本編
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▽エイリアン
「昨日は米を撒いてしまい、本当に申し訳ありませんでした」
副長の命令で、銀行まで出向いて、支店長に頭を下げている。
帰ったら反省文も書かなくてはいけない。
支店長はとてもいい人で、エイリアン事件でどのみち掃除もしないといけないので、米ぐらいなんともないと、なんとも心の広い言葉をおっしゃってくれた。
この支店長には頭が上がらない。
ただ、もう二度と米は撒かないようにと、注意を受けたのは当然の事だ。
もう1度頭を下げてから、自動ドアを潜って屯所に向けて歩を進める。
パトカーのサイレンが遠くから聞こえてきて、あーまた誰か追いかけられてんだなと思いながら歩く。
江戸の町は物騒でいけねェ。
《止まれェバカ女隊士ィ!轢き殺すぞォ!》
スピーカーを通した沖田隊長の声がして、私が追いかけられている事を初めて知った。
パトカーが隣に止まって、助手席に乗っているくらげのような被り物を被った局長が、乗ってと、親指でさしたので、後部座席に乗り込む。
後部座席には、2人の隊士が同席していた。
局長の被り物は、これツッコミ待ちなの?本気なの?
ターミナル内でエイリアンが船に寄生し、事故を起こしていて、甲板で女の子が戦っているとの情報が入っているらしい。
脳裏に浮かぶのは神楽ちゃんだ。
エイリアン相手に戦える女の子は、神楽ちゃん以外にいない気がする。それだったら、早く助けに行かなきゃいけない。
「美緒ちゃん、それを着てくれ」
私の不安を余所に、隣にいる隊士から渡されたのは、局長が被っているのより1周り程小さめの被り物。女の子バージョンなのか、頭の右上に桃色のリボンがついている。
「あの、これって……」
「被らねーと切腹ですよねィ?近藤さん」
腕を組んで頷く局長を見て、被る決意をした。
それを被って、切り抜かれた丸の中に顔が収まるように位置を調節し、体を取り巻くようにある、触手のような長いものを適当に整える。
手は思った以上に自由に動かせて、触手も邪魔にならない。頭も見た目より柔らかい。
「ハハハッ。似合うぜィバカ女。傑作でさァ」
「いいじゃないか美緒ちゃん。やっぱり美緒ちゃんに頼んで正解だった」
車内に笑い声が響く。
今からエイリアン退治に行くっていう雰囲気は、一瞬にしてなくなった。
「内田さん、そういうの似合いますねマジで」
「やめてください。あんまり嬉しくないんで」
見えてきたターミナルは、機体の1部が壁面から突き出し、そこから蜘蛛の糸のようにターミナルにへばりついている。それは大きくなるしか知らないかのように巨大化していく。
車の中からじゃ、神楽ちゃんの姿は見えない。
パトカーを止めると、局長と私を除く3人が外に出た。
「思ったより被害がデカいですねー」
「美緒ちゃん、打ち合わせ通りに頼むよ」
「はい」
局長は、自分の写真を遺影として手に持っていた。
外から、沖田隊長のスピーカーを通した声が響く。
《故郷のお袋さんも泣いてるぞ。こんなエイリアンにする為に産んだんじゃないってな。ねェお母さん、妹さん、何か言ってやってください!》
その言葉を合図に、私たちは車からおりた。
「おにーちゃーん!もういい歳なんだからやめなよォォ!反抗期を何回やる気ィィ!?」
「お父さん最後になんて言って死んでいったかアンタに分かる!?お父さんね、最後までアンタのこと……ごぶォ!」
「何してんのォォォあんたらァァァ!」
エイリアンに弾き飛ばされた局長を見てかどうか分からないけれど、アナウンサーがツッコミを入れてくる。あと数センチ近ければ、私も巻き添えになっていた。
「逃げるぞ!」
「うわ!?」
沖田隊長に背負われ、落とされないように首に腕を回す。
「局長は!?」
「黙ってろィ。舌噛むぜ」
退以外の背中に違和感を覚えて戸惑う。
沖田隊長の匂いは、なんだか落ち着かない。
退はすごく落ち着くのに、この違いはなんなんだろう。
「オーイ。早く逃げねーと死ぬぞてめーら」
「何一般市民さしおいてパトカーで逃げてんの!何この人たちィィ!?」
沖田隊長と並走していたアナウンサーの言う通り、副長は呑気にパトカーで逃げている。
