本編
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
▽殴られ屋
「ん?アレなんの騒ぎアルか。ちょっと見てこーヨ」
神楽ちゃんと一緒に夜ご飯を食べた帰り道、遭遇したのは家康像の前に出来ている人だかり。
神楽ちゃんに手を引かれて、そこに近付いた。
ギャラリーからは、「いいぞーもっとやれー!」などと声があがっている。同時に響いている鈍い音。
事によっては、この人だかりを散らさなければならない。
「すみません、なんの騒ぎですか?」
近くにいた人に聞けば「殴られ屋だって」と言われ、首を傾げる。
詳細を求めようとした矢先、男の声が響いた。
「ハイー!寄ってらっしゃい見てらっしゃい!1分間殴りたい放題、人間サンドバッグ、殴られ屋岩松とは俺の事でい!」
マジで殴られ屋だった。
「日頃たまった鬱憤をその拳で晴らしてみませんか!見事この私をKOしたら、料金をチャラにした上豪華賞品もらえちゃいますよ」
「美緒、豪華賞品もらえるって。やってみるアル」
「やりたいけど、私一応警察だし一般市民を殴るのはちょっと」
「今制服じゃないから分からないアルヨ」
確かに、今日は休みで神楽ちゃんと遊んでいた為制服ではないが、そういう問題じゃない気がする。
そんな私をよそに、神楽ちゃんが手をあげた。
「ハイハイ。私達やりたい」
「え?ちょっ、神楽ちゃん、私はやらないよ」
神楽ちゃんに引っ張られて、前に躍り出た。
そこには、グローブをはめた男が立っている。
「お嬢さん達がやるのかい。よーし、君達なら素手でいいよ。遠慮せずに思っきりブン殴ってきなよ。どっちからやる?」
「美緒からやるヨロシ」
「えっ私!?」
背中を押された反動で、数歩足が前に出た。
「今こそお前の右ストレート見せつける時アルヨ!」
ただの見せ物のようだし、大事にはならないだろう。
「よろしくお願いしまーす」
「ハイ、よろしく。1分間おじさんの事殴り放題だからね」
拳を構える私と違い、おじさんは構えもしない。
余裕の態度を見せるおじさん目掛けて、渾身の力で拳を叩き付けた。1分どころか、1発で地面に伏したおじさん。
「え……ウソ……マジか……や、やったー!1発KO!」
「やったー!豪華賞品ゲットアルー!」
神楽ちゃんと両手を繋いでクルクル回る。
喜びを2人で分かち合っていると、視界の隅でゆっくり起き上がったおじさん。
神楽ちゃんと回るのをやめておじさんを見れば、足元がふらふらしていて立っているのがやっとのようだ。
「よ、よーし。なかなかいいパンチだった……次、そっちのお嬢さんの番だな」
ふらふらしているのに、まだやろうとしているおじさん。神楽ちゃんと顔を見合わせてから、再びおじさんの方に向き直った。
「オッさん、まだやるアルか」
「私が言うのもなんだけど、もうやめといた方がいいんじゃない?この子、私以上に強いよ」
「さっきのはちょっと油断しただけだからね。大丈夫だから。遠慮せずにかかって来なさい」
そして、神楽ちゃんはお言葉に甘えて、遠慮なくおじさんを殴り倒した。それは、家康像まで巻き込んでしまう程。その威力に怯え、ギャラリーは脱兎のごとく逃げていった。
「やったー。1発KOアルー」
「やったねー。2人とも豪華賞品ゲットー」
再び、神楽ちゃんと両手を繋いでクルクル回る。
神楽ちゃんの遠慮ない拳を受けて、ボロボロになったにも関わらず、おじさんは、約束だからと肉まんを奢ってくれた。
「いっただきまーす」
神楽ちゃんとおじさんと3人並んで公園のベンチに座り、声を揃えて挨拶し肉まんを頬張る。
「んーオイシっ」
「おいしいねー」
「そっ……そう。よく味わって食べてね」
おじさんは、声すら弱々しくすっかり満身創痍だ。
「美緒、あのパンチ凄い良かったアルヨ。ちゃんと脇もしめれてたし、私が教えた事ちゃんと守れてるアル」
「ホントに?良かったー。神楽ちゃんに褒めてもらえるの嬉しいな。じゃあこの肉まんも神楽ちゃんのおかげだね。ありがとう」
「フッフッフッ。もっと感謝するアル」
「あっ……あの、お嬢さん達どっかで北斗〇拳とか習ってた?」
おじさんが、恐る恐る会話に割って入ってきた。
「お……おじさんビックリしちゃったよー。おじさん程ではないにせよ、こんなに強い子がいたなんて。あ……あの、かぶき町って、まだまだ強い人がいるの」
「この町に神楽ちゃん以上に強い人いないよね」
「ウン。私がかぶき町の女王アル。そんでこっちが弟子」
神楽ちゃんに紹介されて「弟子です」と手を挙げる。
おじさんは、どことなく安心したような表情を見せた。
「オッさん、かぶき町は初めてアルか」
「え?まァ、ウン。商売しようと田舎からやってきたんだけど、都会は勝手が分からなくて」
「私が案内してあげよっか?肉まん奢ってくれたお礼に、いいショバ紹介してやってもいいアルヨ」
「えっ!?ホントに」
「かぶき町の事なら私に聞くヨロシ。要はオッさんに殴りかかってくるような、鬱憤たまった奴らがいる所がいいんだよネ」
「……ウン、それでいて、出来ればあんまり強くない人がいる所がいいね」
