本編
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▽遊園地
2人同じ日に休暇をもらえると知り、舞い上がってしまった私は、即効デートプランを退と相談する。
当日、朝起きて天気予報を確認すれば、日頃の行いがいいのか絶好のお出掛け日和。
結野アナも、降水確率0で傘はいらないと言ってくれた。
デートなので、髪型もメイクも、普段と雰囲気を変えて、着物もミニ丈の裾に、ニーハイを合わせる。
そして、退からもらった、パールのついた下がり飾りが揺れる月をモチーフにしたシンプルな簪。
これを着けるのは久しぶりだ。
「退、お待たせ。どう?似合う?」
部屋の前で待ってくれていた退に、今日のコーディネートをお披露目する。
可愛いとか綺麗とか似合ってるという、肯定的な感想を聞けるかと期待したのだが――
「今日気合い入ってない?」
「デートだからだよ!退にちょっとでも可愛いって思われたかったの」
そう主張するけれど、何故か首を傾げられてしまった。その反応に、ため息すら出ない。
退から気の効いたセリフを期待する方がどうかしていた。現に、退はいつも通りの着流しに青い羽織。
ミントンのユニフォームじゃなかっただけ及第点だ。
「私、刀置いてくから」
「え、じゃあ俺も置いてこうかな」
私の部屋に刀を置いて出てきた。
まさか、退も置いていく選択をするとは思わなかった。
何かあったら逃げればいいや、と思い、退の行動に何も言わずにおく。
「行きますか。忘れもんないよね?」
ないよ、という返事を聞いてから玄関へと向かう。
その間に、すれ違った隊士からお褒めの言葉をあずかってしまい、私の人生の中で1番可愛いって言われた気がして、舞い上がってしまう。
とは言っても、2人すれ違っただけなのだが――
隊士に褒められても、肝心な退に何も言われないと、今ひとつ舞い上がりに欠けるというもの。
約束していた大江戸遊園地にやってきた。
叫び声やBGM、案内放送が園内を賑わせている。
「ねぇ、今日は手ェ繋いだり、ちょっと恋人っぽくしてもいいですか?」
普段は制服を着ている事が多いので、なかなか手を繋いだり出来ない。
しかし今日は2人揃ってオフの日。
しかも私服でデートだ。
帯刀もしていないので、真選組だとは分からない。けれど、少し不安になって確かめれば、退自ら手を繋いで微笑んでくれた。
「今日デートだからね」
そう言われた瞬間、デートだという事を更に意識させられ、一気に心拍数が上がった。
自分の心臓の音がうるさい。
「まずどれ乗る?ガイドマップ貰った?」
「……へ?あ、マップ?ないからもらってくる。退はここにいて。私貰ってくるから、ここにいてね」
「は?ちょっと待って!美緒ちゃん!?」
退を置いて、踵を返してダッシュした。
久しぶりのデートだからだろうか。ひどく緊張して落ち着かない。
スタッフからガイドマップを貰って、落ち着きを取り戻しながら退のところに戻った。
頭を寄せ合って、貰ってきたガイドマップを見る。
絶叫マシーンをメインに色々乗って、ひとまず休憩しようかという事になり、飲食店を求めて歩いていると呼ばれた名前。
「美緒ちゃんと山崎じゃないか!」
声のした方を見れば、遊園地のロゴ入りTシャツを着た局長の隣に沖田隊長、その隣のベンチには副長と、なんと警察庁長官である松平のおじ様が座っているではないか。
恐ろしいメンバーに冷や汗を流す。
4人に背を向けてコソコソと2人で会議。
「なんでいんの?なんでいんの?」
「知らないよ。なんで来てんだろ。気付かなかったフリして逃げる?」
「とっつぁんいるからそれはダメだろ。打ち首になったらどーすんだよ」
それだけは避けたい、と気を引き締めて、何事もなかったかのように局長と副長、沖田隊長と松平のおじ様に、奇遇ですね、などと引きつった笑みで声をかけてみた。
「よーう、美緒。今日はシャレちゃって可愛いじゃねーの」
「バカ女が着飾っても、滲み出てるバカは隠しきれてねーですけどね」
「ちょっと総悟、なんて事言うんだ。素直に可愛いって言えばいいじゃん。美緒ちゃん、総悟はこう言ってるけど、なんだかんだ総悟もトシも可愛いと思ってるからね。勿論俺も可愛いと思ってるよ」
「俺を巻き込むんじゃねェ。んな事思ってねーよ」
「お褒めに預かり光栄です。ありがとうございます」
沖田隊長と副長の事は無視して、局長と松平のおじ様にお礼を告げる。
なんか今日、やたらみんなが可愛いって言ってくれるけど、もしかしてドッキリ?それか今日死相出てる?今日エイプリルフールだった?
