本編
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▽怪談
「今夜、稲山さんの怪談大会があるんだって」
「うえぇぇぇ……マジでかー……」
あからさまに嫌な表情をする美緒ちゃん。
稲山さんの話を聞いた後、数日は話を思い出して、1人で寝るのが怖いらしく一緒に寝る事になる。
俺にとっては、稲山さんの話よりそっちが楽しみで仕方ない。だから俺は無理にでも誘う。
「今年はいいや。欠席します」
「無理。強制参加だし」
「はァ!?今までそんな事なかったじゃん」
「楽しみだね」
「全っっ然!このまま夜なんか来なければいいのに!」
美緒ちゃんの願いも虚しく、怪談大会の時間がやってきた。
隊士の大半が集まった部屋を真っ暗にして、稲山さんは自分の顔を懐中電灯で下から照らした。
それだけで美緒ちゃんは、顔を引きつらせている。
「あれは今日みたいな蚊がたくさん飛んでる暑い夜だったねェ……俺、友達と一緒に花火やってるうちにいつの間にか辺りは真っ暗になっちゃって、いけね、母ちゃんにぶっ飛ばされるってんで帰る事になったわけ。それでね、散らかった花火片付けて寺子屋の方見たの」
段々、俺の袖を握る美緒ちゃんの手に力が入っていくが、それを他所に稲山さんの話はまだ続く。
「そしたらさァもう夜中だよ。そんな時間にさァ、寺子屋の窓から赤い着物の女がこっち見てんの。俺もうギョッとしちゃって。でも気になったんで聞いてみたの。なにやってんのこんな時間にって。そしたらその女ニヤッと笑ってさ」
「マヨネーズがたりないんだけどォォ!」
「ぎゃふぁァァァ!」
副長のくだらない事でオチを台無しにされ、興ざめしてしまった。
既に十分マヨネーズはかかっていて、もはや黄色い奴になっているというのに。
ふと美緒ちゃんを見ると、マヨネーズで泣いている。
あーあ、泣いちゃった。まァそっちの方がかえっていいけど。
涙を拭いながら、美緒ちゃんは立ち上がると、副長の方に歩いて行った。と思えば、焼きそば改め黄色い奴の皿を奪い「こんなもの!」と頭上に掲げたのだ。
投げ捨てるのかと思いきや、何故か自分の口元に持っていき、黄色い奴を流し込んでいる。
「あァァ!俺の夜食何勝手に食ってやがんだ!」
「っ……ごふっ……ぐふっ……」
「オイオイ!泣きながら食ってんじゃねェ!こっちが泣きてーわ!オイ山崎てめぇどうにかしろコイツ!」
黄色い奴を口いっぱいに頬張り、時折噎せながら食べている美緒ちゃんを叱っている副長からお呼びがかかった。
マヨネーズで泡を吹いて気絶している局長を跨いで、ティッシュを取りに行ってからそちらに向かう。
他の隊士も怪談話を続けるような気分や雰囲気じゃなくなり、オチがない状態でお開きとなった。
「副長、美緒ちゃんを泣かさんでくださいよ。あやすの大変なんですから。美緒ちゃん顔ヤバイから一旦拭こう」
持ってきたティッシュで、マヨネーズまみれの口元と未だ涙を流して濡れている目元や頬を拭いてやりながら、軽く息をつく。
「はぁ!?知るかよ。コイツが勝手に泣いたんだよ。しかも俺の夜食食うしよォ」
見事黄色い奴を完食した美緒ちゃんは、その皿を副長へと突き返した。
「美味しかったです。ごちそうさまでした」
「ごちそうさまじゃねーよ!お前、明日絶対マヨネーズ買ってこいよ!絶対だぞ!買ってこなかったら切腹しろよ!」
「なんで!元は副長が怖がらせたのが原因なのに!」
「だからって、上司の夜食食うか?」
