本編
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
▽祭り
今日、鎖国解禁20周年の祭典が、ターミナルで行われる。
祭りが開催されるというにも関わらず、真選組は仕事だ。
何故なら、将軍も参加するという事で、真選組総出で将軍の護衛につく事になったのだ。
将軍にかすり傷1つつこうものなら、俺達全員の首が飛ぶという。
未確認事項だが、攘夷浪士の中で最も過激で最も危険な男、高杉晋助も江戸に来ているという情報が入っている。隊士達にも緊張が走る。
「浴衣着て行ったら怒られるかな?」
「また謹慎になるかもね」
「なんで夏なのに長袖なんだ……ねー退。一緒に屋台巡ろうね」
仕事で行くのに、祭りを楽しむ気満々だこの子。
仕事はそのオマケと思えばいいか。そうじゃないとやってられんしな。
「祭りの後さ、庭で花火したいね」
「局長に頼んでみようか。局長だったらさせてくれるかも」
さすがに大規模な祭りの事だけあり、江戸の人間全員が集まったかのような人で溢れ返っている。
人の熱気と食べ物の匂いが混ざり、余計に暑苦しさが増す。
「暑い……」
首にぶらさげた、光る電球型ドリンクのストローを吸ってジュースを飲む美緒ちゃん。頭には、某ウルトラヒーローのお面が乗っている。
俺の右手には、お上がご所望であるたこ焼き。
「手が汗ばんできた。ごめんね、気持ち悪いでしょ」
「大丈夫。迷子になる方が厄介だから」
しっかりと握られた、俺の左手と美緒ちゃんの右手。
「たこ焼き食べたくなってきたや。美緒ちゃんは?」
「食べる!」
目の前にある、焼きたてのたこ焼きを我慢しろというのが無理な話。
人混みからやっと外れる事が出来て、暑苦しかった体にふっと一瞬風が吹き抜ける気がした。
邪魔にならないような道の端に移動し、一旦手を離して、それを開けて遠慮なく食べる。
「美味しい。やっぱり焼きたては違うね。あ、口元にソースと青のりついてるよ」
「マジでか!恥ずかしっ!」
渡してくれたティッシュを受け取り、汚れている口元を拭う。その間、美緒ちゃんは2個目を頬張っている。
美味しそうに食べる横顔を見て、たこ焼きを全部あげたくなってしまう。
「あ!待った待った!お上のがなくなる!」
「あ!忘れてた。あっぶねー」
残り3個のところで気付き、爪楊枝でさして浮き上がらせたたこ焼きを、トレイに戻す美緒ちゃん。
ティッシュで口元を拭った後、美味しかったねー、とニコニコ満足そうな笑顔を見て、こちらも釣られて笑顔になる。
「美緒ちゃん、ジュース少しちょうだい」
「いいよ」
首からストラップを外すのが面倒だったのか、それを俺の方に差し出してきた。それに少なからず動揺してしまう。
美緒ちゃんの顔の前に入れ物がある為、必然的に2人の顔が近くなる。でも、本人が気にしていない様子なので、自意識過剰にはなりたくなくて、それに顔を近付けていく。
「……ちょ、ちょっと!」
「え、何?」
突然退いた美緒ちゃんは、やっとこの状況に気が付いたらしい。
「そ、外!人いっぱいいるし」
「え、何が?俺ただジュース飲みたいだけなんだけど」
「へ?あ、あーごめん。暑さで頭が……自意識過剰だった……」
自嘲しながら、今度は首から外してそれを渡してきた。
「気にしてないよ。頭おかしいのはいつもの事だし」
ジュースを飲んだ後、俺の言葉にショックを受けている美緒ちゃんの首に、そのストラップをかけながら耳元に唇を寄せる。
「キスされるかと思ったの?」
「…………意地悪だ……」
こちらを見つめるじとりとした目に涙が溜まっているのか、それとも屋台や提灯の光の反射の加減か、瞳が潤んで見える。
このまま押し倒したいのを必死に抑えて、頭に触れるだけに留めておく。
「2人きりになったらね」
俺の意図を汲み取ったのか、頭にあるお面を顔にずらして俯いた。
「退好きー」
「うん、俺も」
暑いのに抱きついてきたその背中を軽く叩く。
しかし、そう長くイチャイチャもしていられない。
「行くか。副長に怒鳴られる」
美緒ちゃんはお面を頭に直して、ゴミを近くにあったゴミ箱に捨てた後、俺の左手を取った。
「美緒ちゃん、急いでたフリしようか」
↓美緒視点↓
