本編
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
▽ラブチョリス
お妙ちゃんから相談があると言われ、恒道館にやって来た。
テーブルを挟んだ向かいに座るお妙ちゃんは、いつになく深刻な面持ち。
「何?どうしたの?」
「美緒ちゃん……新ちゃんがね、彼女を連れて来たの……」
「えー!そうなの?ついに!おめでとう!今日赤飯じゃん!」
拍手をして祝うけれど、やっぱりお妙ちゃんの表情は浮かない。その反応に、拍手をしているのが場違いな気がしてきて叩くのをやめた。
もっと明るい雰囲気を想像していたが、お妙ちゃんはブラコンの気があるのでショックを受けているのかもしれない。
こういう時どう声をかけるのが適切なのか。
「えーっと……まっ、まァ、新ちゃんも、ほら、えっと、なんだ、あの……その……」
「私はね、新ちゃんに彼女が出来るのは反対じゃないの。道場の事もあるし……」
「うん……」
「彼女が出来たって聞いた時、ついに美緒ちゃんと結ばれたのねって嬉しくなったのよ」
「そんな日は一生来ないね」
「なのに……相手が……」
片頬に手を置いて、悩ましい息を吐き出すお妙ちゃん。
相手がなんだろう。相手が3歳とか?逆に70歳とか?もしかしてまた猫耳?
「見てもらった方が早いわね。今も彼女がいるから、ちょっとこっちに来て」
そう促されて、テレビのある部屋にやって来た。
そこには、ゲームをしている新ちゃんただ1人。
その姿を障子の影から覗き見る。
「見える?アレが新ちゃんの彼女よ……」
「……え?彼女?どこにもいないけど」
「よく見てちょうだい。手元を」
「ても……え?ゲーム……え?ドユコト?」
全く伝わって来ず疑問符を浮かべるばかりの私に、お妙ちゃんがこう言った。
「あのゲーム機が彼女なの!彼女の百々さんって紹介されたのよ!」
「…………え?ゲームキガカノジョ?」
その話に、更に混乱を極めて理解に及ばない。
「これは美緒ちゃんにも責任があると思うの」
「え?なんで?」
「美緒ちゃんがモタモタしてるから、新ちゃんがこんな事になってしまったって言っても過言じゃないと思うのよ」
「過言だね。私関係ないよね」
「新ちゃんを戻せるのはアナタしかいないのよ。絶対にゲームより生身の人間の方がいいってなるような何かあるでしょ?」
「フリが雑過ぎて何やったらいいか分かんない」
すると、笑顔で私の胸を乱暴に揉んできた。
「アナタのこの無駄にある大きな胸はこの時の為にあるんじゃないのかしら?」
「いだだだ!痛いって!ないよ!何言ってんの!新ちゃんに揉ませる胸なんか1つもないよ!」
「グダグダ言ってないでちゃっちゃと行かんかいィィィ!」
「ぎゃあああ!」
投げられて、部屋に転がりこんだ。
豪快に入室したのに、新ちゃんはこちらを見向きもしない。
何故こんなにもゲームに夢中なのか。
何が新ちゃんをこんなにも夢中にさせるのか。
そっと側に這いより、話しかけた。
「新ちゃん、何してんの?」
「あっ、美緒ちゃんいらっしゃい。来てたんですか」
「うん。お邪魔してます。何してんの?ゲーム?」
「紹介がまだでしたね。この人、僕の彼女の百々さんです」
《こんにちはー》
「あっ、どうも。こんにちは」
反射的に返したけど、初めてゲーム機に挨拶された。
《新八くんのお友達?》
「あっ、うん。そうなんだけど、全くそういう目で見てないから安心して。元カノとかでもないから」
《えー?本当かなー?》
「もう本当だよー」
猫なで声でそうゲーム機に答えた後、私の方に向き、メガネの奥にある目を鋭くさせた。
「ちょっといつまでいるんですか。あっち行ってください。百々さんが勘違いしちゃうでしょ」
初めて見る敵意剥き出しの新ちゃんに怖気付いた。
「あっ、ハイ。ごめんなさい」
そそくさと、障子の影から見ているお妙ちゃんの所に駆け寄る。
「お妙ちゃん、今のゲームって凄いんだね」
「何やってるのよ!ゲームに感心する為に行ったんじゃないでしょ!?」
「そうなんだけど、新ちゃんものっそい睨んでくるよ?新ちゃんに睨まれたの初めてなんだけど」
「もう!警察でしょ!?警察がそんな事で怯まないで!ハイもう1回!」
「えー……」
背中を押されて再び新ちゃんのもとへ。
「新ちゃん、あのね」
「え?もうなんですか?姉上と遊んでてください」
新ちゃんからの塩対応に怯みそうになるのを堪える。
「一旦ゲーム片付けてさ、私と一緒に遊びに行こうよ」
《新八くん、遊びに行くの?》
「行かないよ。遊ぶなら僕は……も、百々さんと……遊びたい、から……」
《……もう、新八くんったら……》
ゲームなのに、百々さんまで頬を赤らめて恥ずかしそうにしている。なんという事だ。
「新ちゃん聞いてる?」
「ちょっと!百々さんとの時間を邪魔しないでください!」
「ええええ……ものっそい怒るじゃん。いいから一旦ゲーム片付けて」
「百々さんにさわらないで下さい!」
「ごめんなさい!」
