本編
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▽ストーカー
「……ん、……ちゃん、美緒ちゃん、美緒ちゃん起きなって」
徐々に覚醒していく意識。
ぼやけながらも映ったのは、退の姿。
あ……私いつの間にか寝てたのか。え?寝てた?
「ヤバッ!書類!」
勢いよく体を起こして、書類が置いてあるはずの机の上を見ると、ごくろーさんと書かれた紙切れが置いてあった。
良かった……終わってから寝たんだ……
安心と疲れの息を吐き、もう一度体を寝かす。
事態を飲み込めていない退は、首を傾げて疑問符を浮かべている。
「副長から聞いたよ。書類整理頑張ったんだってね」
「うん、凄い頑張った。ご褒美に卵焼き作って食べようかな」
「ご褒美だったら、俺作ってあげるよ」
「マジでか!?嬉しい。退優しいね」
ふと時計を見れば、とうに朝食の時間は過ぎていた。
副長が起きた時に、私を起こさなかったのが不思議だったが、副長は、なんだかんだで優しいので深く考えるのをやめた。
今度こそ体を起こして自室に戻る。
自室の襖を開けようとした時、退に呼ばれてその手を止めて振り返った。
「あのさぁ、ずっと言おうと思ってたんだけど、何その格好?しかも、副長の部屋でその格好で寝てたよね?」
「え?格好?普通に親衛隊の隊服だけど……」
青いハッピに袴、サラシにハチマキという見方によったら、暴走族を思わせるような格好だ。
それが何かいけなかったのだろうか。
退は、思考を巡らせているのか、珍しく眉間に皺を寄せている。
「君の好きにしたらいいと思う。親衛隊も別にやめろとは言わない。でもそのサラシは俺としては、いや、彼氏としてはどうかと思う部分はあるわけで……」
「サラシかっこよくない?」
「……うん、そだね。かっこいいね……でも、今後その服で、副長の、いや、自分の部屋以外で寝るの禁止にするから!絶対禁止!」
「副長との事怒ってんの?だからなんもないって。ご飯のや……!」
慌てて口を塞ぎ、周りに視線を走らせる。
盗み聞きされていても面倒だ。退を自室に引っ張り込んで、襖を閉める。
そして、退と向き合い、その耳に唇を寄せて声を潜める。
「副長とご飯行く約束したの。ただそれだけ」
退から離れて、分かってくれた?浮気じゃないよ。と念を押す。
退は、顔に右手を当てて天を仰いだ。
その反応に、首を傾げる。
今度は俯き、細く息を吐き出すと、ようやく顔を前に戻した。
「分かった。信じるよ。でも、その格好で自分の部屋以外で寝るのやめてよ!絶対だからね!」
「約束します」
自分の部屋以外で寝る事もそうないだろうけれど、退に妙な誤解をさせるのだけは避けたい。
信じると言ってくれたけど、その表情はどこか納得していないようなそんな雰囲気だ。
心配しないで、不安にならないで、私が好きなのは退だけ、という思いを込めて抱きつこうと腕を伸ばしたが、肩を押された事により叶わなかった。
押された反動で、数歩下がった足は退との距離を広げた。行き場を失った両腕。
「美緒ちゃん、ご飯食べるんだろ?先に着替えなよ。俺、先に行ってるから」
「……うん……」
悲しいなぁ……私の言い方が悪いのかなぁ……
着替えている途中で、風呂に入っていない事を思い出し、台所にいる退に声をかけてから風呂場へと移動した。
風呂から出れば、ナイスタイミングで携帯が鳴った。頭にタオルを巻いてから通話ボタンを押す。
《もしもし、美緒ちゃん?久しぶりね、妙です》
「久しぶり、どうしたの?」
《あのね、美緒ちゃんに相談があって》
今すぐハーゲンダッツを手土産に、志村家に来いとの事。勿論二つ返事で了承した。
でも珍しいな、相談なんて。まさか。まだ新ちゃんとの結納諦めてないとか?いやいや、あれはちゃんと話をつけたし。
「え!こんなに食べていいの?」
急いで食堂に行って、退の向かいに腰を下ろした私は卵焼きを見て驚いた。
