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▽原田隊長とドライブ
奇遇にも、山崎と内田と休みが重なり、以前内田と話していた約束を果たせる日がやって来た。
借りた車に内田と山崎が乗り込み、シートベルトをした事を確認した後、車を走らせる。
助手席に乗っている内田が、鞄から何かを取り出した。
「原田隊長、マイベストかけていいですか?」
「なんだ?マイベスト?」
「そうです。今日の為にお通ちゃんの歌をカセットにまとめて来たんですよ」
「悪い。コレ、デッキついてねーんだ」
「…………」
嬉々としてカセットを出していた手が止まり、ゆっくりとケースに戻っていく。
なんかすまん、と謝れば、大丈夫ですと、酷く落ち込んだ声音が返ってきた。
そんな中、口を開いたのは、今まで黙っていた山崎。
「オイ、この席順間違ってるよな?なんで美緒ちゃん助手席乗ってんの?」
「なんでって、私が助手席のプロだからですけど」
「は?」
突拍子もない理由に、山崎と怪訝な声が被った。
「助手席乗るのにプロとかアマとかあんのかよ」
「ありますよ。ねェ退、私助手席のプロだよね?」
「いや、知らん。助手席のプロって言葉も今初めて知った」
山崎の返しに、えー!と不満そうな声を漏らす内田。
「私助手席乗ったら、喋って眠気紛らわせたり、食べ物とか飲み物とかサポートしてるじゃん。あと地図見て案内したりとかさ」
「そうだね。してくれるね。プロだプロ」
助手席の後ろから山崎に頭を撫でられて、嬉しそうに微笑んでいる。同時に内田から放たれる幸せオーラ。
相変わらず山崎は内田に対して甘い。
「それがプロなら、素人はどんな感じなんだ?」
「素人……そうですね……2人で乗る時も助手席に乗らず、後ろに乗る人ですかね」
「え?」
助手席の素人の話のはずなのに、助手席にすら乗っていないし、素人の基準が全く理解出来ない。
「それただの駕籠屋の客じゃねーか」
静かにつっこむ山崎に、大きく頷く。
「大きい車に2人で乗る時も、真ん中あけて1番後ろに乗ったりして、必ず運転手と距離をあける人。そんで、絶対喋らない。目的地に着くまで無言です」
「それ、ただ仲が悪いだけだろ」
「すげー気まずいなその車……乗りたくねェ……」
「人数いて助手席に乗った場合は?」
「えー……なんだろう……ゆったり座らずに、こう、なんていうの?こう、分かる?こうやって座る人」
「だからそれ助手席のプロとか関係ないって。もう運転手と一緒にいるのやめろよ。そんなに嫌いなら」
運転していた為よく見れなかったので、赤信号になった時に先程の体勢を見せてもらえば、運転手を嫌うように限界までドアにくっついて座っている状態。座席も半分くらいスペースがあいている。
山崎の言う通り、助手席の素人というよりただただ運転手が嫌われている、あるいは2人の仲が悪いだけにしか見えない。
説明を聞いていたら、面白くなってきた。
「内田は変な事思い付くな」
「思い付くっていうか、助手席の素人の話ですよ」
「俺にはバカな子にしか見えない」
それからも3人で談笑しながら、たまに内田が歌を歌って山崎に止められていたりと楽しい車内。
そんな時、数キロメートル先にバーガー屋の看板を見付けた。
「お前ら、腹の減りはどうよ?」
俺の質問に、お腹空いたという2つの声が揃う。
「お!ドライブの醍醐味、ドライブスルーですね」
「美緒ちゃん、ドライブスルー好きだもんね」
「うん、好き。車に乗ったまま、注文から会計までしてくれるってなかなかないからね。あ、でも原田隊長、ここまでずっと運転してくれてるから、店内にしましょうか。少し休憩とる為にも」
「俺の事は気にしなくても、内田がドライブスルー好きならそうしてもいいぞ」