そう言うおじさんに、哀れみの目を向ける。
「そうだよね。肉まんとは言え、奢ってばかりいたら商売にならないからね。弱い部類の私にさえKOされるくらいだから、そこまで強くないっぽいし」
「いや、そういう事じゃなくて、今日はたまたま調子が良くなかっただけだから。それに、ホラ、いくらおじさんでも手加減出来なくなるから、ケガさせちゃうかもしれないから」
必死に言い訳じみた言葉を並べるおじさんは、私のじとりとした視線を受けると、気まずそうに顔を逸らした。
肉まんを食べ終えて、やって来たのはスナックお登勢。
「客もあんまり裕福じゃない。店にグチこぼしに来てるような連中が多いアル」
「なるほど!それは鬱憤が溜まっている客が多そうだ!流石はかぶき町の女王!」
「酔っ払いだと、殴られてもダメージ少ないからいいかもね。流石かぶき町の女王」
「え、何?さっきから何?お弟子さん、俺になんか恨みでもあんの?肉まん奢ってあげたのに、さっきから言葉にトゲあるよね?」
じとりと睨まれ驚いてしまう。
「え?何が?肉まん奢ってくれた人恨むワケないじゃん」
「いや、でもさ」
「そうアル。美緒は、バカだから言葉の選び方が下手なだけネ。語彙力がないからしょうがないアル。だから許してやってほしいネ」
そう言ってくれたけれど、フォローされてるのだか、されてないのだかよく分からない。
「おじさんがこれ以上ダメージ受けるの可哀想だなーって思って言いました」
「そうなんだ。ビックリしたよ。心配してくれてありがとう。でもおじさんは大丈夫だから」
「仲直りした所で、ちょっと直接呼びこみかけてみるアルか」
仲直りする程仲良しだったかなと疑問に思ったが、そこにはあえて触れない事にした。
またおじさんの気に触れでもしたらめんどくさい。
その時、扉が倒れてきた。
その上に寝ているのは、銀ちゃんと長谷川さん。
いや、寝ているのとは違う。
「金もねェくせしてよくものこのこ飲みに来やがったな!」
「イツモイツモタダ酒バカリ飲ミヤガッテ!ココハテメーラノ家ジャネーンダヨ!」
お登勢さんとキャサリンは気が済むまで銀ちゃんと長谷川さんを殴ると、扉を直して店内に戻って行った。
店の前で伸びている銀ちゃんと長谷川さんの傍にしゃがんで、肩をつつく。
「2人とも大丈夫?」
「オイ、銀ちゃんマダオ。殴られ屋が来てんだけど憂さ晴らしにちょっと遊ばないアルか。殴りたい放題アルヨ」
「いや、遊ばないかって、既に金ない事が割れてんだけどその人達」
「殴られ屋だって。殴られなきゃいけないのはこの俺だよ」
そう言う長谷川さんの目は、サングラス越しでも分かる程完全に逝っている。
「なんかアブないんだけど!ウサどころかとんでもない闇抱えてそーなんだけどこの人!」
「俺みてーな奴は死んでしまえばいいんだよ」
「長谷川さん、死ぬならここではやめてくださいね」
「銀ちゃん起きてヨ。殴られ屋アルヨ」
「……殴られ屋だって。いいの?知んないよ。殴られ屋じゃなくて、殺され屋になっちゃっても知んないよ」
銀ちゃんの口からは流血し、これまた長谷川さんと同様に目が逝っている。
「恐いんだけど!何このスナック!なんでこんな闇の深い客ばっか来てんの!」
「大丈夫アル。銀ちゃんとマダオはやれば出来る子アル」
2人は酔っているせいか、ふらつきながらも立ち上がった。
「いやいやムリだって!ベロ酔いだし、大体金ないって言われたし!いいって!いいです!違う客捜すんで!」
「なめんじゃねーぞ。どいつもこいつも金金言いやがって。金はなくてもな、こっちは高価な代物持ってんだよ」
そうして、懐から意味ありげに取り出されたのはゲーム機のカセット。
銀ちゃんの説明によると、このゲームは知る人ぞ知る名作RPGだそうで、売る所に売れば結構な値段がつくとか。しかし、それには『たけし』と名前が書いてある。
「オイちょっと待てよ。お前それ俺が前貸した奴じゃねーか」
長谷川さんのその発言が争いの火種となり、銀ちゃんとカセットを取り合うまでに発展した。
引っ張り合いの末、3つに割れたカセットを見て、その火は大きく燃え上がり殴り合いへ。
「あらら、これじゃ殴られ屋の出番はないネ」
「最初からなかったと思うけど。あの鬱憤が溜まってる奴とかそーいうのはいいんで、もうちょっと普通の血の気盛んな、元気のいい人達がいる所に連れてってくれない」
「うーん、血の気盛んアルか。あっ、じゃああそこがいいかな」
「あるの!?案内してくれるの」
「神楽ちゃんすぐに思い付くの凄いね」
「私を誰だと思ってるアルか。ついてくるヨロシ」
意気揚々と神楽ちゃんと一緒に町を歩いていると、路地に身を潜ませ、闇に紛れる1人の男の後ろ姿。
傍から見たらあんな感じか。怪しさしかないな。
一旦気にせず、神楽ちゃんに続いて屋敷の中へと足を踏み入れた。
「決起の時は来たり!今こそ我らを虐げてきた、憎き幕府の犬どもに天誅を下す時が来たのだ!」
屋敷の一室に入って驚愕した。
そこには、ホワイトボードを背に力説している桂とその前に座って話を聞いている桂一派。
