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▽近藤さんと
最初、女が真選組に志願してきたと知った時は、絶対に勤まらないだろうと思っていた。
しかし、自分よりも大きく体格のいい男にもめげずに立ち向かっていくその姿に、1人の侍を見た。
幻覚だったのかもしれない。俺の理想や幻想を見ていただけに過ぎないのかもしれない。それでも、彼女の中にあるぶれない強さを見た。
あれだけ不採用にすると言っていたトシが、どういうわけか、面接をした後に採用すると言い出したのだ。面接中に何があったかは分からないが、思うところがあったのだろう。
初めての女隊士。
扱いや心構えなど、俺の部屋で少し話をしようと彼女を呼んだ。
争いを好まなさそうなふわふわした雰囲気をしているのに、よくあの研修を乗り越えたものだ。
真選組に入ろうなんて思う程だ。そんな女が、ヤワなわけないか。
「内田さん、こんな男しかいないムサイ所だがね、これからよろしく頼むよ」
「はい。よろしくお願いします」
「俺らは剣の扱いにゃ慣れてるが、どうにも女の扱い方はよく分かってねェところがあってね、連中が無礼をはたらくかもしれないが許してやってくれ」
「大丈夫です。他の隊士と同様に扱ってやってください。暴力には慣れてます」
おっとー?今この子なんて言った?暴力慣れてるって言った?どんなところで産まれ育ったんだ?
突っ込んでいいのコレ?それとも触れちゃダメなやつ?
でも、男相手にも関わらず、諦める事を知らないかのように負けじと立ち向かっていく姿に、護られてばかりいるような育ち方はしていないだろう事は容易に想像出来た。
家庭環境などによって色々あるのかもしれない。そこには深く触れない事にした。
ここに集まる連中は、家庭や育ってきた環境などがエリートなわけでもない。むしろワケありの方が多いくらいだ。
それに、エリートならば真選組 には来ないだろう。
「お言葉に甘えてそうさせてもらうよ。でも、ウチは生ぬるい湯には浸からない主義だからね、覚悟してください」
「はい、望むところです。ガンガン扱いてやってください。強くなりたいので」
「お、いい心構えだ。それにしても、内田さんはどうしてそこまで強くなる事を望むんだ?女の子は護られたいと思うものなんだと思ってたんだが」
難しい質問だったのか、笑顔を引っ込めて黙ってしまった。
言い方を変えようかと、どう聞き直そうか思案していた時、彼女が先に口を開いた。
「私は、護られたいと思った事はないです。でも、私はどう転んでも女です。男には勝てない。結局最後は護られる存在なんだと思います。それでも、私は山崎を護りたいんです。その為には強さが必要なんです」
山崎……
「山崎って、監察の山崎でいいんだよね?内田さん、山崎と面識あるの?」
「私、山崎の彼女です」
か、か、彼女ォォォ!?あの山崎に彼女だとォォ!?
