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▽原田隊長は惚気られる
真選組初の女隊士、内田が入隊して約1ヶ月――
内田について、隊内を震撼させる話が浮かび上がっていた。
「山崎が嫌がる内田を脅して、無理矢理自分の女にしてるとか、同じ監察なのをいい事に口説き落としたらしいだとか、内田の家は由緒ある家柄なのに、山崎が無理言って駆け落ち同然で家を出たとか、監察部屋がヤリ部屋になってるとか」
「んなわけあるかァァァ!」
居酒屋で酒を飲みながら、隊士達の噂を耳に入れれば、人の目を気にせず叫んだ。
チラリと様子を見に来た店員に、ついでに酒のお代わりを頼む。
「他にも色々あるぞ、お前らの噂は。で?どれがホントの話だ」
尋ねれば、先程よりも声量を落として答えた。それでも、言葉の端々から伝わる怒気。
「どれも違う全部外れ。なんなんだヤリ部屋って。んな事に使うわけねーだろ。バカだろアイツら。ちゃんとホテル使ってるわ」
憤慨しながら、焼き鳥を頬張る山崎。
頼んでいた酒が来て、ちょうどあいたジョッキと交換し、受け取ったそれを飲んだ。
「ホテル行ってるって事は、やっぱりお前ら付き合ってんのか」
「付き合ってるよ。つーか、なんだ。"やっぱり"って。知ってたのか」
「知ってたっつーか、なんとなくそーかなーって思ってただけだけどな。今確信した」
そう言って、刺身を食べる俺に、山崎は興味がなさそうに、ふーんと相槌を打ってビールを煽った。
山崎や内田も、隠しているといった様子はなく、普通にタメ口をきいて、下の名前で呼んでいる。山崎も心当たりがあって、納得しているのかもしれない。
「で?本当の所はどうなんだ?無理矢理襲ったとか、駆け落ちとか」
「なんでだよ。無理矢理なんかするか。駆け落ちもしてねーよ。つーか、美緒ちゃんちアレだぞ。路地裏だぞ。どこが由緒ある家柄だよ。歴史なんもねーよ。むしろスタート地点だわ」
「路地裏……マジか。ああ見えて苦労してんだな……」
会うと、いつもニコニコ笑顔を絶やさない彼女に、そんな苦々しい過去があったとは思いもしなかった。内田の苦労を思って、鼻の奥がつんと痛む。
「苦労はしてんのかどうだか知らねーけどな。路地裏住みたがってたし」
「おおう、すげーな。路地裏住みたがる奴見た事ねーわ。内田ってああ見えて、度胸あるっつーか肝が据わってるっつーか、なんか変わってるよな」
「俺ら江戸に来る前から付き合っててさ、俺の仕事が軌道に乗って落ち着いたら、こっちに呼んで一緒に住もうかなーって考えてたのにあのバカは。全部予定狂わしやがった」
酔っているのか勝手に語り始めて、勝手に怒り出した山崎について行けず、酒を煽る。
しかし、あまり自分の事を話したがらない山崎が、ここまで感情的になるとは思わなかった。あまつさえ、しっかりと将来の事まで考えていたらしい。
真剣に彼女と付き合っている事が窺える。
「それ、内田に言ってたのか?」
「いや、言ってねェ。なんか言うの恥ずかしくね?なんて言ったらいいか分かんねェし」
「そういうのはよく分かんねェけど、『一緒に住む』って予定は叶ったじゃねーか。ていうか、叶えに来てくれたって言った方がいいか。2人きりじゃねーけど」
山崎は、不服そうに「良いように言えばな」と、牛すじ煮込みを口に運んだ。
「会えてなかった期間あっただろ。自然消滅とか別に男作るかもとか考えなかったのか?あってもおかしくないだろ」
「それはない」
「凄い自信だな……」
ハッキリと間髪入れずに否定してきたので、相当好かれている自信があるのかと思っていたが、浮かべている表情は、自信がないともまた違う。曖昧だ。
「自信……自信なのかは分かんねーけど、まァ、美緒ちゃんが俺から離れていく事はないなーとは思ってた。今も思ってるけど」
「……それ、自信があるって言うんじゃねーのか?」
それでも、山崎の表情は晴れない。
2人の過去を知らないのでなんとも言えないが、そこまで思える何かがあったのだろう。
現に、山崎を追いかけて来たのだ。離れていく事はないという勘は当たっている。
離れていてもお互いを想い合える、そういう恋愛をしてみたいものだ。
「しかしなんだ、よくウチに来たもんだな。ついて行けてんのか?」
「ついて行こうと頑張ってるよ。毎日毎日竹刀振って筋トレして……」
山崎の顔が優しく綻んだのに気付いて、なんとも言えない気持ちになった。初めて見る山崎の表情を目の当たりにして、この話題振るんじゃなかったかな、と後悔すら覚える。
