本編
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▽デート尾行
「電車で痴漢から女の子助けたの?凄いね。新ちゃん見かけによらず勇気あるんだね」
「あの、自慢したいとか武勇伝を語りたくて呼んだわけじゃなくてですね……」
新ちゃんに呼ばれて、ファミレスでお茶をしている。
話があるとの事だったので、お通ちゃん関連かと思ったら、予想はてんで外れた。
新ちゃんは、えーっと、や、そのー、と言うばかりで、なかなか本題に入らない。
落ち着かなさそうに視線も泳いでいて、店内は温度調節もしっかりされているというのに、顔から大量の汗をかいている。
話し出すまで待つ事にして約40分。
「いい加減本題に入ろうよ。ご飯食べ終わったし、ジュースもお代わりしちゃったよ」
「あああ、すみませんすみません!あのー、あのー、僕、痴漢から女の子助けたんですけど……」
「ごめん、それさっき聞いた。でも武勇伝語りたいわけじゃないんでしょ?何があったの?もう腹括って全部話そう」
はい!と返事した後、水を一気に飲み干し、盛大に息を吐くと、ようやく話し出した。
「そ、そしたら、ですね……そ、その女の子から、お礼がしたいから会いたいと言われたんですけど、これって、デ、デデ、デートのお誘いなんですかね?あー言っちゃったァァ!恥ずかしィィ!」
顔を両手で覆って俯く新ちゃんは、まるで恋愛相談をする乙女のようだ。耳まで真っ赤になっている。
「律儀な女もいたもんだねー。会いたいってそういう事なんじゃない?」
「マジすかァァァ!ああああ!どうしよう……ぶっちゃけますけど、僕デートなんかした事ないんですよ。美緒ちゃんした事ありますか?」
あるよ、と即答すれば、初デートはどんな感じだったか聞かれたので、かれこれ数年前の事を思い出す。
「初デートは、あまり人に話せるようなものじゃないけど、彼氏が周りと喧嘩してそれを止めるのに忙しかったから、あんまりデートって感じはしなかったかな。楽しかったけど」
「美緒ちゃんって、思ったよりバイオレンスな人と付き合ってたんですね」
「バイオレンスじゃないよ。彼、チンピラだったから、喧嘩が絶えなかったんだよね」
「はぁー……美緒ちゃんならあの人らより、まだマシな恋愛してると思ってたんですけど、なんか勘違いだったみたいです。まさか美緒ちゃんがチンピラ好きだったとは……」
期待はずれだとでも言いたそうな眼差しを向けられ、挙句にため息をつかれてしまった。
「チンピラが好きなんじゃないの!その人自身が好きなの!今もうかなり丸くなってるよ」
「丸くなってるもアテにならないなぁ……じゃあそろそろ行きましょうか。相談に乗ってくれてありがとうございました」
「本当に丸くなってるから!」
「はいはい、わかりました」
分かってなさそうな、めんどくさそうに返事をされて、こちらがため息をつきたい。
「美緒ちゃん、この事誰にも言わないでくださいね。こんな事相談してたって知られたら、なんだか照れくさいんで……」
恋愛相談を友達に持ちかけるのは、恥ずかしい事でもないように思うけれど、本人がそう言うのだから私の心の中に留めておくことにした。
《美緒大変アル!今すぐ家康像の所来るヨロシ!今すぐダッシュで来いヨ!遅れたらお前、アレだからな!アレをアレするからな!》
神楽ちゃんから突然電話で呼び出されたのは、家康像のある公園。
重そうな荷物を持ったおばあちゃんを助けて家まで送った後、全力疾走でやってきた。
「美緒ー、こっちアルー」
「はぁ……はぁ……お待たせ……大変って聞いたけど、っ、何が大変なの?アレをアレするって何?」
膝に手をついて、息を整えながら神楽ちゃんに尋ねる。
「新八がこれから女とデートするから、一緒に尾行するアルヨ」
「え?デート?新ちゃんが?」
それを聞いて思い浮かんだのは、先日の相談の話。
新ちゃんは、痴漢を助けた女の子と会う決断をしたという事だ。
「何?美緒も来たの?お前野次馬じゃん。どっから嗅ぎつけてくんの?」
「私が呼んだネ。美緒こういうの好きだと思って」
「神楽ちゃん分かってんじゃん。こういうのワクワクするよね。相手どんな子なの?」
「まだ来てないから分からないネ」
「めっちゃ楽しんでるよこの子!野次馬根性ありすぎだよ!」
銀ちゃんとお妙ちゃん、神楽ちゃんと私、4人頭を並べて、石像から離れた植え込みの陰から新ちゃんの様子を窺う。
その新ちゃんはというと、家康像の前で親衛隊の服を身に纏い、竹刀をついて仁王立ちで待っている。
その面構えやオーラはとても険しいもので、今から女の子と会うというそれではない。今にも誰かを手にかけてしまいそうな迫力。
「オイオイ、戦争にでも行くつもりですかアイツは?1人だけオーラが違うよ」
「ねー、なんで新ちゃん猫耳付けてんの?」
「アレ、女からのプレゼントに入ってたやつネ。アホだから律儀につけてるアル」
神楽ちゃんからの証言に目を丸くした。
男に猫耳カチューシャを送る女のセンス!
