本編
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▽赤ちゃん
「ふーん、GOEMON出来ちゃった結婚か」
退といつものように2人で新聞を見ていると、そんな記事を見つけた。
「GOEMONって、前お通ちゃんと噂になってた人だよね?」
「ネタが古いねぇ。お通ちゃんと別れてからも色んな女と噂になってるよ」
ふーん、とあまり興味がなさそうに相槌をうつ退。
できちゃった結婚……子供か……
自分に子供がいる事が想像出来ない。
もし、妊娠したとして、きちんと産み育てられるのだろうか。不安しかない。
子供を産み育てるのに、最初から自信満々の人もそういないと思うけれど。
「退は、私との子供欲しいと思う?」
これは、私だけの問題ではない。愛するパートナーの気持ちも大事になってくる。
突然の質問に、一瞬目を見開くもすぐに眦を下げた。
「俺は――」
「お前らァァ!いつまで新聞見てやがる!んな事してねーで見廻り行けコノヤロー!」
副長に追い出され市中見廻りをしていると、向かいからやってくる銀髪。その傍らには、ガラガラと丸い何かに入っている小さい子供。
「よう、銀ちゃん。今日は可愛らしいの連れてるね」
「おー……美緒!そうだ美緒!いい所へ!そうだよな、お前だったらなんとかしてくれるよな!」
あっという間に距離を詰められ、赤ちゃんを無理矢理持たされた。
そして、ぽんと私の肩に手を置いてこう言った。
「やっぱ俺の見立て通りよく似合うわ。つーわけで、あとはヨロシク」
「いや、よろしくじゃないよ。似合ってても困るよ」
「そうですよ、旦那。説明してください」
逃げようとする銀ちゃんの肩を退が掴んで、引き止めてくれた。なんの説明もなしに、渡すだけ渡してさよならはない。
持たされたままだった赤ちゃんの抱き方を変えて、そのおしゃぶりをしゃぶっている顔を覗くなり瞠目した。
その赤ちゃんは、銀髪の天然パーマで死んだ目を持っていて、赤ちゃんにしてはなんともふてぶてしい雰囲気も纏っている。見比べてみても、銀ちゃんと瓜二つ。
「退、この子銀ちゃんの子供だよ」
「え?……え?」
「ちげーよ!ジミーもなんだその目!そんなゴミを見るような目で俺を見るんじゃねェェ!俺の子じゃねーんだって!お前らくらいは信じてくれよ!」
銀ちゃんの説明によれば、万事屋の前に捨てられていた赤ちゃんを拾ったが、銀ちゃんの子供前提で話が進められ、誰にも信じてもらえなかったらしい。
「名前は?銀八?」
「いや、お前までそれ言うのやめてくんない?どっかの先生みたいな名前付けるのやめてくんない?だから俺の子じゃないっつってんだろ」
「そう言われても、旦那そっくりですよ」
「可愛いでちゅねー。おちち飲みまちゅか?」
制服のボタンを外しかけた時、退にその手を阻止された。
「やめて美緒ちゃん!どこで晒す気!?というか出ないからね!」
「今なら母性溢れまくりだから出るかなって」
「俺が美緒のしゃぶってもいいぞ」
「言い方がいやらしいなぁ」
「旦那ダメですよ、俺のですから」
「は?テメー、美緒の乳しゃぶってんのか?ジミーのくせに乳しゃぶしゃぶしてんのかコノヤロー。お前、一生童貞を貫き通すって決めたってあの夜言ってただろーが」
「ちょ、ちょっと旦那。落ち着いてください。あの夜がどの夜か分かんねーし、そんな事言ってないですからね」
そんな言い合いがされている間、私はリズムをとりながら軽く揺れてあやす。
こんなに似ているのに銀ちゃんの子供じゃないと言われても、説得力に欠ける。
