本編
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▽G
「腐ったカニ食べて食中毒は分かるけど、恋の手助けして入院長引きって何それ。あはははっ!どんな手助けしたらそうなんの!?あははは!」
ただ今、万事屋に泊りに来ていて、何故暫く連絡が取れなかったのか尋ねれば、そんな思いもよらない近況が語られた。
食中毒で入院はよく聞くけれど、特に後者だ。
笑いがなかなか止まらない。
「笑い事じゃありませんよ」
「人の不幸笑うなんて最低アル」
「何?お前笑いに来たの?帰れば?」
一頻り笑ったあと、気持ちを切り替える為に軽く息をついて、足元に置いていたカバンを膝の上にあげた。
「言ってくれればお見舞い行ったのに。ていうか、お土産持ってきた私に帰れとか言っちゃうんだー?そうかー、いらないのかー。お土産」
私は、その中からメロンをチラリと取り出して見せ、すぐにカバンにしまう。
すると、3人の目が先程の冷たいそれとは打って変わり、キラキラと輝いている。
「でも帰れって言われたから帰――」
「いてください!」
メロンの力って偉大なんだなと思い知らされる。
「新八何やってんだ!美緒様に茶だ!神楽、座布団!」
ハイッと敬礼して、素早く銀ちゃんの指示に従う新ちゃんと神楽ちゃん。
「へいお待ち!」
何故か、3枚の座布団をソファの上に置く神楽ちゃん。
「笑点やってんじゃないんだから、そんなにいらないよ」
「いやいや、お客様を地べたに座らせるなんて出来ないアル。どーぞ」
ソファに座っているから、地べたではない。
神楽ちゃんに無理矢理座らされたのはいいが、ソファの上に3枚の座布団に座っている為、1人だけ視界が高くて偉くなった気がする。
何に動揺しているのか、震える手付きで湯呑みを私の前に置く新ちゃん。
「そ、そそ粗茶ですが……」
銀ちゃんの家に来て、お茶が出てきたのは初めてだ。
「あ、ありがとうございます」
……逆に落ち着かない
神楽ちゃんが、私の手料理を食べたいと言ってきたので、神楽ちゃんと買い出しに行った後、料理を作る事にした。
神楽ちゃんがたくさん食べるので、多めに作ったつもりだったが、あっという間にカラに。
食後に切り分けたメロンは、万事屋同士で火花を散らしている。
メロン争奪戦の審判を任されたが、審判なんていてもいないようなものだ。激しいメロン争奪戦を横目に、1つのメロンにフォークを突き刺す。
メロンも食べ終えて新ちゃんが家に帰った後、神楽ちゃんと一緒に楽しくお風呂に入った。
後は寝るだけとなった時、私の寝る場所について、神楽ちゃんと銀ちゃんがモメだしたのだ。
言い争っているうちに、私の名前はいつの間にかメロンに改名された。
「メロンは絶対私と一緒に寝るアル!邪魔しないでヨ!」
「はァ!?メロンは銀さんと一緒に寝るんですぅ!1万年と2千年前から決まってるんですぅ!」
「それはこっちのセリフアル!銀ちゃんと一緒に寝たらメロンまでちゃらんぽらんになるネ!」
「もうアイツは既にちゃらんぽらんだから関係ありませーん。つーかお前、風呂は一緒に入ったんだから譲れや」
「OKOK、2人とも落ち着こう。今は慌てるような時間じゃない」
言い争いが止まない2人の間に入り、恨みっ子なしのじゃんけんを提案したら思いのほか白熱してしまい、結局私はそのどちらでもないソファに寝る事となったのだ。
あの争いは一体なんだったのだろうか。
そんな事を気にしていたら、彼らとは付き合えないので気にしない事にした。
「ぎゃあああ!助けてェェ!ヘルス!ヘルスミー!」
翌朝、神楽ちゃんの叫び声と何かを蹴り倒したような音で目を覚ました。
神楽ちゃんが助けを求めて叫び散らすなんて私にとっては珍しく、重い体を起こして神楽ちゃんがいるであろう、押し入れにまだ眠い目を向ける。
