本編
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▽熱愛報道
退と一緒に読んでいた新聞を1枚捲ると、目を惹く記事が一面に――
「へー、熱愛だって」
「お通ちゃんもやるねぇ」
国民的アイドルグループ『反侍』のリーダー、GOEMONとお通ちゃんの熱愛を報道する記事。
「あれ?てっきりショック受けるかと思ってたのに」
「お通ちゃんも、アイドルだけど普通の女の子だしね。あんなに可愛い子に彼氏がいないのがおかしいよ逆に」
ショックか……もしかしたらショック受けてるかもな。
「いや、あの男なら絶対に!」
ショックを受けてたらからかってやろうじゃないか!
勢いよく立ち上がった事に驚いたのか、退が「うおっ!」と声をあげ、何?どうしたの?と聞いてきた。
「さがるん、副長には見廻りに行ったと伝えてくれたまへ」
退の頭を撫で、部屋を出て行こうと背中を向けたら、肩を掴まれた。
「本当はどこ行くの?」
「万事屋さんち」
「夕方までには帰ってきなよ」
「任せたまへー」
ひらひら手を振って、屯所を後にした。
やってきたのはかぶき町。
スナックお登勢と書かれた看板の上に、万事屋銀ちゃんの看板がある。
階段をのぼって、2階にあがった。
「ごめんくださーい」
戸を開けてから、インターホンを押すのを忘れていた事に気付き、それを押した。
順番が違う気がするが、この際気にしない。
「はいはい。なんですか?新聞なら……なんだ美緒か。これからは勝手に入ってこい。玄関まで出るのめんどくせーんだよ」
めんどくさそうに出てきたなと思ったら、そんな態度を裏切らないような言葉を吐いた。
そんなに玄関まで出るのが面倒なのか。
言われた通り、これからは勝手に入る事にしよう。
お邪魔します、と挨拶をしてから、銀ちゃんの後を追いかける。
「美緒よく来たアルな」
ソファに座ったまま挨拶をしてくる神楽ちゃんの膝の上には、見たことないぐらい大きな白い犬。
「お邪魔します。神楽ちゃん、それ犬?めちゃくちゃでかくね?そんなサイズ初めて見たよ」
「犬の定春ネ。定春ー、美緒来たアルヨー」
神楽ちゃんは、定春の背中を撫でながらそう声をかけるが、定春は興味がなさそうに大きな欠伸をして、眠たそうにしている。
「定春ー。あなた本当に犬でちゅ……ヒッ……ったァァァい!あああ……」
顎を触ろうと伸ばした右手が定春により噛まれた。
手のひらに噛み跡がくっきりとつき、血が流れ出る。
あまりの痛さにその場に蹲って、右手首を掴んで頭上に掲げ、声にならない呻きをあげる。
「定春ー、また噛んだアルか。ダメよー噛んじゃ」
「そいつ、見境なく噛むから気を付けろよ」
「言うの遅いよ!もう噛まれたよ!救急箱貸して!」
銀ちゃんがセルフだと言い、救急箱のある場所を指さしたので取りに行く。
血が止まらないので、ハンカチで抑えて床に垂れないように気を遣う。
怪我は慣れているので今更何も思わないけれど、犬に噛まれて治療する事になるとは思いもしなかった。
そういえば、新ちゃんの姿が見当たらない。
「あれ?新ちゃんは?」
「新八ならまだ来てねーな。座れよ」
銀ちゃんが自分の隣をポンと叩いて、座るよう促してきたので、お言葉に甘えて隣に座った。
神楽ちゃんの隣は、定春の体積で座れそうにもない。
止血をする為に救急箱からガーゼを厚めに取り出して、傷口に乗せて押さえる。ハンカチは血だらけになってしまったので、捨てるしかない。
次に消毒液を患部につけたらものすごく沁みて、手首を握りしめる。痛みが治まるわけでもないのに、患部に息を何度も吹きかけていると、隣で銀ちゃんが「お前何やってんの?」と死んだような目を向けてきた。
「痛いの。銀ちゃん包帯巻くの手伝ってよ」
「美緒ー、私が巻いてあげるヨ」
「ありがとう。神楽ちゃんは優しいねー」
神楽ちゃんの傍に移動して、その右手を差し出すが、何故か右手だけでなく、体中を包帯でグルグル巻のミイラにされた。
「あの……」
「神楽おめェ下手すぎ。こうやんだよ」
銀ちゃんが、よし出来たと満足そうに言うそれは、所謂亀甲縛りというやつで――
任せた私がバカだった。
暫く2人のああでもない、こうでもないに付き合って、包帯で色々巻かれていく私の体。
結局、自分で右手に包帯を巻くことになった。
来た時に出すのを忘れていた、途中で買ってきた手土産と神楽ちゃんには酢昆布もプラスして渡すと、早速包み紙を破って、お菓子の詰め合わせを食べ始めた銀ちゃんと神楽ちゃん。
「つーか、おめェ依頼しに来たの?」
否定すれば、じゃあ茶はいらねーなと言われた。
人様の家に来て、茶を出されないのは初めての経験だ。