その一言に衝撃が走り、心に致命傷を負った。
山崎にそんな素振りもなかったし、そんな事一言も言っていなかった。
どう見ても童貞で、ヘタレなあの山崎に彼女がいるなんて誰が予想出来ただろう。
山崎、お前はそういうキャラじゃないだろ。ずっと童貞を貫くものだと思っていたのに。
「あ……そうなんだ……へぇー……」
「私、近藤さんにお礼が言いたかったんです」
唐突に言われたそれに、疑問符を浮かべる。
内田さんに礼を言われるような事をした覚えがない。
「たまに、山崎と手紙のやり取りをしてたんですけど、私、近藤さんには感謝しかなくて。山崎は、田舎にいた時喧嘩ばかりしてて荒れてたんです。でも、近藤さんに出会えていい方向に変わったんだなって、手紙を読んでいてそれが凄く伝わってきて嬉しかったんです。近藤さん、山崎を真選組に入れてくれて本当にありがとうございます」
深々と頭を下げられて困惑してしまう。
山崎を変えたつもりは更々ない。山崎が手紙になんて書いたか知らないが、全く身に覚えがない事に礼を言われて戸惑う。
それでも、そう言われて悪い気がしないのも確かだ。
俺のやっている事が、誰かの助けとなりいい方向に変えられたのなら局長冥利に尽きるというもの。
「いやいや、俺はなんもしとらんよ。こっちこそ、そう言ってもらえて嬉しいよ。ありがとう。頭をあげて」
ゆっくりと頭をあげた内田さんは、俺を見て微笑んだ。
それにしても、こんなに想ってくれる彼女がいるとは。山崎もなかなかやるじゃないか。
彼女を山崎と同じ所属に入れる事にした。その方が山崎も安心するだろう。
男と同じ扱いでいいと言われたが、さすがに全部同じには出来ず、個室を与えて、風呂の時間も別にした。
仕事の報告をしに来たトシに、ついでに内田さんの話を振る。
「トシ、男を追いかけてこんな所に入るなんざ、よっぽどの覚悟がないと無理だよな」
「なんの話だ」
「いや、内田さんの話だよ。山崎を追っかけてきたんだと。しかも2人は恋仲だっつーんだからビックリだよな」
トシも驚くかと思ったが、納得といった表情を浮かべた。もしかしたら面接の時に聞いたのかもしれない。
「男を追いかけて、ね……女がよくやるよ。そばにいて傷付く事もあるってのに……」
「…………」
目を伏せてそう呟いたトシは、今何を思い浮かべたのだろう。
恐らく……いや……
護る為に、相手の幸せを想って、自分に嘘までついて惚れた女を置いてきたトシにとって、この状況はキツいものがあるだろう。
「山崎も、最初は別の道を辿ろうと田舎に置いてきたんだろう。それが、追いかけてくるとは思ってなかったのかもしれんな。山崎とは内田さんの事について話したのか?」
「いや、まだ話せてねェ。ていうより話さなくてもいいだろ。こうなったらアイツに任せるしかねェ。辞めさせるにしても、続けさせるにしても、俺達ゃ普段通りにするだけだ」
「まァ、そうだが……」
「いつからそういう仲なのか知らねェが、もし、山崎が近藤さんの言う通り、別の道を辿ろうと置いてきたんなら別れるべきだったな。アイツは、自分の女が死ぬか、死にかけてんのを見て気付くんだよ。内田だってそうだ。アイツらには覚悟がたりねェ」
「トシの気持ちも分かるが、死に際の最期まで一緒にいてェって思う奴らもいるんじゃねェのか。それがアイツらなんだろ。まァ、本人がいない中で話し合ってても俺達の想像にしか過ぎんが」
「……そうだな」
紫煙を吐き出したトシは憂い顔で遠くを見据えた。
「トシ、もし……」
もし、ミツバ殿の体が丈夫であれば、お前はどうした?