お皿に盛られている卵焼きは、1切れ2切れなんてものではなく、6切れもあるのだ。
「いいよ。ご褒美だからね」
「嬉しい!ありがとう。いただきまーす」
せっかく退が作ってくれた卵焼きなので、ゆっくりとじっくりと味わいたいが、いかんせんお妙ちゃんを待たせている。
卵焼きは絶妙な甘さで、リスのように頬袋に溜めて好きな時に取り出して食べたいくらいだ。
急いで食べないといけないのが残念でならない。
「退の作った卵焼きマジで美味しい。一生食べてたい」
「一生作ってあげるよ」
え、やだ。何このイケメン。付き合いたい。
さらりと告げられたそれに、退への愛が臨界点を突破し、訳の分からない感情を抱いた。
しかし、そんな悠長な事も言っていられない。
残っているご飯と味噌汁を猛スピードで口に入れる。
「な、何?どうしたの?」
「私ちょっと行かなきゃいけない所が出来たから行くね。ご馳走様。退、本当に美味しかったよ、ありがとね」
退の呼び止める声に反応していられない。
食器をまとめてシンクに片付けて、身支度を整えると屯所を後にした。
コンビニに寄って、リクエスト通りのアイスを4つ購入し志村家に急ぐ。
呼び鈴を鳴らすと新ちゃんが迎えてくれたので、手土産のアイスを渡す。
奥から姿を現したお妙ちゃんは、真剣な面持ちでこう言った。
「美緒ちゃんに逮捕してほしい人がいるの」
「ん?たいほ?」
私の疑問を解消するより先に、お妙ちゃんは片頬に手を置いて何やら思案している。
「多分あの人より、美緒ちゃんの方が頼れると思うのよね」
「美緒ちゃんごめんなさい。仕事中なのに」
「何言ってるのよ新ちゃん。仕事中じゃなきゃ意味ないじゃない」
申し訳なさそうに謝辞を告げる新ちゃんに、ピシャリと切り返すお妙ちゃん。
状況が分からないまま、万事屋とも待ち合わせをしているという事なので、3人でラーメン屋に。
それにしても、誰を逮捕するんだ?退も連れてくるべきだったかな?
1軒のラーメン屋に、銀ちゃん率いる万事屋メンバーと私とお妙ちゃんでテーブルを囲んでいる。
神楽ちゃんはジャンボラーメンに挑戦し、銀ちゃんはパフェを頼み、残り3人はお冷。
お妙ちゃんの説明によれば、婚約の申し込みを断ったにも関わらず、しつこく付き纏われているという。
末恐ろしいなぁ。
「良かったじゃねーか。嫁の貰い手があってよォ」
さも興味がなく、玉の輿じゃねーか。むしろ喜べと突き放す銀ちゃん。
「本性がバレねーうちに籍入れとけ籍」
余計な一言に、お妙ちゃんは静かにツッコミながらパフェのグラスにその顔を叩きつける。
無論、パフェまみれになる銀ちゃんの顔。そんな銀ちゃんにティッシュを渡す。
「姿とか特徴とか分かれば手配書も書けるし、逮捕もそう難しくないと思うよ」
「さすが美緒ちゃん。誰かさんとは大違い」
頭を撫でられ、自然と甘えたくなる。
そんな私たちをよそに、店員さんが残り30秒を告げた。銀ちゃんは神楽ちゃんに、時間と金がないから噛まないで流し込めと、手を叩きながら追い討ちをかけ、期待に応えるべく顔より大きい器を持ち上げて飲み干している。
「でもこういう時、女より男の方が効果はあるらしいよ」
銀ちゃんにさりげなく話を振ってみたら、面倒くさそうなそれで口を開いた。
「んだよ、俺にどーしろっての。仕事の依頼にゃ出すもん出してもらわにゃ」
ここぞとばかりに新ちゃんが、給料未納を突きつける。
2ヶ月も滞納してるとか、殴られてても給料少しは出してくれる前の方が良かったのでは?と内心思ったが口には出さないでおいた。
「出るとこ出てもいいんですよ」
それが決め手となり、銀ちゃんは立ち上がると叫び出した。
「ストーカーめェェ!どこだァァ!成敗してくれるわっ!」
「なんだァァ!やれるものならやってみろ!」
凄い素直なストーカーさんだな。
感心していたが、テーブルの下から這い出てきた人物に、唖然とした。
