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▽バレンタイン
※付き合う前で、チンピラな山崎さんと少しだけモブが出てきます。
「ばれんたいん……?」
たまり場である空き地の隅で、山崎の仲間に『バレンタイン』というイベントの話を聞いている。
それは主に、想いを寄せている相手に愛の気持ちを伝え、チョコレートを渡す日らしい。
「チョコ買って渡せよ。せっかくなんだし」
「え、でも、私、まだ言う気ないよ。絶対断られるし……」
山崎への気持ちを自覚してから日は浅い。
それに、まだ山崎とは挨拶しか交わせておらず、雑談もろくに出来ていない状況。
そんな関係性の中で、『好き』と伝えても断られるに決まっている。
「それに、受け取ってもらえないと思う」
チョコを渡そうとしても、受け取ってもらえる確率は低く、いらね、と突き返される想像しか出来ない。
「いや、受け取るだろ。ザキさん、バレンタインに誰からも貰えてねーし。俺らもだけど」
「別に告白しなくてもさ、『いつもありがとう』みたいな感じで渡しゃいいんじゃね?ザキさん、礼言われるような事なんもしてねーけど」
「お礼か……分かった、考えてみる」
視界の隅で、どこぞのチンピラを木刀で殴っている山崎に視線を移した。
好きと伝えるよりも、ありがとうを伝える方がまだハードルも低く、伝えやすい。
仕事へ行く前に、商店街に寄る事にした。
一軒の洋菓子屋に入って、店内を見て回る。
ケーキやクッキー、プリンにチョコレートなど、美味しそうな洋菓子が陳列していて、自分が食べたくなってしまう。
普段は、金銭的な問題や文字が読めない理由により、行きつけのスーパーで、決まった食べ物しか買わない為、他の物をじっくり見る事がない。
たまにはこうして商品を見るのも、新鮮で楽しい。
自分が食べたいのを選びそうになり、慌てて山崎にあげる為にと思考を軌道修正する。
そもそも、山崎がチョコを好きなのかどうかさえも分からない。
聞いておけば良かったと思ったけれど、答えはくれないだろう。
色々見て、店員や所持金と相談して、ハートや四角、丸の形をした6個入りのチョコレートを買う事にした。
バレンタイン当日。
美緒は、昨日買ったチョコレートを手にしたまま、なかなか空き地に入れずにいた。
塀の陰に身を潜めて、何度も深呼吸を繰り返して、手鏡で髪や顔、浴衣など変な所はないかを確認する。
これを何回繰り返しただろう。
もう変な所はないというのに、空き地の中にある土管に座っている山崎の側に行くどころか、空き地に入る事すら出来ない。
「……どうしよう……」
箱を見つめて、思い悩む。
気持ちを伝えるわけでもない。ただ、感謝を伝えるだけだというのに、酷く緊張して逃げ出したくなる。
受け取ってもらえるだろうか。その場で捨てられやしないだろうか。いらないと断られたりしないだろうか。
徐々に、思考がマイナスの方に引っ張られていく。不安に押し潰されそうだ。
どうシミュレーションをしても、受け取ってもらえる想像が出来ない。
ちらりと山崎を盗み見て、すぐに隠れる。
負の感情や緊張を紛らわす為に、その場で足踏みしたり、右往左往するけれど、全く意味がない。
もう1度、山崎を見てから、箱を握る手に力を込めた。
どの道断られる事は決まっている。
当たって砕けろの精神で、渡すだけ渡そうと、最後の深呼吸をした。
手鏡を見て、リップクリームを塗って軽く髪を整え、緊張で汗をかいている手の平を浴衣で拭う。
「よし」
気合いを入れて、土管に座っている山崎のもとに歩み寄る。チョコレートの箱を背中に隠して。
「……ザキさん、おはよう……」
「ああ」
山崎とは今日も目が合わない。
いつも通りの態度に、緊張しているのが恥ずかしくなってきた。
さっき気合いを入れたのに、やはり目の前に来ても不安や緊張は拭えない。それどころか、もっと酷くなってきたような気さえする。
動悸が酷い。
「美緒頑張れ」
「頑張って渡せ」
仲間達からの小さい声援を受け、背中に隠していた箱を前に持ってきた。山崎は、こちらを見もせずに、木刀で地面に落書きをしている。
頭が真っ白になって、声も出せない。なんて言って渡せばいいか分からなくなってしまい、無言で山崎の胸に箱を押し付けた。
「あ?何してんだテメー」
そして、逃げ出した。