……いや、愚問だな。コイツは、それでも置いていく事を選んだだろう。いつ死ぬか分からない自分のそばには置いておけない。彼女の安全と平穏な幸せを願う。そういう奴だ。
俺は浮かんだ質問を飲み込んで、別の事を問いかけた。
「トシは、なんで内田さんをいれようと思ったんだ?あれだけ不採用だと言ってただろ。それに、山崎に任せないで、面接で不採用にする事も出来ただろ。まさか、俺に気を遣ってとか言わないだろーな?」
「近藤さんに気ィ遣った覚えはねェよ。近藤さんが前言ってた通り、不採用を言い渡しても帰らねェ。面接だけであんなに疲れたのは初めてだ。断る方が骨折れる」
「わははは!何があったか知らんが、内田さんにはこっぴどくやられたみたいだな。見かけによらずやんちゃな子と見た」
トシは、項垂れた顔に手を当てて、ため息混じりに話しだした。
「やんちゃなんて可愛いもんじゃねェ。面接の時手合わせしたが相当しつこかった……ありゃ女じゃねェ、猪だ」
揉んでやれとは言ったが、まさかここまでトシが嘆く事になるとは。しかも、トシに"猪"と言わしめる女。真選組は、なかなかどうして一筋縄ではいかない連中ばかりが集まってくるものだ。
「はっはっは!野良犬の群れに猪が混ざりこんできたか!いやー、そりゃあいい。これからが楽しみだな。トシ」
「笑い事かよ。また問題児が増えたぞ。どうすんだ」
「それが真選組ってもんよ。ちゃんと手綱がとれるんならそりゃもう真選組じゃねェ。別の何かだ」
笑う俺とは正反対に苦い顔でため息をついた。
「まァ、そう心配なさんな。今までもどうにかやってきたんだ。これからもどうにかなるさ」
「……そうだな、入れちまったもんはしょうがねェ」
「しかし、トシにそこまで言わせるとは。俺も手合わせしたくなってきたな。今度頼んでみるか」
「やる時は覚悟しろよ。俺はアイツを気絶させてようやくだ」
「き、気絶?え?そこまでなのか?」
諦めは悪そうだなと思っていたが、まさか気絶させるまで止めないとは想定外にも程がある。
手合わせが怖くなってきた。
「まァ、百聞は一見にしかずだ。やってみたらいい。部下の力量を知るにはちょうどいいだろ」
「いや、まァそうだけど、ちょっとトシも一緒にいてくんない?俺、あの子を気絶させるとか無理なんだけど。あの子、簡単に骨とか折れそうで怖いんだよ」
「は?知らねェよ。そこまで面倒見れるか。山崎に頼んだらいいだろ。アイツなら止め方とか知ってんだろ」
「そうだな!よし、ザキに付き添ってもらおう」
山崎なら、気絶や骨も折らずに無事に止めてくれそうだ。今まで、これ程にまで山崎を頼もしいと思った事はあっただろうか。
トシは、まだ何かあるのか何やら頭を悩ませている。どうした?と聞けば、いや……と、話しにくそうに言葉を紡いだ。
「……女ってのはどうにも扱いが分からん」
「他の隊士と同じ扱いでいいと本人から了承は得てる。厳しくしていいと」
「それなら楽でいい。じゃあ今からちょっとぶん殴ってくるか。思い出したら腹立ってきた」
「え、えええ!?トシ、お手柔らかにしてやれよ!同じ扱いっていっても相手は女の子だぞ!」
どこかに行ってしまったトシにそう声をかけて数分後、追いかけられている内田さんが視界の隅に入ってきた。
後日、山崎を立会人として、内田さんと手合わせをする事にした。そこで俺は後悔する事になる。
「はい、局長の勝ちー」
山崎なんて立っている事すら面倒になったのか、壁に凭れて座り、欠伸を噛み殺して勝敗を告げた。一方で、俺の向かいで尻をついていた内田さんはすぐに立ち上がり竹刀を構える。肩で息をしていて今にも倒れそうな程ふらついているのに、どこからその力が出てくるのだろう。
「もう1本お願いします」
「ちょ、ちょっと待って!一旦休憩しよう。休憩も大事だからね」
「休憩終わったらまたしてください」
そのセリフに、耳の奥で血の気が引く音がした。慌てて山崎のそばに行き助けを乞う。
「助けてザキィ!これいつ終わるの?もう1本が全然終わらないんだけどォ!」
山崎は俺を一瞥すると、若干めんどくさそうに立ち上がって、素振りをしている内田さんのところに歩み寄った。
「美緒ちゃん、局長がギブだって。もうやめてあげな」
「えっ、私まだ勝ってないよ」
か、勝つまでやる気だったの!?恐ろしい子!