…………おいおい、マジかよ
「さ、美緒ちゃん今よ」
何が今よ、だ
出された指示に、やれやれと重い腰をあげて、ストーカーに近付く。
「はい、ストーカー容疑で現行犯逮捕」
ガチャリとはめられた手錠を見て、局長は表情を一転させた。
「なんでェェ!?待って美緒ちゃん!お妙さんと話をさせて!」
「え、何?美緒の知り合い?」
「上司です。あとは私に任せて」
銀ちゃんの質問に淡々と答えて、携帯を取り出した。
「土方さんに連絡しますね」
この場は副長になんとかしてもらおう。
私が言ってもなぁなぁで終わりそうだし、私より副長に言ってもらった方が聞き入れてくれそうだ。
「ちょっと待った」
「あ」
ヒョイッと携帯が取られて、それを追いかける手が空中をさまよう。手錠してるのになんてスムーズな動き。
局長は、私の携帯を閉じ自分の懐に入れると、銀ちゃんと話し始めた。
ラーメン屋の客たちは、物珍しそうに或いはテレビでも見ているかのように、私たちを見ながらラーメンを啜っている。
迷惑なパフォーマンスには違いないが……
諦めさせようと、銀ちゃんとは許嫁で春に結婚するという嘘をついたお妙ちゃんだったが無念。この発言が熱戦の火蓋を切る事になろうとは……
「オイ白髪パーマ!お前がお妙さんの許嫁だろうと関係ない!お前なんかより俺の方がお妙さんを愛してる!決闘しろ!お妙さんを賭けて!」
ほとほと呆れた男だ。
ただでさえゴリラなのに、その上ストーカーというオプション付きが上司とか、情けなくなってきた。
「お妙ちゃん私帰――」
「一緒に行きましょ」
笑顔で腕を組まれては、逃げる事も出来ない。
帰る事も許されず、局長の手錠を外してから、河川敷に向かった。
私たちは、橋の上から見物する事に。
さわさわと優しい風が吹き抜ける中、下にいる局長の着流しが靡き、無駄に男らしさを演出している。
「それにあの人多分強い……決闘を前にあの落ち着きぶりは、何度も死線をくぐり抜けてきた証拠よ」
お妙ちゃんが悟ったような神妙な口調で言った。
「あの人は強いよ。多分銀ちゃんは勝てないね」
「心配いらないヨ。銀ちゃんピンチの時は私の傘が火を吹くネ」
ガシャコンと傘を構えて、いつでも応戦可能な神楽ちゃん。
「近藤さんがピンチの時は私の刀が火を吹くよ」
腰に携えてある刀の柄に手を乗せる。
「小娘が」
ハッと鼻で笑う神楽ちゃんに、私もお妙ちゃんの横から睨む。
バチバチと火花が散る私たちの間で、新ちゃんとお妙ちゃんは呆れた表情を浮かべている。
ようやく、糖をしに厠に行っていたという銀ちゃんが戻ってきた。
銀ちゃんは、真剣を使わず木刀で闘うらしい。
「ワリーが人の人生賭けて勝負出来る程、大層な人間じゃないんでね。代わりにと言っちゃなんだが、俺の命を賭けよう」
自分の命を白刃の前にさらして、負けてもお妙ちゃんには危害を及ばさないようにするようだ。
それを理解したお妙ちゃんは、銀ちゃんにやめるよう言うが、銀ちゃんも局長もやめるつもりはさらさらない。ここまで来たら、後には引けない。
局長は、自分の真剣を外して地面に落とすと、新ちゃんに木刀を貸すよう言った。新ちゃんが渡す前に、銀ちゃんが局長の足元に自分の愛刀を投げ渡した。
「勝っても負けてもお互いに遺恨はなさそうだな」
新ちゃんから木刀を受け取りながら銀ちゃんが確認をとると、局長も頷いた。
「あぁ、純粋に男として勝負しよう」
風が一吹きしたのを合図に、2人は1歩を踏み出した。
いざ、尋常に勝負!と言ったはいいが、コンマ数秒。局長が持っている刀の先が、振り下ろそうとした瞬間折れた。戸惑っている局長を、躊躇なく木刀で殴りつける銀ちゃん。
結果は言わずとも局長の負けだ。
「なんだそれ……」
思わぬ勝敗のつき方に失笑する。