暫く3人で談笑していると、新ちゃんが幽霊のようにフラフラと帰ってきた。
そして、取り憑かれたかのように、日めくりカレンダーを捲りだしたのだ。
あー、こりゃお通ちゃんの報道見てショック受けたクチだな。からかおうと思ってたけど、そんな雰囲気じゃないからやめとこう。
「あんだっつーの。ガキの色恋なんざどーでもいいんだって」
テレビでは、お通ちゃんの事で持ち切り。
銀ちゃんはつまらなさそうに、頬杖をついて文句を並べている。
ドラマの再放送を見たいらしいが、いつまで経ってもやらない事に焦れているようだ。
そこで神楽ちゃんが、ドラマの内容を簡潔に話した。
「マジでか!なんで知ってんの!?」
「昨日で最終回だったもんねー定春」
「それ私も見た。面白かったよね。ピン子と春恵の協力戦」
「んだよチクショー!見逃したぜ!」
そして話の方向は、日めくりカレンダーをめくり続けている新ちゃんへと変わった。
紙切れが、新ちゃんの足元に散らばっている。
「新ちゃァァァん!戻ってきてくださーい!」
揺さぶってみたり、頬を引っ張ったりしてみたが全然ダメ。ノーリアクション。
「アイドルなんぞに惚れるからんな事になるの。分をわけまえろ。俺もお天気お姉さんのファンだけど、その辺は割り切って――」
ないらしい。
タイミングがいいのか悪いのか、結野アナの結婚報道が流れた途端、銀ちゃんも日めくりカレンダーをめくりだした。
「あらら。2人とも別の時空に行ってしまったアル」
「なにこれ?流行ってんの?」
「分からないネ。ほっとくヨロシ」
その時、玄関の呼び出し音が鳴った。
日めくりカレンダーを捲っていた新ちゃんが、身に付いた雑用係の習性から、ふらふらと玄関に向かっていく。
新ちゃんの後に続いて入ってきたお客さんの姿に、目を丸くし、思わずソファから飛び退いてしまった。
今、万事屋にはお通ちゃんが依頼に来ている。
お通ちゃんの前に、お茶が用意されているのは至極当然だ。お通ちゃんが来て茶を出さないのは無礼極まりない。
銀ちゃんの手には『男と別れろ さもなくば殺すトロベリー』と書かれた紙が。
こんな手紙が事務所に何通も送られてくるらしい。
「怖くて父ちゃんに相談したら、アンタならなんとかしてくれるって」
「あの親父か……元気でやってんの?」
「うん。この話したらまた脱獄するって大騒ぎしてた」
話が淡々と進む様子を、神楽ちゃんとソファの傍らに立って傍観している。
話の邪魔だからと、銀ちゃんにソファから追い出されてしまったのだ。
帰れば良かったのだが、お通ちゃんが困っているのを見捨てるわけにはいかない。
「別れりゃいいじゃん」
お通ちゃんのファンから犯人を絞りこめるかどうか悩む銀ちゃんに、神楽ちゃんが一蹴する。
「別れりゃ全て丸くおさまる話じゃん」
間違いではない、間違いじゃないんだけど……
「い……嫌だよ。そんなの考えられない。あの人は芸能界で唯一私に優しくしてくれたんだから」
「ケッ!男なんて女には皆優しいもんなんだよ小娘が!」
クチャクチャ酢昆布を食べながら、お通ちゃんに絡んでいる神楽ちゃんの頭を、新ちゃんが木刀で叩いた。痛そうなその頭を撫でる側では、いつの間にか親衛隊の隊服に身を包んだ新ちゃんが決意を表明する。
「犯人が絞れないなら、張り付いて護るだけです。この志村新八!命に代えてもお通ちゃんを護ってみせる!」
新ちゃんがショックを受けた原因もお通ちゃんならば、復活の原因もお通ちゃん。その気持ち分かる。
お通ちゃんは、GOEMONと会う約束をしているというので、私達もその喫茶店へと移動した。
GOEMONに見付からないように、少し離れたボックス席へと行く。
片側のソファに、4人狭苦しく反対向いて並び、席と席の間にある植え込みから顔だけを出して、お通ちゃんたちを監視する。
「はい先生」
小さく手を挙げれば「はい、なんですか?美緒さん」と、左隣にいる銀ちゃんが応えてくれた。
「お通ちゃんのファンならさ、お通ちゃんに殺すなんて書かないと思うよ。GOEMONのファンじゃない?GOEMON取られた腹いせとか」
「は?じゃあなんであんな言い回しの文章なんだよ」
「そんなのテレビとか見てれば分かるようなもんだし、お通ちゃんファンが身近にいれば情報得るなんて朝飯前」
お通ちゃんとGOEMONが何やら話している間、銀ちゃんに私の考えつく限りの推測を伝えていく。
「それか、GOEMON自体がやってるってのも……」
「いやそりゃねーだろ。彼女に脅迫状出す彼氏がどこにいんだよ」
「実は女遊びが激しくて、うっかり声をかけた所、彼女が本気にして鬱陶しく感じてきたのかも。別れたいのに別れられない。よし脅迫状を出そう。みたいな?まぁ私の推測だから違ってたら申し訳ない」
