本編
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▽入隊
最近あの子は元気にしているのかなと考えた時、テレパシーのようにあの子から連絡があれば、驚きこそすれ嬉しい。
なんの前触れもなく、懐かしい友人に会うもそうだ。そこで思い出話に花が咲いて、当時の頃のようにふざけあう。
しかし、俺は久しぶりに会った時、嬉しいよりも悲しさや不安、心配が心を支配した。
「聞いたか?新隊士に女が志願してきたらしいぜ」
「マジかよ。キレイ系?可愛い系?」
「可愛い系かな。背が低めでさァ。胴着着てたから、胸の大きさまでは分かんなかったけど」
「でも女だろ?可哀想だけど不採用だろうな。女が入ってくれたら、俺もっと任務頑張れんだけどな」
「分かる。女がいるってだけで気分が違うよな」
そんな隊士達の話題に興味が湧かないワケがなく、俺も一目見ようと道場へ向かった。
真選組なんて男所帯によく女が入ろうと思ったものだ。きっと変わった子に違いない。
俺のような野次馬が多いのか、隊士全員いるんじゃないかと思う程、出入口から溢れるくらいすし詰め状態。
どうにか隊士達の間から中を覗く事が出来た。
胴着を着ているのが、どうやら志願者らしい。
視線を走らせて女を探す。
男に混ざって、1つだけ低い頭が確認出来た。
こちらからでは横顔しか見れないが、その見覚えのあるそれに目を剥いた。
嘘、だろ……いやいや、嘘だわ夢だわ。ないない。絶対ない。
もしかしたら、他人の空似という事もある。
それに、横顔だけでは判別がつかない。
これ以上見たくなくて、俺は道場に背を向けた。
それ以来、隊士達から女の噂を耳にするも、見に行く事もなくなり、更に数週間が経った頃――
「山崎、新入りに屯所を案内してやれ」
「はい」
副長の後ろから姿を現した新入りに顔が引きつる。
「あとはコイツが案内してくれるから」
「はい。ありがとうございました」
副長は、俺の肩に手を置いて「変な事すんなよ」と、からかうように言い残すと去って行った。
変な事すんなも何も、過去にあんな事やこんな事もそんな事も済んでるんだけど……
副長が行った後、新入りと2人になり、俺は盛大に息を吐いた。
参ったなぁ……
新入りは、ニコニコと満面の笑みで「驚いた?」と聞いてきた。
「とりあえずこっちからね」
彼女の質問に答えず、屯所を案内する為に歩を進める。
一通り案内し終わり、誰もいない食堂の出入り口に近い席に座らせ、お茶を入れた湯呑みを渡す。
その向かいに自分も腰を落ち着かせた。
遠くの方から副長の怒鳴り声や色んな声が聞こえてくる。
それに混ざって鳥のさえずり。
初めての場所で落ち着かないのだろう。キョロキョロと視線が定まらない新入りの目。
聞きたい事は山ほどある。
何から聞こうかと悩んでいると、少し楽しそうな彼女の声が食堂に響いた。
「これから退とずっと一緒だね」
「……まさか、それを理由に入隊したんじゃ……」
イエス!と親指を立てて、ニッと笑った。
続けて「近藤さんに退の彼女だって言ったら、同じ所属に入れてもらえてさ」と言う。
何考えてんだ!あのゴリラァァァ!