その卑怯な手口を使って勝つ所を見た神楽ちゃんと新ちゃんは、橋の上から銀ちゃん目掛けて飛び降りた。下から蹴りつける音と共に「卑怯だ!」とか「見損なったアル!」と銀ちゃんを責める言葉が聞こえてくる。
隣では、お妙ちゃんが小さく笑ったのが聞こえた。
「じゃあ私帰るわね。話聞いてくれてありがとう」
「何も出来なくてごめんね。気を付けて帰ってね」
お妙ちゃんを見送り、もう一度河川敷へと視線をやれば、神楽ちゃんも新ちゃんもいなくなっていた。
「美緒さーん。何やってんのかなぁ?」
「うおっ!土方さん。あ、局長負けたみたいですよ。見てました?」
背後に立つ副長に、河川敷で倒れている局長を目で指し示す。
副長は額に手を当てて嘆息すると、注意を促してきた。
「……お前この事他言すんじゃねーぞ」
「勿論ですよ。まァ、言ったところで信じてもらえるか疑わしいところですけどね」
私が「局長が負けた」と言っても信じる人はそういないだろう。何せ、真選組の長を背負った誰よりも強い男だ。
おまけに、小細工を仕込まれて負けたともなると、なんとも形容しがたい気持ちになる。
「副長、一緒に帰りませんか?ちょっと待っててくださいね」
まだ伸びている局長の所に行き、その懐から自分の携帯を取り出した。橋の上へと戻って、副長と肩を並べて歩く。
「お前関わってたのか?」
タバコに火をつけながら、そう問われるが後々面倒になる事だけは避けたい。
たまたま通りかかったら、局長は既にあんな状態だったといえばあっさり信じた。というよりも、私が関わっていた事はどことなく気付いていて、敢えて信じたふりをしてくれたのかもしれない。
現に、さっき局長の所に行った事も言及しないくらいだ。
「そうだ。約束のメシ食いに行くか」
「やったー!ご馳走になりまーす」
案外早く副長とご飯に行けて、足取りが軽くなる。
副長の馴染みの店だという定食屋にやって来てカウンターに座ったのはいいが、副長の言葉に時が止まった。
「俺のオススメ奢ってやるよ」
顔を引きつらせて、ぜひ、とは言ったものの、私は出された物を食べるかどうか悩んでいた。
言わずとも分かるだろうが、土方スペシャル。
「どうした?食わねーのか?」
「あ、いや、食べます。いただきます」
そうだよなぁ。金出してもらってるんだから、食べなきゃ失礼だよなぁ。
考えてるうちにも、副長は既に半分まで食べていた。
副長が食べている土方スペシャルから、美味しそうに食べる副長の横顔へと視線を移した後、まだ手を付けていない自分のそれに視線を戻す。
箸を持つ右手が微かに震えているのが分かる。
勇気を出して、1口目を思い切って口の中へ。
……うん、言わずもがな、マヨネーズとご飯だ。
「……あれ?意外にいけるかも?」
「…………」
「どちらかと言えばマヨ好きだし、私個人的には別に――」
視線を感じたので言葉を切りそっちを見れば、副長が類まれに見ない凄く嬉しそうな表情で私を見ている――が、すぐに視線を逸らして「そ、そうか」と照れ隠しなのだろう。また続きを食べ始めた。
それは私も同じで。
おかわりを勧められたが、そこは丁重にお断りしておいた。
定食屋を後にして、屯所に帰る道すがら副長はやたら機嫌が良かった。
機嫌が悪いよりは数倍いいので、あまり余計な事を言わずに副長の隣を歩く。
「お前も気に入ったようだし、改名しようと思う。『土方スペシャル』改め『土方&内田スペシャル』ってのはどうだ?」
「いやいや、そんな私には恐れ多いですよ。今のままで十分です。今まで通り土方スペシャルでお願いします」
「そうか……また時間があったら一緒にどうだ?」
同士が出来た事がかなり嬉しいんだろうな。っていうか、同士とあまり思われたくないんだけど……
奢ってもらえるのは嬉しいので、今度ぜひと話に乗っておいた。
「……ん、……ちゃん、美緒ちゃん、美緒ちゃん起きなって」
徐々に覚醒していく意識。
ぼやけながらも映ったのは、退の姿。
あ……私いつの間にか寝てたのか。え?寝てた?