「……なるほどね。最近様子がおかしかったのは、こーいう事だったのね」
お妙ちゃんが新ちゃんを見て、納得したように呟いた。
「手紙によると、そろそろ女も来る時間ネ」
手紙を見てそう言われ、私がデートするわけでもないのに、緊張と期待に胸が高鳴る。
新ちゃんが思わず助けてしまうような女の子は、一体どんな子なのだろう。
「まァそーいうこった。これで安心したろ。邪魔者は退散するとしよーや」
「え?もう帰るの?」
「嫌です。未来の志村家の跡取りを産むかもしれないコですよ。この目で見定めます」
お妙ちゃんの発言に、私も最初会った頃そう見定められていたのだと思うと、まだ来ぬ女の子に同情してしまう。という事は、奇しくも私はお妙ちゃんのお眼鏡にかなったという事だ。
「あっ来たアル!」
神楽ちゃんが指し示す先には、ミニ丈の着物にニーハイソックスの女。頭には、なんと猫耳。
「ちょっ……何アレ!猫耳じゃないのォ!聞いてないわよあんなの!」
「アレだよお前、愛は星をも越えるって奴?」
「お妙ちゃん、もしかしたら付け耳かもしれないよ!新ちゃんも付けてるし、お揃いにしたかっただけかもしれないし」
「冗談じゃないわよ!私猫が大嫌いなの!犬派なんです!」
「犬も猫も似たようなもんだろ。もしかしたらアレも犬の耳かもしれんよ実際」
銀ちゃんが、新ちゃんの所に出撃しようとしているお妙ちゃんの肩を掴んで引き止める。
「犬だったら犬だったで志村家に嫁いだ犬、志村犬の誕生だろーがァァ!」
「何その強引な誕生のさせ方!帝王切開!?」
お妙ちゃんの思わぬブラコン疑惑が浮上したところで、2人に動きがあり尾行することに。
2人が入った先はカフェテリア。
念の為、新ちゃんにバレないように、サングラスをかけて変装をし、手には雑誌や新聞を持ち、様子を窺う。
新ちゃんは常に動きが固くて、こっちがハラハラしてしまう。
「そこ目です、新八さん」
「あつァばァァ!」
緊張からか、口ではなく目に茶を飲ませていた新ちゃんは、あまりの熱さに仰け反った。
その拍子に膝に零れた茶を、跪いて拭く猫耳女。
「大丈夫ですか?どうしたんです。ヤケドとかしてません?」
「ああ、ゴメン。大丈夫」
この部分を切り取れば、甲斐甲斐しく世話をやいている、気配り上手な彼女とも見てとれる。
その間も、難しい顔をしたり落ち込んだりと、百面相をしている新ちゃん。
向かいの席に腰を落ち着かせた猫耳女が、先日のお礼を告げた。
「私、まさか来てくれると思ってなかったから、スゴく嬉しいです。1度ちゃんと会ってお礼をと……お礼っていうかホントはあの……あなたに」
話している最中に、コーヒーを目に注ぎ出した。
「そこ目ですよ」
「え?いや!私ったら何やってるのかしら!ごめんなさい、どうしたのかしら。おかしいなァ。なんだか私ドキドキしてるみたい」
てへっと己の頭を小突いて、舌をちらりと出したのだ。
その態度に腹立たしくなり、気が付いたら雑誌を半分に裂いていた。神楽ちゃんとお妙ちゃんも一緒だったようで、そんな私達を怪訝に見ている銀ちゃん。
「何やってんの」
銀ちゃんは、あの女の態度を見て、何も思わないのだろうか。
「私が贈った猫耳つけてくれてるんですね。嬉しい。私一生懸命選んだんです。私、あの、あこがれの人とペアルックで歩くのが夢だったんです。あっ言っちゃったー」
椅子から降りて、そこに頭を何度もぶつける。
このイライラはどうしたら解消されるのだろうか。
あの女は、どうやら私の怒髪天を衝くのがうまいらしい。
頭を椅子にぶつけているから痛いはずなのに、怒りが頂点に達している為か、何も痛さを感じない。
「……何してんのちょっと……いい加減にしてくんない」
「何コレ!何この気持ち!なんかイライラすんですけどあのコ!どうしたらいいの!?私はどうしたらいいの!?」
「ねぇ!斬っていい!?あのコ斬っていい!?」
「いだだだ!」
「胸ん中になんか黒いものがァァァ!とってェェ!この黒いやつとってェェ!」
己を痛めつけた後の矛先は銀ちゃんへと向かい、私は銀ちゃんの胸ぐらを、お妙ちゃんは顔を掴み、神楽ちゃんは肩を殴っている。
「良かった、勇気出して。アレ?なんでだろ。前がかすんで見えないや」
女は、大袈裟に涙を流して、目元を拭っている。
「一生何も見えなくしてやろーかァァァ!」
「だからなんで俺!?直接行けって!」
神楽ちゃんがヘッドロックを決め、その腹を殴るお妙ちゃん。私は、銀ちゃんの尻を蹴る。
