本編
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▽銀髪の侍を探せ
《みんな聞いて驚けコノヤロー。近藤さんが女にふられた上、女を賭けた決闘で汚い手を使われ負けたらしいぜェ。なんと相手は銀髪の侍。繰り返す、近藤さんが》
沖田隊長の声がスピーカーを通して広く轟く。
この話があっという間に隊士達の噂になったのは言うまでもない。
しかし、局長の強さを知っているので、まさかと半信半疑の奴らばかり。
直接局長に確かめるという勇気ある者はいなかった。局長に対しての配慮もあるのだろう。
「美緒ちゃん聞いた?局長の事」
隊長会議に出席すべく、会議室までの道すがら退が聞いてきた。
「聞いた。局長なんで負けたんだろーね」
「……美緒ちゃん何か知ってるだろ?嘘付けないもんな」
どうやら嘘をつく時、髪の毛を触る癖があるらしく、それを見抜いている退が、私の手首を掴んでにこり微笑んだ。
すーっと視線を逸らすが、手首を掴んでいない方の手で頬を挟まれてしまった。更にぐにぐにと揉まれる頬。
「バカ女、茶ァ入れろ」
会議室から顔を覗かせた沖田隊長の命令に、退の両手が離れる。
はーい、と沖田隊長に返事をしてから、退の髪を撫でる。
「後で話すよ。先行ってるね」
副長からは話すなと言われたが、もう屯所中に広まっているのだから話しても問題はないだろう。
一足先に会議室に入り、お茶を汲みにいく。
沖田隊長の分だけでなく、会議に出席する全員分のお茶を、湯呑みに淹れて配り歩いた。
まだ副長が来ていない会議室では、やはりその事が話題に持ち出されている。
これは副長に聞く必要があると見た各隊長らは、副長が来た途端、その真偽を問いただした。
唯一、事の成り行きから全ての真実を知る私は、退の隣で口を閉ざすのみ。
今まで問い詰められていた副長が、紫煙を吐いて面倒くさそうに口を開いた。
「会議中にやかましいんだよ。あの近藤さんが負けるわけねーだろが。誰だくだらねェ噂垂れ流してんのは」
「沖田隊長がスピーカーで触れ回ってたぜ!」
我関せずとして茶を啜っている沖田隊長を、全員が指した。私もみんなと同じように指す。
「俺は土方さんに聞きやした」
ニタァと黒い笑みを浮かべて言い放った。
「コイツに喋った俺がバカだった……」
額に手を当てて、消え入りそうな声で後悔を嘆く副長。
人には他言すんなとか言っておいて、自分で言っちゃあ世話ないよな。
「うるせェェェぁぁ!」
隊長らから放たれる罵声にとうとうキレた副長が、灰皿や湯呑みが置いてあるのも気にせず、怒り任せに机を蹴りひっくり返した。
咄嗟に避ける隊長達と私。
「会議中に私語した奴と、会議に関係ねぇのにいる美緒は切腹だ。俺が介錯してやる。山崎……お前からだ」
瞳孔を更に開き、鞘から刀を引き抜いて退の前に立って見下ろす。
そんな副長に手を挙げて懇願する。
「副長、次は私にしてください。退の次なら本望です」
「えええ!?ここ止めるとこだから。それに副長、俺何も喋ってな……――」
「喋ってんだろうが。現在進行形で」
尻もちをついた状態で後退る退の抵抗もむなしく、その襟を掴むと、喉元に切っ先を突きつける副長。
「ウイース。おお、いつになく白熱した会議だな。よーし、じゃあみんな、今日も元気に市中見廻りに行こうか」
緊迫した空気も、襖を開けて入ってきたこの騒ぎの張本人により、一気に緩んだ。
「ん?どーしたの?」
局長の頬は昨日の件で、痛々しく腫れ上がっている。
噂は本当だったと確信を得た隊士は、局長の仇をとる為に殺気立って、銀髪の侍捜索に繰り出した。
銀髪の侍捜索に出かけている中、私は退に詳細を話した。
「とうとう局長もストーカーか」
「ね!好きの感情って怖いね」
「まァ、あなたの事諦められないから私の事殺してって言ってくる子よりは、まだ健全に思えるよね。誰とは言わないけど」
告白した時の事を覚えていてくれた事が嬉しくて、顔がニヤけてしまう。
「覚えてくれてたんだね」
「いや、あんなに殺して殺してって言われたら、嫌でも記憶に残るよね。怖かったし」
「あははは。そんなに怖かったんだ」
笑い事じゃないと、顔を顰める退。
今でもその気持ちは変わっていない。
退が私に飽きたり、他の女に惚れ込むような事があれば殺してほしい。
恐らく、それは言わなくても分かってくれている。付き合ってからも、何度も言っていた事だから。
「美緒ちゃんはさ、俺の事分かってないよね」
足を止めた退に倣う。
その顔を見れば、まさに真剣そのもので――
「俺の一途さナメてもらっちゃ困る」
そのセリフに、鼓動が高鳴りどうしたらいいか分からず、その場に頭を抱えてしゃがみ込んだ。
ヤバイヤバイヤバイヤバイ。どうしようどうしよう。
退が好きだと叫びたい!
