本編
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▽1日局長
最近巷を騒がせているのは、沖田隊長のやりすぎ問題――ではなく、婦女誘拐事件だ。
「美緒ちゃんも気を付けてよ。まだ完治には程遠いんだから、捕まっても戦えないだろ」
「戦えるよ!なめん……ったァァァい!はぁっ、はぁっ、ああ!今!今!」
左腹に軽く手刀を入れれば、呻きながら腹を抱えて蹲った。
ほら、まだ無理だよ。と言うけれど、目に涙を溜めて、睨みあげてくる。
「今手加減した?思いっきりやらなかった?めっちゃくちゃ痛いんだけど!」
「思いきりなんてやるわけないだろ。軽く。これくらい」
と、傍にしゃがんで、先程腹に入れた力加減のまま、その頭に手刀を落とす。
「あれ?痛く……ああ!お腹痛い!お腹痛過ぎて分からん!ヒィッ!」
「だから戦うのは無理なんだって。攫われそうになったら必ず電話して。分かった?」
「分かっ……ちゃんと……っ、いっ、助けに来てね。ちょ、ちょっと、痛み止め……くぅ、持って、うぅ……」
と、話をした数日後――
「美緒ちゃんが帰ってこない!?どういう事だ山崎!」
そう。美緒ちゃんがここ2日程姿を消しているのだ。
あの体で、どこをほっつき歩いているのか。
万事屋や新八くんの家に行って確かめたけれど、来ていないと言う。連絡も取れないので、局長と副長に話を通す事にした。
「おい、トシ!美緒ちゃんをどこか潜入捜査に行かせてるのか?だから帰ってこないんだろ?なぁ、そうだろ?」
局長が切羽詰まった様子で、副長に問い詰めている。しかし、副長は落ち着いたもので。
「行かせるかあの怪我人を。こっちが不利だ。どうせアレだろ。アイドル追っかけてたり、どっか泊まりに行ってんだろ」
「そういうのもないみたいですよ。行きそうな所は探ったんですけど、行ってないようです」
「え?……って、事は誘拐!?最近流行ってるじゃん!婦女誘拐事件!それに巻き込まれてたりするんじゃ……どうしようトシ!刺された次は誘拐だって!美緒ちゃん狙われてるじゃん!」
「それならそれでちょうどいい。どうせアイツ送り込もうと思ってたしな。先に判断して行動するたァ、アイツも成長したじゃねーか」
十中八九、たまたま誘拐されただけという事は、副長も分かっているだろう。しかし、そうポジティブに変換して、珍しく美緒ちゃんを褒めた。
「でも、美緒ちゃん1人で心配だなァ。怪我もまだ完治してないんだろ?」
「そうですね。腹チョップしたらめちゃくちゃ痛がってました」
「お前彼女になんて事してんのォォ!?普通チョップするゥ!?もっと大事にしてあげなさいよ!山崎がそんな奴だったなんて、俺は悲しいよ……彼女1人大事に出来ない野郎だったなんて……」
俺を責めていた局長は、そのうち嘆き悲しみだした。
一応大事にしているつもりなのだが、切り取って聞かされれば、大事にしていないとも取れる。
「やっぱり、もっと早くお通ちゃんを1日局長に任命した方が良かったかもしらんな。そしたら美緒ちゃんも攫われなかったかもしれん」
局長の意見に、副長は「関係ないと思う」と一蹴した。
アイドルである寺門通が、真選組の悪いイメージを払拭しようと、1日局長を引き受けてくれたのだ。
なので、明日『年始め特別警戒デー』なるものが開かれる。
今回の特別警戒の目的は、正月でたるみきった江戸市民に、テロの警戒を呼びかけると共に、最近急落してきた真選組の信用を回復する事にある。
美緒ちゃんも、お通ちゃんと一緒に仕事が出来ると、この日を楽しみにしていたのだが、無念。
最悪、お通ちゃんを見る事すら出来ないかもしれない。
しかし、よくお通ちゃんもこの仕事を引き受けてくれたものだ。
「トシ、やっぱ美緒ちゃんだけじゃ心配だ。山崎も送り込もう」
「え……局長、美緒ちゃん1人で大丈夫だと思いますよ」
「普段ならな!普段なら俺だって美緒ちゃんを信じていたさ。あの子はやる時はやるからな。でも今は手負いだぞ。山崎は心配じゃないのか!」
めんどくせェェェ!心配じゃないわけねーだろ!
