レイコの孫 ※夢主は妖です
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※夢主は妖です。苦手な方は注意
ヒノエから、夏目レイコの孫がこの町に来たと聞き、興味本位でその張本人を探し当て、その住処にお邪魔する事にした。
しかし、そこで2つの疑問を抱く。
「ん?なんだ、このちんけな結界は?全く意味を成してないじゃないか」
家を護るように結界が張ってあるのだが、簡単にすり抜けられる。
これは一体なんの為に張っているのか。
人の子がこれを張ったのなら大したものだが、雰囲気からして妖。
妖を従えているのか?ならば、何故私の名を呼ばぬ。こんな結界よりもっと丈夫な結界を張ってやるというのに。
家の外や中を軽く見回しても、今は誰もいない。
レイコの孫が使っていると思しき部屋で、勝手に茶を淹れてくつろぐ。
「たーだいっ……うわあ!何故に貴様がここにいる!紗羽!あー!しかも、私が楽しみにしていた饅頭がー!」
真っ白い豚猫がこの部屋に入ってきたと思えば、何やら騒がしい。
「饅頭が1つもないだと!?全部食ったのか!」
饅頭が入っていた箱をひっくり返して、ゴミと化した包み紙の中に残っていないか確認している。
「とても美味しゅうございました。ごちそうさまでございます」
「そうだろう!美味かっただろう!私も楽しみにしてたんだぞ!返せ!この饅頭泥棒め!私の饅頭を返せ!」
肉球で頭をポカポカと殴られるが、これが全く痛くない。
「あっ、もしかして斑か?」
「もしかしなくても私だ!」
「いやぁ、まさかそんなちんけな姿になっているとは、聞いておらなんだでな。あー、だから、結界もちんけだったのか」
「うるさいぞ!勝手に家にあがりこんだと思えば饅頭を食って、今度は私の結界に文句をつけるのか!」
「斑だったら、もっと強い結界が張れるであろうよ。どうした?やっぱりそんなちんけな姿になったから、妖力が弱まっているのか?」
「うるさい!バカにするなよ!私はわざとこの結界の強さにしているのだ。夏目をくってくれる妖がいないと、友人帳が私の物にならんからな」
ドヤ顔をしているが、本当だろうか。
「まァ、そういう事にしといてやろう。妖力が弱まったなんて恥ずかしくて言えないだろうからな。"あの"高貴な斑様が」
口元に片手を当てて嘲笑する。
「貴様は久しぶりに会っても口が減らん奴だな。そんな事を言う暇があるなら今すぐ饅頭を買って来い!10個だ10個!10個買って来い!」
前足を畳に叩きつけて、眦を吊り上げて怒っている斑はなんとも迫力がない。
間抜けさが際立つ。
「断る」
「何を!?」
「今日用があるのは、レイコの孫だ。斑の相手をしている暇なんぞない」
「そういえば、紗羽も友人帳に名前があったな。まさか、返せと言うのか!返さんぞ!お前はいずれ私の子分になるのだ!」
「は?ボケるには早いぞ斑」
「ボケてなどおらんわー!言わせておけばー!」
殴りかかってくる斑の顔を鷲掴み、そのまま畳に叩きつけた。
「なんだ。ボールみたいだぞ斑。お?思った以上に肌触りがいいではないか。これはなかなか癖になるのう。おら、もっと触らせろ」
「やめろー!やめんかー!」
斑の丸い体を無遠慮に撫でまわす。
私の手の中で、ジタバタと短い4つの足を動かしているが、喜んでいるのか逃げようとしているのか全く分からない。
「ただいまー……先生、また妖が入りこんでるじゃないか」
「なっ、夏目ー!助け……うわあ!」
斑を放り投げて、今しがた部屋に入って来た人の子と距離を詰めた。
「うわっ!なんだ!」
驚いている人の子を、下から上にじっくりと舐めるように睨めつける。
匂いも、雰囲気も、顔も夏目レイコとそっくりだ。