「そんなとこでしゃがむな。他の人の邪魔になる」
退に腕を引き上げられて立ち上がっている中、隊士達は『すぐに屯所に出頭しないと、一族根絶やしにすんぞコラァ!』と殴り書いたような、脅しともとれる手書きのビラを、ありとあらゆる場所に貼り付け、銀髪の侍を探している。
「こんなので本当に見つかるの?」
電柱に貼り付けてある1枚のビラを眺める。
「近藤さんが小細工使われたとはいえ、負けるなんてね。俺達が束でかかっても勝てる気がしない……」
ビラから退に視線をかえて、その横顔を見つめる。
「そう思わない?」
不意に顔を向けられ、目が合う。高鳴る鼓動。
コイツは、今日何回ドキドキさせてくる気だ?しかも仕事中なのにどうしよう。
頬に両手を当てて退から顔を逸らす。
付き合いたてというわけでもないのに、酷く緊張し心臓が落ち着かない。
退は、さっきから1人でなにしてんの?と怪訝そうに問いかけてくる。
何か話をと思って退を見れば、少し鬱陶しそうに目にかかる前髪。
「退……髪伸びた?」
「え?あーちょっと鬱陶しくなってきたかな」
前髪をいじりながら、切り時かなと呟く退。
「今度切ってあげるね。量も少し減らす?」
頬を抑えていた手をその髪に伸ばして長さを見ていると、突如頭に鉄拳が落ち痛さに蹲る。
退も蹲っているので、2人に落ちたのだと判断した。
「お前ら真面目に探せって!何髪の毛で遊んでんの、マジで。遠足気分か君らは」
仁王立ちで怒鳴る隊士に、私は頭を擦りながらビラを指さす。
「ねぇ。ここ白髪の侍じゃなくて銀髪の侍って言ってませんでした?間違ってますよ」
「いいの!白髪も銀髪も似てるから。くだらない事はいいからさっさと探せ!」
そう言い残すと去って行った。
ゆっくりと立ち上がって、その背中を小さくなるまで見届ける。
探せと言われてもなぁ、と考えていると、退が、探している隊士達を否定するような事を口にした。
「探さなくても奴 さんは勝手に出てくるでしょ。俺らは俺らで、デートがてら散歩でもする?」
続けられた言葉に、頷く以外の答えを持っていない。去って行った隊士とはまた別の方に足を向けた。
「退は何にする?」
歩き回ってばかりだった為、休憩しようという事になり、自販機にお金を入れる。
「じゃあ……コーヒーで」
ガコンと音を立てて落ちてきた缶を取り出して退に渡し、次は自分が飲むスポーツドリンクのボタンを押す。取り出していると、退が私の肩を叩いてきた。
「美緒ちゃん、あれ件の侍じゃない?」
「え?」
退が指さす方を見れば、左肩を抑えてこっちに向かってくる人がいる。
光に反射する白い髪に思い当たるのは1人しかいない。
「銀ちゃん」
「よう」
近くに来て分かった。
「銀ちゃん、血……どうしたの?止血しないと」
押さえている左肩の周りには血が滲んでいて、手にもその赤が付着している。誰かと斬りあったのだろうか。
銀ちゃんは淡々とした口調で「大した事ねーよ」と言うが、気になるものは気になる。
本人が大した事ないと言うので、あまり追及するのも良くないだろう。でも気になる。
止血をしたいけれど、救急箱も何も持っていない。
絆創膏を持っているが、この傷の深さならあっても意味はなさないだろう。
グルグルと考えていたら、私の頭の上に血が付いていない方の手が乗った。
「口パクパク動かしてお前は金魚か?今から病院行ってくっから心配すんな。今度また神楽と遊んでやってくれ」
「……うん。神楽ちゃんによろしく。気を付けて病院行ってね」
乱暴に頭を撫でると、去って行った。
背中に書いてある『集英建設』の文字に、斬られたのではなく、事故って怪我した可能性もあるなと考えていると、また頭に乗った手。
斜めに見上げれば、退は少し悔しそうな目をして私の頭を撫でて、髪を梳くように指を絡ませてきた。時折、首に触れる指や髪が擽ったくて肩をすくめる。
「そろそろ戻ろっか」
踵を返す退の腕に抱きつくと、歩きにくいから離れてと突き放された。それなら、と手を繋ぐ方に変える。
退は、そういう事じゃない、と言いたそうな表情をしてから息をついて、繋いだ手を顔の前まで持ち上げて真剣な口調で言ってきた。