「投げ捨てたかったけど……っ、もったいなかったから食べたの!どっちが良かったの!?」
「どっちも嫌だわ!つーか、おめェさっきからなんでタメ口なんだよ!」
美緒ちゃんの自業自得だから助ける必要もないかと口も挟まず静観していたが、泣いて訴えている美緒ちゃんの頭を掴もうとしているその間に割って入った。
「副長、俺からよく言い聞かせとくんで。今回はこの辺で勘弁してやってください」
「ったく、山崎おめェも一緒にマヨネーズ買ってこいよ。1人1箱な。それで許してやる」
後頭部をガシガシと掻きながら、そう言い残して去って行った。これ以上大ごとにならずに済んで、安堵の息をつく。
「だってさ。聞いてた?」
「……っ……ヒッ……うん……」
その汚い顔を洗わせる為に、美緒ちゃんの手を引いて洗面所へと足を向ける。
ついでに歯も磨き終わって、部屋に戻ろうとしたその時――
「ぎやああああ!」
静かな部屋に、突然どこからか響き渡った悲鳴。同時に、掴まれる腕。
「な、なに!?」
「行ってみる?」
「い、行きたくないけど、気になる……」
という事で、悲鳴の聞こえた場所へと向かっているのだが、美緒ちゃんが俺の腕にしっかりしがみついているので歩きにくい。
途中で副長と出会い、事情を聞くと隊士が何者かにやられたらしい。
「赤い着物の女がどーのって呟いてたな」
「も、もももしもししも……」
「え、なんて?」
恐怖からか、上手く言語化出来ていない美緒ちゃんに聞き返したが、その答えを聞くまでに副長がタバコに火をつけ、呆れたように呟いた。
「アレだろ、どうせ変な夢でも見たんだろ。お前らも早く寝ろよ」
「美緒ちゃん、いい加減腕暑いんだけど」
「無理」
予定通り、ビビっている美緒ちゃんと一緒に寝る事になったのはいいのだが、想像以上に怖がっている。
同じ布団に入って、腕枕をしてやる。
腕枕といっても、俺の二の腕辺りに美緒ちゃんの頭頂部が付いている状態なので、正式な腕枕ではないけれども。
足を絡ませ、俺の胸に額を付けて、左手は俺の背中に回っている為密着状態。
朝まで生殺しだよね、コレ……
少し意地悪をしてやろうという気持ち半分、彼女の気持ちを落ち着かせる為に、美緒ちゃんが寝巻き代わりに着ている甚平の裾から手を差し込んで、背中を撫でる。
案の定、ビクリと震わせた体。
背中を指先でゆっくり撫で回してから、尻へと移動させハーフパンツの裾から手を入れ、そしてそのまま、指先でくすぐるように太ももの裏を撫でる。
「ちょ、さ、さがる。なにやってんの?」
慌てたように、でも小声で訴えてくるその声に耳を貸さず、そこから引き抜いた手で、乱してしまったその身なりを整えてやる。
直した甚平の上からあやすように背中を軽く叩いて、髪にキスをした。
「はい、おやすみ」
「え?……え、さがる?」
何度か名前を呼ばれたけれど、早く寝てくれという意味を込めて、目を閉じたままぽんぽんと背中を叩く。
朝には落ち着いているかと思ったが、隊士の悲鳴が朝の静けさを引き裂いた事により、美緒ちゃんは怯える生活をするはめに。
「退、絶対待っててね、行かないでよ」
「はいはい」
「怖いからしりとりしよう。ね?」
「はいはい」
めんどくせェ。だりィ。
風呂から厠から歯磨きから、常に一緒に行動を強いられるようになった。
他の隊士に頼むよりいいけど、めんどくさい。
こんな事になるなら、怪談話に誘わなきゃ良かった。
後悔を嘆いた所で何も変わらないし、自業自得なので、最後まで面倒を見る覚悟を決める。
局長に、霊を払ってもらえるような人の捜索を頼まれ、俺達は町に繰り出した。