おまけに、涙腺を胎内に落としてきたんじゃないのかと思う程泣かない。
「まふ」
「喋った。可愛い」
喋らなくても十分可愛いけれど、声を聞けば更に愛しさが増し、自然と脂下がってしまう。
今度は笑わせてみたくなって、いないいないばぁとか、変顔とか高い高いなど思い付く限りの事をしてみるけれど無反応。
笑いに関してのハードルは、ターミナル級に高いようだ。
お母さんがいなくて不安じゃないのだろうか。寂しくないのだろうか。
銀ちゃんがいるから寂しくないのかな。
誰かが一緒にいてくれると、寂しくないよね。
私に退が付いててくれたみたいに……
小さな柔らかくて白い右手が私の頬に触れた。
「なふ」
「大丈夫。銀ちゃんがきっと助けてくれるよ」
何もかも見透かされている程に、見つめてくる死んだような目。
「幸せになってね」
「はぷん」
タイミングのいい返事に、漏れる笑み。
言っている意味は理解していないだろう。
しかし、いいタイミングで言葉を発せられて、返事をしてくれたみたいに思ってしまった。
銀ちゃんに返そうと振り返れば、どういう経緯でそうなったのか分からないが、退に掴みかかっている銀ちゃん。その腕を軽く叩いて、赤ちゃんを銀ちゃんに近付ける。
「んだよ。お前も預かってくんねーの?」
「銀ちゃんの事気に入ってるみたいだから。ごめんね、力になれなくて」
赤ちゃんを片腕に収めて、軽く息をつかれた。
私といるより、銀ちゃんと一緒にいた方が親元に帰れる気がした。
親元に返すというのは、私のエゴに過ぎないのかもしれないけれどーー
「銀ちゃん」
名前を呼ぶと、ダルそうに返事をしながら私を見下ろす。
「赤ちゃんの事よろしくね」
「よろしくっつったってよォ」
「退、行こ。じゃあね銀ちゃん」
後頭部をガリガリかいて困る銀ちゃんに、手を振って背中を向けた。
ちょっとォとかオイコラとか聞こえたけれど、相手にせず足を進める。
「退……今まで一緒にいてくれてありがとね」
「え?どういう事……何いきなり」
少し先を歩く退にお礼を言えば、足を止めて驚いたようなそれで振り向いた。
私は足を止めずに、退の横を通り過ぎる。
「なんとなくね」
「何それ」
「赤ちゃんかわいかったね」
「美緒ちゃんは、俺との子供欲しい?」
その質問に、今度は私が足を止めて振り返る。
「俺は、正直どっちでもいいと思ってる。投げやりな気持ちで言ってるんじゃなくて、大事なのは、美緒ちゃんの気持ちと体だと思うから」
話しながら距離を縮めて来た退は、足を止めて私と向き合った。
「美緒ちゃんは、どう思ってる?」
「…………」
退を見ていた目が、ゆっくりと地面へ落ちる。
退が、どっちでもいいと言ってくれた事に、どこか安心している自分がいる。
朝は、不安しかなかったけれど、今は退が一緒にいてくれたら、なんとかなりそうな気がしてきたから不思議だ。
やっぱり退は凄いな。
顔を上げて、退を見る。
「私は……私もどっちでもいいな。子供は授かりものって言うからね。未来の私達に任せる」
「そうだね」
夜、赤ちゃんがどうなったか尋ねようと、万事屋に電話をかけた。
神楽ちゃんが出たので、久しぶりという事もあり話に花が咲く。
神楽ちゃんから聞く話は大変そうでもあるけれど、楽しかったんだろうという事が、言葉の端々から伝わってくる。
私もそのゴレンジャーとやらに入ってみたかったな。あ、そしたらゴレンジャーじゃなくなるか。
橋田屋に潜入捜査をした時メイド姿になったので、その姿を見せたかったのに肝心な時にいないと、責められてしまった。
