デビュー十年目

※舘こじあり

康二side


目「ドラマの撮影があるから今日は一緒にいられないけど、いっぱい連絡するね」

「…おう、気いつけてな」

めめと交際して四日目。

冬の朝の六時はまだ寒く、薄暗い。
 
だが、雨上がりの雲一つ無い青空のようにスッキリとした顔をしてめめはベッドの中で、もはや屍となった俺の顔にキスの雨を降らす。

「康二、行ってくるね」

「ん、行ってらっしゃい」  

正直、一昨日の夜のようにしばしの別れを名残惜しむかと思ったが、めめは最後に俺のおでこにキスをして案外あっさりと家を出た。 

『康二、愛してる』

ポムっと音がし、震える腕を伸ばしスマホを確認すると早速めめから愛のメッセージが届く。

「……からだが、いたい」

三日連続でめめの寵愛を受けた俺の体は再起不能状態と言っても過言ではなく、今日は午後から番組の収録が入っていて、それまではめめの家でゆっくりすることにした。


九時。

俺はめめの部屋で山をつくっていた洗濯物を洗濯機に突っ込み、何も無い冷蔵庫を見てから行きたくてうずうずしていた近所のスーパーに買い出しに行く。

「えぇ、天気や」

ニ月の初めの割には陽気な天気で暖かく、溜まった洗濯物を干すにはもってこい。

メンバー公認でめめと付き合うことになりタイに行く前とは違う。

心が羽のように軽く、いつも歩いているこの変わらない街並みも違った景色に見えてくるから不思議だ。
 
十時。

乾燥機と干せる物は寝室の明るい窓際に干し、俺は買ってきた食材で簡単に食べられる物を何品か作る。

「こんなもんでええか」

Snow Manの中で相変わらず過密スケジュールなめめはその忙しさから、外食やデリバリーが多い。

そして、痩せやすい体質でもあるので体に優しく栄養のある物を食べて欲しかった。

十一時。  

「なんや、時間が経つのが早いわ」

作った料理の粗熱を取り、パックに詰めていると気付けば十一時。

一度自分の家に帰って、仕事に行く支度をしようと思っとったんやけど、中々いい時間になってしまった。

かれこれ一週間以上帰っていない自宅は埃が積もっていることだろう。

「めめの服借りよ」

クローゼットを開け、めめが俺とお揃いで買った服を着る。

「………」

この四日間、同じ部屋で生活を共にしてるから当然のことやけど、俺から放たれるめめの匂いに酷く安心し、途端に今朝別れたばかりのめめが恋しくなった。  

出会った当初から変わらないめめのシャンプーと柔軟剤の香り。

「めめ……」

めめの服を抱きしめるように自分の体に腕を回すと、ポムっとスマホがメッセージの到着を知らせる。  

『早く康二に会いたい』

「…っ」    

同じタイミングで同じことを考えているめめに胸が高鳴った。

俺もやでとメッセージを返せば、嬉しそうに微笑むめめの姿が頭に浮かんだ。


二十二時。


番組の収録が終わり、スーパーで自分の家の買い出しを済ませて俺は帰路につく。

お昼は暖かかったのに夜はかなり寒い。
マフラーに顔を埋め、かじかむ手をポッケに突っ込みながら考える。

タイに行く前に冷蔵庫の食材を使い切ったので、俺の家の冷蔵庫はすっからかん。

三十代になってから、さらに健康を意識して空いている時間に惣菜を作り置きをするのが俺の習慣やった。  

帰ったら何を作ろうかと頭を悩ませ、割と遅くまで営業しているユイカフェの前を通り、めめのことを考える。

「(今日も遅いって言うてたな)」

一日通しでドラマの撮影をしているめめ。

めめは忙しない合間に朝宣言した通り、俺に何通ものメッセージを送ってくれた。

付き合う前も近況報告などのメッセージのやり取りはしていたが、恋人となった今はそれが愛のやり取りへと変わり、すごくこそばゆい。

俺もロマンチストやと言われる方やけど、めめは俺をさらに超えるロマンチストだ。 

あの甘いマスクに低い声で愛してるとストレートに囁かれると、なにも逆らえなくなってしまう。

「(めめに会いたい)」

久々に入る自分のマンションのエントランスから、部屋まではめめのことで頭がいっぱいで、玄関のロックを解除し、照明がついても俺は玄関に自分のものではない靴が並んでいることに気付けなかった。