暑いのに手をしっかり握っている美緒ちゃん。
可愛いを通り越してウザイ。
「幽霊とか出ないから手ェ離せ。暑いんだって」
ゆっくりと名残惜しそうに手が離れていく。
昨日、副長からマヨネーズを買ってくるよう頼まれた事を思い出して、祓い屋を探しながら美緒ちゃん行きつけのスーパーへと向かう。
スーパーに入るなり、美緒ちゃんに笑顔で挨拶をする店長。
「おー、美緒ちゃんいらっしゃい。今日はお連れさんと一緒かい?」
「そうなんですよ。いつもの2箱お願いします」
「2箱も!?大変だねー。背負えるかい?」
「大丈夫です。いつもありがとうございます」
あれだけ怖がっていたのに、店長のおかげで気分が紛れたのか、強がっているだけなのか、終始にこやかに対応している。
マヨネーズを購入したが、1本あたり1キロの48本入は重い。これを屯所まで運ぶのは、疲れてしまう。美緒ちゃんが手で持たずに背負う理由が分かった。
屯所への道を辿っていると、何を思い出したのか「そうだ」と声を上げた。
「万事屋さんならなんとかしてくれるかも」
携帯を取り出して電話をかけたが、留守なのか出なかったらしい。
怖がっていても、マヨネーズ2箱を購入するのを覚えていたり、祓い屋を探す事もしたりとそこはしっかりしている。
「オバケに困ってませんか?オバケ退治しますよー」
突然現れたミイラ男に弁慶、チャイナ服という怪しい格好をした3人組。よく補導されなかったもんだ。
「うわー……うさんくさ……」
「うさんくさくないヨ。失礼ネ」
美緒ちゃんは1歩後退って怖がっていたけれど、誰だか分かったのかホッと安堵の息をもらした。
「神楽ちゃん……だよね?なにやってんの?仮装大会?」
「あ、あなたの後ろに――」
「はいストップ!この子をこれ以上怖がらせないでください。面倒なので」
ヒッと小さい悲鳴をあげて俺の腕にしがみついた。
何やらこちらを見てヒソヒソと話している3人を見て、美緒ちゃんは「え?何?なんかいる?」とまたビビっている。
この際、他を探す当てもないし何より面倒なので、オバケを退治してくれるという自称拝み屋を屯所へ案内した。
マヨネーズ2箱を定位置に置いてから、局長の所に連れていく。
「局長!連れてきました」
「オウ、2人ともご苦労!」
「町で探してきました。拝み屋です」
「なんだコイツらは……サーカスでもやるのか?」
部屋から顔を出して、3人の格好を見た副長が疑問を口に出すと、局長が、霊を払ってもらおうと思ってなと答える。
怪しく思う副長とは違い、信じきっている局長は話を進め、屯所を案内しに行った。
「退、絶対あれ銀ちゃん達だよね?」
「美緒ちゃん、黙っててあげるのも監察としての役目だ。覚えておきなさい」
「はい」
部屋に戻ってきた自称拝み屋と局長、副長と沖田隊長の両3人が向かい合って座り、少し離れた場所に俺らが座る。
その正体は、ベルトコンベアに挟まって死んだ工場長に似てるって言われて自殺した女の霊、という事でおさまりがついたらしい。
「とりあえずお前、山崎とか言ったか……」
ミイラ男が唐突に俺を見た。
「お前の身体に霊を降ろして除霊するから」
「ノォォォ!退はやめてください退だけはァァ!呪われたらどうするんですか!?呪われた退とどう向き合っていけばいいんですか!?」
美緒ちゃんが俺の前に出て庇ってくれたけれど、弁慶とチャイナ服により引き剥がされてしまった。
「お嬢さん安心しなさい。悪いようにはしない」
信用できねェェェ!
