お通初ライブ
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「みなさーん、今日はお通のライブに来てくれてありがとうきびウンコー!」
「とうきびウンコォォォ!」
マイクを通して発せられたお通ちゃんの声に、ファンは当たり前の如く合いの手を入れる。
「今日はみんな浮世の事なんて忘れて楽しんでいってネクロマンサー!」
「ネクロマンサー!」
「じゃあ1曲目、『お前の母ちゃん何人?』!」
1曲目を飾る音楽が会場に響き渡る。
お通ちゃんの生歌を聞きながら、お通ちゃんに愛を叫ぶ。ライブでしか味わえない、お通ちゃんやファンとの一体感。
「L・O・V・E・お・つ・う!」
お通コールが鳴り止まない会場に、隊長の声も轟く。
「おいそこ何ボケッとしてんだ!声張れェェ!」
「すんません隊長ォォ!」
換気はされているようだが、熱気で暑く感じてきた。しかし、ここで外に出て行っては、ファンとして問われる事請け合いなので、お通ちゃんに愛を叫んでそんな事を忘れるに限る。
テンション上がるなぁ。本当に浮世の事を忘れられるよ。
ふと隊長が目に入り、見れば銀髪の人と揉めていた。私も銀髪の人と色々話したい。
まず知りたいのは、銀髪にするのは痛いかどうか、何日置きに染め直しているのかという事。
あの色を維持するのは相当だぞ。これはお近付きにならねばならない。などと頭の片隅でグルグル策を練っている。
しかし、叫ぶのは忘れない。
「L・O・V・E・お・つ・う!」
気のせいだろうか。視界の隅にいる隊員の1人が変だ。武者震いか?
恋は盲目という厄介な言葉を聞いた事がある。
恋をすれば、その人しか見えなくなり私生活に影響をきたすという、よく分からないがそんな感じらしい。
好きな相手を手に入れたいという気持ちはよく分かる。
実際私も退と付き合うまでに、いや、付き合ってからも色々頑張ったが、こういうやり方はよくないんじゃないかと思う。
何故そういう話をしたかというと、目の前で、天人がお通ちゃんを捕食するべく暴れているからだ。
なんでも、興奮すると好きな相手を捕食するという、変態天人の食恋族だそうだ。
天人に怯え、逃げ惑う人々。
お通ちゃんに近付く天人。
会場は一気にパニックに陥った。
「お通ちゃーん、僕と1つになろう、胃袋で」
ガバーッと開いた腹が大きな口になった。鼻の下にある口はフェイクか。
うわぁー……胃袋かよ……退にそれを言われてもさすがに断るよ……いや、ちょっと待て。食べられたら退の血や肉、骨となり、ある意味一生一緒にいられるな。それもアリだな。
変な告白に、ただ殺されるよりいいかもと考えていると、軍曹の報告により我に返った。
「隊長!会員ナンバー49が暴走しました!」
「アレも会員だったのか……マスコット人形かと思ってた」
「隊長しっかり!そんな事よりお通ちゃんが!」
お通ちゃんは腰が抜けたのか、マネージャーさんに逃げるよう言われても動こうとしない。
腰に携えた刀を引き抜き、真選組且つ親衛隊の名のもと、天人に立ち向かう――が、自分よりも大きな手に、体が呆気なく叩き落とされてしまった。床に体を打ち付け、痛みにうめき、顔を歪める。
「美緒ちゃん!」
隊長が心配して駆け寄ろうとしてくれたが、大丈夫と言うとその足を止めた。
そうこうしている間にも、天人の手はお通ちゃんに忍び寄っていく。
それを阻止したのが、目だけをくり抜いた袋を被った人物。体を起こして隊長に走り寄る。
「せ、正義の味方だ……!隊長、あの人こそ親衛隊に相応しい。ぜひ入れましょう」
「そんな事言ってる場合じゃねーよ!」
目を輝かせて言うと、隊長に切り返された。
鈍い音が響き、ステージに目を向けると、正義の味方が天人にやられ倒れている。