空き地から自分の家である路地裏まで、一目散に走ってきて、詰めていた息を漸く吐き出す。
「……はぁー……緊張したー……」
落ち着きを知らない程に、未だにバクバクしている心臓。両手を見れば、緊張で震えている。
それでも、渡せたという達成感もあり、再度深く息をついた。
翌日、今日も今日とて、眠たそうに土管に座っている山崎の所に歩み寄り、恐る恐る口を開いた。
昨日のチョコについて聞く為に。
やはり、山崎の前に行くと、条件反射のように緊張してしまう。
「ザ、ザキさん、あの、昨日の、えっと、昨日、黙って帰っちゃってごめんね。昨日のチョコなんだけど……アレ、バレンタインのチョコのつもり、だったんだけど……」
「は?バレンタイン?……ああ、そういえば昨日言われたわ……」
何故か、落ち込んで項垂れた頭に手を当てた。かと思えば、すぐに上げられた顔は不機嫌に染まっていて、睨み付けてくる。
「アレはそういうのじゃねーからな」
「そういうの?」
「だから!俺はバレンタインって知らなかっただけで、お前の気持ちを受け取ったとかそういうんじゃねーっつってんだよ!」
「え、あ、うん、分かってるよ。えっと、て事は、食べてくれたの?」
「食ったけど、そういう意味じゃねーっつってんだろ!何回言わせんだ!腹立つなテメーはよォ!」
山崎の睨みや怒声にも動じず、食べてもらえたという事実だけを受け取り、胸を撫で下ろす。
「あ、あとね」
「あ?まだなんかあんのか、うぜーな。早くあっち行けよ」
犬猫でも追い払うかのように手を動かす山崎。
「あ、ごめんね。あの、あの、昨日言えなかったんだけど、ザキさんいつもありがとう。私を仲間に入れてくれて、ありがとう」
微笑んで礼を告げる美緒に、ばつが悪そうに舌打ちして顔を逸らした。
「テメーが勝手に渡してきたんだから、礼は言わねーぞ。チョコなんか別にほしくなかったし」
「うん。食べてくれただけで嬉しい。ありがとう」
「うるせーな!話終わっただろ!さっさとあっち行け!うぜーな!」
今の会話のどこに怒る要素があったのか、怒声を浴びせてくる山崎に、ごめんと一言謝ってそこから離れた。
それでも、感謝が伝えられた事、チョコを食べてくれた事、いつもよりたくさん話せたという方が嬉しくて、だらしなく頬が緩んだ。
※付き合う前で、チンピラな山崎さんと少しだけモブが出てきます。
「ばれんたいん……?」
たまり場である空き地の隅で、山崎の仲間に『バレンタイン』というイベントの話を聞いている。
それは主に、想いを寄せている相手に愛の気持ちを伝え、チョコレートを渡す日らしい。
「チョコ買って渡せよ。せっかくなんだし」
「え、でも、私、まだ言う気ないよ。絶対断られるし……」
山崎への気持ちを自覚してから日は浅い。
それに、まだ山崎とは挨拶しか交わせておらず、雑談もろくに出来ていない状況。
そんな関係性の中で、『好き』と伝えても断られるに決まっている。
「それに、受け取ってもらえないと思う」
チョコを渡そうとしても、受け取ってもらえる確率は低く、いらね、と突き返される想像しか出来ない。
「いや、受け取るだろ。ザキさん、バレンタインに誰からも貰えてねーし。俺らもだけど」
「別に告白しなくてもさ、『いつもありがとう』みたいな感じで渡しゃいいんじゃね?ザキさん、礼言われるような事なんもしてねーけど」
「お礼か……分かった、考えてみる」
視界の隅で、どこぞのチンピラを木刀で殴っている山崎に視線を移した。
好きと伝えるよりも、ありがとうを伝える方がまだハードルも低く、伝えやすい。
仕事へ行く前に、商店街に寄る事にした。
一軒の洋菓子屋に入って、店内を見て回る。
ケーキやクッキー、プリンにチョコレートなど、美味しそうな洋菓子が陳列していて、自分が食べたくなってしまう。
普段は、金銭的な問題や文字が読めない理由により、行きつけのスーパーで、決まった食べ物しか買わない為、他の物をじっくり見る事がない。
たまにはこうして商品を見るのも、新鮮で楽しい。
自分が食べたいのを選びそうになり、慌てて山崎にあげる為にと思考を軌道修正する。
そもそも、山崎がチョコを好きなのかどうかさえも分からない。
聞いておけば良かったと思ったけれど、答えはくれないだろう。
色々見て、店員や所持金と相談して、ハートや四角、丸の形をした6個入りのチョコレートを買う事にした。
バレンタイン当日。