↓美緒視点↓
尻もちをついたみたいな格好で後退る退に、容赦なく拝み屋が近付く。
「え……ちょっ、除霊ってどーやるんですか?」
「お前ごとしばく」
「なんだァそれ。誰でも出来るじゃねーか……ぐは!」
すかさず、退の腹部に神楽ちゃんの拳が思いっきり入った。
うわ、痛そー……
退はその1発で気絶したのか、ぐったりしている。
「ハイ!今コレ入りました。霊入りましたよーコレ」
「霊っつーか、ボディーブローが入ったように見えたんですけど」
「違うよ。私入りました」
神楽ちゃんが、退の背後に回ってその片手を挙げた。入ったのが、霊なのか神楽ちゃんなのかどっちだ。
それから自称拝み屋は、言い争いからの掴み合いが始まった。
帽子が脱げ、包帯が解かれた事により、結局万事屋という事がバレてしまい、沖田隊長によって庭の木に逆さまに吊るされている。
「退ー、おーい。朝ですよー。起きてくださーい」
揺さぶるが、一向に起きる様子がない。
神楽ちゃんのボディーブローは、相当強烈だったらしい。
まさか、本当に霊が入ったんじゃ……
「退しっかり!退!退起きて!」
頬を往復ビンタすれば、痛さに顔を歪めた。
「……んん……痛い……」
「退、起きた?体は?呪われてない?大丈夫?私の事分かる?」
矢継ぎ早に質問するが、起きたばかりで状況が掴めていないようだ。
上体を起こそうとしているその背中を支えて、補助する。
「顔も痛てェし、腹も痛てェし……なんなんだ?」
「可哀想。銀ちゃんが、霊を追い出すとか言って退の顔叩いてたからだよ。銀ちゃんめェ、私の退になんて事」
「……いや、美緒ちゃんだろ?俺の顔叩いたの。銀ちゃんめェじゃないんだよ」
咄嗟に、銀ちゃんのせいにしようとした事は、退にはお見通しだったみたいだ。
無意識に髪を弄っていた手に気付き、慌てて離して「本当に銀ちゃんだよー」と嘯くが、頬を引っ張られた。
「ごめんなさいは?」
「ぎゃああああ!」
退に頬を引っ張られながら謝っている最中に、また屯所に悲鳴が響き渡り、咄嗟に退に抱きついた。
「なんなの?あの屋敷……」
「……ねぇ、なんで俺たちファミレス来てんの?」
悲鳴ばかり聞かされては頭がおかしくなりそうだったので、散歩を理由に、退とファミレスへやって来たのだ。
「あんな悲鳴ばっかりの所にいられるわけないじゃん」
「副長に怒られるよ?」
「いいよもう今更だし。朝早くに帰れば問題なし!退もなんか食べよう。何がいい?」
2枚あったメニューのうち1枚を向かいにいる退に渡して、自分もメニューを広げて何食べようか悩む。
どれも美味しそうなものばかりで目移りしてしまう。
「もしかして、朝までここいんの?」
「あ、何も考えてなかった。朝までここにいてもいいし、場所移動してもいいよ。退はどこか行きたい所ある?」
「うーん……そうだね。あるかな」
メニューを持っていた右手が掴まれ、退の方に寄せられる。
退へ視線を移すと、いたずらっ子のような目をしている。絡められた指先が何を言わんとしているのか分かって、赤くなっていく顔を隠すようにメニューを立てた。
翌日、朝早くに屯所に戻った私達だったが、幽霊騒動のせいか、留守にしていた事を誰からも気付かれなかった。
みんなが見たという赤い着物の女の正体は、幽霊ではなく蚊の天人だったらしい。なんでも、子供を産むためにエネルギーが必要で、この男だらけの屯所が絶好の餌場だったのだとか。
人騒がせにも程がある。
「退、お風呂入るから外で待ってて」
「え?昨日1人で入ってたのに?」