「何?それお前の経験談?なんか思ったより波乱万丈な恋愛してんだな。そんな男やめて俺にしとけや」
「そんな経験してないし、私には心に決めた人がいるのでご心配なく」
銀ちゃんから、悔しさや怒りに植え込みの草を引きちぎっている新ちゃんへと視線を移す。
神楽ちゃん越しであまり見えないけれど、新ちゃんの草へ八つ当たりする手が止まったのが見えた。
お通ちゃん達の方を見れば、テーブルの上で互いの手を重ねている。
思い入れのある好きな芸能人のそういう姿を見て、何も思わないわけがない。
怒りや悔しさよりも、また別の感情が新ちゃんを支配しているのかもしれない。
そして私達はお通ちゃんを護るべく、GOEMONにバレないように、細心の注意を払いながら辿り着いた先はテレビ局。
お通ちゃんの口添えもあり、私たちは難なくテレビ局へ侵入出来た。
お通ちゃんとGOEMONが出演する、歌っていいともの収録が終了するのをロビーで待つ事になったのだ。が、こんな所滅多にこれるもんじゃないので、神楽ちゃんと一緒に探検する事に。
「美緒、こっち来るアルー」
「待って神楽ちゃん」
迷路のような通路の先には、いくつものスタジオがあって目移りしてしまう。
どこのスタジオにも、テレビで見た芸能人達がいて、本当に存在しているんだと、謎の感動すら覚える。
「神楽ちゃん神楽ちゃん!見て見て!」
「おォ!マジでか!銀ちゃんに報告アル」
目の前のスタジオには、昨日ドラマで見たあの人物がいた。
神楽ちゃんと急いで銀ちゃんたちのいるロビーへと戻る。
「銀ちゃん銀ちゃん!大変アル!ピン子がいたヨ!」
神楽ちゃんが銀ちゃんに見た事を説明すると、銀ちゃんもサインくれェェ!と大騒ぎでロビーから出て行った。
「美緒ちゃん仕事は大丈夫なんですか?また土方さんから電話があるんじゃ……」
銀ちゃんが座っていた場所に腰を下ろして、新ちゃんの心配にドヤ顔で携帯を見せる。
「大丈夫ですよ。電源切ってますから」
「え……それってもっと怒られるんじゃ……」
表情を引きつらせて言う新ちゃん。
歌っていいともの収録が終わる前に、厠に行った新ちゃんと入れ替わりに、神楽ちゃんが色紙を抱えて戻ってきた。
「美緒ー、見て見てー。サインもらったヨ。コレ私一生大事にするネ」
「凄いねー。良かったね」
色紙を抱きしめて嬉しそうに報告してくる神楽ちゃんを見て、自然と表情が綻びる。
書いたサインをここまで喜んでくれたら嬉しいだろうなぁ。
「お前の言う通り、脅迫状はGOEMONが出してたわ」
「え、マジでか。私探偵になれるじゃん」
新ちゃんと一緒に厠から戻ってくるなり、銀ちゃんからそう報告を受けた。
厠で一体何があったのか分からないけれど、お通ちゃんの件は片がついたようだ。
新ちゃんは、お通ちゃんにこの事を報告しに行ってくると言い、収録が終わったお通ちゃんの後を追いかけた。
私もお通ちゃんと話をしたかったけれど、やらなければならない事がある。
「銀ちゃん銀ちゃん。ちょっとそこらへんの話詳しく聞かせてくれるかな?報告書として提出するから」
「は?んなの報告してなんの意味が――」
「私今日1日仕事サボってたのがバレたら怒られるじゃん。だから、形だけでもお通ちゃんの件追ってた事にしたいの。協力して。今度万事屋行く時いちご牛乳持ってくから」
手を合わせて、この通りと頭を下げる。
「はぁ!?いちご牛乳ぐらいで釣られると思うなよ。銀さんはそんな安い男じゃないんですぅー。1リットルのいちご牛乳10本で手を打とう」
「よし乗った!さっすが銀ちゃん。話が早くて助かる」
「美緒ー、銀ちゃんばっかりずるいアル。私にも何か美味しい物持ってきてほしいヨ。酢昆布とか肉とか」
「うん、分かった。今度一緒に持ってくね」
銀ちゃんから聞いた話をメモ帳に記入していく。
脅迫状の犯人も見付かったし帰ろうという事になり、外へ出た。外はすっかり真っ暗だ。
「え!?もう夜じゃん!ヤバイ!」
時間を確かめるために慌てて携帯の電源をつければ、すぐに退から電話がかかってきた。
出るのが怖すぎて出たくない。
しかし、ここで出ないともっと叱られる気がして、恐る恐る通話ボタンを押す。
「は、はい……」
《やっと繋がった!美緒ちゃん何やってんだよ!迎えに行くから今どこいんの!?》
場所を伝えると、怒鳴られてしまった。
「凄く怒ってるんで、私はこれで」
「あーあ、だから銀さん言ってやったのに」
「早く帰ってこってりと絞られるヨロシ」
「なんかみんな好き勝手言ってくれるけどさ」
文句を言おうとした時、俺知ーらねーと言う銀ちゃんを先頭に、さっさと退散していく神楽ちゃん。
