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▽土方さんと2
※精神的な話に触れていますが、私は医者でも医学に詳しいわけでもありません。
美緒が強くなりたいと言い出したので、無茶も承知で訓練をする事にした。
しかし、それは俺が思っていたよりも、身体的にダメージを受けるようだ。酷い頭痛を引き起こした挙句、熱も出させてしまった。
熱は、翌日の昼には下がったようだが、頭痛は少し長引いたらしい。そして、相変わらず記憶も曖昧だと言う。
やはり記憶に異常をきたすのと、熱まで出すのが気にかかる。
罪滅ぼしというわけではないが、近藤さんに、医学に強い人を紹介してもらおうと、相談する事にした。
「美緒ちゃん、そんなに記憶なくすのか?」
「いや、記憶をなくすって言ったら語弊がある」
近藤さんに、なくすとはまた別のと説明しようとしたが、記憶が飛んでいたりするので、なくすのも似たようなもんだと思い直し、そのまま話を進める事にした。
「頻繁にはねェんだが、山崎が怪我したり重症負った時なんかは特にな」
「そうか。俺も、美緒ちゃんの様子を見に行ったりするけど、いつも普通だったんだがなァ」
その様子を思い浮かべているのか、腕を組んで唸っている。
「普段の生活で、記憶に異常をきたす事はまずないから、なんで山崎が絡んだ時だけなのか原因が知りたい。これからもポンポン記憶なくされて、仕事に支障が出たらこっちが困る」
「そういう事ならいい先生がいるぞ。ホラ、トシも知ってるだろ。松本先生」
あの先生なら、医学にも長けているし腕も確かだ。信用がおける。
以前は頻繁に隊士の診療に来てくれていたが、最近は多忙のようでたまに顔を出す程度。
次、いつ先生が来てくれるか分からないし、日程を押さえてもらうのも申し訳ない。こちらは急を要した話でもない為、文を送る事にした。
返事が来たのは、それから1週間を過ぎた頃の事。
相変わらず多忙な生活をしている事が垣間見え、頼ったのは間違いだったかと反省する。
文に書かれていたのは、出来ればちゃんと診たいので連れてきてほしい、との事だった。
なんだか大事になってしまったようで、面倒臭さを感じてしまう。だが、先生がそう言うならば致し方ない。
先生と日程を擦り合わせ、美緒と共に先生の元へ出向き、検査をしてもらう運びとなった。
「今の所、検査結果に異常はないね。となると、精神の方だね」
「精神?」
全ての検査結果が出揃い、先生からされた説明に呆気にとられる。
「そう。精神と脳は、一見関係がなさそうに見えるけど、実はとても関係があるものでね。土方くんの説明によれば、とある隊士が負傷する事によって、記憶に異常をもたらすという事であったけれど、その負傷した姿は内田くんにとっては、あまりにも受け入れ難い、ショックな出来事なのだろう。極度のストレスを負った結果、記憶に障害が出たんだね」
なるべくそのような事態にならないよう避けるのが1番らしいが、真選組にいる限りは難しい。
先生と美緒の質疑応答を横目で見る。
精神的に弱いという事だろうか。
剣の腕や身体は鍛える事は出来るが、精神となると未知。
「珍しい症状ではないから気にする事はないし、自分を責める必要なんてないから、気を楽にねって言っても難しいか。そう思い詰めなくていいよ。少し呼吸を整えようか。僕の指示に従って、ゆっくりでいいからね」
さすがというべきか。こういう所は素直に尊敬するし、見習いたい所ではある。
今美緒がどういう呼吸をしているかなんて、見た目では全く分からない。
先生の指示する呼吸のリズムを繰り返していくと、徐々に美緒の緊張が解けたのが感じとれた。
「先生、内田は精神が弱いって事か?精神を鍛えたらどうにかなるのか?」
「ははは。この症状は、必ずしもイコールではないよ。精神が弱かったら真選組に来ないし、今もこうして生きていない。それは君も分かっている事だろう」