「か、か、神楽ちゃん。私これ以上入れない。むしろサンキュー。私はこれにて」
「ちょっと美緒どこ行くアルか」
「私のやる事は1つ。では神楽ちゃん、おじさん、すぐに会おう。一旦さらばだ」
片手を挙げてその屋敷を出た後、まだいる事を願って路地に向かう。
私の願いが通じたらしく、その男の背後に歩み寄る。
「さっ……!」
声をかけようとした時、その言葉も足も強制的に止められた。
男が振り返るなり、喉元に突きつけられた切っ先に息をのむ。纏われる殺気。闇に光る鋭い眼差し。
一気に恐怖が体を駆け巡り、中から叩かれているかのように痛くなる心臓。
張り詰める空気の中、声を絞り出した。
「……さ、さがる……あの、私……」
「え!?美緒ちゃん!?ごめん、俺てっきり敵かと、ごめん」
刀がしまわれた途端膝から力が抜け、へなへなとその場に座り込んだ。
仕事中じゃないから完全に油断していた上に、そこまで気も張っていなかったとはいえ、何も出来なかった。相手が退でなければ、確実に死んでいた。
今更ながら退で良かったと安堵し、地面に両手をついて息を吐き出す。
頭を撫でてくれる手が暖かくて優しい。
なのに、私の中に渦巻く恐怖が、余計ないくつもの過去までフラッシュバックして落ち着いてくれない。
地面についている両手が微かに震えている事に気が付いて、膝の上に乗せて両手を握りしめる。
大丈夫だと、落ち着けと、心の中で言い聞かせながら――
「ごめんね。ケガしてない?」
これ以上退に心配させるわけにはいかない。
ケガはしていないし、私の心の問題だ。退に言う必要はない。
「……だ、大丈夫。してないよ」
一瞬、人違いかと思ったくらいに、今まで感じた事のない殺伐とした雰囲気を纏っていた。
普段の穏やかな柔らかい雰囲気からは想像が出来ない程。
私と一緒に任務をこなしていた時ですら、ここまでの殺気は感じた事がなかった。
やっぱり退は凄い人だ……
「美緒ちゃんごめん。俺今仕事してるから構ってあげられない。危ないから駕籠屋呼んで帰んな」
そうだ。私も退に伝えないといけない事があった。
自分を落ち着かせるのを後にして、情報を伝える。
「かっ、桂の潜伏場所分かったから教えるね。それ教えに来ただけだから」
「……え、今なんて?」
「桂の潜伏場所が分かったから教える」
「なんで俺より先に情報掴んでんだ!」
突然大声を出されて肩が跳ねた。
「えっと……直接入ってきたから」
「はァ!?入ってきたァ!?直接!?なんでそんな危ない事してんのバカだろお前!」
肩を掴まれ、まだ落ち着いていない心臓が鷲掴みされたように痛くなって、自然と浅くなる呼吸。
退は、苛立ちや心配を乗せた表情を崩さず、私の肩を解放して携帯を取り出した。
「先に副長に連絡する。場所は?」
睨まれながらそう聞かれ、路地から見える屋敷の方に移動して、未だに震えている手で指し示す。そして、桂が今いる部屋の場所も。
副長に連絡をしている間も、ずっとその表情は消えない。
携帯をしまった退に、壁に追い込まれてしまった。壁につかれた片手に恐怖を覚える。
今回は何も悪い事をしていないので、睨まれる理由が分からない。
「今は仕事中だから後にするけど、俺に心配させてそんなに楽しい?」
「ち、違う。私そんな事――」
「実働隊来るから、それまで部屋の前で奴らを見張る。お前も来い」
その冷たい声音と表情で出された指示に、はいと返すので精一杯だ。
閉めきられた襖の前まで行き、身を潜める。
その間も退の雰囲気は酷く冷たい。
だいぶ落ち着いてきたけれど、退の隣が落ち着かない。
中からは、何か叩いているような破裂音が連発している。殴られ屋が仕事をしているのだろうか。
続いて、桂の声や、何やらずっとツッコミ続けているおじさんの声が聞こえてくる。
どうやら、たけしは桂にもカセットを貸しているらしい。
「沖田隊長この部屋です」
「おーう、ここか」
沖田率いる一番隊のご到着。
沖田は、襖を蹴破ると室内に入って行った。
「御用改めである!桂ァァァ神妙にお縄につきやがれェェェ!」
「しまったァァ!既に敵に情報を掴まれていたか!ゆくぞォォ貴様ら!くらえェェスーパーモンキー大冒険んんん!」
「意外にあっさりブン投げたァァァ!つーかおめーらどんだけスーパーモンキー大冒険持ってんだ!」
桂一派は一番隊に向けてカセットを投げつけると、窓から飛び降りて逃げ出した。
三番隊に連絡する者、桂達を追いかける者。
それぞれ出払い、中に残ったのは神楽ちゃんとおじさん、沖田だけ。
私は、退に「ちょっと行ってきます」と一言伝えてから神楽ちゃんのもとへ。
「神楽ちゃん。おじさん殴ってもらえた?」
「それがまだアル」
「え、まだなの?叩いてる音がしたんだけど……」
気のせいだったのだろうか。
「……ん、あり?チャイナ。なんでお前がこんな所にいるんだ」
私が神楽ちゃんと話していたら、神楽ちゃんに気付いた沖田がそう聞いてきた。
「おう。丁度いいカモが来たネ。コイツならドSだからきっといい客になるアルヨ」
「テロリストの次は警察!?」
「今更何驚いてるアルか。警察には既に殴られてるだろ」