ちょっとゲーム機を触ろうとしたら、もの凄い剣幕で怒鳴られた。
「美緒ちゃんは姉上と遊んでてください!僕に構わないで!」
鼻を鳴らすと、こちらに背を向けてますますゲームに集中し始めた。これはもう手の打ちようがない。
「お妙ちゃん!見てた?見てた?今の態度」
お妙ちゃんの所に戻ってそう尋ねれば、頬に手を当てて細く息を吐き出した。
「美緒ちゃんでもダメなのね……」
「もう無理だよこれ。手に負えない。すっかりのめり込んじゃってるよ」
「どうしたらいいのかしら……」
「ごめんね。力になれなくて……」
「しょうがないわ。銀さんに頼みましょ」
そうして召喚された銀ちゃんと神楽ちゃん。
銀ちゃんなら男同士だからなんとかしてくれそうだ。
ちょうどテレビでそのゲーム機について取り上げられている。
巷では、『ラブチョリス』なる恋愛ゲームが大流行しているらしい。
従来の美少女ゲームとは一線を画しており、ゲーム内の時間が現実の時間とリンクし、リアルタイムで進行。
朝にゲームを立ち上げれば『おはよう』、夜は『こんばんは』をしてくれるのは序の口。
長い期間ゲームを放置すれば怒りを露わにしたり、ゲーム機からまるで電話のようにプレイヤーに呼び掛けてきたりもするらしい。
その手のかかり具合は、まさしくポケットサイズの彼女。そのあまりの出来映えゆえ、小さな恋人と片時も離れられない彼氏達が続出しているのだとか。
道理で、ゲーム機を操作しながら歩いている人が多いわけだ。このニュースを見て納得がいった。
「……へぇー。困ったもんですね。ゲームをゲームとして楽しむのはいいけれど、ゲームと現実の区別がつかなくなって生活まで侵略されちゃ、本当に彼女なんて出来なくなっちゃうよ。ね?百々さん」
そう言う新ちゃんの隣には、座椅子に立てかけられている例のゲーム機。
お前が言うなとはこの事か。
「なんか……お邪魔みたいなんで、俺はこれでお暇させてもらうわ」
立ち上がった銀ちゃんに倣い「じゃあ私も」と腰を上げる。
「じゃあな新八、彼女によろしくな」
「どこにいくんじゃい」
帰ろうとする私と銀ちゃんの髪が鷲掴まれて、帰る事が出来なかった。
「君の弟さんこそどこに行っちゃったんですかアレ。ゲームと現実の区別どころかゲームと現実の間に出来た異次元に飲み込まれちゃってますよアレ」
銀ちゃんの言う通り、こちらに目もくれずゲーム機を構っている。
「彼女を紹介したいって突然アレを持って来て。私……ゲームの事はよく分からないから、恋愛ゲームって男の人をあんなにしてしまうものなんですか」
「知らねーよ。ギャルゲーなんて俺も直接やった事ねーし」
「ギャルゲーというのはねお妙さん、たくさんの美少女達が登場しそれをおとす事を目的とするゲームですよ」
いつからいたのか、天袋から顔を出した局長。
その説明によると、疑似恋愛を楽しむゲームだが、モテない男達にとっては傷つかずに恋愛を楽しめる唯一のコンテンツだそうだ。
散々慣れ親しんだ局長でさえどハマりしてしまったらしいので、超S級のチェリーボーイでこういうゲームに免疫のない新ちゃんにとったら、その破壊力たるや言葉につくし難いものらしい。
非常にどうでもいいが、局長の彼女は鞘花ちゃん。
最近見かける度に、何かやっているなと思っていたらゲームをやっていたとは。
「そ……そんな、じゃあ新ちゃんは本当にこのままなの!このままあっちの世界から戻ってこないかもしれないの!?」
「あ゛あ゛あ゛あ゛!鞘花ちゃんんん!」
お妙ちゃんは、躊躇なく局長のゲーム機を庭に投げ飛ばした。
「接触はしてみたのか」
「ええ。スキをついてゲームを奪おうと。でも、スゴイ剣幕で怒られて……」
「最早新八くんは、完全にゲームを恋人と思い込むまでに精神の奥深くまでに侵食されている。下手に接触すれば拒絶されるどころかその精神まで壊しかねませんよ。彼と接触するにはまず彼と同じ次元に飛び込まなければいけない」
局長は「お妙さんここは俺に任せてください」と、銀ちゃんを連れて出て行った。
残された私達は、未だにゲーム機に話しかけている新ちゃんを一瞥した後、顔を見合わせる。
「あのゴリラは本当に新八を戻してくれるアルか?」
「分かんないけど、局長に任せるしかないよ」
「そうね……ゲームを恋人って、どうしたらそこまで思えるのかしら」
「新八はずっとアイドルオタクでやっていくと思ってたネ。まさか二次元に行くとは……」
「アレはハマるの分かる気がする。ゲームなのにちゃんと会話が出来るんだよ。そんで恥ずかしそうにしたりするの。凄くない?」
「会話が出来る?何言ってるアルか。とうとう美緒までおかしくなったアルか」
「会話が出来ても所詮ゲームでしょ?実際に現れるわけでもないのに。そんなものが出来たところで何になるの?道場を継いでくれるの?お金を稼いでくれるの?」
「そうアル。所詮奴らは二次元の海を泳いでるだけアル。一生陸には辿り着けないネ」
「ホントよね。理解に苦しむわ」
「だよネー。男はいつまで経っても子供だよネー」