「一応言っとくけど、制服でこういう事したらダメなんだよ。俺らだけじゃなくて、真選組のイメージが悪くなるから。分かった?」
「分かった。ごめんね、軽率だったよ」
退の言う事は尤もだ。何も間違えてはいない。
局長や副長とは違い、一隊士である私たちの名前を、みんながみんな知っているわけではないだろう。
例え、私個人がやった事であったとしても、それは制服を着ている限り『真選組の人』となってしまい、真選組自体に傷がつく。
元々、良い噂など流れていないのは確かだが。
「あ、まだこれ飲んでなかった。急いで飲むから待って」
「ゆっくり飲んでいいよ」
《みんな聞いて驚けコノヤロー。なんと銀髪の侍に土方さんが負けた。副長の座は俺に――》
「総悟ォォ!テメッ負けてねーって言ってんだろォォ!」
その日の夜、局長の時と同じようにスピーカーで言いふらす沖田隊長。耳に入った副長が、それを追いかけ回している音がする。
「え?ウソ……副長も?」
原田隊長と篠原さん、稲山さんの4人でトランプに興じていたが、トランプから一気に副長の話へと持っていかれた。
「おいおい、マジかよ……どんだけつえーんだよ、銀髪の侍」
「内田さん、次ですよ」
篠原さんに言われて、窓から目線を剥がして場のカードと持ち札を見比べて、ダイヤのクイーンを出した。
「でもなんで負けた副長が無傷なんだ?」
「私見たんですけど、銀髪の侍が傷負ってましたよ」
「マジでか!?内田の見間違いじゃなくて?」
「退も証人です。あれ?でもあのとあー!それ出そうと思ってたのにー!」
原田隊長に勝ち誇ったようなそれで見下ろされ、出せる手札がないのでパスし、順番を篠原さんに回す。
「今ので俺、内田の手札分かったかも」
「え!?なんで!?稲山さん私の見たんですか?」
稲山さんの衝撃的発言に、慌ててカードを隠す。
しかし、稲山さんは私の向かいにいる為、カードを見る事はほぼ不可能。
「見てなくても分かりますよ。多分、原田隊長も気付いてます」
「え!?嘘でしょ?」
「沖田隊長が内田の事、バカ女って呼ぶの分かる気がする」
楽しそうに言う原田隊長に、篠原さんも稲山さんも納得と言わんばかりに頷いている。
「なんなんですか、みんなして!いじめ反対!」
「よーし、このゲーム、内田が最下位になるように持ってこうぜ」
「ちょっとそんな計画、私の前でしないでください。勝ってやる!絶対勝ちますからね!」
とは言ったものの、私は3人の策略にまんまとはまり、最下位となってしまった。
悔しさから畳に両手を付いている私の頭上で、ハイタッチして喜ぶ男共3人。
勝敗がついた所で、副長の話から次は何して遊ぶかに切り替わり、そのまま副長の話は浮かんでこなかった。
トランプからウノに変えて、風呂から出てきた退も交えての戦いに。
「あ、俺また新しい怪談話手に入れてさ」
始まった……稲山さんの怪談話……
「い、稲山さん。そういうのはもっと夏になってからした方が……ね?退」
「せっかくだけど、夏の方が雰囲気出るし、なぁ?原田」
「今はウノ楽しもうぜ。な?篠原」
「そうですね。じゃあ赤で」
篠原さんが出したドロー4に、稲山さんの顔が引きつる。
「は?マジかよー。俺あと2枚だったのにー!」
「ナイスです。篠原さん」
隣にいる篠原さんと、片手でハイタッチをする。
ウノを楽しみながら、夏までに怖い話を探すという稲山さんに、私は一生夏が来なければいいのにと、全身全霊で願った。
《みんな聞いて驚けコノヤロー。近藤さんが女にふられた上、女を賭けた決闘で汚い手を使われ負けたらしいぜェ。なんと相手は銀髪の侍。繰り返す、近藤さんが》
沖田隊長の声がスピーカーを通して広く轟く。
この話があっという間に隊士達の噂になったのは言うまでもない。
しかし、局長の強さを知っているので、まさかと半信半疑の奴らばかり。
直接局長に確かめるという勇気ある者はいなかった。局長に対しての配慮もあるのだろう。
「美緒ちゃん聞いた?局長の事」