何故片方の襖だけ倒れているのだろう。
どこからか、神楽ちゃんの焦燥にも似た声で「シェイプシェイプアップ乱!」という謎の言葉が聞こえてくる。
シェイプアップ乱ってなんだと思いながら、襖を直そうと、ふと押し入れの中を見てしまったのが運の尽き。
「…………!」
驚きと恐怖が重なり、尻もちをついてしまった。
声が出ない上に、尻もちをついたまま腰が抜けてしまったのか、逃げようとしても逃げられない。
「た、たた、たたた……ご、ごごご……」
「美緒も何言ってるか分かんねーよ」
「美緒も見たアルか!?見たアルか!?」
台所から戻ってきた銀ちゃんの後ろから、涙を流して聞いてくる神楽ちゃんに、首がちぎれる程頷いた。
「お前らなァ、江戸で生きていくって事はゴキブリと共に生きていくって事と同じ事だぜ。見とけ、江戸っ子の生き様を」
意気揚々と殺虫剤を手に持って、襖を開け――
「うおおおお!」
銀ちゃんの叫びが家に響いた。
新ちゃんがやって来て、銀ちゃんと同じようなゴキブリに対する江戸っ子の心意気を語り退治してくれようとしたが、巨大ゴキブリを背に受け、為す術なく終わった。
「私帰る!もう嫌ァ!帰るぅぅ!離してぇぇ!」
玄関に向かおうとした途端、服や足が引っ張られて、床に顔面を打ち付けた。
後ろに引っ張られて先へ進めない。
「アホォォ!お前も道連れじゃァ!」
「警察だろォ!なんとかしろォ!」
「逃がすかァァァ!」
「さがるぅぅぅぅ!助けてぇぇぇ!」
引きずられながら、一旦居間へと避難。
巨大ゴキブリは、酢昆布を食べたのがきっかけで、奴らの中で何か予測出来ない超反応が起こった結果、あんな状態になったんじゃないかと銀ちゃんが仮説を立てた。
私は、朝から不気味なものを目にした事により、グッタリしてしまい膝を抱える。
「死ぬなら退の腕の中で死にたかった……」
「お前さっきからサガルサガルってうっせーよ。サガルって何?そんなにさがりたかったら、後ろにさがってろよ」
「銀ちゃん、退は――」
「新八、殺虫剤どうした?」
私の答えを聞くまでに、銀ちゃんが思い出したように、新ちゃんに話を振った。
「あ、あっち置いてきちゃった」
またもや絶望的な状況に陥り、退に電話をしようと携帯を取り出した。
「退迎えに来て、帰りたい」
《は?》
「美緒!何抜け駆けしようとしてるアルか!」
「ダッテ……ゴキブリ……コワイ……」
《帰ってきたかったら帰ってきてもいいけど迎えには行けない。じゃーね》
残酷な事に切られてしまった。最悪だ。
電子音が流れる携帯を耳から外して、力なく通話終了ボタンを押す。
「ぎゃあああ!」
新ちゃんの叫び声が響き、肩が跳ねる。
神楽ちゃんと銀ちゃんが慌てて飛び出したので、私も廊下を覗くと勇ましい光景が目に映った。
神楽ちゃんと銀ちゃんが、巨大ゴキブリを殴り倒しているではないか。
「美緒、そっちに新八いるアルか?」
神楽ちゃんに聞かれ、部屋を見回すが新ちゃんの姿はない。
「いないよ。え?新ちゃん消えた?」
「銀ちゃん……新八まさかコイツに」
「バカ言っちゃイカンよ。たかだかデカイだけのゴキブリに……」
ゴキブリが胃液と共に吐き出したのは、新ちゃんの眼鏡。
「新八ィィィ!」
「新ちゃァァァん!」
「何味だった!?新八は何味だったコルァ!」
新ちゃんの敵の如く半狂乱になりながら、蹴り倒す神楽ちゃんと銀ちゃん。私もゴキブリに殺虫剤を吹き付けて応戦する。
銀ちゃんは特に味が気になるのか、何味かを足蹴にしながら聞いている。
神楽ちゃんは定春がいない事を気にしだした。
言われてみれば、昨日も定春の姿がなかった気がする。あんな存在感のある、大きな犬を見失う事があるのだろうか。
「キシャァァ!」
巨大ゴキブリは鳴いた後、漸く動かなくなった。
「オヤオヤ。泣いちゃったよ、このぼっちゃん」
「気持ち悪い……」