「ヤバッ!書類!」
勢いよく体を起こして、書類が置いてあるはずの机の上を見ると、ごくろーさんと書かれた紙切れが置いてあった。
良かった……終わってから寝たんだ……
安心と疲れの息を吐き、もう一度体を寝かす。
事態を飲み込めていない退は、首を傾げて疑問符を浮かべている。
「副長から聞いたよ。書類整理頑張ったんだってね」
「うん、凄い頑張った。ご褒美に卵焼き作って食べようかな」
「ご褒美だったら、俺作ってあげるよ」
「マジでか!?嬉しい。退優しいね」
ふと時計を見れば、とうに朝食の時間は過ぎていた。
副長が起きた時に、私を起こさなかったのが不思議だったが、副長は、なんだかんだで優しいので深く考えるのをやめた。
今度こそ体を起こして自室に戻る。
自室の襖を開けようとした時、退に呼ばれてその手を止めて振り返った。
「あのさぁ、ずっと言おうと思ってたんだけど、何その格好?しかも、副長の部屋でその格好で寝てたよね?」
「え?格好?普通に親衛隊の隊服だけど……」
青いハッピに袴、サラシにハチマキという見方によったら、暴走族を思わせるような格好だ。
それが何かいけなかったのだろうか。
退は、思考を巡らせているのか、珍しく眉間に皺を寄せている。
「君の好きにしたらいいと思う。親衛隊も別にやめろとは言わない。でもそのサラシは俺としては、いや、彼氏としてはどうかと思う部分はあるわけで……」
「サラシかっこよくない?」
「……うん、そだね。かっこいいね……でも、今後その服で、副長の、いや、自分の部屋以外で寝るの禁止にするから!絶対禁止!」
「副長との事怒ってんの?だからなんもないって。ご飯のや……!」
慌てて口を塞ぎ、周りに視線を走らせる。
盗み聞きされていても面倒だ。退を自室に引っ張り込んで、襖を閉める。
そして、退と向き合い、その耳に唇を寄せて声を潜める。
「副長とご飯行く約束したの。ただそれだけ」
退から離れて、分かってくれた?浮気じゃないよ。と念を押す。
退は、顔に右手を当てて天を仰いだ。
その反応に、首を傾げる。
今度は俯き、細く息を吐き出すと、ようやく顔を前に戻した。
「分かった。信じるよ。でも、その格好で自分の部屋以外で寝るのやめてよ!絶対だからね!」
「約束します」
自分の部屋以外で寝る事もそうないだろうけれど、退に妙な誤解をさせるのだけは避けたい。
信じると言ってくれたけど、その表情はどこか納得していないようなそんな雰囲気だ。
心配しないで、不安にならないで、私が好きなのは退だけ、という思いを込めて抱きつこうと腕を伸ばしたが、肩を押された事により叶わなかった。
押された反動で、数歩下がった足は退との距離を広げた。行き場を失った両腕。
「美緒ちゃん、ご飯食べるんだろ?先に着替えなよ。俺、先に行ってるから」
「……うん……」
悲しいなぁ……私の言い方が悪いのかなぁ……
着替えている途中で、風呂に入っていない事を思い出し、台所にいる退に声をかけてから風呂場へと移動した。
風呂から出れば、ナイスタイミングで携帯が鳴った。頭にタオルを巻いてから通話ボタンを押す。
《もしもし、美緒ちゃん?久しぶりね、妙です》
「久しぶり、どうしたの?」
《あのね、美緒ちゃんに相談があって》
今すぐハーゲンダッツを手土産に、志村家に来いとの事。勿論二つ返事で了承した。
でも珍しいな、相談なんて。まさか。まだ新ちゃんとの結納諦めてないとか?いやいや、あれはちゃんと話をつけたし。
「え!こんなに食べていいの?」
急いで食堂に行って、退の向かいに腰を下ろした私は卵焼きを見て驚いた。
お皿に盛られている卵焼きは、1切れ2切れなんてものではなく、6切れもあるのだ。
「いいよ。ご褒美だからね」
「嬉しい!ありがとう。いただきまーす」
