本編
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▽花見
春のポカポカ陽気がたまらん。
屯所から見える遠くの山に、所どころピンクが色付いている。
空を仰げば、雀が楽しそうに追いかけっこをしていて……いや、あれは求愛かな?あんまりしつこいと局長みたいに殴られるよー。
なんて心の中で注意しながら、縁側でまったりとしていた。
ふわり、暖かい風が吹き抜けた。
「春だ!」
ゴツッと頭が小突かれたような、叩かれたようなそんな痛みが走った。
「なーにが、春だ!だ!」
見上げれば、鞘越しに副長の顔。
「鞘で人の頭を叩いちゃいけません」
「いけませんってお前な、誰に向かって言ってんだ?減給にすっぞ」
「しょ、しょっけんだんじょう……あー噛んだー……」
何やってんだよオメーは!と、呆れたように紫煙を吐き出した。
「こないだの調査の資料はどうした?」
「……あ、すずめー」
「はい、罰ゲーム決定」
「ば、罰ゲームですか?」
内容は、罰ゲームでもなんでもなく、買い出しと花見用の弁当作りだった。
「調理員さん、たまに来てくださってますよね?お願いして作ってもらえないんですか?」
「その日は来ねーからおめーに頼んでんだろ」
シレッと言われたそれに、愕然とする。
基本、男所帯の真選組。
身の回りの世話は基本的に各自で行い、炊事や掃除などは持ち回りでやっている。たまに、調理員さんが来て下さる日もあるが、毎日でなく決まった日だけ。
確か昨年は、調理員さんが作ってくれたと記憶しているが、今年はそうではないらしい。
「1人でですか?」
「経費で駕籠屋使うなよ」
「パト――」
「歩け。お前体力作りしてーとか言ってただろ?ピッタリじゃねーか」
確かに、物によっては重さがあるので、体力作りには打って付けなのかもしれないけれど、何かが違うように思うのは私だけだろうか。
あづい……おもい……腕がちぎれる……
左右の腕に2袋ずつぶら下がり、頭に1袋をひっかけている。油断すると鼻まで落ちてくるので慎重に歩く。
町の人の注目を浴びているけれど気にしていられない。
《おーい!そこの買い物袋に埋もれてる変人!止まれェー!》
え!?私!?
後ろから、スピーカーで沖田隊長らしき声に叫ばれているから、振り向きたいけど、振り向けない。
隣に車がとまり、目だけを動かすと、沖田隊長が私に携帯を向けている。
「しゃ、写真撮影は禁止です」
複数回シャッター音がなって、悪戯な笑みを浮かべながら画面を見せてきた。
よく見えないけれど、映っているのは必死に耐えている私のこの情けない、いや、とても頑張っている姿に違いない。
「写真はいいから助けて……」
「バカ女、昼間から何やってんだィ。貸せよ」
マジでか!優しい!隊長イケメンだ!
「ありがとうございます。じゃあこれを――」
パトカーに更に近付いて隊長に荷物を渡そうとしたら、袋の1番上に乗っていたリンゴを取られた。
「こんなんじゃ腹のたしにもならねーが仕方ねェ」
服で適当に拭いてから齧ると、じゃあなと去って行った。
「待ってェェ!乗せてェェ!隊長ォォ!」
リンゴ1個減ったところで重さなど変わるわけがない。
「あぁ……袋が……」
頭に引っ掛けていた袋が目元までズリ下がってきたので、慌てて両腕をあげて元の位置に戻す。
更にさっきより重くなった気がしたのは、絶対隊長のせいだ。
↓退視点↓
「山崎ィィ!またテメーは何やってんだコラァァ!」
「ぎゃああああ!」
庭で1人でミントンをしていたら、副長に見付かってボコボコにされた。
「山崎、命令だ。明日花見やるから、美緒と場所取りに行ってこい」
花見……もうそんな時期か。早いな
任せたぞと言い残し、去って行く副長の背中を見届けた後、美緒ちゃんに伝えるべく、その部屋に向かった。
「入るよ」
言いながら襖を開けて中を見たら、ぐたぁと大の字で倒れている彼女を発見。
静かに襖を閉めて、その傍らに腰をおろし、広がっている脚を軽く叩いた。
「ほら、脚を広げない」
素直に脚を閉じると、盛大に息を吐く美緒ちゃん。