新ちゃんは、まだお通ちゃんと話しているのだろうか。
後ろから名前を呼ばれて振り向くと、退が鬼のような形相でこっちに向かってくる。
え、やだ怖い……
逃げ腰になりそうなのを堪えて立っていると、「副長凄い怒ってるから帰るよ!」と強引に手を引いた。
思わず、痛みに声をあげそうになった口を左手で抑えてどうにか堪える。握られた手が右手だった為に、噛まれた患部からズキズキと痛みが走る。
しかし、ここで痛いだのと言ったらまた怒られそうな気がして、痛みに耐える事にした。
助手席に乗って、シートベルトを締めながら退を窺うと、ギロリとした目がこちらに向いて、反射的に体が強ばる。
「夕方には帰ってこいって言ったよな!?俺がとばっちりくうんだけど!」
「ご、ごめんなさい……」
「謝るの俺じゃなくて副長にどうぞ」
うわ……凄い怒ってる……
助手席で、ビクビクと体を小さくして座っているので精一杯だ。
「ていうか、何その包帯。どうしたの?」
「犬に噛まれた」
「あぁ、そう。それは俺からの罰という事にしとこう」
「大丈夫?」すら聞いてくれない冷たい態度に、犬に噛まれても出なかった涙が出てきそうだ。
「ていうか、罰!?凄い痛かったんだよ!血も出たし、なんなら今も痛い」
「言った事守らない奴にはちょうどいい罰だ」
何がちょうどいいのか分からないけれど、凄く退が怒っているのは分かる。
帰ってから報告書を清書し副長に提出すると、更に怒られた上に、アイアンクローを受けてしまった。
「誰がガキの恋沙汰を偵察しろっつったよ!ナメてんのか!?ムカつくから1ヶ月の謹慎な」
漸く顔が解放されて、ズキズキする頭とこめかみを擦りながら聞き返す。
「き、謹慎……?しかも1ヶ月も?」
「謹慎よりも切腹の方をお望みか?」
首がちぎれる程左右に振って否定する。
「美緒、右手どうした?」
頭を擦っていた右手が気になったのか、副長の問いかけに、犬に噛まれたと正直に告げる。
副長は項垂れた顔に手を当てて、お前はほんと……と嘆息した。顔をゆっくり上げて、まぁいいやと言うと、話をまとめにかかった。
「1ヶ月謹慎っつー事で、屋敷から出るな。分かったら返事!」
「はい!」
私の謹慎は副長の口から正式に発表された。
同時に、同じ監察に迷惑がかかる事になるので、1人ずつ土下座で謝り倒した。
「内田、飯はー?」
「美緒、風呂沸かして」
「内田さん、洗濯しといてください」
「おいバカ女、ここ埃溜まってるぜィ。ちゃんと掃除しろィ」
「美緒ちゃん、ミントンしない?」
私モテモテだなオイ。
私が謹慎になったと知った途端、隊士達はここぞとばかりに、私に雑用を押し付けてくる。
「ちょっとみなさん!言わせてもらいますけど、炊事は当番制なんだから、当番の人がやってください!私が謹慎中だからって丸投げしないでください!」
食堂の中が見渡せる場所に行き、朝食を食べている隊士達の視線を私に集めてそう抗議をする。
しかし、隊士達は、私の発言に不思議そうな反応を見せたのだ。
「え?何言ってんだ?」
「これ内田さんの仕事ですよね?」
「謹慎中、屋敷の事全部美緒がやるって聞いたけど」
ざわつきの中から聞こえた、本人である私が初めて聞いたそれに目眩を覚えた。
大体予想は出来るけれど、一応誰が言っていたのか尋ねる。
「沖田隊長がスピーカーで触れ回ってた」
「やっぱりかー!アイツめ、どうしてくれよう」
頭を抱えて項垂れる私を他所に、隊士たちは「じゃ、よろしくな」と私に全てを押し付けて、この話を終わりにした。
謹慎中は、見廻りにも行けないので仕方ないと腹を括り、隊士たちが食べた食器を片付けていく。
「美緒ちゃん、手伝おうか?」
食べ終えた食器をシンクに持ってきた退がそう言ってくれた。その優しさだけでもありがたい。
「大丈夫。退だって仕事あるでしょ。気にしてくれてありがとね」
「限界来るまでに助けて欲しかったら言ってよ」
「分かった。ありがとう」
軽く私の頭を撫でてから、台所から去って行った。
その言葉だけで、1ヶ月乗り切れそうです。
退と一緒に読んでいた新聞を1枚捲ると、目を惹く記事が一面に――
「へー、熱愛だって」
「お通ちゃんもやるねぇ」
国民的アイドルグループ『反侍』のリーダー、GOEMONとお通ちゃんの熱愛を報道する記事。
「あれ?てっきりショック受けるかと思ってたのに」
「お通ちゃんも、アイドルだけど普通の女の子だしね。あんなに可愛い子に彼氏がいないのがおかしいよ逆に」
ショックか……もしかしたらショック受けてるかもな。
「いや、あの男なら絶対に!」
ショックを受けてたらからかってやろうじゃないか!