どいつもこいつも……俺がどんな思いで置いてきたと思って……
あの時の光景が脳裏に蘇り、涙が出そうになった。
そんな時彼女はポツリ「迷惑だった?」と呟くように聞いてきた。
迷惑じゃない、むしろ嬉しい……けど、それ以上に心配だ。
否定の言葉を返すと、安堵の表情を浮かべた。
「……頑張ろうね」
「うん」
「就活」
「え、そっち!?」
それにしても、局長はともかく、よく副長が入隊許可を出したものだ。あの人なら、女はいらねェなどと突き放しそうなものだが。
彼女のどこを気に入って買ったのか、それとも、ただ根負けしたか。
なんだかんだ推測した所で、入隊してしまったものは仕方がない。
彼女に辞めろと言っても辞めない事を知っている。
所属も実働部隊ではないのが不幸中の幸いだ。
自分と同じ所属だと言うから監視下においておける。
「美緒ちゃん、腕出して」
怪訝そうな顔をしながら、右腕を差し出した。
自分の左手首にはめていた赤色のリストバンドを外すと、そのまま彼女のそこにはめた。
「あげる」
「え、いいの?ありがとう」
嬉しそうにリストバンドを見つめる彼女を見て、自然と笑みが漏れた。
「私が退を護ってあげるからね」
「……あ、ありがとう……」
暫く俺を見ていた美緒ちゃんが、堪えきれないという風に声を出して笑いだした。
「それにしても、あははは!もうすっかり丸くなって、せ、正反対じゃん。あははは!髪型も普通だし、しかもちゃん付けって!あははは!」
「笑ってんじゃねーよ!恥ずかしいだろうが!あの時は若気の至りだったの!」
「あははは!若気!あの時も大して若くなかっ……あははは!」
「いや、しつけェェ!いつまで笑ってんの!」
お腹を抱えて、時折噎せつつ涙を流しながら笑う美緒ちゃんにため息しか出ない。
確かに、あの時は自分の腕を過信して自分が1番だと疑わず、イキっていた時代があった。
美緒ちゃんの事だって、たくさん怯えさせて困らせて泣かせていた自覚もある。なのに、それでもずっと俺を見捨てずについてきてくれた。
そして、今でも俺の事を追いかけてきてくれる。
初めてこの子を見た時、なんて可哀想な子だろうと思った。
恐らく親どころか家もない。
齢も10いくかいかないかくらいだったのだろう。
たまに、ゴミ箱を漁っているのを見た時は「コイツ、マジか……」と引いた。
見兼ねておにぎりを1個あげた時は、目をキラキラと輝かせて、白くてきれー。ねぇ、これなぁに?と聞いてきた時も「コイツ、マジか……」と再び引いたのを覚えている。
そんな何も分からない小娘と関わってもろくな事がなさそうだったので、それ以来見かけても声をかけるどころか、視線すら合わせようとしなかった。
それでも、俺の視界の外から、彼女は俺を見る度に嬉しそうにしていたのだと、舎弟から聞いて知った。
何がきっかけかは思い出せないが、いつからか俺は彼女をそばに置くようになっていた。
荒れていく俺を見る変わらない彼女。
ある日、喧嘩の後で返り血を浴びた俺に、彼女は珍しく悲しそうな表情を見せたのだ。
この時が初めてだった。
いつも「また勝ったの?ザキさんは強いんだね。凄いね」と笑って称賛すらしてくれていたのに。
「ザキさん、もうやめよう?こんな事してもザキさんが傷付くだけだよ」
「あァ!?俺に指図してんじゃねーよ!俺より弱いくせしやがってよ!お前は俺のなんなんだ!目障りなんだよ!どっか行け!」
「じゃあ、私、退の彼女になる!彼女になったら、どっか行けなんて言わない?私、退のそばにいたいの!」
「ガタガタうっせーな!その名前で呼んでんじゃねーよ!ザキさんって呼べっつっただろーが!彼女なんかいらねーんだよ失せろ!」
そう突き放すが、彼女は目に涙をいっぱい溜めて「退が好きなの……」と涙声で告白してきた。
初めてされた告白に怯んだ。