黙っていた副長は、紫煙を吐き出してこう告げた。
「また刺されでもしたらめんどくせー。山崎、誘拐事件洗ってこい」
「はいよ。あ、副長。お通ちゃんのサインもらっておいてください。俺と美緒ちゃんの分2枚」
そう言い残して、俺は準備をすべく副長の部屋を後にした。
化粧品は、美緒ちゃんのを拝借しよう。
「おう、山崎何してんだィ」
風船ガムを膨らませながら、呑気に歩いてやってきた沖田隊長に、誘拐事件の調査をしに行く事を伝える。
「本当は俺もお通ちゃんに会ってサイン欲しかったんすけどね」
「安心しな。俺が書いといてやらァ」
沖田隊長が書いた、お通ちゃんのサインなんて欲しい訳がない。偽物にも程がある。
「隊長、美緒ちゃん見ませんでしたか?」
「見てねーなァ。バカ女の事だ。腹が減ったら帰ってくんだろィ」
「そんな犬猫みたいに……」
「それにしてもあの女。辻斬りにあった奴はみんな死んでるっつーのに、生きて帰りやがった。アイツ、本当に人間か?どっかの天人とか言わねェだろうなァ?」
胡乱げな眼差しを向けてくる沖田隊長に「普通の人間だと思いますけどね」と答えるが、その視線は解かれない。
美緒ちゃんの出生は聞いた事がないし、本人も物心ついた時には路地裏にいたと言う。親族もいないようなので確かめようがない。
沖田隊長は、残念そうに息をついた。
「頭だけじゃなく、生命力もバカだったってだけか」
沖田隊長の言い草に苦笑を返す。
確かに、沖田隊長の言う通り、美緒ちゃんの生命力は凄まじいと思う。あれだけ、腹から口から大量に血を流してよく生きていたものだ。
沖田隊長と別れて、女装をしてから屯所を後にした。
聞き込み調査の結果、犯人は『天狗党』と呼ばれる攘夷浪士。現在、『異菩寺』に立てこもっているらしいので、そこへ侵入する。
攘夷浪士の目を盗みながら、難なく寺の中にある監視塔の上層部へと辿り着いた。
複数の女性が捕まっている中に、俺1人が混ざったところで気付かれはしないだろう。
美緒ちゃんは、どこに……って、なんか1人だけ縄が厳重なんだけどォォ!?
他の人は、後ろ手に縄で拘束されているだけなのに対し、美緒ちゃんだけ後ろ手に加え、足首にも縄が掛けられている。おまけに口枷もされて、横たわっているというなんとも言えない姿。
暴れたり、大声を出して攘夷浪士の気に触れた結果なのだろうと大体予想出来る。
情報を色々と得たいけれど、人質も解放したい。
しかし、拘束されている状態の人達を、俺だけで解放するのは無理がある。
相手も攘夷浪士とはいえ人間だ。どこかで必ず隙が出来る。その時が来るまで、じっと待つしかない。
攘夷浪士の視線を気にしながら、そっと美緒ちゃんに近寄れば、すぐにこちらに顔が向いた。
睨んでいた目が見開かれたと思えば、泣きそうなそれに変わる。その瞳には、俺に会えた安心感すら垣間見えた気がした。
声も出していない女装姿でも、俺だと分かるのか。
泣いたのか、その目元は腫れていて、頬に涙の筋も確認出来た。
美緒ちゃんが泣かされた事に腹が立ち、心の中で舌打ちする。見たところ、外傷はなさそうだが腹の傷がバレて、そこを攻撃されたのなら分からない。
「声出さないで返事して」
周囲を気にしつつ、耳元に唇を寄せて声を潜めた。
「隙を見て逃げれるようにするから、それまで我慢して。その態勢痛くない?」
頷いたのを確認して、その髪を撫でる。
「俺そばにいるから」
嬉しいのか、何回も頷かれて苦笑する。
俺も、捕まっているフリをしなければいけないので、美緒ちゃんの近くに座り直した。
縄で縛られてはいないけれど、形だけでも後ろ手に持っていく。
どういう作戦がいいか考えあぐねていると、攘夷浪士の1人に連れられて、現れた人物に目を剥いた。
は、はァァァ!?何やってんだアイツらァァァ!?あんなに隊士がいて誰も気付かないって事あるか!?イメージアップする気ねェだろアイツら!もうおしまいだよ真選組は!もうイメージダウンしかねーよ!
後ろ手に拘束されて現れたのは、今、1日局長を勤めているはずのお通ちゃんだった。
お通ちゃんが捕まっている事を報告する為に、副長に電話をかける。
「副長、山崎です」
《なんだ山崎か。今忙しい、切るぞ》
報告も何も出来ずに切られてしまった。
オイオイ忙しいじゃねーよ!お通ちゃんが攫われてんだぞ!お通ちゃんそっちのけで何をやってんだ!異変に気付けェ!