そして、エイリアンについて説明をしだした。
このエイリアンは想像以上にしぶとく、食せば食すだけ大きくなる厄介な奴だと言う。
ターミナルは、膨大なエネルギーを使って船を転送する、いわばエネルギーポンプ。巨大なエネルギーそのものを食らったせいで、急成長したらしい。
「ヤベーな。このままじゃ江戸は食いつくされるぞ」
「隊長、おります。おろしてください」
「嫌でィ。美緒に何かあったらこっちが困る。大人しくしてろ」
名前……
沖田隊長が、私の名前を初めて呼んだ。
いつもバカ女としか呼ばないのに……こんな時だけ卑怯だ……
下ろさないとばかりに、さがってもいない私の体を背負い直した。
「逃げ惑う人々を押し切って何かがこちらへ……」
アナウンサーの声に反応し、辺りを見回すと、向かいからこっちへやってくる白い塊が見えた。
徐々にハッキリする姿。
向かってくるのは、定春に乗った銀ちゃん。
「銀ちゃん!」
「旦那ァァ!?」
定春は、軽く隊士たちの頭上を飛び越えると、取材のカメラに近付いた。
銀ちゃんは、カメラに写っているか確認すると、今放送中の映画『えいりあんVSやくざ』を宣伝してから、エイリアンに突っ込んで行く。
「行くぜぇぇぇ!」
木刀を持って、意気揚々と立ち向かって行ったはいいが、アッサリとエイリアンに飲み込まれてしまった。これには一同唖然。
銀ちゃんを飲み込んだエイリアンは、また活動を始めてしまい、範囲を広げていく。
逃げていてもきりがなく、町にまで範囲を及ぼさんとするエイリアンを食い止める作業にかかった。
しかし、未だに私を背負ったままの沖田隊長。
いくら鍛えているとは言っても、人間を背負ったまま走ったりしていれば疲れるだろう。
それに、みんなバズーカを持ったり、戦車に乗って攻撃しているというのに、私だけ背負われて何もしないわけにはいかない。
「隊長、下ろしてください。私もエイリアン食い止めます」
「気にすんな。土方もやってねーし、アイツらに任せときゃ十分でィ」
喋っている間も、砲弾が撃ち込まれていく。
エイリアンが急速に引いていき、勝ちを確信したように見えたが、何を目的にしたのか船へと集まっていく。
「見ろォォ!誰かいるぞォ!」
その声に反応し、ベルトに引っ掛けてあった双眼鏡を取り出して、エイリアンの中心部を見た。
「エイリアンの中心でなんか叫んでる!なんか叫んでるよ!」
エイリアンの中心で暴れる銀ちゃんと神楽ちゃんのお父さんである星海坊主さん。
エイリアンにやられたのだろう、星海坊主さんの片腕がない。
それでも諦めずに戦い続けるその姿は、助ける為に必死にもがいているように見える。
「あれが星海坊主……まるで化け物じゃねーか」
「いやいや、旦那も負けてませんぜ」
副長と沖田隊長、よくこっから肉眼で見えるな。
銀ちゃんたちが戦っている場所は、私たちがいる場所と結構距離も高さもある。
私もどちらかといえば視力はいい方なのだが、さすがに肉眼では見えない。
星海坊主さんと銀ちゃんは、お互いに引けをとらない。戦闘民族についていける銀ちゃんが、どれだけ強いかという事がよく分かる。
「しかしアレじゃあ、こちらも迂闊に手が出せん。奴らまで巻きこ……」
局長が、どうしたものかと悩んでいるその時、幕府の軍艦が現れた。
空には、いくつもの軍艦。その軍艦の中の1艦に警察庁長官、松平片栗虎の姿が。
空を見ていると、突然爆発音が轟いた。
空からエイリアンに視線を移せば、どうなったのか船底が抜けて何か塊が姿を現した。
寄生型エイリアンの中枢らしく、エネルギーを過度に吸収して肥大化し船底を破ったらしい。
「か、……神楽ちゃん?」
ぶら下がっているその中の1部に、見覚えのある赤い服を身に纏った女の子が飲み込まれていくのが見て取れた。
「た、隊長!神楽ちゃんが!」
「うるせーな。耳元で大声出すな」
それを知ってか知らずか、軍艦がエイリアンに一斉放射をしかけると言い出した。
「隊長、下ろしてください。待つようお願いしてきます」
渋々ながら、背中から下ろしてくれた。
すぐにパトカーに駆け寄る。
《とっつぁん待て!ターミナルに残っていた民間人は西口から避難させたが、ガキが1人エイリアンに取り込まれてる》
局長がパトカーの無線機を使って、松平のおじ様に止めるよう訴えかけてくれた。