彼女の方は、山崎を追いかけてまで真選組に入るなんて、それほど惚れ込んでいるのだとは思っていたけれど、存外山崎も同等らしい。
しかし、江戸に来る前からという事は、あの荒れた山崎と付き合っていた事になる。あの時の山崎を思い出して、よく付き合えていたなと感心する。
ある日、食堂で夕飯を食べている内田を見付けた。
誰かと一緒に食べている様子もなく、向かいの席があいているので、「ここいいか?」と問えば、ちょうどメシを口に入れたばかりだったのか、口元を片手で隠してもごもご言っている。
どうぞとでも言うように、親指と人差し指の先を合わせて丸を作った後、その手が向かいに差し出された。その様子がなんだか妙におかしくて、小さく笑いながら、向かいに腰を下ろした。
「今日1人か?珍しいな」
飲み込めたのか、「お疲れ様です」とわざわざ挨拶した後、質問に答えた。
「珍しいですかね。ああ、さが……あ、山崎さんいないですしね」
言い直した内田に「無理して、山崎さんじゃなくていいぞ」と言えば、「すみません、ありがとうございます」と微笑んだ。
「山崎いない時でも、誰かとメシ食ってるだろ」
「言われてみればそうですね。皆さん優しいですから、気にかけてくださってますね。ありがたいです」と、煮物に箸をつけた。
俺も、夕飯に箸をつけていく。
ちょうど山崎もいないので、この機会に、山崎の事について触れてみる事にした。
「山崎から聞いたが、江戸に来る前から付き合ってるんだってな」
茶碗を持ち上げた手が、中途半端に止まる。
「え?原田隊長にそんな事話したんですか?」
目を丸くしている内田に、こちらが驚かされる。
「え?なんか聞いたらまずかったか?」
「あ、いえ。そんなんじゃないんですけど、退が自分の事、特に私との事を誰かに話すと思ってなかったので、ビックリしただけなんです」
俺も、山崎が語り出した時は驚いたけれど、彼女の前でもそうらしい。
安心したように「そっかー」と呟いて、白飯を口に入れる内田に、どうしたのか尋ねれば、それを飲み込んだであろうタイミングで、小さく笑んだ。
「心開ける人が出来たんだなーって、ちょっと嬉しくなっちゃって」
そう答える声音もまた柔らかく、ホッとしているのが分かる。
漬物を食べながら、山崎が俺に心を開いている実感がなく、どう答えたらいいのか考えあぐねる。
閉ざされてはいないだろうが……という感じだ。
彼女は、自分の事のように嬉しそうな表情をしている。
「前は、チンピラみたいだったからな。来てビックリしたんじゃないのか」
煮物の大根を口に入れた内田は、口元を片手で覆って「そうなんですよ」と言った後、それを飲み込んでから言葉を続けた。
「そう、めちゃくちゃ丸くなってて、人ってここまで変われるもんかと、ホントに同一人物か疑いましたよ。しかも、私の事ちゃん付けで呼んでくるから、もう笑いましたよね」
「ああ、今まで呼び捨てだったのか」
「うーん、まァ、そうですね」
「なんで呼び捨てやめたんだろうな。別に呼び捨てのままでも良かったのに。聞いたのか?なんで?とか」
「そういえば聞いてないですね。なんでだろう。性格もかなり丸くなりましたし、呼び捨てに違和感とか出て来たんですかね」
首を傾げてから、味噌汁を飲む内田に思わず笑ってしまった。
「いや、自分の彼女を呼ぶのに違和感とかねーだろ。苗字呼びから名前呼びに変えるならまだしも、呼び捨てに違和感って」
何故かそれがツボに入り、声を上げて笑う。
その目の前で、怪訝な表情を浮かべながら食事を進める内田。
「呼び捨てでもどっちでもいいんですけど、"美緒ちゃん"って呼んでくる退、可愛くないですか?」
「え……」
全く分からん。
突然の意味不明なそれに、笑いも引っ込んだ。
「あ、ああ、まァ、彼女からしたら、そう見えるのかもな、うん」
このまま行くと惚気を聞かされそうなので、話題を変える事にした。最後まで人の惚気を聞ける程、おおらかな心は持ち合わせていない。
味噌汁を飲んでいる内田に、近況を尋ねた。
「どうだ?仕事の方は。慣れたか?」
汁椀を置くと、困った表情を見せる内田に、煮物を食べながら疑問符を浮かべる。
何かまずい事でも聞いてしまったのだろうか。
「私、まだ仕事っていうような仕事してないんですよ。副長が言うには、私にはたりない物だらけだそうで、任務とかは、多分まだまだ先になりそうです」
物憂いげな表情を浮かべて、ふぅっと息を吐く内田に、さっきとはまた別の意味でどう声をかけたらいいか迷い、浮かせた茶碗に視線を落とす。
「あ、それが嫌とかいう文句ではなくてですね。筋トレとか基礎的なものは大事だと思いますし」