せめて話ぐらい聞いてほしかったが、なんとかしてくれるだろうと信じる事しか出来ない。
攘夷浪士は、お通ちゃんの首元に刃先を突きつけて、外に向かって演説し始めた。
「諸君は本当に真選組が、この江戸の平和を護るに足る存在だと思うか!?否!奴らは脆弱でただ税金を無駄に消費する怠け者である!」
誰に向かっての発言かは、ここからよく見えない。
攘夷浪士は続ける。
お通ちゃんを目の前で拉致する事に成功し、今まで拉致してきた少女達が、真選組を無能だと示す証拠であると。この腐りきった世界を我等で変えようと。
攘夷浪士の要求は、真選組に逮捕された攘夷浪士達の解放と、真選組の解散。これらが通らない場合、人質を全員殺害するとの事だった。
美緒ちゃんを見れば、動く事なく大人しくしている。腹が痛くて動けないのかもしれない。
一刻も早く、こんな冷たくて固い床ではなく、布団で寝かせてあげたい。
「みんなァ!」
突然、お通ちゃんが声をあげた。
みんなという事は……
「ククク。来たか真選組!解散の手続きは済ませて来たんだろうな!」
漸く、真選組が到着したようだ。
「すんまっせーん!もっかい大きい声でお願いします!」
「みんなァ!」
「クク!来たか真選組!解散の手続きは……って、2回も言わせるな!なんか恥ずかしいだろうが!」
なんだこの茶番。
真選組におちょくられている攘夷浪士。
塔の下が賑やかになってきたので、真選組が何かしているのだろう。
そのうち、何故かカレーの匂いもここまで漂ってきた。
「やめて!お願い!もう」
お通ちゃんの悲痛な叫びも虚しく、攘夷浪士はお通ちゃんの頭を鷲掴んだ。
「出来なくば、局長の代わりにこの女が死ぬだけ」
囲いに、お通ちゃんの上半身を押し付けて、そんな条件を真選組に突きつけた。
どうやら、局長が命を狙われているらしい。
「お通ちゃん!すまなんだ!」
局長の声が耳に届いた。
「色々手伝ってもらってなんだが、結局俺達はこういう連中です!もがいてみたが、なんも変われなんだ!相も変わらず、バカで粗野で嫌われ者のムサイ連中です!どうやらコイツは、一朝一夕で取れるムサさではないらしい!だがね、お通ちゃんの言う通り、もがいて自分達を見つめ直して気付いた事もある!俺達はどんだけ人に嫌われようが、どんだけ人に笑われようがかまやしない!ただ護るべき者を護れん、不甲斐ない男にだけは絶対になりたくないんだとね!」
――護るべき者……
大人しく横たわっている美緒ちゃんを盗み見る。
攘夷浪士が、局長の死をひと目見ようと、囲いの所に集まっている。
ここに来てからずっと待っていたこの瞬間。
攘夷浪士たちに隙が出来た。今しかない。
美緒ちゃんに近付き、その口枷を解きながら声を潜める。
「美緒ちゃん、逃げるよ」
「私より先にお通ちゃん助けてあげて。お願い」
小声で懇願されたそれに、言い返そうとした時――
「カレー届けに参りましたー」
耳馴染みのある、間延びした声が聞こえた。
旦那が助けに来てくれたのだと分かり、振り向けばストレートヘアに顔の大部分を髭で覆った人物が、顔を覗かせていた。
え、だ……誰だァァァ!
「ああ、そこ置いといて」
「このへんですかね」
攘夷浪士に答えながら、人質の女性を手招きしている。意図に気付いて動き始める女性達。
見た目に惑わされないよう、旦那だと信じて美緒ちゃんの願いを聞き入れた。
「ごめん、美緒ちゃんは旦那に助けてもらって」
「うん、気を付けてね」
何故かパンツ一丁の旦那の後から、新八くんとチャイナさんが姿を現した。
3人で手分けして、人質を解放していく傍らで、俺はお通ちゃんに近付く。
旦那が、美緒ちゃんをお姫様抱っこをしているのが視界の隅に映った。
「何をしている貴様ァァァ!」
「あー、やっちゃったなーオイ、やっちゃったよー」
階段を降りようとしているのを、攘夷浪士に見付かってしまった。しかしこれはチャンスでもある。
「何をしている!斬れェ!斬れェ!」
攘夷浪士が旦那に気を取られているうちに、俺もお通ちゃんをお姫様抱っこし飛び降りた。
俺に気付いた浪士が、逃がすまいと俺目掛けて刀を突き刺してきたが、刃が刺さったのはカツラ。
「あーカツラは頭がかゆくなっていけねーや。お通ちゃん、後でサインくださいね」
眼下には、バズーカを構えた真選組。
「さよーならーメン替え玉」
「うごわァァァ!」
寺院は半壊したが、浪士は全員逮捕。
無事にお通ちゃんを始め、人質全員を解放する事が出来て、サインも書いてもらえた。
美緒ちゃんを迎えに行こうと、旦那達がいる場所へと向かう。
万事屋が囲んでいる中には、腹を抱えてしゃがんでいる美緒ちゃん。手足の拘束も解いてもらえたようだ。
「旦那ァ、美緒ちゃんが世話ンなりました」
「誰だ?お前」
いくら女装していると言えど、誰と問われて軽くショックを受ける。カツラは取っているので、分かってもらいたかった。
「俺ですよ俺。真選組の山崎です」
「山崎ィ?そんな奴いたか?」
「税金泥棒の名前なんかいちいち覚えてないアル」
「ちょっと2人とも失礼ですよ。山崎さんですよ」
「女装してたら分かんないよね」
お前は1発で分かっただろーが!