「…………」
「君の心配も分かるよ。ただ、彼女の場合は、今のところ日常生活に支障を来たしていないようだし、頻繁にあるものでもないみたいだから、例え精神を鍛えても、投薬をしても結果は同じだろう」
先生の目付きが鋭いものへと変わり、俺を射抜いた。
「それにしても土方くん、君は無茶な事を教えるね。今回は異常がなかったから良かったけれど、これを繰り返すのはやめるべきだ」
想像通りの事を言われてしまい、押し黙る。
「今やってる訓練は、内田くんにとってなんのプラスにもならないよ。むしろ、寿命を縮める危険なやり方だ」
「それでもいいって言ったのは私で、土方さんは何も悪くないんです。私は、彼を護れるくらい強くなれるなら、これくらいなんとも――」
「"これくらい"では済まないレベルだから言ってるんだ。激しい頭痛と高熱、コレは身体からのSOSだ。この先続けたら身体だけではない、今以上に精神にも異常をきたす。下手をすれば、命を落とす危険もある。そうなったら、彼を護るどころの話ではなくなるよ。君はもう少し"護る"というのがどういう事かを知った方がいいね」
「…………」
先生を見据えていた美緒は、何かを言いかけた口を閉ざして俯いた。
「死んだら、彼を護る事も、側にいる事も出来ないんだよ。もう少しよく考えなさい。厳しい事を言うようだけれど、今の君は自己犠牲に酔っているだけに見えるよ。そんなの誰も……彼だって喜ばないよ」
膝の上に置いている拳が、固く握りしめられる。
先生は、厳しい表情や声音から一変、柔らかいものへと変えた。
「内田くん、もう少し楽に生きてもいいんだよ。急がば回れという言葉もあるように、遠回りでも確実な道を進む事が大切なんだ。今の君には少し難しいだろうけどね。いずれ、君にも分かる時が来るよ」
「……はい……」
美緒が精算を終わるのをベンチに座って待っていたら、先生が「隣失礼するよ」と、俺が頷く前に隣に腰をかけた。
「土方くん、君、彼女の心を利用したね?」
先生の指摘にギクッと肩を震わせる。
先生の前では、言い訳も取り繕う事も出来ない。
「強くなるには、その方が手っ取り早いと思ったんだ」
「君の考えもあながち間違いではない。誰かの為にと動く力は大きい。原動力にもなる。それが、大切な人の為なら尚更だ。君も彼女の為を思ってというのも伝わってくるから、君ばかり責めはしない。彼女にも非はあるからね」
「…………」
「細かく言わなくても分かっているだろうから、あまり言わないけれど、君はあまりにも不器用だね。君なら堅実な方法を教えると思っていたから、らしくなくて少し驚いたよ」
「うるせェ……」
これで話は終わりかと思いきや、先生は「あともう1つ」とこれまた真剣な声音で言ってきた。
「彼女からずっと綱渡りをしているような、不安定さを感じる。精神は弱くないけれど、酷く脆い。出来るなら、今すぐにでも彼女を除隊させてほしい所だ。いや、彼女の為思えば別れさせた方がいいな」
「どっちも無理だな。一度、男の方に別れを提案した事があるが、断りやがった」
「ははは。彼の方も彼女にご執心か。仲が睦まじいのは良い事だ」
「とても別れさせたがっている奴のセリフとは思えねーな」
「何を言うんだい。別れさせたがっているだなんて。そんな人聞きの悪い事を言うもんではないよ。まるで僕が悪役みたいじゃないか。僕は、強制はしていない、"出来るなら"と言ったんだ」
「物は言いようだな……アイツらは俺が言った所で、そう簡単に別れねーよ。男の方を丸め込めたとしても、内田は無理だ。先生も分かってんだろ」
「ああ、分かるよ。だが、この先、彼女の精神を蝕むような事が起きる可能性があるとしても、これ以上骨は折りたくないと?」
「どういう事だ」
「君も見ているなら分かるだろう。その隊士が今まで生きていたから、これだけで済んでいると言ってもいいかもしれないな」