「そんな事言ってお前アレだろ。美緒ちゃんにあーんしてもらう気だろ」
そんな気はさらさらないが、内田は俺に食べさせる気満々らしい。
「あーんしますよ私。ポテト1つ1つに魂込めてやらせていただきますよ」
「しなくていいよ。その魂込めたポテト俺にちょうだい」
「いいよ。退さんのはバーガーにも魂込めるから。ぎゅうぎゅうに詰めるから」
「うわ、気持ちわるっ。それいらない、まずそう」
「え?気持ち悪い?言っとくけど実際には入ってないよ」
「入ってたら問題だろ」
山崎のテンションが分からん。
これ以上山崎から嫉妬の眼差しを向けられるのも困るので、店内で食べる事にした。
腹も満たされて、再び適当に車を走らせる。
「こうやって目的地もなく運転してると、見廻りしてるような気分になるな」
「マジですか。完全に職業病じゃないですか。だからたまに原田隊長の目が仕事っぽくなってたんですね」
「マジでか。うわ、それは無意識だ。やべー。コレが職業病か、嫌だな……」
「気軽にドライブにも行けない身体になってしまったんですね。可哀想」
「哀れむな!つーか、内田も俺の横顔しか見てねーのによくそんなの分かるな。お前も職業病だろ」
「え、そんな事ないですよ。ねェ退」
内田が振り返って山崎に話を振ったが、返事がない。
バックミラーで山崎を確認すれば、窓に頭を預けたまま動かない。
「退寝たの?退さーん」
返事がない。まるで屍のようだ。
「可愛い顔で寝てますね。すみません、原田隊長。退が寝てしまって……」
体勢を戻しながら申し訳なさそうに謝られたけれど、俺は聞き逃さなかった。"可愛い顔で"と、さりげなく言った事を。
しかし、ここはスルーすべきだ。つっこんでいたらキリがない。
「気にしねーよ。山崎は昨日寝てないのか?」
「寝たと思いますけどね。もしかしたらお腹いっぱいになったから、本能のままに寝てるのかもしれないです」
「あー、それはありそうだな。内田も寝たかったら寝ていいぞ」
「まさか!原田隊長に運転させたまま寝れませんよ。助手席のプロとして最後までお付き合いします」
「助手席のプロが分かんねーんだよなァ……」
それからも、飲み物を買いにスーパーに寄ったり、たわいもない会話をして、楽しい時間を過ごしていたが、少し寂しそうに感じた。
時折、まだ寝ている山崎の方を振り返っては、愛おしそうに見つめていたのが、とても気の毒に思える。
いくら内田と仲が良くても、結局の所は仕事場の先輩であり彼氏の同僚兼友達という、なかなかに絶妙なポジション。
自分勝手に寝た山崎が悪いのだが、なんとなく起きているのが俺で申し訳なく思ってしまう。
「悪いな、起きてるのが俺で」
「え?どうしたんですかいきなり」
「内田が少し寂しそうに見えたんでな」
「えっ、そんなつもりなかったんですけど、気を遣わせてしまいましたか。すみません。私、原田隊長といるのも楽しいですよ。お世辞とかではなく!」
内田が、お世辞や社交辞令を言える性格ではない事を知っているし、本心なのも伝わってくる。
「逆に私が邪魔かなーみたいな。男同士の方が、エロい事とか話せるじゃないですか」
「エロい事!わははは!ちょっと待った運転中に笑かすな!」
「ええ!?笑うような事言いました?だって男同士ってそういう会話しますよね?下ネタとか」
「するけど、ネタがあったらする程度で、そんなしょっちゅうしねーよ。たまにぶっ込んでくるなァお前は」
「いや、えー……うーん……」
「どっちみち、内田の事邪魔だと思った事ねーよ。俺も内田と話すの楽しいから気にすんな」
「ホントですか?嬉しい。ありがとうございます」
チラと見た先では、少し照れたように口元を両手で覆っている。