退聞いて、と弱々しく前置きし、今日の出来事を時折怒りの感情を含めながら話す。
話が終盤にさしかかる頃には、上体を起こして座布団を叩き出す程。
「と、いう訳なのさ……しかも2往復したしさー……わたしゃもう疲れたよ……」
沖田さんのやりそうな事だ。
あの人、美緒ちゃんからかうの楽しそうだからな。
「ったく、他の隊士達が見付けて助けてくれたから良かったけど……時に退さん。君は何をしてたの?」
「俺は見廻り行ってた。でも体力ついたんじゃない?良かったね」
「退もそれを言うんだね……明日筋肉痛決定だな……」
そしてまたため息。
「あ、そうだ。副長からの命令で、花見の場所取りに行けってさ」
「そうなんだ。行ってらっしゃい」
「いや、行ってらっしゃいじゃなくて、君も行くんだよ一緒に」
「ん?誰も一緒に行くって?」
俺と美緒ちゃんが、と伝えると、自分と俺を交互に指さしたので、素直に頷いて肯定する。
みるみる青ざめていく美緒ちゃんの顔。
「何?どうした?」
「副長に花見の弁当作るの任されたんだけど、場所取りと弁当作り。何時に起きたら間に合うと思う?」
うわー……副長、よく美緒ちゃんに頼んだなそんな事。
彼女は、決して料理が下手な訳ではない。むしろ上手い。だから、副長も美緒ちゃんに弁当作りを任せたのだろう。
しかし、問題なのは、卵焼きだ。
去年、美緒ちゃんが自分用にと作った卵焼きを食べて、吐いた事を忘れたのだろうか。
阻止しなきゃ。去年と同じ悲劇を繰り返さない為にも!
「分かった。俺も手伝う」
「マジでか!?さっすが退。頼りになるー」
「卵焼きは俺の担当だから」
美緒ちゃんは、卵焼きに何故か砂糖とみりんを、あり得ないくらい入れるのだ。
この間数えてみたら、砂糖みりん大さじ5は入れていた。別のベクトルで、副長の味覚と変わらないのかもしれない。
でも、不思議な事に俺が作る卵焼きは、みりんや砂糖を少ししか入れていないのに、甘くて美味しいと食ってくれる。
しかも、そんなに甘くするのは卵焼き限定で、他の料理は極端に甘いとかもなく、普通に美味しい。
なので、卵焼きさえ阻止出来れば、あとは任せても大丈夫だ。
おにぎりも知らなかった子が、ここまで料理が上手に出来るようになるとは、と謎に親のような気分になってしまうのも仕方がない事だろう。
しかし、どの過程で、卵焼きだけがあんなに甘い味付けに行き着いたのか謎だ。
「退、今から作れるもん作っておくよ。手伝って」
「はいよ」
夜中に、他の隊士に作り置きを食べられたら困るので、そこは十分な警戒をして冷蔵庫に『開けるな危険』の紙を貼って、更に暗証番号付きのチェーンを巻き付けた。
「いやぁよいですなぁ、風流ですなぁ」
「ですなぁってなんだよ」
暖かい気候に包まれた心地よい風が吹く江戸。
そして、今年も花見の季節がやって来た。
俺と美緒ちゃんは場所取りを命じられた為、それぞれ弁当片手に手を繋いで真選組の特等席を目指す。
そこには、桃色の帽子を被ったような木々が一面に咲いていた。見渡す限りその色に染められ、観光客を魅了するには十分過ぎるほどで。
美緒ちゃんのテンションが、変な方向に行くのも仕方ないと桜を見て思った。
「退、副長たち来るまでミントンしない?」
「いいけど、美緒ちゃん着物だからやめた方がいいんじゃない?汚れるよ」
いつもオシャレが出来ない為、ここぞとばかりに気合いを入れてオシャレをしている美緒ちゃんは、いつにも増して可愛い。
淡いピンクを基調とした着物が、桜に映える。
頭に挿してある、パールのついた下がり飾りが揺れる月をモチーフにしたシンプルな簪に、少し気恥しさを覚えると同時に、胸が甘く疼く。
やっぱりとてもよく似合っている。
「大人しくやれば平気平気ー」
桜の下でミントンとは風情だ。
リズムよく、シャトルが俺たちの間を行き来する。まるで羽根突きでもしているよう。
「お前らァァァ!場所取りしとけっつっただろうがァァァ!何ミントンしてんだァァァ!」
「げっ、副長!」
「ぎゃああああ!」
場所取りをせずに、ミントンに興じていた事がバレて、2人とも副長に殴られた。