「いけぇぇ!僕らもお通ちゃんを護れぇぇ!」
隊長を筆頭に、親衛隊が立ち向かう。
隊長がやられそうになった所を、私とチャイナ服を着た女の子が助けに入った。
「新八のついでにお前も助けてあげるよん週連続第1位」
「それはどうもりのくまさん」
銀髪の人も加勢し、隊長の攻撃を最後に天人を倒した。
「おっさん」
意識を取り戻し、上半身を起こした正義の味方に、何かを投げ渡した。
それは、花束というにはお粗末な3本のタンポポ。
「そんなもんしか見付からなかった。100万本には及ばねーが後は愛情でごまかしな」
銀髪の人は片手を挙げて、チャイナさんと隊長を引き連れて出て行った。
私もなんとなくその場にいちゃいけない気がして、3人の後を追う。
廊下に出ると、会場とは違う新鮮な涼しい空気が体を包んだ。呼吸がしやすい。
「美緒ちゃん、良かったら一緒に帰りませんか?」
「隊長、いいんですか?でも、あのお2人は?」
「ライブ中以外で隊長はやめてくださいよ。名前でいいです名前で」
そう言われてもなんと呼べば?と考えていると、お妙ちゃんが"新ちゃん"と呼んでいる事を思い出し、そう呼ぶ事にした。
"新ちゃん"と呼ぶと、何故か不服そうな顔をされた。
「仕方ないから一緒に帰ってあげるヨ。夜道の1人歩きは危険だって銀ちゃん言ってたアル」
銀ちゃんって誰?
私と同じくらいの背なのに、とても可愛らしいチャイナさんは、神楽ちゃんというらしい。
そして、銀髪の人が銀ちゃん。
神楽ちゃんに紹介してもらったので、銀髪の人はあだ名しか知らない。
万事屋で働いていて、銀ちゃんがその主人らしい。
まさか、こんなに早く銀髪の人と知り合えるなんざ思ってなかった。
「新ちゃんは今、テロリストの人の所で働いてるんですか?」
「おーい、誰がテロリストだコラ」
「テロリスト言う方がテロリストアル。私らは被害者ネ」
新ちゃんとの会話に、銀ちゃんと神楽ちゃんが否定をするように割り込んできた。
副長から聞いた話では、そんな話だった気がしたのだが、人違いだったのだろうか。
「戌威星の大使館爆破したの彼ですよね?」
「あー、それには色々と訳がありまして……」
新ちゃんの話によれば、郵便配達をしている途中に事故った男から頼まれて、届け先である戌威星の大使館に届けたのはいいが、それが不慮の事故により爆発してしまった。テロリストに踊らされた挙句、爆弾処理をしたというのに3日間も取り調べをされ、ようやく嫌疑がはれて出てこれたのだと話す。
「なんだか大変だったんですね。お疲れ様です」
「大変だったなんてもんじゃねーよ。あの腐れポリ公がよォ」
思い出したのか、煩わしそうに頭を掻く銀ちゃんに苦笑する。
「そうだ、美緒ちゃん。今日泊まって行ったらどうですか?ねぇ銀さん、神楽ちゃん」
新ちゃんの提案に、神楽ちゃんが「泊まるなら払うもん払え」と脅すので、ポケットに入れていた飴をあげたら「ふん、分かってんじゃねーかお嬢ちゃん」と包みを剥がして口に入れた。可愛い。
銀ちゃんは、好きにしろと言っただけだった。
「じゃあお言葉に――」
甘えてと続けようとした時、ポケットが震えた。
取り出した携帯のディスプレイに表示されているのは、『副長』の文字。
無意識に顔が引きつるのが分かった。
3人に一言断って電話に出る。
「はい、おつか――」
《おっせーぞコラァ!》
副長の怒鳴り声に、思わず耳から携帯を離してしまった。
心配して電話をかけてきてくれるのは有難いんだけど、怒鳴らんでも……
短い説教を終えた後、迎えを寄越すと言ってくれたので、場所を伝えて電話を切った。
「何今の?お前の彼氏?おっかねぇなぁ。こっちまで聞こえてきてたぞ」
銀ちゃんの呆れたような質問に、上司ですと遠くに視線をやる。