「早く目が覚めてくれるといいけど……」
この件は、局長と銀ちゃんに任せる事にして解散となった。
「っていう事があったの。退はそういう経験ある?」
夕飯を食べながら、テーブルを挟んだ向かいにいる退に新ちゃんの様子を報告する。
「いや、ないよ。そんなゲームを彼女と思い込むなんて相当ヤバイだろ。同じ男の俺でも理解に苦しむわ」
「同じ男でも理解出来ない事あるのか」
「そりゃあるでしょ。男をなんだと思ってんの」
「退はやってみたい?ラブチョリス」
「全然。美緒ちゃんで手いっぱいで他の子構ってる暇ない。仕事も忙しいし」
「えっ、嬉しい。私も。私も退がいてくれたらそれでいい」
「美緒ちゃん、そういう事言う時は場所選ぼうか。すっげー睨まれてるから……」
聞こえていたのか、近くでご飯を食べている隊士達から、人でも殺せるんじゃないかという程鋭い視線が向けられている。
「イチャイチャはよそでやれよ!」
「俺ら独り身に対する嫌がらせかコノヤロー!」
「いやァすいませんねー、聞こえてましたか。うへへへへ」
「内田がすっげーうぜー」
「なんだあの笑い方、きっしょ」
「マジで殴りてェ……」
ギリギリと奥歯を噛み締めているような悔しさが滲んでいる隊士達をそのままに、平然とご飯を食べる。
「ていうか、そんなにすごいのそのゲーム」
「すごいよ画期的。私挨拶されちゃった。こんにちはーって」
「へー」
「そんでね、ほっぺ赤くして恥ずかしがるんだよ。凄くない?」
「へー」
「興味薄っ!自分から聞いてきたのに」
「薄いっていうかないね。めんどくさそう」
「私はちょっと興味あるんだよね。他にどんな事話せるんだろうみたいな」
「え?話し相手がほしいの?こんなに人いるのにまだたりないの?」
「いやいやそういう事じゃなくて機能的な話。どこまで話について来れるのかなって、興味。好奇心」
話し相手は充分事足りているし、なんなら多いくらいだ。
「美緒ちゃんはやんない方がいいかもね。君はハマりそうなタイプ」
「えー、そうかなー?」
「うん。ハマるっていうか意地になりそう。君負けず嫌いな所あるから」
「なるほど」
私より私の事を知っている。さすが伊達に一緒にいない。
辺りを見回せば、チラホラとゲーム機片手に食事をしている隊士が見受けられる。
「そういえば、沖田隊長がしてるとこも見たな」
「え!?沖田ってそういうのするの?イメージないなァ……」
「もしかしたら違うゲームかもしんねーけどな」
「沖田がギャルゲーか……絶対ドMキャラ選ぶよね」
「初期設定でドMなキャラなんていんのかな」
「いないの?」
「俺もあんまやった事ないけど、俺がやってたのにはいなかったな」
「そうなんだ。ドMは割とマイナーなのかな」
「マイナーってより年齢制限の問題でしょ」
「あっ、そっちか」
翌日、恒道館にやって来て、神楽ちゃんから話を聞くところによると――
「え!?銀ちゃんもあのゲーム始めたの?」
「そうネ。1人でシコシコしてるアル」
「マジか……同じ次元ってそういう事か」
「でも私には分からないネ。本当に一緒にゲームをしただけで新八を戻せるアルか?万事屋にいても2人でずっとゲームやってるけど、互いに全然話さないアル」
「まだ昨日の今日だし、銀さんも頑張ってくれてるみたいだから信じるしかないわよ」
「私は心配ネ。銀ちゃんが新八みたいになったらどうしようって。そんな現実とゲームの区別もつかないような男に挟まれてるのイヤヨ。そんな万事屋イヤヨ」
「銀ちゃんがゲームにハマってる姿とか想像つかないけどなー」
「銀さんもああ見えていい大人なんだから、そこら辺の区別はついてるんじゃない?ついてるわよね?」
「え?私?」
お妙ちゃんの顔がこっちに向いて驚いた。
「いや、私に聞かれても困るけど、さすがについてるんじゃない?万事屋営むくらいなんだから」
「でも銀ちゃん、心はずっと少年の人だから。毎週ジャンプ読んでるし、お金絡まないとやる気出さないし、家賃も給料も払わないし、甘党だし寂しがり屋だからゲームにもハマりそうネ」
「……家賃からは関係ないんじゃない?」
「銀さんの心配はそこまでにして、万が一の為にこちらでも対策考えとくべきよね」
その発言に頬が引き攣る。
「何か策はあるアルか?」
「私仕事だから帰るね」
「待たんかい!」
肩を掴まれて、立ち上がる事が出来なかった。
「帰るのはまだ早いわよ」
笑顔が怖い。
「あの、私、仕事がね、ありますので」
「そんな事はどうでもいいのよ。銀さん達が失敗した時の事も考えないといけないんだから」
「どうでもよくないよ!」
「姉御、私も手伝うぜ!」
「あら、神楽ちゃんありがとう。美緒ちゃんも腹を括りなさい。いつまでもごねてないで」
「でも結婚とか無理だよ。私には心に決めた人がいるから」
「やっぱりここは美緒ちゃんが新ちゃんを誘惑するくらいしかないと思うの」
「ねえ!人の話聞いてる?」
「美緒は新八がずっとあんなんでいいと思ってるアルか!?」