必死に訂正する内田に、視線を戻した。
「早く強くなって、退の役に立ちたいなって、退を護りたいなって思ってるんですけど、なかなか難しくて。退はどんどん先に行くのに、私はそれを追いかけるのが精一杯で……強くならないと、弱いままだと退と一緒にいられないのに、何やってんだろうって……」
弱々しく言葉を紡いだ内田は、そこで言葉を切ると俯いた。
もしかして、泣いているのか気になって声をかければ、ゆっくりと上がった顔。泣いてはいなさそうだが、すっかり気落ちしている表情があった。
「まァ、そう落ち込む事はねェと思うぞ。山崎とは、スタート地点が違うってだけだ。追いかけてる方は気付かねーかもしんねーけど、追いかけられてる方からしたら、アイツもうここまで来たのか、みたいな、成長速度が分かって、怖くなる時もあるしな。やべぇ、うかうかしてられんってなるし」
下手な慰めの言葉を並べる俺の顔を見て、真剣な表情で黙って聞いてくれている。
こんなので、本当に何か伝わるだろうか。こういう時、もう少し口達者だったらと思う。
「あの、アレだ。要は気にすんなって事だ」
真剣に聞いていた内田は、何が面白かったのか口元に手を当てて、クスクス笑いだした。
「え?なんか俺面白い事言ったか?」
「あ、すみません。ちょっと気が抜けてしまって。これからも頑張って練習して、退をちょっと焦らせるくらいになりたいと思います」
「おう、頑張れよ」
「はい。なんか愚痴っぽくなってすみません。おかげで少し楽になりました」
柔らかく笑う内田に「それなら良かった」と、メシの続きに箸をつける。
それにしても、強くならないと山崎と一緒にいられないとはどういう意味だ。
言葉通り受け止めるなら、それを山崎に言われたとしか思えないが、アイツがそう言うようなキャラでもないだろう。
「俺より強くなれ」や「俺を護ってくれ」などと言っている姿が全く想像出来ない。
俺の知っている山崎は、そこは他人に頼ってもいいだろと思う事でも、任された事は責任感強く、プライドを持って自分を犠牲にしてでもやり遂げようとする男だ。
仕事面でもそうなのだから、恐らく彼女に対しても、自分が護らなければと思うタイプなのではと想像するが、もしかしたら、俺の知らない2人の間で何かが話されている可能性も捨てきれない。
仕事仲間と恋人で性格が違う人もいると聞くので、一概にも俺が知っている性格だけで判断は出来ない。
だとしたら、山崎は一体、内田にどこまでの強さを求めているのだろうか。
「なァ……」
それを聞こうとして、言葉を切る。
内田に聞いた所で分からないかと思い、別の質問に変えた。
「内田は、どこまで強くなりたいんだ?」
「そりゃあ勿論、何十人の男を1人でバッタバッタ薙ぎ倒せるくらいですね。そうなったら退を護れるし、私の事認めてくれるんじゃないかって思うんですよ」
またとんでもない目標が出てきて、乾いた笑いが漏れた。
少し気になったので、休みが重なった日、山崎の部屋でオセロをしながら、聞いてみる事にした。内田が言っていたという事は伏せて。
「え?美緒ちゃんに強さなんか求めてないよ。アイツが強くなりたいっつって勝手にやってるだけで、俺は別にそこまで……まァ、仕事柄、強くなって損はないかなーって思うけど」
ん?
「じゃあ、もし、何十人もの男の集団を、1人で薙ぎ倒すレベルまで強くなったらどうする?」
「引く。ふっつーに引く。夜兎族とか戦闘民族ならまだ分かるよ。でも、あの子普通の人間だぜ。お前どこ目指してんだってなるだろ。原田はどうよ」
「うーん……そうだなァ……そこまではいらねーかな。内田がそうなったら、俺ら形無しだしな」
だったら、内田の勘違いなのか?今の様子だと、強くなくても一緒にいられそうだぞ。
「で?なんでいきなり美緒ちゃんの強さの話?」
黒を白にひっくり返しながらそう尋ねられて、必死に言い訳を考える。
ここで、内田が言ってたぜ、なんて告げ口しようものなら、2人の間にヒビが入るかどうかは分からんが、それだけは避けたい。
右下の隅をとって、白を黒にひっくり返していく。
「内田が真選組に入ったし、色々筋トレとかしてるっつー話聞いたから、強くなってほしいのかなって思ってな」
「筋トレとか俺の指示じゃねーよ。副長も何考えてんだか、美緒ちゃんの事もっと大事に扱ってほしいぜ。俺の美緒ちゃんに何かあったらどうしてくれんだ。なァ?原田もそう思うだろ」
どう答えても反感を買いそうなので、それは一旦スルーして、思い出した事を尋ねながら、黒にひっくり返す。