「先生、なんなんだ。この妖は」
「ただのアホだ。害はないから好きにさせてやれ」
そう突き放すと、押し入れから酒瓶を取り出した。
「貴様がヒノエを誑かしたのか」
「は?なんの話だ。俺は誑かしてなんかいないぞ」
「んなわけあるか!ヒノエはなぁ!人間が、特に男が大嫌いなんだ!なのに、なのにお前と出会ってからヒノエは夏目の話ばっかり!出会って二言目には夏目夏目と……」
「っ!」
その細い首に手をかけて、掴みあげた。
「せ……っ、くっ……やめ……っ!」
簡単につま先が畳から離れ、苦しみに顔を歪めて呻き、足掻いている。
「なんだ。弱っちぃのう。簡単に首を絞められおって。こんなほっそい腕と指で、お前に何が出来るってんだ?あ?この首をへし折って、八つ裂きにしてやってもいいんだぞ」
「いいぞー、やれやれーい。やってしまえ紗羽。そしたら友人帳は私の物だ」
斑の茶々が不愉快だ。
同時に脳裏に過ぎったヒノエの顔。
「……と思ったが、ヒノエが悲しむからやめておく。ハッ!命拾いしたな!この年中発情期野郎が!」
夏目を解放すると、苦しそうに首に手を当てて咳き込んでいる。
そうしていたのも一瞬。
「さっさと助けろ!用心棒!」
斑を殴った後、私の目の前が揺れた。
「なんで私まで……」
夏目の力は思いのほか強く、一瞬で畳に叩きつけられてしまったのだ。
あの木の枝のように細い腕で、私を一瞬で戦闘不能にさせるとは。こやつ、やりおる。
「何しに来たか知らないが帰ってくれ。あと、年中発情期という言い方はやめてくれ」
ポイッと廊下に閉め出された。
唖然と障子戸を見つめる。
私が、斑よりも高貴なこの私が、人の子に追い出された?こやつ、やりおるパート2。
しかし、このまま廊下にいるわけにはいかないし、まだ話す事があるので帰る事は出来ない。
どうしたら開けてくれるか、胡座をかいて腕を組んで考える。
その時、ふと昔に見た光景を思い出して実践する事にした。
膝立ちで障子にしがみついた。
「う、うわあああん!お母さーん!ここを開けてよー!もうイタズラしないからー!言う事聞くからー!いい子にするからここを――」
静かに障子戸が開いた。
見上げれば、夏目が根負けしたかのような表情をしている。
「なんなんだそのセリフは。分かったから入ってくれ。廊下で騒がれる方が迷惑だ」
許しを得たので部屋に入って、改めて夏目と向かい合って腰を据える。
「やはり、人の子とやらはあの方法で扉を開けてもらうんだな」
「どこで覚えたのかは知らないけど、それは偏見だ」
「ん?でも、お主は開けてくれたぞ。何が偏見な事がある。立派な扉の開け方ではないか」
「いや、だから、そうやって言わなくてもドアを開けてもらう方法は色々あって」
「んん?でもお主は開けてくれたぞ。やはり人の子というのは凄いのう」
「ていうか、さっきのは別に普通に開けて……」
「んんん?」
「先生、なんて言ったら伝わるんだ?」
「言ったろ?アホだと」
深いため息をついた夏目を怪訝に見る。
「で?何しに来たんだ?名前を返してほしいのか?」
「いや、いらぬ!」
友人帳を取り出した夏目に手のひらを向けて拒否をした。
「は?」
「確かにそこに私の名はある。レイコに負けたからな。今思い出しただけでも屈辱。レイコは私が勝負を承諾する前にもう始めておったのだ。そして私は負けた。あんな屈辱は初めてだ」
「レイコのやりそうな事だ」
「レイコさん……」
呑気に酒を呷る斑の隣で、呆れたように笑う夏目。
「それだったら、尚更名前を返してほしいんじゃないか?」
私は、静かに頭を振った。
「レイコが死んだとヒノエから聞いた時は、結局名を書いたのはなんだったのかと、少し虚しさや悲しさもあった。レイコめって怒りが沸いてきた事もあった。死ぬ前に1度でも私の名を呼ぶ事も、返す事も出来ないのかと」