「美緒ちゃん、仕事場でいじめられてるんですか?」
「そんなんじゃないんです。心配してくれてありがとうございます」
「美緒、もう飴ないアルか?もうなくなっちゃったヨ」
ポケットに入っていた飴3つを全て神楽ちゃんに渡すと喜んでいた。
それぞれ心配や怪訝そうな、飴をもらえてほくほくな表情を浮かべる3人に頭を下げる。
「すいません。せっかく誘ってくださったのに仕事が待ってるもので、また機会があったら誘ってください。ごめんなさい」
「分かりました。気を付けて帰ってくださいね」
「じゃあな美緒。今度は酢昆布持って来いヨ」
「仕事頑張れよ。そのうちいい事あるさ」
それぞれの別れ方にお礼を言い、笑顔を浮かべて手を振った。
3人と別れた途端、さっきの賑やかさが嘘のように静まり返った。
その空気に少し寂しさを感じながら、迎えが来るのを待つ。
誰が来てくれるなんて言われていないので退だろう。
退の顔が思い浮かんだのと同時に、キスされた感触などを思い出した。
おまけに、手首にキスをしている時の退の横顔や、こちらに流された視線が妙に色っぽくて、思い出しただけでも顔に一気に熱が籠る。
頬に手を当てればやっぱりほのかに熱い。
キスしたの久しぶりだったな……
退早く来ないかなぁ。好きな人を待つのは全然苦じゃないのはどうしてだろう。
それにしても、副長との事は誤解されたままなのだろうか。それだったら悲しい。
こんなにも退の事が好きで、退以外の人とはあり得ないのに伝わっていないのだろうか。どうしたら伝わるのだろうか。
それに、副長との話もご飯の約束をしただけで、退の言うような抱き合ったりしていないし、やましい事なんて何もない。
文化センターの石階段に座って待っていると、パトカーが前に止まった。
「よォ、待たせたな」
助手席の窓を開けて、少し身を乗り出して声をかけてきた思わぬ人物に目を瞬く。
「あれ?原田隊長?」
運転席に座っていたのは、スキンヘッドが似合う強面の原田隊長だった。退と仲が良いので、その傍にいる私とも仲良くしてくれるとてもいい人だ。
思いがけない人に驚きながら、助手席に乗り込む。
「山崎は今偵察行っててな、俺が代理だ」
「そうなんですか。手間取らせちゃってすいません。ありがとうございます」
「気にすんなよ。むしろ、山崎じゃなくて悪かったな」
「何をおっしゃいますやら。原田隊長とドライブなんて滅多にないから嬉しいですよー」
「ドライブじゃないんだが……じゃあ、今度休みが重なった日にドライブでも行くか?勿論山崎も一緒に」
「ほんとですか?楽しみです。あ、私も退も車持ってないや」
そこは俺に任せろ!と頼もしさを見せてくれた原田隊長は、続けて、俺も楽しみだと笑った。
しかし、原田隊長も忙しい身だし、退ともなかなか休みが合わないのに、3人とも休みが合う日があるのかと懸念を抱く。
原田隊長と談笑していたら、あっという間に屯所についた。
お礼を言って、先に部屋に戻ろうとした背後から悍ましいオーラを感じ、肩を震わせる。
「ライブは楽しめたか?」
ゆっくり振り向くと、影を落とした副長が腕を組み仁王立ちで見下ろしている。
「は、はい……あ、ああありがとうございます……」
裏返りどもる声も仕方ない。シルエットが怖い。
「続きの書類は俺の部屋でやれ」
「な、なんでですか?」
すっと耳元に顔が近付いたかと思えば、低く艶のある声で囁かれた。
「今夜は寝かせねー」
こ、怖い……!退助けて!殺される!
そういうのはきっと、布団の中で言われたら1発で落ちるのだろうけれど、今言われてもただひたすら怖いだけです副長。
「さっさとやれ!寝れねーだろうが!」
「さ、先に寝ていいですよ。私の事はお気になさらず」
「口より手ぇ動かせ!」
こ、これ……なんて拷問ですか?