「そういえばお前、内田から聞いたが、昔は呼び捨てにしてたらしいな。なんで呼び方変えたんだ?」
「え、なんで?……え?なんでだっけ?」
腕を組んで思考を巡らせている山崎。
時間がかかりそうなので、盤面を見ながら先手を予想していく。たっぷりと時間を使った割に、出た答えが「分からん」だった。
「でも、呼び捨てより、"美緒ちゃん"って呼んだ方が、あの子の可愛いさが増すような気ィするだろ。気持ちな気持ち」
聞いても何1つ理解が出来ず、結局、惚気を聞かされた気分になり、やっぱりこの話振るんじゃなかったなと後悔する。
どっちと話していても、示し合わせたかのように、必ず惚気を挟まれるのはどういう原理だ。
そして、相手の話をする時、どちらも酷く優しい顔をするので、むず痒くなってくる。
とある日、小腹が空いて食堂に行けば、その一角に人だかりが出来ていた。食堂に響く男女の怒声。
声的に、あの2人だろうと思い、興味半分でそこに歩み寄った。
「ふざけんな!いっつもお前に振り回される俺の事考えろよ!」
「はぁ!?それ本気で言ってんの?こんなにあなたの事考えてんのに更に考えろと?ふざけてんのそっちでしょ!」
「オイオイ、なんだ。なんで喧嘩してんだ」
テーブルを挟んで向かい合って座り、睨み合っている。
初めて見る2人の喧嘩に、コイツらも喧嘩するのかとそっちに驚く。
「あっ原田隊長。なんか知んないすけど、オムライスで揉めてるみたいッスよ」
「は?オムライス?……で?そのオムライスどこにあるんだ」
側にいた隊士の報告に、首を傾げる。
テーブルを見ても、オムライスが盛られていたであろう皿が2枚あるだけ。
味に何か問題があったのかと思ったが、そのオムライスは近くにいた隊士2人が、喧嘩をしている間に食べたのだとか。
ますます意味が分からない。とりあえず、未だに喧嘩している2人を残して、野次馬共を解散させる。
「もういい!そこまで言うなら、退にご飯作るのやめるから!」
「あっそう!いいよ!俺だってお前が作るメシなんか食いたくねーし!」
「は?オイ、お前ら何言ってんだ」
皿を片付けようとしている内田を引き止めて、強制的に椅子に座らせ、どこかに行こうとする山崎も同じようにさせる。
「で?何が原因で喧嘩してんだ」
「原田には関係ない」
「隊長にそんな言い方良くないと思う」
「は?お前のそのいい子ぶってんのも良くねーと思うけどな」
「何それ。私がいついい子ぶったの?いい子ぶるんならもっと――」
「もういいもういい!やめろ!なんで喧嘩してんだって聞いてんだよ!」
反論する内田の言葉を遮って話を戻せば、舌打ちした後山崎が答えた。
「コイツがオムライス作ったんだけど、食わせてくんなかった」
「退がダメな方選ぶからじゃん!」
「なんもダメじゃなかっただろ!」
「アレはダメだったの!」
喧嘩しながらの説明を纏めると、綺麗に卵で包めた方を山崎に渡すはずが、卵が破れて失敗した方を選んだ為に喧嘩になったという事らしい。
めちゃくちゃくだらない理由で、一気にどうでも良くなった。喧嘩の仲裁に入った事もバカバカしい。
まだ喧嘩は続いていたが、そのまま放置して、カップ麺に湯を入れてから自室に戻った。
数時間後2人に遭遇した時、あれ程喧嘩していたのが嘘のようにすっかり元通りになっていて、拍子抜けする。
やっぱり、言い争っているのを見るより、2人仲良く笑いあっている所を見る方が断然いい。
◇◇
「原田聞いてくれ。美緒ちゃんが、副長と浮気してるかもしれないんだ……」
「は?いや、ぜってーないだろ」
俺にも分かる程、山崎大好きオーラを放っている内田が、浮気なんかするわけがない。しかも、副長となんてますますありえない。
「だって、夜な夜な2人で道場でなんかやってるしさ」
「剣術の練習だろ」
「こないだなんか、副長の部屋で『楽しみです』とかあの可愛らしい顔で言っててさァ。しかも2人きりで、『内密にしとけよ』ってさ、絶対浮気だろコレ」
「本人に聞いたのか?」
「聞いた。そしたら、俺が1番好きだって言ってくれた」
「また結局惚気かよ!真剣に聞いて損したぜ!」
「惚気じゃねーよ!深刻な問題だよ!だって言葉ではなんとでも言えるしさ、俺不安なんだよ。副長相手じゃ勝ち目ねーよ。美緒ちゃんに別れようって言われたらどうすりゃいい?」
「知らねーよ。1番好きって言われたんなら信じときゃいいだろ」
その後も、俺は山崎から惚気という名の相談や愚痴に付き合わされ、くだらない喧嘩の仲裁に入る事にもなるのだった。
