本編
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▽バカガエルを護れ
「それ気になってたんですよね。美味しかったですか?」
「うーん……俺は美味しかったですけど、好みで別れるタイプだと思いますよ。個包装だったんで、今度1つあげますね」
「マジすか!?うれ――」
篠原さんと話を弾ませていれば、突然砲弾が部屋に放たれ爆発した。
私の言葉が切れたのも仕方ない。
ただ今、大広間で隊士全員を集めて会議中。にも関わらず、私語をしてしまった。
それは私達だけでなく、みんな好き勝手に話していたらしく、議題に集中させる為、副長がバズーカを撃ち放ったという所だろう。
局長の話は、先日沈没した宇宙海賊"春雨"の件だ。
「しかも聞いて驚けコノヤロー。なんと奴らを壊滅させたのはたった2人の侍らしい……」
春雨が桂の手により破壊したという事だけでなく、麻薬密売の裏に、幕府の官僚が1枚噛んでいたという噂もあるのだという。
そこで、『奸賊討つべし』と暗殺を画策している攘夷派浪士から高官を護る為に、真選組が身辺警護を任される事になった。
しかし、高官の屋敷に来たと言えど、真剣に警護にあたっているものは誰1人おらず、みな普段通り好き勝手に過ごしている。
私も例外ではなく、退とミントンに励んでいた。
「局長もお人好し……おカエル好し?だよね」
「おカエル好しって……普通にお人好しでいいと思うよ。言いにくいし」
間隔よくシャトルが2人の間を行き来する。
甘い球があがったのを見逃さず、スマッシュを打ち込んだ。
「もらったー!」
「はい、もう1回」
なんで簡単に受けるかな……
私が決めたはずのスマッシュは、軽々とロブをあげられてしまった。
「美緒!山崎!てめーら何やってんだコノヤロォォォ!」
「なんで私らだけェェェ!?」
「ぎゃああああ!」
ミントンをしていた私達を見付けた副長が、凄い形相で追いかけてきた。スタートダッシュの差で、副長の方が速い。
「今日はおめぇから殺られるか?なぁ美緒さんよォ」
私の胸倉を掴むと、自分の目線まで持ち上げた。
「上等だコラ。やれるもんならやってみろやコラ」
負けじと睨んでいる足元では、着くか着かないかの不安定な状態。
「てめっ上司に向かってなんつー口聞いてんだコノヤロー!」
「ふ、副長、相手は女の子ですから」
「じゃあ山崎てめぇからだァァ!」
私を雑に放り投げるように離すと、退に殴りかかりに行った。
その時、銃声が響き渡り、見れば局長が自らを犠牲に高官を庇い、肩から血を流して倒れている。
「局長ォォォ!」
「山崎!」
副長に名前を呼ばれた退は、局長を撃った犯人のもとに急いだ。
私も他の隊士も局長の周りに集まり、身を案ずる。
「フン。猿でも盾代わりにはなったようだな」
庇ってもらった人が口にする言葉ではない。
バカにしきったそれに、カチンと来たのは私だけではなかったようで、沖田隊長が刀を抜こうとしている手を副長が止めた。
「やめとけ。瞳孔開いてんぞ」
そう言う副長の目もいつもより瞳孔が開いていて、耐えているのが読み取れる。
恐らく、ここにいる隊士全員が、この高官を殺したくて仕方ないだろう。しかし、副長が我慢をしている手前、暴れるわけにはいかない。
ムカつく!