「ていうか、謝るのは原田隊長じゃなくて山崎ですよね」
「はははっ。そりゃそうだ。アイツには今日の晩メシでも奢らせるか」
「あっいいですねそれ。焼肉行きましょ焼肉。早く夜にならないかな。楽しみだなー」
「俺帰り運転しねーから飲めるぜ。飲み放題の食い放題」
「いいじゃないですか。人の金で食べる焼肉は美味しいですからね。いっぱい飲んでいっぱい食べましょう。逆に退が寝てくれて良かったですね」
「あっははは。いいのかそれで。お前の彼氏だぞ」
大丈夫です、と親指を立てる内田に笑うしかない。
普段は山崎をとても大事にしているのに、途端に掌を返したように扱いが雑になる時がある。それを言うなら山崎も同じな事を思い出した。この2人と一緒にいるのは、全く飽きない。
焼肉の話をしていたら、見えてきた海。
「おっ凄い!海だ!退、起きて!海!」
窓にへばりついて、歓喜の声をあげる内田。
「ちょっと海寄ってくか。時期も時期だから泳げねーけど」
「えっ嬉しい!足くらいならつけても大丈夫ですかね?」
窓から振り向いて聞かれたその表情は、満面の笑み。
「それくらいならいいだろ」
「楽しみだなー海。ねェ退、海だよ海」
まだ起きる気配のない山崎にかける声も弾んでいて、余程嬉しい事が伝わってくる。
こんなにまっすぐに、「嬉しい」や「楽しみ」だと伝えられると可愛く思えてしまう。
駐車場に車を停めてから、まだ眠たそうにしている山崎を連れて、少し先にある海まで歩く。
俺らの前を足取り軽く歩いている一方で、その彼氏は眠たそうに欠伸をし、めんどくさそうだ。
「昨日寝てないのか?すげー寝てたな」
「寝た。寝たけど、気付いたら寝てた」
先に階段をおりて、海目掛けて走っている内田。
「美緒ちゃん、俺ここいるからな!」
声を張ってそう言う山崎に「お前は遊ばないのか?」と尋ねると、「無理」と一蹴しながら階段に腰をおろした。
寝起きに海で遊ぶ程元気じゃないのは見て分かる。
俺も、海で遊ぶようなガラではないので、その一段上に腰をかけた。
戻って来た内田が、山崎の前にしゃがんだ。
「退、一緒にアレしよアレ。あのー……後ろ向いてから走るやつ」
「ビーチフラッグスか?」
「それですそれ」
「絶対嫌。俺寝起き。体無理」
項垂れている山崎の頭に手を当てるその表情は、断られた事に悲しむでも、怒るでもなく、心配の色を浮かべている。
「体しんどいの?大丈夫?」
「ただ寝起きでぼーっとしてるだけ」
頭を持ち上げた山崎は、心配している内田の頬に手を当てた。その表情はなかなか消えない。
「そっか。無理してない?」
「してないから遊んできな。怪我すんなよ」
「分かった。あそこで遊んでるからね。気が向いたら来てね。原田隊長もいつでも来てください」
立ち上がった内田は、俺に山崎の事を託すと、1人で海に向かって走って行った。
「今日の晩メシ、お前の奢りで焼肉になったから」
「は?なんで?」
「寝てたから」
「マジかよ。寝てた奴にも断る権利くれよ」
「内田が楽しみっつってたぞ」
それを言ったら小言が消えて、言葉の代わりに吐き出されたため息。
本当に彼女には甘い。
その彼女は、波打ち際で波と追いかけっこをしているような動きを見せている。
暫くそんな動きを繰り返していたが、こちらに振り返るなり、両手を大きく振りだした。
山崎を見れば、小さく片手を挙げて応えている。しかし、内田の動きは止まらず、それどころか更に大きく、身体を使ってまで両手を振り出したのだ。
「内田の奴、何やってんだ」
「お前手ェ振れよ。お前が振るまでずっとやるぞ」
「えっマジか。そういうシステム?」
振り向いてされた山崎の指摘に、慌てて片手を挙げれば、今度はぴょんぴょん飛び跳ねだした。
「うおっ、今度はなんだ」
「満足したらしい」