それでも、2人が仲良く一緒にいる姿を見るのが好きな自分がいて、いつの間にか、そんな話を聞くのが楽しくなっているのだからたまらない。
真選組初の女隊士、内田が入隊して約1ヶ月――
内田について、隊内を震撼させる話が浮かび上がっていた。
「山崎が嫌がる内田を脅して、無理矢理自分の女にしてるとか、同じ監察なのをいい事に口説き落としたらしいだとか、内田の家は由緒ある家柄なのに、山崎が無理言って駆け落ち同然で家を出たとか、監察部屋がヤリ部屋になってるとか」
「んなわけあるかァァァ!」
居酒屋で酒を飲みながら、隊士達の噂を耳に入れれば、人の目を気にせず叫んだ。
チラリと様子を見に来た店員に、ついでに酒のお代わりを頼む。
「他にも色々あるぞ、お前らの噂は。で?どれがホントの話だ」
尋ねれば、先程よりも声量を落として答えた。それでも、言葉の端々から伝わる怒気。
「どれも違う全部外れ。なんなんだヤリ部屋って。んな事に使うわけねーだろ。バカだろアイツら。ちゃんとホテル使ってるわ」
憤慨しながら、焼き鳥を頬張る山崎。
頼んでいた酒が来て、ちょうどあいたジョッキと交換し、受け取ったそれを飲んだ。
「ホテル行ってるって事は、やっぱりお前ら付き合ってんのか」
「付き合ってるよ。つーか、なんだ。"やっぱり"って。知ってたのか」
「知ってたっつーか、なんとなくそーかなーって思ってただけだけどな。今確信した」
そう言って、刺身を食べる俺に、山崎は興味がなさそうに、ふーんと相槌を打ってビールを煽った。
山崎や内田も、隠しているといった様子はなく、普通にタメ口をきいて、下の名前で呼んでいる。山崎も心当たりがあって、納得しているのかもしれない。
「で?本当の所はどうなんだ?無理矢理襲ったとか、駆け落ちとか」
「なんでだよ。無理矢理なんかするか。駆け落ちもしてねーよ。つーか、美緒ちゃんちアレだぞ。路地裏だぞ。どこが由緒ある家柄だよ。歴史なんもねーよ。むしろスタート地点だわ」
「路地裏……マジか。ああ見えて苦労してんだな……」
会うと、いつもニコニコ笑顔を絶やさない彼女に、そんな苦々しい過去があったとは思いもしなかった。内田の苦労を思って、鼻の奥がつんと痛む。
「苦労はしてんのかどうだか知らねーけどな。路地裏住みたがってたし」
「おおう、すげーな。路地裏住みたがる奴見た事ねーわ。内田ってああ見えて、度胸あるっつーか肝が据わってるっつーか、なんか変わってるよな」
「俺ら江戸に来る前から付き合っててさ、俺の仕事が軌道に乗って落ち着いたら、こっちに呼んで一緒に住もうかなーって考えてたのにあのバカは。全部予定狂わしやがった」
酔っているのか勝手に語り始めて、勝手に怒り出した山崎について行けず、酒を煽る。
しかし、あまり自分の事を話したがらない山崎が、ここまで感情的になるとは思わなかった。あまつさえ、しっかりと将来の事まで考えていたらしい。
真剣に彼女と付き合っている事が窺える。
「それ、内田に言ってたのか?」
「いや、言ってねェ。なんか言うの恥ずかしくね?なんて言ったらいいか分かんねェし」
「そういうのはよく分かんねェけど、『一緒に住む』って予定は叶ったじゃねーか。ていうか、叶えに来てくれたって言った方がいいか。2人きりじゃねーけど」
山崎は、不服そうに「良いように言えばな」と、牛すじ煮込みを口に運んだ。
「会えてなかった期間あっただろ。自然消滅とか別に男作るかもとか考えなかったのか?あってもおかしくないだろ」
「それはない」
「凄い自信だな……」
ハッキリと間髪入れずに否定してきたので、相当好かれている自信があるのかと思っていたが、浮かべている表情は、自信がないともまた違う。曖昧だ。
「自信……自信なのかは分かんねーけど、まァ、美緒ちゃんが俺から離れていく事はないなーとは思ってた。今も思ってるけど」
「……それ、自信があるって言うんじゃねーのか?」
それでも、山崎の表情は晴れない。
2人の過去を知らないのでなんとも言えないが、そこまで思える何かがあったのだろう。
現に、山崎を追いかけて来たのだ。離れていく事はないという勘は当たっている。
離れていてもお互いを想い合える、そういう恋愛をしてみたいものだ。
「しかしなんだ、よくウチに来たもんだな。ついて行けてんのか?」
「ついて行こうと頑張ってるよ。毎日毎日竹刀振って筋トレして……」
山崎の顔が優しく綻んだのに気付いて、なんとも言えない気持ちになった。初めて見る山崎の表情を目の当たりにして、この話題振るんじゃなかったかな、と後悔すら覚える。
彼女の方は、山崎を追いかけてまで真選組に入るなんて、それほど惚れ込んでいるのだとは思っていたけれど、存外山崎も同等らしい。