神楽ちゃんのそれに、「え?」と驚きと不審な声を出すおじさん。そして、まさかとでも言うように私に向いた。
「えええ!?ま、えええ!?けいさ……つ……?」
「はい。警察です」
証拠に警察手帳を見せれば、口を開けたまま固まっている。そんなに驚く事かとおじさんに呆れたように半眼を向ける。
私がおじさんと話している間に沖田に説明したのか、神楽ちゃんがおじさんに話を振った。
「オイ、オッさん。ドSが殴ってくれるってヨ」
「え!?次は何!?」
「仮にコイツが殴られ屋じゃなく殴らせない屋で、金もとられるんじゃなくこっちがとった上ぶっていいならやってもいいけど」
「そんなもん最早ただの変態だろーが!」
そして沖田には色々と注文をつけられ、それに従ったにも関わらず、金だけ取られて殴られずに終わった。
「オイぃぃぃ!金返せェェ!警察が何やってんだァ!出るとこ出てやろーか!」
「悪いな。ウチのモンが粗相やらかしちまったようで」
そこに現れたのは局長だ。
「ったく、アイツはしょうがねーなもう。申し訳ない、上司として謝ります。だからどうかこの事は内密にしてもらえませんか」
局長はおじさんと何やらコソコソし出した。
終始困惑していたようだったが、おじさんは局長に負けたらしい。その手には紙が握られている。
「どうかそれでご勘弁ください。よろしくお願いしますね」
そう言いおいて出て行った。
「復活の呪文じゃねーかァァァ!」
おじさんの手の中にある紙を見せてもらえば、単語なのか文章なのか、よく分からないそれが並べられている。そして、このメモもたけしのものらしい。
「どんだけ借りパクされてんだたけし!全く名前を書いてる効果がねーよたけし!」
「ウチの上司が粗相しでかしちまったようで申し訳ありません」
おじさんが叫んでいると、そう謝ってきたのは退だ。
「どうかこの事は内密に」
「ちょっとォ、アンタらの組織一体どうなってんですか!」
そして、また退も迷惑料だなんだと言って、何かをおじさんに無理矢理持たせた。
「ちょっとォォ!復活の呪文とかもういらな……何を復活させる呪文だコレェェェ!」
おじさんの持っている紙には、ぎっしりと書かれたあんぱんの文字。これには既視感があり、顔が引きつる。あんぱんの呪いはまだ解けていないようだ。
「なんなのコレェ!どーいう意味なのコレェ!よく分かんないんだけど超恐ェんだけど!ちょっとアンタ、同じ警察でしょ何コレェ!説明してよォ!」
「ごめんなさい無理です!私にも分かりません!」
紙を突きつけられて説明を求められたけれど、何がどうなってこうなったのか、私が説明をしてもらいたいくらいだ。
「あっ、こっち見てるアル」
襖の方を見れば、あんぱんを食べながら険しい表情でこっちを見て何やらぶつぶつ言っている。もの凄く恐い。
「美緒、アイツ連れて帰れヨ。恐いアル」
「う、うん。じゃあ帰るね。神楽ちゃんまたね。おじさんも力になれなくてごめんなさい」
そう挨拶をしてから、未だにこちらを見て呟いている退へ駆け寄る。
「何やってんの、帰るよ」
その腕を引いて、屋敷を後にした。
屯所に向かって歩いていると、名前を呼ばれた。そっちを見た瞬間、口に突っ込まれたあんぱん。
「やっぱあんぱん好きじゃないや」
「…………」
半分も食べられていないあんぱんの続きを食べながら、歩を進める。
特に2人の間に会話もなく、時折覗き見る退の横顔は、怒っているようには見えない。
ふと視線が合った事に驚いて、咄嗟に逸らしてしまった。これでは勘違いをされてしまう。
軽く息を吐いてから、口を開いた。
「あのさ」
「さっき」
退とタイミングが重なってしまい、口を閉ざす。
すると、退まで黙り込んだので、先に話す事にした。
「さっきはごめん。退の事心配させて楽しんでるワケじゃないから。それだけは分かってほしい」
「うん、分かってるよ。俺も頭に血が上った。美緒ちゃん震えてたの気付いてたのに、突き放して責めた。ごめん」
「退は何も悪くないよ。私が退の気持ち考えられてなかったんだから……」
「いや、俺が悪い。恐がらせてごめん。でも、今度からこういう事があったら、1人にならないで、一緒にいる人の側にいて。俺にはメールか電話で知らせてくれたらいいから。その方がまだ安心だから」
そう頭を撫でられてしまえば、頷く他ない。
「そういえば、一緒にいたあのおっさん誰?」
「殴られ屋だよ。1発KOしたら肉まん奢ってくれた」
「……何それ……」
あのおじさんをKOしたので、ちょっとは強くなっているかもしれないと思い、試してみる事にした。
「ちょっと退も殴ってみていい?」
「えぇ……めんどくさいな。1回だけだからな」
拳を構えて、同じように構えている退目掛けて、右ストレートを繰り出した。
「……あれ?」
簡単に捕まえられた拳。もう1発食らわすけれど、またあっさりと受け止められてしまった。
「……あれ?おかしいな。なんであのおじさん倒せたんだろ」
「俺も分からんけど、倒せたんなら1つの自信にしたらいいんじゃない?もう行くよ」
手を繋いで歩く退を見上げて微笑む。
「やっぱり退は強いね。私も退を1発KO出来るくらい強くなれるように頑張るね」