「とうきびウンコォォォ!」
マイクを通して発せられたお通ちゃんの声に、ファンは当たり前の如く合いの手を入れる。
「今日はみんな浮世の事なんて忘れて楽しんでいってネクロマンサー!」
「ネクロマンサー!」
「じゃあ1曲目、『お前の母ちゃん何人?』!」
1曲目を飾る音楽が会場に響き渡る。
お通ちゃんの生歌を聞きながら、お通ちゃんに愛を叫ぶ。ライブでしか味わえない、お通ちゃんやファンとの一体感。
「L・O・V・E・お・つ・う!」
お通コールが鳴り止まない会場に、隊長の声も轟く。
「おいそこ何ボケッとしてんだ!声張れェェ!」
「すんません隊長ォォ!」
換気はされているようだが、熱気で暑く感じてきた。しかし、ここで外に出て行っては、ファンとして問われる事請け合いなので、お通ちゃんに愛を叫んでそんな事を忘れるに限る。
テンション上がるなぁ。本当に浮世の事を忘れられるよ。
ふと隊長が目に入り、見れば銀髪の人と揉めていた。私も銀髪の人と色々話したい。
まず知りたいのは、銀髪にするのは痛いかどうか、何日置きに染め直しているのかという事。
あの色を維持するのは相当だぞ。これはお近付きにならねばならない。などと頭の片隅でグルグル策を練っている。
しかし、叫ぶのは忘れない。
「L・O・V・E・お・つ・う!」
気のせいだろうか。視界の隅にいる隊員の1人が変だ。武者震いか?
恋は盲目という厄介な言葉を聞いた事がある。
恋をすれば、その人しか見えなくなり私生活に影響をきたすという、よく分からないがそんな感じらしい。
好きな相手を手に入れたいという気持ちはよく分かる。
実際私も退と付き合うまでに、いや、付き合ってからも色々頑張ったが、こういうやり方はよくないんじゃないかと思う。
何故そういう話をしたかというと、目の前で、天人がお通ちゃんを捕食するべく暴れているからだ。
なんでも、興奮すると好きな相手を捕食するという、変態天人の食恋族だそうだ。
天人に怯え、逃げ惑う人々。
お通ちゃんに近付く天人。
会場は一気にパニックに陥った。
「お通ちゃーん、僕と1つになろう、胃袋で」
ガバーッと開いた腹が大きな口になった。鼻の下にある口はフェイクか。
うわぁー……胃袋かよ……退にそれを言われてもさすがに断るよ……いや、ちょっと待て。食べられたら退の血や肉、骨となり、ある意味一生一緒にいられるな。それもアリだな。
変な告白に、ただ殺されるよりいいかもと考えていると、軍曹の報告により我に返った。
「隊長!会員ナンバー49が暴走しました!」
「アレも会員だったのか……マスコット人形かと思ってた」
「隊長しっかり!そんな事よりお通ちゃんが!」
お通ちゃんは腰が抜けたのか、マネージャーさんに逃げるよう言われても動こうとしない。
腰に携えた刀を引き抜き、真選組且つ親衛隊の名のもと、天人に立ち向かう――が、自分よりも大きな手に、体が呆気なく叩き落とされてしまった。床に体を打ち付け、痛みにうめき、顔を歪める。
「美緒ちゃん!」
隊長が心配して駆け寄ろうとしてくれたが、大丈夫と言うとその足を止めた。
そうこうしている間にも、天人の手はお通ちゃんに忍び寄っていく。
それを阻止したのが、目だけをくり抜いた袋を被った人物。体を起こして隊長に走り寄る。
「せ、正義の味方だ……!隊長、あの人こそ親衛隊に相応しい。ぜひ入れましょう」
「そんな事言ってる場合じゃねーよ!」
目を輝かせて言うと、隊長に切り返された。
鈍い音が響き、ステージに目を向けると、正義の味方が天人にやられ倒れている。
「いけぇぇ!僕らもお通ちゃんを護れぇぇ!」
隊長を筆頭に、親衛隊が立ち向かう。
隊長がやられそうになった所を、私とチャイナ服を着た女の子が助けに入った。