「いや、なんか今まで退について来てもらってたから、1人が急に寂しくなっちゃって……」
「何それ。怖くないなら1人で入りなさい」
「1人怖い」
「もう遅ェよ」
「今夜、稲山さんの怪談大会があるんだって」
「うえぇぇぇ……マジでかー……」
あからさまに嫌な表情をする美緒ちゃん。
稲山さんの話を聞いた後、数日は話を思い出して、1人で寝るのが怖いらしく一緒に寝る事になる。
俺にとっては、稲山さんの話よりそっちが楽しみで仕方ない。だから俺は無理にでも誘う。
「今年はいいや。欠席します」
「無理。強制参加だし」
「はァ!?今までそんな事なかったじゃん」
「楽しみだね」
「全っっ然!このまま夜なんか来なければいいのに!」
美緒ちゃんの願いも虚しく、怪談大会の時間がやってきた。
隊士の大半が集まった部屋を真っ暗にして、稲山さんは自分の顔を懐中電灯で下から照らした。
それだけで美緒ちゃんは、顔を引きつらせている。
「あれは今日みたいな蚊がたくさん飛んでる暑い夜だったねェ……俺、友達と一緒に花火やってるうちにいつの間にか辺りは真っ暗になっちゃって、いけね、母ちゃんにぶっ飛ばされるってんで帰る事になったわけ。それでね、散らかった花火片付けて寺子屋の方見たの」
段々、俺の袖を握る美緒ちゃんの手に力が入っていくが、それを他所に稲山さんの話はまだ続く。
「そしたらさァもう夜中だよ。そんな時間にさァ、寺子屋の窓から赤い着物の女がこっち見てんの。俺もうギョッとしちゃって。でも気になったんで聞いてみたの。なにやってんのこんな時間にって。そしたらその女ニヤッと笑ってさ」
「マヨネーズがたりないんだけどォォ!」
「ぎゃふぁァァァ!」
副長のくだらない事でオチを台無しにされ、興ざめしてしまった。
既に十分マヨネーズはかかっていて、もはや黄色い奴になっているというのに。
ふと美緒ちゃんを見ると、マヨネーズで泣いている。
あーあ、泣いちゃった。まァそっちの方がかえっていいけど。
涙を拭いながら、美緒ちゃんは立ち上がると、副長の方に歩いて行った。と思えば、焼きそば改め黄色い奴の皿を奪い「こんなもの!」と頭上に掲げたのだ。
投げ捨てるのかと思いきや、何故か自分の口元に持っていき、黄色い奴を流し込んでいる。
「あァァ!俺の夜食何勝手に食ってやがんだ!」
「っ……ごふっ……ぐふっ……」
「オイオイ!泣きながら食ってんじゃねェ!こっちが泣きてーわ!オイ山崎てめぇどうにかしろコイツ!」
黄色い奴を口いっぱいに頬張り、時折噎せながら食べている美緒ちゃんを叱っている副長からお呼びがかかった。
マヨネーズで泡を吹いて気絶している局長を跨いで、ティッシュを取りに行ってからそちらに向かう。
他の隊士も怪談話を続けるような気分や雰囲気じゃなくなり、オチがない状態でお開きとなった。
「副長、美緒ちゃんを泣かさんでくださいよ。あやすの大変なんですから。美緒ちゃん顔ヤバイから一旦拭こう」
持ってきたティッシュで、マヨネーズまみれの口元と未だ涙を流して濡れている目元や頬を拭いてやりながら、軽く息をつく。
「はぁ!?知るかよ。コイツが勝手に泣いたんだよ。しかも俺の夜食食うしよォ」
見事黄色い奴を完食した美緒ちゃんは、その皿を副長へと突き返した。
「美味しかったです。ごちそうさまでした」
「ごちそうさまじゃねーよ!お前、明日絶対マヨネーズ買ってこいよ!絶対だぞ!買ってこなかったら切腹しろよ!」
「なんで!元は副長が怖がらせたのが原因なのに!」
「だからって、上司の夜食食うか?」