拳を握り下唇を噛んで、去り行くバカガエルの背中を睨みつけた。
その場はそれで収まり、局長の損傷も大事には至らず、布団で眠っている。
私は、局長が眠る傍らに膝を抱えて座っていた。
あのガマ野郎に何も言えなかった。
苛立ちと悔しさが私を襲う。
普段、憎まれ口を叩いたりするものの、やっぱり心の中では局長を信頼し、尊敬し、慕っていた。
少し外の空気が吸いたくなり、外に出ようと立ち上がる。
「内田、どこ行くんだ?」
近くに座っている原田隊長に問われ、外の空気を吸いに、と言えば、着いて行こうかと心配そうなそれで腰を浮かせた。
「大丈夫ですよ、ありがとうございます」
そうか、と座り直したのを見届けてから、縁側へと出た。
外の新鮮な空気を吸い込んで吐き出す。
見上げた空は、夕焼けから暗い色へ変えようとしていた。
局長に庇ってもらったのにも関わらず、労いどころか感謝の一言すら何もなかった。
あのガマ野郎に一泡吹かせてやりたいが、出来る事は何もないだろう。
何かないかと静かな屋敷内を歩き回り、なんとなく見た先にコソコソとしている黒い人影を見付けた。周りに誰もいない事を確認し、後をつける事に。
人影が入って行った先は、倉庫。
そこで、朝、局長が言っていた事を思い出した。
もし、麻薬があるとしたら倉庫。それか、見付かりにくい屋根裏。もしかしたら、どこか部屋の押し入れに隠している可能性もある。
倉庫に入って行った人影が捜索していない所はどこだろうか。
私は指紋隠蔽の為に手袋をつけ、その中に静かに入ったが、誰もいない――いや、いた。
「退ー、手伝いに来たよ」
一瞬で物陰に身を潜めただろうその人物に声をかけると、安堵と呆れが混ざったような表情を浮かべて、姿を現した。
「手伝いに来たじゃねーよ……誰にも見つかってないだろうな?」
「私がそんなヘマするとお思いで?何を隠そう、私は退の弟子だぞ」
立てた親指と人差し指を顎の下に持って行ってドヤ顔をするが、退は「弟子とった覚えないんだけど」と嘆息した。
「まぁいいや。で?俺がする事分かってんの?」
「当たり前よ、相棒。麻薬でしょ?ていうか、これ副長からの命令?」
「いや、俺が勝手に動いてるだけ。まぁ、探さなくても、この倉庫入った時からヤバイ匂いはしてる」
「ヤバイ匂い?埃や土臭いしか分からないけど」
私の鼻が良くないのだろうか。
目を閉じて嗅覚を集中させるけれど、依然としてヤバイ匂いが分からない。
退は、倉庫の端に大量に積んである木の箱の1つに手をかけた。
「やっぱり……」
退の横から覗いた箱の中には、白い粉が個包装に分けられ、綺麗に敷き詰められている。木の箱全てに、大量の麻薬。
完全なる黒だ。これで証拠は掴んだ。
「退、あと調べてない場所ある?」
「目星つけてる所は大体探ったけど、置いてあるのはここだけだった」
「え、やだ。カッコイイ」
口元に手を当てて素直な気持ちを口にしたが、退は薄い反応を見せただけだった。
犯人追跡して調査しただけではなく、この屋敷の調査ってどんだけ優秀な監察だよ。惚れないわけがない。
「これでますます、あのバカガエルを護る意味がなんなのか分かんなくなってきたな……」
麻薬を見つめる怒りともとれるような、悔しそうに歯噛みするその横顔に何も言えず、手袋を脱いでその左手を両手で握った。
こちらを向いた目は、やはり悔しそうな色を湛えている。
こういう時、どんな言葉をかけたら励ます事が出来るのか分からない。でも、気持ちを正直に話す事にした。
「私は、ガマ野郎を護らない」
「何言ってんの?俺らはここに、あのバカガエルを護りに来たんだよ」
「分かってる。それでも、私はガマ野郎を護りたくない。どうせ護るなら、私は退を……退だけじゃない。退に居場所を与えてくれた局長を護る為に剣を振りたい」
ダメかな?と問えば、退は眦を下げて、バカだなと呟いた。