その言い分に、眉が寄る。
「何が言いたい」
「いや、これ以上は僕も分からない事だ。やめておこう。僕は易者でも予言者でもないからね。予感が外れている事を願うよ。君にも余計な心配事は増やしたくない」
「先生の予感って――」
「土方さん、お待たせしました」
先生の勘は当たる。
詳細を聞こうとした時、精算が終わって戻ってきた美緒によって、それ以上聞く事が出来なかった。
ベンチから立ち上がった先生は、美緒に軽く注意を向ける。
「内田くん、あまり無理しないで、自分の体を優先に考えなさいね。あと、自分を責めないように」
「はい。ありがとうございます」
素直に礼を告げて、頭を下げる美緒に笑いかけると、そのままの表情で俺に向き直った。
「土方くん、君、少し見ない間にタバコの量が増えたんじゃないのかね。少し減らさないといけないよ。むしろ禁煙したまえ。最近、巷では禁煙の為に――」
「分かった、数減らす」
美緒の事で来たのに、俺にまで説教を垂れてくる先生を適当にあしらう。だが、先生は、俺の態度に怒る事も、説教を続ける事もなく「全く君は……」と肩を竦めた。
「じゃあ帰るわ。忙しい中世話になったな」
「また何かあったら遠慮なく連絡しておいで。君達真選組の為なら、時間も協力も惜しまないから。近藤くんにもよろしく伝えてくれ」
礼を告げて、車に乗り込んだ。
タバコに火をつけて、窓を開ける。紫煙を外に向かって吐き出した。
――『綱渡りをしているような不安定さ』『精神を蝕むような事』
運転しながら、先生の言葉を脳内で繰り返す。
恐らく、コレも山崎関連だろう。
コイツは、山崎の事しか頭にないし、自分よりも山崎を優先している。山崎中心に物事を考えて生きている。自分の足では立っていない。そりゃ不安定になるのも当然だ。
――『その隊士が今まで生きていたから、逆にこれだけで済んでいると言ってもいいかもしれないな』
山崎が死んだ時、コイツがどうなるか……考えたくもねェな。
「副長、山崎には、この事……下手したら死ぬような訓練をしてた事、言わないでください」
"山崎"……コイツの口から久しぶりに聞いたな。いつも、バカみたいに名前でしか言わないのに。それだけ真面目な話って事か。
「山崎には、俺から報告するつもりはなかったからな。山崎が確認してきたら、そん時ゃ口裏は合わせといてやるよ。という事は、まだアレやるつもりか」
横目で頷いたのが見て取れて、車に備え付けてある灰皿に、灰を落としながら嘆息する。
「お前な、先生にも言われただろ。ドクターストップがかかってんだぞ」
「大丈夫です。山崎が生きている限り、何があっても死にません。なので、お願いします。見捨てないでください」
こちらを向いて、頭を下げているのが視界の隅に映って、煩わしさに頭を掻き乱す。
「最初から見捨てる気はねェけど……どうなっても知らんからな。ちゃんと生きてろよ」
「はい!ありがとうございます」
助手席で、嬉しそうに微笑む美緒を横目で見て、紫煙と共にため息をつく。
全く、厄介な奴を部下に持っちまったもんだ。
"山崎が生きている限り死なない"、なんて妄言にしかないというのに。
こんな妄言を信じてしまうのだから、どうやら俺は焼きが回ってしまったようだ。
近藤さんの部屋を訪れ、美緒の検査結果の報告をする。
美緒の除隊をすすめられた事や、精神を蝕むような事が起きるかもしれない事、俺のタバコの本数については除いて。
「精神か……なかなか先生も難しい事をおっしゃる」
「日常生活に支障はないから、普段通りでいいそうだ。この仕事してたら、怪我なんか日常茶飯事だっつーのに。もう二年になるんだから、いい加減慣れてほしいもんだぜ」
「そうは言うが、大事な人が怪我しても、平然としてるのもどうかと思うぞ。つっても、美緒ちゃんの場合は極端だが。でも、トシがザキを殴ってるのを見ても、なんも言わんだろう。敵味方の分別がついてるだけマシなんじゃねーかな」