神楽ちゃんのメイド姿はさぞかし可愛かったに違いない。見れなかったのが悔やまれる。
《橋田屋に攘夷浪士いっぱいいて大変だったアル。逃げてる時にマダオが漏らしたから慰めてやったネ》
「え?今なんて?」
《マダオ38歳がビビって漏らした》
「違う、その前」
《美緒は肝心な所でいないアル》
「あー、戻り過ぎ。今攘夷浪士いたって言ったよね?橋田屋にいたの?」
《うん、そうおもらしマダオが言ってたアルヨ》
神楽ちゃんの衝撃発言に、床に両手をついた。その反動で携帯電話が手から離れる。
「なんてこったァァ……本当に肝心なとこでいないじゃーん」
《だからさっきからそう言ってるアル。何回言わすアルか。しょうがないから今度メイド服着てあげるヨ》
そっちじゃない、と言いたいけれど、訂正するのも面倒だ。万事屋に遊びに行ってれば、流れで橋田屋に行って、攘夷浪士をこの手で検挙出来たのに。
《美緒ー?聞いてるアルかー?》
床に放られた携帯を拾って耳に当てる。
「聞いてるよ。神楽ちゃんのメイド姿楽しみにしてるね。あ!そうだ。忘れてた。銀ちゃんいる?」
電話の奥から、銀ちゃん電話、美緒からアルとか、美緒ちゃんですか、最近会ってないなぁと新ちゃんの声も丸聞こえ。
その間に体勢を元に戻す。
《おう、どうした?》
だるそうな間延びした声がハッキリと聞こえ、銀ちゃんが電話に出た事が分かった。
「赤ちゃんどうなったかなぁと心配になって」
《あァ、奴なら母親ンとこに帰してきたけど》
「そっか良かった。じゃあそれだけだから」
じゃーね、と通話を終わらせようとしたら《え?そんだけ?》と意表を突かれたような声音が返ってきた。
え?他に何が?と逆に聞き返せば、拗ねたような口調で話し出した。
《ほら、銀ちゃんと会えなくて寂しかった、とか、いつ会える?とかあんだろ?神楽とはあんなに長ァァァく喋ってたのに、銀さんにはそんだけって寂しいよホント!》
「あ、あぁ……ていうか、昼間会って喋ったじゃん。じゃあ1個聞きたいんだけど、もしかしてあの赤ちゃん、橋田屋の子供だったり……しないよね?」
《そうだけど。正式には子供っつーか孫?》
「なんてこったァァァ……」
だったら、あのまま銀ちゃんと一緒にいた方が良かったのではないかと、更に後悔に苛まれる。
《何?どうした?》
「気にしないで。今自分に絶望してる所だから……」
《なんかよく分かんねーけど、俺だって今日厄日だったんだからな》
「切るわ。じゃあまたね」
銀ちゃんが人の話聞けとか言っていたけれど、一方的に電話を切った。
そして、退の姿を探し屯所を駆け回る。
「いた!退聞いて!」
庭で1人でミントンをしている退を縁側に招く。
縁側に並んで座って、先程聞いた神楽ちゃんと銀ちゃんの話を伝えたら、目を見開いた。
「あの子、橋田屋の孫だったの?」
「そうなんだよ。しかも、橋田屋に攘夷浪士がいるとか聞いてさー」
「え?美緒ちゃん、もしかしてそれ今初めて知ったの?」
「え?」
私が聞き返せば、信じられないと言うような目でこちらを見返してくる。
「何?前から知ってたの?」
「うん、まぁ……」
その事実に愕然とする。
「ワタシ、アナタ、オナジ監察。ナゼ知ラナイ?」
「なんでカタコト?ていうか、なぜ知らない?は俺が聞きたい」
今日は何度自分に絶望すれば良いのだろうか。
「旦那が派手に動いたって事は、恐らく奉行所も動いてるだろうね」
「そういう問題じゃないのですことよ!これからは、ちゃんと情報共有してくれださいパイセン!」
「さっきから、なんでちょいちょい日本語おかしいの。美緒ちゃん、よく副長の書類整理手伝ってるから知ってるもんだと思ってたよ」