「もちろん退が局長より優先順位上だからね。妬かないでね」
「妬かねーよ。あー……なんか美緒ちゃんと喋ってたら気が抜けた。局長ン所戻ろ」
「気ぃ抜いたらダメだよ。まだ一応敵に狙われてんだから」
「分かってるよ!誰のせいだと思ってんだよ!」
あれから攘夷浪士は現れなかった。
だが気は抜けない。
昼間の射撃で終わりではないだろう。
またきっと来るはずだ。
局長は未だ眠ったまま。
その傍らに隊士が集まり、退は副長に捜索で得た情報を報告している。
「ホシは"廻天党"と呼ばれる攘夷派浪士集団。桂達とは別の組織ですが、負けず劣らず過激な連中です」
それを聞いた副長は、自分の責任だと、指揮系統から配置までもう1度仕切り直すと言ったが、それに対して原田隊長が異議を唱える。
「副長、あのガマが言った事聞いたかよ!あんな事言われて、まだ奴を護るってのか!?野郎は、俺達の事をゴミみてーにしか思っちゃいねェ。自分をかばった近藤さんも何も感じちゃいねーんだ」
同意するかのように、退も麻薬片手に、倉庫から麻薬が大量に見付かった事も知らせる。
原田隊長や退だけじゃない。ここにいる隊士みんなが、あのガマ野郎を護る事に対して不信を抱いている。
そんな隊士たちを、副長は「何を今更」と鼻で笑い飛ばした。
「今の幕府は俺達の為になんて機能してねェ。んなこたァとっくに分かってた事じゃねーか。てめーらの剣はなんの為にある?」
副長から語られる自分の思い。
私は、最初から局長に拾われてここにいるわけではないけれど、副長の思いや考えは十分伝わってくる。
あんなに荒れていた退を変えてくれた人、退に居場所を作ってくれた人、退が尊敬し慕っている人。退の恩人を護りたい。それだけで理由は十分だ。
副長はあくまで幕府でも将軍の為でもない。局長の為に剣を振ると言い切った。
「大将が護るって言ってんなら仕方ねェ。俺ァそいつがどんな奴だろうと護るだけだよ、気にくわねーってんなら帰れ。俺ァとめねーよ」
去って行く副長の背中が、大きく頼もしく見えた。
みんな黙っているけれど、誰も出て行かない所を見ると、気持ちは副長と同じなんだという事が窺える。
退を盗み見れば、その視線に気付いたのかこちらを向いて微笑むその目に、先程のような不安や葛藤はないように思えて、それに応える。
退の気持ちも、私の気持ちも固まった。
その時、局長の瞼がゆっくり開いて浮遊する目線。
「局長……!」
「……みんな、心配かけてすまん」
体を起こそうとする局長の背中に手をかけて、補助する。
「天誅ぅぅぅ!奸賊めェェ!成敗に参った!」
ついに、攘夷浪士が乗り込んで来た。
「来たか……」
局長はゆっくり立ち上がって外に行こうとするので、慌てて止めに入った。
「局長、寝ててください。体に障ります」
そんな体で行ったら、局長が攘夷浪士の的になってしまう。それに、怪我も悪化して良いことなど1つもない。
私の制止もきかず、局長は私の頭に手を置いた。
「俺の事を気にするなら、しっかり剣を握ってくれよ。美緒ちゃん」
「はい!」
気を引き締め直し、局長への心配や不安など払拭するように返事をした。
行くぞお前ら、と先陣切る局長の後に続き、攘夷浪士が待つ門へと向かう。
「まったく喧嘩っ早い奴らよ」
既に門にいた副長と沖田隊長は、既に剣を構えてやる気十分。
私も局長を護る為に戦う。局長を傷付けた者は許さない。剣を握る手に自然と力が入る。
「トシと総悟に遅れをとるな!バカガエルを護れェェ!」
「行くぞォォォ!」
局長と副長の指揮で、攘夷浪士に立ち向かう。
刀がぶつかり合う金属音や雄叫びが闇に響く。
次々蟻のように湧き出る攘夷浪士に、体力が追いつかない。足でまといにはなりたくない思いから、根性と気力で刀を振る。
戦いが終わった頃には、東の空が白み始めていた。
真選組は、攘夷浪士を大量検挙する事に成功。
「局長ォォ!」