「そうは思ってないけど……」
もう協力するしか選択肢はない。
「あんまりなんか変なっていうか、過激な事はやらないからね」
「そこら辺は大丈夫よ。やっぱりゲームより人間の方がいいなって思わせるだけだもの」
「美緒頑張れヨ!私も応援してるアル!」
もう苦笑いしか出来ない。
◇◇
今日は、あのラブチョリスの大会らしい。
あのゲームに大会があるのが驚きだ。
一体どんな審査があって、どんな基準で優勝が決まるのか見当がつかない。
それには銀ちゃんも出場しているようだ。
「んーっ!おいしい!美緒おかわり!」
「料理の腕はまあまあね」
お妙ちゃんに、「生身の人間でしか味わえない彼女の手料理を出して、新ちゃんの胃袋を掴むのよ!」と言われ、志村家の台所を借りて料理を作っているのだが、新ちゃんに出す前に完食されそうな勢いだ。
料理に関しては、お妙ちゃんにまあまあねとか言われたくないんだけど。
「あの……コレ新ちゃんに出すやつだよね?なんで2人が食べてんの?」
差し出された茶碗にご飯をよそって神楽ちゃんに返す。
「このコロッケも最高ネ!」
「美緒ちゃん、次は肉豆腐を作りなさい」
「肉豆腐……」
「私きんぴらごぼう食べたいネ」
「きんぴら……」
「あっ、でも茶碗蒸しも捨て難いアルなー。どうしよっかなー」
「神楽ちゃん、さば味噌はどう?」
「あっ、それもいいアルな!」
「あの……これ、新ちゃんの為だよね?」
趣旨とズレまくっていて、もはやただの食事会。
そうは言うものの、2人ともおいしそうに食べてくれるから作りがいがある。
やっぱり料理を作るのは楽しい。
「美緒ちゃん!帰って来たわよ!急いで!」
追加でリクエストされたものを作ろうと台所に行った時、お妙ちゃんに玄関まで引っ張られた。
「あっ、姉御。新八が――」
「美緒ちゃん、今こそアナタの力を見せる時よ!」
「え!?何なに!?なんも聞いてないけど!?」
「姉上、今までご心ぱ……えっ、ええええ!?」
「どうりゃあああ!」
「ぎゃああああ!」
「姉御ォォォ!」
お妙ちゃんに力任せに投げられ、新ちゃんと衝突した。私の額が新ちゃんの額に当たり、そのまま私は新ちゃんを軸に回転し背中から落ち、新ちゃんも踏ん張れずにひっくり返った。
「いっ……たぁー……」
「あら?投げ方間違えたかしら。ToL〇VEる的なシチュエーションを想像したのに……」
「あっ、あの……姉上……これは一体なんの嫌がらせですか。美緒ちゃんまで巻き込んで……」
「そんな展開になってたらお妙ちゃんの事恨んでたよ。私の体は退だけのものなんだから……他の男には触らせたくもない」
「美緒大丈夫か?おでこすっごい腫れてるヨ。タンコブ出来てるアル」
心配している様子もなく、笑いながら楽しそうに額を指先でつついている神楽ちゃんの指を掴んで止めさせる。額がじんじんと痛んでいて、血が出ていないのが不思議なくらいだ。
「新ちゃん大丈夫……?」
ふらふらになりながら上半身を起こして、後ろにいる新ちゃんに問いかければ「まァ、なんとか……」と弱々しい声音が返ってきた。
「姉御、美緒、新八元に戻ってるネ!銀ちゃん成功したみたいアル!」
「ホント?良かったわー!さっすが銀さんね。さっ!美緒ちゃんのご飯の続きを食べましょ」
「わーい!」
「私が投げられた意味……」
お妙ちゃんのところに駆け寄っていく神楽ちゃんを見て、再び地面に寝転がる。目の前に広がる綺麗な夕暮れの空。
「美緒ちゃん、あの、すいません、姉上が色々と……」
「ううん。気にしないで。新ちゃんが元に戻ってくれて良かったよ。おでこ痛いけど……」
「すいません。色々心配かけてしまって。これからは気を付けますね」
「はははっ。何事も適度にやるのが1番だよね」
体を起こすと、自然と向かい合って座る形になった。互いの真っ赤に腫れた額を見て笑い合う。
お妙ちゃんから相談があると言われ、恒道館にやって来た。
テーブルを挟んだ向かいに座るお妙ちゃんは、いつになく深刻な面持ち。
「何?どうしたの?」
「美緒ちゃん……新ちゃんがね、彼女を連れて来たの……」
「えー!そうなの?ついに!おめでとう!今日赤飯じゃん!」
拍手をして祝うけれど、やっぱりお妙ちゃんの表情は浮かない。その反応に、拍手をしているのが場違いな気がしてきて叩くのをやめた。
もっと明るい雰囲気を想像していたが、お妙ちゃんはブラコンの気があるのでショックを受けているのかもしれない。
こういう時どう声をかけるのが適切なのか。
「えーっと……まっ、まァ、新ちゃんも、ほら、えっと、なんだ、あの……その……」
「私はね、新ちゃんに彼女が出来るのは反対じゃないの。道場の事もあるし……」
「うん……」
「彼女が出来たって聞いた時、ついに美緒ちゃんと結ばれたのねって嬉しくなったのよ」
「そんな日は一生来ないね」
「なのに……相手が……」
片頬に手を置いて、悩ましい息を吐き出すお妙ちゃん。
相手がなんだろう。相手が3歳とか?逆に70歳とか?もしかしてまた猫耳?