勢いよく立ち上がった事に驚いたのか、退が「うおっ!」と声をあげ、何?どうしたの?と聞いてきた。
「さがるん、副長には見廻りに行ったと伝えてくれたまへ」
退の頭を撫で、部屋を出て行こうと背中を向けたら、肩を掴まれた。
「本当はどこ行くの?」
「万事屋さんち」
「夕方までには帰ってきなよ」
「任せたまへー」
ひらひら手を振って、屯所を後にした。
やってきたのはかぶき町。
スナックお登勢と書かれた看板の上に、万事屋銀ちゃんの看板がある。
階段をのぼって、2階にあがった。
「ごめんくださーい」
戸を開けてから、インターホンを押すのを忘れていた事に気付き、それを押した。
順番が違う気がするが、この際気にしない。
「はいはい。なんですか?新聞なら……なんだ美緒か。これからは勝手に入ってこい。玄関まで出るのめんどくせーんだよ」
めんどくさそうに出てきたなと思ったら、そんな態度を裏切らないような言葉を吐いた。
そんなに玄関まで出るのが面倒なのか。
言われた通り、これからは勝手に入る事にしよう。
お邪魔します、と挨拶をしてから、銀ちゃんの後を追いかける。
「美緒よく来たアルな」
ソファに座ったまま挨拶をしてくる神楽ちゃんの膝の上には、見たことないぐらい大きな白い犬。
「お邪魔します。神楽ちゃん、それ犬?めちゃくちゃでかくね?そんなサイズ初めて見たよ」
「犬の定春ネ。定春ー、美緒来たアルヨー」
神楽ちゃんは、定春の背中を撫でながらそう声をかけるが、定春は興味がなさそうに大きな欠伸をして、眠たそうにしている。
「定春ー。あなた本当に犬でちゅ……ヒッ……ったァァァい!あああ……」
顎を触ろうと伸ばした右手が定春により噛まれた。
手のひらに噛み跡がくっきりとつき、血が流れ出る。
あまりの痛さにその場に蹲って、右手首を掴んで頭上に掲げ、声にならない呻きをあげる。
「定春ー、また噛んだアルか。ダメよー噛んじゃ」
「そいつ、見境なく噛むから気を付けろよ」
「言うの遅いよ!もう噛まれたよ!救急箱貸して!」
銀ちゃんがセルフだと言い、救急箱のある場所を指さしたので取りに行く。
血が止まらないので、ハンカチで抑えて床に垂れないように気を遣う。
怪我は慣れているので今更何も思わないけれど、犬に噛まれて治療する事になるとは思いもしなかった。
そういえば、新ちゃんの姿が見当たらない。
「あれ?新ちゃんは?」
「新八ならまだ来てねーな。座れよ」
銀ちゃんが自分の隣をポンと叩いて、座るよう促してきたので、お言葉に甘えて隣に座った。
神楽ちゃんの隣は、定春の体積で座れそうにもない。
止血をする為に救急箱からガーゼを厚めに取り出して、傷口に乗せて押さえる。ハンカチは血だらけになってしまったので、捨てるしかない。
次に消毒液を患部につけたらものすごく沁みて、手首を握りしめる。痛みが治まるわけでもないのに、患部に息を何度も吹きかけていると、隣で銀ちゃんが「お前何やってんの?」と死んだような目を向けてきた。
「痛いの。銀ちゃん包帯巻くの手伝ってよ」
「美緒ー、私が巻いてあげるヨ」
「ありがとう。神楽ちゃんは優しいねー」
神楽ちゃんの傍に移動して、その右手を差し出すが、何故か右手だけでなく、体中を包帯でグルグル巻のミイラにされた。
「あの……」
「神楽おめェ下手すぎ。こうやんだよ」
銀ちゃんが、よし出来たと満足そうに言うそれは、所謂亀甲縛りというやつで――
任せた私がバカだった。
暫く2人のああでもない、こうでもないに付き合って、包帯で色々巻かれていく私の体。
結局、自分で右手に包帯を巻くことになった。
来た時に出すのを忘れていた、途中で買ってきた手土産と神楽ちゃんには酢昆布もプラスして渡すと、早速包み紙を破って、お菓子の詰め合わせを食べ始めた銀ちゃんと神楽ちゃん。
「つーか、おめェ依頼しに来たの?」
否定すれば、じゃあ茶はいらねーなと言われた。
人様の家に来て、茶を出されないのは初めての経験だ。
暫く3人で談笑していると、新ちゃんが幽霊のようにフラフラと帰ってきた。
そして、取り憑かれたかのように、日めくりカレンダーを捲りだしたのだ。
あー、こりゃお通ちゃんの報道見てショック受けたクチだな。からかおうと思ってたけど、そんな雰囲気じゃないからやめとこう。
「あんだっつーの。ガキの色恋なんざどーでもいいんだって」