「新八のついでにお前も助けてあげるよん週連続第1位」
「それはどうもりのくまさん」
銀髪の人も加勢し、隊長の攻撃を最後に天人を倒した。
「おっさん」
意識を取り戻し、上半身を起こした正義の味方に、何かを投げ渡した。
それは、花束というにはお粗末な3本のタンポポ。
「そんなもんしか見付からなかった。100万本には及ばねーが後は愛情でごまかしな」
銀髪の人は片手を挙げて、チャイナさんと隊長を引き連れて出て行った。
私もなんとなくその場にいちゃいけない気がして、3人の後を追う。
廊下に出ると、会場とは違う新鮮な涼しい空気が体を包んだ。呼吸がしやすい。
「美緒ちゃん、良かったら一緒に帰りませんか?」
「隊長、いいんですか?でも、あのお2人は?」
「ライブ中以外で隊長はやめてくださいよ。名前でいいです名前で」
そう言われてもなんと呼べば?と考えていると、お妙ちゃんが"新ちゃん"と呼んでいる事を思い出し、そう呼ぶ事にした。
"新ちゃん"と呼ぶと、何故か不服そうな顔をされた。
「仕方ないから一緒に帰ってあげるヨ。夜道の1人歩きは危険だって銀ちゃん言ってたアル」
銀ちゃんって誰?
私と同じくらいの背なのに、とても可愛らしいチャイナさんは、神楽ちゃんというらしい。
そして、銀髪の人が銀ちゃん。
神楽ちゃんに紹介してもらったので、銀髪の人はあだ名しか知らない。
万事屋で働いていて、銀ちゃんがその主人らしい。
まさか、こんなに早く銀髪の人と知り合えるなんざ思ってなかった。
「新ちゃんは今、テロリストの人の所で働いてるんですか?」
「おーい、誰がテロリストだコラ」
「テロリスト言う方がテロリストアル。私らは被害者ネ」
新ちゃんとの会話に、銀ちゃんと神楽ちゃんが否定をするように割り込んできた。
副長から聞いた話では、そんな話だった気がしたのだが、人違いだったのだろうか。
「戌威星の大使館爆破したの彼ですよね?」
「あー、それには色々と訳がありまして……」
新ちゃんの話によれば、郵便配達をしている途中に事故った男から頼まれて、届け先である戌威星の大使館に届けたのはいいが、それが不慮の事故により爆発してしまった。テロリストに踊らされた挙句、爆弾処理をしたというのに3日間も取り調べをされ、ようやく嫌疑がはれて出てこれたのだと話す。
「なんだか大変だったんですね。お疲れ様です」
「大変だったなんてもんじゃねーよ。あの腐れポリ公がよォ」
思い出したのか、煩わしそうに頭を掻く銀ちゃんに苦笑する。
「そうだ、美緒ちゃん。今日泊まって行ったらどうですか?ねぇ銀さん、神楽ちゃん」
新ちゃんの提案に、神楽ちゃんが「泊まるなら払うもん払え」と脅すので、ポケットに入れていた飴をあげたら「ふん、分かってんじゃねーかお嬢ちゃん」と包みを剥がして口に入れた。可愛い。
銀ちゃんは、好きにしろと言っただけだった。
「じゃあお言葉に――」
甘えてと続けようとした時、ポケットが震えた。
取り出した携帯のディスプレイに表示されているのは、『副長』の文字。
無意識に顔が引きつるのが分かった。
3人に一言断って電話に出る。
「はい、おつか――」
《おっせーぞコラァ!》
副長の怒鳴り声に、思わず耳から携帯を離してしまった。
心配して電話をかけてきてくれるのは有難いんだけど、怒鳴らんでも……
短い説教を終えた後、迎えを寄越すと言ってくれたので、場所を伝えて電話を切った。
「何今の?お前の彼氏?おっかねぇなぁ。こっちまで聞こえてきてたぞ」
銀ちゃんの呆れたような質問に、上司ですと遠くに視線をやる。
「美緒ちゃん、仕事場でいじめられてるんですか?」