「見てもらった方が早いわね。今も彼女がいるから、ちょっとこっちに来て」
そう促されて、テレビのある部屋にやって来た。
そこには、ゲームをしている新ちゃんただ1人。
その姿を障子の影から覗き見る。
「見える?アレが新ちゃんの彼女よ……」
「……え?彼女?どこにもいないけど」
「よく見てちょうだい。手元を」
「ても……え?ゲーム……え?ドユコト?」
全く伝わって来ず疑問符を浮かべるばかりの私に、お妙ちゃんがこう言った。
「あのゲーム機が彼女なの!彼女の百々さんって紹介されたのよ!」
「…………え?ゲームキガカノジョ?」
その話に、更に混乱を極めて理解に及ばない。
「これは美緒ちゃんにも責任があると思うの」
「え?なんで?」
「美緒ちゃんがモタモタしてるから、新ちゃんがこんな事になってしまったって言っても過言じゃないと思うのよ」
「過言だね。私関係ないよね」
「新ちゃんを戻せるのはアナタしかいないのよ。絶対にゲームより生身の人間の方がいいってなるような何かあるでしょ?」
「フリが雑過ぎて何やったらいいか分かんない」
すると、笑顔で私の胸を乱暴に揉んできた。
「アナタのこの無駄にある大きな胸はこの時の為にあるんじゃないのかしら?」
「いだだだ!痛いって!ないよ!何言ってんの!新ちゃんに揉ませる胸なんか1つもないよ!」
「グダグダ言ってないでちゃっちゃと行かんかいィィィ!」
「ぎゃあああ!」
投げられて、部屋に転がりこんだ。
豪快に入室したのに、新ちゃんはこちらを見向きもしない。
何故こんなにもゲームに夢中なのか。
何が新ちゃんをこんなにも夢中にさせるのか。
そっと側に這いより、話しかけた。
「新ちゃん、何してんの?」
「あっ、美緒ちゃんいらっしゃい。来てたんですか」
「うん。お邪魔してます。何してんの?ゲーム?」
「紹介がまだでしたね。この人、僕の彼女の百々さんです」
《こんにちはー》
「あっ、どうも。こんにちは」
反射的に返したけど、初めてゲーム機に挨拶された。
《新八くんのお友達?》
「あっ、うん。そうなんだけど、全くそういう目で見てないから安心して。元カノとかでもないから」
《えー?本当かなー?》
「もう本当だよー」
猫なで声でそうゲーム機に答えた後、私の方に向き、メガネの奥にある目を鋭くさせた。
「ちょっといつまでいるんですか。あっち行ってください。百々さんが勘違いしちゃうでしょ」
初めて見る敵意剥き出しの新ちゃんに怖気付いた。
「あっ、ハイ。ごめんなさい」
そそくさと、障子の影から見ているお妙ちゃんの所に駆け寄る。
「お妙ちゃん、今のゲームって凄いんだね」
「何やってるのよ!ゲームに感心する為に行ったんじゃないでしょ!?」
「そうなんだけど、新ちゃんものっそい睨んでくるよ?新ちゃんに睨まれたの初めてなんだけど」
「もう!警察でしょ!?警察がそんな事で怯まないで!ハイもう1回!」
「えー……」
背中を押されて再び新ちゃんのもとへ。
「新ちゃん、あのね」
「え?もうなんですか?姉上と遊んでてください」
新ちゃんからの塩対応に怯みそうになるのを堪える。
「一旦ゲーム片付けてさ、私と一緒に遊びに行こうよ」
《新八くん、遊びに行くの?》
「行かないよ。遊ぶなら僕は……も、百々さんと……遊びたい、から……」
《……もう、新八くんったら……》
ゲームなのに、百々さんまで頬を赤らめて恥ずかしそうにしている。なんという事だ。
「新ちゃん聞いてる?」
「ちょっと!百々さんとの時間を邪魔しないでください!」
「ええええ……ものっそい怒るじゃん。いいから一旦ゲーム片付けて」
「百々さんにさわらないで下さい!」
「ごめんなさい!」
ちょっとゲーム機を触ろうとしたら、もの凄い剣幕で怒鳴られた。
「美緒ちゃんは姉上と遊んでてください!僕に構わないで!」
鼻を鳴らすと、こちらに背を向けてますますゲームに集中し始めた。これはもう手の打ちようがない。
「お妙ちゃん!見てた?見てた?今の態度」
お妙ちゃんの所に戻ってそう尋ねれば、頬に手を当てて細く息を吐き出した。
「美緒ちゃんでもダメなのね……」
「もう無理だよこれ。手に負えない。すっかりのめり込んじゃってるよ」
「どうしたらいいのかしら……」
「ごめんね。力になれなくて……」
「しょうがないわ。銀さんに頼みましょ」
そうして召喚された銀ちゃんと神楽ちゃん。