テレビでは、お通ちゃんの事で持ち切り。
銀ちゃんはつまらなさそうに、頬杖をついて文句を並べている。
ドラマの再放送を見たいらしいが、いつまで経ってもやらない事に焦れているようだ。
そこで神楽ちゃんが、ドラマの内容を簡潔に話した。
「マジでか!なんで知ってんの!?」
「昨日で最終回だったもんねー定春」
「それ私も見た。面白かったよね。ピン子と春恵の協力戦」
「んだよチクショー!見逃したぜ!」
そして話の方向は、日めくりカレンダーをめくり続けている新ちゃんへと変わった。
紙切れが、新ちゃんの足元に散らばっている。
「新ちゃァァァん!戻ってきてくださーい!」
揺さぶってみたり、頬を引っ張ったりしてみたが全然ダメ。ノーリアクション。
「アイドルなんぞに惚れるからんな事になるの。分をわけまえろ。俺もお天気お姉さんのファンだけど、その辺は割り切って――」
ないらしい。
タイミングがいいのか悪いのか、結野アナの結婚報道が流れた途端、銀ちゃんも日めくりカレンダーをめくりだした。
「あらら。2人とも別の時空に行ってしまったアル」
「なにこれ?流行ってんの?」
「分からないネ。ほっとくヨロシ」
その時、玄関の呼び出し音が鳴った。
日めくりカレンダーを捲っていた新ちゃんが、身に付いた雑用係の習性から、ふらふらと玄関に向かっていく。
新ちゃんの後に続いて入ってきたお客さんの姿に、目を丸くし、思わずソファから飛び退いてしまった。
今、万事屋にはお通ちゃんが依頼に来ている。
お通ちゃんの前に、お茶が用意されているのは至極当然だ。お通ちゃんが来て茶を出さないのは無礼極まりない。
銀ちゃんの手には『男と別れろ さもなくば殺すトロベリー』と書かれた紙が。
こんな手紙が事務所に何通も送られてくるらしい。
「怖くて父ちゃんに相談したら、アンタならなんとかしてくれるって」
「あの親父か……元気でやってんの?」
「うん。この話したらまた脱獄するって大騒ぎしてた」
話が淡々と進む様子を、神楽ちゃんとソファの傍らに立って傍観している。
話の邪魔だからと、銀ちゃんにソファから追い出されてしまったのだ。
帰れば良かったのだが、お通ちゃんが困っているのを見捨てるわけにはいかない。
「別れりゃいいじゃん」
お通ちゃんのファンから犯人を絞りこめるかどうか悩む銀ちゃんに、神楽ちゃんが一蹴する。
「別れりゃ全て丸くおさまる話じゃん」
間違いではない、間違いじゃないんだけど……
「い……嫌だよ。そんなの考えられない。あの人は芸能界で唯一私に優しくしてくれたんだから」
「ケッ!男なんて女には皆優しいもんなんだよ小娘が!」
クチャクチャ酢昆布を食べながら、お通ちゃんに絡んでいる神楽ちゃんの頭を、新ちゃんが木刀で叩いた。痛そうなその頭を撫でる側では、いつの間にか親衛隊の隊服に身を包んだ新ちゃんが決意を表明する。
「犯人が絞れないなら、張り付いて護るだけです。この志村新八!命に代えてもお通ちゃんを護ってみせる!」
新ちゃんがショックを受けた原因もお通ちゃんならば、復活の原因もお通ちゃん。その気持ち分かる。
お通ちゃんは、GOEMONと会う約束をしているというので、私達もその喫茶店へと移動した。
GOEMONに見付からないように、少し離れたボックス席へと行く。
片側のソファに、4人狭苦しく反対向いて並び、席と席の間にある植え込みから顔だけを出して、お通ちゃんたちを監視する。
「はい先生」
小さく手を挙げれば「はい、なんですか?美緒さん」と、左隣にいる銀ちゃんが応えてくれた。
「お通ちゃんのファンならさ、お通ちゃんに殺すなんて書かないと思うよ。GOEMONのファンじゃない?GOEMON取られた腹いせとか」
「は?じゃあなんであんな言い回しの文章なんだよ」
「そんなのテレビとか見てれば分かるようなもんだし、お通ちゃんファンが身近にいれば情報得るなんて朝飯前」
お通ちゃんとGOEMONが何やら話している間、銀ちゃんに私の考えつく限りの推測を伝えていく。
「それか、GOEMON自体がやってるってのも……」
「いやそりゃねーだろ。彼女に脅迫状出す彼氏がどこにいんだよ」
「実は女遊びが激しくて、うっかり声をかけた所、彼女が本気にして鬱陶しく感じてきたのかも。別れたいのに別れられない。よし脅迫状を出そう。みたいな?まぁ私の推測だから違ってたら申し訳ない」