そんな素振りもなかったのに、いつから?とか、なんで俺?とか、俺今日死ぬの?とか色々浮かんできた疑問が頭を巡り、訳の分からない形容しがたい感情に支配され、脳が処理しきれずに逃げ出した。
喧嘩でも逃げ出した事なかったこの俺が、初めて得体のしれないものに触れて、怖くなって敵前逃亡したのだ。
彼女から逃げ回って1ヶ月後――
何かが追いかけてくる気配を察知して、振り向いたが最後、肩を掴まれて逃げられなくなってしまった。
「ねえ、鬼ごっこはおしまいにしようか」
年下の彼女が、これ程にまで怖いと思った事がない。口は笑っていても、目が笑っていない。瞳の奥に宿るのは怒り。
「この1ヶ月、私だって何もしなかったわけじゃない。勝負しよう。退の彼女の座を賭けて」
「いや、意味分かんねーし。俺が勝ったら俺は俺の彼女になる?」
「何言ってんの?頭大丈夫?」
「お前に頭の心配されたかねェよ!お前の説明が分かんねーんだよクソが!」
彼女は、着いてこいと言わんばかりに手招きし、空き地へとやってきた。
手入れされていない雑草が生えているだけの空き地。
「ここだったら堂々と勝負出来る。やるか」
腰に携えている木刀を手にすると、それを構えた。
こいつ、木刀なんか持ってたか?と過去の記憶を引きずりだすが、まるで記憶にない。
「お前、それ、その木刀どうした?誰にもらった?」
「修学旅行行った時に買った」
「おめェ、寺子屋行ってねェだろうが!修学旅行なんて行事よく知ってたな!クソが。ふざけた事ぬかしやがって。この勝負になんの意味があんだよ!俺と勝負しても勝敗なんか分かりきってるだろ!」
「勝ち負けが決まってる勝負なんてない」
彼女は、ふぅっと息を吐くと、俺の目をまっすぐ見て、勝敗の条件を突きつけてきた。
「私が勝ったら私と付き合って。負けたらあなたが望むように、私はあなたの前から姿を消す。二度と現れないように、私を殺してほしい。退に殺されるなら本望」
「ちょ、待て。なんで姿消すとか殺すとか……クソが勝手に決めてんじゃねーよふざけんな!こんな勝負なしだ!」
「なんで?逃げるの?」
「逃げるわ!お前を殺したくねェし!お前は俺に勝てねー!万が一、この俺が負けたとしても、俺はお前に恋愛感情なんか持ってない!そんな俺と付き合ったって、お前が虚しくなるだけだろ!」
彼女の構えがとかれ、垂れ下がる頭。
恋愛感情がないと、ハッキリ言われれば諦めざるを得ないだろう。
10歳も年上の俺なんかより、もっと歳が近くていい男なんて星のようにいる。
俺のもとから離れていくのは少し寂しい気もするけれど、出会いもあれば別れもあるというもの。
互いにすぐ忘れるだろう。
「それでも、いいよ」
「へ?」
彼女の言葉に間抜けな声が出た。
面を上げた彼女の顔は、幼い中に凛々しさが混ざっていて、まっすぐ俺の視線を射抜いた。
「それでもいい。退に振り向いてもらえるように頑張って努力する。それでも、どうしても私に恋愛感情を抱けなかったら、その時は私を殺して。生きてたら、私は退を諦めきれずに追いかけてしまう」
「殺せ殺せって……ったく、お前はバカだな。俺のどこがそんなにいいんだか……」
彼女には聞こえていないのか、どうする?勝負する?と聞いてきた。
そんなに、俺の事を想ってくれている彼女の気持ちを無下には出来ない。
覚悟を決めて木刀を構えた俺を見て、彼女は嬉しそうに破顔した。
互いに睨み合って、いざ、尋常に勝負!と、2人の足が同時に1歩を踏み出す。
「やったー!」
「な、なんで……?」
木刀をぶつからせて、1分もしないうちに勝負がついたのだ。
俺より身長も低く力もない彼女に俺は負けた。
気が付いたら、俺の木刀は弾き飛び、彼女の木刀の先が俺の頭に乗っていて――
「だーから言ったでしょ?何もしてなかったわけじゃないって」