銀ちゃんなら男同士だからなんとかしてくれそうだ。
ちょうどテレビでそのゲーム機について取り上げられている。
巷では、『ラブチョリス』なる恋愛ゲームが大流行しているらしい。
従来の美少女ゲームとは一線を画しており、ゲーム内の時間が現実の時間とリンクし、リアルタイムで進行。
朝にゲームを立ち上げれば『おはよう』、夜は『こんばんは』をしてくれるのは序の口。
長い期間ゲームを放置すれば怒りを露わにしたり、ゲーム機からまるで電話のようにプレイヤーに呼び掛けてきたりもするらしい。
その手のかかり具合は、まさしくポケットサイズの彼女。そのあまりの出来映えゆえ、小さな恋人と片時も離れられない彼氏達が続出しているのだとか。
道理で、ゲーム機を操作しながら歩いている人が多いわけだ。このニュースを見て納得がいった。
「……へぇー。困ったもんですね。ゲームをゲームとして楽しむのはいいけれど、ゲームと現実の区別がつかなくなって生活まで侵略されちゃ、本当に彼女なんて出来なくなっちゃうよ。ね?百々さん」
そう言う新ちゃんの隣には、座椅子に立てかけられている例のゲーム機。
お前が言うなとはこの事か。
「なんか……お邪魔みたいなんで、俺はこれでお暇させてもらうわ」
立ち上がった銀ちゃんに倣い「じゃあ私も」と腰を上げる。
「じゃあな新八、彼女によろしくな」
「どこにいくんじゃい」
帰ろうとする私と銀ちゃんの髪が鷲掴まれて、帰る事が出来なかった。
「君の弟さんこそどこに行っちゃったんですかアレ。ゲームと現実の区別どころかゲームと現実の間に出来た異次元に飲み込まれちゃってますよアレ」
銀ちゃんの言う通り、こちらに目もくれずゲーム機を構っている。
「彼女を紹介したいって突然アレを持って来て。私……ゲームの事はよく分からないから、恋愛ゲームって男の人をあんなにしてしまうものなんですか」
「知らねーよ。ギャルゲーなんて俺も直接やった事ねーし」
「ギャルゲーというのはねお妙さん、たくさんの美少女達が登場しそれをおとす事を目的とするゲームですよ」
いつからいたのか、天袋から顔を出した局長。
その説明によると、疑似恋愛を楽しむゲームだが、モテない男達にとっては傷つかずに恋愛を楽しめる唯一のコンテンツだそうだ。
散々慣れ親しんだ局長でさえどハマりしてしまったらしいので、超S級のチェリーボーイでこういうゲームに免疫のない新ちゃんにとったら、その破壊力たるや言葉につくし難いものらしい。
非常にどうでもいいが、局長の彼女は鞘花ちゃん。
最近見かける度に、何かやっているなと思っていたらゲームをやっていたとは。
「そ……そんな、じゃあ新ちゃんは本当にこのままなの!このままあっちの世界から戻ってこないかもしれないの!?」
「あ゛あ゛あ゛あ゛!鞘花ちゃんんん!」
お妙ちゃんは、躊躇なく局長のゲーム機を庭に投げ飛ばした。
「接触はしてみたのか」
「ええ。スキをついてゲームを奪おうと。でも、スゴイ剣幕で怒られて……」
「最早新八くんは、完全にゲームを恋人と思い込むまでに精神の奥深くまでに侵食されている。下手に接触すれば拒絶されるどころかその精神まで壊しかねませんよ。彼と接触するにはまず彼と同じ次元に飛び込まなければいけない」
局長は「お妙さんここは俺に任せてください」と、銀ちゃんを連れて出て行った。
残された私達は、未だにゲーム機に話しかけている新ちゃんを一瞥した後、顔を見合わせる。
「あのゴリラは本当に新八を戻してくれるアルか?」
「分かんないけど、局長に任せるしかないよ」
「そうね……ゲームを恋人って、どうしたらそこまで思えるのかしら」
「新八はずっとアイドルオタクでやっていくと思ってたネ。まさか二次元に行くとは……」
「アレはハマるの分かる気がする。ゲームなのにちゃんと会話が出来るんだよ。そんで恥ずかしそうにしたりするの。凄くない?」
「会話が出来る?何言ってるアルか。とうとう美緒までおかしくなったアルか」
「会話が出来ても所詮ゲームでしょ?実際に現れるわけでもないのに。そんなものが出来たところで何になるの?道場を継いでくれるの?お金を稼いでくれるの?」
「そうアル。所詮奴らは二次元の海を泳いでるだけアル。一生陸には辿り着けないネ」
「ホントよね。理解に苦しむわ」
「だよネー。男はいつまで経っても子供だよネー」
「早く目が覚めてくれるといいけど……」