「…………」
「何より、私はレイコと再び勝負をしようと色々準備をしておったのだ。次こそは私が勝ってレイコをぎゃふんと言わせてやろうと思ってな。だが、結局最期まで、レイコは私の前に姿を現さなかった。再戦をする事も、叶わなかった……」
「…………」
肩を落とす私に、夏目は何やら言いたそうに口を開いたが、何も発する事なく口を閉じた。
憂いに満ちた表情をする夏目に笑みを向ける。
「お主がそんな顔をする必要などないさ。逆に良かったのかもしれないな。名前を返してもらえてないおかげで、お主に会えた」
「……本当に返さなくていいのか?」
「うむ、よい。まだ1度も名を呼ばれていないのに返されるのも癪だし、何よりお主に名を預けておくのもおもしろそうだと思ってな。要はただの暇つぶしだ。だから、レイコが呼んでくれなかった分、夏目、お主が私の名を呼んでくれないか」
「紗羽」
間髪入れずに呼ばれた名前は、斑から。
「うるせい!お前に言ったんじゃねー!このちんけ野郎が!」
「なんだとコラ!ちんけとはなんだちんけとは!ちんけと言う方がちんけなのだ!」
「だったら斑がちんけだ!」
「頼むから騒がないでくれ」
夏目に引き剥がされても、睨み合うのをやめない。
「だったら、なんで来たんだ?」
「ん?そりゃあアレよ。ヒノエを誑かした野郎がどんな奴なのか、この目でハッキリと見といてやろうかと思ってな」
バキバキと関節を鳴らしながら、握り潰すように手のひらを握った。
「見るだけじゃない気がするぞ。それで?見た結果は?」
「うーん……まぁ、認めたくはないが、ほんっっとーに認めたくはないが、ヒノエが惚れた男なら致し方ない。この高貴で最強の私に一発入れられたのもお主が初めてだからのう。それに免じて許してやるわい」
「何を!?高貴で最強はこの私だぞ!貴様のどこが高貴なのだ!貴様はただのアホではないか!どこが高貴だ!言ってみろ!ほれ、言ってみろ!ほれほれ!」
「少なくとも、そんなちんけな丸い豚猫よりは高貴だぞ」
「豚猫ではなーい!これは仮の姿なのだ!それに、一部の人の子にも人気があるのだぞ!」
「妄想も大概にしろ」
「妄想などではないわ!オイ夏目!タキを呼んでこい!今すぐここに連れて来い!」
前足で畳を叩いて催促しているが、夏目はそれを一蹴。
「そんな事で呼んだらタキに迷惑だ」
「私が紗羽にバカにされておるんだぞ!いいのか?」
「やはり人気はお前の妄想であったか。ぷぷぷ。斑も落ちたものよのう」
「なんだその笑い方は!バカにするのも大概にしろ!本当だと言っておろうが!」
「頼むからこれ以上騒がないでくれ」
斑との言い争いもやめ、夏目と向き直る。
「今日はこれでお暇するよ。何かあったら、いつでも私の名を呼んでくれ。夏目の為ならばすぐに駆け付けるからな」
「ありがとう」
爽やかに微笑んだその表情に、少し胸があたたかくなった気がした。
「そうか。夏目はそうやって笑うのだな。優しい笑顔だ。ああ……今すぐくってやりたい」
はあはあっと息を切らして、夏目の腹から脇、首筋までを指先でなぞり、頬に両手を当てて大きく口を開いた。
「うわあ!このセクハラ妖怪が!」
「ぎゃっ!」
もう1発食らった拳。
「斑……セクハラとはなんぞや……」
「ん?知らんのか。セクシーな腹踊りの事だ」
てっぺんに向けた腹をふりふりと振って踊り出した。
「なるほど……私はそんな事をした覚えがないのだが……人の子の使う言葉はよく分からんな」
「セクハラはそういう意味じゃないぞ先生」
「貴志くーん、ご飯よー」
どこからか優しそうな綺麗な声が聞こえてきた。
夏目はそれに応えた後、思い出したように私の方に向いた。