「それはやめて。絶対やめて」
「ん?アレなんの騒ぎアルか。ちょっと見てこーヨ」
神楽ちゃんと一緒に夜ご飯を食べた帰り道、遭遇したのは家康像の前に出来ている人だかり。
神楽ちゃんに手を引かれて、そこに近付いた。
ギャラリーからは、「いいぞーもっとやれー!」などと声があがっている。同時に響いている鈍い音。
事によっては、この人だかりを散らさなければならない。
「すみません、なんの騒ぎですか?」
近くにいた人に聞けば「殴られ屋だって」と言われ、首を傾げる。
詳細を求めようとした矢先、男の声が響いた。
「ハイー!寄ってらっしゃい見てらっしゃい!1分間殴りたい放題、人間サンドバッグ、殴られ屋岩松とは俺の事でい!」
マジで殴られ屋だった。
「日頃たまった鬱憤をその拳で晴らしてみませんか!見事この私をKOしたら、料金をチャラにした上豪華賞品もらえちゃいますよ」
「美緒、豪華賞品もらえるって。やってみるアル」
「やりたいけど、私一応警察だし一般市民を殴るのはちょっと」
「今制服じゃないから分からないアルヨ」
確かに、今日は休みで神楽ちゃんと遊んでいた為制服ではないが、そういう問題じゃない気がする。
そんな私をよそに、神楽ちゃんが手をあげた。
「ハイハイ。私達やりたい」
「え?ちょっ、神楽ちゃん、私はやらないよ」
神楽ちゃんに引っ張られて、前に躍り出た。
そこには、グローブをはめた男が立っている。
「お嬢さん達がやるのかい。よーし、君達なら素手でいいよ。遠慮せずに思っきりブン殴ってきなよ。どっちからやる?」
「美緒からやるヨロシ」
「えっ私!?」
背中を押された反動で、数歩足が前に出た。
「今こそお前の右ストレート見せつける時アルヨ!」
ただの見せ物のようだし、大事にはならないだろう。
「よろしくお願いしまーす」
「ハイ、よろしく。1分間おじさんの事殴り放題だからね」
拳を構える私と違い、おじさんは構えもしない。
余裕の態度を見せるおじさん目掛けて、渾身の力で拳を叩き付けた。1分どころか、1発で地面に伏したおじさん。
「え……ウソ……マジか……や、やったー!1発KO!」
「やったー!豪華賞品ゲットアルー!」
神楽ちゃんと両手を繋いでクルクル回る。
喜びを2人で分かち合っていると、視界の隅でゆっくり起き上がったおじさん。
神楽ちゃんと回るのをやめておじさんを見れば、足元がふらふらしていて立っているのがやっとのようだ。
「よ、よーし。なかなかいいパンチだった……次、そっちのお嬢さんの番だな」
ふらふらしているのに、まだやろうとしているおじさん。神楽ちゃんと顔を見合わせてから、再びおじさんの方に向き直った。
「オッさん、まだやるアルか」
「私が言うのもなんだけど、もうやめといた方がいいんじゃない?この子、私以上に強いよ」
「さっきのはちょっと油断しただけだからね。大丈夫だから。遠慮せずにかかって来なさい」
そして、神楽ちゃんはお言葉に甘えて、遠慮なくおじさんを殴り倒した。それは、家康像まで巻き込んでしまう程。その威力に怯え、ギャラリーは脱兎のごとく逃げていった。
「やったー。1発KOアルー」
「やったねー。2人とも豪華賞品ゲットー」
再び、神楽ちゃんと両手を繋いでクルクル回る。
神楽ちゃんの遠慮ない拳を受けて、ボロボロになったにも関わらず、おじさんは、約束だからと肉まんを奢ってくれた。
「いっただきまーす」
神楽ちゃんとおじさんと3人並んで公園のベンチに座り、声を揃えて挨拶し肉まんを頬張る。
「んーオイシっ」
「おいしいねー」
「そっ……そう。よく味わって食べてね」
おじさんは、声すら弱々しくすっかり満身創痍だ。
「美緒、あのパンチ凄い良かったアルヨ。ちゃんと脇もしめれてたし、私が教えた事ちゃんと守れてるアル」
「ホントに?良かったー。神楽ちゃんに褒めてもらえるの嬉しいな。じゃあこの肉まんも神楽ちゃんのおかげだね。ありがとう」
「フッフッフッ。もっと感謝するアル」
「あっ……あの、お嬢さん達どっかで北斗〇拳とか習ってた?」
おじさんが、恐る恐る会話に割って入ってきた。
「お……おじさんビックリしちゃったよー。おじさん程ではないにせよ、こんなに強い子がいたなんて。あ……あの、かぶき町って、まだまだ強い人がいるの」
「この町に神楽ちゃん以上に強い人いないよね」
「ウン。私がかぶき町の女王アル。そんでこっちが弟子」
神楽ちゃんに紹介されて「弟子です」と手を挙げる。
おじさんは、どことなく安心したような表情を見せた。
「オッさん、かぶき町は初めてアルか」
「え?まァ、ウン。商売しようと田舎からやってきたんだけど、都会は勝手が分からなくて」
「私が案内してあげよっか?肉まん奢ってくれたお礼に、いいショバ紹介してやってもいいアルヨ」
「えっ!?ホントに」
「かぶき町の事なら私に聞くヨロシ。要はオッさんに殴りかかってくるような、鬱憤たまった奴らがいる所がいいんだよネ」
「……ウン、それでいて、出来ればあんまり強くない人がいる所がいいね」
そう言うおじさんに、哀れみの目を向ける。