あまりに普段から言われなさ過ぎて、そんな疑いをかけてしまった程。
みんなと言っても4人だが、それでも私の人生の中では多いので戸惑ってしまう。
あまり興味はなかったが、何故ここに来たのか聞いてみる事にした。
なんでも、おじ様の愛娘、栗子さんの彼氏を抹殺しようと企てているが、うまくいかないらしい。
しかもあろう事か、彼氏が脱糞したにも関わらず引く事はおろか、自分もしたと嘘までついたのだと言う。
恐るべし長官の娘。
咄嗟にその言葉がすんなり出てくる事に、尊敬の念を覚える。
「美緒はどうだ?山崎が脱糞したら引くか?」
「引きますけど、でもそれで別れようとは思いませんね」
「やっぱり殺すしか……」
しまった、焚き付けたかも。ごめん栗子さん。
「とっつぁん!アレ見ろィ!」
突然沖田隊長が叫び出した。
隊長の目線の先は、観覧車に向かっている2人の姿。
「間違いねェ。チューするつもりだ」
「何!?そうなのか!?」
「観覧車っつったらチューでしょ。チューする為に作られたんですよ、あらァ」
「そうなの!?知らなかった!栗子ちゃんが危ない!」
危なくはないだろう。
局長と隊長、おじ様は、観覧車でのキスを阻止すべく走り出した。副長は1人、まだベンチに座ったまま、煙草を吹かして空を仰いでいる。
「ねェ退、私たちって観覧車でチューした事ないね」
局長と隊長が座っていたベンチがあいたので、そこに退と並んで腰を落ち着かせる。
「その前に、乗りたがらないから出来ないんだよ」
「あ、その口ぶりはしたそうな感じだね。したいんだ?」
「そうだね」
別に観覧車の中じゃなくてもいいけど、と付け加えて笑う退。
観覧車のどこが楽しいのか理解出来なくて、今まで避けていたが、退が観覧車でキスをしたいのならば、その願いを叶えてあげるのも吝かではない。
「今日観覧車乗ろっか。そんで……キス、する?」
言って恥ずかしくなり、顔を逸らして俯く。
「…………」
何も言わない退を不思議に思い、横目で様子を窺えば、同じように顔を逸らして、俯いた顔を両手で覆っている。
「ちょっと、なんで退がそんな反応してんの?恥ずかしいのこっちなんだけど」
「……ご、ごめん。まさかそう言うと思ってなかったから……」
「私から誘うとヘタレ発動すんのなんなの」
先程までの羞恥はなくなったが、次に来たのは呆れ。
何か飲みたかったのを思い出し、自販機か飲食店を探す為にガイドブックを広げて見ていると、砲声が響き渡った。
弾かれるように上がる顔。
ヘリコプターのプロペラが炎上し、黒煙をあげて墜落して行くのが見えた。
「……美緒ちゃんのお父さんがとっつぁんじゃなくて良かったよ……」
「私も思った」
溺愛されるのも問題だ。
「あ、美緒ちゃん勘違いしてそうだから言っておくけど、観覧車はキスする為に作られたんじゃないからね」
「うん。ありがとう」
私はバカだけど、沖田隊長のあの冗談を真に受ける程バカではないと思っているが、訂正を入れてくるという事は、退の中ではそれほどのバカなのかもしれない。
それからパレードやショーを見たり、アトラクションに乗ったりして日暮れまで遊園地を満喫した。
結局今日も、観覧車には乗らずじまい。
出口のゲートをくぐった所で、問いかけた。
「今日、楽しかった?」
「楽しかったよ。美緒ちゃんは?楽しかった?」
「うん!久しぶりだったし、凄い楽しかった。また来ようね」
うん、と返してくれるけれど、合わない目。
手を繋いで歩いているのに、感じる距離。
楽しかったと言ってくれて、また来ようという提案にも乗ってくれた。そんな退に、本当に?などと疑いはかけたくない。
退と一緒にいて楽しいはずなのに、何故こんなに寂しいと感じるのだろう。何故こんなに不安になるのだろう。
色々と話したいのに、どれも退を責めているような文言ばかりな気がして、話しかけられない。
「美緒ちゃんは、今日だけじゃなくていつも可愛いよ」
思わず足が止まった。
「…………え?何?今の…………え?」
聞こえた。理解出来た。なのに、突然の事で頭がフリーズし、そんな聞き返すような言葉しか出てこなかった。