隊士達が集まっている場所に行けば、真選組の特等席に万事屋さんとお妙さんがいた。
しかも何やら揉めているようだ。
聞けば、花見の場所を移動するのが面倒だと、両者とも譲る気はないのだとか。
正直、花見なんてどこでもいいと思う。
どのみち、酒飲んで潰れたり、食事に夢中になって花を見ないのだから。
「何勝手抜かしてんだ。幕臣だかなんだか知らねーがなァ、俺たちをどかしてーならブルドーザー持ってこいよ」
「ハーゲンダッツ1ダース持ってこいよ」
「フライドチキンの皮持ってこいよ」
「フシュー」
「甘ーい卵焼き持ってこいよ」
「案外お前ら簡単に動くな。なんか1人まざってるけど」
いつの間にか、新八くんを除く万事屋さんとお妙さんにまざって、真選組を睨みながら要求を出している美緒ちゃん。
「何やってんの。こっちだろ」
呆れながら、薄情者を真選組に戻す。
そして、ちゃんばらで決着をつけるかのように見えたその時、沖田隊長からストップが入った。
隊長が提案した陣地争奪戦ゲームは、花見に全く関係のない『叩いてかぶってジャンケンポン大会』。
敷物の上には、ヘルメットとピコピコハンマーが用意され、それを挟んで選手が鎮座した。
真選組からは、局長、副長、沖田隊長。万事屋からは、お妙さん、旦那、チャイナさんが出る事に。
3対3の勝負で勝敗が決まり、公平を期すために、両陣営から新八くんと俺が審判を務める事になった。
「勝った方はここで花見する権利プラスお妙さんを得るわけです」
「何その勝手なルール!あんたら山賊!?こっちが勝ったら美緒ちゃんください!」
「じゃあ君らはプラス真選組ソーセージだ。屯所の冷蔵庫に入ってた」
新八くんの意見をサラッと流して、ソーセージを差し出す。
「要するにただのソーセージじゃねーか!いるかァァ!美緒ちゃんの方がいいわ!」
「はい審判、美緒とソーセージどっちもらえんの?」
「ソーセージです」
旦那の素朴な疑問に即答すると、審判でもないのに、何故か俺の隣に立っている美緒ちゃんが「私行ってもいいけど」と呟いた。
「これあげるから黙ってて」
ソーセージを差し出すと、大人しく受け取って食べ始めた。
旦那とチャイナさんは、ソーセージで気合いを入れてくれたので良しとしよう。
新八くんは納得していないみたいだけど、無視しておくか。
俺って心狭いのかな。たかが花見なのに、彼女が他の男の所に行くのが嫌とかさ。
いざ争奪戦が始まっても、誰1人ルールを守る者は存在せず、好き勝手に勝負をしている。
一応審判を任された身として、最後まで見届けた俺と新八くんは、妙な上司を持つ者同士気が合い、一緒に花見をする事になった。
「甘っっっ!何この卵焼き!気持ち悪っ!」
新八くんが突然顔色を悪くし、今にも吐きそうに口を抑えている。
美緒ちゃんによそってもらった卵焼きを食べてこうなっているらしい。
可哀想に……今年の犠牲者は新八くんだったか。
「新八くん、お茶どうぞ」
「あ、ありが……うっ……」
ペットボトルのお茶を一気に飲み干した。
「新八くん、こっちの卵焼きなら大丈夫だから」
「や、山崎さん、いっつもこんなクソほど甘い卵焼き食べてるんですか?」
「まさか。それは美緒ちゃん専用です」
「…………」
新八くんが表情を引きつらせた。その反応は正解だと思う。
「あれ?美緒ちゃんどこ行った?」
また目を離した隙にいなくなっている彼女の姿を探せば、今度は原田の所に行って楽しそうにしている。
その光景に、モヤモヤとしたものが心に広がっていく。
「あー、俺ってやっぱり心狭いのかなー?」
「どうしたんですか?山崎さん。美緒ちゃんならあそこにいますよ」
疑問符を浮かべる新八くんに、迎えに行ってくるね、と立ち上がって彼女の元に。
「原田ごめん。美緒ちゃんが迷惑かけ――って、まさか酒飲ませた!?」
座ったまま、ぐったりと頭を垂らしている美緒ちゃんの頬に両手を添えて、顔をゆっくりと僅かに持ち上げて、こちらに向かせる。
手に伝わってくる体温が酒のせいかほんのりと熱く、寝ているのか、目を開けない。
あー!なんてこったァァァ!俺が目を離したばっかりにこんなめんどくせェ事になりやがった!俺のバカァァァ!