せっかく退が作ってくれた卵焼きなので、ゆっくりとじっくりと味わいたいが、いかんせんお妙ちゃんを待たせている。
卵焼きは絶妙な甘さで、リスのように頬袋に溜めて好きな時に取り出して食べたいくらいだ。
急いで食べないといけないのが残念でならない。
「退の作った卵焼きマジで美味しい。一生食べてたい」
「一生作ってあげるよ」
え、やだ。何このイケメン。付き合いたい。
さらりと告げられたそれに、退への愛が臨界点を突破し、訳の分からない感情を抱いた。
しかし、そんな悠長な事も言っていられない。
残っているご飯と味噌汁を猛スピードで口に入れる。
「な、何?どうしたの?」
「私ちょっと行かなきゃいけない所が出来たから行くね。ご馳走様。退、本当に美味しかったよ、ありがとね」
退の呼び止める声に反応していられない。
食器をまとめてシンクに片付けて、身支度を整えると屯所を後にした。
コンビニに寄って、リクエスト通りのアイスを4つ購入し志村家に急ぐ。
呼び鈴を鳴らすと新ちゃんが迎えてくれたので、手土産のアイスを渡す。
奥から姿を現したお妙ちゃんは、真剣な面持ちでこう言った。
「美緒ちゃんに逮捕してほしい人がいるの」
「ん?たいほ?」
私の疑問を解消するより先に、お妙ちゃんは片頬に手を置いて何やら思案している。
「多分あの人より、美緒ちゃんの方が頼れると思うのよね」
「美緒ちゃんごめんなさい。仕事中なのに」
「何言ってるのよ新ちゃん。仕事中じゃなきゃ意味ないじゃない」
申し訳なさそうに謝辞を告げる新ちゃんに、ピシャリと切り返すお妙ちゃん。
状況が分からないまま、万事屋とも待ち合わせをしているという事なので、3人でラーメン屋に。
それにしても、誰を逮捕するんだ?退も連れてくるべきだったかな?
1軒のラーメン屋に、銀ちゃん率いる万事屋メンバーと私とお妙ちゃんでテーブルを囲んでいる。
神楽ちゃんはジャンボラーメンに挑戦し、銀ちゃんはパフェを頼み、残り3人はお冷。
お妙ちゃんの説明によれば、婚約の申し込みを断ったにも関わらず、しつこく付き纏われているという。
末恐ろしいなぁ。
「良かったじゃねーか。嫁の貰い手があってよォ」
さも興味がなく、玉の輿じゃねーか。むしろ喜べと突き放す銀ちゃん。
「本性がバレねーうちに籍入れとけ籍」
余計な一言に、お妙ちゃんは静かにツッコミながらパフェのグラスにその顔を叩きつける。
無論、パフェまみれになる銀ちゃんの顔。そんな銀ちゃんにティッシュを渡す。
「姿とか特徴とか分かれば手配書も書けるし、逮捕もそう難しくないと思うよ」
「さすが美緒ちゃん。誰かさんとは大違い」
頭を撫でられ、自然と甘えたくなる。
そんな私たちをよそに、店員さんが残り30秒を告げた。銀ちゃんは神楽ちゃんに、時間と金がないから噛まないで流し込めと、手を叩きながら追い討ちをかけ、期待に応えるべく顔より大きい器を持ち上げて飲み干している。
「でもこういう時、女より男の方が効果はあるらしいよ」
銀ちゃんにさりげなく話を振ってみたら、面倒くさそうなそれで口を開いた。
「んだよ、俺にどーしろっての。仕事の依頼にゃ出すもん出してもらわにゃ」
ここぞとばかりに新ちゃんが、給料未納を突きつける。
2ヶ月も滞納してるとか、殴られてても給料少しは出してくれる前の方が良かったのでは?と内心思ったが口には出さないでおいた。
「出るとこ出てもいいんですよ」
それが決め手となり、銀ちゃんは立ち上がると叫び出した。
「ストーカーめェェ!どこだァァ!成敗してくれるわっ!」
「なんだァァ!やれるものならやってみろ!」
凄い素直なストーカーさんだな。
感心していたが、テーブルの下から這い出てきた人物に、唖然とした。
…………おいおい、マジかよ