「そうだよね。肉まんとは言え、奢ってばかりいたら商売にならないからね。弱い部類の私にさえKOされるくらいだから、そこまで強くないっぽいし」
「いや、そういう事じゃなくて、今日はたまたま調子が良くなかっただけだから。それに、ホラ、いくらおじさんでも手加減出来なくなるから、ケガさせちゃうかもしれないから」
必死に言い訳じみた言葉を並べるおじさんは、私のじとりとした視線を受けると、気まずそうに顔を逸らした。
肉まんを食べ終えて、やって来たのはスナックお登勢。
「客もあんまり裕福じゃない。店にグチこぼしに来てるような連中が多いアル」
「なるほど!それは鬱憤が溜まっている客が多そうだ!流石はかぶき町の女王!」
「酔っ払いだと、殴られてもダメージ少ないからいいかもね。流石かぶき町の女王」
「え、何?さっきから何?お弟子さん、俺になんか恨みでもあんの?肉まん奢ってあげたのに、さっきから言葉にトゲあるよね?」
じとりと睨まれ驚いてしまう。
「え?何が?肉まん奢ってくれた人恨むワケないじゃん」
「いや、でもさ」
「そうアル。美緒は、バカだから言葉の選び方が下手なだけネ。語彙力がないからしょうがないアル。だから許してやってほしいネ」
そう言ってくれたけれど、フォローされてるのだか、されてないのだかよく分からない。
「おじさんがこれ以上ダメージ受けるの可哀想だなーって思って言いました」
「そうなんだ。ビックリしたよ。心配してくれてありがとう。でもおじさんは大丈夫だから」
「仲直りした所で、ちょっと直接呼びこみかけてみるアルか」
仲直りする程仲良しだったかなと疑問に思ったが、そこにはあえて触れない事にした。
またおじさんの気に触れでもしたらめんどくさい。
その時、扉が倒れてきた。
その上に寝ているのは、銀ちゃんと長谷川さん。
いや、寝ているのとは違う。
「金もねェくせしてよくものこのこ飲みに来やがったな!」
「イツモイツモタダ酒バカリ飲ミヤガッテ!ココハテメーラノ家ジャネーンダヨ!」
お登勢さんとキャサリンは気が済むまで銀ちゃんと長谷川さんを殴ると、扉を直して店内に戻って行った。
店の前で伸びている銀ちゃんと長谷川さんの傍にしゃがんで、肩をつつく。
「2人とも大丈夫?」
「オイ、銀ちゃんマダオ。殴られ屋が来てんだけど憂さ晴らしにちょっと遊ばないアルか。殴りたい放題アルヨ」
「いや、遊ばないかって、既に金ない事が割れてんだけどその人達」
「殴られ屋だって。殴られなきゃいけないのはこの俺だよ」
そう言う長谷川さんの目は、サングラス越しでも分かる程完全に逝っている。
「なんかアブないんだけど!ウサどころかとんでもない闇抱えてそーなんだけどこの人!」
「俺みてーな奴は死んでしまえばいいんだよ」
「長谷川さん、死ぬならここではやめてくださいね」
「銀ちゃん起きてヨ。殴られ屋アルヨ」
「……殴られ屋だって。いいの?知んないよ。殴られ屋じゃなくて、殺され屋になっちゃっても知んないよ」
銀ちゃんの口からは流血し、これまた長谷川さんと同様に目が逝っている。
「恐いんだけど!何このスナック!なんでこんな闇の深い客ばっか来てんの!」
「大丈夫アル。銀ちゃんとマダオはやれば出来る子アル」
2人は酔っているせいか、ふらつきながらも立ち上がった。
「いやいやムリだって!ベロ酔いだし、大体金ないって言われたし!いいって!いいです!違う客捜すんで!」
「なめんじゃねーぞ。どいつもこいつも金金言いやがって。金はなくてもな、こっちは高価な代物持ってんだよ」
そうして、懐から意味ありげに取り出されたのはゲーム機のカセット。
銀ちゃんの説明によると、このゲームは知る人ぞ知る名作RPGだそうで、売る所に売れば結構な値段がつくとか。しかし、それには『たけし』と名前が書いてある。
「オイちょっと待てよ。お前それ俺が前貸した奴じゃねーか」
長谷川さんのその発言が争いの火種となり、銀ちゃんとカセットを取り合うまでに発展した。
引っ張り合いの末、3つに割れたカセットを見て、その火は大きく燃え上がり殴り合いへ。
「あらら、これじゃ殴られ屋の出番はないネ」
「最初からなかったと思うけど。あの鬱憤が溜まってる奴とかそーいうのはいいんで、もうちょっと普通の血の気盛んな、元気のいい人達がいる所に連れてってくれない」
「うーん、血の気盛んアルか。あっ、じゃああそこがいいかな」
「あるの!?案内してくれるの」
「神楽ちゃんすぐに思い付くの凄いね」
「私を誰だと思ってるアルか。ついてくるヨロシ」
意気揚々と神楽ちゃんと一緒に町を歩いていると、路地に身を潜ませ、闇に紛れる1人の男の後ろ姿。
傍から見たらあんな感じか。怪しさしかないな。
一旦気にせず、神楽ちゃんに続いて屋敷の中へと足を踏み入れた。
「決起の時は来たり!今こそ我らを虐げてきた、憎き幕府の犬どもに天誅を下す時が来たのだ!」
屋敷の一室に入って驚愕した。
そこには、ホワイトボードを背に力説している桂とその前に座って話を聞いている桂一派。
「か、か、神楽ちゃん。私これ以上入れない。むしろサンキュー。私はこれにて」