「そりゃそうだが……ストレス緩和も山崎なら、ストレスの原因も山崎って、どうしようもねェな。なんなんだアイツは。めんどくせェ……」
懐からタバコを取り出して、火をつけた。
今更ながら、入隊させた事を後悔し、ため息と共に紫煙を吐き出す。すると、近藤さんは何を思ったのか、こんな事を言い出した。
「それにしても、山崎はあんなにも愛されてて羨ましいよ」
「アレは愛なのか?」
「愛じゃなかったらなんだって言うんだ!いいなぁ、俺もお妙さんにそれくらい愛されたいもんだねェ。俺は、お妙さんをそれくらい愛しているわけだけども。でも、お妙さんが怪我しても記憶なくした事ないな。いや、そもそも怪我してないな。むしろ俺が怪我を負わされてる……」
「先生が、近藤さんによろしくって言ってたぞ。伝えたからな」
「オイ、トシ。お妙さんにそれくらい心配されるにはどうしたらいいと思う?ちょっとトシ?聞いてる?ねェ!聞いてる!?」
うるさい近藤さんの声を遮断するように、障子を閉めた。
愛っつーか、ありゃ依存だろ。いや、執着か。
廊下を歩いていると、山崎と美緒が並んで座って、一緒にテレビを見ている姿が、視界の隅に映りこんだ。
足を止めて、その様子を窺う。
互いに互いの事を、愛しそうな目で見ていて、こちらが恥ずかしくなってしまう。
「私もコレやりたい。見てて」
美緒はテレビを指した後立ち上がると、「ホッ」という掛け声と共に、両手を挙げて背中を逸らした。
見ていても、何がやりたいのかさっぱり分からない。
「逆立ちからしてみたら?」
山崎のアドバイスに、その場で逆立ちをした。
「くっ、この後!この後どーすればいい?」
「後ろ。後ろに体重乗せて」と、その足首を持って、補助しにかかる山崎。
相変わらず馬鹿な事をする奴らだ。
俺はこの先、これ以上に、もっと厄介な出来事が待っている事を知らずに、美緒を除隊させる事も、二人を別れさせる事もせずにいた。
もしかしたら、心のどこかで、二人一緒にいて欲しかったのかもしれない。
※精神的な話に触れていますが、私は医者でも医学に詳しいわけでもありません。
美緒が強くなりたいと言い出したので、無茶も承知で訓練をする事にした。
しかし、それは俺が思っていたよりも、身体的にダメージを受けるようだ。酷い頭痛を引き起こした挙句、熱も出させてしまった。
熱は、翌日の昼には下がったようだが、頭痛は少し長引いたらしい。そして、相変わらず記憶も曖昧だと言う。
やはり記憶に異常をきたすのと、熱まで出すのが気にかかる。
罪滅ぼしというわけではないが、近藤さんに、医学に強い人を紹介してもらおうと、相談する事にした。
「美緒ちゃん、そんなに記憶なくすのか?」
「いや、記憶をなくすって言ったら語弊がある」
近藤さんに、なくすとはまた別のと説明しようとしたが、記憶が飛んでいたりするので、なくすのも似たようなもんだと思い直し、そのまま話を進める事にした。
「頻繁にはねェんだが、山崎が怪我したり重症負った時なんかは特にな」
「そうか。俺も、美緒ちゃんの様子を見に行ったりするけど、いつも普通だったんだがなァ」
その様子を思い浮かべているのか、腕を組んで唸っている。
「普段の生活で、記憶に異常をきたす事はまずないから、なんで山崎が絡んだ時だけなのか原因が知りたい。これからもポンポン記憶なくされて、仕事に支障が出たらこっちが困る」
「そういう事ならいい先生がいるぞ。ホラ、トシも知ってるだろ。松本先生」
あの先生なら、医学にも長けているし腕も確かだ。信用がおける。
以前は頻繁に隊士の診療に来てくれていたが、最近は多忙のようでたまに顔を出す程度。
次、いつ先生が来てくれるか分からないし、日程を押さえてもらうのも申し訳ない。こちらは急を要した話でもない為、文を送る事にした。
返事が来たのは、それから1週間を過ぎた頃の事。
相変わらず多忙な生活をしている事が垣間見え、頼ったのは間違いだったかと反省する。