退がいきなり走り出した。
「ちょちょちょ!こけるこける!」
「都合いいや。こけそうになったら転んでいいから」
そう言われても、転ばないよう気を付けながら、ただただ引っ張られている。
「副長ォォ!ただいま帰りました!」
「おっせーぞ!マヨネーズもちゃんと付けてもらったろうなァ!?」
副長と局長が待つ櫓までそう思った程距離はなく、息が切れるまでには至らなかった。
退からたこ焼きを受け取り、蓋を開けた副長の顔に影が落ちる。
「……オイ、これ……」
「実は急いでたもんで、途中すっ転んでぶちまけちまいました。すみません、山崎退一生の不覚」
だから転べと……
「そーか。俺は美緒の首に下がってるやつとお面の方が一生の不覚だと思うがな」
ガッと私の頭を握力の限り掴む副長の目は、やっぱりいつもより瞳孔が開いている。
「痛い痛い痛い!遊んでません!気が付いたらあったんです!」
「んなわけねーだろうが!オイどーするよ……って食ってる!?」
お上に渡すはずのたこ焼きを食べている局長。
「つあー……頭ジンジンする……退、私の頭潰れてない?」
「大丈夫大丈夫」
明らかに適当な返事をする退に、ちゃんと見て!と訴えるが、見たよと依然として面倒くさそうだ。
まぁいいか、とその隣に並んで空を見上げる。
「花火はまだかのー」
「何その言い方……」
暫く談笑しながら待っていると、大きな重低音と共に、闇の空に光の大輪が咲いた。
メインイベントである、江戸1番のカラクリ技師、平賀源外の見せものが始まったのだ。
世を魅了する程綺麗な花火が、空を彩る。
なんでこんな時に仕事なんだ!
花火を見ながら頭の中で文句を垂れていると、今まで空に向かって撃っていたはずのカラクリの右手の砲口が、こちらに向いた。
「ちょ、あれこっち向いてない?」
思わず退の腕にしがみつく。
「俺達じゃなくてお上が狙われてるんだよ。ちょっと上向いてるだろ?」
冷静に分析されて、砲口の角度をよく見てみる。
うーん、なんか言われてみればそんな気も……
「って、私達も道連れになるじゃん。櫓の下にいるんだから」
臆する事なく、平賀はカラクリに撃つよう命ずると、大人しく従い発砲してきた。
凄まじい爆発音が、楽しい祭りの雰囲気を壊すのは十分すぎた。
攘夷派のテロだと混乱し、悲鳴をあげながら逃げ惑う客。会場は、一気にパニックに陥った。
周りは煙に囲まれ、前も見えない。こういう状況が1番嫌い。
落ち着きを取り戻す為、掴んでいた退の腕から手に変えて握り直すと、退も応えてくれた。
ホッと安堵したのも束の間、どこからか副長の指示が聞こえてきた。
「てめーらァ!櫓の周りをかためろォ!鼠1匹寄せ付けるんじゃねーぞ!」
「美緒ちゃん、また後で」
「さが……」
するりと離された手が名残惜しい。
退の手をもう一度掴もうとしたが、既に煙の中に消えてしまった。
しかし、退ばかりを追いかけてもいられない。
煙幕に身を隠して現れたカラクリの軍団。
「よし行けぇぇ!思う存分暴れてやれぇぇ!」
平賀がそう叫ぶなり、真選組も刀を握る手に力を込めてカラクリに立ち向かう。
ラケット……刀……ラケット……刀……
どうでもいい思案を巡らせた後、鞘から刀を抜き、攻撃してくるカラクリの腕を受け止めた。
自分より大きいカラクリに押されながらも、応戦する。
原田隊長に、自分より大きな相手と戦うコツを聞いといて良かった。
実戦がカラクリ相手だとは思わなかったけれど。
「ウソォォ!名刀虎徹ちゃんが!ウソォォ!トシこれ虎徹ちゃんが……ウソォォ!」
「うるせーな!言ってる場合かよ!」
「だってお前コレまだローンが……ウソォォ!」
「局長!これ使ってください!折っても焼いても捨てても気にしませんから!」
煙幕が少し薄れてきたのか、目が慣れてきたのか分からないけれど、局長の姿が確認出来た。
鞘に刀身をおさめて局長に投げ渡し、ラケットに素早く持ち構える。
休む間もなく襲ってくるカラクリの腕を、それで受け止めた。
「え、だってコレ初給料で買った刀で大事にしてるって……」
「大丈夫です!私ラケットあるんで!」
「すまん!ありがとう!美緒ちゃん!」
いや、いきなり鞘捨てるんかい!いいけどね、気にしないけどね!