私が何かを言うより先に、局長が言外に何か言えとでもいうように無線機を近付けてきたので、遠慮なく伝える。
《おじ様、私からもお願いします。今撃ったらその子死んでしまいます。私のお友達なんです》
《美緒に言われてもねぇ、おじさんは意見を変えないよ》
市民1人の命と江戸を同じ秤にかけるなんて事は出来ない。
おじ様は言う。人を救うって事は人を殺める以上の度胸が必要だと。大義を見失えば救える者も救えなくなると。
おじ様の言っている事は理解出来るけれど、心が神楽ちゃんを救いたがっている。
《甘ったれてんじゃないよ。いや、美緒は甘えていいんだよ。おじさんにうんと甘えなさい》
《じゃあ神楽ちゃんを――》
《しかしとっつぁん!》
「局長ォ!沈静化してた化け物どもがまた!」
隊士の声に弾かれるように見れば、またエイリアンが動きを始めている。
《ほーら見ろ。オジさんの言う事聞かないから。な?オジさんの言う事は大体正しいんだよ。オジさんの80%は正しさで出来ています》
神楽ちゃんは、あれで死ぬようなタマじゃないと思うけれど、戦闘民族と言えどまだ10代半ばくらいの女の子だ。
不安や何も出来ない焦燥感が心を体を支配する。
様子を見ようと双眼鏡を再び覗くと、新ちゃんと定春の姿と、バカ皇子とやらがいる。
「あれ?新ちゃん?」
銀ちゃんと定春がエイリアンに向かって行ったのは知っていたけれど、いつの間に新ちゃんもエイリアンの所にいたのだろう。銀ちゃんの影で見えなかったのだろうか。
そんな事を考えていたら、新ちゃんたちに何やら動きがあった。
下から飛び出してきたのは、神楽ちゃんと銀ちゃん。その後何故か分からないが、暴れている神楽ちゃんを見て安堵した。
いつの間にか隣に来ていた沖田隊長に報告をする。
「隊長、神楽ちゃんが生きてました。良かったー」
「そうかィ。くたばってくれりゃ良かったのに気がきかねーな」
核にダメージが与えられ、エイリアンの動きも鈍くなっていった。
「とっつぁぁぁん!射撃を止めろォォ!もう撃つ必要はねぇ!」
局長の叫びに、空を仰げばもう既に発砲の準備が整っている。
「え……嘘……」
なんの躊躇いもなく、エイリアンに向かって射撃され、凄まじい爆音と爆風が起こった。
こちらにも伝わってくるほどの爆風を、顔の前に両腕を持ってきて風避けにする。
《目標消滅を確認》
この声が酷く冷たいものに聞こえた。
頭が混乱して何がなんだか分からずに、ただエイリアンを見つめる。
「な……なんてこった……まさか、あの連中が……」
静まる中、局長の声が静かに響いた。
煙が風に流されて見えてきたのは、見覚えのある傘。
どうやら、傘1本であの砲撃から身を守ったらしい。
私はその姿に圧倒され、お父さんって凄い人なんだと実感した。
私にもお父さんがいたなら、あんな風に娘の為に一生懸命になってくれるような人だったのだろうか。
顔も名前も、いるかいないかも分からない父親に思いを馳せるなど、私もどうやら焼きが回ったようだ。
局長や副長が、エイリアンの残骸を片付けようとしている中、神楽ちゃんは救護班に手当を受けているという事を聞きつけた私は、急いで神楽ちゃんの所に向かった。
「神楽ちゃん大丈夫?」
私が駆けつけた頃には手当は終わった所だったのか、服に袖を通している途中だった。
ちらりと見えた腹部に巻いてある包帯が痛々しい。
「美緒の頭が大丈夫か?とうとう頭パーンしたか?エイリアンと共に爆発したか?」
神楽ちゃんに言われて気が付いた。
エイリアンの被り物をつけたままだったという事を。
恥ずかしいけれど、今脱いだところで邪魔になるだけなので被ったままでいる事にした。
「私の事はいいよ。無事で良かった」
「心配いらないネ。あんなのでやられるようなタマじゃないアル。それよりも私は美緒の頭が心配ネ。まさかエイリアンに侵食されたアルか?それなら大変アル!私に任せろォォ!」
振りかぶって攻撃しようとしてくるその拳を咄嗟に避ける。
神楽ちゃんは、そのまま壁へと突っ込んでしまった。ヒビが入った壁に背筋が凍る。
「か、神楽ちゃん、怪我してるんだから大人しく」
「美緒、動いたら危ないアル」
「いやいや、動かない方が危ないから!」
ん?デジャブか?