「泣いてすむならなァ、ポリスはいらねーんだバカヤロー」
「帰っていい?」
「兄貴ィ、マジコイツどーしてやりましょーか」
「え、誰?」
「とりあえず事務所来い」
くだらない会話をしている中で、玄関の戸を押し倒して入ってきたのは、大量の巨大ゴキブリ。
銀ちゃんは、私と神楽ちゃんを小脇に抱えて、神楽ちゃんの寝床である押し入れに飛び込んだ。
「だー!こっち来るなってーの!一体どーなってんだ?つーか美緒離れろ!胸っ!胸が背中に!」
「無理!」
銀ちゃんの背中にコアラのようにしがみついているので、密着状態。だけど気にしていられない。
神楽ちゃんは、膝を抱えてゴキブリを数えながら横になっている。
下には床が見えない程の大量のゴキブリが……
「あ、ダメだ……」
「え?何がダメ!?」
銀ちゃんの質問を最後に、私の意識が途絶えた。
夢うつつの中、退の匂いが鼻腔をくすぐる。
丁度いい揺れ具合に目を開けると、視界の端には黒い髪。
「さがる……?」
「あ、起きた?旦那から聞いたけど、巨大ゴキブリで気絶したんだってね」
そう笑いながら、私を背負い直した。
「もう本当に無理だったのー。思い出しただけでも気持ち悪い……屯所には出なかったの?」
聞けば、この江戸の町全域に出ていて、下手をすればこの星が乗っ取られていたかもしれないと話す。
しかし、危惧する前に突然巨大ゴキブリが死に絶えたんだとか。
何故かは退にも分からないらしい。
「じゃあ原因は、酢昆布じゃなかったのかな?」
「酢昆布?」
銀ちゃんが立てた仮説を話せば、なんだそれと笑われた。
「旦那も変な事思い付く人だ」
「銀ちゃん面白いよね」
「屯所に戻ってこなくて良かったよ。副長が斬るもんだから、うじゃうじゃ湧き出てきてね」
「マジかー。そっちも大変だったんだね。こっちも銀ちゃんと神楽ちゃんが蹴ってたよ」
「ははっ。あの2人ならやりそうだね」
退の首に回している腕に少し力を入れて、髪の毛に擦り寄る。
「迎えに来てくれてありがとね」
「うん、いいよ」
「腐ったカニ食べて食中毒は分かるけど、恋の手助けして入院長引きって何それ。あはははっ!どんな手助けしたらそうなんの!?あははは!」
ただ今、万事屋に泊りに来ていて、何故暫く連絡が取れなかったのか尋ねれば、そんな思いもよらない近況が語られた。
食中毒で入院はよく聞くけれど、特に後者だ。
笑いがなかなか止まらない。
「笑い事じゃありませんよ」
「人の不幸笑うなんて最低アル」
「何?お前笑いに来たの?帰れば?」
一頻り笑ったあと、気持ちを切り替える為に軽く息をついて、足元に置いていたカバンを膝の上にあげた。
「言ってくれればお見舞い行ったのに。ていうか、お土産持ってきた私に帰れとか言っちゃうんだー?そうかー、いらないのかー。お土産」
私は、その中からメロンをチラリと取り出して見せ、すぐにカバンにしまう。
すると、3人の目が先程の冷たいそれとは打って変わり、キラキラと輝いている。
「でも帰れって言われたから帰――」
「いてください!」
メロンの力って偉大なんだなと思い知らされる。
「新八何やってんだ!美緒様に茶だ!神楽、座布団!」
ハイッと敬礼して、素早く銀ちゃんの指示に従う新ちゃんと神楽ちゃん。
「へいお待ち!」
何故か、3枚の座布団をソファの上に置く神楽ちゃん。
「笑点やってんじゃないんだから、そんなにいらないよ」
「いやいや、お客様を地べたに座らせるなんて出来ないアル。どーぞ」
ソファに座っているから、地べたではない。
神楽ちゃんに無理矢理座らされたのはいいが、ソファの上に3枚の座布団に座っている為、1人だけ視界が高くて偉くなった気がする。
何に動揺しているのか、震える手付きで湯呑みを私の前に置く新ちゃん。
「そ、そそ粗茶ですが……」
銀ちゃんの家に来て、お茶が出てきたのは初めてだ。
「あ、ありがとうございます」
……逆に落ち着かない