それだけじゃ飽き足らず、銀ちゃんの頭をテーブルへと叩きつけていると、手を繋いでカフェから出ていく2人が視界の隅に入った。
「あ!行っちゃう!」
「大変!みんな行くわよ!」
お妙ちゃんを先頭に、負傷している銀ちゃんを連れて追いかける。
手を繋いで歩く2人は、段々とホテルやいかがわしい店が立ち並ぶ道へと入っていく。
恥ずかしそうにしているが、積極的なのは、どう見ても女の方だ。女の方が誘っている。
新ちゃんも断る事を知らないのか、満更でもないのか分からないけれど、女に連れられてホテルへと入って行った。
「どうするアルか?中入っちゃったヨ」
「しょうがないわね。こうなったら、私も入ってあのコ見張ってくるわ。神楽ちゃんと美緒ちゃんはここで待っててちょうだい。行くわよ銀さん」
お妙ちゃんは、銀ちゃんの腕を組んだ。
「私は美緒と別部屋とるアル」
行こ、と腕を組んできたので、行こっかと神楽ちゃんとホテルに向かおうとして、銀ちゃんに肩を掴まれた。
「待て待て待て!お前らはヤバイ!警察に捕まるだろーが!ここで大人しく待ってろ!」
「私警察ですけど……」
「この前美緒と一緒に行った時入れたネ。ここじゃなかったけど」
ね、と神楽ちゃんと顔を見合わせる。
「どんなホテルだ!よく入れたな!基本18歳以下は入れねーの。つーか、もっと健全な場所で遊べや。ラブホは遊ぶ所じゃありません!」
「不健全な場所で健全に遊んだよ」
「今日は遊びじゃないのよ。だから2人はここで待っててちょうだい」
そう言い残すと、さっさと銀ちゃんを連れて入ってしまった。
「私達も行きたかったアルな」
「ねー。2人だけズルいよね」
出入口のドア付近で、神楽ちゃんと頭を縦に並べて、お妙ちゃん達が部屋を選んでいる様子を、口をへの字に曲げて窺う。
お妙ちゃんは終始楽しそうだ。
銀ちゃんが、店員に、新ちゃん達が入ってこなかったか尋ねたけれど、個人情報だからと教えてもらえなかった。
ここは私の出番だと、警察手帳を取り出して腰を上げるが――
「おたくらでしょ?あの2人連れてきたの。ウチ、子供は入れられないからね困るんだけど」
「子供!?私制服着てんですけど!?」
「だから大人って嫌い!不潔よ!淫よ!インモラルよ!パパなんて大嫌い!」
「私も大人なんて……パパなんて大嫌い!」
そこに、例の猫耳女がホテルから出てきた。
「ん、アレ?」
そばに新ちゃんの姿はなく、どうやら1人みたいだ。
「あああああ!」
叫んだ銀ちゃんに気付いた猫耳女は、走り出した。
「待ちやがれェェェ!コノヤロォォ!」
「2人は足速いから先回りして!挟み撃ちしよ!」
「分かったわ」
「よっしゃ!任せろアルゥゥ!」
二手に別れて、私は銀ちゃんと一緒に猫耳女を追いかける。猫耳女が、余裕そうな表情で走る姿に、神経が逆撫でされる。
パトカーに追いかけられた経験を生かして、足を懸命に動かすが追いつけない。
「待てって言ってんだろーがァァァ!」
痺れを切らした銀ちゃんが投げた木刀は軽く躱された挙句に、身軽に看板の上に飛び乗った。
さすが猫耳女だけはあるのか、身のこなしが本物の猫のようだ。
響き渡る甲高い笑い声が不快で、眉を寄せる。
「何あなた達、あの子の家族ですかァ!?あら、女の方は警察ね。2人ともバカヅラ下げて何?あの子が心配でつけてたのォ?」
新ちゃんの前にいる時と、雰囲気がガラリと変わった。もう別人だ。猫かぶりもお手の物とは、通りで新ちゃんが騙されるわけだ。
「心配いらないわ。私はなんにもしちゃいない。弟さんの貞操も無事だしィ、私がほしいものは愛だけ。そう、私は愛を盗む怪盗キャッツイアー」
この世で最も美しい物は愛だと。お金にも宝石にも興味はないが、愛を奪った証に、目に見える男の財布を拝借すると言う。
懐から取り出した財布に、唇を寄せた。
「新八の財布か?何ワケわかんねーこと言ってんだオメー。要するにただのもの盗りじゃねーか」
「あなたの弟傑作だったわ。今時あんな純情な子いたのね。コロリと騙されちゃって。おふざけであげた猫耳なんかつけてきちゃってさァ、おかしいったらないわ。なんだかこっちまで初恋の頃みたいにドキドキしちゃって。これがあるからやめられないのよね」
猫耳女の言い草に、頭にくる。
「ふざけんなよ!人の気持ち弄んでそんなに楽しいか!現行犯逮捕だ!降りてこい!」
「残念だけど、あなたに私を逮捕出来ないわ。あなた恋愛もよく知らないザコでしょ?」
素の状態でも、人を怒らせるのが上手いようだ。
「うるさい!ザコって言う方がザコなんですー!」