「あっ、そうだ。改めて自己紹介させてくれ。おれは、夏目貴志。君は?」
「紗羽。よろしくな、夏目」
「ああ、こちらこそ」
そう言って、差し出された右手。
その手を取り、その甲に唇を落とした。
すると、サッと払われた。
「そういう事をするのはやめてくれ」
「そう嫌がらなくてもいいだろう。夏目には、ちと刺激が強過ぎたかな。これは意味のないものだ。気にしないでくれ。悪かったな」
窓から外に出て、振り返って斑にも声をかけておく。
「じゃあな斑。気が向いたら会ってやらなくもない」
「貴様はいちいちそういう言い方しか出来んのか!」
「紗羽」
斑に向かって舌を出して去ろうとしたら、夏目に名を呼ばれた。
「悪い。さっきは言い方が悪かった。あと、払ってごめん。慣れてなくて、ビックリしただけなんだ。嫌だったわけじゃない」
そんなに必死に謝らなくてもいいものを。
「お主は優しいな、夏目。私の方こそ勝手な事をしてすまなんだ。おやすみ、夏目。いい夢を」
「ああ、ありがとう。紗羽。君も、いい夢を」
小さく片手を挙げる夏目と、その横で右前足を振っている斑に微笑みを返して、今度こそ自分の住処へと戻った。
「紗羽、待ってたよー!どうだった?夏目は。いい男だっただろ?男なのがもったいないぐらいだっただろ?」
私の住処で待っていたらしいヒノエが、何故か勝ち誇ったような笑みを向けてそんな事を聞いてきた。
「ああ、いい子だったよ。思わずくってしまいそうになった」
垂らした涎を手の甲で拭うと、次は眦を釣り上げて怒りを向けてくるヒノエ。
「紗羽!お前でも夏目をくったりしたら容赦しないよ!」
「はははは。肝に銘じておくよ。あっ、そうだ。ヒノエ、今度犬の会で集まる時、私も誘ってくれよ」
「勿論さ。紗羽もとっくに夏目組・犬の会の一員だよ。ただし、夏目の隣は私のだからね」
月明かりの下、ヒノエと笑い合った。
これから楽しくなりそうだ。
ヒノエから、夏目レイコの孫がこの町に来たと聞き、興味本位でその張本人を探し当て、その住処にお邪魔する事にした。
しかし、そこで2つの疑問を抱く。
「ん?なんだ、このちんけな結界は?全く意味を成してないじゃないか」
家を護るように結界が張ってあるのだが、簡単にすり抜けられる。
これは一体なんの為に張っているのか。
人の子がこれを張ったのなら大したものだが、雰囲気からして妖。
妖を従えているのか?ならば、何故私の名を呼ばぬ。こんな結界よりもっと丈夫な結界を張ってやるというのに。
家の外や中を軽く見回しても、今は誰もいない。
レイコの孫が使っていると思しき部屋で、勝手に茶を淹れてくつろぐ。
「たーだいっ……うわあ!何故に貴様がここにいる!紗羽!あー!しかも、私が楽しみにしていた饅頭がー!」
真っ白い豚猫がこの部屋に入ってきたと思えば、何やら騒がしい。
「饅頭が1つもないだと!?全部食ったのか!」
饅頭が入っていた箱をひっくり返して、ゴミと化した包み紙の中に残っていないか確認している。
「とても美味しゅうございました。ごちそうさまでございます」
「そうだろう!美味かっただろう!私も楽しみにしてたんだぞ!返せ!この饅頭泥棒め!私の饅頭を返せ!」
肉球で頭をポカポカと殴られるが、これが全く痛くない。
「あっ、もしかして斑か?」
「もしかしなくても私だ!」
「いやぁ、まさかそんなちんけな姿になっているとは、聞いておらなんだでな。あー、だから、結界もちんけだったのか」
「うるさいぞ!勝手に家にあがりこんだと思えば饅頭を食って、今度は私の結界に文句をつけるのか!」
「斑だったら、もっと強い結界が張れるであろうよ。どうした?やっぱりそんなちんけな姿になったから、妖力が弱まっているのか?」