「ちょっと美緒どこ行くアルか」
「私のやる事は1つ。では神楽ちゃん、おじさん、すぐに会おう。一旦さらばだ」
片手を挙げてその屋敷を出た後、まだいる事を願って路地に向かう。
私の願いが通じたらしく、その男の背後に歩み寄る。
「さっ……!」
声をかけようとした時、その言葉も足も強制的に止められた。
男が振り返るなり、喉元に突きつけられた切っ先に息をのむ。纏われる殺気。闇に光る鋭い眼差し。
一気に恐怖が体を駆け巡り、中から叩かれているかのように痛くなる心臓。
張り詰める空気の中、声を絞り出した。
「……さ、さがる……あの、私……」
「え!?美緒ちゃん!?ごめん、俺てっきり敵かと、ごめん」
刀がしまわれた途端膝から力が抜け、へなへなとその場に座り込んだ。
仕事中じゃないから完全に油断していた上に、そこまで気も張っていなかったとはいえ、何も出来なかった。相手が退でなければ、確実に死んでいた。
今更ながら退で良かったと安堵し、地面に両手をついて息を吐き出す。
頭を撫でてくれる手が暖かくて優しい。
なのに、私の中に渦巻く恐怖が、余計ないくつもの過去までフラッシュバックして落ち着いてくれない。
地面についている両手が微かに震えている事に気が付いて、膝の上に乗せて両手を握りしめる。
大丈夫だと、落ち着けと、心の中で言い聞かせながら――
「ごめんね。ケガしてない?」
これ以上退に心配させるわけにはいかない。
ケガはしていないし、私の心の問題だ。退に言う必要はない。
「……だ、大丈夫。してないよ」
一瞬、人違いかと思ったくらいに、今まで感じた事のない殺伐とした雰囲気を纏っていた。
普段の穏やかな柔らかい雰囲気からは想像が出来ない程。
私と一緒に任務をこなしていた時ですら、ここまでの殺気は感じた事がなかった。
やっぱり退は凄い人だ……
「美緒ちゃんごめん。俺今仕事してるから構ってあげられない。危ないから駕籠屋呼んで帰んな」
そうだ。私も退に伝えないといけない事があった。
自分を落ち着かせるのを後にして、情報を伝える。
「かっ、桂の潜伏場所分かったから教えるね。それ教えに来ただけだから」
「……え、今なんて?」
「桂の潜伏場所が分かったから教える」
「なんで俺より先に情報掴んでんだ!」
突然大声を出されて肩が跳ねた。
「えっと……直接入ってきたから」
「はァ!?入ってきたァ!?直接!?なんでそんな危ない事してんのバカだろお前!」
肩を掴まれ、まだ落ち着いていない心臓が鷲掴みされたように痛くなって、自然と浅くなる呼吸。
退は、苛立ちや心配を乗せた表情を崩さず、私の肩を解放して携帯を取り出した。
「先に副長に連絡する。場所は?」
睨まれながらそう聞かれ、路地から見える屋敷の方に移動して、未だに震えている手で指し示す。そして、桂が今いる部屋の場所も。
副長に連絡をしている間も、ずっとその表情は消えない。
携帯をしまった退に、壁に追い込まれてしまった。壁につかれた片手に恐怖を覚える。
今回は何も悪い事をしていないので、睨まれる理由が分からない。
「今は仕事中だから後にするけど、俺に心配させてそんなに楽しい?」
「ち、違う。私そんな事――」
「実働隊来るから、それまで部屋の前で奴らを見張る。お前も来い」
その冷たい声音と表情で出された指示に、はいと返すので精一杯だ。
閉めきられた襖の前まで行き、身を潜める。
その間も退の雰囲気は酷く冷たい。
だいぶ落ち着いてきたけれど、退の隣が落ち着かない。
中からは、何か叩いているような破裂音が連発している。殴られ屋が仕事をしているのだろうか。
続いて、桂の声や、何やらずっとツッコミ続けているおじさんの声が聞こえてくる。
どうやら、たけしは桂にもカセットを貸しているらしい。
「沖田隊長この部屋です」
「おーう、ここか」
沖田率いる一番隊のご到着。
沖田は、襖を蹴破ると室内に入って行った。
「御用改めである!桂ァァァ神妙にお縄につきやがれェェェ!」
「しまったァァ!既に敵に情報を掴まれていたか!ゆくぞォォ貴様ら!くらえェェスーパーモンキー大冒険んんん!」
「意外にあっさりブン投げたァァァ!つーかおめーらどんだけスーパーモンキー大冒険持ってんだ!」
桂一派は一番隊に向けてカセットを投げつけると、窓から飛び降りて逃げ出した。
三番隊に連絡する者、桂達を追いかける者。
それぞれ出払い、中に残ったのは神楽ちゃんとおじさん、沖田だけ。
私は、退に「ちょっと行ってきます」と一言伝えてから神楽ちゃんのもとへ。
「神楽ちゃん。おじさん殴ってもらえた?」
「それがまだアル」
「え、まだなの?叩いてる音がしたんだけど……」
気のせいだったのだろうか。
「……ん、あり?チャイナ。なんでお前がこんな所にいるんだ」
私が神楽ちゃんと話していたら、神楽ちゃんに気付いた沖田がそう聞いてきた。
「おう。丁度いいカモが来たネ。コイツならドSだからきっといい客になるアルヨ」
「テロリストの次は警察!?」
「今更何驚いてるアルか。警察には既に殴られてるだろ」
神楽ちゃんのそれに、「え?」と驚きと不審な声を出すおじさん。そして、まさかとでも言うように私に向いた。