どこかで、こんな会話をした事があるような気がしてならない。
神楽ちゃんは、それは冗談アルけど、とこちらに歩み寄ってくる。
冗談で壁にヒビが入る程の力を入れるのか……
「美緒、私、星に帰らなきゃいけないヨ」
いつになく真剣な、それでいて寂しさを含めた表情と声音で告げられたそれに、絶句する。
「ここにずっといたいけど、きっとパピーが許してくれないネ。それに、銀ちゃんだって……美緒、お別れヨ」
行かないで、もっと一緒に遊びたい。
そう言ったところで、神楽ちゃんを困らせるだけだろう。本当の気持ちを押し殺して、物分かりのいいフリをする。
「……そっか……寂しいけど、しょうがないよね……仲良くしてくれてありがとね」
微笑んだ瞬間、目尻から零れる涙。
ごめんね、と慌てて涙を拭う。
「泣かないでヨ。私も美緒と一緒に遊べて楽しかったアル。離れても、私たち友達ネ」
神楽ちゃんに抱きしめられて、私もその背に腕を回す。
「うん、そだね。友達だよ。もし、またどこかで会えたら一緒に遊ぼうね」
「約束アル。手紙も書くネ」
互いに笑顔で指切りをして、神楽ちゃんはお父さんを探すとの事だったので、そのまま別れた。
去り行く背中に「元気でねー!」と叫べば、振り返って飛び跳ねながら手を振ってくれた。
脳裏に流れる神楽ちゃんとの思い出。
今生の別れではないと頭では分かっているのに、感情が追いつかなくて流れる涙が止められない。
神楽ちゃんは、私にとって初めての友達と呼べる大好きな女の子。
神楽ちゃんより新ちゃんの方が仲良くなったのは先だけれど、新ちゃんは私の中で友達というより、親衛隊の隊長という方が強い。
涙が引いたころ、漸くターミナルから離れる。
ターミナルは、エイリアンの死骸の撤去に時間を要するのと、設備の調整の為暫く運休するとの事だった。これだけの被害を受ければ、そう判断せざるを得ないだろう。
「美緒ちゃんいた……」
呼ばれて振り向くと、膝に手をついて息を整えている。
「退、どこ行ってたの?探してないけど」
「え、探してくれなかったの?俺ものっそい探したのに……っていうか、何その格好?」
「エイリアンの妹役です。因みに、お母さん役は局長」
「スピーカーで聞こえてたけど、格好までしてたとは……」
可愛い?とくるっと回って見せれば、微妙な顔をされた。それも一瞬で、心配そうな表情に変わる。
左頬に伸ばされた右手。親指が目元をなぞるように滑る。
「どうしたの?何かあった?」
涙は引いたはずだったのに、退の暖かい指先に溶かされていくように涙が滲む。
泣くまいと涙を堪えれば、喉に何かがひっかかって、ヒリヒリと痛みを生む。
「か……っ、神楽ちゃん、星に帰るって……」
「そっか……」
「でも大丈夫。また会えたら一緒に遊ぼって約束したから」
心配かけさせないようにと笑ったけれど、退のそれは変わらなかった。
その日の夜中、着信を知らせて鳴り響く携帯。
夢現の中、ディスプレイを見れば、万事屋の文字。
「……何?眠いから明日に――」
《美緒ー!帰ってきたアルー!ただいまヨー!》
「…………え?か、ぐら、ちゃん……?」
声を聞けるのは何年も先の事だと思っていた、その独特なチャイナ語と元気な声に、反応が遅れてしまったのは仕方ないだろう。
一気に目が覚めたが、これは夢なのだろうか。
《万事屋は私がいないと始まらないアル。美緒に聞いてほしい事がいっぱい出来たヨ。また一緒に遊ぼ》
「え……夢?夢……じゃ、ないよね……?」
《寝ぼけてるアルか?現実ネ》
嬉しさに、流れる涙が止まらない。なのに、口元は弧を描いていて。
はたから見たら、なんとも言えない表情をしているだろう。
「うん、そうだね。いっぱい遊ぼうね。いっぱい話も聞かせてね」
《また泣いてるアルか?私帰ってきたから泣かないでヨ》
「泣いてないよ。神楽ちゃんおかえり」
「昨日は米を撒いてしまい、本当に申し訳ありませんでした」
副長の命令で、銀行まで出向いて、支店長に頭を下げている。
帰ったら反省文も書かなくてはいけない。
支店長はとてもいい人で、エイリアン事件でどのみち掃除もしないといけないので、米ぐらいなんともないと、なんとも心の広い言葉をおっしゃってくれた。
この支店長には頭が上がらない。
ただ、もう二度と米は撒かないようにと、注意を受けたのは当然の事だ。
もう1度頭を下げてから、自動ドアを潜って屯所に向けて歩を進める。
パトカーのサイレンが遠くから聞こえてきて、あーまた誰か追いかけられてんだなと思いながら歩く。
江戸の町は物騒でいけねェ。
《止まれェバカ女隊士ィ!轢き殺すぞォ!》
スピーカーを通した沖田隊長の声がして、私が追いかけられている事を初めて知った。
パトカーが隣に止まって、助手席に乗っているくらげのような被り物を被った局長が、乗ってと、親指でさしたので、後部座席に乗り込む。
後部座席には、2人の隊士が同席していた。
局長の被り物は、これツッコミ待ちなの?本気なの?