他の人に言われた時は、素直にお礼を言えたけれど、破壊力が違いすぎて、脳の処理が追いつかない。
こういう時、なんて言うのが正解なのかすら、分からなくなってしまう程。
繋いでいない方の左手を顔に当てて俯く。
「え、ごめん。ちょっと待って。考える」
「何を?」
「え?何をだろう?分かんない。えーどうしよう。今なんか、なんか知らないけど、あーどうしよう」
語彙力や思考能力が完全になくなってしまった。
ふっと、吹き出すような笑いが頭上から聞こえ、不思議に思って顔から手を剥がして退を見れば、口元に手を当てて、声を押し殺して笑っているのだ。
「テンパり過ぎだろ。ただ可愛いって言っただけでなんでそんな反応になるの?今日いっぱい言われてたのに」
「い、言ってくれてたけど、退も言ってくれるなんて思わなかったから。だから、ビックリしちゃって……」
「俺そんなに言ってないかな?結構言ってない?」
「全然言ってくれないよ」
そうかな?と過去を遡っているのか、首を傾げている。
「朝も、俺に可愛いって思われたいみたいな事言ってたけど、俺からしたら何を今更って感じで」
「そうなの?じゃあ『気合い入ってない?』じゃなくて、『今日もいつも通り可愛いね』って言ってくれたら良かったのに」
「あれは、髪型と化粧がいつもと違うから聞いたんだよ」
「あー!なんだろう、この感じ!浮かれて簪もつけて来たのに、全然じゃん!」
「それも気付いてたよ。何か言った方が良かった?」
「何か言ってほしかった……」
呆れを通り越して、これが退だよな、と自分を納得させる。最初から期待していなかったので、あまり怒りも沸かない。むしろ、可愛いと言ってくれたので充分過ぎる。
退と話していたら、徐々に落ち着いてきて、思考能力も回復してきた。
「ありがとね。やっぱ退から可愛いって言ってもらえるのが1番嬉しいね」
「でも、今日はなんでそんなに可愛いって言われたんだろうね?俺ずっと不思議でさ。影でも美緒ちゃんの事可愛いって言う人、マジで誰もいないんだよ」
何が美緒ちゃんを可愛くさせたんだろう?と、真剣に私の頭から足元までを観察している。
しかし、真選組にはあれだけの男がいるというのに、紅一点である私の事を誰1人として可愛いと噂をしないという、知りたくなかった事実を明かされ、少しへこむ。
誰か1人ぐらいは、と淡い期待を抱こうと思ったけれど、優秀な監察がそう言うのだから間違いないのだろう。
「そんな事より!今日、ちょっと様子おかしくなかった?あんまり目ェ合わなかったよね?体調悪かった?」
可愛いという話題を終わらせようと、こちらもずっと気になっていた事を尋ねた。
退は、片手で口元を覆って「そんな時もあるよね」と、視線を外して言葉を濁した。
「言ってくれないと不安になるよ……体調悪かったんなら、気付かなかった私のせいでもあるし」
「体調は悪くない……けど……」
「けど、何?」
体調が悪くなければなんなのか分からず、気まずそうにしている退の言葉を待つ。
退は、私の方をチラッと見ると、また目を逸らした。
そして、小さい声で――
「久しぶりだったから緊張してた。ごめん」
その言葉に、ホッと安堵する。
今日1日の憑き物が取れたような気分だ。
「今日楽しかったね。またデートしようね」
「うん」
その夜、ホテルで抱かれながら、一生分程の「かわいい」を言われて、今までにない辱めを受けた。
腰痛を引き起こす程、何回も激しく抱かれたのは、いつ以来だろうか。
痛みに堪える私を、満足そうな表情で見つめている退。
腰痛はつらいけれど、心だけじゃなく身体も満たされた休日を過ごせたのは言うまでもない。
2人同じ日に休暇をもらえると知り、舞い上がってしまった私は、即効デートプランを退と相談する。
当日、朝起きて天気予報を確認すれば、日頃の行いがいいのか絶好のお出掛け日和。
結野アナも、降水確率0で傘はいらないと言ってくれた。
デートなので、髪型もメイクも、普段と雰囲気を変えて、着物もミニ丈の裾に、ニーハイを合わせる。