「ブリッコキャラはもうやめたのかい?俺アレ結構好きだったんだけどね」
私を後ろに下がらせて言う銀ちゃんに耳を疑う。
「男ってホントバカよね。表層でしか物事を判断出来ない奴ばかりでさァ。あっホンネ言っちゃった。私ったらドジ」
てへっと頭に拳を当てる猫耳女。
「ブリブリブリブリうるせーなー」
どすの効いた声が降ってきた。
その声に、口角が上がる。
「ウンコでもたれてんのかァァァ!てめェはァァァ!」
「たれてんのかてめェはァァァ!」
屋上にいるのは、お妙ちゃんと神楽ちゃん。
2人は躊躇することなく、飛び降りた。
「てへっなんて真顔で言える女にロクな女はいないのよ」
てへっと、なんとも言えない顔をする神楽ちゃん。
2人は、猫耳女に飛び蹴りを食らわせた。
落下した猫耳女と看板。
猫耳女の上に崩れ落ちそうになった看板を支えたのは、新ちゃんだ。
「新八ィ!」
「みんなもうやめてよ!」
受け止めた看板を投げ捨てて、話を続ける。
「恋愛はホレた方が負けって言うだろ。もういいよ……むしろ感謝してるくらいなんだ。短かったけど、ホントに彼女が出来たみたいな楽しい時間が過ごせて……だから1つ言わせてください」
黙って新ちゃんの話を聞く猫耳女。
「ウソじゃァァァ!ボケェェェ!」
木刀で猫耳女をぶった斬った。
そんな男らしい姿を見せた新ちゃんに、笑顔で拍手を送るお妙ちゃん。
「新ちゃんナイス!逮捕出来るー!やっほーい!」
私は、すぐさま猫耳女に駆け寄りながら、副長に電話をかける。
目を回して倒れている猫耳女の腹の上に跨って座り、片手で手錠を取り出した。
《なんだ?どうした?》
「お疲れ様です、内田です。1人逮捕したんで車回してください」
《はァ!?オメーが逮捕しただァ!?今日エイプリルフールじゃねーぞ。じゃーな》
肩で携帯を支えて、手錠をかけながら報告するが、無慈悲に切られてしまった。
悲しさを覚えながらも懐を探れば、出てきた財布2つと警察手帳。
「美緒ちゃん」
「あ、お妙ちゃん。これ新ちゃんの財布だよね?返しといてくれる?」
「あら、ありがとう」
お妙ちゃんは財布を受け取ると、そばにしゃがんでニコリと笑った。
「志村家に嫁いで来る日を楽しみに待ってるわね」
「え?お妙ちゃん無理って言ったよね?私彼氏いるし」
「じゃあ、その人と別れたらいらっしゃい。美緒ちゃんなら大歓迎だから」
肩に乗った手が、凄く重く感じて顔が引きつる。
お妙ちゃんは笑顔なのに、凄く怖い。
「神楽ちゃん、あとは美緒ちゃんに任せて帰りましょ」
「美緒またなー!今日の礼は酢昆布でいいアルヨー」
「俺もいちご牛乳でいいからな。いや、やっぱパフェにしよっかな」
手を振りながらねだってくる神楽ちゃんと、気だるそうに頼んでくる銀ちゃんに苦笑を返す。
去って行く3人の背中から、さっき気になった警察手帳を開く。そこに記されている名前と写真を見て、慌ててリダイヤルする。
《なんださっきからうっせーな》
「ま、ままま松平のおじ様の警察手帳が……」
《は?今行く。どこだ》
場所を告げると、近くにいたのかと疑う程の速さで、パトカーがこの狭い道へと入ってきた。
あと少しで轢かれそうな距離で停車した。
「美緒テメー!なんで早く言わねー!」
「言いましたよ」
「あ?なんだこの猫耳。コイツが犯人か」
「そうです。あと、この財布もおじ様のだと思うんですけど」
「よくやった。お手柄だ」
まさか、副長に頭を撫でられる日が来るとは思わなかった。
頭を触る時は、鷲掴みか手刀か攻撃パターンが多いので、驚いても無理はないだろう。
「ポカンとしてねーで、早く車乗せろ」
「副長、ありがとうございます」
猫耳女を奉行所に届けてから、その足で松平のおじ様に警察手帳を届けに行けば、お礼を言われながら抱きしめられたので、副長にセクハラで訴えた。
そして、銀ちゃんがブリッコキャラが好きだと言っていたのを思い出したので、退も好きかどうか試してみる事に。
「私ったらドジ。てへっ」
頭に拳をつけて舌を出せば、思いっきり引かれた。ご丁寧に、数歩後退って距離も置かれる始末。
「美緒ちゃん、二度とそれしないで。気持ち悪い」
「ひどっ!」
「電車で痴漢から女の子助けたの?凄いね。新ちゃん見かけによらず勇気あるんだね」
「あの、自慢したいとか武勇伝を語りたくて呼んだわけじゃなくてですね……」
新ちゃんに呼ばれて、ファミレスでお茶をしている。
話があるとの事だったので、お通ちゃん関連かと思ったら、予想はてんで外れた。