ターミナル内でエイリアンが船に寄生し、事故を起こしていて、甲板で女の子が戦っているとの情報が入っているらしい。
脳裏に浮かぶのは神楽ちゃんだ。
エイリアン相手に戦える女の子は、神楽ちゃん以外にいない気がする。それだったら、早く助けに行かなきゃいけない。
「美緒ちゃん、それを着てくれ」
私の不安を余所に、隣にいる隊士から渡されたのは、局長が被っているのより1周り程小さめの被り物。女の子バージョンなのか、頭の右上に桃色のリボンがついている。
「あの、これって……」
「被らねーと切腹ですよねィ?近藤さん」
腕を組んで頷く局長を見て、被る決意をした。
それを被って、切り抜かれた丸の中に顔が収まるように位置を調節し、体を取り巻くようにある、触手のような長いものを適当に整える。
手は思った以上に自由に動かせて、触手も邪魔にならない。頭も見た目より柔らかい。
「ハハハッ。似合うぜィバカ女。傑作でさァ」
「いいじゃないか美緒ちゃん。やっぱり美緒ちゃんに頼んで正解だった」
車内に笑い声が響く。
今からエイリアン退治に行くっていう雰囲気は、一瞬にしてなくなった。
「内田さん、そういうの似合いますねマジで」
「やめてください。あんまり嬉しくないんで」
見えてきたターミナルは、機体の1部が壁面から突き出し、そこから蜘蛛の糸のようにターミナルにへばりついている。それは大きくなるしか知らないかのように巨大化していく。
車の中からじゃ、神楽ちゃんの姿は見えない。
パトカーを止めると、局長と私を除く3人が外に出た。
「思ったより被害がデカいですねー」
「美緒ちゃん、打ち合わせ通りに頼むよ」
「はい」
局長は、自分の写真を遺影として手に持っていた。
外から、沖田隊長のスピーカーを通した声が響く。
《故郷のお袋さんも泣いてるぞ。こんなエイリアンにする為に産んだんじゃないってな。ねェお母さん、妹さん、何か言ってやってください!》
その言葉を合図に、私たちは車からおりた。
「おにーちゃーん!もういい歳なんだからやめなよォォ!反抗期を何回やる気ィィ!?」
「お父さん最後になんて言って死んでいったかアンタに分かる!?お父さんね、最後までアンタのこと……ごぶォ!」
「何してんのォォォあんたらァァァ!」
エイリアンに弾き飛ばされた局長を見てかどうか分からないけれど、アナウンサーがツッコミを入れてくる。あと数センチ近ければ、私も巻き添えになっていた。
「逃げるぞ!」
「うわ!?」
沖田隊長に背負われ、落とされないように首に腕を回す。
「局長は!?」
「黙ってろィ。舌噛むぜ」
退以外の背中に違和感を覚えて戸惑う。
沖田隊長の匂いは、なんだか落ち着かない。
退はすごく落ち着くのに、この違いはなんなんだろう。
「オーイ。早く逃げねーと死ぬぞてめーら」
「何一般市民さしおいてパトカーで逃げてんの!何この人たちィィ!?」
沖田隊長と並走していたアナウンサーの言う通り、副長は呑気にパトカーで逃げている。
そして、エイリアンについて説明をしだした。
このエイリアンは想像以上にしぶとく、食せば食すだけ大きくなる厄介な奴だと言う。
ターミナルは、膨大なエネルギーを使って船を転送する、いわばエネルギーポンプ。巨大なエネルギーそのものを食らったせいで、急成長したらしい。
「ヤベーな。このままじゃ江戸は食いつくされるぞ」
「隊長、おります。おろしてください」
「嫌でィ。美緒に何かあったらこっちが困る。大人しくしてろ」
名前……
沖田隊長が、私の名前を初めて呼んだ。
いつもバカ女としか呼ばないのに……こんな時だけ卑怯だ……
下ろさないとばかりに、さがってもいない私の体を背負い直した。
「逃げ惑う人々を押し切って何かがこちらへ……」
アナウンサーの声に反応し、辺りを見回すと、向かいからこっちへやってくる白い塊が見えた。