「あ、山崎。ちょうど今呼びに行こうと思ってたところだ。すまん。本人が平気って言うもんだから、つい飲ませすぎたかも」
「大丈夫。もうすぐ目ェ覚ますと思うし。でも、覚悟はしといた方がいい」
「え?なに?絡み酒?酒乱?」
「殴られんの?俺ら」
原田とその周りにいた隊士達は、想像がつくであろうこれからの騒動を予想している。
約2年程前、久しぶりの再会を祝して酒を共に飲んで以来、美緒ちゃんに酒を飲ませないようにしていたので、隊士たちが知らないのも無理はない。
しかし、今回は油断した。
「ん……さがる……?」
酒のせいと寝起きのせいで、力の入っていないとろんとした目とふわふわした声で名前を呼ばれ、急いで理性を総動員させる。
隣にいた隊士に、紙コップに水を注いでもらっている間に、俺の方に頭を凭れさせた。肩を抱いて、受け取った紙コップをその口元に持っていく。
「1回水飲もっか。ほら、ちゃんとして」
「んー……ねむいよー……」
「はいはい眠いねー。一旦水飲もう。そしたら寝ていいから」
美緒ちゃんは、俺と紙コップを交互に見た後、紙コップを受け取り一気に飲み干した。
すると、手がだらりと垂れ下がり、持っていた紙コップがシートへと転がる。
水を飲んだはずなのに更に目が据わり、頬だけでなく首元も紅潮していくのだ。
嫌な予感がし、紙コップを拾って匂いを嗅げば酒の匂いしかしない。
「あの……もしかして、酒入れました?」
紙コップに水を入れてくれた隊士に確認をとれば、「水って言われたからこれ入れた」と焼酎の瓶を見せてきた。
「なんでだァァァ!この酔っ払いがァァァ!」
「そんな怒るなよ山崎」
「怒るわ!酔ったら更にめんどくせぇ事になるんだよ!」
その時、俺の腕の中から小さく笑い声が聞こえてきた。嫌な予感に頬が引きつる。
「あー……なーんか気分良くなってきちゃったなー。ふふ……ひっく、んー……どーですかァ?原田隊長も気分良くなってきましたー?」
「おう!気分いいぞー!」
紙コップを掲げて答えてくれた事に、更に気分を良くした美緒ちゃんはもう止められない。
「さがるん、私は決めました」
「あ、うん。もう、好きにして」
介抱も一旦やめにして、好きにさせる事にした。
美緒ちゃんは、ふらふらと自分の荷物を物色すると、何かを取り出した。
ジャーン!と出されたのは、ラジカセとマイク。
やっぱり持ってきてた!
「気分いいから、歌でも歌っちゃおうかなぁ?コレ。やんややんやー、やんややんやー」
ラジカセにマイクを繋いで、楽しそうにカラオケの準備を進める美緒ちゃん。
「お、何?内田さん、歌うんすか?」
「美緒の歌楽しみだなー」
「いいじゃねぇか!歌え歌え!」
「あのー、そんな楽しみにしないほうがいいかと」
美緒ちゃんは、意気揚々と立ち上がった。
しかし、その足元はふらふらと覚束無い。
ちゃんと支えて立たせるか座る事を促したいが、本人は気分がいいので、水をさしてしまいかねない。
迷っている最中に、咳払いを1つすると息を吸った。
《内田美緒歌いまーす!お前それでも人間か!》
場所を弁えず、大音量で歌いだした。
始まってしまった、カラオケ大会。
マイクを通して歌っている為、結構辺りに響き渡る。
恥ずかしげもなく歌う美緒ちゃんに、野次や笑いが飛ぶ。
「誰だ歌ってんのォ!?」
「美緒下手なんだけど!」
「もっと歌えや音痴ィ!」
暫く美緒ちゃんの音程外れた歌をBGMに、そのまま原田のところに混ざって弁当をつつく。
「美緒ちゃん、次僕とデュエットしませんか?勿論曲はお通ちゃんで」
「あなた達の歌聞くぐらいなら私が歌うから貸しなさい」
「俺の落語聞かせてやりまさァ」
「私北島五郎歌うアル」
はしゃぎ疲れたのと、酔いが回って眠る美緒ちゃんを背負って帰る未来を知りつつも、気付かないふりをして、気が済むまで飲む事にした。
春のポカポカ陽気がたまらん。
屯所から見える遠くの山に、所どころピンクが色付いている。
空を仰げば、雀が楽しそうに追いかけっこをしていて……いや、あれは求愛かな?あんまりしつこいと局長みたいに殴られるよー。