刀身を抜くなり、どこかに投げ捨てられた鞘を見て、心の片隅で泣いていると、カラクリがいきなり爆発した。
ゆっくりと煙の中から現れたのは、怒りのオーラに身を包んだ神楽ちゃんと沖田隊長。
「祭りを邪魔する悪い子は……」
「だーれーだー」
「あ、あれは『妖怪祭囃子』。祭りを妨害する暴走族などをこらしめる古の妖怪だ」
「いや違うと思う」
勝手に局長から妖怪扱いされた神楽ちゃんと沖田隊長の暴走に、勝利を確信した局長。
それに私も乗っかってみる事にした。
「さがるー!」
カラクリをラケットでなぎ倒しながら、退を探す。
「え、美緒ちゃん!?どっから――」
「いた!フォーメーションA行くよ!」
「がってんでさァ相棒!」
余談ではあるが、フォーメーションAとはミントンのダブルスで完成した技。
息がピッタリ合わないと難しい故に、喧嘩をしている時などは効果を発揮しにくい。ちなみに、フォーメーションCまである。
「はい、上がったァァァ!」
ニヤリと口元で笑った退は、タイミングを見計らい私の背中をジャンプ台代わりに飛び上がり、カラクリの首を狙ってラケットを振りおろした。
ガシャァンと音を立てて地に伏せるカラクリ。
「まだまだだね」
「今日調子いいね!どんどん行こう!」
退とハイタッチし、次のカラクリへと立ち向かう。
今日の連携は絶好調。
次々フォーメーションを駆使してカラクリを倒していると、どういうわけかいきなりカラクリの動きが止まった。
「美緒ー!」
「神楽ちゃん!」
手を振りながら駆け寄ってくる神楽ちゃんは、いつ見ても可愛い。
「美緒も来てたアルか?知ってたら一緒に回ったのに残念アル。私射的でグラサンと髭取ったヨ。私の射撃姿見せたかったネ」
「ぐ、グラサンと髭?……あー、鼻眼鏡の事?」
「何言ってるアルか?しょうがないから見せてあげるヨ」
と、言ってくれたのだが、ポケットなど探してもどこにも見付からなかったようだ。
「私のグラサンがないアル!本当にゲットしたのに。美緒にも見せたかったヨ」
落ち込む神楽ちゃんの頭を撫でる。
「次お祭りがあったら一緒に行こうよ。その時、また射的でいっぱい取ろ」
「いいなそれ。約束アルヨ」
ニッと笑って機嫌が直った神楽ちゃんに釣られて、約束ねと笑う。
局長に呼ばれたので、神楽ちゃんと別れた。
「美緒ちゃんごめん!でも助かったよありがとう」
「あー、うん。大丈夫っす。煮るなり焼くなり好きにしろと言ったのは私ですから。それよりも局長が無事で何より!」
親指をグッと立てて笑みを見せれば、局長はいい部下を持ったと涙している。
見事に刀は、刃こぼれしてボロボロの鞘なしで戻ってきた。
「退、次これ打ち上げてー」
「これ手持ち花火だよ」
「マジでか!?持つとこ、こんなに太いのに?」
局長に許可をもらえて、祭りの帰りに真選組のみんなと花火をたくさん買い込んで、川辺で花火を満喫している真っ最中。
打ち上げ花火をあげる人、手持ち花火を持って駆け回ったりグルグル回したり、それぞれ好きなように花火を楽しんでいる。
「内田ー、そっちにネズミ花火行ったぞー」
「うおっ!何!?3個も!?」
足元を回転しながらうろつくネズミ花火にわたわたと足を動かしていると、何故か次々に増えていく。
「ほォれ、バカ女のとこに行けー」
沖田隊長が、ネズミ花火をポイポイとこっちへ投げ寄こしてくる。他の隊士たちも面白がってネズミ花火を投げ寄越してくるので、私の周りは十以上のネズミ花火に囲まれた。
しかも、ネズミ花火は回転だけでは飽き足らず追いかけてくる始末。挙句、最初に投げられて来たネズミ花火から破裂していくので、それにも驚かされる。
「ちょ、何コレ!めっちゃ追いかけてくるんだけどォ!」