ガバッと飛び付くように、座っている局長に抱きつくと支えきれずに後ろに倒れた。
「うおっ。美緒ちゃん!?」
「内田が局長押し倒したぞ。浮気か?」
「おーい山崎!内田が浮気してるぞー!」
後ろでからかう隊士も気にせず、局長に抱きついたまま離れない。局長は、私を落ちないように支えながら上半身を起こした。
「局長良かったァ!死んだらどうしようかと……」
安堵の為か涙が出てきた。
すすり泣く私の頭を優しく撫でながら、いつもの陽気で笑った。
「ハッハッハッ。なんだそんな事を気にしてくれてたのか。ありがとなぁ。おたえさ…………あ……」
「……ゾウに踏まれて死ね」
乱暴に体を剥がして、盛大にため息をつき退を探しに出た。
「美緒ちゃーん!ごめんなさーい!」
「それ気になってたんですよね。美味しかったですか?」
「うーん……俺は美味しかったですけど、好みで別れるタイプだと思いますよ。個包装だったんで、今度1つあげますね」
「マジすか!?うれ――」
篠原さんと話を弾ませていれば、突然砲弾が部屋に放たれ爆発した。
私の言葉が切れたのも仕方ない。
ただ今、大広間で隊士全員を集めて会議中。にも関わらず、私語をしてしまった。
それは私達だけでなく、みんな好き勝手に話していたらしく、議題に集中させる為、副長がバズーカを撃ち放ったという所だろう。
局長の話は、先日沈没した宇宙海賊"春雨"の件だ。
「しかも聞いて驚けコノヤロー。なんと奴らを壊滅させたのはたった2人の侍らしい……」
春雨が桂の手により破壊したという事だけでなく、麻薬密売の裏に、幕府の官僚が1枚噛んでいたという噂もあるのだという。
そこで、『奸賊討つべし』と暗殺を画策している攘夷派浪士から高官を護る為に、真選組が身辺警護を任される事になった。
しかし、高官の屋敷に来たと言えど、真剣に警護にあたっているものは誰1人おらず、みな普段通り好き勝手に過ごしている。
私も例外ではなく、退とミントンに励んでいた。
「局長もお人好し……おカエル好し?だよね」
「おカエル好しって……普通にお人好しでいいと思うよ。言いにくいし」
間隔よくシャトルが2人の間を行き来する。
甘い球があがったのを見逃さず、スマッシュを打ち込んだ。
「もらったー!」
「はい、もう1回」
なんで簡単に受けるかな……
私が決めたはずのスマッシュは、軽々とロブをあげられてしまった。
「美緒!山崎!てめーら何やってんだコノヤロォォォ!」
「なんで私らだけェェェ!?」
「ぎゃああああ!」
ミントンをしていた私達を見付けた副長が、凄い形相で追いかけてきた。スタートダッシュの差で、副長の方が速い。
「今日はおめぇから殺られるか?なぁ美緒さんよォ」
私の胸倉を掴むと、自分の目線まで持ち上げた。
「上等だコラ。やれるもんならやってみろやコラ」
負けじと睨んでいる足元では、着くか着かないかの不安定な状態。
「てめっ上司に向かってなんつー口聞いてんだコノヤロー!」
「ふ、副長、相手は女の子ですから」
「じゃあ山崎てめぇからだァァ!」
私を雑に放り投げるように離すと、退に殴りかかりに行った。
その時、銃声が響き渡り、見れば局長が自らを犠牲に高官を庇い、肩から血を流して倒れている。
「局長ォォォ!」
「山崎!」
副長に名前を呼ばれた退は、局長を撃った犯人のもとに急いだ。
私も他の隊士も局長の周りに集まり、身を案ずる。
「フン。猿でも盾代わりにはなったようだな」
庇ってもらった人が口にする言葉ではない。
バカにしきったそれに、カチンと来たのは私だけではなかったようで、沖田隊長が刀を抜こうとしている手を副長が止めた。
「やめとけ。瞳孔開いてんぞ」
そう言う副長の目もいつもより瞳孔が開いていて、耐えているのが読み取れる。
恐らく、ここにいる隊士全員が、この高官を殺したくて仕方ないだろう。しかし、副長が我慢をしている手前、暴れるわけにはいかない。
ムカつく!