この件は、局長と銀ちゃんに任せる事にして解散となった。
「っていう事があったの。退はそういう経験ある?」
夕飯を食べながら、テーブルを挟んだ向かいにいる退に新ちゃんの様子を報告する。
「いや、ないよ。そんなゲームを彼女と思い込むなんて相当ヤバイだろ。同じ男の俺でも理解に苦しむわ」
「同じ男でも理解出来ない事あるのか」
「そりゃあるでしょ。男をなんだと思ってんの」
「退はやってみたい?ラブチョリス」
「全然。美緒ちゃんで手いっぱいで他の子構ってる暇ない。仕事も忙しいし」
「えっ、嬉しい。私も。私も退がいてくれたらそれでいい」
「美緒ちゃん、そういう事言う時は場所選ぼうか。すっげー睨まれてるから……」
聞こえていたのか、近くでご飯を食べている隊士達から、人でも殺せるんじゃないかという程鋭い視線が向けられている。
「イチャイチャはよそでやれよ!」
「俺ら独り身に対する嫌がらせかコノヤロー!」
「いやァすいませんねー、聞こえてましたか。うへへへへ」
「内田がすっげーうぜー」
「なんだあの笑い方、きっしょ」
「マジで殴りてェ……」
ギリギリと奥歯を噛み締めているような悔しさが滲んでいる隊士達をそのままに、平然とご飯を食べる。
「ていうか、そんなにすごいのそのゲーム」
「すごいよ画期的。私挨拶されちゃった。こんにちはーって」
「へー」
「そんでね、ほっぺ赤くして恥ずかしがるんだよ。凄くない?」
「へー」
「興味薄っ!自分から聞いてきたのに」
「薄いっていうかないね。めんどくさそう」
「私はちょっと興味あるんだよね。他にどんな事話せるんだろうみたいな」
「え?話し相手がほしいの?こんなに人いるのにまだたりないの?」
「いやいやそういう事じゃなくて機能的な話。どこまで話について来れるのかなって、興味。好奇心」
話し相手は充分事足りているし、なんなら多いくらいだ。
「美緒ちゃんはやんない方がいいかもね。君はハマりそうなタイプ」
「えー、そうかなー?」
「うん。ハマるっていうか意地になりそう。君負けず嫌いな所あるから」
「なるほど」
私より私の事を知っている。さすが伊達に一緒にいない。
辺りを見回せば、チラホラとゲーム機片手に食事をしている隊士が見受けられる。
「そういえば、沖田隊長がしてるとこも見たな」
「え!?沖田ってそういうのするの?イメージないなァ……」
「もしかしたら違うゲームかもしんねーけどな」
「沖田がギャルゲーか……絶対ドMキャラ選ぶよね」
「初期設定でドMなキャラなんていんのかな」
「いないの?」
「俺もあんまやった事ないけど、俺がやってたのにはいなかったな」
「そうなんだ。ドMは割とマイナーなのかな」
「マイナーってより年齢制限の問題でしょ」
「あっ、そっちか」
翌日、恒道館にやって来て、神楽ちゃんから話を聞くところによると――
「え!?銀ちゃんもあのゲーム始めたの?」
「そうネ。1人でシコシコしてるアル」
「マジか……同じ次元ってそういう事か」
「でも私には分からないネ。本当に一緒にゲームをしただけで新八を戻せるアルか?万事屋にいても2人でずっとゲームやってるけど、互いに全然話さないアル」
「まだ昨日の今日だし、銀さんも頑張ってくれてるみたいだから信じるしかないわよ」
「私は心配ネ。銀ちゃんが新八みたいになったらどうしようって。そんな現実とゲームの区別もつかないような男に挟まれてるのイヤヨ。そんな万事屋イヤヨ」
「銀ちゃんがゲームにハマってる姿とか想像つかないけどなー」
「銀さんもああ見えていい大人なんだから、そこら辺の区別はついてるんじゃない?ついてるわよね?」
「え?私?」
お妙ちゃんの顔がこっちに向いて驚いた。
「いや、私に聞かれても困るけど、さすがについてるんじゃない?万事屋営むくらいなんだから」
「でも銀ちゃん、心はずっと少年の人だから。毎週ジャンプ読んでるし、お金絡まないとやる気出さないし、家賃も給料も払わないし、甘党だし寂しがり屋だからゲームにもハマりそうネ」
「……家賃からは関係ないんじゃない?」
「銀さんの心配はそこまでにして、万が一の為にこちらでも対策考えとくべきよね」
その発言に頬が引き攣る。
「何か策はあるアルか?」
「私仕事だから帰るね」
「待たんかい!」
肩を掴まれて、立ち上がる事が出来なかった。
「帰るのはまだ早いわよ」
笑顔が怖い。
「あの、私、仕事がね、ありますので」