「美緒ちゃんの周り賑やかだな」
「言ってないで助けてェェ!」
「みんなァァ!花火買ってきたぞォ!」
局長の手には、新たな花火セットがたくさんぶら下がっている。追加された花火を取り出して、火薬に火をつけて楽しむ。
あれから優に2時間はやっているだろう。
「はぁー楽しかったー」
「まだ打ち上げ残ってるよ」
「原田隊長があげてくれるから見るだけー」
退と石階段に並んで座って、みんなの遊ぶ姿を傍観している。
こんなにやるんだったら、神楽ちゃんやお妙ちゃんも誘えば良かった。
「退、見て。あれ色変わってる。凄いねー」
色が次々に変わる打ち上げ花火や、1発ずつ何回も上がる花火などたくさんの打ち上げ花火があり、家庭用なのに音も本格的で、まるで小さな花火大会のようで楽しい。
「美緒ちゃん浴衣着れたら良かったのにね」
声を発する前に、退が私の手を掴んで胸の高さまで持ち上げると、所謂恋人繋ぎで握った。
「こうしても雰囲気出ないんだよな。浴衣だったら出るのに」
ね?と残念そうなそれを見せた後、その手を下ろして天を仰いだ。
雰囲気か……
「そうだ、ちょっと待ってて」
花火の袋に残っている、唯一手付かずのそれをかき集めて、転がっていたライターも持って退の所に戻った。
「線香花火しよ」
「またいっぱい持ってきたね……」
退が座っている1段下に横向きでしゃがみ、その1つに火をつける。小さな火球から、徐々に大きな火花へと変わるそれを眺める。
退の指の背が私の頬を撫でた。
すり寄るように、少し頭を退の方にやると、その弾みか無情にもコンクリートへと落ちた火球。それはすぐには消えず、ジリジリと赤い球を維持していたが、徐々にゆっくりと恥ずかしそうに姿を消した。
退の方を見ると、目元を綻ばせてこちらを見ている。
「さ――」
「おっと手が滑ったー」
間延びした声と同時に、目の前で爆発が起きた。
爆発というか、花火が向かってきたという方が正しいだろうか。
「ぎゃあああ!あっっっつ!」
「あっっっつ!あっっち!」
軽く火傷を負い、2人して慌てて川に飛び込んだ。
そんな私達を、ニタニタとした笑みを浮かべて見下ろしてくる沖田隊長。
「あーらら、だから危ねぇって言ったのに。何やってんだィ2人して」
「何やってんだはこっちのセリフだ!アンタが何やってんですか!」
「打ち上げ花火こっち向けてやりましたよね!?打ち上げ花火を人に向けてはいけないって習いませんでした!?」
「いやぁ、手が滑ったもんでいけねェや」
「あー!手が滑ったァァァ!」
沖田隊長の足首を掴んで、川に引きずり落とした。
思惑通り、水しぶきをあげて川に落ちた沖田隊長を笑う。
「何しやがんだバカ女!」
「正当防衛ですー!」
川の水のかけ合いが始まり、帰る頃にはすっかりずぶ濡れになったのだった。
今日、鎖国解禁20周年の祭典が、ターミナルで行われる。
祭りが開催されるというにも関わらず、真選組は仕事だ。
何故なら、将軍も参加するという事で、真選組総出で将軍の護衛につく事になったのだ。
将軍にかすり傷1つつこうものなら、俺達全員の首が飛ぶという。
未確認事項だが、攘夷浪士の中で最も過激で最も危険な男、高杉晋助も江戸に来ているという情報が入っている。隊士達にも緊張が走る。
「浴衣着て行ったら怒られるかな?」
「また謹慎になるかもね」
「なんで夏なのに長袖なんだ……ねー退。一緒に屋台巡ろうね」
仕事で行くのに、祭りを楽しむ気満々だこの子。
仕事はそのオマケと思えばいいか。そうじゃないとやってられんしな。
「祭りの後さ、庭で花火したいね」
「局長に頼んでみようか。局長だったらさせてくれるかも」