拳を握り下唇を噛んで、去り行くバカガエルの背中を睨みつけた。
その場はそれで収まり、局長の損傷も大事には至らず、布団で眠っている。
私は、局長が眠る傍らに膝を抱えて座っていた。
あのガマ野郎に何も言えなかった。
苛立ちと悔しさが私を襲う。
普段、憎まれ口を叩いたりするものの、やっぱり心の中では局長を信頼し、尊敬し、慕っていた。
少し外の空気が吸いたくなり、外に出ようと立ち上がる。
「内田、どこ行くんだ?」
近くに座っている原田隊長に問われ、外の空気を吸いに、と言えば、着いて行こうかと心配そうなそれで腰を浮かせた。
「大丈夫ですよ、ありがとうございます」
そうか、と座り直したのを見届けてから、縁側へと出た。
外の新鮮な空気を吸い込んで吐き出す。
見上げた空は、夕焼けから暗い色へ変えようとしていた。
局長に庇ってもらったのにも関わらず、労いどころか感謝の一言すら何もなかった。
あのガマ野郎に一泡吹かせてやりたいが、出来る事は何もないだろう。
何かないかと静かな屋敷内を歩き回り、なんとなく見た先にコソコソとしている黒い人影を見付けた。周りに誰もいない事を確認し、後をつける事に。
人影が入って行った先は、倉庫。
そこで、朝、局長が言っていた事を思い出した。
もし、麻薬があるとしたら倉庫。それか、見付かりにくい屋根裏。もしかしたら、どこか部屋の押し入れに隠している可能性もある。
倉庫に入って行った人影が捜索していない所はどこだろうか。
私は指紋隠蔽の為に手袋をつけ、その中に静かに入ったが、誰もいない――いや、いた。
「退ー、手伝いに来たよ」
一瞬で物陰に身を潜めただろうその人物に声をかけると、安堵と呆れが混ざったような表情を浮かべて、姿を現した。
「手伝いに来たじゃねーよ……誰にも見つかってないだろうな?」
「私がそんなヘマするとお思いで?何を隠そう、私は退の弟子だぞ」
立てた親指と人差し指を顎の下に持って行ってドヤ顔をするが、退は「弟子とった覚えないんだけど」と嘆息した。
「まぁいいや。で?俺がする事分かってんの?」
「当たり前よ、相棒。麻薬でしょ?ていうか、これ副長からの命令?」
「いや、俺が勝手に動いてるだけ。まぁ、探さなくても、この倉庫入った時からヤバイ匂いはしてる」
「ヤバイ匂い?埃や土臭いしか分からないけど」
私の鼻が良くないのだろうか。
目を閉じて嗅覚を集中させるけれど、依然としてヤバイ匂いが分からない。
退は、倉庫の端に大量に積んである木の箱の1つに手をかけた。
「やっぱり……」
退の横から覗いた箱の中には、白い粉が個包装に分けられ、綺麗に敷き詰められている。木の箱全てに、大量の麻薬。
完全なる黒だ。これで証拠は掴んだ。
「退、あと調べてない場所ある?」
「目星つけてる所は大体探ったけど、置いてあるのはここだけだった」
「え、やだ。カッコイイ」
口元に手を当てて素直な気持ちを口にしたが、退は薄い反応を見せただけだった。
犯人追跡して調査しただけではなく、この屋敷の調査ってどんだけ優秀な監察だよ。惚れないわけがない。
「これでますます、あのバカガエルを護る意味がなんなのか分かんなくなってきたな……」
麻薬を見つめる怒りともとれるような、悔しそうに歯噛みするその横顔に何も言えず、手袋を脱いでその左手を両手で握った。
こちらを向いた目は、やはり悔しそうな色を湛えている。
こういう時、どんな言葉をかけたら励ます事が出来るのか分からない。でも、気持ちを正直に話す事にした。
「私は、ガマ野郎を護らない」
「何言ってんの?俺らはここに、あのバカガエルを護りに来たんだよ」
「分かってる。それでも、私はガマ野郎を護りたくない。どうせ護るなら、私は退を……退だけじゃない。退に居場所を与えてくれた局長を護る為に剣を振りたい」
ダメかな?と問えば、退は眦を下げて、バカだなと呟いた。
「もちろん退が局長より優先順位上だからね。妬かないでね」
「妬かねーよ。あー……なんか美緒ちゃんと喋ってたら気が抜けた。局長ン所戻ろ」
「気ぃ抜いたらダメだよ。まだ一応敵に狙われてんだから」
「分かってるよ!誰のせいだと思ってんだよ!」
あれから攘夷浪士は現れなかった。
だが気は抜けない。
昼間の射撃で終わりではないだろう。