「久々の我が家、帰って来た〜!」

やはり自分の家は落ち着く。
安心してリビングまでの廊下を歩きながら、思わず漏れた大きな独り言。

そして、リビングのドアを開けると、

舘「おかえり」

「うわぁあぁあ!?!??」

突如、現れた舘さんに俺はめちゃくちゃ驚き、思わず持っていた買い物袋から手を離す。

————グシャッと、中に入っていた卵が割れる音がした。

「舘さん!?な、な、なんで俺んちにおるん?」

舘「ついさっきまで俺の母さんと康二のお母さんもいたよ」

舘さんを指差しながら動揺する俺に舘さんは肩をすくめ、俺の横に落ちたスーパーの袋を持って慣れた手つきで食材を冷蔵庫に詰めていく。

落とした卵も使える物はキッチンペーパで周りを拭き取り、しまってくれた。

その隙間からいくつもの青い蓋のタッパーが見えるあたり、俺のおかんがほんまに来ていたらしい。 

さらにテーブルに並べられたいかにもタイの置物やお菓子、洋服を見てそういえば舘さんのおかんにお土産は何がいいかと、行く前から張り切っていた自分の母親を思い出す。

舘「……タイから帰ってきて一度も家に帰ってなかったんだ」

いまだに驚きでリビングの入り口で固まる俺を舘さんが振り返る。

「……予定より一日早く帰国してめめに会って告白されて、それからずっとめめと一緒におった」

昨日の舘さんの視線を思い出し、気まずい空間が流れる。

舘「おめでとう。康二のお母さんには仕事が立て込んでるって言っておいたよ」

「……おおきに」

舘「あと、俺がここにいるのは康二のお母さんから、康二がタイから帰ったばかりで寂しい思いをしてるだろうから、出迎えてあげて欲しいって頼まれた」

「……うん」

いつものように淡々と話す舘さんに俺の言葉はどんどん小さくなる。

『目黒が好きなところも含めて、俺は康二のことが好きなんだよ』

何年も前から舘さんは俺にそう言って想いを伝えてくれていた。

俺は舘さんの気持ちに応えることは出来ないと伝えた上で、今まで舘さんの優しさに甘えていたずるい自分を責める。

舘「……そんな気まずそうな顔しないでよ。康二が幸せなら俺は嬉しいし、目黒と付き合ったからといって俺と康二の関係は変わらないでしょ」

舘さんは静かになっていく俺に溜息をつく。

「舘さん、ごめん……」

舘「いいよ別に。じゃあ、俺は頼まれごとも済んだし、帰る」

「……うん、気いつけて」

俺のおかんからもらったタイのお土産がたくさん入った紙袋を持ち、舘さんが俺の頭をポンと撫でた瞬間

———ピンポーン

俺の隣にあるインターホンが来客を知らせる。

俺と舘さんがモニターを確認すると、そこに映っていたのはめめや。

「っ、めめ」

舘「俺は帰るし、安心して」

会いたくて仕方がなかったはずのめめの登場に俺は動揺し、あたふたする。

昨日の今日で舘さんが今ここにいることがバレたら、嫉妬深いめめは暴れ出し、舘さんに危害を加えるかもしれない。

舘「返事しな 」

「う、ん」

落ち着いた声でインターフォンを指差す舘さん。

俺が応答のボタンに手を伸ばした時。

舘「!!」

「あっ、」

手を伸ばした拍子で隠していた痣が舘さんの前で露出してしまい、それを見た舘さんが素早く俺の腕を掴んで服を捲った。

舘「……康二、目黒に暴力を振るわれてるの?」

「あ、あの、これは、違くて……」

右手首にくっきり浮かぶめめの指の形の痣とネクタイでキツく縛られた赤い跡を舘さんは眉を顰めて凝視し、今まで聞いたことのない怒りを含んだ声音で言葉を放つ舘さんに、俺はなんて説明すればいいのか迷い思わず震える。