文に書かれていたのは、出来ればちゃんと診たいので連れてきてほしい、との事だった。
なんだか大事になってしまったようで、面倒臭さを感じてしまう。だが、先生がそう言うならば致し方ない。
先生と日程を擦り合わせ、美緒と共に先生の元へ出向き、検査をしてもらう運びとなった。
「今の所、検査結果に異常はないね。となると、精神の方だね」
「精神?」
全ての検査結果が出揃い、先生からされた説明に呆気にとられる。
「そう。精神と脳は、一見関係がなさそうに見えるけど、実はとても関係があるものでね。土方くんの説明によれば、とある隊士が負傷する事によって、記憶に異常をもたらすという事であったけれど、その負傷した姿は内田くんにとっては、あまりにも受け入れ難い、ショックな出来事なのだろう。極度のストレスを負った結果、記憶に障害が出たんだね」
なるべくそのような事態にならないよう避けるのが1番らしいが、真選組にいる限りは難しい。
先生と美緒の質疑応答を横目で見る。
精神的に弱いという事だろうか。
剣の腕や身体は鍛える事は出来るが、精神となると未知。
「珍しい症状ではないから気にする事はないし、自分を責める必要なんてないから、気を楽にねって言っても難しいか。そう思い詰めなくていいよ。少し呼吸を整えようか。僕の指示に従って、ゆっくりでいいからね」
さすがというべきか。こういう所は素直に尊敬するし、見習いたい所ではある。
今美緒がどういう呼吸をしているかなんて、見た目では全く分からない。
先生の指示する呼吸のリズムを繰り返していくと、徐々に美緒の緊張が解けたのが感じとれた。
「先生、内田は精神が弱いって事か?精神を鍛えたらどうにかなるのか?」
「ははは。この症状は、必ずしもイコールではないよ。精神が弱かったら真選組に来ないし、今もこうして生きていない。それは君も分かっている事だろう」
「…………」
「君の心配も分かるよ。ただ、彼女の場合は、今のところ日常生活に支障を来たしていないようだし、頻繁にあるものでもないみたいだから、例え精神を鍛えても、投薬をしても結果は同じだろう」
先生の目付きが鋭いものへと変わり、俺を射抜いた。
「それにしても土方くん、君は無茶な事を教えるね。今回は異常がなかったから良かったけれど、これを繰り返すのはやめるべきだ」
想像通りの事を言われてしまい、押し黙る。
「今やってる訓練は、内田くんにとってなんのプラスにもならないよ。むしろ、寿命を縮める危険なやり方だ」
「それでもいいって言ったのは私で、土方さんは何も悪くないんです。私は、彼を護れるくらい強くなれるなら、これくらいなんとも――」
「"これくらい"では済まないレベルだから言ってるんだ。激しい頭痛と高熱、コレは身体からのSOSだ。この先続けたら身体だけではない、今以上に精神にも異常をきたす。下手をすれば、命を落とす危険もある。そうなったら、彼を護るどころの話ではなくなるよ。君はもう少し"護る"というのがどういう事かを知った方がいいね」
「…………」
先生を見据えていた美緒は、何かを言いかけた口を閉ざして俯いた。
「死んだら、彼を護る事も、側にいる事も出来ないんだよ。もう少しよく考えなさい。厳しい事を言うようだけれど、今の君は自己犠牲に酔っているだけに見えるよ。そんなの誰も……彼だって喜ばないよ」
膝の上に置いている拳が、固く握りしめられる。
先生は、厳しい表情や声音から一変、柔らかいものへと変えた。
「内田くん、もう少し楽に生きてもいいんだよ。急がば回れという言葉もあるように、遠回りでも確実な道を進む事が大切なんだ。今の君には少し難しいだろうけどね。いずれ、君にも分かる時が来るよ」
「……はい……」
美緒が精算を終わるのをベンチに座って待っていたら、先生が「隣失礼するよ」と、俺が頷く前に隣に腰をかけた。
「土方くん、君、彼女の心を利用したね?」