「さ、美緒ちゃん今よ」
何が今よ、だ
出された指示に、やれやれと重い腰をあげて、ストーカーに近付く。
「はい、ストーカー容疑で現行犯逮捕」
ガチャリとはめられた手錠を見て、局長は表情を一転させた。
「なんでェェ!?待って美緒ちゃん!お妙さんと話をさせて!」
「え、何?美緒の知り合い?」
「上司です。あとは私に任せて」
銀ちゃんの質問に淡々と答えて、携帯を取り出した。
「土方さんに連絡しますね」
この場は副長になんとかしてもらおう。
私が言ってもなぁなぁで終わりそうだし、私より副長に言ってもらった方が聞き入れてくれそうだ。
「ちょっと待った」
「あ」
ヒョイッと携帯が取られて、それを追いかける手が空中をさまよう。手錠してるのになんてスムーズな動き。
局長は、私の携帯を閉じ自分の懐に入れると、銀ちゃんと話し始めた。
ラーメン屋の客たちは、物珍しそうに或いはテレビでも見ているかのように、私たちを見ながらラーメンを啜っている。
迷惑なパフォーマンスには違いないが……
諦めさせようと、銀ちゃんとは許嫁で春に結婚するという嘘をついたお妙ちゃんだったが無念。この発言が熱戦の火蓋を切る事になろうとは……
「オイ白髪パーマ!お前がお妙さんの許嫁だろうと関係ない!お前なんかより俺の方がお妙さんを愛してる!決闘しろ!お妙さんを賭けて!」
ほとほと呆れた男だ。
ただでさえゴリラなのに、その上ストーカーというオプション付きが上司とか、情けなくなってきた。
「お妙ちゃん私帰――」
「一緒に行きましょ」
笑顔で腕を組まれては、逃げる事も出来ない。
帰る事も許されず、局長の手錠を外してから、河川敷に向かった。
私たちは、橋の上から見物する事に。
さわさわと優しい風が吹き抜ける中、下にいる局長の着流しが靡き、無駄に男らしさを演出している。
「それにあの人多分強い……決闘を前にあの落ち着きぶりは、何度も死線をくぐり抜けてきた証拠よ」
お妙ちゃんが悟ったような神妙な口調で言った。
「あの人は強いよ。多分銀ちゃんは勝てないね」
「心配いらないヨ。銀ちゃんピンチの時は私の傘が火を吹くネ」
ガシャコンと傘を構えて、いつでも応戦可能な神楽ちゃん。
「近藤さんがピンチの時は私の刀が火を吹くよ」
腰に携えてある刀の柄に手を乗せる。
「小娘が」
ハッと鼻で笑う神楽ちゃんに、私もお妙ちゃんの横から睨む。
バチバチと火花が散る私たちの間で、新ちゃんとお妙ちゃんは呆れた表情を浮かべている。
ようやく、糖をしに厠に行っていたという銀ちゃんが戻ってきた。
銀ちゃんは、真剣を使わず木刀で闘うらしい。
「ワリーが人の人生賭けて勝負出来る程、大層な人間じゃないんでね。代わりにと言っちゃなんだが、俺の命を賭けよう」
自分の命を白刃の前にさらして、負けてもお妙ちゃんには危害を及ばさないようにするようだ。
それを理解したお妙ちゃんは、銀ちゃんにやめるよう言うが、銀ちゃんも局長もやめるつもりはさらさらない。ここまで来たら、後には引けない。
局長は、自分の真剣を外して地面に落とすと、新ちゃんに木刀を貸すよう言った。新ちゃんが渡す前に、銀ちゃんが局長の足元に自分の愛刀を投げ渡した。
「勝っても負けてもお互いに遺恨はなさそうだな」
新ちゃんから木刀を受け取りながら銀ちゃんが確認をとると、局長も頷いた。
「あぁ、純粋に男として勝負しよう」
風が一吹きしたのを合図に、2人は1歩を踏み出した。
いざ、尋常に勝負!と言ったはいいが、コンマ数秒。局長が持っている刀の先が、振り下ろそうとした瞬間折れた。戸惑っている局長を、躊躇なく木刀で殴りつける銀ちゃん。
結果は言わずとも局長の負けだ。
「なんだそれ……」
思わぬ勝敗のつき方に失笑する。