隊長会議に出席すべく、会議室までの道すがら退が聞いてきた。
「聞いた。局長なんで負けたんだろーね」
「……美緒ちゃん何か知ってるだろ?嘘付けないもんな」
どうやら嘘をつく時、髪の毛を触る癖があるらしく、それを見抜いている退が、私の手首を掴んでにこり微笑んだ。
すーっと視線を逸らすが、手首を掴んでいない方の手で頬を挟まれてしまった。更にぐにぐにと揉まれる頬。
「バカ女、茶ァ入れろ」
会議室から顔を覗かせた沖田隊長の命令に、退の両手が離れる。
はーい、と沖田隊長に返事をしてから、退の髪を撫でる。
「後で話すよ。先行ってるね」
副長からは話すなと言われたが、もう屯所中に広まっているのだから話しても問題はないだろう。
一足先に会議室に入り、お茶を汲みにいく。
沖田隊長の分だけでなく、会議に出席する全員分のお茶を、湯呑みに淹れて配り歩いた。
まだ副長が来ていない会議室では、やはりその事が話題に持ち出されている。
これは副長に聞く必要があると見た各隊長らは、副長が来た途端、その真偽を問いただした。
唯一、事の成り行きから全ての真実を知る私は、退の隣で口を閉ざすのみ。
今まで問い詰められていた副長が、紫煙を吐いて面倒くさそうに口を開いた。
「会議中にやかましいんだよ。あの近藤さんが負けるわけねーだろが。誰だくだらねェ噂垂れ流してんのは」
「沖田隊長がスピーカーで触れ回ってたぜ!」
我関せずとして茶を啜っている沖田隊長を、全員が指した。私もみんなと同じように指す。
「俺は土方さんに聞きやした」
ニタァと黒い笑みを浮かべて言い放った。
「コイツに喋った俺がバカだった……」
額に手を当てて、消え入りそうな声で後悔を嘆く副長。
人には他言すんなとか言っておいて、自分で言っちゃあ世話ないよな。
「うるせェェェぁぁ!」
隊長らから放たれる罵声にとうとうキレた副長が、灰皿や湯呑みが置いてあるのも気にせず、怒り任せに机を蹴りひっくり返した。
咄嗟に避ける隊長達と私。
「会議中に私語した奴と、会議に関係ねぇのにいる美緒は切腹だ。俺が介錯してやる。山崎……お前からだ」
瞳孔を更に開き、鞘から刀を引き抜いて退の前に立って見下ろす。
そんな副長に手を挙げて懇願する。
「副長、次は私にしてください。退の次なら本望です」
「えええ!?ここ止めるとこだから。それに副長、俺何も喋ってな……――」
「喋ってんだろうが。現在進行形で」
尻もちをついた状態で後退る退の抵抗もむなしく、その襟を掴むと、喉元に切っ先を突きつける副長。
「ウイース。おお、いつになく白熱した会議だな。よーし、じゃあみんな、今日も元気に市中見廻りに行こうか」
緊迫した空気も、襖を開けて入ってきたこの騒ぎの張本人により、一気に緩んだ。
「ん?どーしたの?」
局長の頬は昨日の件で、痛々しく腫れ上がっている。
噂は本当だったと確信を得た隊士は、局長の仇をとる為に殺気立って、銀髪の侍捜索に繰り出した。
銀髪の侍捜索に出かけている中、私は退に詳細を話した。
「とうとう局長もストーカーか」
「ね!好きの感情って怖いね」
「まァ、あなたの事諦められないから私の事殺してって言ってくる子よりは、まだ健全に思えるよね。誰とは言わないけど」
告白した時の事を覚えていてくれた事が嬉しくて、顔がニヤけてしまう。
「覚えてくれてたんだね」
「いや、あんなに殺して殺してって言われたら、嫌でも記憶に残るよね。怖かったし」
「あははは。そんなに怖かったんだ」
笑い事じゃないと、顔を顰める退。
今でもその気持ちは変わっていない。
退が私に飽きたり、他の女に惚れ込むような事があれば殺してほしい。
恐らく、それは言わなくても分かってくれている。付き合ってからも、何度も言っていた事だから。
「美緒ちゃんはさ、俺の事分かってないよね」
足を止めた退に倣う。
その顔を見れば、まさに真剣そのもので――
「俺の一途さナメてもらっちゃ困る」
そのセリフに、鼓動が高鳴りどうしたらいいか分からず、その場に頭を抱えてしゃがみ込んだ。
ヤバイヤバイヤバイヤバイ。どうしようどうしよう。
退が好きだと叫びたい!