「お、おう。良かった……」
アレを真似しろと言われたらどうしようかと一瞬焦ったが、回避出来て良かった。手を振るのはまだしも、この俺が飛び跳ねるのは無理だ。
すると、また海に向かうと、砂を掴んで海に向かって投げている。
「お前らのデートっていっつもこんな感じなのか?」
「うーん……まァ、基本こんな感じかな」
「たまには一緒に遊んでやれよ」
「遊ぶよ。でも俺は、一緒になんかするより、美緒ちゃんが楽しそうにしてるの見てるだけで満足感があるっていうか」
「お前はそうでも、内田は一緒に遊んでほしいんじゃないのか。一緒に海に砂投げて来いよ」
「絶対嫌」
そんな話をしている最中に、内田はどこかに走っていた。
「内田は見てて飽きないな」
「何やってんだアイツ」
少し走ったところで、何かを見付けたらしく、しゃがんで何かをしている。
「あ、オイオイ。誰だアイツら」
今度はどこからか男2人がやって来て、内田に絡んでいる。内田も立ち上がって、男達の相手をしているようだ。
「山崎、助けに行くか」
「いや、2人なら自分でどうにかしてもらわないと困る」
そうは言うものの、少し腰を浮かせて助けに行きたそうにしている。
内田の方に視線を戻せば、ファイティングポーズを取って、戦う気満々のようだ。
殴り合いになったら助けに入るかと、準備をしておく。
しかし、一向にそのような展開にならない。それどころか、内田は構えていた腕を下ろして、何か楽しそうに話をしているようにも見える。
「前から思ってたけど、内田ってコミュニケーション能力たけーよな」
「……うん……」
内田の事気にし過ぎて俺の話聞いてねーな。
そんなに気になんなら助けに行けばいいのに。
内田の方から視線を剥がさず、助けに行きたそうに、足が少し前に出ては引っ込めてを繰り返している。
何事もなく無事に男達と別れて「ただいまー」と戻って来た内田。山崎は、待っていたと言わんばかりに、すぐさま立ち上がってその頬を引っ張った。
「ただいまじゃねーよ。なんだあいつら。なんにもされてねーだろうな」
「さええあい」
頬を解放された内田は、そこをさすりながら、もう1度「されてない」と言い直した。
内田の説明によれば、一緒に遊ぼうと誘われたので、彼氏と来ているからと断ったのだが、それでもしつこく誘われたらしい。そこで、男達の目に付いた俺の事を何故か彼氏だと勘違いした。だが、訂正するのも面倒に思い、そのまま話を進めたと言う。
「あのスキンヘッド恐って、ヤバッて言ってておもしろかったー」
「聞いてるこっちは全然おもしろくねーんだけど」
「原田隊長いてくれて良かったーって思って。ありがとうございます。おかげで連れて行かれずにすみました」
ただここに座って、様子を見ていただけでも効果があったらしい。深々と頭を下げられて、「俺はなんもしてねーけどな」と、本当に何もしていないので、その言葉しか見付からなかった。
「え、俺の話は?」
「全然出なかったよ。退は視界にすら入ってなかったっぽいよ。あの人達の話的に」
ニコニコと話す内田とは対照的に、なんとも言えない表情を浮かべている山崎。
さすがと言うべきか、なんと言うべきか。
「美緒ちゃんが無事ならなんでもいいや」
山崎に頭を撫でられた内田は、頬を朱に染めて嬉しそうに笑みを漏らした。
毎回思うが、頭を撫でられただけで、こちらに伝わってくる程の山崎大好きオーラを放てるのが凄い。
ここからだと山崎の表情までは見えないが、相当だらしない表情になっているのだろう。
完全に2人の世界が作られている。
この空気を何回も見ているのに、未だに慣れない。
この2人が仲良くしているのを見ると、案外幸せって身近にあるんだなと思わせてくれたりする。