新ちゃんは、えーっと、や、そのー、と言うばかりで、なかなか本題に入らない。
落ち着かなさそうに視線も泳いでいて、店内は温度調節もしっかりされているというのに、顔から大量の汗をかいている。
話し出すまで待つ事にして約40分。
「いい加減本題に入ろうよ。ご飯食べ終わったし、ジュースもお代わりしちゃったよ」
「あああ、すみませんすみません!あのー、あのー、僕、痴漢から女の子助けたんですけど……」
「ごめん、それさっき聞いた。でも武勇伝語りたいわけじゃないんでしょ?何があったの?もう腹括って全部話そう」
はい!と返事した後、水を一気に飲み干し、盛大に息を吐くと、ようやく話し出した。
「そ、そしたら、ですね……そ、その女の子から、お礼がしたいから会いたいと言われたんですけど、これって、デ、デデ、デートのお誘いなんですかね?あー言っちゃったァァ!恥ずかしィィ!」
顔を両手で覆って俯く新ちゃんは、まるで恋愛相談をする乙女のようだ。耳まで真っ赤になっている。
「律儀な女もいたもんだねー。会いたいってそういう事なんじゃない?」
「マジすかァァァ!ああああ!どうしよう……ぶっちゃけますけど、僕デートなんかした事ないんですよ。美緒ちゃんした事ありますか?」
あるよ、と即答すれば、初デートはどんな感じだったか聞かれたので、かれこれ数年前の事を思い出す。
「初デートは、あまり人に話せるようなものじゃないけど、彼氏が周りと喧嘩してそれを止めるのに忙しかったから、あんまりデートって感じはしなかったかな。楽しかったけど」
「美緒ちゃんって、思ったよりバイオレンスな人と付き合ってたんですね」
「バイオレンスじゃないよ。彼、チンピラだったから、喧嘩が絶えなかったんだよね」
「はぁー……美緒ちゃんならあの人らより、まだマシな恋愛してると思ってたんですけど、なんか勘違いだったみたいです。まさか美緒ちゃんがチンピラ好きだったとは……」
期待はずれだとでも言いたそうな眼差しを向けられ、挙句にため息をつかれてしまった。
「チンピラが好きなんじゃないの!その人自身が好きなの!今もうかなり丸くなってるよ」
「丸くなってるもアテにならないなぁ……じゃあそろそろ行きましょうか。相談に乗ってくれてありがとうございました」
「本当に丸くなってるから!」
「はいはい、わかりました」
分かってなさそうな、めんどくさそうに返事をされて、こちらがため息をつきたい。
「美緒ちゃん、この事誰にも言わないでくださいね。こんな事相談してたって知られたら、なんだか照れくさいんで……」
恋愛相談を友達に持ちかけるのは、恥ずかしい事でもないように思うけれど、本人がそう言うのだから私の心の中に留めておくことにした。
《美緒大変アル!今すぐ家康像の所来るヨロシ!今すぐダッシュで来いヨ!遅れたらお前、アレだからな!アレをアレするからな!》
神楽ちゃんから突然電話で呼び出されたのは、家康像のある公園。
重そうな荷物を持ったおばあちゃんを助けて家まで送った後、全力疾走でやってきた。
「美緒ー、こっちアルー」
「はぁ……はぁ……お待たせ……大変って聞いたけど、っ、何が大変なの?アレをアレするって何?」
膝に手をついて、息を整えながら神楽ちゃんに尋ねる。
「新八がこれから女とデートするから、一緒に尾行するアルヨ」
「え?デート?新ちゃんが?」
それを聞いて思い浮かんだのは、先日の相談の話。
新ちゃんは、痴漢を助けた女の子と会う決断をしたという事だ。
「何?美緒も来たの?お前野次馬じゃん。どっから嗅ぎつけてくんの?」
「私が呼んだネ。美緒こういうの好きだと思って」
「神楽ちゃん分かってんじゃん。こういうのワクワクするよね。相手どんな子なの?」
「まだ来てないから分からないネ」
「めっちゃ楽しんでるよこの子!野次馬根性ありすぎだよ!」
銀ちゃんとお妙ちゃん、神楽ちゃんと私、4人頭を並べて、石像から離れた植え込みの陰から新ちゃんの様子を窺う。
その新ちゃんはというと、家康像の前で親衛隊の服を身に纏い、竹刀をついて仁王立ちで待っている。
その面構えやオーラはとても険しいもので、今から女の子と会うというそれではない。今にも誰かを手にかけてしまいそうな迫力。
「オイオイ、戦争にでも行くつもりですかアイツは?1人だけオーラが違うよ」
「ねー、なんで新ちゃん猫耳付けてんの?」
「アレ、女からのプレゼントに入ってたやつネ。アホだから律儀につけてるアル」
神楽ちゃんからの証言に目を丸くした。
男に猫耳カチューシャを送る女のセンス!