しかし、江戸に来る前からという事は、あの荒れた山崎と付き合っていた事になる。あの時の山崎を思い出して、よく付き合えていたなと感心する。
ある日、食堂で夕飯を食べている内田を見付けた。
誰かと一緒に食べている様子もなく、向かいの席があいているので、「ここいいか?」と問えば、ちょうどメシを口に入れたばかりだったのか、口元を片手で隠してもごもご言っている。
どうぞとでも言うように、親指と人差し指の先を合わせて丸を作った後、その手が向かいに差し出された。その様子がなんだか妙におかしくて、小さく笑いながら、向かいに腰を下ろした。
「今日1人か?珍しいな」
飲み込めたのか、「お疲れ様です」とわざわざ挨拶した後、質問に答えた。
「珍しいですかね。ああ、さが……あ、山崎さんいないですしね」
言い直した内田に「無理して、山崎さんじゃなくていいぞ」と言えば、「すみません、ありがとうございます」と微笑んだ。
「山崎いない時でも、誰かとメシ食ってるだろ」
「言われてみればそうですね。皆さん優しいですから、気にかけてくださってますね。ありがたいです」と、煮物に箸をつけた。
俺も、夕飯に箸をつけていく。
ちょうど山崎もいないので、この機会に、山崎の事について触れてみる事にした。
「山崎から聞いたが、江戸に来る前から付き合ってるんだってな」
茶碗を持ち上げた手が、中途半端に止まる。
「え?原田隊長にそんな事話したんですか?」
目を丸くしている内田に、こちらが驚かされる。
「え?なんか聞いたらまずかったか?」
「あ、いえ。そんなんじゃないんですけど、退が自分の事、特に私との事を誰かに話すと思ってなかったので、ビックリしただけなんです」
俺も、山崎が語り出した時は驚いたけれど、彼女の前でもそうらしい。
安心したように「そっかー」と呟いて、白飯を口に入れる内田に、どうしたのか尋ねれば、それを飲み込んだであろうタイミングで、小さく笑んだ。
「心開ける人が出来たんだなーって、ちょっと嬉しくなっちゃって」
そう答える声音もまた柔らかく、ホッとしているのが分かる。
漬物を食べながら、山崎が俺に心を開いている実感がなく、どう答えたらいいのか考えあぐねる。
閉ざされてはいないだろうが……という感じだ。
彼女は、自分の事のように嬉しそうな表情をしている。
「前は、チンピラみたいだったからな。来てビックリしたんじゃないのか」
煮物の大根を口に入れた内田は、口元を片手で覆って「そうなんですよ」と言った後、それを飲み込んでから言葉を続けた。
「そう、めちゃくちゃ丸くなってて、人ってここまで変われるもんかと、ホントに同一人物か疑いましたよ。しかも、私の事ちゃん付けで呼んでくるから、もう笑いましたよね」
「ああ、今まで呼び捨てだったのか」
「うーん、まァ、そうですね」
「なんで呼び捨てやめたんだろうな。別に呼び捨てのままでも良かったのに。聞いたのか?なんで?とか」
「そういえば聞いてないですね。なんでだろう。性格もかなり丸くなりましたし、呼び捨てに違和感とか出て来たんですかね」
首を傾げてから、味噌汁を飲む内田に思わず笑ってしまった。
「いや、自分の彼女を呼ぶのに違和感とかねーだろ。苗字呼びから名前呼びに変えるならまだしも、呼び捨てに違和感って」
何故かそれがツボに入り、声を上げて笑う。
その目の前で、怪訝な表情を浮かべながら食事を進める内田。
「呼び捨てでもどっちでもいいんですけど、"美緒ちゃん"って呼んでくる退、可愛くないですか?」
「え……」
全く分からん。
突然の意味不明なそれに、笑いも引っ込んだ。
「あ、ああ、まァ、彼女からしたら、そう見えるのかもな、うん」
このまま行くと惚気を聞かされそうなので、話題を変える事にした。最後まで人の惚気を聞ける程、おおらかな心は持ち合わせていない。
味噌汁を飲んでいる内田に、近況を尋ねた。
「どうだ?仕事の方は。慣れたか?」
汁椀を置くと、困った表情を見せる内田に、煮物を食べながら疑問符を浮かべる。
何かまずい事でも聞いてしまったのだろうか。
「私、まだ仕事っていうような仕事してないんですよ。副長が言うには、私にはたりない物だらけだそうで、任務とかは、多分まだまだ先になりそうです」
物憂いげな表情を浮かべて、ふぅっと息を吐く内田に、さっきとはまた別の意味でどう声をかけたらいいか迷い、浮かせた茶碗に視線を落とす。
「あ、それが嫌とかいう文句ではなくてですね。筋トレとか基礎的なものは大事だと思いますし」
必死に訂正する内田に、視線を戻した。