この2人が、いつまでもこうして仲良く一緒にいてくれる事を願いながら、そろそろメシに行こうかと誘った。
奇遇にも、山崎と内田と休みが重なり、以前内田と話していた約束を果たせる日がやって来た。
借りた車に内田と山崎が乗り込み、シートベルトをした事を確認した後、車を走らせる。
助手席に乗っている内田が、鞄から何かを取り出した。
「原田隊長、マイベストかけていいですか?」
「なんだ?マイベスト?」
「そうです。今日の為にお通ちゃんの歌をカセットにまとめて来たんですよ」
「悪い。コレ、デッキついてねーんだ」
「…………」
嬉々としてカセットを出していた手が止まり、ゆっくりとケースに戻っていく。
なんかすまん、と謝れば、大丈夫ですと、酷く落ち込んだ声音が返ってきた。
そんな中、口を開いたのは、今まで黙っていた山崎。
「オイ、この席順間違ってるよな?なんで美緒ちゃん助手席乗ってんの?」
「なんでって、私が助手席のプロだからですけど」
「は?」
突拍子もない理由に、山崎と怪訝な声が被った。
「助手席乗るのにプロとかアマとかあんのかよ」
「ありますよ。ねェ退、私助手席のプロだよね?」
「いや、知らん。助手席のプロって言葉も今初めて知った」
山崎の返しに、えー!と不満そうな声を漏らす内田。
「私助手席乗ったら、喋って眠気紛らわせたり、食べ物とか飲み物とかサポートしてるじゃん。あと地図見て案内したりとかさ」
「そうだね。してくれるね。プロだプロ」
助手席の後ろから山崎に頭を撫でられて、嬉しそうに微笑んでいる。同時に内田から放たれる幸せオーラ。
相変わらず山崎は内田に対して甘い。
「それがプロなら、素人はどんな感じなんだ?」
「素人……そうですね……2人で乗る時も助手席に乗らず、後ろに乗る人ですかね」
「え?」
助手席の素人の話のはずなのに、助手席にすら乗っていないし、素人の基準が全く理解出来ない。
「それただの駕籠屋の客じゃねーか」
静かにつっこむ山崎に、大きく頷く。
「大きい車に2人で乗る時も、真ん中あけて1番後ろに乗ったりして、必ず運転手と距離をあける人。そんで、絶対喋らない。目的地に着くまで無言です」
「それ、ただ仲が悪いだけだろ」
「すげー気まずいなその車……乗りたくねェ……」
「人数いて助手席に乗った場合は?」
「えー……なんだろう……ゆったり座らずに、こう、なんていうの?こう、分かる?こうやって座る人」
「だからそれ助手席のプロとか関係ないって。もう運転手と一緒にいるのやめろよ。そんなに嫌いなら」
運転していた為よく見れなかったので、赤信号になった時に先程の体勢を見せてもらえば、運転手を嫌うように限界までドアにくっついて座っている状態。座席も半分くらいスペースがあいている。
山崎の言う通り、助手席の素人というよりただただ運転手が嫌われている、あるいは2人の仲が悪いだけにしか見えない。
説明を聞いていたら、面白くなってきた。
「内田は変な事思い付くな」
「思い付くっていうか、助手席の素人の話ですよ」
「俺にはバカな子にしか見えない」
それからも3人で談笑しながら、たまに内田が歌を歌って山崎に止められていたりと楽しい車内。
そんな時、数キロメートル先にバーガー屋の看板を見付けた。
「お前ら、腹の減りはどうよ?」
俺の質問に、お腹空いたという2つの声が揃う。
「お!ドライブの醍醐味、ドライブスルーですね」
「美緒ちゃん、ドライブスルー好きだもんね」
「うん、好き。車に乗ったまま、注文から会計までしてくれるってなかなかないからね。あ、でも原田隊長、ここまでずっと運転してくれてるから、店内にしましょうか。少し休憩とる為にも」
「俺の事は気にしなくても、内田がドライブスルー好きならそうしてもいいぞ」
「そんな事言ってお前アレだろ。美緒ちゃんにあーんしてもらう気だろ」