「そんなとこでしゃがむな。他の人の邪魔になる」
退に腕を引き上げられて立ち上がっている中、隊士達は『すぐに屯所に出頭しないと、一族根絶やしにすんぞコラァ!』と殴り書いたような、脅しともとれる手書きのビラを、ありとあらゆる場所に貼り付け、銀髪の侍を探している。
「こんなので本当に見つかるの?」
電柱に貼り付けてある1枚のビラを眺める。
「近藤さんが小細工使われたとはいえ、負けるなんてね。俺達が束でかかっても勝てる気がしない……」
ビラから退に視線をかえて、その横顔を見つめる。
「そう思わない?」
不意に顔を向けられ、目が合う。高鳴る鼓動。
コイツは、今日何回ドキドキさせてくる気だ?しかも仕事中なのにどうしよう。
頬に両手を当てて退から顔を逸らす。
付き合いたてというわけでもないのに、酷く緊張し心臓が落ち着かない。
退は、さっきから1人でなにしてんの?と怪訝そうに問いかけてくる。
何か話をと思って退を見れば、少し鬱陶しそうに目にかかる前髪。
「退……髪伸びた?」
「え?あーちょっと鬱陶しくなってきたかな」
前髪をいじりながら、切り時かなと呟く退。
「今度切ってあげるね。量も少し減らす?」
頬を抑えていた手をその髪に伸ばして長さを見ていると、突如頭に鉄拳が落ち痛さに蹲る。
退も蹲っているので、2人に落ちたのだと判断した。
「お前ら真面目に探せって!何髪の毛で遊んでんの、マジで。遠足気分か君らは」
仁王立ちで怒鳴る隊士に、私は頭を擦りながらビラを指さす。
「ねぇ。ここ白髪の侍じゃなくて銀髪の侍って言ってませんでした?間違ってますよ」
「いいの!白髪も銀髪も似てるから。くだらない事はいいからさっさと探せ!」
そう言い残すと去って行った。
ゆっくりと立ち上がって、その背中を小さくなるまで見届ける。
探せと言われてもなぁ、と考えていると、退が、探している隊士達を否定するような事を口にした。
「探さなくても
続けられた言葉に、頷く以外の答えを持っていない。去って行った隊士とはまた別の方に足を向けた。
「退は何にする?」
歩き回ってばかりだった為、休憩しようという事になり、自販機にお金を入れる。
「じゃあ……コーヒーで」
ガコンと音を立てて落ちてきた缶を取り出して退に渡し、次は自分が飲むスポーツドリンクのボタンを押す。取り出していると、退が私の肩を叩いてきた。
「美緒ちゃん、あれ件の侍じゃない?」
「え?」
退が指さす方を見れば、左肩を抑えてこっちに向かってくる人がいる。
光に反射する白い髪に思い当たるのは1人しかいない。
「銀ちゃん」
「よう」
近くに来て分かった。
「銀ちゃん、血……どうしたの?止血しないと」
押さえている左肩の周りには血が滲んでいて、手にもその赤が付着している。誰かと斬りあったのだろうか。
銀ちゃんは淡々とした口調で「大した事ねーよ」と言うが、気になるものは気になる。
本人が大した事ないと言うので、あまり追及するのも良くないだろう。でも気になる。
止血をしたいけれど、救急箱も何も持っていない。
絆創膏を持っているが、この傷の深さならあっても意味はなさないだろう。
グルグルと考えていたら、私の頭の上に血が付いていない方の手が乗った。
「口パクパク動かしてお前は金魚か?今から病院行ってくっから心配すんな。今度また神楽と遊んでやってくれ」
「……うん。神楽ちゃんによろしく。気を付けて病院行ってね」
乱暴に頭を撫でると、去って行った。
背中に書いてある『集英建設』の文字に、斬られたのではなく、事故って怪我した可能性もあるなと考えていると、また頭に乗った手。
斜めに見上げれば、退は少し悔しそうな目をして私の頭を撫でて、髪を梳くように指を絡ませてきた。時折、首に触れる指や髪が擽ったくて肩をすくめる。