またきっと来るはずだ。
局長は未だ眠ったまま。
その傍らに隊士が集まり、退は副長に捜索で得た情報を報告している。
「ホシは"廻天党"と呼ばれる攘夷派浪士集団。桂達とは別の組織ですが、負けず劣らず過激な連中です」
それを聞いた副長は、自分の責任だと、指揮系統から配置までもう1度仕切り直すと言ったが、それに対して原田隊長が異議を唱える。
「副長、あのガマが言った事聞いたかよ!あんな事言われて、まだ奴を護るってのか!?野郎は、俺達の事をゴミみてーにしか思っちゃいねェ。自分をかばった近藤さんも何も感じちゃいねーんだ」
同意するかのように、退も麻薬片手に、倉庫から麻薬が大量に見付かった事も知らせる。
原田隊長や退だけじゃない。ここにいる隊士みんなが、あのガマ野郎を護る事に対して不信を抱いている。
そんな隊士たちを、副長は「何を今更」と鼻で笑い飛ばした。
「今の幕府は俺達の為になんて機能してねェ。んなこたァとっくに分かってた事じゃねーか。てめーらの剣はなんの為にある?」
副長から語られる自分の思い。
私は、最初から局長に拾われてここにいるわけではないけれど、副長の思いや考えは十分伝わってくる。
あんなに荒れていた退を変えてくれた人、退に居場所を作ってくれた人、退が尊敬し慕っている人。退の恩人を護りたい。それだけで理由は十分だ。
副長はあくまで幕府でも将軍の為でもない。局長の為に剣を振ると言い切った。
「大将が護るって言ってんなら仕方ねェ。俺ァそいつがどんな奴だろうと護るだけだよ、気にくわねーってんなら帰れ。俺ァとめねーよ」
去って行く副長の背中が、大きく頼もしく見えた。
みんな黙っているけれど、誰も出て行かない所を見ると、気持ちは副長と同じなんだという事が窺える。
退を盗み見れば、その視線に気付いたのかこちらを向いて微笑むその目に、先程のような不安や葛藤はないように思えて、それに応える。
退の気持ちも、私の気持ちも固まった。
その時、局長の瞼がゆっくり開いて浮遊する目線。
「局長……!」
「……みんな、心配かけてすまん」
体を起こそうとする局長の背中に手をかけて、補助する。
「天誅ぅぅぅ!奸賊めェェ!成敗に参った!」
ついに、攘夷浪士が乗り込んで来た。
「来たか……」
局長はゆっくり立ち上がって外に行こうとするので、慌てて止めに入った。
「局長、寝ててください。体に障ります」
そんな体で行ったら、局長が攘夷浪士の的になってしまう。それに、怪我も悪化して良いことなど1つもない。
私の制止もきかず、局長は私の頭に手を置いた。
「俺の事を気にするなら、しっかり剣を握ってくれよ。美緒ちゃん」
「はい!」
気を引き締め直し、局長への心配や不安など払拭するように返事をした。
行くぞお前ら、と先陣切る局長の後に続き、攘夷浪士が待つ門へと向かう。
「まったく喧嘩っ早い奴らよ」
既に門にいた副長と沖田隊長は、既に剣を構えてやる気十分。
私も局長を護る為に戦う。局長を傷付けた者は許さない。剣を握る手に自然と力が入る。
「トシと総悟に遅れをとるな!バカガエルを護れェェ!」
「行くぞォォォ!」
局長と副長の指揮で、攘夷浪士に立ち向かう。
刀がぶつかり合う金属音や雄叫びが闇に響く。
次々蟻のように湧き出る攘夷浪士に、体力が追いつかない。足でまといにはなりたくない思いから、根性と気力で刀を振る。
戦いが終わった頃には、東の空が白み始めていた。
真選組は、攘夷浪士を大量検挙する事に成功。
「局長ォォ!」
ガバッと飛び付くように、座っている局長に抱きつくと支えきれずに後ろに倒れた。
「うおっ。美緒ちゃん!?」
「内田が局長押し倒したぞ。浮気か?」
「おーい山崎!内田が浮気してるぞー!」
後ろでからかう隊士も気にせず、局長に抱きついたまま離れない。局長は、私を落ちないように支えながら上半身を起こした。
「局長良かったァ!死んだらどうしようかと……」
安堵の為か涙が出てきた。
すすり泣く私の頭を優しく撫でながら、いつもの陽気で笑った。
「ハッハッハッ。なんだそんな事を気にしてくれてたのか。ありがとなぁ。おたえさ…………あ……」
「……ゾウに踏まれて死ね」
乱暴に体を剥がして、盛大にため息をつき退を探しに出た。
「美緒ちゃーん!ごめんなさーい!」