「無理だよ、一生局長に勝てないよ。もうやめな」
「えー……」
「えー、じゃない。終わり。充分やっただろ」
持っていたタオルで、彼女の顔の汗を拭ってやる山崎に唖然となる。そして、彼女は彼女で、山崎の服を両手で掴み上目遣いで首を傾げた。
「じゃあ次相手してくれる?」
そんなあざとい仕草にも動じず、平然と「嫌だよ。見てるだけで疲れた」とため息混じりに返した。
俺がそんな態度を取られようものなら、疲れている体を叱咤してでも付き合うし、いくらでも甘やかしてしまうだろう。
「美緒ちゃんも疲れてるだろ。今日はもう終わり。分かった?」
渋々といった感じだったが、頷いたその頭をいい子と撫でた。
嬉しそうに山崎を見上げて、頬を朱に染める。山崎も、愛しそうな眼差しを内田さんに向けている。その空気もまたピンク色に染まっているように見えて、今にもキスなどしてしまいそうな雰囲気だ。
「い、いけませんんんん!」
我慢ならずに叫んで、2人の間に割って入れば、ビクッと2人の肩が揺れたのが見えた。
え、局長?と狼狽えている山崎の肩を掴むと、聞こえた息を飲む音。
「山崎!俺の目の前でイチャイチャしやがって!いけませんよ!屯所内でムラムラなんて絶対に許しません!」
「え、なんの話ですか」
「ちょっと2人ともそこに座りなさい!ムラムラなんて君達にはまだ早いです!」
「局長、お言葉ですが山崎さんは30歳です。それでも早いですか?」
座らせた2人に説教をしようとしたら、内田さんの衝撃発言に言葉を詰まらせた。
山崎30なの?嘘だろ?絶対俺より年下だと思ってた。これで30って童顔にも程があるだろ。30歳でムラムラは……早くないな。え、どうしよ。山崎30歳事件でムラムラなんかどうでもよくなってきたんだけど。話す事なくなったんだけど。
「……俺が言いたいのは節度を持ってという事をだね……」
トシィィィ!助けてェェ!俺、これから何を話せばいい!?この空気どうしたらいいコレ!?ねェトシィィ!助けてトシィィィ!
最初、女が真選組に志願してきたと知った時は、絶対に勤まらないだろうと思っていた。
しかし、自分よりも大きく体格のいい男にもめげずに立ち向かっていくその姿に、1人の侍を見た。
幻覚だったのかもしれない。俺の理想や幻想を見ていただけに過ぎないのかもしれない。それでも、彼女の中にあるぶれない強さを見た。
あれだけ不採用にすると言っていたトシが、どういうわけか、面接をした後に採用すると言い出したのだ。面接中に何があったかは分からないが、思うところがあったのだろう。
初めての女隊士。
扱いや心構えなど、俺の部屋で少し話をしようと彼女を呼んだ。
争いを好まなさそうなふわふわした雰囲気をしているのに、よくあの研修を乗り越えたものだ。
真選組に入ろうなんて思う程だ。そんな女が、ヤワなわけないか。
「内田さん、こんな男しかいないムサイ所だがね、これからよろしく頼むよ」
「はい。よろしくお願いします」
「俺らは剣の扱いにゃ慣れてるが、どうにも女の扱い方はよく分かってねェところがあってね、連中が無礼をはたらくかもしれないが許してやってくれ」
「大丈夫です。他の隊士と同様に扱ってやってください。暴力には慣れてます」
おっとー?今この子なんて言った?暴力慣れてるって言った?どんなところで産まれ育ったんだ?
突っ込んでいいのコレ?それとも触れちゃダメなやつ?