それを肯定と受け取った舘さんはインターホンの応答ボタンを押し、

舘「どうぞ」

「っ!?」

ロックの解除をする。

目「……は?」

モニターに映るめめが不意打ちで聞こえた舘さんの声に怒りを露わにするのが分かった。

「えっと、どうしよ…」

舘「大丈夫。康二のことは俺が守るから」

舘さんにギュッと抱きしめられ、俺はさらにパニック状態だ。

「いや、舘さん違くて……!」

こんな所をめめに見られたら、あかんって!
俺がなんとか舘さんの胸を引き剥がすと同時に部屋のロックが解除され、ドアノブが回る。

目「康二!!!……なっ!?」

「めめ……」

舘「………」

舘さんの腕の中にいる俺を見て、めめの顔が嫉妬で歪み、赤くなっていくのが分かった。

そんなめめに臆することなく、舘さんはめめを睨みつける。

二人ともすごい迫力や。

……正直、怖い。

俺はこの瞬間全てが終わったと、絶望を感じた。



目「なんで、舘さんが康二の家にいるわけ?

あと、康二から離れてよ」

靴を脱ぎ、静かにこちらに近寄るめめ。

「めめっ、これは違くて!」

舘「康二は黙ってて」

誤解を解こうとする俺を舘さんが守るように抱きしめると、

ダンッ!!