笑う美緒ちゃんに心の中でつっこむ。
新八くんだけが唯一の良心だ。と思っていたのだが――
「山崎さん、女装の趣味あったんですね」
少し引き気味にそう言われ、慌てて否定する。
「趣味じゃないです!調査してたの!人質に紛れる為にこんな格好してたんです!仕事です!」
「必死に言い訳してるアルヨ」
「な。素直に認めればいいのにな」
「違うって言ってんだろーが!」
チャイナさんと旦那が、こちらを見てニヤニヤしながら話している。コソコソと話しているつもりなのだろうが、丸聞こえだ。
下から、美緒ちゃんの楽しそうな笑い声が聞こえてくる。しかし、すぐに痛みを訴える声。
「美緒ちゃん帰ろ」
「うん」
俺を見上げていた美緒ちゃんの目が、目の前にしゃがんだチャイナさんに向く。
「美緒、お腹痛いのは、暖めたら治るってマミー言ってたアル。暖めて早く治すヨロシ。私美緒と遊べないのつまらないヨ」
刺傷なので、暖めても治らないとは思うけれど、それでも美緒ちゃんはそう言ってもらえて嬉しかったようで。
「ありがとね。早く治るようにちゃんと暖めるね」
と、チャイナさんの発言を否定する事なく受け止め、優しい眼差しで神楽さんの頭を撫でた。
「神楽ー、いい加減帰んぞォ。じゃーな美緒。腹大事にしろよ」
「美緒ちゃんも山崎さんもまた。お腹お大事に」
「あ、待ってヨ銀ちゃん!美緒、また電話するアル」
互いに手を振りあった後、チャイナさんは旦那と新八くんの後を追いかけた。
俺は、美緒ちゃんの脇に手を入れて、こちらに凭れかかるように立たせるが、立ち上がるのも痛そうだ。
「あ、ありがとう」
「それ、絶対傷口開いてるよね?」
「うーん、分かんない……誘拐されたのに、電話出来なくてごめんね。する間もなく腕縛られちゃって……」
しゅん、と項垂れる彼女を責める気にもなれない。
「いいよ、しょうがない……でもさ、なんで美緒ちゃんだけ厳重に縛られてたの?」
「お腹ギューギュー巻かれて痛かったから、悲鳴あげちゃって……そんで、その時拘束してた人蹴ったら縛られた。しかも、わざと痛いところに当たるように巻くんだよ。酷いよね」
俺からしたら、そんな話"酷い"の一言で片付けるには甘いように思えた。
攘夷浪士の野郎、1発殴っとくんだったと後悔が押し寄せる。
抱きしめたら、傷に障るだろう。
抱きしめたくて仕方ない手を、その頭の上に置く。
「助けに来てくれてありがとね」
「美緒ちゃん、抜糸するまで屯所から出るの禁止にする」
「え!?なんで!?大丈夫だよ!」
「大丈夫じゃないから言ってんだよ!刺された上に誘拐だぞ!俺がどんだけ心配したと思ってんだ!」
頬を引っ張れば、あーすぐ引っ張るーと嘆いた。
手を離せば、頬を擦りながら、しおらしく謝ってきた。
「いっぱい心配かけてごめんなさい」
「謝っても外出許可出さないけど」
ショックを受けるかと思ったけれど、美緒ちゃんは何を思ったのかへらりと笑ったのだ。
「束縛してくる退もいいね。好き」
なんだコイツ……
もう呆れるしかない。
項垂れた顔に手を当てて、ため息をつく。
「なんか、俺が何しても好きって言いそうで怖ぇ……」
「好きだよ」
即答されて、顔から手を離して美緒ちゃんを見ると、ニコニコと満面の笑みを浮かべている。
俺が本気で束縛したら、困るのはそっちだというのに。
「よし決めた。抜糸するまでに外出するような事があれば、1ヶ月俺に触るの禁止にする」
「えええ!?無理!やだ!寂しい!悲しい!触りたい!」
「守ればいいだけの話だろ」
「……それって、退も私に触れないって事だよね?」
「え?なんで?俺は触るよ。俺はルールに入ってないから」
不公平!差別反対!と喚くその肩に手を置いた。
「それが嫌なら外出禁止、守ろうね」
俺はどんな表情をしたのだろう。
あんなに喚いていた口がピタリと止まり、みるみるうちに青ざめていく。
「わ、分かった……でも通院日があるし」
「俺ついてく」
「あ、はい……」