そして、退からもらった、パールのついた下がり飾りが揺れる月をモチーフにしたシンプルな簪。
これを着けるのは久しぶりだ。
「退、お待たせ。どう?似合う?」
部屋の前で待ってくれていた退に、今日のコーディネートをお披露目する。
可愛いとか綺麗とか似合ってるという、肯定的な感想を聞けるかと期待したのだが――
「今日気合い入ってない?」
「デートだからだよ!退にちょっとでも可愛いって思われたかったの」
そう主張するけれど、何故か首を傾げられてしまった。その反応に、ため息すら出ない。
退から気の効いたセリフを期待する方がどうかしていた。現に、退はいつも通りの着流しに青い羽織。
ミントンのユニフォームじゃなかっただけ及第点だ。
「私、刀置いてくから」
「え、じゃあ俺も置いてこうかな」
私の部屋に刀を置いて出てきた。
まさか、退も置いていく選択をするとは思わなかった。
何かあったら逃げればいいや、と思い、退の行動に何も言わずにおく。
「行きますか。忘れもんないよね?」
ないよ、という返事を聞いてから玄関へと向かう。
その間に、すれ違った隊士からお褒めの言葉をあずかってしまい、私の人生の中で1番可愛いって言われた気がして、舞い上がってしまう。
とは言っても、2人すれ違っただけなのだが――
隊士に褒められても、肝心な退に何も言われないと、今ひとつ舞い上がりに欠けるというもの。
約束していた大江戸遊園地にやってきた。
叫び声やBGM、案内放送が園内を賑わせている。
「ねぇ、今日は手ェ繋いだり、ちょっと恋人っぽくしてもいいですか?」
普段は制服を着ている事が多いので、なかなか手を繋いだり出来ない。
しかし今日は2人揃ってオフの日。
しかも私服でデートだ。
帯刀もしていないので、真選組だとは分からない。けれど、少し不安になって確かめれば、退自ら手を繋いで微笑んでくれた。
「今日デートだからね」
そう言われた瞬間、デートだという事を更に意識させられ、一気に心拍数が上がった。
自分の心臓の音がうるさい。
「まずどれ乗る?ガイドマップ貰った?」
「……へ?あ、マップ?ないからもらってくる。退はここにいて。私貰ってくるから、ここにいてね」
「は?ちょっと待って!美緒ちゃん!?」
退を置いて、踵を返してダッシュした。
久しぶりのデートだからだろうか。ひどく緊張して落ち着かない。
スタッフからガイドマップを貰って、落ち着きを取り戻しながら退のところに戻った。
頭を寄せ合って、貰ってきたガイドマップを見る。
絶叫マシーンをメインに色々乗って、ひとまず休憩しようかという事になり、飲食店を求めて歩いていると呼ばれた名前。
「美緒ちゃんと山崎じゃないか!」
声のした方を見れば、遊園地のロゴ入りTシャツを着た局長の隣に沖田隊長、その隣のベンチには副長と、なんと警察庁長官である松平のおじ様が座っているではないか。
恐ろしいメンバーに冷や汗を流す。
4人に背を向けてコソコソと2人で会議。
「なんでいんの?なんでいんの?」
「知らないよ。なんで来てんだろ。気付かなかったフリして逃げる?」
「とっつぁんいるからそれはダメだろ。打ち首になったらどーすんだよ」
それだけは避けたい、と気を引き締めて、何事もなかったかのように局長と副長、沖田隊長と松平のおじ様に、奇遇ですね、などと引きつった笑みで声をかけてみた。
「よーう、美緒。今日はシャレちゃって可愛いじゃねーの」
「バカ女が着飾っても、滲み出てるバカは隠しきれてねーですけどね」
「ちょっと総悟、なんて事言うんだ。素直に可愛いって言えばいいじゃん。美緒ちゃん、総悟はこう言ってるけど、なんだかんだ総悟もトシも可愛いと思ってるからね。勿論俺も可愛いと思ってるよ」
「俺を巻き込むんじゃねェ。んな事思ってねーよ」
「お褒めに預かり光栄です。ありがとうございます」
沖田隊長と副長の事は無視して、局長と松平のおじ様にお礼を告げる。
なんか今日、やたらみんなが可愛いって言ってくれるけど、もしかしてドッキリ?それか今日死相出てる?今日エイプリルフールだった?