そんな気はさらさらないが、内田は俺に食べさせる気満々らしい。
「あーんしますよ私。ポテト1つ1つに魂込めてやらせていただきますよ」
「しなくていいよ。その魂込めたポテト俺にちょうだい」
「いいよ。退さんのはバーガーにも魂込めるから。ぎゅうぎゅうに詰めるから」
「うわ、気持ちわるっ。それいらない、まずそう」
「え?気持ち悪い?言っとくけど実際には入ってないよ」
「入ってたら問題だろ」
山崎のテンションが分からん。
これ以上山崎から嫉妬の眼差しを向けられるのも困るので、店内で食べる事にした。
腹も満たされて、再び適当に車を走らせる。
「こうやって目的地もなく運転してると、見廻りしてるような気分になるな」
「マジですか。完全に職業病じゃないですか。だからたまに原田隊長の目が仕事っぽくなってたんですね」
「マジでか。うわ、それは無意識だ。やべー。コレが職業病か、嫌だな……」
「気軽にドライブにも行けない身体になってしまったんですね。可哀想」
「哀れむな!つーか、内田も俺の横顔しか見てねーのによくそんなの分かるな。お前も職業病だろ」
「え、そんな事ないですよ。ねェ退」
内田が振り返って山崎に話を振ったが、返事がない。
バックミラーで山崎を確認すれば、窓に頭を預けたまま動かない。
「退寝たの?退さーん」
返事がない。まるで屍のようだ。
「可愛い顔で寝てますね。すみません、原田隊長。退が寝てしまって……」
体勢を戻しながら申し訳なさそうに謝られたけれど、俺は聞き逃さなかった。"可愛い顔で"と、さりげなく言った事を。
しかし、ここはスルーすべきだ。つっこんでいたらキリがない。
「気にしねーよ。山崎は昨日寝てないのか?」
「寝たと思いますけどね。もしかしたらお腹いっぱいになったから、本能のままに寝てるのかもしれないです」
「あー、それはありそうだな。内田も寝たかったら寝ていいぞ」
「まさか!原田隊長に運転させたまま寝れませんよ。助手席のプロとして最後までお付き合いします」
「助手席のプロが分かんねーんだよなァ……」
それからも、飲み物を買いにスーパーに寄ったり、たわいもない会話をして、楽しい時間を過ごしていたが、少し寂しそうに感じた。
時折、まだ寝ている山崎の方を振り返っては、愛おしそうに見つめていたのが、とても気の毒に思える。
いくら内田と仲が良くても、結局の所は仕事場の先輩であり彼氏の同僚兼友達という、なかなかに絶妙なポジション。
自分勝手に寝た山崎が悪いのだが、なんとなく起きているのが俺で申し訳なく思ってしまう。
「悪いな、起きてるのが俺で」
「え?どうしたんですかいきなり」
「内田が少し寂しそうに見えたんでな」
「えっ、そんなつもりなかったんですけど、気を遣わせてしまいましたか。すみません。私、原田隊長といるのも楽しいですよ。お世辞とかではなく!」
内田が、お世辞や社交辞令を言える性格ではない事を知っているし、本心なのも伝わってくる。
「逆に私が邪魔かなーみたいな。男同士の方が、エロい事とか話せるじゃないですか」
「エロい事!わははは!ちょっと待った運転中に笑かすな!」
「ええ!?笑うような事言いました?だって男同士ってそういう会話しますよね?下ネタとか」
「するけど、ネタがあったらする程度で、そんなしょっちゅうしねーよ。たまにぶっ込んでくるなァお前は」
「いや、えー……うーん……」
「どっちみち、内田の事邪魔だと思った事ねーよ。俺も内田と話すの楽しいから気にすんな」
「ホントですか?嬉しい。ありがとうございます」
チラと見た先では、少し照れたように口元を両手で覆っている。
「ていうか、謝るのは原田隊長じゃなくて山崎ですよね」
「はははっ。そりゃそうだ。アイツには今日の晩メシでも奢らせるか」