さすがに大規模な祭りの事だけあり、江戸の人間全員が集まったかのような人で溢れ返っている。
人の熱気と食べ物の匂いが混ざり、余計に暑苦しさが増す。
「暑い……」
首にぶらさげた、光る電球型ドリンクのストローを吸ってジュースを飲む美緒ちゃん。頭には、某ウルトラヒーローのお面が乗っている。
俺の右手には、お上がご所望であるたこ焼き。
「手が汗ばんできた。ごめんね、気持ち悪いでしょ」
「大丈夫。迷子になる方が厄介だから」
しっかりと握られた、俺の左手と美緒ちゃんの右手。
「たこ焼き食べたくなってきたや。美緒ちゃんは?」
「食べる!」
目の前にある、焼きたてのたこ焼きを我慢しろというのが無理な話。
人混みからやっと外れる事が出来て、暑苦しかった体にふっと一瞬風が吹き抜ける気がした。
邪魔にならないような道の端に移動し、一旦手を離して、それを開けて遠慮なく食べる。
「美味しい。やっぱり焼きたては違うね。あ、口元にソースと青のりついてるよ」
「マジでか!恥ずかしっ!」
渡してくれたティッシュを受け取り、汚れている口元を拭う。その間、美緒ちゃんは2個目を頬張っている。
美味しそうに食べる横顔を見て、たこ焼きを全部あげたくなってしまう。
「あ!待った待った!お上のがなくなる!」
「あ!忘れてた。あっぶねー」
残り3個のところで気付き、爪楊枝でさして浮き上がらせたたこ焼きを、トレイに戻す美緒ちゃん。
ティッシュで口元を拭った後、美味しかったねー、とニコニコ満足そうな笑顔を見て、こちらも釣られて笑顔になる。
「美緒ちゃん、ジュース少しちょうだい」
「いいよ」
首からストラップを外すのが面倒だったのか、それを俺の方に差し出してきた。それに少なからず動揺してしまう。
美緒ちゃんの顔の前に入れ物がある為、必然的に2人の顔が近くなる。でも、本人が気にしていない様子なので、自意識過剰にはなりたくなくて、それに顔を近付けていく。
「……ちょ、ちょっと!」
「え、何?」
突然退いた美緒ちゃんは、やっとこの状況に気が付いたらしい。
「そ、外!人いっぱいいるし」
「え、何が?俺ただジュース飲みたいだけなんだけど」
「へ?あ、あーごめん。暑さで頭が……自意識過剰だった……」
自嘲しながら、今度は首から外してそれを渡してきた。
「気にしてないよ。頭おかしいのはいつもの事だし」
ジュースを飲んだ後、俺の言葉にショックを受けている美緒ちゃんの首に、そのストラップをかけながら耳元に唇を寄せる。
「キスされるかと思ったの?」
「…………意地悪だ……」
こちらを見つめるじとりとした目に涙が溜まっているのか、それとも屋台や提灯の光の反射の加減か、瞳が潤んで見える。
このまま押し倒したいのを必死に抑えて、頭に触れるだけに留めておく。
「2人きりになったらね」
俺の意図を汲み取ったのか、頭にあるお面を顔にずらして俯いた。
「退好きー」
「うん、俺も」
暑いのに抱きついてきたその背中を軽く叩く。
しかし、そう長くイチャイチャもしていられない。
「行くか。副長に怒鳴られる」
美緒ちゃんはお面を頭に直して、ゴミを近くにあったゴミ箱に捨てた後、俺の左手を取った。
「美緒ちゃん、急いでたフリしようか」
↓美緒視点↓
退がいきなり走り出した。
「ちょちょちょ!こけるこける!」
「都合いいや。こけそうになったら転んでいいから」
そう言われても、転ばないよう気を付けながら、ただただ引っ張られている。
「副長ォォ!ただいま帰りました!」
「おっせーぞ!マヨネーズもちゃんと付けてもらったろうなァ!?」
副長と局長が待つ櫓までそう思った程距離はなく、息が切れるまでには至らなかった。
退からたこ焼きを受け取り、蓋を開けた副長の顔に影が落ちる。