そして、呆然とする俺の腕に腕を絡ませてきたのだ。
「今から退の彼女だね。私頑張るから、よろしくね」
「…………」
腕に当たる彼女の胸の感触と上目遣い、俺に向けられる笑顔、退の彼女という単語にショート寸前になった俺は、また彼女から逃げ出した。
あまり思い出したくない懐かしい記憶が……
記憶上の彼女と比べて、今の美緒ちゃんの笑顔は、ほんの少しだけ大人びているように見えた。
20歳になったと言っていたから、大人びていても不思議ではないが、20歳と言われてもピンと来ない。
手紙で何度かやり取りはしていたけれど、会うのは2年ぶりなので、信じたくない気持ちがそう錯覚を起こさせているのだろうか。
「そう言う美緒ちゃんは背が伸びなかったんだね。全然変わってない」
「は、はァ!?の、伸びたし!1cmは伸びてるし!多分!それに見て!胸もおっきくなったの!」
胸を強調するかのようにテーブルに身を乗り出してきたので、思わず椅子の上で身を引いて身構える。
その反応を不思議に思ったのか、それとも傷付いたのか、ゆっくりと椅子に座り直す美緒ちゃん。
「……退変わったね。前は暇さえあれば私の胸を揉んで――」
「よォォし!この話は終わりにしよう!俺の傷口を抉るだけだ。なんにも良い事はない」
「あんなに私の体触るの好きって言ってたのに。もしかして、他の女の人の体知っちゃった?」
「終わりだっつってんだよ!続けようとすんな!他の女なんか触ってねェよ!」
置いてきたはずの過去が俺に追いついてきやがった!もういっそそのまま追い越して宇宙の遥か彼方にまで飛んでってくれねーかなー?
美緒ちゃんは、呑気に茶を飲んで「このお茶美味しい」と1人で和んでいる。
じとりとその様子を見ていると、こちらを見た美緒ちゃんと視線が合う。
そして、にっこり微笑んだ。
「近藤さん達と出会えて良かったね」
「……うん、そだね」
「私、今の退も好きだよ」
久しぶりに聞いた『好き』という単語に心臓が跳ねた。
それから、治まる事を知らずに心臓がはしゃいで苦しい。
冷静を保つ為に深呼吸を繰り返すが、全く落ち着かない。
あんなにも恋愛感情はないと突っぱねていたはずだったのに、いつの間にか彼女にハマっていて――
会えなかった間も再会した今も、俺は彼女にハマったままな事に気が付いた。
最近あの子は元気にしているのかなと考えた時、テレパシーのようにあの子から連絡があれば、驚きこそすれ嬉しい。
なんの前触れもなく、懐かしい友人に会うもそうだ。そこで思い出話に花が咲いて、当時の頃のようにふざけあう。
しかし、俺は久しぶりに会った時、嬉しいよりも悲しさや不安、心配が心を支配した。
「聞いたか?新隊士に女が志願してきたらしいぜ」
「マジかよ。キレイ系?可愛い系?」
「可愛い系かな。背が低めでさァ。胴着着てたから、胸の大きさまでは分かんなかったけど」
「でも女だろ?可哀想だけど不採用だろうな。女が入ってくれたら、俺もっと任務頑張れんだけどな」
「分かる。女がいるってだけで気分が違うよな」
そんな隊士達の話題に興味が湧かないワケがなく、俺も一目見ようと道場へ向かった。
真選組なんて男所帯によく女が入ろうと思ったものだ。きっと変わった子に違いない。
俺のような野次馬が多いのか、隊士全員いるんじゃないかと思う程、出入口から溢れるくらいすし詰め状態。
どうにか隊士達の間から中を覗く事が出来た。
胴着を着ているのが、どうやら志願者らしい。
視線を走らせて女を探す。
男に混ざって、1つだけ低い頭が確認出来た。
こちらからでは横顔しか見れないが、その見覚えのあるそれに目を剥いた。
嘘、だろ……いやいや、嘘だわ夢だわ。ないない。絶対ない。
もしかしたら、他人の空似という事もある。
それに、横顔だけでは判別がつかない。
これ以上見たくなくて、俺は道場に背を向けた。