「えええ!?ま、えええ!?けいさ……つ……?」
「はい。警察です」
証拠に警察手帳を見せれば、口を開けたまま固まっている。そんなに驚く事かとおじさんに呆れたように半眼を向ける。
私がおじさんと話している間に沖田に説明したのか、神楽ちゃんがおじさんに話を振った。
「オイ、オッさん。ドSが殴ってくれるってヨ」
「え!?次は何!?」
「仮にコイツが殴られ屋じゃなく殴らせない屋で、金もとられるんじゃなくこっちがとった上ぶっていいならやってもいいけど」
「そんなもん最早ただの変態だろーが!」
そして沖田には色々と注文をつけられ、それに従ったにも関わらず、金だけ取られて殴られずに終わった。
「オイぃぃぃ!金返せェェ!警察が何やってんだァ!出るとこ出てやろーか!」
「悪いな。ウチのモンが粗相やらかしちまったようで」
そこに現れたのは局長だ。
「ったく、アイツはしょうがねーなもう。申し訳ない、上司として謝ります。だからどうかこの事は内密にしてもらえませんか」
局長はおじさんと何やらコソコソし出した。
終始困惑していたようだったが、おじさんは局長に負けたらしい。その手には紙が握られている。
「どうかそれでご勘弁ください。よろしくお願いしますね」
そう言いおいて出て行った。
「復活の呪文じゃねーかァァァ!」
おじさんの手の中にある紙を見せてもらえば、単語なのか文章なのか、よく分からないそれが並べられている。そして、このメモもたけしのものらしい。
「どんだけ借りパクされてんだたけし!全く名前を書いてる効果がねーよたけし!」
「ウチの上司が粗相しでかしちまったようで申し訳ありません」
おじさんが叫んでいると、そう謝ってきたのは退だ。
「どうかこの事は内密に」
「ちょっとォ、アンタらの組織一体どうなってんですか!」
そして、また退も迷惑料だなんだと言って、何かをおじさんに無理矢理持たせた。
「ちょっとォォ!復活の呪文とかもういらな……何を復活させる呪文だコレェェェ!」
おじさんの持っている紙には、ぎっしりと書かれたあんぱんの文字。これには既視感があり、顔が引きつる。あんぱんの呪いはまだ解けていないようだ。
「なんなのコレェ!どーいう意味なのコレェ!よく分かんないんだけど超恐ェんだけど!ちょっとアンタ、同じ警察でしょ何コレェ!説明してよォ!」
「ごめんなさい無理です!私にも分かりません!」
紙を突きつけられて説明を求められたけれど、何がどうなってこうなったのか、私が説明をしてもらいたいくらいだ。
「あっ、こっち見てるアル」
襖の方を見れば、あんぱんを食べながら険しい表情でこっちを見て何やらぶつぶつ言っている。もの凄く恐い。
「美緒、アイツ連れて帰れヨ。恐いアル」
「う、うん。じゃあ帰るね。神楽ちゃんまたね。おじさんも力になれなくてごめんなさい」
そう挨拶をしてから、未だにこちらを見て呟いている退へ駆け寄る。
「何やってんの、帰るよ」
その腕を引いて、屋敷を後にした。
屯所に向かって歩いていると、名前を呼ばれた。そっちを見た瞬間、口に突っ込まれたあんぱん。
「やっぱあんぱん好きじゃないや」
「…………」
半分も食べられていないあんぱんの続きを食べながら、歩を進める。
特に2人の間に会話もなく、時折覗き見る退の横顔は、怒っているようには見えない。
ふと視線が合った事に驚いて、咄嗟に逸らしてしまった。これでは勘違いをされてしまう。
軽く息を吐いてから、口を開いた。
「あのさ」
「さっき」
退とタイミングが重なってしまい、口を閉ざす。
すると、退まで黙り込んだので、先に話す事にした。
「さっきはごめん。退の事心配させて楽しんでるワケじゃないから。それだけは分かってほしい」
「うん、分かってるよ。俺も頭に血が上った。美緒ちゃん震えてたの気付いてたのに、突き放して責めた。ごめん」
「退は何も悪くないよ。私が退の気持ち考えられてなかったんだから……」
「いや、俺が悪い。恐がらせてごめん。でも、今度からこういう事があったら、1人にならないで、一緒にいる人の側にいて。俺にはメールか電話で知らせてくれたらいいから。その方がまだ安心だから」
そう頭を撫でられてしまえば、頷く他ない。
「そういえば、一緒にいたあのおっさん誰?」
「殴られ屋だよ。1発KOしたら肉まん奢ってくれた」
「……何それ……」
あのおじさんをKOしたので、ちょっとは強くなっているかもしれないと思い、試してみる事にした。
「ちょっと退も殴ってみていい?」
「えぇ……めんどくさいな。1回だけだからな」
拳を構えて、同じように構えている退目掛けて、右ストレートを繰り出した。
「……あれ?」
簡単に捕まえられた拳。もう1発食らわすけれど、またあっさりと受け止められてしまった。
「……あれ?おかしいな。なんであのおじさん倒せたんだろ」
「俺も分からんけど、倒せたんなら1つの自信にしたらいいんじゃない?もう行くよ」
手を繋いで歩く退を見上げて微笑む。
「やっぱり退は強いね。私も退を1発KO出来るくらい強くなれるように頑張るね」
「それはやめて。絶対やめて」