でも、男相手にも関わらず、諦める事を知らないかのように負けじと立ち向かっていく姿に、護られてばかりいるような育ち方はしていないだろう事は容易に想像出来た。
家庭環境などによって色々あるのかもしれない。そこには深く触れない事にした。
ここに集まる連中は、家庭や育ってきた環境などがエリートなわけでもない。むしろワケありの方が多いくらいだ。
それに、エリートならば
「お言葉に甘えてそうさせてもらうよ。でも、ウチは生ぬるい湯には浸からない主義だからね、覚悟してください」
「はい、望むところです。ガンガン扱いてやってください。強くなりたいので」
「お、いい心構えだ。それにしても、内田さんはどうしてそこまで強くなる事を望むんだ?女の子は護られたいと思うものなんだと思ってたんだが」
難しい質問だったのか、笑顔を引っ込めて黙ってしまった。
言い方を変えようかと、どう聞き直そうか思案していた時、彼女が先に口を開いた。
「私は、護られたいと思った事はないです。でも、私はどう転んでも女です。男には勝てない。結局最後は護られる存在なんだと思います。それでも、私は山崎を護りたいんです。その為には強さが必要なんです」
山崎……
「山崎って、監察の山崎でいいんだよね?内田さん、山崎と面識あるの?」
「私、山崎の彼女です」
か、か、彼女ォォォ!?あの山崎に彼女だとォォ!?
その一言に衝撃が走り、心に致命傷を負った。
山崎にそんな素振りもなかったし、そんな事一言も言っていなかった。
どう見ても童貞で、ヘタレなあの山崎に彼女がいるなんて誰が予想出来ただろう。
山崎、お前はそういうキャラじゃないだろ。ずっと童貞を貫くものだと思っていたのに。
「あ……そうなんだ……へぇー……」
「私、近藤さんにお礼が言いたかったんです」
唐突に言われたそれに、疑問符を浮かべる。
内田さんに礼を言われるような事をした覚えがない。
「たまに、山崎と手紙のやり取りをしてたんですけど、私、近藤さんには感謝しかなくて。山崎は、田舎にいた時喧嘩ばかりしてて荒れてたんです。でも、近藤さんに出会えていい方向に変わったんだなって、手紙を読んでいてそれが凄く伝わってきて嬉しかったんです。近藤さん、山崎を真選組に入れてくれて本当にありがとうございます」
深々と頭を下げられて困惑してしまう。
山崎を変えたつもりは更々ない。山崎が手紙になんて書いたか知らないが、全く身に覚えがない事に礼を言われて戸惑う。
それでも、そう言われて悪い気がしないのも確かだ。
俺のやっている事が、誰かの助けとなりいい方向に変えられたのなら局長冥利に尽きるというもの。
「いやいや、俺はなんもしとらんよ。こっちこそ、そう言ってもらえて嬉しいよ。ありがとう。頭をあげて」
ゆっくりと頭をあげた内田さんは、俺を見て微笑んだ。
それにしても、こんなに想ってくれる彼女がいるとは。山崎もなかなかやるじゃないか。
彼女を山崎と同じ所属に入れる事にした。その方が山崎も安心するだろう。
男と同じ扱いでいいと言われたが、さすがに全部同じには出来ず、個室を与えて、風呂の時間も別にした。
仕事の報告をしに来たトシに、ついでに内田さんの話を振る。
「トシ、男を追いかけてこんな所に入るなんざ、よっぽどの覚悟がないと無理だよな」
「なんの話だ」
「いや、内田さんの話だよ。山崎を追っかけてきたんだと。しかも2人は恋仲だっつーんだからビックリだよな」
トシも驚くかと思ったが、納得といった表情を浮かべた。もしかしたら面接の時に聞いたのかもしれない。
「男を追いかけて、ね……女がよくやるよ。そばにいて傷付く事もあるってのに……」
「…………」
目を伏せてそう呟いたトシは、今何を思い浮かべたのだろう。
恐らく……いや……
護る為に、相手の幸せを想って、自分に嘘までついて惚れた女を置いてきたトシにとって、この状況はキツいものがあるだろう。
「山崎も、最初は別の道を辿ろうと田舎に置いてきたんだろう。それが、追いかけてくるとは思ってなかったのかもしれんな。山崎とは内田さんの事について話したのか?」
「いや、まだ話せてねェ。ていうより話さなくてもいいだろ。こうなったらアイツに任せるしかねェ。辞めさせるにしても、続けさせるにしても、俺達ゃ普段通りにするだけだ」
「まァ、そうだが……」
「いつからそういう仲なのか知らねェが、もし、山崎が近藤さんの言う通り、別の道を辿ろうと置いてきたんなら別れるべきだったな。アイツは、自分の女が死ぬか、死にかけてんのを見て気付くんだよ。内田だってそうだ。アイツらには覚悟がたりねェ」
「トシの気持ちも分かるが、死に際の最期まで一緒にいてェって思う奴らもいるんじゃねェのか。それがアイツらなんだろ。まァ、本人がいない中で話し合ってても俺達の想像にしか過ぎんが」
「……そうだな」
紫煙を吐き出したトシは憂い顔で遠くを見据えた。
「トシ、もし……」
もし、ミツバ殿の体が丈夫であれば、お前はどうした?