その卑怯な手口を使って勝つ所を見た神楽ちゃんと新ちゃんは、橋の上から銀ちゃん目掛けて飛び降りた。下から蹴りつける音と共に「卑怯だ!」とか「見損なったアル!」と銀ちゃんを責める言葉が聞こえてくる。
隣では、お妙ちゃんが小さく笑ったのが聞こえた。
「じゃあ私帰るわね。話聞いてくれてありがとう」
「何も出来なくてごめんね。気を付けて帰ってね」
お妙ちゃんを見送り、もう一度河川敷へと視線をやれば、神楽ちゃんも新ちゃんもいなくなっていた。
「美緒さーん。何やってんのかなぁ?」
「うおっ!土方さん。あ、局長負けたみたいですよ。見てました?」
背後に立つ副長に、河川敷で倒れている局長を目で指し示す。
副長は額に手を当てて嘆息すると、注意を促してきた。
「……お前この事他言すんじゃねーぞ」
「勿論ですよ。まァ、言ったところで信じてもらえるか疑わしいところですけどね」
私が「局長が負けた」と言っても信じる人はそういないだろう。何せ、真選組の長を背負った誰よりも強い男だ。
おまけに、小細工を仕込まれて負けたともなると、なんとも形容しがたい気持ちになる。
「副長、一緒に帰りませんか?ちょっと待っててくださいね」
まだ伸びている局長の所に行き、その懐から自分の携帯を取り出した。橋の上へと戻って、副長と肩を並べて歩く。
「お前関わってたのか?」
タバコに火をつけながら、そう問われるが後々面倒になる事だけは避けたい。
たまたま通りかかったら、局長は既にあんな状態だったといえばあっさり信じた。というよりも、私が関わっていた事はどことなく気付いていて、敢えて信じたふりをしてくれたのかもしれない。
現に、さっき局長の所に行った事も言及しないくらいだ。
「そうだ。約束のメシ食いに行くか」
「やったー!ご馳走になりまーす」
案外早く副長とご飯に行けて、足取りが軽くなる。
副長の馴染みの店だという定食屋にやって来てカウンターに座ったのはいいが、副長の言葉に時が止まった。
「俺のオススメ奢ってやるよ」
顔を引きつらせて、ぜひ、とは言ったものの、私は出された物を食べるかどうか悩んでいた。
言わずとも分かるだろうが、土方スペシャル。
「どうした?食わねーのか?」
「あ、いや、食べます。いただきます」
そうだよなぁ。金出してもらってるんだから、食べなきゃ失礼だよなぁ。
考えてるうちにも、副長は既に半分まで食べていた。
副長が食べている土方スペシャルから、美味しそうに食べる副長の横顔へと視線を移した後、まだ手を付けていない自分のそれに視線を戻す。
箸を持つ右手が微かに震えているのが分かる。
勇気を出して、1口目を思い切って口の中へ。
……うん、言わずもがな、マヨネーズとご飯だ。
「……あれ?意外にいけるかも?」
「…………」
「どちらかと言えばマヨ好きだし、私個人的には別に――」
視線を感じたので言葉を切りそっちを見れば、副長が類まれに見ない凄く嬉しそうな表情で私を見ている――が、すぐに視線を逸らして「そ、そうか」と照れ隠しなのだろう。また続きを食べ始めた。
それは私も同じで。
おかわりを勧められたが、そこは丁重にお断りしておいた。
定食屋を後にして、屯所に帰る道すがら副長はやたら機嫌が良かった。
機嫌が悪いよりは数倍いいので、あまり余計な事を言わずに副長の隣を歩く。
「お前も気に入ったようだし、改名しようと思う。『土方スペシャル』改め『土方&内田スペシャル』ってのはどうだ?」
「いやいや、そんな私には恐れ多いですよ。今のままで十分です。今まで通り土方スペシャルでお願いします」
「そうか……また時間があったら一緒にどうだ?」
同士が出来た事がかなり嬉しいんだろうな。っていうか、同士とあまり思われたくないんだけど……
奢ってもらえるのは嬉しいので、今度ぜひと話に乗っておいた。