なんて心の中で注意しながら、縁側でまったりとしていた。
ふわり、暖かい風が吹き抜けた。
「春だ!」
ゴツッと頭が小突かれたような、叩かれたようなそんな痛みが走った。
「なーにが、春だ!だ!」
見上げれば、鞘越しに副長の顔。
「鞘で人の頭を叩いちゃいけません」
「いけませんってお前な、誰に向かって言ってんだ?減給にすっぞ」
「しょ、しょっけんだんじょう……あー噛んだー……」
何やってんだよオメーは!と、呆れたように紫煙を吐き出した。
「こないだの調査の資料はどうした?」
「……あ、すずめー」
「はい、罰ゲーム決定」
「ば、罰ゲームですか?」
内容は、罰ゲームでもなんでもなく、買い出しと花見用の弁当作りだった。
「調理員さん、たまに来てくださってますよね?お願いして作ってもらえないんですか?」
「その日は来ねーからおめーに頼んでんだろ」
シレッと言われたそれに、愕然とする。
基本、男所帯の真選組。
身の回りの世話は基本的に各自で行い、炊事や掃除などは持ち回りでやっている。たまに、調理員さんが来て下さる日もあるが、毎日でなく決まった日だけ。
確か昨年は、調理員さんが作ってくれたと記憶しているが、今年はそうではないらしい。
「1人でですか?」
「経費で駕籠屋使うなよ」
「パト――」
「歩け。お前体力作りしてーとか言ってただろ?ピッタリじゃねーか」
確かに、物によっては重さがあるので、体力作りには打って付けなのかもしれないけれど、何かが違うように思うのは私だけだろうか。
あづい……おもい……腕がちぎれる……
左右の腕に2袋ずつぶら下がり、頭に1袋をひっかけている。油断すると鼻まで落ちてくるので慎重に歩く。
町の人の注目を浴びているけれど気にしていられない。
《おーい!そこの買い物袋に埋もれてる変人!止まれェー!》
え!?私!?
後ろから、スピーカーで沖田隊長らしき声に叫ばれているから、振り向きたいけど、振り向けない。
隣に車がとまり、目だけを動かすと、沖田隊長が私に携帯を向けている。
「しゃ、写真撮影は禁止です」
複数回シャッター音がなって、悪戯な笑みを浮かべながら画面を見せてきた。
よく見えないけれど、映っているのは必死に耐えている私のこの情けない、いや、とても頑張っている姿に違いない。
「写真はいいから助けて……」
「バカ女、昼間から何やってんだィ。貸せよ」
マジでか!優しい!隊長イケメンだ!
「ありがとうございます。じゃあこれを――」
パトカーに更に近付いて隊長に荷物を渡そうとしたら、袋の1番上に乗っていたリンゴを取られた。
「こんなんじゃ腹のたしにもならねーが仕方ねェ」
服で適当に拭いてから齧ると、じゃあなと去って行った。
「待ってェェ!乗せてェェ!隊長ォォ!」
リンゴ1個減ったところで重さなど変わるわけがない。
「あぁ……袋が……」
頭に引っ掛けていた袋が目元までズリ下がってきたので、慌てて両腕をあげて元の位置に戻す。
更にさっきより重くなった気がしたのは、絶対隊長のせいだ。
↓退視点↓
「山崎ィィ!またテメーは何やってんだコラァァ!」
「ぎゃああああ!」
庭で1人でミントンをしていたら、副長に見付かってボコボコにされた。
「山崎、命令だ。明日花見やるから、美緒と場所取りに行ってこい」
花見……もうそんな時期か。早いな
任せたぞと言い残し、去って行く副長の背中を見届けた後、美緒ちゃんに伝えるべく、その部屋に向かった。
「入るよ」
言いながら襖を開けて中を見たら、ぐたぁと大の字で倒れている彼女を発見。
静かに襖を閉めて、その傍らに腰をおろし、広がっている脚を軽く叩いた。
「ほら、脚を広げない」
素直に脚を閉じると、盛大に息を吐く美緒ちゃん。
退聞いて、と弱々しく前置きし、今日の出来事を時折怒りの感情を含めながら話す。
話が終盤にさしかかる頃には、上体を起こして座布団を叩き出す程。
「と、いう訳なのさ……しかも2往復したしさー……わたしゃもう疲れたよ……」