「……なるほどね。最近様子がおかしかったのは、こーいう事だったのね」
お妙ちゃんが新ちゃんを見て、納得したように呟いた。
「手紙によると、そろそろ女も来る時間ネ」
手紙を見てそう言われ、私がデートするわけでもないのに、緊張と期待に胸が高鳴る。
新ちゃんが思わず助けてしまうような女の子は、一体どんな子なのだろう。
「まァそーいうこった。これで安心したろ。邪魔者は退散するとしよーや」
「え?もう帰るの?」
「嫌です。未来の志村家の跡取りを産むかもしれないコですよ。この目で見定めます」
お妙ちゃんの発言に、私も最初会った頃そう見定められていたのだと思うと、まだ来ぬ女の子に同情してしまう。という事は、奇しくも私はお妙ちゃんのお眼鏡にかなったという事だ。
「あっ来たアル!」
神楽ちゃんが指し示す先には、ミニ丈の着物にニーハイソックスの女。頭には、なんと猫耳。
「ちょっ……何アレ!猫耳じゃないのォ!聞いてないわよあんなの!」
「アレだよお前、愛は星をも越えるって奴?」
「お妙ちゃん、もしかしたら付け耳かもしれないよ!新ちゃんも付けてるし、お揃いにしたかっただけかもしれないし」
「冗談じゃないわよ!私猫が大嫌いなの!犬派なんです!」
「犬も猫も似たようなもんだろ。もしかしたらアレも犬の耳かもしれんよ実際」
銀ちゃんが、新ちゃんの所に出撃しようとしているお妙ちゃんの肩を掴んで引き止める。
「犬だったら犬だったで志村家に嫁いだ犬、志村犬の誕生だろーがァァ!」
「何その強引な誕生のさせ方!帝王切開!?」
お妙ちゃんの思わぬブラコン疑惑が浮上したところで、2人に動きがあり尾行することに。
2人が入った先はカフェテリア。
念の為、新ちゃんにバレないように、サングラスをかけて変装をし、手には雑誌や新聞を持ち、様子を窺う。
新ちゃんは常に動きが固くて、こっちがハラハラしてしまう。
「そこ目です、新八さん」
「あつァばァァ!」
緊張からか、口ではなく目に茶を飲ませていた新ちゃんは、あまりの熱さに仰け反った。
その拍子に膝に零れた茶を、跪いて拭く猫耳女。
「大丈夫ですか?どうしたんです。ヤケドとかしてません?」
「ああ、ゴメン。大丈夫」
この部分を切り取れば、甲斐甲斐しく世話をやいている、気配り上手な彼女とも見てとれる。
その間も、難しい顔をしたり落ち込んだりと、百面相をしている新ちゃん。
向かいの席に腰を落ち着かせた猫耳女が、先日のお礼を告げた。
「私、まさか来てくれると思ってなかったから、スゴく嬉しいです。1度ちゃんと会ってお礼をと……お礼っていうかホントはあの……あなたに」
話している最中に、コーヒーを目に注ぎ出した。
「そこ目ですよ」
「え?いや!私ったら何やってるのかしら!ごめんなさい、どうしたのかしら。おかしいなァ。なんだか私ドキドキしてるみたい」
てへっと己の頭を小突いて、舌をちらりと出したのだ。
その態度に腹立たしくなり、気が付いたら雑誌を半分に裂いていた。神楽ちゃんとお妙ちゃんも一緒だったようで、そんな私達を怪訝に見ている銀ちゃん。
「何やってんの」
銀ちゃんは、あの女の態度を見て、何も思わないのだろうか。
「私が贈った猫耳つけてくれてるんですね。嬉しい。私一生懸命選んだんです。私、あの、あこがれの人とペアルックで歩くのが夢だったんです。あっ言っちゃったー」
椅子から降りて、そこに頭を何度もぶつける。
このイライラはどうしたら解消されるのだろうか。
あの女は、どうやら私の怒髪天を衝くのがうまいらしい。
頭を椅子にぶつけているから痛いはずなのに、怒りが頂点に達している為か、何も痛さを感じない。
「……何してんのちょっと……いい加減にしてくんない」
「何コレ!何この気持ち!なんかイライラすんですけどあのコ!どうしたらいいの!?私はどうしたらいいの!?」
「ねぇ!斬っていい!?あのコ斬っていい!?」
「いだだだ!」
「胸ん中になんか黒いものがァァァ!とってェェ!この黒いやつとってェェ!」
己を痛めつけた後の矛先は銀ちゃんへと向かい、私は銀ちゃんの胸ぐらを、お妙ちゃんは顔を掴み、神楽ちゃんは肩を殴っている。
「良かった、勇気出して。アレ?なんでだろ。前がかすんで見えないや」
女は、大袈裟に涙を流して、目元を拭っている。
「一生何も見えなくしてやろーかァァァ!」
「だからなんで俺!?直接行けって!」