「そろそろ戻ろっか」
踵を返す退の腕に抱きつくと、歩きにくいから離れてと突き放された。それなら、と手を繋ぐ方に変える。
退は、そういう事じゃない、と言いたそうな表情をしてから息をついて、繋いだ手を顔の前まで持ち上げて真剣な口調で言ってきた。
「一応言っとくけど、制服でこういう事したらダメなんだよ。俺らだけじゃなくて、真選組のイメージが悪くなるから。分かった?」
「分かった。ごめんね、軽率だったよ」
退の言う事は尤もだ。何も間違えてはいない。
局長や副長とは違い、一隊士である私たちの名前を、みんながみんな知っているわけではないだろう。
例え、私個人がやった事であったとしても、それは制服を着ている限り『真選組の人』となってしまい、真選組自体に傷がつく。
元々、良い噂など流れていないのは確かだが。
「あ、まだこれ飲んでなかった。急いで飲むから待って」
「ゆっくり飲んでいいよ」
《みんな聞いて驚けコノヤロー。なんと銀髪の侍に土方さんが負けた。副長の座は俺に――》
「総悟ォォ!テメッ負けてねーって言ってんだろォォ!」
その日の夜、局長の時と同じようにスピーカーで言いふらす沖田隊長。耳に入った副長が、それを追いかけ回している音がする。
「え?ウソ……副長も?」
原田隊長と篠原さん、稲山さんの4人でトランプに興じていたが、トランプから一気に副長の話へと持っていかれた。
「おいおい、マジかよ……どんだけつえーんだよ、銀髪の侍」
「内田さん、次ですよ」
篠原さんに言われて、窓から目線を剥がして場のカードと持ち札を見比べて、ダイヤのクイーンを出した。
「でもなんで負けた副長が無傷なんだ?」
「私見たんですけど、銀髪の侍が傷負ってましたよ」
「マジでか!?内田の見間違いじゃなくて?」
「退も証人です。あれ?でもあのとあー!それ出そうと思ってたのにー!」
原田隊長に勝ち誇ったようなそれで見下ろされ、出せる手札がないのでパスし、順番を篠原さんに回す。
「今ので俺、内田の手札分かったかも」
「え!?なんで!?稲山さん私の見たんですか?」
稲山さんの衝撃的発言に、慌ててカードを隠す。
しかし、稲山さんは私の向かいにいる為、カードを見る事はほぼ不可能。
「見てなくても分かりますよ。多分、原田隊長も気付いてます」
「え!?嘘でしょ?」
「沖田隊長が内田の事、バカ女って呼ぶの分かる気がする」
楽しそうに言う原田隊長に、篠原さんも稲山さんも納得と言わんばかりに頷いている。
「なんなんですか、みんなして!いじめ反対!」
「よーし、このゲーム、内田が最下位になるように持ってこうぜ」
「ちょっとそんな計画、私の前でしないでください。勝ってやる!絶対勝ちますからね!」
とは言ったものの、私は3人の策略にまんまとはまり、最下位となってしまった。
悔しさから畳に両手を付いている私の頭上で、ハイタッチして喜ぶ男共3人。
勝敗がついた所で、副長の話から次は何して遊ぶかに切り替わり、そのまま副長の話は浮かんでこなかった。
トランプからウノに変えて、風呂から出てきた退も交えての戦いに。
「あ、俺また新しい怪談話手に入れてさ」
始まった……稲山さんの怪談話……
「い、稲山さん。そういうのはもっと夏になってからした方が……ね?退」
「せっかくだけど、夏の方が雰囲気出るし、なぁ?原田」
「今はウノ楽しもうぜ。な?篠原」
「そうですね。じゃあ赤で」
篠原さんが出したドロー4に、稲山さんの顔が引きつる。
「は?マジかよー。俺あと2枚だったのにー!」
「ナイスです。篠原さん」
隣にいる篠原さんと、片手でハイタッチをする。
ウノを楽しみながら、夏までに怖い話を探すという稲山さんに、私は一生夏が来なければいいのにと、全身全霊で願った。