徐々にハッキリする姿。
向かってくるのは、定春に乗った銀ちゃん。
「銀ちゃん!」
「旦那ァァ!?」
定春は、軽く隊士たちの頭上を飛び越えると、取材のカメラに近付いた。
銀ちゃんは、カメラに写っているか確認すると、今放送中の映画『えいりあんVSやくざ』を宣伝してから、エイリアンに突っ込んで行く。
「行くぜぇぇぇ!」
木刀を持って、意気揚々と立ち向かって行ったはいいが、アッサリとエイリアンに飲み込まれてしまった。これには一同唖然。
銀ちゃんを飲み込んだエイリアンは、また活動を始めてしまい、範囲を広げていく。
逃げていてもきりがなく、町にまで範囲を及ぼさんとするエイリアンを食い止める作業にかかった。
しかし、未だに私を背負ったままの沖田隊長。
いくら鍛えているとは言っても、人間を背負ったまま走ったりしていれば疲れるだろう。
それに、みんなバズーカを持ったり、戦車に乗って攻撃しているというのに、私だけ背負われて何もしないわけにはいかない。
「隊長、下ろしてください。私もエイリアン食い止めます」
「気にすんな。土方もやってねーし、アイツらに任せときゃ十分でィ」
喋っている間も、砲弾が撃ち込まれていく。
エイリアンが急速に引いていき、勝ちを確信したように見えたが、何を目的にしたのか船へと集まっていく。
「見ろォォ!誰かいるぞォ!」
その声に反応し、ベルトに引っ掛けてあった双眼鏡を取り出して、エイリアンの中心部を見た。
「エイリアンの中心でなんか叫んでる!なんか叫んでるよ!」
エイリアンの中心で暴れる銀ちゃんと神楽ちゃんのお父さんである星海坊主さん。
エイリアンにやられたのだろう、星海坊主さんの片腕がない。
それでも諦めずに戦い続けるその姿は、助ける為に必死にもがいているように見える。
「あれが星海坊主……まるで化け物じゃねーか」
「いやいや、旦那も負けてませんぜ」
副長と沖田隊長、よくこっから肉眼で見えるな。
銀ちゃんたちが戦っている場所は、私たちがいる場所と結構距離も高さもある。
私もどちらかといえば視力はいい方なのだが、さすがに肉眼では見えない。
星海坊主さんと銀ちゃんは、お互いに引けをとらない。戦闘民族についていける銀ちゃんが、どれだけ強いかという事がよく分かる。
「しかしアレじゃあ、こちらも迂闊に手が出せん。奴らまで巻きこ……」
局長が、どうしたものかと悩んでいるその時、幕府の軍艦が現れた。
空には、いくつもの軍艦。その軍艦の中の1艦に警察庁長官、松平片栗虎の姿が。
空を見ていると、突然爆発音が轟いた。
空からエイリアンに視線を移せば、どうなったのか船底が抜けて何か塊が姿を現した。
寄生型エイリアンの中枢らしく、エネルギーを過度に吸収して肥大化し船底を破ったらしい。
「か、……神楽ちゃん?」
ぶら下がっているその中の1部に、見覚えのある赤い服を身に纏った女の子が飲み込まれていくのが見て取れた。
「た、隊長!神楽ちゃんが!」
「うるせーな。耳元で大声出すな」
それを知ってか知らずか、軍艦がエイリアンに一斉放射をしかけると言い出した。
「隊長、下ろしてください。待つようお願いしてきます」
渋々ながら、背中から下ろしてくれた。
すぐにパトカーに駆け寄る。
《とっつぁん待て!ターミナルに残っていた民間人は西口から避難させたが、ガキが1人エイリアンに取り込まれてる》
局長がパトカーの無線機を使って、松平のおじ様に止めるよう訴えかけてくれた。
私が何かを言うより先に、局長が言外に何か言えとでもいうように無線機を近付けてきたので、遠慮なく伝える。
《おじ様、私からもお願いします。今撃ったらその子死んでしまいます。私のお友達なんです》
《美緒に言われてもねぇ、おじさんは意見を変えないよ》
市民1人の命と江戸を同じ秤にかけるなんて事は出来ない。