「何?それお前の経験談?なんか思ったより波乱万丈な恋愛してんだな。そんな男やめて俺にしとけや」
「そんな経験してないし、私には心に決めた人がいるのでご心配なく」
銀ちゃんから、悔しさや怒りに植え込みの草を引きちぎっている新ちゃんへと視線を移す。
神楽ちゃん越しであまり見えないけれど、新ちゃんの草へ八つ当たりする手が止まったのが見えた。
お通ちゃん達の方を見れば、テーブルの上で互いの手を重ねている。
思い入れのある好きな芸能人のそういう姿を見て、何も思わないわけがない。
怒りや悔しさよりも、また別の感情が新ちゃんを支配しているのかもしれない。
そして私達はお通ちゃんを護るべく、GOEMONにバレないように、細心の注意を払いながら辿り着いた先はテレビ局。
お通ちゃんの口添えもあり、私たちは難なくテレビ局へ侵入出来た。
お通ちゃんとGOEMONが出演する、歌っていいともの収録が終了するのをロビーで待つ事になったのだ。が、こんな所滅多にこれるもんじゃないので、神楽ちゃんと一緒に探検する事に。
「美緒、こっち来るアルー」
「待って神楽ちゃん」
迷路のような通路の先には、いくつものスタジオがあって目移りしてしまう。
どこのスタジオにも、テレビで見た芸能人達がいて、本当に存在しているんだと、謎の感動すら覚える。
「神楽ちゃん神楽ちゃん!見て見て!」
「おォ!マジでか!銀ちゃんに報告アル」
目の前のスタジオには、昨日ドラマで見たあの人物がいた。
神楽ちゃんと急いで銀ちゃんたちのいるロビーへと戻る。
「銀ちゃん銀ちゃん!大変アル!ピン子がいたヨ!」
神楽ちゃんが銀ちゃんに見た事を説明すると、銀ちゃんもサインくれェェ!と大騒ぎでロビーから出て行った。
「美緒ちゃん仕事は大丈夫なんですか?また土方さんから電話があるんじゃ……」
銀ちゃんが座っていた場所に腰を下ろして、新ちゃんの心配にドヤ顔で携帯を見せる。
「大丈夫ですよ。電源切ってますから」
「え……それってもっと怒られるんじゃ……」
表情を引きつらせて言う新ちゃん。
歌っていいともの収録が終わる前に、厠に行った新ちゃんと入れ替わりに、神楽ちゃんが色紙を抱えて戻ってきた。
「美緒ー、見て見てー。サインもらったヨ。コレ私一生大事にするネ」
「凄いねー。良かったね」
色紙を抱きしめて嬉しそうに報告してくる神楽ちゃんを見て、自然と表情が綻びる。
書いたサインをここまで喜んでくれたら嬉しいだろうなぁ。
「お前の言う通り、脅迫状はGOEMONが出してたわ」
「え、マジでか。私探偵になれるじゃん」
新ちゃんと一緒に厠から戻ってくるなり、銀ちゃんからそう報告を受けた。
厠で一体何があったのか分からないけれど、お通ちゃんの件は片がついたようだ。
新ちゃんは、お通ちゃんにこの事を報告しに行ってくると言い、収録が終わったお通ちゃんの後を追いかけた。
私もお通ちゃんと話をしたかったけれど、やらなければならない事がある。
「銀ちゃん銀ちゃん。ちょっとそこらへんの話詳しく聞かせてくれるかな?報告書として提出するから」
「は?んなの報告してなんの意味が――」
「私今日1日仕事サボってたのがバレたら怒られるじゃん。だから、形だけでもお通ちゃんの件追ってた事にしたいの。協力して。今度万事屋行く時いちご牛乳持ってくから」
手を合わせて、この通りと頭を下げる。
「はぁ!?いちご牛乳ぐらいで釣られると思うなよ。銀さんはそんな安い男じゃないんですぅー。1リットルのいちご牛乳10本で手を打とう」
「よし乗った!さっすが銀ちゃん。話が早くて助かる」
「美緒ー、銀ちゃんばっかりずるいアル。私にも何か美味しい物持ってきてほしいヨ。酢昆布とか肉とか」
「うん、分かった。今度一緒に持ってくね」
銀ちゃんから聞いた話をメモ帳に記入していく。
脅迫状の犯人も見付かったし帰ろうという事になり、外へ出た。外はすっかり真っ暗だ。
「え!?もう夜じゃん!ヤバイ!」
時間を確かめるために慌てて携帯の電源をつければ、すぐに退から電話がかかってきた。
出るのが怖すぎて出たくない。
しかし、ここで出ないともっと叱られる気がして、恐る恐る通話ボタンを押す。
「は、はい……」
《やっと繋がった!美緒ちゃん何やってんだよ!迎えに行くから今どこいんの!?》
場所を伝えると、怒鳴られてしまった。