それ以来、隊士達から女の噂を耳にするも、見に行く事もなくなり、更に数週間が経った頃――
「山崎、新入りに屯所を案内してやれ」
「はい」
副長の後ろから姿を現した新入りに顔が引きつる。
「あとはコイツが案内してくれるから」
「はい。ありがとうございました」
副長は、俺の肩に手を置いて「変な事すんなよ」と、からかうように言い残すと去って行った。
変な事すんなも何も、過去にあんな事やこんな事もそんな事も済んでるんだけど……
副長が行った後、新入りと2人になり、俺は盛大に息を吐いた。
参ったなぁ……
新入りは、ニコニコと満面の笑みで「驚いた?」と聞いてきた。
「とりあえずこっちからね」
彼女の質問に答えず、屯所を案内する為に歩を進める。
一通り案内し終わり、誰もいない食堂の出入り口に近い席に座らせ、お茶を入れた湯呑みを渡す。
その向かいに自分も腰を落ち着かせた。
遠くの方から副長の怒鳴り声や色んな声が聞こえてくる。
それに混ざって鳥のさえずり。
初めての場所で落ち着かないのだろう。キョロキョロと視線が定まらない新入りの目。
聞きたい事は山ほどある。
何から聞こうかと悩んでいると、少し楽しそうな彼女の声が食堂に響いた。
「これから退とずっと一緒だね」
「……まさか、それを理由に入隊したんじゃ……」
イエス!と親指を立てて、ニッと笑った。
続けて「近藤さんに退の彼女だって言ったら、同じ所属に入れてもらえてさ」と言う。
何考えてんだ!あのゴリラァァァ!
どいつもこいつも……俺がどんな思いで置いてきたと思って……
あの時の光景が脳裏に蘇り、涙が出そうになった。
そんな時彼女はポツリ「迷惑だった?」と呟くように聞いてきた。
迷惑じゃない、むしろ嬉しい……けど、それ以上に心配だ。
否定の言葉を返すと、安堵の表情を浮かべた。
「……頑張ろうね」
「うん」
「就活」
「え、そっち!?」
それにしても、局長はともかく、よく副長が入隊許可を出したものだ。あの人なら、女はいらねェなどと突き放しそうなものだが。
彼女のどこを気に入って買ったのか、それとも、ただ根負けしたか。
なんだかんだ推測した所で、入隊してしまったものは仕方がない。
彼女に辞めろと言っても辞めない事を知っている。
所属も実働部隊ではないのが不幸中の幸いだ。
自分と同じ所属だと言うから監視下においておける。
「美緒ちゃん、腕出して」
怪訝そうな顔をしながら、右腕を差し出した。
自分の左手首にはめていた赤色のリストバンドを外すと、そのまま彼女のそこにはめた。
「あげる」
「え、いいの?ありがとう」
嬉しそうにリストバンドを見つめる彼女を見て、自然と笑みが漏れた。
「私が退を護ってあげるからね」
「……あ、ありがとう……」
暫く俺を見ていた美緒ちゃんが、堪えきれないという風に声を出して笑いだした。
「それにしても、あははは!もうすっかり丸くなって、せ、正反対じゃん。あははは!髪型も普通だし、しかもちゃん付けって!あははは!」
「笑ってんじゃねーよ!恥ずかしいだろうが!あの時は若気の至りだったの!」
「あははは!若気!あの時も大して若くなかっ……あははは!」
「いや、しつけェェ!いつまで笑ってんの!」
お腹を抱えて、時折噎せつつ涙を流しながら笑う美緒ちゃんにため息しか出ない。
確かに、あの時は自分の腕を過信して自分が1番だと疑わず、イキっていた時代があった。
美緒ちゃんの事だって、たくさん怯えさせて困らせて泣かせていた自覚もある。なのに、それでもずっと俺を見捨てずについてきてくれた。
そして、今でも俺の事を追いかけてきてくれる。
初めてこの子を見た時、なんて可哀想な子だろうと思った。
恐らく親どころか家もない。
齢も10いくかいかないかくらいだったのだろう。