……いや、愚問だな。コイツは、それでも置いていく事を選んだだろう。いつ死ぬか分からない自分のそばには置いておけない。彼女の安全と平穏な幸せを願う。そういう奴だ。
俺は浮かんだ質問を飲み込んで、別の事を問いかけた。
「トシは、なんで内田さんをいれようと思ったんだ?あれだけ不採用だと言ってただろ。それに、山崎に任せないで、面接で不採用にする事も出来ただろ。まさか、俺に気を遣ってとか言わないだろーな?」
「近藤さんに気ィ遣った覚えはねェよ。近藤さんが前言ってた通り、不採用を言い渡しても帰らねェ。面接だけであんなに疲れたのは初めてだ。断る方が骨折れる」
「わははは!何があったか知らんが、内田さんにはこっぴどくやられたみたいだな。見かけによらずやんちゃな子と見た」
トシは、項垂れた顔に手を当てて、ため息混じりに話しだした。
「やんちゃなんて可愛いもんじゃねェ。面接の時手合わせしたが相当しつこかった……ありゃ女じゃねェ、猪だ」
揉んでやれとは言ったが、まさかここまでトシが嘆く事になるとは。しかも、トシに"猪"と言わしめる女。真選組は、なかなかどうして一筋縄ではいかない連中ばかりが集まってくるものだ。
「はっはっは!野良犬の群れに猪が混ざりこんできたか!いやー、そりゃあいい。これからが楽しみだな。トシ」
「笑い事かよ。また問題児が増えたぞ。どうすんだ」
「それが真選組ってもんよ。ちゃんと手綱がとれるんならそりゃもう真選組じゃねェ。別の何かだ」
笑う俺とは正反対に苦い顔でため息をついた。
「まァ、そう心配なさんな。今までもどうにかやってきたんだ。これからもどうにかなるさ」
「……そうだな、入れちまったもんはしょうがねェ」
「しかし、トシにそこまで言わせるとは。俺も手合わせしたくなってきたな。今度頼んでみるか」
「やる時は覚悟しろよ。俺はアイツを気絶させてようやくだ」
「き、気絶?え?そこまでなのか?」
諦めは悪そうだなと思っていたが、まさか気絶させるまで止めないとは想定外にも程がある。
手合わせが怖くなってきた。
「まァ、百聞は一見にしかずだ。やってみたらいい。部下の力量を知るにはちょうどいいだろ」
「いや、まァそうだけど、ちょっとトシも一緒にいてくんない?俺、あの子を気絶させるとか無理なんだけど。あの子、簡単に骨とか折れそうで怖いんだよ」
「は?知らねェよ。そこまで面倒見れるか。山崎に頼んだらいいだろ。アイツなら止め方とか知ってんだろ」
「そうだな!よし、ザキに付き添ってもらおう」
山崎なら、気絶や骨も折らずに無事に止めてくれそうだ。今まで、これ程にまで山崎を頼もしいと思った事はあっただろうか。
トシは、まだ何かあるのか何やら頭を悩ませている。どうした?と聞けば、いや……と、話しにくそうに言葉を紡いだ。
「……女ってのはどうにも扱いが分からん」
「他の隊士と同じ扱いでいいと本人から了承は得てる。厳しくしていいと」
「それなら楽でいい。じゃあ今からちょっとぶん殴ってくるか。思い出したら腹立ってきた」
「え、えええ!?トシ、お手柔らかにしてやれよ!同じ扱いっていっても相手は女の子だぞ!」