確かに、副長の書類整理は手伝う事が多い。
そこには、過去に起きた事件などの書類もあるので目は通しているけれど、全部は把握出来ていないのが現実。私の脳のキャパが小さいのが問題かもしれない。
「自分が無能過ぎて嫌になる……」
抱えた膝に額を乗せて、自分の無能さにため息をつく。慰めるように撫でられる頭。
「慰めは無用だ」
ふんっとそのままの状態で、退とは逆の方に顔を向ける。
「お前めんどくせーなー」
吐き捨てるようなセリフの後、立ち上がる気配。
「そんなめんどくせー奴にはこうしてやる」
「ちょ、ま、あはは!ちょ、くすぐ……あははは!やめてェェ!」
後ろから脇腹を擽られて、身を捩る。
やめて、無理といくら抵抗しても、笑いながらでは逆効果なのか、脇腹を擽る手を止めてくれない。
手足をばたつかせる為、徐々に尻がずれていく。
「ぎゃ!」
縁側の縁から尻が滑り落ちた。高さも低くない為、尻に痛みが走る。
「いったー……」
「今綺麗に落ちてったね。滑り台の最後で、立つの忘れてそのまま落ちた人みたいだったよ」
「うるさい!お尻4つに割れたらどうしてくれんの」
「見せてみ。割れてたら笑ってあげるから」
「うるさい。もういい。寝る」
立ち上がって、尻についた土を払う。
その間、退は怒ったのか尋ねてきたけれど、怒っていない事を正直に告げる。しかし、退の表情はそれを信じていない。
縁側に上がって、廊下を汚さないように土を踏んだ靴下を脱いだ。
「本当に怒ってないから、そんな顔しないでよ」
脱いだ靴下を丸めて、退の額に口付けをした。
不意を突かれて、目を丸くしている退の顔が面白くて、吹き出す。
「少し元気出たよ、ありがとね。おやすみ」
額に手を当て、顔を真っ赤にして呆然とする退をそのままに、部屋へと戻った。
「ふーん、GOEMON出来ちゃった結婚か」
退といつものように2人で新聞を見ていると、そんな記事を見つけた。
「GOEMONって、前お通ちゃんと噂になってた人だよね?」
「ネタが古いねぇ。お通ちゃんと別れてからも色んな女と噂になってるよ」
ふーん、とあまり興味がなさそうに相槌をうつ退。
できちゃった結婚……子供か……
自分に子供がいる事が想像出来ない。
もし、妊娠したとして、きちんと産み育てられるのだろうか。不安しかない。
子供を産み育てるのに、最初から自信満々の人もそういないと思うけれど。
「退は、私との子供欲しいと思う?」
これは、私だけの問題ではない。愛するパートナーの気持ちも大事になってくる。
突然の質問に、一瞬目を見開くもすぐに眦を下げた。
「俺は――」
「お前らァァ!いつまで新聞見てやがる!んな事してねーで見廻り行けコノヤロー!」
副長に追い出され市中見廻りをしていると、向かいからやってくる銀髪。その傍らには、ガラガラと丸い何かに入っている小さい子供。
「よう、銀ちゃん。今日は可愛らしいの連れてるね」
「おー……美緒!そうだ美緒!いい所へ!そうだよな、お前だったらなんとかしてくれるよな!」
あっという間に距離を詰められ、赤ちゃんを無理矢理持たされた。
そして、ぽんと私の肩に手を置いてこう言った。
「やっぱ俺の見立て通りよく似合うわ。つーわけで、あとはヨロシク」
「いや、よろしくじゃないよ。似合ってても困るよ」
「そうですよ、旦那。説明してください」
逃げようとする銀ちゃんの肩を退が掴んで、引き止めてくれた。なんの説明もなしに、渡すだけ渡してさよならはない。