沖田さんのやりそうな事だ。
あの人、美緒ちゃんからかうの楽しそうだからな。
「ったく、他の隊士達が見付けて助けてくれたから良かったけど……時に退さん。君は何をしてたの?」
「俺は見廻り行ってた。でも体力ついたんじゃない?良かったね」
「退もそれを言うんだね……明日筋肉痛決定だな……」
そしてまたため息。
「あ、そうだ。副長からの命令で、花見の場所取りに行けってさ」
「そうなんだ。行ってらっしゃい」
「いや、行ってらっしゃいじゃなくて、君も行くんだよ一緒に」
「ん?誰も一緒に行くって?」
俺と美緒ちゃんが、と伝えると、自分と俺を交互に指さしたので、素直に頷いて肯定する。
みるみる青ざめていく美緒ちゃんの顔。
「何?どうした?」
「副長に花見の弁当作るの任されたんだけど、場所取りと弁当作り。何時に起きたら間に合うと思う?」
うわー……副長、よく美緒ちゃんに頼んだなそんな事。
彼女は、決して料理が下手な訳ではない。むしろ上手い。だから、副長も美緒ちゃんに弁当作りを任せたのだろう。
しかし、問題なのは、卵焼きだ。
去年、美緒ちゃんが自分用にと作った卵焼きを食べて、吐いた事を忘れたのだろうか。
阻止しなきゃ。去年と同じ悲劇を繰り返さない為にも!
「分かった。俺も手伝う」
「マジでか!?さっすが退。頼りになるー」
「卵焼きは俺の担当だから」
美緒ちゃんは、卵焼きに何故か砂糖とみりんを、あり得ないくらい入れるのだ。
この間数えてみたら、砂糖みりん大さじ5は入れていた。別のベクトルで、副長の味覚と変わらないのかもしれない。
でも、不思議な事に俺が作る卵焼きは、みりんや砂糖を少ししか入れていないのに、甘くて美味しいと食ってくれる。
しかも、そんなに甘くするのは卵焼き限定で、他の料理は極端に甘いとかもなく、普通に美味しい。
なので、卵焼きさえ阻止出来れば、あとは任せても大丈夫だ。
おにぎりも知らなかった子が、ここまで料理が上手に出来るようになるとは、と謎に親のような気分になってしまうのも仕方がない事だろう。
しかし、どの過程で、卵焼きだけがあんなに甘い味付けに行き着いたのか謎だ。
「退、今から作れるもん作っておくよ。手伝って」
「はいよ」
夜中に、他の隊士に作り置きを食べられたら困るので、そこは十分な警戒をして冷蔵庫に『開けるな危険』の紙を貼って、更に暗証番号付きのチェーンを巻き付けた。
「いやぁよいですなぁ、風流ですなぁ」
「ですなぁってなんだよ」
暖かい気候に包まれた心地よい風が吹く江戸。
そして、今年も花見の季節がやって来た。
俺と美緒ちゃんは場所取りを命じられた為、それぞれ弁当片手に手を繋いで真選組の特等席を目指す。
そこには、桃色の帽子を被ったような木々が一面に咲いていた。見渡す限りその色に染められ、観光客を魅了するには十分過ぎるほどで。
美緒ちゃんのテンションが、変な方向に行くのも仕方ないと桜を見て思った。
「退、副長たち来るまでミントンしない?」
「いいけど、美緒ちゃん着物だからやめた方がいいんじゃない?汚れるよ」
いつもオシャレが出来ない為、ここぞとばかりに気合いを入れてオシャレをしている美緒ちゃんは、いつにも増して可愛い。
淡いピンクを基調とした着物が、桜に映える。
頭に挿してある、パールのついた下がり飾りが揺れる月をモチーフにしたシンプルな簪に、少し気恥しさを覚えると同時に、胸が甘く疼く。
やっぱりとてもよく似合っている。
「大人しくやれば平気平気ー」
桜の下でミントンとは風情だ。
リズムよく、シャトルが俺たちの間を行き来する。まるで羽根突きでもしているよう。
「お前らァァァ!場所取りしとけっつっただろうがァァァ!何ミントンしてんだァァァ!」
「げっ、副長!」
「ぎゃああああ!」
場所取りをせずに、ミントンに興じていた事がバレて、2人とも副長に殴られた。
隊士達が集まっている場所に行けば、真選組の特等席に万事屋さんとお妙さんがいた。
しかも何やら揉めているようだ。