「投げ捨てたかったけど……っ、もったいなかったから食べたの!どっちが良かったの!?」
「どっちも嫌だわ!つーか、おめェさっきからなんでタメ口なんだよ!」
美緒ちゃんの自業自得だから助ける必要もないかと口も挟まず静観していたが、泣いて訴えている美緒ちゃんの頭を掴もうとしているその間に割って入った。
「副長、俺からよく言い聞かせとくんで。今回はこの辺で勘弁してやってください」
「ったく、山崎おめェも一緒にマヨネーズ買ってこいよ。1人1箱な。それで許してやる」
後頭部をガシガシと掻きながら、そう言い残して去って行った。これ以上大ごとにならずに済んで、安堵の息をつく。
「だってさ。聞いてた?」
「……っ……ヒッ……うん……」
その汚い顔を洗わせる為に、美緒ちゃんの手を引いて洗面所へと足を向ける。
ついでに歯も磨き終わって、部屋に戻ろうとしたその時――
「ぎやああああ!」
静かな部屋に、突然どこからか響き渡った悲鳴。同時に、掴まれる腕。
「な、なに!?」
「行ってみる?」
「い、行きたくないけど、気になる……」
という事で、悲鳴の聞こえた場所へと向かっているのだが、美緒ちゃんが俺の腕にしっかりしがみついているので歩きにくい。
途中で副長と出会い、事情を聞くと隊士が何者かにやられたらしい。
「赤い着物の女がどーのって呟いてたな」
「も、もももしもししも……」
「え、なんて?」
恐怖からか、上手く言語化出来ていない美緒ちゃんに聞き返したが、その答えを聞くまでに副長がタバコに火をつけ、呆れたように呟いた。
「アレだろ、どうせ変な夢でも見たんだろ。お前らも早く寝ろよ」
「美緒ちゃん、いい加減腕暑いんだけど」
「無理」
予定通り、ビビっている美緒ちゃんと一緒に寝る事になったのはいいのだが、想像以上に怖がっている。
同じ布団に入って、腕枕をしてやる。
腕枕といっても、俺の二の腕辺りに美緒ちゃんの頭頂部が付いている状態なので、正式な腕枕ではないけれども。
足を絡ませ、俺の胸に額を付けて、左手は俺の背中に回っている為密着状態。
朝まで生殺しだよね、コレ……
少し意地悪をしてやろうという気持ち半分、彼女の気持ちを落ち着かせる為に、美緒ちゃんが寝巻き代わりに着ている甚平の裾から手を差し込んで、背中を撫でる。
案の定、ビクリと震わせた体。
背中を指先でゆっくり撫で回してから、尻へと移動させハーフパンツの裾から手を入れ、そしてそのまま、指先でくすぐるように太ももの裏を撫でる。
「ちょ、さ、さがる。なにやってんの?」
慌てたように、でも小声で訴えてくるその声に耳を貸さず、そこから引き抜いた手で、乱してしまったその身なりを整えてやる。
直した甚平の上からあやすように背中を軽く叩いて、髪にキスをした。
「はい、おやすみ」
「え?……え、さがる?」
何度か名前を呼ばれたけれど、早く寝てくれという意味を込めて、目を閉じたままぽんぽんと背中を叩く。
朝には落ち着いているかと思ったが、隊士の悲鳴が朝の静けさを引き裂いた事により、美緒ちゃんは怯える生活をするはめに。
「退、絶対待っててね、行かないでよ」
「はいはい」
「怖いからしりとりしよう。ね?」
「はいはい」
めんどくせェ。だりィ。
風呂から厠から歯磨きから、常に一緒に行動を強いられるようになった。
他の隊士に頼むよりいいけど、めんどくさい。
こんな事になるなら、怪談話に誘わなきゃ良かった。
後悔を嘆いた所で何も変わらないし、自業自得なので、最後まで面倒を見る覚悟を決める。