神楽ちゃんがヘッドロックを決め、その腹を殴るお妙ちゃん。私は、銀ちゃんの尻を蹴る。
それだけじゃ飽き足らず、銀ちゃんの頭をテーブルへと叩きつけていると、手を繋いでカフェから出ていく2人が視界の隅に入った。
「あ!行っちゃう!」
「大変!みんな行くわよ!」
お妙ちゃんを先頭に、負傷している銀ちゃんを連れて追いかける。
手を繋いで歩く2人は、段々とホテルやいかがわしい店が立ち並ぶ道へと入っていく。
恥ずかしそうにしているが、積極的なのは、どう見ても女の方だ。女の方が誘っている。
新ちゃんも断る事を知らないのか、満更でもないのか分からないけれど、女に連れられてホテルへと入って行った。
「どうするアルか?中入っちゃったヨ」
「しょうがないわね。こうなったら、私も入ってあのコ見張ってくるわ。神楽ちゃんと美緒ちゃんはここで待っててちょうだい。行くわよ銀さん」
お妙ちゃんは、銀ちゃんの腕を組んだ。
「私は美緒と別部屋とるアル」
行こ、と腕を組んできたので、行こっかと神楽ちゃんとホテルに向かおうとして、銀ちゃんに肩を掴まれた。
「待て待て待て!お前らはヤバイ!警察に捕まるだろーが!ここで大人しく待ってろ!」
「私警察ですけど……」
「この前美緒と一緒に行った時入れたネ。ここじゃなかったけど」
ね、と神楽ちゃんと顔を見合わせる。
「どんなホテルだ!よく入れたな!基本18歳以下は入れねーの。つーか、もっと健全な場所で遊べや。ラブホは遊ぶ所じゃありません!」
「不健全な場所で健全に遊んだよ」
「今日は遊びじゃないのよ。だから2人はここで待っててちょうだい」
そう言い残すと、さっさと銀ちゃんを連れて入ってしまった。
「私達も行きたかったアルな」
「ねー。2人だけズルいよね」
出入口のドア付近で、神楽ちゃんと頭を縦に並べて、お妙ちゃん達が部屋を選んでいる様子を、口をへの字に曲げて窺う。
お妙ちゃんは終始楽しそうだ。
銀ちゃんが、店員に、新ちゃん達が入ってこなかったか尋ねたけれど、個人情報だからと教えてもらえなかった。
ここは私の出番だと、警察手帳を取り出して腰を上げるが――
「おたくらでしょ?あの2人連れてきたの。ウチ、子供は入れられないからね困るんだけど」
「子供!?私制服着てんですけど!?」
「だから大人って嫌い!不潔よ!淫よ!インモラルよ!パパなんて大嫌い!」
「私も大人なんて……パパなんて大嫌い!」
そこに、例の猫耳女がホテルから出てきた。
「ん、アレ?」
そばに新ちゃんの姿はなく、どうやら1人みたいだ。
「あああああ!」
叫んだ銀ちゃんに気付いた猫耳女は、走り出した。
「待ちやがれェェェ!コノヤロォォ!」
「2人は足速いから先回りして!挟み撃ちしよ!」
「分かったわ」
「よっしゃ!任せろアルゥゥ!」
二手に別れて、私は銀ちゃんと一緒に猫耳女を追いかける。猫耳女が、余裕そうな表情で走る姿に、神経が逆撫でされる。
パトカーに追いかけられた経験を生かして、足を懸命に動かすが追いつけない。
「待てって言ってんだろーがァァァ!」
痺れを切らした銀ちゃんが投げた木刀は軽く躱された挙句に、身軽に看板の上に飛び乗った。
さすが猫耳女だけはあるのか、身のこなしが本物の猫のようだ。
響き渡る甲高い笑い声が不快で、眉を寄せる。
「何あなた達、あの子の家族ですかァ!?あら、女の方は警察ね。2人ともバカヅラ下げて何?あの子が心配でつけてたのォ?」
新ちゃんの前にいる時と、雰囲気がガラリと変わった。もう別人だ。猫かぶりもお手の物とは、通りで新ちゃんが騙されるわけだ。
「心配いらないわ。私はなんにもしちゃいない。弟さんの貞操も無事だしィ、私がほしいものは愛だけ。そう、私は愛を盗む怪盗キャッツイアー」
この世で最も美しい物は愛だと。お金にも宝石にも興味はないが、愛を奪った証に、目に見える男の財布を拝借すると言う。
懐から取り出した財布に、唇を寄せた。
「新八の財布か?何ワケわかんねーこと言ってんだオメー。要するにただのもの盗りじゃねーか」
「あなたの弟傑作だったわ。今時あんな純情な子いたのね。コロリと騙されちゃって。おふざけであげた猫耳なんかつけてきちゃってさァ、おかしいったらないわ。なんだかこっちまで初恋の頃みたいにドキドキしちゃって。これがあるからやめられないのよね」
猫耳女の言い草に、頭にくる。
「ふざけんなよ!人の気持ち弄んでそんなに楽しいか!現行犯逮捕だ!降りてこい!」