あまりに普段から言われなさ過ぎて、そんな疑いをかけてしまった程。
みんなと言っても4人だが、それでも私の人生の中では多いので戸惑ってしまう。
あまり興味はなかったが、何故ここに来たのか聞いてみる事にした。
なんでも、おじ様の愛娘、栗子さんの彼氏を抹殺しようと企てているが、うまくいかないらしい。
しかもあろう事か、彼氏が脱糞したにも関わらず引く事はおろか、自分もしたと嘘までついたのだと言う。
恐るべし長官の娘。
咄嗟にその言葉がすんなり出てくる事に、尊敬の念を覚える。
「美緒はどうだ?山崎が脱糞したら引くか?」
「引きますけど、でもそれで別れようとは思いませんね」
「やっぱり殺すしか……」
しまった、焚き付けたかも。ごめん栗子さん。
「とっつぁん!アレ見ろィ!」
突然沖田隊長が叫び出した。
隊長の目線の先は、観覧車に向かっている2人の姿。
「間違いねェ。チューするつもりだ」
「何!?そうなのか!?」
「観覧車っつったらチューでしょ。チューする為に作られたんですよ、あらァ」
「そうなの!?知らなかった!栗子ちゃんが危ない!」
危なくはないだろう。
局長と隊長、おじ様は、観覧車でのキスを阻止すべく走り出した。副長は1人、まだベンチに座ったまま、煙草を吹かして空を仰いでいる。
「ねェ退、私たちって観覧車でチューした事ないね」
局長と隊長が座っていたベンチがあいたので、そこに退と並んで腰を落ち着かせる。
「その前に、乗りたがらないから出来ないんだよ」
「あ、その口ぶりはしたそうな感じだね。したいんだ?」
「そうだね」
別に観覧車の中じゃなくてもいいけど、と付け加えて笑う退。
観覧車のどこが楽しいのか理解出来なくて、今まで避けていたが、退が観覧車でキスをしたいのならば、その願いを叶えてあげるのも吝かではない。
「今日観覧車乗ろっか。そんで……キス、する?」
言って恥ずかしくなり、顔を逸らして俯く。
「…………」
何も言わない退を不思議に思い、横目で様子を窺えば、同じように顔を逸らして、俯いた顔を両手で覆っている。
「ちょっと、なんで退がそんな反応してんの?恥ずかしいのこっちなんだけど」
「……ご、ごめん。まさかそう言うと思ってなかったから……」
「私から誘うとヘタレ発動すんのなんなの」
先程までの羞恥はなくなったが、次に来たのは呆れ。
何か飲みたかったのを思い出し、自販機か飲食店を探す為にガイドブックを広げて見ていると、砲声が響き渡った。
弾かれるように上がる顔。
ヘリコプターのプロペラが炎上し、黒煙をあげて墜落して行くのが見えた。
「……美緒ちゃんのお父さんがとっつぁんじゃなくて良かったよ……」
「私も思った」
溺愛されるのも問題だ。
「あ、美緒ちゃん勘違いしてそうだから言っておくけど、観覧車はキスする為に作られたんじゃないからね」
「うん。ありがとう」
私はバカだけど、沖田隊長のあの冗談を真に受ける程バカではないと思っているが、訂正を入れてくるという事は、退の中ではそれほどのバカなのかもしれない。
それからパレードやショーを見たり、アトラクションに乗ったりして日暮れまで遊園地を満喫した。
結局今日も、観覧車には乗らずじまい。
出口のゲートをくぐった所で、問いかけた。
「今日、楽しかった?」
「楽しかったよ。美緒ちゃんは?楽しかった?」
「うん!久しぶりだったし、凄い楽しかった。また来ようね」
うん、と返してくれるけれど、合わない目。
手を繋いで歩いているのに、感じる距離。
楽しかったと言ってくれて、また来ようという提案にも乗ってくれた。そんな退に、本当に?などと疑いはかけたくない。
退と一緒にいて楽しいはずなのに、何故こんなに寂しいと感じるのだろう。何故こんなに不安になるのだろう。
色々と話したいのに、どれも退を責めているような文言ばかりな気がして、話しかけられない。