「早く強くなって、退の役に立ちたいなって、退を護りたいなって思ってるんですけど、なかなか難しくて。退はどんどん先に行くのに、私はそれを追いかけるのが精一杯で……強くならないと、弱いままだと退と一緒にいられないのに、何やってんだろうって……」
弱々しく言葉を紡いだ内田は、そこで言葉を切ると俯いた。
もしかして、泣いているのか気になって声をかければ、ゆっくりと上がった顔。泣いてはいなさそうだが、すっかり気落ちしている表情があった。
「まァ、そう落ち込む事はねェと思うぞ。山崎とは、スタート地点が違うってだけだ。追いかけてる方は気付かねーかもしんねーけど、追いかけられてる方からしたら、アイツもうここまで来たのか、みたいな、成長速度が分かって、怖くなる時もあるしな。やべぇ、うかうかしてられんってなるし」
下手な慰めの言葉を並べる俺の顔を見て、真剣な表情で黙って聞いてくれている。
こんなので、本当に何か伝わるだろうか。こういう時、もう少し口達者だったらと思う。
「あの、アレだ。要は気にすんなって事だ」
真剣に聞いていた内田は、何が面白かったのか口元に手を当てて、クスクス笑いだした。
「え?なんか俺面白い事言ったか?」
「あ、すみません。ちょっと気が抜けてしまって。これからも頑張って練習して、退をちょっと焦らせるくらいになりたいと思います」
「おう、頑張れよ」
「はい。なんか愚痴っぽくなってすみません。おかげで少し楽になりました」
柔らかく笑う内田に「それなら良かった」と、メシの続きに箸をつける。
それにしても、強くならないと山崎と一緒にいられないとはどういう意味だ。
言葉通り受け止めるなら、それを山崎に言われたとしか思えないが、アイツがそう言うようなキャラでもないだろう。
「俺より強くなれ」や「俺を護ってくれ」などと言っている姿が全く想像出来ない。
俺の知っている山崎は、そこは他人に頼ってもいいだろと思う事でも、任された事は責任感強く、プライドを持って自分を犠牲にしてでもやり遂げようとする男だ。
仕事面でもそうなのだから、恐らく彼女に対しても、自分が護らなければと思うタイプなのではと想像するが、もしかしたら、俺の知らない2人の間で何かが話されている可能性も捨てきれない。
仕事仲間と恋人で性格が違う人もいると聞くので、一概にも俺が知っている性格だけで判断は出来ない。
だとしたら、山崎は一体、内田にどこまでの強さを求めているのだろうか。
「なァ……」
それを聞こうとして、言葉を切る。
内田に聞いた所で分からないかと思い、別の質問に変えた。
「内田は、どこまで強くなりたいんだ?」
「そりゃあ勿論、何十人の男を1人でバッタバッタ薙ぎ倒せるくらいですね。そうなったら退を護れるし、私の事認めてくれるんじゃないかって思うんですよ」
またとんでもない目標が出てきて、乾いた笑いが漏れた。
少し気になったので、休みが重なった日、山崎の部屋でオセロをしながら、聞いてみる事にした。内田が言っていたという事は伏せて。
「え?美緒ちゃんに強さなんか求めてないよ。アイツが強くなりたいっつって勝手にやってるだけで、俺は別にそこまで……まァ、仕事柄、強くなって損はないかなーって思うけど」
ん?
「じゃあ、もし、何十人もの男の集団を、1人で薙ぎ倒すレベルまで強くなったらどうする?」
「引く。ふっつーに引く。夜兎族とか戦闘民族ならまだ分かるよ。でも、あの子普通の人間だぜ。お前どこ目指してんだってなるだろ。原田はどうよ」
「うーん……そうだなァ……そこまではいらねーかな。内田がそうなったら、俺ら形無しだしな」
だったら、内田の勘違いなのか?今の様子だと、強くなくても一緒にいられそうだぞ。
「で?なんでいきなり美緒ちゃんの強さの話?」
黒を白にひっくり返しながらそう尋ねられて、必死に言い訳を考える。
ここで、内田が言ってたぜ、なんて告げ口しようものなら、2人の間にヒビが入るかどうかは分からんが、それだけは避けたい。
右下の隅をとって、白を黒にひっくり返していく。
「内田が真選組に入ったし、色々筋トレとかしてるっつー話聞いたから、強くなってほしいのかなって思ってな」
「筋トレとか俺の指示じゃねーよ。副長も何考えてんだか、美緒ちゃんの事もっと大事に扱ってほしいぜ。俺の美緒ちゃんに何かあったらどうしてくれんだ。なァ?原田もそう思うだろ」
どう答えても反感を買いそうなので、それは一旦スルーして、思い出した事を尋ねながら、黒にひっくり返す。
「そういえばお前、内田から聞いたが、昔は呼び捨てにしてたらしいな。なんで呼び方変えたんだ?」