「うるさい!バカにするなよ!私はわざとこの結界の強さにしているのだ。夏目をくってくれる妖がいないと、友人帳が私の物にならんからな」
ドヤ顔をしているが、本当だろうか。
「まァ、そういう事にしといてやろう。妖力が弱まったなんて恥ずかしくて言えないだろうからな。"あの"高貴な斑様が」
口元に片手を当てて嘲笑する。
「貴様は久しぶりに会っても口が減らん奴だな。そんな事を言う暇があるなら今すぐ饅頭を買って来い!10個だ10個!10個買って来い!」
前足を畳に叩きつけて、眦を吊り上げて怒っている斑はなんとも迫力がない。
間抜けさが際立つ。
「断る」
「何を!?」
「今日用があるのは、レイコの孫だ。斑の相手をしている暇なんぞない」
「そういえば、紗羽も友人帳に名前があったな。まさか、返せと言うのか!返さんぞ!お前はいずれ私の子分になるのだ!」
「は?ボケるには早いぞ斑」
「ボケてなどおらんわー!言わせておけばー!」
殴りかかってくる斑の顔を鷲掴み、そのまま畳に叩きつけた。
「なんだ。ボールみたいだぞ斑。お?思った以上に肌触りがいいではないか。これはなかなか癖になるのう。おら、もっと触らせろ」
「やめろー!やめんかー!」
斑の丸い体を無遠慮に撫でまわす。
私の手の中で、ジタバタと短い4つの足を動かしているが、喜んでいるのか逃げようとしているのか全く分からない。
「ただいまー……先生、また妖が入りこんでるじゃないか」
「なっ、夏目ー!助け……うわあ!」
斑を放り投げて、今しがた部屋に入って来た人の子と距離を詰めた。
「うわっ!なんだ!」
驚いている人の子を、下から上にじっくりと舐めるように睨めつける。
匂いも、雰囲気も、顔も夏目レイコとそっくりだ。
「先生、なんなんだ。この妖は」
「ただのアホだ。害はないから好きにさせてやれ」
そう突き放すと、押し入れから酒瓶を取り出した。
「貴様がヒノエを誑かしたのか」
「は?なんの話だ。俺は誑かしてなんかいないぞ」
「んなわけあるか!ヒノエはなぁ!人間が、特に男が大嫌いなんだ!なのに、なのにお前と出会ってからヒノエは夏目の話ばっかり!出会って二言目には夏目夏目と……」
「っ!」
その細い首に手をかけて、掴みあげた。
「せ……っ、くっ……やめ……っ!」
簡単につま先が畳から離れ、苦しみに顔を歪めて呻き、足掻いている。
「なんだ。弱っちぃのう。簡単に首を絞められおって。こんなほっそい腕と指で、お前に何が出来るってんだ?あ?この首をへし折って、八つ裂きにしてやってもいいんだぞ」
「いいぞー、やれやれーい。やってしまえ紗羽。そしたら友人帳は私の物だ」
斑の茶々が不愉快だ。
同時に脳裏に過ぎったヒノエの顔。
「……と思ったが、ヒノエが悲しむからやめておく。ハッ!命拾いしたな!この年中発情期野郎が!」
夏目を解放すると、苦しそうに首に手を当てて咳き込んでいる。
そうしていたのも一瞬。
「さっさと助けろ!用心棒!」
斑を殴った後、私の目の前が揺れた。
「なんで私まで……」
夏目の力は思いのほか強く、一瞬で畳に叩きつけられてしまったのだ。
あの木の枝のように細い腕で、私を一瞬で戦闘不能にさせるとは。こやつ、やりおる。
「何しに来たか知らないが帰ってくれ。あと、年中発情期という言い方はやめてくれ」
ポイッと廊下に閉め出された。
唖然と障子戸を見つめる。
私が、斑よりも高貴なこの私が、人の子に追い出された?こやつ、やりおるパート2。
しかし、このまま廊下にいるわけにはいかないし、まだ話す事があるので帰る事は出来ない。
どうしたら開けてくれるか、胡座をかいて腕を組んで考える。
その時、ふと昔に見た光景を思い出して実践する事にした。
膝立ちで障子にしがみついた。