「……オイ、これ……」
「実は急いでたもんで、途中すっ転んでぶちまけちまいました。すみません、山崎退一生の不覚」
だから転べと……
「そーか。俺は美緒の首に下がってるやつとお面の方が一生の不覚だと思うがな」
ガッと私の頭を握力の限り掴む副長の目は、やっぱりいつもより瞳孔が開いている。
「痛い痛い痛い!遊んでません!気が付いたらあったんです!」
「んなわけねーだろうが!オイどーするよ……って食ってる!?」
お上に渡すはずのたこ焼きを食べている局長。
「つあー……頭ジンジンする……退、私の頭潰れてない?」
「大丈夫大丈夫」
明らかに適当な返事をする退に、ちゃんと見て!と訴えるが、見たよと依然として面倒くさそうだ。
まぁいいか、とその隣に並んで空を見上げる。
「花火はまだかのー」
「何その言い方……」
暫く談笑しながら待っていると、大きな重低音と共に、闇の空に光の大輪が咲いた。
メインイベントである、江戸1番のカラクリ技師、平賀源外の見せものが始まったのだ。
世を魅了する程綺麗な花火が、空を彩る。
なんでこんな時に仕事なんだ!
花火を見ながら頭の中で文句を垂れていると、今まで空に向かって撃っていたはずのカラクリの右手の砲口が、こちらに向いた。
「ちょ、あれこっち向いてない?」
思わず退の腕にしがみつく。
「俺達じゃなくてお上が狙われてるんだよ。ちょっと上向いてるだろ?」
冷静に分析されて、砲口の角度をよく見てみる。
うーん、なんか言われてみればそんな気も……
「って、私達も道連れになるじゃん。櫓の下にいるんだから」
臆する事なく、平賀はカラクリに撃つよう命ずると、大人しく従い発砲してきた。
凄まじい爆発音が、楽しい祭りの雰囲気を壊すのは十分すぎた。
攘夷派のテロだと混乱し、悲鳴をあげながら逃げ惑う客。会場は、一気にパニックに陥った。
周りは煙に囲まれ、前も見えない。こういう状況が1番嫌い。
落ち着きを取り戻す為、掴んでいた退の腕から手に変えて握り直すと、退も応えてくれた。
ホッと安堵したのも束の間、どこからか副長の指示が聞こえてきた。
「てめーらァ!櫓の周りをかためろォ!鼠1匹寄せ付けるんじゃねーぞ!」
「美緒ちゃん、また後で」
「さが……」
するりと離された手が名残惜しい。
退の手をもう一度掴もうとしたが、既に煙の中に消えてしまった。
しかし、退ばかりを追いかけてもいられない。
煙幕に身を隠して現れたカラクリの軍団。
「よし行けぇぇ!思う存分暴れてやれぇぇ!」
平賀がそう叫ぶなり、真選組も刀を握る手に力を込めてカラクリに立ち向かう。
ラケット……刀……ラケット……刀……
どうでもいい思案を巡らせた後、鞘から刀を抜き、攻撃してくるカラクリの腕を受け止めた。
自分より大きいカラクリに押されながらも、応戦する。
原田隊長に、自分より大きな相手と戦うコツを聞いといて良かった。
実戦がカラクリ相手だとは思わなかったけれど。
「ウソォォ!名刀虎徹ちゃんが!ウソォォ!トシこれ虎徹ちゃんが……ウソォォ!」
「うるせーな!言ってる場合かよ!」
「だってお前コレまだローンが……ウソォォ!」
「局長!これ使ってください!折っても焼いても捨てても気にしませんから!」
煙幕が少し薄れてきたのか、目が慣れてきたのか分からないけれど、局長の姿が確認出来た。
鞘に刀身をおさめて局長に投げ渡し、ラケットに素早く持ち構える。
休む間もなく襲ってくるカラクリの腕を、それで受け止めた。
「え、だってコレ初給料で買った刀で大事にしてるって……」
「大丈夫です!私ラケットあるんで!」
「すまん!ありがとう!美緒ちゃん!」
いや、いきなり鞘捨てるんかい!いいけどね、気にしないけどね!