「あっいいですねそれ。焼肉行きましょ焼肉。早く夜にならないかな。楽しみだなー」
「俺帰り運転しねーから飲めるぜ。飲み放題の食い放題」
「いいじゃないですか。人の金で食べる焼肉は美味しいですからね。いっぱい飲んでいっぱい食べましょう。逆に退が寝てくれて良かったですね」
「あっははは。いいのかそれで。お前の彼氏だぞ」
大丈夫です、と親指を立てる内田に笑うしかない。
普段は山崎をとても大事にしているのに、途端に掌を返したように扱いが雑になる時がある。それを言うなら山崎も同じな事を思い出した。この2人と一緒にいるのは、全く飽きない。
焼肉の話をしていたら、見えてきた海。
「おっ凄い!海だ!退、起きて!海!」
窓にへばりついて、歓喜の声をあげる内田。
「ちょっと海寄ってくか。時期も時期だから泳げねーけど」
「えっ嬉しい!足くらいならつけても大丈夫ですかね?」
窓から振り向いて聞かれたその表情は、満面の笑み。
「それくらいならいいだろ」
「楽しみだなー海。ねェ退、海だよ海」
まだ起きる気配のない山崎にかける声も弾んでいて、余程嬉しい事が伝わってくる。
こんなにまっすぐに、「嬉しい」や「楽しみ」だと伝えられると可愛く思えてしまう。
駐車場に車を停めてから、まだ眠たそうにしている山崎を連れて、少し先にある海まで歩く。
俺らの前を足取り軽く歩いている一方で、その彼氏は眠たそうに欠伸をし、めんどくさそうだ。
「昨日寝てないのか?すげー寝てたな」
「寝た。寝たけど、気付いたら寝てた」
先に階段をおりて、海目掛けて走っている内田。
「美緒ちゃん、俺ここいるからな!」
声を張ってそう言う山崎に「お前は遊ばないのか?」と尋ねると、「無理」と一蹴しながら階段に腰をおろした。
寝起きに海で遊ぶ程元気じゃないのは見て分かる。
俺も、海で遊ぶようなガラではないので、その一段上に腰をかけた。
戻って来た内田が、山崎の前にしゃがんだ。
「退、一緒にアレしよアレ。あのー……後ろ向いてから走るやつ」
「ビーチフラッグスか?」
「それですそれ」
「絶対嫌。俺寝起き。体無理」
項垂れている山崎の頭に手を当てるその表情は、断られた事に悲しむでも、怒るでもなく、心配の色を浮かべている。
「体しんどいの?大丈夫?」
「ただ寝起きでぼーっとしてるだけ」
頭を持ち上げた山崎は、心配している内田の頬に手を当てた。その表情はなかなか消えない。
「そっか。無理してない?」
「してないから遊んできな。怪我すんなよ」
「分かった。あそこで遊んでるからね。気が向いたら来てね。原田隊長もいつでも来てください」
立ち上がった内田は、俺に山崎の事を託すと、1人で海に向かって走って行った。
「今日の晩メシ、お前の奢りで焼肉になったから」
「は?なんで?」
「寝てたから」
「マジかよ。寝てた奴にも断る権利くれよ」
「内田が楽しみっつってたぞ」
それを言ったら小言が消えて、言葉の代わりに吐き出されたため息。
本当に彼女には甘い。
その彼女は、波打ち際で波と追いかけっこをしているような動きを見せている。
暫くそんな動きを繰り返していたが、こちらに振り返るなり、両手を大きく振りだした。
山崎を見れば、小さく片手を挙げて応えている。しかし、内田の動きは止まらず、それどころか更に大きく、身体を使ってまで両手を振り出したのだ。
「内田の奴、何やってんだ」
「お前手ェ振れよ。お前が振るまでずっとやるぞ」
「えっマジか。そういうシステム?」
振り向いてされた山崎の指摘に、慌てて片手を挙げれば、今度はぴょんぴょん飛び跳ねだした。
「うおっ、今度はなんだ」
「満足したらしい」
「お、おう。良かった……」