先生の指摘にギクッと肩を震わせる。
先生の前では、言い訳も取り繕う事も出来ない。
「強くなるには、その方が手っ取り早いと思ったんだ」
「君の考えもあながち間違いではない。誰かの為にと動く力は大きい。原動力にもなる。それが、大切な人の為なら尚更だ。君も彼女の為を思ってというのも伝わってくるから、君ばかり責めはしない。彼女にも非はあるからね」
「…………」
「細かく言わなくても分かっているだろうから、あまり言わないけれど、君はあまりにも不器用だね。君なら堅実な方法を教えると思っていたから、らしくなくて少し驚いたよ」
「うるせェ……」
これで話は終わりかと思いきや、先生は「あともう1つ」とこれまた真剣な声音で言ってきた。
「彼女からずっと綱渡りをしているような、不安定さを感じる。精神は弱くないけれど、酷く脆い。出来るなら、今すぐにでも彼女を除隊させてほしい所だ。いや、彼女の為思えば別れさせた方がいいな」
「どっちも無理だな。一度、男の方に別れを提案した事があるが、断りやがった」
「ははは。彼の方も彼女にご執心か。仲が睦まじいのは良い事だ」
「とても別れさせたがっている奴のセリフとは思えねーな」
「何を言うんだい。別れさせたがっているだなんて。そんな人聞きの悪い事を言うもんではないよ。まるで僕が悪役みたいじゃないか。僕は、強制はしていない、"出来るなら"と言ったんだ」
「物は言いようだな……アイツらは俺が言った所で、そう簡単に別れねーよ。男の方を丸め込めたとしても、内田は無理だ。先生も分かってんだろ」
「ああ、分かるよ。だが、この先、彼女の精神を蝕むような事が起きる可能性があるとしても、これ以上骨は折りたくないと?」
「どういう事だ」
「君も見ているなら分かるだろう。その隊士が今まで生きていたから、これだけで済んでいると言ってもいいかもしれないな」
その言い分に、眉が寄る。
「何が言いたい」
「いや、これ以上は僕も分からない事だ。やめておこう。僕は易者でも予言者でもないからね。予感が外れている事を願うよ。君にも余計な心配事は増やしたくない」
「先生の予感って――」
「土方さん、お待たせしました」
先生の勘は当たる。
詳細を聞こうとした時、精算が終わって戻ってきた美緒によって、それ以上聞く事が出来なかった。
ベンチから立ち上がった先生は、美緒に軽く注意を向ける。
「内田くん、あまり無理しないで、自分の体を優先に考えなさいね。あと、自分を責めないように」
「はい。ありがとうございます」
素直に礼を告げて、頭を下げる美緒に笑いかけると、そのままの表情で俺に向き直った。
「土方くん、君、少し見ない間にタバコの量が増えたんじゃないのかね。少し減らさないといけないよ。むしろ禁煙したまえ。最近、巷では禁煙の為に――」
「分かった、数減らす」
美緒の事で来たのに、俺にまで説教を垂れてくる先生を適当にあしらう。だが、先生は、俺の態度に怒る事も、説教を続ける事もなく「全く君は……」と肩を竦めた。
「じゃあ帰るわ。忙しい中世話になったな」
「また何かあったら遠慮なく連絡しておいで。君達真選組の為なら、時間も協力も惜しまないから。近藤くんにもよろしく伝えてくれ」
礼を告げて、車に乗り込んだ。
タバコに火をつけて、窓を開ける。紫煙を外に向かって吐き出した。
――『綱渡りをしているような不安定さ』『精神を蝕むような事』
運転しながら、先生の言葉を脳内で繰り返す。
恐らく、コレも山崎関連だろう。
コイツは、山崎の事しか頭にないし、自分よりも山崎を優先している。山崎中心に物事を考えて生きている。自分の足では立っていない。そりゃ不安定になるのも当然だ。
――『その隊士が今まで生きていたから、逆にこれだけで済んでいると言ってもいいかもしれないな』
山崎が死んだ時、コイツがどうなるか……考えたくもねェな。
「副長、山崎には、この事……下手したら死ぬような訓練をしてた事、言わないでください」