聞けば、花見の場所を移動するのが面倒だと、両者とも譲る気はないのだとか。
正直、花見なんてどこでもいいと思う。
どのみち、酒飲んで潰れたり、食事に夢中になって花を見ないのだから。
「何勝手抜かしてんだ。幕臣だかなんだか知らねーがなァ、俺たちをどかしてーならブルドーザー持ってこいよ」
「ハーゲンダッツ1ダース持ってこいよ」
「フライドチキンの皮持ってこいよ」
「フシュー」
「甘ーい卵焼き持ってこいよ」
「案外お前ら簡単に動くな。なんか1人まざってるけど」
いつの間にか、新八くんを除く万事屋さんとお妙さんにまざって、真選組を睨みながら要求を出している美緒ちゃん。
「何やってんの。こっちだろ」
呆れながら、薄情者を真選組に戻す。
そして、ちゃんばらで決着をつけるかのように見えたその時、沖田隊長からストップが入った。
隊長が提案した陣地争奪戦ゲームは、花見に全く関係のない『叩いてかぶってジャンケンポン大会』。
敷物の上には、ヘルメットとピコピコハンマーが用意され、それを挟んで選手が鎮座した。
真選組からは、局長、副長、沖田隊長。万事屋からは、お妙さん、旦那、チャイナさんが出る事に。
3対3の勝負で勝敗が決まり、公平を期すために、両陣営から新八くんと俺が審判を務める事になった。
「勝った方はここで花見する権利プラスお妙さんを得るわけです」
「何その勝手なルール!あんたら山賊!?こっちが勝ったら美緒ちゃんください!」
「じゃあ君らはプラス真選組ソーセージだ。屯所の冷蔵庫に入ってた」
新八くんの意見をサラッと流して、ソーセージを差し出す。
「要するにただのソーセージじゃねーか!いるかァァ!美緒ちゃんの方がいいわ!」
「はい審判、美緒とソーセージどっちもらえんの?」
「ソーセージです」
旦那の素朴な疑問に即答すると、審判でもないのに、何故か俺の隣に立っている美緒ちゃんが「私行ってもいいけど」と呟いた。
「これあげるから黙ってて」
ソーセージを差し出すと、大人しく受け取って食べ始めた。
旦那とチャイナさんは、ソーセージで気合いを入れてくれたので良しとしよう。
新八くんは納得していないみたいだけど、無視しておくか。
俺って心狭いのかな。たかが花見なのに、彼女が他の男の所に行くのが嫌とかさ。
いざ争奪戦が始まっても、誰1人ルールを守る者は存在せず、好き勝手に勝負をしている。
一応審判を任された身として、最後まで見届けた俺と新八くんは、妙な上司を持つ者同士気が合い、一緒に花見をする事になった。
「甘っっっ!何この卵焼き!気持ち悪っ!」
新八くんが突然顔色を悪くし、今にも吐きそうに口を抑えている。
美緒ちゃんによそってもらった卵焼きを食べてこうなっているらしい。
可哀想に……今年の犠牲者は新八くんだったか。
「新八くん、お茶どうぞ」
「あ、ありが……うっ……」
ペットボトルのお茶を一気に飲み干した。
「新八くん、こっちの卵焼きなら大丈夫だから」
「や、山崎さん、いっつもこんなクソほど甘い卵焼き食べてるんですか?」
「まさか。それは美緒ちゃん専用です」
「…………」
新八くんが表情を引きつらせた。その反応は正解だと思う。
「あれ?美緒ちゃんどこ行った?」
また目を離した隙にいなくなっている彼女の姿を探せば、今度は原田の所に行って楽しそうにしている。
その光景に、モヤモヤとしたものが心に広がっていく。
「あー、俺ってやっぱり心狭いのかなー?」
「どうしたんですか?山崎さん。美緒ちゃんならあそこにいますよ」
疑問符を浮かべる新八くんに、迎えに行ってくるね、と立ち上がって彼女の元に。
「原田ごめん。美緒ちゃんが迷惑かけ――って、まさか酒飲ませた!?」
座ったまま、ぐったりと頭を垂らしている美緒ちゃんの頬に両手を添えて、顔をゆっくりと僅かに持ち上げて、こちらに向かせる。
手に伝わってくる体温が酒のせいかほんのりと熱く、寝ているのか、目を開けない。
あー!なんてこったァァァ!俺が目を離したばっかりにこんなめんどくせェ事になりやがった!俺のバカァァァ!