持たされたままだった赤ちゃんの抱き方を変えて、そのおしゃぶりをしゃぶっている顔を覗くなり瞠目した。
その赤ちゃんは、銀髪の天然パーマで死んだ目を持っていて、赤ちゃんにしてはなんともふてぶてしい雰囲気も纏っている。見比べてみても、銀ちゃんと瓜二つ。
「退、この子銀ちゃんの子供だよ」
「え?……え?」
「ちげーよ!ジミーもなんだその目!そんなゴミを見るような目で俺を見るんじゃねェェ!俺の子じゃねーんだって!お前らくらいは信じてくれよ!」
銀ちゃんの説明によれば、万事屋の前に捨てられていた赤ちゃんを拾ったが、銀ちゃんの子供前提で話が進められ、誰にも信じてもらえなかったらしい。
「名前は?銀八?」
「いや、お前までそれ言うのやめてくんない?どっかの先生みたいな名前付けるのやめてくんない?だから俺の子じゃないっつってんだろ」
「そう言われても、旦那そっくりですよ」
「可愛いでちゅねー。おちち飲みまちゅか?」
制服のボタンを外しかけた時、退にその手を阻止された。
「やめて美緒ちゃん!どこで晒す気!?というか出ないからね!」
「今なら母性溢れまくりだから出るかなって」
「俺が美緒のしゃぶってもいいぞ」
「言い方がいやらしいなぁ」
「旦那ダメですよ、俺のですから」
「は?テメー、美緒の乳しゃぶってんのか?ジミーのくせに乳しゃぶしゃぶしてんのかコノヤロー。お前、一生童貞を貫き通すって決めたってあの夜言ってただろーが」
「ちょ、ちょっと旦那。落ち着いてください。あの夜がどの夜か分かんねーし、そんな事言ってないですからね」
そんな言い合いがされている間、私はリズムをとりながら軽く揺れてあやす。
こんなに似ているのに銀ちゃんの子供じゃないと言われても、説得力に欠ける。
おまけに、涙腺を胎内に落としてきたんじゃないのかと思う程泣かない。
「まふ」
「喋った。可愛い」
喋らなくても十分可愛いけれど、声を聞けば更に愛しさが増し、自然と脂下がってしまう。
今度は笑わせてみたくなって、いないいないばぁとか、変顔とか高い高いなど思い付く限りの事をしてみるけれど無反応。
笑いに関してのハードルは、ターミナル級に高いようだ。
お母さんがいなくて不安じゃないのだろうか。寂しくないのだろうか。
銀ちゃんがいるから寂しくないのかな。
誰かが一緒にいてくれると、寂しくないよね。
私に退が付いててくれたみたいに……
小さな柔らかくて白い右手が私の頬に触れた。
「なふ」
「大丈夫。銀ちゃんがきっと助けてくれるよ」
何もかも見透かされている程に、見つめてくる死んだような目。
「幸せになってね」
「はぷん」
タイミングのいい返事に、漏れる笑み。
言っている意味は理解していないだろう。
しかし、いいタイミングで言葉を発せられて、返事をしてくれたみたいに思ってしまった。
銀ちゃんに返そうと振り返れば、どういう経緯でそうなったのか分からないが、退に掴みかかっている銀ちゃん。その腕を軽く叩いて、赤ちゃんを銀ちゃんに近付ける。
「んだよ。お前も預かってくんねーの?」
「銀ちゃんの事気に入ってるみたいだから。ごめんね、力になれなくて」
赤ちゃんを片腕に収めて、軽く息をつかれた。
私といるより、銀ちゃんと一緒にいた方が親元に帰れる気がした。
親元に返すというのは、私のエゴに過ぎないのかもしれないけれどーー
「銀ちゃん」
名前を呼ぶと、ダルそうに返事をしながら私を見下ろす。
「赤ちゃんの事よろしくね」
「よろしくっつったってよォ」
「退、行こ。じゃあね銀ちゃん」
後頭部をガリガリかいて困る銀ちゃんに、手を振って背中を向けた。