「う、うわあああん!お母さーん!ここを開けてよー!もうイタズラしないからー!言う事聞くからー!いい子にするからここを――」
静かに障子戸が開いた。
見上げれば、夏目が根負けしたかのような表情をしている。
「なんなんだそのセリフは。分かったから入ってくれ。廊下で騒がれる方が迷惑だ」
許しを得たので部屋に入って、改めて夏目と向かい合って腰を据える。
「やはり、人の子とやらはあの方法で扉を開けてもらうんだな」
「どこで覚えたのかは知らないけど、それは偏見だ」
「ん?でも、お主は開けてくれたぞ。何が偏見な事がある。立派な扉の開け方ではないか」
「いや、だから、そうやって言わなくてもドアを開けてもらう方法は色々あって」
「んん?でもお主は開けてくれたぞ。やはり人の子というのは凄いのう」
「ていうか、さっきのは別に普通に開けて……」
「んんん?」
「先生、なんて言ったら伝わるんだ?」
「言ったろ?アホだと」
深いため息をついた夏目を怪訝に見る。
「で?何しに来たんだ?名前を返してほしいのか?」
「いや、いらぬ!」
友人帳を取り出した夏目に手のひらを向けて拒否をした。
「は?」
「確かにそこに私の名はある。レイコに負けたからな。今思い出しただけでも屈辱。レイコは私が勝負を承諾する前にもう始めておったのだ。そして私は負けた。あんな屈辱は初めてだ」
「レイコのやりそうな事だ」
「レイコさん……」
呑気に酒を呷る斑の隣で、呆れたように笑う夏目。
「それだったら、尚更名前を返してほしいんじゃないか?」
私は、静かに頭を振った。
「レイコが死んだとヒノエから聞いた時は、結局名を書いたのはなんだったのかと、少し虚しさや悲しさもあった。レイコめって怒りが沸いてきた事もあった。死ぬ前に1度でも私の名を呼ぶ事も、返す事も出来ないのかと」
「…………」
「何より、私はレイコと再び勝負をしようと色々準備をしておったのだ。次こそは私が勝ってレイコをぎゃふんと言わせてやろうと思ってな。だが、結局最期まで、レイコは私の前に姿を現さなかった。再戦をする事も、叶わなかった……」
「…………」
肩を落とす私に、夏目は何やら言いたそうに口を開いたが、何も発する事なく口を閉じた。
憂いに満ちた表情をする夏目に笑みを向ける。
「お主がそんな顔をする必要などないさ。逆に良かったのかもしれないな。名前を返してもらえてないおかげで、お主に会えた」
「……本当に返さなくていいのか?」
「うむ、よい。まだ1度も名を呼ばれていないのに返されるのも癪だし、何よりお主に名を預けておくのもおもしろそうだと思ってな。要はただの暇つぶしだ。だから、レイコが呼んでくれなかった分、夏目、お主が私の名を呼んでくれないか」
「紗羽」
間髪入れずに呼ばれた名前は、斑から。
「うるせい!お前に言ったんじゃねー!このちんけ野郎が!」
「なんだとコラ!ちんけとはなんだちんけとは!ちんけと言う方がちんけなのだ!」
「だったら斑がちんけだ!」
「頼むから騒がないでくれ」
夏目に引き剥がされても、睨み合うのをやめない。
「だったら、なんで来たんだ?」
「ん?そりゃあアレよ。ヒノエを誑かした野郎がどんな奴なのか、この目でハッキリと見といてやろうかと思ってな」
バキバキと関節を鳴らしながら、握り潰すように手のひらを握った。
「見るだけじゃない気がするぞ。それで?見た結果は?」
「うーん……まぁ、認めたくはないが、ほんっっとーに認めたくはないが、ヒノエが惚れた男なら致し方ない。この高貴で最強の私に一発入れられたのもお主が初めてだからのう。それに免じて許してやるわい」
「何を!?高貴で最強はこの私だぞ!貴様のどこが高貴なのだ!貴様はただのアホではないか!どこが高貴だ!言ってみろ!ほれ、言ってみろ!ほれほれ!」