局長に、霊を払ってもらえるような人の捜索を頼まれ、俺達は町に繰り出した。
暑いのに手をしっかり握っている美緒ちゃん。
可愛いを通り越してウザイ。
「幽霊とか出ないから手ェ離せ。暑いんだって」
ゆっくりと名残惜しそうに手が離れていく。
昨日、副長からマヨネーズを買ってくるよう頼まれた事を思い出して、祓い屋を探しながら美緒ちゃん行きつけのスーパーへと向かう。
スーパーに入るなり、美緒ちゃんに笑顔で挨拶をする店長。
「おー、美緒ちゃんいらっしゃい。今日はお連れさんと一緒かい?」
「そうなんですよ。いつもの2箱お願いします」
「2箱も!?大変だねー。背負えるかい?」
「大丈夫です。いつもありがとうございます」
あれだけ怖がっていたのに、店長のおかげで気分が紛れたのか、強がっているだけなのか、終始にこやかに対応している。
マヨネーズを購入したが、1本あたり1キロの48本入は重い。これを屯所まで運ぶのは、疲れてしまう。美緒ちゃんが手で持たずに背負う理由が分かった。
屯所への道を辿っていると、何を思い出したのか「そうだ」と声を上げた。
「万事屋さんならなんとかしてくれるかも」
携帯を取り出して電話をかけたが、留守なのか出なかったらしい。
怖がっていても、マヨネーズ2箱を購入するのを覚えていたり、祓い屋を探す事もしたりとそこはしっかりしている。
「オバケに困ってませんか?オバケ退治しますよー」
突然現れたミイラ男に弁慶、チャイナ服という怪しい格好をした3人組。よく補導されなかったもんだ。
「うわー……うさんくさ……」
「うさんくさくないヨ。失礼ネ」
美緒ちゃんは1歩後退って怖がっていたけれど、誰だか分かったのかホッと安堵の息をもらした。
「神楽ちゃん……だよね?なにやってんの?仮装大会?」
「あ、あなたの後ろに――」
「はいストップ!この子をこれ以上怖がらせないでください。面倒なので」
ヒッと小さい悲鳴をあげて俺の腕にしがみついた。
何やらこちらを見てヒソヒソと話している3人を見て、美緒ちゃんは「え?何?なんかいる?」とまたビビっている。
この際、他を探す当てもないし何より面倒なので、オバケを退治してくれるという自称拝み屋を屯所へ案内した。
マヨネーズ2箱を定位置に置いてから、局長の所に連れていく。
「局長!連れてきました」
「オウ、2人ともご苦労!」
「町で探してきました。拝み屋です」
「なんだコイツらは……サーカスでもやるのか?」
部屋から顔を出して、3人の格好を見た副長が疑問を口に出すと、局長が、霊を払ってもらおうと思ってなと答える。
怪しく思う副長とは違い、信じきっている局長は話を進め、屯所を案内しに行った。
「退、絶対あれ銀ちゃん達だよね?」
「美緒ちゃん、黙っててあげるのも監察としての役目だ。覚えておきなさい」
「はい」
部屋に戻ってきた自称拝み屋と局長、副長と沖田隊長の両3人が向かい合って座り、少し離れた場所に俺らが座る。
その正体は、ベルトコンベアに挟まって死んだ工場長に似てるって言われて自殺した女の霊、という事でおさまりがついたらしい。
「とりあえずお前、山崎とか言ったか……」
ミイラ男が唐突に俺を見た。
「お前の身体に霊を降ろして除霊するから」
「ノォォォ!退はやめてください退だけはァァ!呪われたらどうするんですか!?呪われた退とどう向き合っていけばいいんですか!?」
美緒ちゃんが俺の前に出て庇ってくれたけれど、弁慶とチャイナ服により引き剥がされてしまった。
「お嬢さん安心しなさい。悪いようにはしない」
信用できねェェェ!