ちょっとォとかオイコラとか聞こえたけれど、相手にせず足を進める。
「退……今まで一緒にいてくれてありがとね」
「え?どういう事……何いきなり」
少し先を歩く退にお礼を言えば、足を止めて驚いたようなそれで振り向いた。
私は足を止めずに、退の横を通り過ぎる。
「なんとなくね」
「何それ」
「赤ちゃんかわいかったね」
「美緒ちゃんは、俺との子供欲しい?」
その質問に、今度は私が足を止めて振り返る。
「俺は、正直どっちでもいいと思ってる。投げやりな気持ちで言ってるんじゃなくて、大事なのは、美緒ちゃんの気持ちと体だと思うから」
話しながら距離を縮めて来た退は、足を止めて私と向き合った。
「美緒ちゃんは、どう思ってる?」
「…………」
退を見ていた目が、ゆっくりと地面へ落ちる。
退が、どっちでもいいと言ってくれた事に、どこか安心している自分がいる。
朝は、不安しかなかったけれど、今は退が一緒にいてくれたら、なんとかなりそうな気がしてきたから不思議だ。
やっぱり退は凄いな。
顔を上げて、退を見る。
「私は……私もどっちでもいいな。子供は授かりものって言うからね。未来の私達に任せる」
「そうだね」
夜、赤ちゃんがどうなったか尋ねようと、万事屋に電話をかけた。
神楽ちゃんが出たので、久しぶりという事もあり話に花が咲く。
神楽ちゃんから聞く話は大変そうでもあるけれど、楽しかったんだろうという事が、言葉の端々から伝わってくる。
私もそのゴレンジャーとやらに入ってみたかったな。あ、そしたらゴレンジャーじゃなくなるか。
橋田屋に潜入捜査をした時メイド姿になったので、その姿を見せたかったのに肝心な時にいないと、責められてしまった。
神楽ちゃんのメイド姿はさぞかし可愛かったに違いない。見れなかったのが悔やまれる。
《橋田屋に攘夷浪士いっぱいいて大変だったアル。逃げてる時にマダオが漏らしたから慰めてやったネ》
「え?今なんて?」
《マダオ38歳がビビって漏らした》
「違う、その前」
《美緒は肝心な所でいないアル》
「あー、戻り過ぎ。今攘夷浪士いたって言ったよね?橋田屋にいたの?」
《うん、そうおもらしマダオが言ってたアルヨ》
神楽ちゃんの衝撃発言に、床に両手をついた。その反動で携帯電話が手から離れる。
「なんてこったァァ……本当に肝心なとこでいないじゃーん」
《だからさっきからそう言ってるアル。何回言わすアルか。しょうがないから今度メイド服着てあげるヨ》
そっちじゃない、と言いたいけれど、訂正するのも面倒だ。万事屋に遊びに行ってれば、流れで橋田屋に行って、攘夷浪士をこの手で検挙出来たのに。
《美緒ー?聞いてるアルかー?》
床に放られた携帯を拾って耳に当てる。
「聞いてるよ。神楽ちゃんのメイド姿楽しみにしてるね。あ!そうだ。忘れてた。銀ちゃんいる?」
電話の奥から、銀ちゃん電話、美緒からアルとか、美緒ちゃんですか、最近会ってないなぁと新ちゃんの声も丸聞こえ。
その間に体勢を元に戻す。
《おう、どうした?》
だるそうな間延びした声がハッキリと聞こえ、銀ちゃんが電話に出た事が分かった。
「赤ちゃんどうなったかなぁと心配になって」
《あァ、奴なら母親ンとこに帰してきたけど》
「そっか良かった。じゃあそれだけだから」
じゃーね、と通話を終わらせようとしたら《え?そんだけ?》と意表を突かれたような声音が返ってきた。
え?他に何が?と逆に聞き返せば、拗ねたような口調で話し出した。
《ほら、銀ちゃんと会えなくて寂しかった、とか、いつ会える?とかあんだろ?神楽とはあんなに長ァァァく喋ってたのに、銀さんにはそんだけって寂しいよホント!》