たまに、ゴミ箱を漁っているのを見た時は「コイツ、マジか……」と引いた。
見兼ねておにぎりを1個あげた時は、目をキラキラと輝かせて、白くてきれー。ねぇ、これなぁに?と聞いてきた時も「コイツ、マジか……」と再び引いたのを覚えている。
そんな何も分からない小娘と関わってもろくな事がなさそうだったので、それ以来見かけても声をかけるどころか、視線すら合わせようとしなかった。
それでも、俺の視界の外から、彼女は俺を見る度に嬉しそうにしていたのだと、舎弟から聞いて知った。
何がきっかけかは思い出せないが、いつからか俺は彼女をそばに置くようになっていた。
荒れていく俺を見る変わらない彼女。
ある日、喧嘩の後で返り血を浴びた俺に、彼女は珍しく悲しそうな表情を見せたのだ。
この時が初めてだった。
いつも「また勝ったの?ザキさんは強いんだね。凄いね」と笑って称賛すらしてくれていたのに。
「ザキさん、もうやめよう?こんな事してもザキさんが傷付くだけだよ」
「あァ!?俺に指図してんじゃねーよ!俺より弱いくせしやがってよ!お前は俺のなんなんだ!目障りなんだよ!どっか行け!」
「じゃあ、私、退の彼女になる!彼女になったら、どっか行けなんて言わない?私、退のそばにいたいの!」
「ガタガタうっせーな!その名前で呼んでんじゃねーよ!ザキさんって呼べっつっただろーが!彼女なんかいらねーんだよ失せろ!」
そう突き放すが、彼女は目に涙をいっぱい溜めて「退が好きなの……」と涙声で告白してきた。
初めてされた告白に怯んだ。
そんな素振りもなかったのに、いつから?とか、なんで俺?とか、俺今日死ぬの?とか色々浮かんできた疑問が頭を巡り、訳の分からない形容しがたい感情に支配され、脳が処理しきれずに逃げ出した。
喧嘩でも逃げ出した事なかったこの俺が、初めて得体のしれないものに触れて、怖くなって敵前逃亡したのだ。
彼女から逃げ回って1ヶ月後――
何かが追いかけてくる気配を察知して、振り向いたが最後、肩を掴まれて逃げられなくなってしまった。
「ねえ、鬼ごっこはおしまいにしようか」
年下の彼女が、これ程にまで怖いと思った事がない。口は笑っていても、目が笑っていない。瞳の奥に宿るのは怒り。
「この1ヶ月、私だって何もしなかったわけじゃない。勝負しよう。退の彼女の座を賭けて」
「いや、意味分かんねーし。俺が勝ったら俺は俺の彼女になる?」
「何言ってんの?頭大丈夫?」
「お前に頭の心配されたかねェよ!お前の説明が分かんねーんだよクソが!」
彼女は、着いてこいと言わんばかりに手招きし、空き地へとやってきた。
手入れされていない雑草が生えているだけの空き地。
「ここだったら堂々と勝負出来る。やるか」
腰に携えている木刀を手にすると、それを構えた。
こいつ、木刀なんか持ってたか?と過去の記憶を引きずりだすが、まるで記憶にない。
「お前、それ、その木刀どうした?誰にもらった?」
「修学旅行行った時に買った」
「おめェ、寺子屋行ってねェだろうが!修学旅行なんて行事よく知ってたな!クソが。ふざけた事ぬかしやがって。この勝負になんの意味があんだよ!俺と勝負しても勝敗なんか分かりきってるだろ!」
「勝ち負けが決まってる勝負なんてない」
彼女は、ふぅっと息を吐くと、俺の目をまっすぐ見て、勝敗の条件を突きつけてきた。
「私が勝ったら私と付き合って。負けたらあなたが望むように、私はあなたの前から姿を消す。二度と現れないように、私を殺してほしい。退に殺されるなら本望」
「ちょ、待て。なんで姿消すとか殺すとか……クソが勝手に決めてんじゃねーよふざけんな!こんな勝負なしだ!」
「なんで?逃げるの?」
「逃げるわ!お前を殺したくねェし!お前は俺に勝てねー!万が一、この俺が負けたとしても、俺はお前に恋愛感情なんか持ってない!そんな俺と付き合ったって、お前が虚しくなるだけだろ!」