「え、なんで?……え?なんでだっけ?」
腕を組んで思考を巡らせている山崎。
時間がかかりそうなので、盤面を見ながら先手を予想していく。たっぷりと時間を使った割に、出た答えが「分からん」だった。
「でも、呼び捨てより、"美緒ちゃん"って呼んだ方が、あの子の可愛いさが増すような気ィするだろ。気持ちな気持ち」
聞いても何1つ理解が出来ず、結局、惚気を聞かされた気分になり、やっぱりこの話振るんじゃなかったなと後悔する。
どっちと話していても、示し合わせたかのように、必ず惚気を挟まれるのはどういう原理だ。
そして、相手の話をする時、どちらも酷く優しい顔をするので、むず痒くなってくる。
とある日、小腹が空いて食堂に行けば、その一角に人だかりが出来ていた。食堂に響く男女の怒声。
声的に、あの2人だろうと思い、興味半分でそこに歩み寄った。
「ふざけんな!いっつもお前に振り回される俺の事考えろよ!」
「はぁ!?それ本気で言ってんの?こんなにあなたの事考えてんのに更に考えろと?ふざけてんのそっちでしょ!」
「オイオイ、なんだ。なんで喧嘩してんだ」
テーブルを挟んで向かい合って座り、睨み合っている。
初めて見る2人の喧嘩に、コイツらも喧嘩するのかとそっちに驚く。
「あっ原田隊長。なんか知んないすけど、オムライスで揉めてるみたいッスよ」
「は?オムライス?……で?そのオムライスどこにあるんだ」
側にいた隊士の報告に、首を傾げる。
テーブルを見ても、オムライスが盛られていたであろう皿が2枚あるだけ。
味に何か問題があったのかと思ったが、そのオムライスは近くにいた隊士2人が、喧嘩をしている間に食べたのだとか。
ますます意味が分からない。とりあえず、未だに喧嘩している2人を残して、野次馬共を解散させる。
「もういい!そこまで言うなら、退にご飯作るのやめるから!」
「あっそう!いいよ!俺だってお前が作るメシなんか食いたくねーし!」
「は?オイ、お前ら何言ってんだ」
皿を片付けようとしている内田を引き止めて、強制的に椅子に座らせ、どこかに行こうとする山崎も同じようにさせる。
「で?何が原因で喧嘩してんだ」
「原田には関係ない」
「隊長にそんな言い方良くないと思う」
「は?お前のそのいい子ぶってんのも良くねーと思うけどな」
「何それ。私がいついい子ぶったの?いい子ぶるんならもっと――」
「もういいもういい!やめろ!なんで喧嘩してんだって聞いてんだよ!」
反論する内田の言葉を遮って話を戻せば、舌打ちした後山崎が答えた。
「コイツがオムライス作ったんだけど、食わせてくんなかった」
「退がダメな方選ぶからじゃん!」
「なんもダメじゃなかっただろ!」
「アレはダメだったの!」
喧嘩しながらの説明を纏めると、綺麗に卵で包めた方を山崎に渡すはずが、卵が破れて失敗した方を選んだ為に喧嘩になったという事らしい。
めちゃくちゃくだらない理由で、一気にどうでも良くなった。喧嘩の仲裁に入った事もバカバカしい。
まだ喧嘩は続いていたが、そのまま放置して、カップ麺に湯を入れてから自室に戻った。
数時間後2人に遭遇した時、あれ程喧嘩していたのが嘘のようにすっかり元通りになっていて、拍子抜けする。
やっぱり、言い争っているのを見るより、2人仲良く笑いあっている所を見る方が断然いい。
◇◇
「原田聞いてくれ。美緒ちゃんが、副長と浮気してるかもしれないんだ……」
「は?いや、ぜってーないだろ」
俺にも分かる程、山崎大好きオーラを放っている内田が、浮気なんかするわけがない。しかも、副長となんてますますありえない。
「だって、夜な夜な2人で道場でなんかやってるしさ」
「剣術の練習だろ」
「こないだなんか、副長の部屋で『楽しみです』とかあの可愛らしい顔で言っててさァ。しかも2人きりで、『内密にしとけよ』ってさ、絶対浮気だろコレ」
「本人に聞いたのか?」
「聞いた。そしたら、俺が1番好きだって言ってくれた」
「また結局惚気かよ!真剣に聞いて損したぜ!」
「惚気じゃねーよ!深刻な問題だよ!だって言葉ではなんとでも言えるしさ、俺不安なんだよ。副長相手じゃ勝ち目ねーよ。美緒ちゃんに別れようって言われたらどうすりゃいい?」
「知らねーよ。1番好きって言われたんなら信じときゃいいだろ」
その後も、俺は山崎から惚気という名の相談や愚痴に付き合わされ、くだらない喧嘩の仲裁に入る事にもなるのだった。
それでも、2人が仲良く一緒にいる姿を見るのが好きな自分がいて、いつの間にか、そんな話を聞くのが楽しくなっているのだからたまらない。