「少なくとも、そんなちんけな丸い豚猫よりは高貴だぞ」
「豚猫ではなーい!これは仮の姿なのだ!それに、一部の人の子にも人気があるのだぞ!」
「妄想も大概にしろ」
「妄想などではないわ!オイ夏目!タキを呼んでこい!今すぐここに連れて来い!」
前足で畳を叩いて催促しているが、夏目はそれを一蹴。
「そんな事で呼んだらタキに迷惑だ」
「私が紗羽にバカにされておるんだぞ!いいのか?」
「やはり人気はお前の妄想であったか。ぷぷぷ。斑も落ちたものよのう」
「なんだその笑い方は!バカにするのも大概にしろ!本当だと言っておろうが!」
「頼むからこれ以上騒がないでくれ」
斑との言い争いもやめ、夏目と向き直る。
「今日はこれでお暇するよ。何かあったら、いつでも私の名を呼んでくれ。夏目の為ならばすぐに駆け付けるからな」
「ありがとう」
爽やかに微笑んだその表情に、少し胸があたたかくなった気がした。
「そうか。夏目はそうやって笑うのだな。優しい笑顔だ。ああ……今すぐくってやりたい」
はあはあっと息を切らして、夏目の腹から脇、首筋までを指先でなぞり、頬に両手を当てて大きく口を開いた。
「うわあ!このセクハラ妖怪が!」
「ぎゃっ!」
もう1発食らった拳。
「斑……セクハラとはなんぞや……」
「ん?知らんのか。セクシーな腹踊りの事だ」
てっぺんに向けた腹をふりふりと振って踊り出した。
「なるほど……私はそんな事をした覚えがないのだが……人の子の使う言葉はよく分からんな」
「セクハラはそういう意味じゃないぞ先生」
「貴志くーん、ご飯よー」
どこからか優しそうな綺麗な声が聞こえてきた。
夏目はそれに応えた後、思い出したように私の方に向いた。
「あっ、そうだ。改めて自己紹介させてくれ。おれは、夏目貴志。君は?」
「紗羽。よろしくな、夏目」
「ああ、こちらこそ」
そう言って、差し出された右手。
その手を取り、その甲に唇を落とした。
すると、サッと払われた。
「そういう事をするのはやめてくれ」
「そう嫌がらなくてもいいだろう。夏目には、ちと刺激が強過ぎたかな。これは意味のないものだ。気にしないでくれ。悪かったな」
窓から外に出て、振り返って斑にも声をかけておく。
「じゃあな斑。気が向いたら会ってやらなくもない」
「貴様はいちいちそういう言い方しか出来んのか!」
「紗羽」
斑に向かって舌を出して去ろうとしたら、夏目に名を呼ばれた。
「悪い。さっきは言い方が悪かった。あと、払ってごめん。慣れてなくて、ビックリしただけなんだ。嫌だったわけじゃない」
そんなに必死に謝らなくてもいいものを。
「お主は優しいな、夏目。私の方こそ勝手な事をしてすまなんだ。おやすみ、夏目。いい夢を」
「ああ、ありがとう。紗羽。君も、いい夢を」
小さく片手を挙げる夏目と、その横で右前足を振っている斑に微笑みを返して、今度こそ自分の住処へと戻った。
「紗羽、待ってたよー!どうだった?夏目は。いい男だっただろ?男なのがもったいないぐらいだっただろ?」
私の住処で待っていたらしいヒノエが、何故か勝ち誇ったような笑みを向けてそんな事を聞いてきた。
「ああ、いい子だったよ。思わずくってしまいそうになった」
垂らした涎を手の甲で拭うと、次は眦を釣り上げて怒りを向けてくるヒノエ。
「紗羽!お前でも夏目をくったりしたら容赦しないよ!」
「はははは。肝に銘じておくよ。あっ、そうだ。ヒノエ、今度犬の会で集まる時、私も誘ってくれよ」
「勿論さ。紗羽もとっくに夏目組・犬の会の一員だよ。ただし、夏目の隣は私のだからね」
月明かりの下、ヒノエと笑い合った。
これから楽しくなりそうだ。
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