最近巷を騒がせているのは、沖田隊長のやりすぎ問題――ではなく、婦女誘拐事件だ。
「美緒ちゃんも気を付けてよ。まだ完治には程遠いんだから、捕まっても戦えないだろ」
「戦えるよ!なめん……ったァァァい!はぁっ、はぁっ、ああ!今!今!」
左腹に軽く手刀を入れれば、呻きながら腹を抱えて蹲った。
ほら、まだ無理だよ。と言うけれど、目に涙を溜めて、睨みあげてくる。
「今手加減した?思いっきりやらなかった?めっちゃくちゃ痛いんだけど!」
「思いきりなんてやるわけないだろ。軽く。これくらい」
と、傍にしゃがんで、先程腹に入れた力加減のまま、その頭に手刀を落とす。
「あれ?痛く……ああ!お腹痛い!お腹痛過ぎて分からん!ヒィッ!」
「だから戦うのは無理なんだって。攫われそうになったら必ず電話して。分かった?」
「分かっ……ちゃんと……っ、いっ、助けに来てね。ちょ、ちょっと、痛み止め……くぅ、持って、うぅ……」
と、話をした数日後――
「美緒ちゃんが帰ってこない!?どういう事だ山崎!」
そう。美緒ちゃんがここ2日程姿を消しているのだ。
あの体で、どこをほっつき歩いているのか。
万事屋や新八くんの家に行って確かめたけれど、来ていないと言う。連絡も取れないので、局長と副長に話を通す事にした。
「おい、トシ!美緒ちゃんをどこか潜入捜査に行かせてるのか?だから帰ってこないんだろ?なぁ、そうだろ?」
局長が切羽詰まった様子で、副長に問い詰めている。しかし、副長は落ち着いたもので。
「行かせるかあの怪我人を。こっちが不利だ。どうせアレだろ。アイドル追っかけてたり、どっか泊まりに行ってんだろ」
「そういうのもないみたいですよ。行きそうな所は探ったんですけど、行ってないようです」
「え?……って、事は誘拐!?最近流行ってるじゃん!婦女誘拐事件!それに巻き込まれてたりするんじゃ……どうしようトシ!刺された次は誘拐だって!美緒ちゃん狙われてるじゃん!」
「それならそれでちょうどいい。どうせアイツ送り込もうと思ってたしな。先に判断して行動するたァ、アイツも成長したじゃねーか」
十中八九、たまたま誘拐されただけという事は、副長も分かっているだろう。しかし、そうポジティブに変換して、珍しく美緒ちゃんを褒めた。
「でも、美緒ちゃん1人で心配だなァ。怪我もまだ完治してないんだろ?」
「そうですね。腹チョップしたらめちゃくちゃ痛がってました」
「お前彼女になんて事してんのォォ!?普通チョップするゥ!?もっと大事にしてあげなさいよ!山崎がそんな奴だったなんて、俺は悲しいよ……彼女1人大事に出来ない野郎だったなんて……」
俺を責めていた局長は、そのうち嘆き悲しみだした。
一応大事にしているつもりなのだが、切り取って聞かされれば、大事にしていないとも取れる。
「やっぱり、もっと早くお通ちゃんを1日局長に任命した方が良かったかもしらんな。そしたら美緒ちゃんも攫われなかったかもしれん」
局長の意見に、副長は「関係ないと思う」と一蹴した。
アイドルである寺門通が、真選組の悪いイメージを払拭しようと、1日局長を引き受けてくれたのだ。
なので、明日『年始め特別警戒デー』なるものが開かれる。
今回の特別警戒の目的は、正月でたるみきった江戸市民に、テロの警戒を呼びかけると共に、最近急落してきた真選組の信用を回復する事にある。
美緒ちゃんも、お通ちゃんと一緒に仕事が出来ると、この日を楽しみにしていたのだが、無念。
最悪、お通ちゃんを見る事すら出来ないかもしれない。
しかし、よくお通ちゃんもこの仕事を引き受けてくれたものだ。
「トシ、やっぱ美緒ちゃんだけじゃ心配だ。山崎も送り込もう」
「え……局長、美緒ちゃん1人で大丈夫だと思いますよ」
「普段ならな!普段なら俺だって美緒ちゃんを信じていたさ。あの子はやる時はやるからな。でも今は手負いだぞ。山崎は心配じゃないのか!」
めんどくせェェェ!心配じゃないわけねーだろ!