目「康二、こっち来て」

壁に穴が開くのではないかという程、めめが強く壁を叩き俺はその音に驚き身をすくめた。

目「康二」

「っ…! 」

めめの俺を呼ぶ声が更に低くなる。

舘「目黒。物にあたるなんてお前余裕なさすぎ。そんなんでこの先、康二を守って行けるのかよ。いや、守るどころか、この痣はなに?」

舘さんは俺の左手の裾を捲り、痣を出す。
確かにこれではめめに暴力を振るわれていると勘違いされても仕方がない。

俺が説明に困っていると、

目「昨日、舘さんも康二のことご好きだって康二から聞いて、嫉妬に狂った俺が康二の腕を縛り上げて、シたんだ。……俺の愛情表現に康二も喜んでたよ。ね?康二」

「……っ〜〜!」

めめが笑顔でとんでもないことを言い放ち、顔を真っ赤に染める俺を見て舘さんの表情が曇り出す。

舘「……撮影だってあるのに、ここまでするのは異常だよ。康二、本当にこのまま目黒と付き合うの?」

舘さんの問いに俺はめめを見る。
めめは笑顔で俺を見つめ、首を傾げた。

……めめに試されている。

「俺は………ありのままのめめが好きやから、めめが嫉妬でおかしくなる姿も全部受け入れたいって思ってる」

目「康二……」

めめが俺の告白に頬を緩ませた。

舘さんの腕の中でこんなことを言うなんて、ほんまに俺はどうかしている。  

舘さんは人付き合いもメリハリのある性格で、この俺に呆れて最悪、絶交されるかもしれへん。

やけど、例え舘さんに見放されたとしても俺はめめとだけは離れたくないんや。 

「(……もう、恥ずかしくて死にそう) 」

舘「……わかったよ」

「舘さん、本当にごめん」

赤くなった顔を両手で隠す俺を見て、舘さんは俺を抱きしめていた手を解く。

謝る俺に舘さんはいつものようにポンと頭を撫でて、ゆっくり、そして優しく語り始める。

舘「……実はマネージャーの康二の結婚発表は目黒だけじゃなく、俺への牽制でもあったんだよ。

まぁ、俺は康二とA子さんの関係をよく知っていたし、もちろんその話が嘘なのは分かってた。

なんならA子さんが想い人と結ばれたのは俺が二人の間に入ったからだし」

「へっ?」

目「………」

舘さんの思いもよらない発言に俺は間抜けな声が出る。

俺は会ったことはないが、A子さんの想い人が舘さんとよく料理番組で共演しているダンスボーカルグループの一人だというのは知っていた。

ただ、舘さんは結構な人見知りで親しくない人に余計なお世話を焼くタイプではない。

いくら、A子さんと面識があってもそこまで介入するか?

「えと、なんで舘さんが?」

疑問でいっぱいの俺に舘さんは続ける。

舘「もし、康二とA子さんがこのままずっと片想い仲間でいたら、二人がいずれゴールインしちゃうんじゃないかって思ったんだ」  

「え、そう? 」

確かにA子さんのことを何度か可愛らしくて、放っておけない人やと思ったことはあるが……

目「……… 」  

それよりも舘さんが話す度、機嫌が悪くなっていくめめの顔が怖い。

舘「側から見て康二とA子さんがあまりにも自然な関係でお似合いだったから、A子さんの想い人の気持ちに偶然気付いた時、俺が二人を引き合わせた」

A子さんにだけは康二を取られたくなかったんだよねという、舘さんの嫉妬心にめめのやきもちはどこへやら、俺は驚愕する。

A子さんと会う時は大体、舘さんも一緒におって表情には全く出ていなかったが、あん時の舘さんも複雑な気持ちやったんやなぁ。

舘「まぁ、マネージャーはそんなことは知らずに、グループの存続の為にお前たち二人が今後もくっつくことはないと思ってた俺が、タイから帰った康二に猛アプローチをかけようとしていることに気付いてあんな暴挙に出たんだよ」

「……いひゃい」

目「………」  

舘さんの俺の頭を撫でていた手が今度は俺の頬をつねり、めめのイライラがピークに達しているのがひしひしとこの身に伝わる。

……舘は間違いなくこの状況を楽しんでいる。

舘「でも、まさか康二が目黒と会う為に一日早く帰ってきて、マネージャーの嘘が引き金で二人が付き合うことになるとはね」

「俺もまさかめめと付き合うことになるとは思ってなかった」

もう少し早く行動に移していればなにか違ったかな?と、舘さんが寂しげに俯いた後、俺に王子スマイルを向けて言った。

舘「ま、目黒に飽きたら俺のところにおいで。ずっと、待ってるから」

チュッ

「わっ」

目「あぁ!?」

舘「ははっ!じゃあ、俺は帰るよ」

舘さんに頭をがっしり押さえられ、おでこにキスをされる。

舘さんは今まで黙っていためめの雄叫びを聞き、満足そうに笑った。

おかんから貰ったタイのお土産が入ったど派手な紙袋を持って、舘さんは相変わらず眉間にシワが寄っているめめの横を通り過ぎブーツを履く。

そして、振り向き様に

舘「いい年して余裕のない男って、本当カッコ悪いよ目黒」

目「いいから、早く帰って! 」

舘「じゃあね、康二。 お邪魔しました」

「おぅ、気いつけてや」

めめを鼻で笑い、俺に手を振り舘さんはスマートに帰って行った。

「………」

目「あぁ、本当腹立つ」

舘さんが帰りパタンと閉まるドアを見届けた後、頭を掻きむしりながら漏れるめめの本音。

正直、舘さんに殴りかかりに行くのではないかと思っていたので、舘さんに怪我が無くて俺は安心した。

「そういえば、めめは俺になんか用があったんか?」

目「……康二シャワー浴びるよ」

「え?なんで?」

首を傾げる俺にめめはくるっと振り返り、俺の手を掴んで浴室まで引っ張りシャワーの蛇口を捻る。

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