「凄く怒ってるんで、私はこれで」
「あーあ、だから銀さん言ってやったのに」
「早く帰ってこってりと絞られるヨロシ」
「なんかみんな好き勝手言ってくれるけどさ」
文句を言おうとした時、俺知ーらねーと言う銀ちゃんを先頭に、さっさと退散していく神楽ちゃん。
新ちゃんは、まだお通ちゃんと話しているのだろうか。
後ろから名前を呼ばれて振り向くと、退が鬼のような形相でこっちに向かってくる。
え、やだ怖い……
逃げ腰になりそうなのを堪えて立っていると、「副長凄い怒ってるから帰るよ!」と強引に手を引いた。
思わず、痛みに声をあげそうになった口を左手で抑えてどうにか堪える。握られた手が右手だった為に、噛まれた患部からズキズキと痛みが走る。
しかし、ここで痛いだのと言ったらまた怒られそうな気がして、痛みに耐える事にした。
助手席に乗って、シートベルトを締めながら退を窺うと、ギロリとした目がこちらに向いて、反射的に体が強ばる。
「夕方には帰ってこいって言ったよな!?俺がとばっちりくうんだけど!」
「ご、ごめんなさい……」
「謝るの俺じゃなくて副長にどうぞ」
うわ……凄い怒ってる……
助手席で、ビクビクと体を小さくして座っているので精一杯だ。
「ていうか、何その包帯。どうしたの?」
「犬に噛まれた」
「あぁ、そう。それは俺からの罰という事にしとこう」
「大丈夫?」すら聞いてくれない冷たい態度に、犬に噛まれても出なかった涙が出てきそうだ。
「ていうか、罰!?凄い痛かったんだよ!血も出たし、なんなら今も痛い」
「言った事守らない奴にはちょうどいい罰だ」
何がちょうどいいのか分からないけれど、凄く退が怒っているのは分かる。
帰ってから報告書を清書し副長に提出すると、更に怒られた上に、アイアンクローを受けてしまった。
「誰がガキの恋沙汰を偵察しろっつったよ!ナメてんのか!?ムカつくから1ヶ月の謹慎な」
漸く顔が解放されて、ズキズキする頭とこめかみを擦りながら聞き返す。
「き、謹慎……?しかも1ヶ月も?」
「謹慎よりも切腹の方をお望みか?」
首がちぎれる程左右に振って否定する。
「美緒、右手どうした?」
頭を擦っていた右手が気になったのか、副長の問いかけに、犬に噛まれたと正直に告げる。
副長は項垂れた顔に手を当てて、お前はほんと……と嘆息した。顔をゆっくり上げて、まぁいいやと言うと、話をまとめにかかった。
「1ヶ月謹慎っつー事で、屋敷から出るな。分かったら返事!」
「はい!」
私の謹慎は副長の口から正式に発表された。
同時に、同じ監察に迷惑がかかる事になるので、1人ずつ土下座で謝り倒した。
「内田、飯はー?」
「美緒、風呂沸かして」
「内田さん、洗濯しといてください」
「おいバカ女、ここ埃溜まってるぜィ。ちゃんと掃除しろィ」
「美緒ちゃん、ミントンしない?」
私モテモテだなオイ。
私が謹慎になったと知った途端、隊士達はここぞとばかりに、私に雑用を押し付けてくる。
「ちょっとみなさん!言わせてもらいますけど、炊事は当番制なんだから、当番の人がやってください!私が謹慎中だからって丸投げしないでください!」
食堂の中が見渡せる場所に行き、朝食を食べている隊士達の視線を私に集めてそう抗議をする。
しかし、隊士達は、私の発言に不思議そうな反応を見せたのだ。
「え?何言ってんだ?」
「これ内田さんの仕事ですよね?」
「謹慎中、屋敷の事全部美緒がやるって聞いたけど」
ざわつきの中から聞こえた、本人である私が初めて聞いたそれに目眩を覚えた。
大体予想は出来るけれど、一応誰が言っていたのか尋ねる。
「沖田隊長がスピーカーで触れ回ってた」
「やっぱりかー!アイツめ、どうしてくれよう」
頭を抱えて項垂れる私を他所に、隊士たちは「じゃ、よろしくな」と私に全てを押し付けて、この話を終わりにした。
謹慎中は、見廻りにも行けないので仕方ないと腹を括り、隊士たちが食べた食器を片付けていく。
「美緒ちゃん、手伝おうか?」
食べ終えた食器をシンクに持ってきた退がそう言ってくれた。その優しさだけでもありがたい。
「大丈夫。退だって仕事あるでしょ。気にしてくれてありがとね」
「限界来るまでに助けて欲しかったら言ってよ」
「分かった。ありがとう」
軽く私の頭を撫でてから、台所から去って行った。
その言葉だけで、1ヶ月乗り切れそうです。