彼女の構えがとかれ、垂れ下がる頭。
恋愛感情がないと、ハッキリ言われれば諦めざるを得ないだろう。
10歳も年上の俺なんかより、もっと歳が近くていい男なんて星のようにいる。
俺のもとから離れていくのは少し寂しい気もするけれど、出会いもあれば別れもあるというもの。
互いにすぐ忘れるだろう。
「それでも、いいよ」
「へ?」
彼女の言葉に間抜けな声が出た。
面を上げた彼女の顔は、幼い中に凛々しさが混ざっていて、まっすぐ俺の視線を射抜いた。
「それでもいい。退に振り向いてもらえるように頑張って努力する。それでも、どうしても私に恋愛感情を抱けなかったら、その時は私を殺して。生きてたら、私は退を諦めきれずに追いかけてしまう」
「殺せ殺せって……ったく、お前はバカだな。俺のどこがそんなにいいんだか……」
彼女には聞こえていないのか、どうする?勝負する?と聞いてきた。
そんなに、俺の事を想ってくれている彼女の気持ちを無下には出来ない。
覚悟を決めて木刀を構えた俺を見て、彼女は嬉しそうに破顔した。
互いに睨み合って、いざ、尋常に勝負!と、2人の足が同時に1歩を踏み出す。
「やったー!」
「な、なんで……?」
木刀をぶつからせて、1分もしないうちに勝負がついたのだ。
俺より身長も低く力もない彼女に俺は負けた。
気が付いたら、俺の木刀は弾き飛び、彼女の木刀の先が俺の頭に乗っていて――
「だーから言ったでしょ?何もしてなかったわけじゃないって」
そして、呆然とする俺の腕に腕を絡ませてきたのだ。
「今から退の彼女だね。私頑張るから、よろしくね」
「…………」
腕に当たる彼女の胸の感触と上目遣い、俺に向けられる笑顔、退の彼女という単語にショート寸前になった俺は、また彼女から逃げ出した。
あまり思い出したくない懐かしい記憶が……
記憶上の彼女と比べて、今の美緒ちゃんの笑顔は、ほんの少しだけ大人びているように見えた。
20歳になったと言っていたから、大人びていても不思議ではないが、20歳と言われてもピンと来ない。
手紙で何度かやり取りはしていたけれど、会うのは2年ぶりなので、信じたくない気持ちがそう錯覚を起こさせているのだろうか。
「そう言う美緒ちゃんは背が伸びなかったんだね。全然変わってない」
「は、はァ!?の、伸びたし!1cmは伸びてるし!多分!それに見て!胸もおっきくなったの!」
胸を強調するかのようにテーブルに身を乗り出してきたので、思わず椅子の上で身を引いて身構える。
その反応を不思議に思ったのか、それとも傷付いたのか、ゆっくりと椅子に座り直す美緒ちゃん。
「……退変わったね。前は暇さえあれば私の胸を揉んで――」
「よォォし!この話は終わりにしよう!俺の傷口を抉るだけだ。なんにも良い事はない」
「あんなに私の体触るの好きって言ってたのに。もしかして、他の女の人の体知っちゃった?」
「終わりだっつってんだよ!続けようとすんな!他の女なんか触ってねェよ!」
置いてきたはずの過去が俺に追いついてきやがった!もういっそそのまま追い越して宇宙の遥か彼方にまで飛んでってくれねーかなー?
美緒ちゃんは、呑気に茶を飲んで「このお茶美味しい」と1人で和んでいる。
じとりとその様子を見ていると、こちらを見た美緒ちゃんと視線が合う。
そして、にっこり微笑んだ。
「近藤さん達と出会えて良かったね」
「……うん、そだね」
「私、今の退も好きだよ」
久しぶりに聞いた『好き』という単語に心臓が跳ねた。
それから、治まる事を知らずに心臓がはしゃいで苦しい。
冷静を保つ為に深呼吸を繰り返すが、全く落ち着かない。
あんなにも恋愛感情はないと突っぱねていたはずだったのに、いつの間にか彼女にハマっていて――
会えなかった間も再会した今も、俺は彼女にハマったままな事に気が付いた。