黙っていた副長は、紫煙を吐き出してこう告げた。
「また刺されでもしたらめんどくせー。山崎、誘拐事件洗ってこい」
「はいよ。あ、副長。お通ちゃんのサインもらっておいてください。俺と美緒ちゃんの分2枚」
そう言い残して、俺は準備をすべく副長の部屋を後にした。
化粧品は、美緒ちゃんのを拝借しよう。
「おう、山崎何してんだィ」
風船ガムを膨らませながら、呑気に歩いてやってきた沖田隊長に、誘拐事件の調査をしに行く事を伝える。
「本当は俺もお通ちゃんに会ってサイン欲しかったんすけどね」
「安心しな。俺が書いといてやらァ」
沖田隊長が書いた、お通ちゃんのサインなんて欲しい訳がない。偽物にも程がある。
「隊長、美緒ちゃん見ませんでしたか?」
「見てねーなァ。バカ女の事だ。腹が減ったら帰ってくんだろィ」
「そんな犬猫みたいに……」
「それにしてもあの女。辻斬りにあった奴はみんな死んでるっつーのに、生きて帰りやがった。アイツ、本当に人間か?どっかの天人とか言わねェだろうなァ?」
胡乱げな眼差しを向けてくる沖田隊長に「普通の人間だと思いますけどね」と答えるが、その視線は解かれない。
美緒ちゃんの出生は聞いた事がないし、本人も物心ついた時には路地裏にいたと言う。親族もいないようなので確かめようがない。
沖田隊長は、残念そうに息をついた。
「頭だけじゃなく、生命力もバカだったってだけか」
沖田隊長の言い草に苦笑を返す。
確かに、沖田隊長の言う通り、美緒ちゃんの生命力は凄まじいと思う。あれだけ、腹から口から大量に血を流してよく生きていたものだ。
沖田隊長と別れて、女装をしてから屯所を後にした。
聞き込み調査の結果、犯人は『天狗党』と呼ばれる攘夷浪士。現在、『異菩寺』に立てこもっているらしいので、そこへ侵入する。
攘夷浪士の目を盗みながら、難なく寺の中にある監視塔の上層部へと辿り着いた。
複数の女性が捕まっている中に、俺1人が混ざったところで気付かれはしないだろう。
美緒ちゃんは、どこに……って、なんか1人だけ縄が厳重なんだけどォォ!?
他の人は、後ろ手に縄で拘束されているだけなのに対し、美緒ちゃんだけ後ろ手に加え、足首にも縄が掛けられている。おまけに口枷もされて、横たわっているというなんとも言えない姿。
暴れたり、大声を出して攘夷浪士の気に触れた結果なのだろうと大体予想出来る。
情報を色々と得たいけれど、人質も解放したい。
しかし、拘束されている状態の人達を、俺だけで解放するのは無理がある。
相手も攘夷浪士とはいえ人間だ。どこかで必ず隙が出来る。その時が来るまで、じっと待つしかない。
攘夷浪士の視線を気にしながら、そっと美緒ちゃんに近寄れば、すぐにこちらに顔が向いた。
睨んでいた目が見開かれたと思えば、泣きそうなそれに変わる。その瞳には、俺に会えた安心感すら垣間見えた気がした。
声も出していない女装姿でも、俺だと分かるのか。
泣いたのか、その目元は腫れていて、頬に涙の筋も確認出来た。
美緒ちゃんが泣かされた事に腹が立ち、心の中で舌打ちする。見たところ、外傷はなさそうだが腹の傷がバレて、そこを攻撃されたのなら分からない。
「声出さないで返事して」
周囲を気にしつつ、耳元に唇を寄せて声を潜めた。
「隙を見て逃げれるようにするから、それまで我慢して。その態勢痛くない?」
頷いたのを確認して、その髪を撫でる。
「俺そばにいるから」
嬉しいのか、何回も頷かれて苦笑する。
俺も、捕まっているフリをしなければいけないので、美緒ちゃんの近くに座り直した。
縄で縛られてはいないけれど、形だけでも後ろ手に持っていく。
どういう作戦がいいか考えあぐねていると、攘夷浪士の1人に連れられて、現れた人物に目を剥いた。
は、はァァァ!?何やってんだアイツらァァァ!?あんなに隊士がいて誰も気付かないって事あるか!?イメージアップする気ねェだろアイツら!もうおしまいだよ真選組は!もうイメージダウンしかねーよ!
後ろ手に拘束されて現れたのは、今、1日局長を勤めているはずのお通ちゃんだった。
お通ちゃんが捕まっている事を報告する為に、副長に電話をかける。
「副長、山崎です」
《なんだ山崎か。今忙しい、切るぞ》
報告も何も出来ずに切られてしまった。
オイオイ忙しいじゃねーよ!お通ちゃんが攫われてんだぞ!お通ちゃんそっちのけで何をやってんだ!異変に気付けェ!