「そんな事はどうでもいいのよ。銀さん達が失敗した時の事も考えないといけないんだから」
「どうでもよくないよ!」
「姉御、私も手伝うぜ!」
「あら、神楽ちゃんありがとう。美緒ちゃんも腹を括りなさい。いつまでもごねてないで」
「でも結婚とか無理だよ。私には心に決めた人がいるから」
「やっぱりここは美緒ちゃんが新ちゃんを誘惑するくらいしかないと思うの」
「ねえ!人の話聞いてる?」
「美緒は新八がずっとあんなんでいいと思ってるアルか!?」
「そうは思ってないけど……」
もう協力するしか選択肢はない。
「あんまりなんか変なっていうか、過激な事はやらないからね」
「そこら辺は大丈夫よ。やっぱりゲームより人間の方がいいなって思わせるだけだもの」
「美緒頑張れヨ!私も応援してるアル!」
もう苦笑いしか出来ない。
◇◇
今日は、あのラブチョリスの大会らしい。
あのゲームに大会があるのが驚きだ。
一体どんな審査があって、どんな基準で優勝が決まるのか見当がつかない。
それには銀ちゃんも出場しているようだ。
「んーっ!おいしい!美緒おかわり!」
「料理の腕はまあまあね」
お妙ちゃんに、「生身の人間でしか味わえない彼女の手料理を出して、新ちゃんの胃袋を掴むのよ!」と言われ、志村家の台所を借りて料理を作っているのだが、新ちゃんに出す前に完食されそうな勢いだ。
料理に関しては、お妙ちゃんにまあまあねとか言われたくないんだけど。
「あの……コレ新ちゃんに出すやつだよね?なんで2人が食べてんの?」
差し出された茶碗にご飯をよそって神楽ちゃんに返す。
「このコロッケも最高ネ!」
「美緒ちゃん、次は肉豆腐を作りなさい」
「肉豆腐……」
「私きんぴらごぼう食べたいネ」
「きんぴら……」
「あっ、でも茶碗蒸しも捨て難いアルなー。どうしよっかなー」
「神楽ちゃん、さば味噌はどう?」
「あっ、それもいいアルな!」
「あの……これ、新ちゃんの為だよね?」
趣旨とズレまくっていて、もはやただの食事会。
そうは言うものの、2人ともおいしそうに食べてくれるから作りがいがある。
やっぱり料理を作るのは楽しい。
「美緒ちゃん!帰って来たわよ!急いで!」
追加でリクエストされたものを作ろうと台所に行った時、お妙ちゃんに玄関まで引っ張られた。
「あっ、姉御。新八が――」
「美緒ちゃん、今こそアナタの力を見せる時よ!」
「え!?何なに!?なんも聞いてないけど!?」
「姉上、今までご心ぱ……えっ、ええええ!?」
「どうりゃあああ!」
「ぎゃああああ!」
「姉御ォォォ!」
お妙ちゃんに力任せに投げられ、新ちゃんと衝突した。私の額が新ちゃんの額に当たり、そのまま私は新ちゃんを軸に回転し背中から落ち、新ちゃんも踏ん張れずにひっくり返った。
「いっ……たぁー……」
「あら?投げ方間違えたかしら。ToL〇VEる的なシチュエーションを想像したのに……」
「あっ、あの……姉上……これは一体なんの嫌がらせですか。美緒ちゃんまで巻き込んで……」
「そんな展開になってたらお妙ちゃんの事恨んでたよ。私の体は退だけのものなんだから……他の男には触らせたくもない」
「美緒大丈夫か?おでこすっごい腫れてるヨ。タンコブ出来てるアル」
心配している様子もなく、笑いながら楽しそうに額を指先でつついている神楽ちゃんの指を掴んで止めさせる。額がじんじんと痛んでいて、血が出ていないのが不思議なくらいだ。
「新ちゃん大丈夫……?」
ふらふらになりながら上半身を起こして、後ろにいる新ちゃんに問いかければ「まァ、なんとか……」と弱々しい声音が返ってきた。
「姉御、美緒、新八元に戻ってるネ!銀ちゃん成功したみたいアル!」
「ホント?良かったわー!さっすが銀さんね。さっ!美緒ちゃんのご飯の続きを食べましょ」
「わーい!」
「私が投げられた意味……」
お妙ちゃんのところに駆け寄っていく神楽ちゃんを見て、再び地面に寝転がる。目の前に広がる綺麗な夕暮れの空。
「美緒ちゃん、あの、すいません、姉上が色々と……」
「ううん。気にしないで。新ちゃんが元に戻ってくれて良かったよ。おでこ痛いけど……」
「すいません。色々心配かけてしまって。これからは気を付けますね」
「はははっ。何事も適度にやるのが1番だよね」
体を起こすと、自然と向かい合って座る形になった。互いの真っ赤に腫れた額を見て笑い合う。