おじ様は言う。人を救うって事は人を殺める以上の度胸が必要だと。大義を見失えば救える者も救えなくなると。
おじ様の言っている事は理解出来るけれど、心が神楽ちゃんを救いたがっている。
《甘ったれてんじゃないよ。いや、美緒は甘えていいんだよ。おじさんにうんと甘えなさい》
《じゃあ神楽ちゃんを――》
《しかしとっつぁん!》
「局長ォ!沈静化してた化け物どもがまた!」
隊士の声に弾かれるように見れば、またエイリアンが動きを始めている。
《ほーら見ろ。オジさんの言う事聞かないから。な?オジさんの言う事は大体正しいんだよ。オジさんの80%は正しさで出来ています》
神楽ちゃんは、あれで死ぬようなタマじゃないと思うけれど、戦闘民族と言えどまだ10代半ばくらいの女の子だ。
不安や何も出来ない焦燥感が心を体を支配する。
様子を見ようと双眼鏡を再び覗くと、新ちゃんと定春の姿と、バカ皇子とやらがいる。
「あれ?新ちゃん?」
銀ちゃんと定春がエイリアンに向かって行ったのは知っていたけれど、いつの間に新ちゃんもエイリアンの所にいたのだろう。銀ちゃんの影で見えなかったのだろうか。
そんな事を考えていたら、新ちゃんたちに何やら動きがあった。
下から飛び出してきたのは、神楽ちゃんと銀ちゃん。その後何故か分からないが、暴れている神楽ちゃんを見て安堵した。
いつの間にか隣に来ていた沖田隊長に報告をする。
「隊長、神楽ちゃんが生きてました。良かったー」
「そうかィ。くたばってくれりゃ良かったのに気がきかねーな」
核にダメージが与えられ、エイリアンの動きも鈍くなっていった。
「とっつぁぁぁん!射撃を止めろォォ!もう撃つ必要はねぇ!」
局長の叫びに、空を仰げばもう既に発砲の準備が整っている。
「え……嘘……」
なんの躊躇いもなく、エイリアンに向かって射撃され、凄まじい爆音と爆風が起こった。
こちらにも伝わってくるほどの爆風を、顔の前に両腕を持ってきて風避けにする。
《目標消滅を確認》
この声が酷く冷たいものに聞こえた。
頭が混乱して何がなんだか分からずに、ただエイリアンを見つめる。
「な……なんてこった……まさか、あの連中が……」
静まる中、局長の声が静かに響いた。
煙が風に流されて見えてきたのは、見覚えのある傘。
どうやら、傘1本であの砲撃から身を守ったらしい。
私はその姿に圧倒され、お父さんって凄い人なんだと実感した。
私にもお父さんがいたなら、あんな風に娘の為に一生懸命になってくれるような人だったのだろうか。
顔も名前も、いるかいないかも分からない父親に思いを馳せるなど、私もどうやら焼きが回ったようだ。
局長や副長が、エイリアンの残骸を片付けようとしている中、神楽ちゃんは救護班に手当を受けているという事を聞きつけた私は、急いで神楽ちゃんの所に向かった。
「神楽ちゃん大丈夫?」
私が駆けつけた頃には手当は終わった所だったのか、服に袖を通している途中だった。
ちらりと見えた腹部に巻いてある包帯が痛々しい。
「美緒の頭が大丈夫か?とうとう頭パーンしたか?エイリアンと共に爆発したか?」
神楽ちゃんに言われて気が付いた。
エイリアンの被り物をつけたままだったという事を。
恥ずかしいけれど、今脱いだところで邪魔になるだけなので被ったままでいる事にした。
「私の事はいいよ。無事で良かった」
「心配いらないネ。あんなのでやられるようなタマじゃないアル。それよりも私は美緒の頭が心配ネ。まさかエイリアンに侵食されたアルか?それなら大変アル!私に任せろォォ!」
振りかぶって攻撃しようとしてくるその拳を咄嗟に避ける。
神楽ちゃんは、そのまま壁へと突っ込んでしまった。ヒビが入った壁に背筋が凍る。
「か、神楽ちゃん、怪我してるんだから大人しく」
「美緒、動いたら危ないアル」
「いやいや、動かない方が危ないから!」
ん?デジャブか?