「あ、山崎。ちょうど今呼びに行こうと思ってたところだ。すまん。本人が平気って言うもんだから、つい飲ませすぎたかも」
「大丈夫。もうすぐ目ェ覚ますと思うし。でも、覚悟はしといた方がいい」
「え?なに?絡み酒?酒乱?」
「殴られんの?俺ら」
原田とその周りにいた隊士達は、想像がつくであろうこれからの騒動を予想している。
約2年程前、久しぶりの再会を祝して酒を共に飲んで以来、美緒ちゃんに酒を飲ませないようにしていたので、隊士たちが知らないのも無理はない。
しかし、今回は油断した。
「ん……さがる……?」
酒のせいと寝起きのせいで、力の入っていないとろんとした目とふわふわした声で名前を呼ばれ、急いで理性を総動員させる。
隣にいた隊士に、紙コップに水を注いでもらっている間に、俺の方に頭を凭れさせた。肩を抱いて、受け取った紙コップをその口元に持っていく。
「1回水飲もっか。ほら、ちゃんとして」
「んー……ねむいよー……」
「はいはい眠いねー。一旦水飲もう。そしたら寝ていいから」
美緒ちゃんは、俺と紙コップを交互に見た後、紙コップを受け取り一気に飲み干した。
すると、手がだらりと垂れ下がり、持っていた紙コップがシートへと転がる。
水を飲んだはずなのに更に目が据わり、頬だけでなく首元も紅潮していくのだ。
嫌な予感がし、紙コップを拾って匂いを嗅げば酒の匂いしかしない。
「あの……もしかして、酒入れました?」
紙コップに水を入れてくれた隊士に確認をとれば、「水って言われたからこれ入れた」と焼酎の瓶を見せてきた。
「なんでだァァァ!この酔っ払いがァァァ!」
「そんな怒るなよ山崎」
「怒るわ!酔ったら更にめんどくせぇ事になるんだよ!」
その時、俺の腕の中から小さく笑い声が聞こえてきた。嫌な予感に頬が引きつる。
「あー……なーんか気分良くなってきちゃったなー。ふふ……ひっく、んー……どーですかァ?原田隊長も気分良くなってきましたー?」
「おう!気分いいぞー!」
紙コップを掲げて答えてくれた事に、更に気分を良くした美緒ちゃんはもう止められない。
「さがるん、私は決めました」
「あ、うん。もう、好きにして」
介抱も一旦やめにして、好きにさせる事にした。
美緒ちゃんは、ふらふらと自分の荷物を物色すると、何かを取り出した。
ジャーン!と出されたのは、ラジカセとマイク。
やっぱり持ってきてた!
「気分いいから、歌でも歌っちゃおうかなぁ?コレ。やんややんやー、やんややんやー」
ラジカセにマイクを繋いで、楽しそうにカラオケの準備を進める美緒ちゃん。
「お、何?内田さん、歌うんすか?」
「美緒の歌楽しみだなー」
「いいじゃねぇか!歌え歌え!」
「あのー、そんな楽しみにしないほうがいいかと」
美緒ちゃんは、意気揚々と立ち上がった。
しかし、その足元はふらふらと覚束無い。
ちゃんと支えて立たせるか座る事を促したいが、本人は気分がいいので、水をさしてしまいかねない。
迷っている最中に、咳払いを1つすると息を吸った。
《内田美緒歌いまーす!お前それでも人間か!》
場所を弁えず、大音量で歌いだした。
始まってしまった、カラオケ大会。
マイクを通して歌っている為、結構辺りに響き渡る。
恥ずかしげもなく歌う美緒ちゃんに、野次や笑いが飛ぶ。
「誰だ歌ってんのォ!?」
「美緒下手なんだけど!」
「もっと歌えや音痴ィ!」
暫く美緒ちゃんの音程外れた歌をBGMに、そのまま原田のところに混ざって弁当をつつく。
「美緒ちゃん、次僕とデュエットしませんか?勿論曲はお通ちゃんで」
「あなた達の歌聞くぐらいなら私が歌うから貸しなさい」
「俺の落語聞かせてやりまさァ」
「私北島五郎歌うアル」
はしゃぎ疲れたのと、酔いが回って眠る美緒ちゃんを背負って帰る未来を知りつつも、気付かないふりをして、気が済むまで飲む事にした。