美緒は、昨日買ったチョコレートを手にしたまま、なかなか空き地に入れずにいた。
塀の陰に身を潜めて、何度も深呼吸を繰り返して、手鏡で髪や顔、浴衣など変な所はないかを確認する。
これを何回繰り返しただろう。
もう変な所はないというのに、空き地の中にある土管に座っている山崎の側に行くどころか、空き地に入る事すら出来ない。
「……どうしよう……」
箱を見つめて、思い悩む。
気持ちを伝えるわけでもない。ただ、感謝を伝えるだけだというのに、酷く緊張して逃げ出したくなる。
受け取ってもらえるだろうか。その場で捨てられやしないだろうか。いらないと断られたりしないだろうか。
徐々に、思考がマイナスの方に引っ張られていく。不安に押し潰されそうだ。
どうシミュレーションをしても、受け取ってもらえる想像が出来ない。
ちらりと山崎を盗み見て、すぐに隠れる。
負の感情や緊張を紛らわす為に、その場で足踏みしたり、右往左往するけれど、全く意味がない。
もう1度、山崎を見てから、箱を握る手に力を込めた。
どの道断られる事は決まっている。
当たって砕けろの精神で、渡すだけ渡そうと、最後の深呼吸をした。
手鏡を見て、リップクリームを塗って軽く髪を整え、緊張で汗をかいている手の平を浴衣で拭う。
「よし」
気合いを入れて、土管に座っている山崎のもとに歩み寄る。チョコレートの箱を背中に隠して。
「……ザキさん、おはよう……」
「ああ」
山崎とは今日も目が合わない。
いつも通りの態度に、緊張しているのが恥ずかしくなってきた。
さっき気合いを入れたのに、やはり目の前に来ても不安や緊張は拭えない。それどころか、もっと酷くなってきたような気さえする。
動悸が酷い。
「美緒頑張れ」
「頑張って渡せ」
仲間達からの小さい声援を受け、背中に隠していた箱を前に持ってきた。山崎は、こちらを見もせずに、木刀で地面に落書きをしている。
頭が真っ白になって、声も出せない。なんて言って渡せばいいか分からなくなってしまい、無言で山崎の胸に箱を押し付けた。
「あ?何してんだテメー」
そして、逃げ出した。
空き地から自分の家である路地裏まで、一目散に走ってきて、詰めていた息を漸く吐き出す。
「……はぁー……緊張したー……」
落ち着きを知らない程に、未だにバクバクしている心臓。両手を見れば、緊張で震えている。
それでも、渡せたという達成感もあり、再度深く息をついた。
翌日、今日も今日とて、眠たそうに土管に座っている山崎の所に歩み寄り、恐る恐る口を開いた。
昨日のチョコについて聞く為に。
やはり、山崎の前に行くと、条件反射のように緊張してしまう。
「ザ、ザキさん、あの、昨日の、えっと、昨日、黙って帰っちゃってごめんね。昨日のチョコなんだけど……アレ、バレンタインのチョコのつもり、だったんだけど……」
「は?バレンタイン?……ああ、そういえば昨日言われたわ……」
何故か、落ち込んで項垂れた頭に手を当てた。かと思えば、すぐに上げられた顔は不機嫌に染まっていて、睨み付けてくる。
「アレはそういうのじゃねーからな」
「そういうの?」
「だから!俺はバレンタインって知らなかっただけで、お前の気持ちを受け取ったとかそういうんじゃねーっつってんだよ!」
「え、あ、うん、分かってるよ。えっと、て事は、食べてくれたの?」
「食ったけど、そういう意味じゃねーっつってんだろ!何回言わせんだ!腹立つなテメーはよォ!」
山崎の睨みや怒声にも動じず、食べてもらえたという事実だけを受け取り、胸を撫で下ろす。
「あ、あとね」
「あ?まだなんかあんのか、うぜーな。早くあっち行けよ」
犬猫でも追い払うかのように手を動かす山崎。
「あ、ごめんね。あの、あの、昨日言えなかったんだけど、ザキさんいつもありがとう。私を仲間に入れてくれて、ありがとう」
微笑んで礼を告げる美緒に、ばつが悪そうに舌打ちして顔を逸らした。
「テメーが勝手に渡してきたんだから、礼は言わねーぞ。チョコなんか別にほしくなかったし」
「うん。食べてくれただけで嬉しい。ありがとう」
「うるせーな!話終わっただろ!さっさとあっち行け!うぜーな!」
今の会話のどこに怒る要素があったのか、怒声を浴びせてくる山崎に、ごめんと一言謝ってそこから離れた。
それでも、感謝が伝えられた事、チョコを食べてくれた事、いつもよりたくさん話せたという方が嬉しくて、だらしなく頬が緩んだ。