神楽ちゃんが、私の手料理を食べたいと言ってきたので、神楽ちゃんと買い出しに行った後、料理を作る事にした。
神楽ちゃんがたくさん食べるので、多めに作ったつもりだったが、あっという間にカラに。
食後に切り分けたメロンは、万事屋同士で火花を散らしている。
メロン争奪戦の審判を任されたが、審判なんていてもいないようなものだ。激しいメロン争奪戦を横目に、1つのメロンにフォークを突き刺す。
メロンも食べ終えて新ちゃんが家に帰った後、神楽ちゃんと一緒に楽しくお風呂に入った。
後は寝るだけとなった時、私の寝る場所について、神楽ちゃんと銀ちゃんがモメだしたのだ。
言い争っているうちに、私の名前はいつの間にかメロンに改名された。
「メロンは絶対私と一緒に寝るアル!邪魔しないでヨ!」
「はァ!?メロンは銀さんと一緒に寝るんですぅ!1万年と2千年前から決まってるんですぅ!」
「それはこっちのセリフアル!銀ちゃんと一緒に寝たらメロンまでちゃらんぽらんになるネ!」
「もうアイツは既にちゃらんぽらんだから関係ありませーん。つーかお前、風呂は一緒に入ったんだから譲れや」
「OKOK、2人とも落ち着こう。今は慌てるような時間じゃない」
言い争いが止まない2人の間に入り、恨みっ子なしのじゃんけんを提案したら思いのほか白熱してしまい、結局私はそのどちらでもないソファに寝る事となったのだ。
あの争いは一体なんだったのだろうか。
そんな事を気にしていたら、彼らとは付き合えないので気にしない事にした。
「ぎゃあああ!助けてェェ!ヘルス!ヘルスミー!」
翌朝、神楽ちゃんの叫び声と何かを蹴り倒したような音で目を覚ました。
神楽ちゃんが助けを求めて叫び散らすなんて私にとっては珍しく、重い体を起こして神楽ちゃんがいるであろう、押し入れにまだ眠い目を向ける。
何故片方の襖だけ倒れているのだろう。
どこからか、神楽ちゃんの焦燥にも似た声で「シェイプシェイプアップ乱!」という謎の言葉が聞こえてくる。
シェイプアップ乱ってなんだと思いながら、襖を直そうと、ふと押し入れの中を見てしまったのが運の尽き。
「…………!」
驚きと恐怖が重なり、尻もちをついてしまった。
声が出ない上に、尻もちをついたまま腰が抜けてしまったのか、逃げようとしても逃げられない。
「た、たた、たたた……ご、ごごご……」
「美緒も何言ってるか分かんねーよ」
「美緒も見たアルか!?見たアルか!?」
台所から戻ってきた銀ちゃんの後ろから、涙を流して聞いてくる神楽ちゃんに、首がちぎれる程頷いた。
「お前らなァ、江戸で生きていくって事はゴキブリと共に生きていくって事と同じ事だぜ。見とけ、江戸っ子の生き様を」
意気揚々と殺虫剤を手に持って、襖を開け――
「うおおおお!」
銀ちゃんの叫びが家に響いた。
新ちゃんがやって来て、銀ちゃんと同じようなゴキブリに対する江戸っ子の心意気を語り退治してくれようとしたが、巨大ゴキブリを背に受け、為す術なく終わった。
「私帰る!もう嫌ァ!帰るぅぅ!離してぇぇ!」
玄関に向かおうとした途端、服や足が引っ張られて、床に顔面を打ち付けた。
後ろに引っ張られて先へ進めない。
「アホォォ!お前も道連れじゃァ!」
「警察だろォ!なんとかしろォ!」
「逃がすかァァァ!」
「さがるぅぅぅぅ!助けてぇぇぇ!」
引きずられながら、一旦居間へと避難。
巨大ゴキブリは、酢昆布を食べたのがきっかけで、奴らの中で何か予測出来ない超反応が起こった結果、あんな状態になったんじゃないかと銀ちゃんが仮説を立てた。
私は、朝から不気味なものを目にした事により、グッタリしてしまい膝を抱える。
「死ぬなら退の腕の中で死にたかった……」
「お前さっきからサガルサガルってうっせーよ。サガルって何?そんなにさがりたかったら、後ろにさがってろよ」
「銀ちゃん、退は――」