「そんなんじゃないんです。心配してくれてありがとうございます」
「美緒、もう飴ないアルか?もうなくなっちゃったヨ」
ポケットに入っていた飴3つを全て神楽ちゃんに渡すと喜んでいた。
それぞれ心配や怪訝そうな、飴をもらえてほくほくな表情を浮かべる3人に頭を下げる。
「すいません。せっかく誘ってくださったのに仕事が待ってるもので、また機会があったら誘ってください。ごめんなさい」
「分かりました。気を付けて帰ってくださいね」
「じゃあな美緒。今度は酢昆布持って来いヨ」
「仕事頑張れよ。そのうちいい事あるさ」
それぞれの別れ方にお礼を言い、笑顔を浮かべて手を振った。
3人と別れた途端、さっきの賑やかさが嘘のように静まり返った。
その空気に少し寂しさを感じながら、迎えが来るのを待つ。
誰が来てくれるなんて言われていないので退だろう。
退の顔が思い浮かんだのと同時に、キスされた感触などを思い出した。
おまけに、手首にキスをしている時の退の横顔や、こちらに流された視線が妙に色っぽくて、思い出しただけでも顔に一気に熱が籠る。
頬に手を当てればやっぱりほのかに熱い。
キスしたの久しぶりだったな……
退早く来ないかなぁ。好きな人を待つのは全然苦じゃないのはどうしてだろう。
それにしても、副長との事は誤解されたままなのだろうか。それだったら悲しい。
こんなにも退の事が好きで、退以外の人とはあり得ないのに伝わっていないのだろうか。どうしたら伝わるのだろうか。
それに、副長との話もご飯の約束をしただけで、退の言うような抱き合ったりしていないし、やましい事なんて何もない。
文化センターの石階段に座って待っていると、パトカーが前に止まった。
「よォ、待たせたな」
助手席の窓を開けて、少し身を乗り出して声をかけてきた思わぬ人物に目を瞬く。
「あれ?原田隊長?」
運転席に座っていたのは、スキンヘッドが似合う強面の原田隊長だった。退と仲が良いので、その傍にいる私とも仲良くしてくれるとてもいい人だ。
思いがけない人に驚きながら、助手席に乗り込む。
「山崎は今偵察行っててな、俺が代理だ」
「そうなんですか。手間取らせちゃってすいません。ありがとうございます」
「気にすんなよ。むしろ、山崎じゃなくて悪かったな」
「何をおっしゃいますやら。原田隊長とドライブなんて滅多にないから嬉しいですよー」
「ドライブじゃないんだが……じゃあ、今度休みが重なった日にドライブでも行くか?勿論山崎も一緒に」
「ほんとですか?楽しみです。あ、私も退も車持ってないや」
そこは俺に任せろ!と頼もしさを見せてくれた原田隊長は、続けて、俺も楽しみだと笑った。
しかし、原田隊長も忙しい身だし、退ともなかなか休みが合わないのに、3人とも休みが合う日があるのかと懸念を抱く。
原田隊長と談笑していたら、あっという間に屯所についた。
お礼を言って、先に部屋に戻ろうとした背後から悍ましいオーラを感じ、肩を震わせる。
「ライブは楽しめたか?」
ゆっくり振り向くと、影を落とした副長が腕を組み仁王立ちで見下ろしている。
「は、はい……あ、ああありがとうございます……」
裏返りどもる声も仕方ない。シルエットが怖い。
「続きの書類は俺の部屋でやれ」
「な、なんでですか?」
すっと耳元に顔が近付いたかと思えば、低く艶のある声で囁かれた。
「今夜は寝かせねー」
こ、怖い……!退助けて!殺される!
そういうのはきっと、布団の中で言われたら1発で落ちるのだろうけれど、今言われてもただひたすら怖いだけです副長。
「さっさとやれ!寝れねーだろうが!」
「さ、先に寝ていいですよ。私の事はお気になさらず」
「口より手ぇ動かせ!」
こ、これ……なんて拷問ですか?