どこかで、こんな会話をした事があるような気がしてならない。
神楽ちゃんは、それは冗談アルけど、とこちらに歩み寄ってくる。
冗談で壁にヒビが入る程の力を入れるのか……
「美緒、私、星に帰らなきゃいけないヨ」
いつになく真剣な、それでいて寂しさを含めた表情と声音で告げられたそれに、絶句する。
「ここにずっといたいけど、きっとパピーが許してくれないネ。それに、銀ちゃんだって……美緒、お別れヨ」
行かないで、もっと一緒に遊びたい。
そう言ったところで、神楽ちゃんを困らせるだけだろう。本当の気持ちを押し殺して、物分かりのいいフリをする。
「……そっか……寂しいけど、しょうがないよね……仲良くしてくれてありがとね」
微笑んだ瞬間、目尻から零れる涙。
ごめんね、と慌てて涙を拭う。
「泣かないでヨ。私も美緒と一緒に遊べて楽しかったアル。離れても、私たち友達ネ」
神楽ちゃんに抱きしめられて、私もその背に腕を回す。
「うん、そだね。友達だよ。もし、またどこかで会えたら一緒に遊ぼうね」
「約束アル。手紙も書くネ」
互いに笑顔で指切りをして、神楽ちゃんはお父さんを探すとの事だったので、そのまま別れた。
去り行く背中に「元気でねー!」と叫べば、振り返って飛び跳ねながら手を振ってくれた。
脳裏に流れる神楽ちゃんとの思い出。
今生の別れではないと頭では分かっているのに、感情が追いつかなくて流れる涙が止められない。
神楽ちゃんは、私にとって初めての友達と呼べる大好きな女の子。
神楽ちゃんより新ちゃんの方が仲良くなったのは先だけれど、新ちゃんは私の中で友達というより、親衛隊の隊長という方が強い。
涙が引いたころ、漸くターミナルから離れる。
ターミナルは、エイリアンの死骸の撤去に時間を要するのと、設備の調整の為暫く運休するとの事だった。これだけの被害を受ければ、そう判断せざるを得ないだろう。
「美緒ちゃんいた……」
呼ばれて振り向くと、膝に手をついて息を整えている。
「退、どこ行ってたの?探してないけど」
「え、探してくれなかったの?俺ものっそい探したのに……っていうか、何その格好?」
「エイリアンの妹役です。因みに、お母さん役は局長」
「スピーカーで聞こえてたけど、格好までしてたとは……」
可愛い?とくるっと回って見せれば、微妙な顔をされた。それも一瞬で、心配そうな表情に変わる。
左頬に伸ばされた右手。親指が目元をなぞるように滑る。
「どうしたの?何かあった?」
涙は引いたはずだったのに、退の暖かい指先に溶かされていくように涙が滲む。
泣くまいと涙を堪えれば、喉に何かがひっかかって、ヒリヒリと痛みを生む。
「か……っ、神楽ちゃん、星に帰るって……」
「そっか……」
「でも大丈夫。また会えたら一緒に遊ぼって約束したから」
心配かけさせないようにと笑ったけれど、退のそれは変わらなかった。
その日の夜中、着信を知らせて鳴り響く携帯。
夢現の中、ディスプレイを見れば、万事屋の文字。
「……何?眠いから明日に――」
《美緒ー!帰ってきたアルー!ただいまヨー!》
「…………え?か、ぐら、ちゃん……?」
声を聞けるのは何年も先の事だと思っていた、その独特なチャイナ語と元気な声に、反応が遅れてしまったのは仕方ないだろう。
一気に目が覚めたが、これは夢なのだろうか。
《万事屋は私がいないと始まらないアル。美緒に聞いてほしい事がいっぱい出来たヨ。また一緒に遊ぼ》
「え……夢?夢……じゃ、ないよね……?」
《寝ぼけてるアルか?現実ネ》
嬉しさに、流れる涙が止まらない。なのに、口元は弧を描いていて。
はたから見たら、なんとも言えない表情をしているだろう。
「うん、そうだね。いっぱい遊ぼうね。いっぱい話も聞かせてね」
《また泣いてるアルか?私帰ってきたから泣かないでヨ》
「泣いてないよ。神楽ちゃんおかえり」