どこかに行ってしまったトシにそう声をかけて数分後、追いかけられている内田さんが視界の隅に入ってきた。
後日、山崎を立会人として、内田さんと手合わせをする事にした。そこで俺は後悔する事になる。
「はい、局長の勝ちー」
山崎なんて立っている事すら面倒になったのか、壁に凭れて座り、欠伸を噛み殺して勝敗を告げた。一方で、俺の向かいで尻をついていた内田さんはすぐに立ち上がり竹刀を構える。肩で息をしていて今にも倒れそうな程ふらついているのに、どこからその力が出てくるのだろう。
「もう1本お願いします」
「ちょ、ちょっと待って!一旦休憩しよう。休憩も大事だからね」
「休憩終わったらまたしてください」
そのセリフに、耳の奥で血の気が引く音がした。慌てて山崎のそばに行き助けを乞う。
「助けてザキィ!これいつ終わるの?もう1本が全然終わらないんだけどォ!」
山崎は俺を一瞥すると、若干めんどくさそうに立ち上がって、素振りをしている内田さんのところに歩み寄った。
「美緒ちゃん、局長がギブだって。もうやめてあげな」
「えっ、私まだ勝ってないよ」
か、勝つまでやる気だったの!?恐ろしい子!
「無理だよ、一生局長に勝てないよ。もうやめな」
「えー……」
「えー、じゃない。終わり。充分やっただろ」
持っていたタオルで、彼女の顔の汗を拭ってやる山崎に唖然となる。そして、彼女は彼女で、山崎の服を両手で掴み上目遣いで首を傾げた。
「じゃあ次相手してくれる?」
そんなあざとい仕草にも動じず、平然と「嫌だよ。見てるだけで疲れた」とため息混じりに返した。
俺がそんな態度を取られようものなら、疲れている体を叱咤してでも付き合うし、いくらでも甘やかしてしまうだろう。
「美緒ちゃんも疲れてるだろ。今日はもう終わり。分かった?」
渋々といった感じだったが、頷いたその頭をいい子と撫でた。
嬉しそうに山崎を見上げて、頬を朱に染める。山崎も、愛しそうな眼差しを内田さんに向けている。その空気もまたピンク色に染まっているように見えて、今にもキスなどしてしまいそうな雰囲気だ。
「い、いけませんんんん!」
我慢ならずに叫んで、2人の間に割って入れば、ビクッと2人の肩が揺れたのが見えた。
え、局長?と狼狽えている山崎の肩を掴むと、聞こえた息を飲む音。
「山崎!俺の目の前でイチャイチャしやがって!いけませんよ!屯所内でムラムラなんて絶対に許しません!」
「え、なんの話ですか」
「ちょっと2人ともそこに座りなさい!ムラムラなんて君達にはまだ早いです!」
「局長、お言葉ですが山崎さんは30歳です。それでも早いですか?」
座らせた2人に説教をしようとしたら、内田さんの衝撃発言に言葉を詰まらせた。
山崎30なの?嘘だろ?絶対俺より年下だと思ってた。これで30って童顔にも程があるだろ。30歳でムラムラは……早くないな。え、どうしよ。山崎30歳事件でムラムラなんかどうでもよくなってきたんだけど。話す事なくなったんだけど。
「……俺が言いたいのは節度を持ってという事をだね……」
トシィィィ!助けてェェ!俺、これから何を話せばいい!?この空気どうしたらいいコレ!?ねェトシィィ!助けてトシィィィ!