「新八、殺虫剤どうした?」
私の答えを聞くまでに、銀ちゃんが思い出したように、新ちゃんに話を振った。
「あ、あっち置いてきちゃった」
またもや絶望的な状況に陥り、退に電話をしようと携帯を取り出した。
「退迎えに来て、帰りたい」
《は?》
「美緒!何抜け駆けしようとしてるアルか!」
「ダッテ……ゴキブリ……コワイ……」
《帰ってきたかったら帰ってきてもいいけど迎えには行けない。じゃーね》
残酷な事に切られてしまった。最悪だ。
電子音が流れる携帯を耳から外して、力なく通話終了ボタンを押す。
「ぎゃあああ!」
新ちゃんの叫び声が響き、肩が跳ねる。
神楽ちゃんと銀ちゃんが慌てて飛び出したので、私も廊下を覗くと勇ましい光景が目に映った。
神楽ちゃんと銀ちゃんが、巨大ゴキブリを殴り倒しているではないか。
「美緒、そっちに新八いるアルか?」
神楽ちゃんに聞かれ、部屋を見回すが新ちゃんの姿はない。
「いないよ。え?新ちゃん消えた?」
「銀ちゃん……新八まさかコイツに」
「バカ言っちゃイカンよ。たかだかデカイだけのゴキブリに……」
ゴキブリが胃液と共に吐き出したのは、新ちゃんの眼鏡。
「新八ィィィ!」
「新ちゃァァァん!」
「何味だった!?新八は何味だったコルァ!」
新ちゃんの敵の如く半狂乱になりながら、蹴り倒す神楽ちゃんと銀ちゃん。私もゴキブリに殺虫剤を吹き付けて応戦する。
銀ちゃんは特に味が気になるのか、何味かを足蹴にしながら聞いている。
神楽ちゃんは定春がいない事を気にしだした。
言われてみれば、昨日も定春の姿がなかった気がする。あんな存在感のある、大きな犬を見失う事があるのだろうか。
「キシャァァ!」
巨大ゴキブリは鳴いた後、漸く動かなくなった。
「オヤオヤ。泣いちゃったよ、このぼっちゃん」
「気持ち悪い……」
「泣いてすむならなァ、ポリスはいらねーんだバカヤロー」
「帰っていい?」
「兄貴ィ、マジコイツどーしてやりましょーか」
「え、誰?」
「とりあえず事務所来い」
くだらない会話をしている中で、玄関の戸を押し倒して入ってきたのは、大量の巨大ゴキブリ。
銀ちゃんは、私と神楽ちゃんを小脇に抱えて、神楽ちゃんの寝床である押し入れに飛び込んだ。
「だー!こっち来るなってーの!一体どーなってんだ?つーか美緒離れろ!胸っ!胸が背中に!」
「無理!」
銀ちゃんの背中にコアラのようにしがみついているので、密着状態。だけど気にしていられない。
神楽ちゃんは、膝を抱えてゴキブリを数えながら横になっている。
下には床が見えない程の大量のゴキブリが……
「あ、ダメだ……」
「え?何がダメ!?」
銀ちゃんの質問を最後に、私の意識が途絶えた。
夢うつつの中、退の匂いが鼻腔をくすぐる。
丁度いい揺れ具合に目を開けると、視界の端には黒い髪。
「さがる……?」
「あ、起きた?旦那から聞いたけど、巨大ゴキブリで気絶したんだってね」
そう笑いながら、私を背負い直した。
「もう本当に無理だったのー。思い出しただけでも気持ち悪い……屯所には出なかったの?」
聞けば、この江戸の町全域に出ていて、下手をすればこの星が乗っ取られていたかもしれないと話す。
しかし、危惧する前に突然巨大ゴキブリが死に絶えたんだとか。
何故かは退にも分からないらしい。
「じゃあ原因は、酢昆布じゃなかったのかな?」
「酢昆布?」
銀ちゃんが立てた仮説を話せば、なんだそれと笑われた。
「旦那も変な事思い付く人だ」
「銀ちゃん面白いよね」
「屯所に戻ってこなくて良かったよ。副長が斬るもんだから、うじゃうじゃ湧き出てきてね」
「マジかー。そっちも大変だったんだね。こっちも銀ちゃんと神楽ちゃんが蹴ってたよ」
「ははっ。あの2人ならやりそうだね」
退の首に回している腕に少し力を入れて、髪の毛に擦り寄る。
「迎えに来てくれてありがとね」
「うん、いいよ」