「美緒ちゃんは、今日だけじゃなくていつも可愛いよ」
思わず足が止まった。
「…………え?何?今の…………え?」
聞こえた。理解出来た。なのに、突然の事で頭がフリーズし、そんな聞き返すような言葉しか出てこなかった。
他の人に言われた時は、素直にお礼を言えたけれど、破壊力が違いすぎて、脳の処理が追いつかない。
こういう時、なんて言うのが正解なのかすら、分からなくなってしまう程。
繋いでいない方の左手を顔に当てて俯く。
「え、ごめん。ちょっと待って。考える」
「何を?」
「え?何をだろう?分かんない。えーどうしよう。今なんか、なんか知らないけど、あーどうしよう」
語彙力や思考能力が完全になくなってしまった。
ふっと、吹き出すような笑いが頭上から聞こえ、不思議に思って顔から手を剥がして退を見れば、口元に手を当てて、声を押し殺して笑っているのだ。
「テンパり過ぎだろ。ただ可愛いって言っただけでなんでそんな反応になるの?今日いっぱい言われてたのに」
「い、言ってくれてたけど、退も言ってくれるなんて思わなかったから。だから、ビックリしちゃって……」
「俺そんなに言ってないかな?結構言ってない?」
「全然言ってくれないよ」
そうかな?と過去を遡っているのか、首を傾げている。
「朝も、俺に可愛いって思われたいみたいな事言ってたけど、俺からしたら何を今更って感じで」
「そうなの?じゃあ『気合い入ってない?』じゃなくて、『今日もいつも通り可愛いね』って言ってくれたら良かったのに」
「あれは、髪型と化粧がいつもと違うから聞いたんだよ」
「あー!なんだろう、この感じ!浮かれて簪もつけて来たのに、全然じゃん!」
「それも気付いてたよ。何か言った方が良かった?」
「何か言ってほしかった……」
呆れを通り越して、これが退だよな、と自分を納得させる。最初から期待していなかったので、あまり怒りも沸かない。むしろ、可愛いと言ってくれたので充分過ぎる。
退と話していたら、徐々に落ち着いてきて、思考能力も回復してきた。
「ありがとね。やっぱ退から可愛いって言ってもらえるのが1番嬉しいね」
「でも、今日はなんでそんなに可愛いって言われたんだろうね?俺ずっと不思議でさ。影でも美緒ちゃんの事可愛いって言う人、マジで誰もいないんだよ」
何が美緒ちゃんを可愛くさせたんだろう?と、真剣に私の頭から足元までを観察している。
しかし、真選組にはあれだけの男がいるというのに、紅一点である私の事を誰1人として可愛いと噂をしないという、知りたくなかった事実を明かされ、少しへこむ。
誰か1人ぐらいは、と淡い期待を抱こうと思ったけれど、優秀な監察がそう言うのだから間違いないのだろう。
「そんな事より!今日、ちょっと様子おかしくなかった?あんまり目ェ合わなかったよね?体調悪かった?」
可愛いという話題を終わらせようと、こちらもずっと気になっていた事を尋ねた。
退は、片手で口元を覆って「そんな時もあるよね」と、視線を外して言葉を濁した。
「言ってくれないと不安になるよ……体調悪かったんなら、気付かなかった私のせいでもあるし」
「体調は悪くない……けど……」
「けど、何?」
体調が悪くなければなんなのか分からず、気まずそうにしている退の言葉を待つ。
退は、私の方をチラッと見ると、また目を逸らした。
そして、小さい声で――
「久しぶりだったから緊張してた。ごめん」
その言葉に、ホッと安堵する。
今日1日の憑き物が取れたような気分だ。
「今日楽しかったね。またデートしようね」
「うん」
その夜、ホテルで抱かれながら、一生分程の「かわいい」を言われて、今までにない辱めを受けた。
腰痛を引き起こす程、何回も激しく抱かれたのは、いつ以来だろうか。
痛みに堪える私を、満足そうな表情で見つめている退。
腰痛はつらいけれど、心だけじゃなく身体も満たされた休日を過ごせたのは言うまでもない。