せめて話ぐらい聞いてほしかったが、なんとかしてくれるだろうと信じる事しか出来ない。
攘夷浪士は、お通ちゃんの首元に刃先を突きつけて、外に向かって演説し始めた。
「諸君は本当に真選組が、この江戸の平和を護るに足る存在だと思うか!?否!奴らは脆弱でただ税金を無駄に消費する怠け者である!」
誰に向かっての発言かは、ここからよく見えない。
攘夷浪士は続ける。
お通ちゃんを目の前で拉致する事に成功し、今まで拉致してきた少女達が、真選組を無能だと示す証拠であると。この腐りきった世界を我等で変えようと。
攘夷浪士の要求は、真選組に逮捕された攘夷浪士達の解放と、真選組の解散。これらが通らない場合、人質を全員殺害するとの事だった。
美緒ちゃんを見れば、動く事なく大人しくしている。腹が痛くて動けないのかもしれない。
一刻も早く、こんな冷たくて固い床ではなく、布団で寝かせてあげたい。
「みんなァ!」
突然、お通ちゃんが声をあげた。
みんなという事は……
「ククク。来たか真選組!解散の手続きは済ませて来たんだろうな!」
漸く、真選組が到着したようだ。
「すんまっせーん!もっかい大きい声でお願いします!」
「みんなァ!」
「クク!来たか真選組!解散の手続きは……って、2回も言わせるな!なんか恥ずかしいだろうが!」
なんだこの茶番。
真選組におちょくられている攘夷浪士。
塔の下が賑やかになってきたので、真選組が何かしているのだろう。
そのうち、何故かカレーの匂いもここまで漂ってきた。
「やめて!お願い!もう」
お通ちゃんの悲痛な叫びも虚しく、攘夷浪士はお通ちゃんの頭を鷲掴んだ。
「出来なくば、局長の代わりにこの女が死ぬだけ」
囲いに、お通ちゃんの上半身を押し付けて、そんな条件を真選組に突きつけた。
どうやら、局長が命を狙われているらしい。
「お通ちゃん!すまなんだ!」
局長の声が耳に届いた。
「色々手伝ってもらってなんだが、結局俺達はこういう連中です!もがいてみたが、なんも変われなんだ!相も変わらず、バカで粗野で嫌われ者のムサイ連中です!どうやらコイツは、一朝一夕で取れるムサさではないらしい!だがね、お通ちゃんの言う通り、もがいて自分達を見つめ直して気付いた事もある!俺達はどんだけ人に嫌われようが、どんだけ人に笑われようがかまやしない!ただ護るべき者を護れん、不甲斐ない男にだけは絶対になりたくないんだとね!」
――護るべき者……
大人しく横たわっている美緒ちゃんを盗み見る。
攘夷浪士が、局長の死をひと目見ようと、囲いの所に集まっている。
ここに来てからずっと待っていたこの瞬間。
攘夷浪士たちに隙が出来た。今しかない。
美緒ちゃんに近付き、その口枷を解きながら声を潜める。
「美緒ちゃん、逃げるよ」
「私より先にお通ちゃん助けてあげて。お願い」
小声で懇願されたそれに、言い返そうとした時――
「カレー届けに参りましたー」
耳馴染みのある、間延びした声が聞こえた。
旦那が助けに来てくれたのだと分かり、振り向けばストレートヘアに顔の大部分を髭で覆った人物が、顔を覗かせていた。
え、だ……誰だァァァ!
「ああ、そこ置いといて」
「このへんですかね」
攘夷浪士に答えながら、人質の女性を手招きしている。意図に気付いて動き始める女性達。
見た目に惑わされないよう、旦那だと信じて美緒ちゃんの願いを聞き入れた。
「ごめん、美緒ちゃんは旦那に助けてもらって」
「うん、気を付けてね」
何故かパンツ一丁の旦那の後から、新八くんとチャイナさんが姿を現した。
3人で手分けして、人質を解放していく傍らで、俺はお通ちゃんに近付く。
旦那が、美緒ちゃんをお姫様抱っこをしているのが視界の隅に映った。
「何をしている貴様ァァァ!」
「あー、やっちゃったなーオイ、やっちゃったよー」
階段を降りようとしているのを、攘夷浪士に見付かってしまった。しかしこれはチャンスでもある。
「何をしている!斬れェ!斬れェ!」
攘夷浪士が旦那に気を取られているうちに、俺もお通ちゃんをお姫様抱っこし飛び降りた。
俺に気付いた浪士が、逃がすまいと俺目掛けて刀を突き刺してきたが、刃が刺さったのはカツラ。
「あーカツラは頭がかゆくなっていけねーや。お通ちゃん、後でサインくださいね」
眼下には、バズーカを構えた真選組。
「さよーならーメン替え玉」
「うごわァァァ!」
寺院は半壊したが、浪士は全員逮捕。
無事にお通ちゃんを始め、人質全員を解放する事が出来て、サインも書いてもらえた。
美緒ちゃんを迎えに行こうと、旦那達がいる場所へと向かう。
万事屋が囲んでいる中には、腹を抱えてしゃがんでいる美緒ちゃん。手足の拘束も解いてもらえたようだ。
「旦那ァ、美緒ちゃんが世話ンなりました」
「誰だ?お前」
いくら女装していると言えど、誰と問われて軽くショックを受ける。カツラは取っているので、分かってもらいたかった。
「俺ですよ俺。真選組の山崎です」
「山崎ィ?そんな奴いたか?」
「税金泥棒の名前なんかいちいち覚えてないアル」
「ちょっと2人とも失礼ですよ。山崎さんですよ」
「女装してたら分かんないよね」
お前は1発で分かっただろーが!
