いてる」

「何言うてんの 」

俺の返答に康二が笑う。
結構真面目に言ったつもりだが、ボケだと思われたことに俺は少しムッとした。

「俺はね、どんなに離れていても康二の強い磁力にいつも引き寄せられてるんだよ」

康「……めめはほんま、ロマンチストやなあ」

康二の隣に座り、康二の耳元で真剣に愛の言葉を囁くと康二は俺の顔を見て照れ笑いをする。

「俺は康二にいつもくっついてたい」

康「困った甘えん坊さんやね」

康二の左手に俺の右手の五本の指をピッタリと絡める。

康二は俺にとって無くなったパズルのピースのような存在だ。

康二というピースがなければ、目黒蓮という人間は絶対に完成しない。

今日、仕事が終わって家に帰った時。
分かってはいたが康二がいない寂しさに俺は苦しくなった。

ただ、気休めに水を飲もうと冷蔵庫を開けた瞬間、冷蔵庫いっぱいに並べられた青い蓋のタッパーを見て、康二がこのキッチンで料理をする姿がすぐさま脳裏に浮かんだ。

そして、部屋を見渡せば山を作っていた洋服や散乱していた私物も綺麗に整頓されている。  

もちろんそれは全て康二がやってくれたことで、紛れもなく康二がここにいたという証。

「……うわ〜、これはやばいな。今めちゃくちゃ康二に会いたい」

夜通し俺に抱かれ、朝ベッドと同化していた康二のまるで彼女のような行動に俺は嬉しくなり、なんとか抑えていた康二に会いたいという欲求が限界を超えてしまった。

仕事でだけじゃなく、俺の私生活にも康二が常にいる妄想が脳内で始まり俺はいても立ってもいられなくなる。

時刻は二十二時。
会いに行ってもいいか連絡してみようか?
いや、歩いて数分の距離だ。

康二にすぐに会えるようにと、八年前にここに引っ越したのだから、

———会いに行こう。

早る気持ちを抑え、早歩きで康二のマンションまで向かい、マンションのインターホンを押したら、まさか舘さんが応答するとは思わず俺は驚いた。   

そして、マネージャーの康二の嘘の結婚の話は実は俺だけはなく舘さんにも向けられたものであったことを知る。

しかし、舘さんはそれが真実ではないことを知っていた。

だから、あの時あんなに余裕だったのかと改めて俺は納得する。

「(康二が舘さんのことを好きなのはよく分かってるから、舘さんのことはあんまり強く言えない……) 」

母親同士仲が良く、康二の家にもよく来ている舘さんの康二を”ずっと待ってる”という言葉を思い出す。

舘さんに面と向かって宣戦布告をされ、いつしか康二が本当に舘さんの元へ行ってしまうのではないかと俺は正直、その瞬間かなり焦っていた。

更にトドメには俺がこの世で一番嫌いな言葉である『カッコ悪い』を言われる始末。

康「なになに、めめちゃん考え事か〜?」

康二を見つめながら考え込んでいると、康二が空いている右手で俺の頬をツンツンと突っついた。

……この男は無意識に人を魅了する。 

康二は俺の心の安定剤でもあり、同時に心の不安要素でもある。

ならば、もういっそのこと言ってしまおうか。

俺は深呼吸をし、意を決して口を開いた。

「……あのさ、康二」

康「うん?」

「俺と一緒に暮らさない?」

康「え?…………えーと」

勇気を振り絞って言った言葉にてっきり、康二も頷いてくれると思っていたのだが、康二の反応はすごく微妙で言葉に詰まる康二の姿に俺はたじろぐ。

「……駄目かな」

康「仕事のこととか色々あるし、少し考えさせて」

「……うん。分かった」

康二はシュンと項垂れる俺の頭を右手で撫でた後、その手を俺の首に回し耳元で囁く。

康「ごめんな、めめ。俺たちまだ付き合ぉたばかりやん。しばらくはこの蜜月関係を楽しみたいんや 」

「っ、 」

ちょっとぶりに聞く、聞き慣れた康二のごめんな、めめ。

俺の誘いに断る時、決まって康二が言っていた台詞に一瞬心がざわついたが、最後に低い声で男らしく、ええやろ?と言われれば俺はもう何も言えなくなってしまう。

康「ということで、今日は俺の家に泊まってくやろ?」

「……いいの?」

康「めめは俺の彼氏なんやろ?当たり前やん!」

「……そうだね」

屈託のない笑顔で言われてしまえば断ることは出来ない。

今日は康二をゆっくり休ませてあげたくて、帰るつもりでいたのだが、俺はこの夜を一睡も出来ずに悶々とした気持ちで過ごすことが確定した。

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