アレを真似しろと言われたらどうしようかと一瞬焦ったが、回避出来て良かった。手を振るのはまだしも、この俺が飛び跳ねるのは無理だ。
すると、また海に向かうと、砂を掴んで海に向かって投げている。
「お前らのデートっていっつもこんな感じなのか?」
「うーん……まァ、基本こんな感じかな」
「たまには一緒に遊んでやれよ」
「遊ぶよ。でも俺は、一緒になんかするより、美緒ちゃんが楽しそうにしてるの見てるだけで満足感があるっていうか」
「お前はそうでも、内田は一緒に遊んでほしいんじゃないのか。一緒に海に砂投げて来いよ」
「絶対嫌」
そんな話をしている最中に、内田はどこかに走っていた。
「内田は見てて飽きないな」
「何やってんだアイツ」
少し走ったところで、何かを見付けたらしく、しゃがんで何かをしている。
「あ、オイオイ。誰だアイツら」
今度はどこからか男2人がやって来て、内田に絡んでいる。内田も立ち上がって、男達の相手をしているようだ。
「山崎、助けに行くか」
「いや、2人なら自分でどうにかしてもらわないと困る」
そうは言うものの、少し腰を浮かせて助けに行きたそうにしている。
内田の方に視線を戻せば、ファイティングポーズを取って、戦う気満々のようだ。
殴り合いになったら助けに入るかと、準備をしておく。
しかし、一向にそのような展開にならない。それどころか、内田は構えていた腕を下ろして、何か楽しそうに話をしているようにも見える。
「前から思ってたけど、内田ってコミュニケーション能力たけーよな」
「……うん……」
内田の事気にし過ぎて俺の話聞いてねーな。
そんなに気になんなら助けに行けばいいのに。
内田の方から視線を剥がさず、助けに行きたそうに、足が少し前に出ては引っ込めてを繰り返している。
何事もなく無事に男達と別れて「ただいまー」と戻って来た内田。山崎は、待っていたと言わんばかりに、すぐさま立ち上がってその頬を引っ張った。
「ただいまじゃねーよ。なんだあいつら。なんにもされてねーだろうな」
「さええあい」
頬を解放された内田は、そこをさすりながら、もう1度「されてない」と言い直した。
内田の説明によれば、一緒に遊ぼうと誘われたので、彼氏と来ているからと断ったのだが、それでもしつこく誘われたらしい。そこで、男達の目に付いた俺の事を何故か彼氏だと勘違いした。だが、訂正するのも面倒に思い、そのまま話を進めたと言う。
「あのスキンヘッド恐って、ヤバッて言ってておもしろかったー」
「聞いてるこっちは全然おもしろくねーんだけど」
「原田隊長いてくれて良かったーって思って。ありがとうございます。おかげで連れて行かれずにすみました」
ただここに座って、様子を見ていただけでも効果があったらしい。深々と頭を下げられて、「俺はなんもしてねーけどな」と、本当に何もしていないので、その言葉しか見付からなかった。
「え、俺の話は?」
「全然出なかったよ。退は視界にすら入ってなかったっぽいよ。あの人達の話的に」
ニコニコと話す内田とは対照的に、なんとも言えない表情を浮かべている山崎。
さすがと言うべきか、なんと言うべきか。
「美緒ちゃんが無事ならなんでもいいや」
山崎に頭を撫でられた内田は、頬を朱に染めて嬉しそうに笑みを漏らした。
毎回思うが、頭を撫でられただけで、こちらに伝わってくる程の山崎大好きオーラを放てるのが凄い。
ここからだと山崎の表情までは見えないが、相当だらしない表情になっているのだろう。
完全に2人の世界が作られている。
この空気を何回も見ているのに、未だに慣れない。
この2人が仲良くしているのを見ると、案外幸せって身近にあるんだなと思わせてくれたりする。
この2人が、いつまでもこうして仲良く一緒にいてくれる事を願いながら、そろそろメシに行こうかと誘った。