刀身を抜くなり、どこかに投げ捨てられた鞘を見て、心の片隅で泣いていると、カラクリがいきなり爆発した。
ゆっくりと煙の中から現れたのは、怒りのオーラに身を包んだ神楽ちゃんと沖田隊長。
「祭りを邪魔する悪い子は……」
「だーれーだー」
「あ、あれは『妖怪祭囃子』。祭りを妨害する暴走族などをこらしめる古の妖怪だ」
「いや違うと思う」
勝手に局長から妖怪扱いされた神楽ちゃんと沖田隊長の暴走に、勝利を確信した局長。
それに私も乗っかってみる事にした。
「さがるー!」
カラクリをラケットでなぎ倒しながら、退を探す。
「え、美緒ちゃん!?どっから――」
「いた!フォーメーションA行くよ!」
「がってんでさァ相棒!」
余談ではあるが、フォーメーションAとはミントンのダブルスで完成した技。
息がピッタリ合わないと難しい故に、喧嘩をしている時などは効果を発揮しにくい。ちなみに、フォーメーションCまである。
「はい、上がったァァァ!」
ニヤリと口元で笑った退は、タイミングを見計らい私の背中をジャンプ台代わりに飛び上がり、カラクリの首を狙ってラケットを振りおろした。
ガシャァンと音を立てて地に伏せるカラクリ。
「まだまだだね」
「今日調子いいね!どんどん行こう!」
退とハイタッチし、次のカラクリへと立ち向かう。
今日の連携は絶好調。
次々フォーメーションを駆使してカラクリを倒していると、どういうわけかいきなりカラクリの動きが止まった。
「美緒ー!」
「神楽ちゃん!」
手を振りながら駆け寄ってくる神楽ちゃんは、いつ見ても可愛い。
「美緒も来てたアルか?知ってたら一緒に回ったのに残念アル。私射的でグラサンと髭取ったヨ。私の射撃姿見せたかったネ」
「ぐ、グラサンと髭?……あー、鼻眼鏡の事?」
「何言ってるアルか?しょうがないから見せてあげるヨ」
と、言ってくれたのだが、ポケットなど探してもどこにも見付からなかったようだ。
「私のグラサンがないアル!本当にゲットしたのに。美緒にも見せたかったヨ」
落ち込む神楽ちゃんの頭を撫でる。
「次お祭りがあったら一緒に行こうよ。その時、また射的でいっぱい取ろ」
「いいなそれ。約束アルヨ」
ニッと笑って機嫌が直った神楽ちゃんに釣られて、約束ねと笑う。
局長に呼ばれたので、神楽ちゃんと別れた。
「美緒ちゃんごめん!でも助かったよありがとう」
「あー、うん。大丈夫っす。煮るなり焼くなり好きにしろと言ったのは私ですから。それよりも局長が無事で何より!」
親指をグッと立てて笑みを見せれば、局長はいい部下を持ったと涙している。
見事に刀は、刃こぼれしてボロボロの鞘なしで戻ってきた。
「退、次これ打ち上げてー」
「これ手持ち花火だよ」
「マジでか!?持つとこ、こんなに太いのに?」
局長に許可をもらえて、祭りの帰りに真選組のみんなと花火をたくさん買い込んで、川辺で花火を満喫している真っ最中。
打ち上げ花火をあげる人、手持ち花火を持って駆け回ったりグルグル回したり、それぞれ好きなように花火を楽しんでいる。
「内田ー、そっちにネズミ花火行ったぞー」
「うおっ!何!?3個も!?」
足元を回転しながらうろつくネズミ花火にわたわたと足を動かしていると、何故か次々に増えていく。