「あ、あぁ……ていうか、昼間会って喋ったじゃん。じゃあ1個聞きたいんだけど、もしかしてあの赤ちゃん、橋田屋の子供だったり……しないよね?」
《そうだけど。正式には子供っつーか孫?》
「なんてこったァァァ……」
だったら、あのまま銀ちゃんと一緒にいた方が良かったのではないかと、更に後悔に苛まれる。
《何?どうした?》
「気にしないで。今自分に絶望してる所だから……」
《なんかよく分かんねーけど、俺だって今日厄日だったんだからな》
「切るわ。じゃあまたね」
銀ちゃんが人の話聞けとか言っていたけれど、一方的に電話を切った。
そして、退の姿を探し屯所を駆け回る。
「いた!退聞いて!」
庭で1人でミントンをしている退を縁側に招く。
縁側に並んで座って、先程聞いた神楽ちゃんと銀ちゃんの話を伝えたら、目を見開いた。
「あの子、橋田屋の孫だったの?」
「そうなんだよ。しかも、橋田屋に攘夷浪士がいるとか聞いてさー」
「え?美緒ちゃん、もしかしてそれ今初めて知ったの?」
「え?」
私が聞き返せば、信じられないと言うような目でこちらを見返してくる。
「何?前から知ってたの?」
「うん、まぁ……」
その事実に愕然とする。
「ワタシ、アナタ、オナジ監察。ナゼ知ラナイ?」
「なんでカタコト?ていうか、なぜ知らない?は俺が聞きたい」
今日は何度自分に絶望すれば良いのだろうか。
「旦那が派手に動いたって事は、恐らく奉行所も動いてるだろうね」
「そういう問題じゃないのですことよ!これからは、ちゃんと情報共有してくれださいパイセン!」
「さっきから、なんでちょいちょい日本語おかしいの。美緒ちゃん、よく副長の書類整理手伝ってるから知ってるもんだと思ってたよ」
確かに、副長の書類整理は手伝う事が多い。
そこには、過去に起きた事件などの書類もあるので目は通しているけれど、全部は把握出来ていないのが現実。私の脳のキャパが小さいのが問題かもしれない。
「自分が無能過ぎて嫌になる……」
抱えた膝に額を乗せて、自分の無能さにため息をつく。慰めるように撫でられる頭。
「慰めは無用だ」
ふんっとそのままの状態で、退とは逆の方に顔を向ける。
「お前めんどくせーなー」
吐き捨てるようなセリフの後、立ち上がる気配。
「そんなめんどくせー奴にはこうしてやる」
「ちょ、ま、あはは!ちょ、くすぐ……あははは!やめてェェ!」
後ろから脇腹を擽られて、身を捩る。
やめて、無理といくら抵抗しても、笑いながらでは逆効果なのか、脇腹を擽る手を止めてくれない。
手足をばたつかせる為、徐々に尻がずれていく。
「ぎゃ!」
縁側の縁から尻が滑り落ちた。高さも低くない為、尻に痛みが走る。
「いったー……」
「今綺麗に落ちてったね。滑り台の最後で、立つの忘れてそのまま落ちた人みたいだったよ」
「うるさい!お尻4つに割れたらどうしてくれんの」
「見せてみ。割れてたら笑ってあげるから」
「うるさい。もういい。寝る」
立ち上がって、尻についた土を払う。
その間、退は怒ったのか尋ねてきたけれど、怒っていない事を正直に告げる。しかし、退の表情はそれを信じていない。
縁側に上がって、廊下を汚さないように土を踏んだ靴下を脱いだ。
「本当に怒ってないから、そんな顔しないでよ」
脱いだ靴下を丸めて、退の額に口付けをした。
不意を突かれて、目を丸くしている退の顔が面白くて、吹き出す。
「少し元気出たよ、ありがとね。おやすみ」
額に手を当て、顔を真っ赤にして呆然とする退をそのままに、部屋へと戻った。