↓美緒視点↓
尻もちをついたみたいな格好で後退る退に、容赦なく拝み屋が近付く。
「え……ちょっ、除霊ってどーやるんですか?」
「お前ごとしばく」
「なんだァそれ。誰でも出来るじゃねーか……ぐは!」
すかさず、退の腹部に神楽ちゃんの拳が思いっきり入った。
うわ、痛そー……
退はその1発で気絶したのか、ぐったりしている。
「ハイ!今コレ入りました。霊入りましたよーコレ」
「霊っつーか、ボディーブローが入ったように見えたんですけど」
「違うよ。私入りました」
神楽ちゃんが、退の背後に回ってその片手を挙げた。入ったのが、霊なのか神楽ちゃんなのかどっちだ。
それから自称拝み屋は、言い争いからの掴み合いが始まった。
帽子が脱げ、包帯が解かれた事により、結局万事屋という事がバレてしまい、沖田隊長によって庭の木に逆さまに吊るされている。
「退ー、おーい。朝ですよー。起きてくださーい」
揺さぶるが、一向に起きる様子がない。
神楽ちゃんのボディーブローは、相当強烈だったらしい。
まさか、本当に霊が入ったんじゃ……
「退しっかり!退!退起きて!」
頬を往復ビンタすれば、痛さに顔を歪めた。
「……んん……痛い……」
「退、起きた?体は?呪われてない?大丈夫?私の事分かる?」
矢継ぎ早に質問するが、起きたばかりで状況が掴めていないようだ。
上体を起こそうとしているその背中を支えて、補助する。
「顔も痛てェし、腹も痛てェし……なんなんだ?」
「可哀想。銀ちゃんが、霊を追い出すとか言って退の顔叩いてたからだよ。銀ちゃんめェ、私の退になんて事」
「……いや、美緒ちゃんだろ?俺の顔叩いたの。銀ちゃんめェじゃないんだよ」
咄嗟に、銀ちゃんのせいにしようとした事は、退にはお見通しだったみたいだ。
無意識に髪を弄っていた手に気付き、慌てて離して「本当に銀ちゃんだよー」と嘯くが、頬を引っ張られた。
「ごめんなさいは?」
「ぎゃああああ!」
退に頬を引っ張られながら謝っている最中に、また屯所に悲鳴が響き渡り、咄嗟に退に抱きついた。
「なんなの?あの屋敷……」
「……ねぇ、なんで俺たちファミレス来てんの?」
悲鳴ばかり聞かされては頭がおかしくなりそうだったので、散歩を理由に、退とファミレスへやって来たのだ。
「あんな悲鳴ばっかりの所にいられるわけないじゃん」
「副長に怒られるよ?」
「いいよもう今更だし。朝早くに帰れば問題なし!退もなんか食べよう。何がいい?」
2枚あったメニューのうち1枚を向かいにいる退に渡して、自分もメニューを広げて何食べようか悩む。
どれも美味しそうなものばかりで目移りしてしまう。
「もしかして、朝までここいんの?」
「あ、何も考えてなかった。朝までここにいてもいいし、場所移動してもいいよ。退はどこか行きたい所ある?」
「うーん……そうだね。あるかな」
メニューを持っていた右手が掴まれ、退の方に寄せられる。
退へ視線を移すと、いたずらっ子のような目をしている。絡められた指先が何を言わんとしているのか分かって、赤くなっていく顔を隠すようにメニューを立てた。
翌日、朝早くに屯所に戻った私達だったが、幽霊騒動のせいか、留守にしていた事を誰からも気付かれなかった。
みんなが見たという赤い着物の女の正体は、幽霊ではなく蚊の天人だったらしい。なんでも、子供を産むためにエネルギーが必要で、この男だらけの屯所が絶好の餌場だったのだとか。
人騒がせにも程がある。
「退、お風呂入るから外で待ってて」
「え?昨日1人で入ってたのに?」
「いや、なんか今まで退について来てもらってたから、1人が急に寂しくなっちゃって……」
「何それ。怖くないなら1人で入りなさい」
「1人怖い」
「もう遅ェよ」