「ほォれ、バカ女のとこに行けー」
沖田隊長が、ネズミ花火をポイポイとこっちへ投げ寄こしてくる。他の隊士たちも面白がってネズミ花火を投げ寄越してくるので、私の周りは十以上のネズミ花火に囲まれた。
しかも、ネズミ花火は回転だけでは飽き足らず追いかけてくる始末。挙句、最初に投げられて来たネズミ花火から破裂していくので、それにも驚かされる。
「ちょ、何コレ!めっちゃ追いかけてくるんだけどォ!」
「美緒ちゃんの周り賑やかだな」
「言ってないで助けてェェ!」
「みんなァァ!花火買ってきたぞォ!」
局長の手には、新たな花火セットがたくさんぶら下がっている。追加された花火を取り出して、火薬に火をつけて楽しむ。
あれから優に2時間はやっているだろう。
「はぁー楽しかったー」
「まだ打ち上げ残ってるよ」
「原田隊長があげてくれるから見るだけー」
退と石階段に並んで座って、みんなの遊ぶ姿を傍観している。
こんなにやるんだったら、神楽ちゃんやお妙ちゃんも誘えば良かった。
「退、見て。あれ色変わってる。凄いねー」
色が次々に変わる打ち上げ花火や、1発ずつ何回も上がる花火などたくさんの打ち上げ花火があり、家庭用なのに音も本格的で、まるで小さな花火大会のようで楽しい。
「美緒ちゃん浴衣着れたら良かったのにね」
声を発する前に、退が私の手を掴んで胸の高さまで持ち上げると、所謂恋人繋ぎで握った。
「こうしても雰囲気出ないんだよな。浴衣だったら出るのに」
ね?と残念そうなそれを見せた後、その手を下ろして天を仰いだ。
雰囲気か……
「そうだ、ちょっと待ってて」
花火の袋に残っている、唯一手付かずのそれをかき集めて、転がっていたライターも持って退の所に戻った。
「線香花火しよ」
「またいっぱい持ってきたね……」
退が座っている1段下に横向きでしゃがみ、その1つに火をつける。小さな火球から、徐々に大きな火花へと変わるそれを眺める。
退の指の背が私の頬を撫でた。
すり寄るように、少し頭を退の方にやると、その弾みか無情にもコンクリートへと落ちた火球。それはすぐには消えず、ジリジリと赤い球を維持していたが、徐々にゆっくりと恥ずかしそうに姿を消した。
退の方を見ると、目元を綻ばせてこちらを見ている。
「さ――」
「おっと手が滑ったー」
間延びした声と同時に、目の前で爆発が起きた。
爆発というか、花火が向かってきたという方が正しいだろうか。
「ぎゃあああ!あっっっつ!」
「あっっっつ!あっっち!」
軽く火傷を負い、2人して慌てて川に飛び込んだ。
そんな私達を、ニタニタとした笑みを浮かべて見下ろしてくる沖田隊長。
「あーらら、だから危ねぇって言ったのに。何やってんだィ2人して」
「何やってんだはこっちのセリフだ!アンタが何やってんですか!」
「打ち上げ花火こっち向けてやりましたよね!?打ち上げ花火を人に向けてはいけないって習いませんでした!?」
「いやぁ、手が滑ったもんでいけねェや」
「あー!手が滑ったァァァ!」
沖田隊長の足首を掴んで、川に引きずり落とした。
思惑通り、水しぶきをあげて川に落ちた沖田隊長を笑う。
「何しやがんだバカ女!」
「正当防衛ですー!」
川の水のかけ合いが始まり、帰る頃にはすっかりずぶ濡れになったのだった。