笑う美緒ちゃんに心の中でつっこむ。
新八くんだけが唯一の良心だ。と思っていたのだが――
「山崎さん、女装の趣味あったんですね」
少し引き気味にそう言われ、慌てて否定する。
「趣味じゃないです!調査してたの!人質に紛れる為にこんな格好してたんです!仕事です!」
「必死に言い訳してるアルヨ」
「な。素直に認めればいいのにな」
「違うって言ってんだろーが!」
チャイナさんと旦那が、こちらを見てニヤニヤしながら話している。コソコソと話しているつもりなのだろうが、丸聞こえだ。
下から、美緒ちゃんの楽しそうな笑い声が聞こえてくる。しかし、すぐに痛みを訴える声。
「美緒ちゃん帰ろ」
「うん」
俺を見上げていた美緒ちゃんの目が、目の前にしゃがんだチャイナさんに向く。
「美緒、お腹痛いのは、暖めたら治るってマミー言ってたアル。暖めて早く治すヨロシ。私美緒と遊べないのつまらないヨ」
刺傷なので、暖めても治らないとは思うけれど、それでも美緒ちゃんはそう言ってもらえて嬉しかったようで。
「ありがとね。早く治るようにちゃんと暖めるね」
と、チャイナさんの発言を否定する事なく受け止め、優しい眼差しで神楽さんの頭を撫でた。
「神楽ー、いい加減帰んぞォ。じゃーな美緒。腹大事にしろよ」
「美緒ちゃんも山崎さんもまた。お腹お大事に」
「あ、待ってヨ銀ちゃん!美緒、また電話するアル」
互いに手を振りあった後、チャイナさんは旦那と新八くんの後を追いかけた。
俺は、美緒ちゃんの脇に手を入れて、こちらに凭れかかるように立たせるが、立ち上がるのも痛そうだ。
「あ、ありがとう」
「それ、絶対傷口開いてるよね?」
「うーん、分かんない……誘拐されたのに、電話出来なくてごめんね。する間もなく腕縛られちゃって……」
しゅん、と項垂れる彼女を責める気にもなれない。
「いいよ、しょうがない……でもさ、なんで美緒ちゃんだけ厳重に縛られてたの?」
「お腹ギューギュー巻かれて痛かったから、悲鳴あげちゃって……そんで、その時拘束してた人蹴ったら縛られた。しかも、わざと痛いところに当たるように巻くんだよ。酷いよね」
俺からしたら、そんな話"酷い"の一言で片付けるには甘いように思えた。
攘夷浪士の野郎、1発殴っとくんだったと後悔が押し寄せる。
抱きしめたら、傷に障るだろう。
抱きしめたくて仕方ない手を、その頭の上に置く。
「助けに来てくれてありがとね」
「美緒ちゃん、抜糸するまで屯所から出るの禁止にする」
「え!?なんで!?大丈夫だよ!」
「大丈夫じゃないから言ってんだよ!刺された上に誘拐だぞ!俺がどんだけ心配したと思ってんだ!」
頬を引っ張れば、あーすぐ引っ張るーと嘆いた。
手を離せば、頬を擦りながら、しおらしく謝ってきた。
「いっぱい心配かけてごめんなさい」
「謝っても外出許可出さないけど」
ショックを受けるかと思ったけれど、美緒ちゃんは何を思ったのかへらりと笑ったのだ。
「束縛してくる退もいいね。好き」
なんだコイツ……
もう呆れるしかない。
項垂れた顔に手を当てて、ため息をつく。
「なんか、俺が何しても好きって言いそうで怖ぇ……」
「好きだよ」
即答されて、顔から手を離して美緒ちゃんを見ると、ニコニコと満面の笑みを浮かべている。
俺が本気で束縛したら、困るのはそっちだというのに。
「よし決めた。抜糸するまでに外出するような事があれば、1ヶ月俺に触るの禁止にする」
「えええ!?無理!やだ!寂しい!悲しい!触りたい!」
「守ればいいだけの話だろ」
「……それって、退も私に触れないって事だよね?」
「え?なんで?俺は触るよ。俺はルールに入ってないから」
不公平!差別反対!と喚くその肩に手を置いた。
「それが嫌なら外出禁止、守ろうね」
俺はどんな表情をしたのだろう。
あんなに喚いていた口がピタリと止まり、みるみるうちに青ざめていく。
「わ、分かった……でも通院日があるし」
「俺ついてく」
「あ、はい……」