「残念だけど、あなたに私を逮捕出来ないわ。あなた恋愛もよく知らないザコでしょ?」
素の状態でも、人を怒らせるのが上手いようだ。
「うるさい!ザコって言う方がザコなんですー!」
「ブリッコキャラはもうやめたのかい?俺アレ結構好きだったんだけどね」
私を後ろに下がらせて言う銀ちゃんに耳を疑う。
「男ってホントバカよね。表層でしか物事を判断出来ない奴ばかりでさァ。あっホンネ言っちゃった。私ったらドジ」
てへっと頭に拳を当てる猫耳女。
「ブリブリブリブリうるせーなー」
どすの効いた声が降ってきた。
その声に、口角が上がる。
「ウンコでもたれてんのかァァァ!てめェはァァァ!」
「たれてんのかてめェはァァァ!」
屋上にいるのは、お妙ちゃんと神楽ちゃん。
2人は躊躇することなく、飛び降りた。
「てへっなんて真顔で言える女にロクな女はいないのよ」
てへっと、なんとも言えない顔をする神楽ちゃん。
2人は、猫耳女に飛び蹴りを食らわせた。
落下した猫耳女と看板。
猫耳女の上に崩れ落ちそうになった看板を支えたのは、新ちゃんだ。
「新八ィ!」
「みんなもうやめてよ!」
受け止めた看板を投げ捨てて、話を続ける。
「恋愛はホレた方が負けって言うだろ。もういいよ……むしろ感謝してるくらいなんだ。短かったけど、ホントに彼女が出来たみたいな楽しい時間が過ごせて……だから1つ言わせてください」
黙って新ちゃんの話を聞く猫耳女。
「ウソじゃァァァ!ボケェェェ!」
木刀で猫耳女をぶった斬った。
そんな男らしい姿を見せた新ちゃんに、笑顔で拍手を送るお妙ちゃん。
「新ちゃんナイス!逮捕出来るー!やっほーい!」
私は、すぐさま猫耳女に駆け寄りながら、副長に電話をかける。
目を回して倒れている猫耳女の腹の上に跨って座り、片手で手錠を取り出した。
《なんだ?どうした?》
「お疲れ様です、内田です。1人逮捕したんで車回してください」
《はァ!?オメーが逮捕しただァ!?今日エイプリルフールじゃねーぞ。じゃーな》
肩で携帯を支えて、手錠をかけながら報告するが、無慈悲に切られてしまった。
悲しさを覚えながらも懐を探れば、出てきた財布2つと警察手帳。
「美緒ちゃん」
「あ、お妙ちゃん。これ新ちゃんの財布だよね?返しといてくれる?」
「あら、ありがとう」
お妙ちゃんは財布を受け取ると、そばにしゃがんでニコリと笑った。
「志村家に嫁いで来る日を楽しみに待ってるわね」
「え?お妙ちゃん無理って言ったよね?私彼氏いるし」
「じゃあ、その人と別れたらいらっしゃい。美緒ちゃんなら大歓迎だから」
肩に乗った手が、凄く重く感じて顔が引きつる。
お妙ちゃんは笑顔なのに、凄く怖い。
「神楽ちゃん、あとは美緒ちゃんに任せて帰りましょ」
「美緒またなー!今日の礼は酢昆布でいいアルヨー」
「俺もいちご牛乳でいいからな。いや、やっぱパフェにしよっかな」
手を振りながらねだってくる神楽ちゃんと、気だるそうに頼んでくる銀ちゃんに苦笑を返す。
去って行く3人の背中から、さっき気になった警察手帳を開く。そこに記されている名前と写真を見て、慌ててリダイヤルする。
《なんださっきからうっせーな》
「ま、ままま松平のおじ様の警察手帳が……」
《は?今行く。どこだ》
場所を告げると、近くにいたのかと疑う程の速さで、パトカーがこの狭い道へと入ってきた。
あと少しで轢かれそうな距離で停車した。
「美緒テメー!なんで早く言わねー!」
「言いましたよ」
「あ?なんだこの猫耳。コイツが犯人か」
「そうです。あと、この財布もおじ様のだと思うんですけど」
「よくやった。お手柄だ」
まさか、副長に頭を撫でられる日が来るとは思わなかった。
頭を触る時は、鷲掴みか手刀か攻撃パターンが多いので、驚いても無理はないだろう。
「ポカンとしてねーで、早く車乗せろ」
「副長、ありがとうございます」
猫耳女を奉行所に届けてから、その足で松平のおじ様に警察手帳を届けに行けば、お礼を言われながら抱きしめられたので、副長にセクハラで訴えた。
そして、銀ちゃんがブリッコキャラが好きだと言っていたのを思い出したので、退も好きかどうか試してみる事に。
「私ったらドジ。てへっ」
頭に拳をつけて舌を出せば、思いっきり引かれた。ご丁寧に、数歩後退って距離も置かれる始末。
「美緒ちゃん、二度とそれしないで。気持ち悪い」
「ひどっ!」