"山崎"……コイツの口から久しぶりに聞いたな。いつも、バカみたいに名前でしか言わないのに。それだけ真面目な話って事か。
「山崎には、俺から報告するつもりはなかったからな。山崎が確認してきたら、そん時ゃ口裏は合わせといてやるよ。という事は、まだアレやるつもりか」
横目で頷いたのが見て取れて、車に備え付けてある灰皿に、灰を落としながら嘆息する。
「お前な、先生にも言われただろ。ドクターストップがかかってんだぞ」
「大丈夫です。山崎が生きている限り、何があっても死にません。なので、お願いします。見捨てないでください」
こちらを向いて、頭を下げているのが視界の隅に映って、煩わしさに頭を掻き乱す。
「最初から見捨てる気はねェけど……どうなっても知らんからな。ちゃんと生きてろよ」
「はい!ありがとうございます」
助手席で、嬉しそうに微笑む美緒を横目で見て、紫煙と共にため息をつく。
全く、厄介な奴を部下に持っちまったもんだ。
"山崎が生きている限り死なない"、なんて妄言にしかないというのに。
こんな妄言を信じてしまうのだから、どうやら俺は焼きが回ってしまったようだ。
近藤さんの部屋を訪れ、美緒の検査結果の報告をする。
美緒の除隊をすすめられた事や、精神を蝕むような事が起きるかもしれない事、俺のタバコの本数については除いて。
「精神か……なかなか先生も難しい事をおっしゃる」
「日常生活に支障はないから、普段通りでいいそうだ。この仕事してたら、怪我なんか日常茶飯事だっつーのに。もう二年になるんだから、いい加減慣れてほしいもんだぜ」
「そうは言うが、大事な人が怪我しても、平然としてるのもどうかと思うぞ。つっても、美緒ちゃんの場合は極端だが。でも、トシがザキを殴ってるのを見ても、なんも言わんだろう。敵味方の分別がついてるだけマシなんじゃねーかな」
「そりゃそうだが……ストレス緩和も山崎なら、ストレスの原因も山崎って、どうしようもねェな。なんなんだアイツは。めんどくせェ……」
懐からタバコを取り出して、火をつけた。
今更ながら、入隊させた事を後悔し、ため息と共に紫煙を吐き出す。すると、近藤さんは何を思ったのか、こんな事を言い出した。
「それにしても、山崎はあんなにも愛されてて羨ましいよ」
「アレは愛なのか?」
「愛じゃなかったらなんだって言うんだ!いいなぁ、俺もお妙さんにそれくらい愛されたいもんだねェ。俺は、お妙さんをそれくらい愛しているわけだけども。でも、お妙さんが怪我しても記憶なくした事ないな。いや、そもそも怪我してないな。むしろ俺が怪我を負わされてる……」
「先生が、近藤さんによろしくって言ってたぞ。伝えたからな」
「オイ、トシ。お妙さんにそれくらい心配されるにはどうしたらいいと思う?ちょっとトシ?聞いてる?ねェ!聞いてる!?」
うるさい近藤さんの声を遮断するように、障子を閉めた。
愛っつーか、ありゃ依存だろ。いや、執着か。
廊下を歩いていると、山崎と美緒が並んで座って、一緒にテレビを見ている姿が、視界の隅に映りこんだ。
足を止めて、その様子を窺う。
互いに互いの事を、愛しそうな目で見ていて、こちらが恥ずかしくなってしまう。
「私もコレやりたい。見てて」
美緒はテレビを指した後立ち上がると、「ホッ」という掛け声と共に、両手を挙げて背中を逸らした。
見ていても、何がやりたいのかさっぱり分からない。
「逆立ちからしてみたら?」
山崎のアドバイスに、その場で逆立ちをした。
「くっ、この後!この後どーすればいい?」
「後ろ。後ろに体重乗せて」と、その足首を持って、補助しにかかる山崎。
相変わらず馬鹿な事をする奴らだ。
俺はこの先、これ以上に、もっと厄介な出来事が待っている事を知らずに、美緒を除隊させる事も、二人を別れさせる事もせずにいた。
もしかしたら、心のどこかで、二人一緒にいて欲しかったのかもしれない。