ミツバ編
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「オイ誰だ?あの別嬪さん。何喋ってんだ?何笑ってるんだ?」
「結婚がなんたら言ってなかったか?」
「んだとォ!お妙さんという者がありながら局長の野郎ォ……」
「しーっ!静かにしろバカ」
今、屯所にお客様がお見えになっている。
テーブルを挟んだ局長の向かいに座っているのは、色素の薄いショートヘアのとても綺麗でお淑やかそうな女性。
退の後ろから首に腕を回して、背中にピッタリくっつく形で、少し開けられた襖から中の様子を窺っている。
私達の頭上には、中の様子を見ようと群がってくる野次馬隊士達。
「お前ら知らねーの?アレ、沖田さんの姉上様のミツバさんだよ」
「え?」
「そうなんだ」
「あ、あの毎月激辛せんべい送ってくる……辛くて食えねーんだよアレ」
聞こえてきた激辛せんべいの話に、何回も頷く。
誰1人最後まで食べきれずに、必ず残っている激辛せんべいの送り主が、あんな綺麗なお姉さんだったとは。激辛を送ってくるという事は、激辛が好きなのだろうか。
「しかし、似ても似つかんねェ。あんなおしとやかで物静かな人が沖田隊長の……」
「だからよく言うだろ。兄弟のどちらかがちゃらんぽらんだと、もう片方はしっかりした子になるんだよ。バランスが取れるようになってんの世の中」
「そんな事言ってたら沖田に殴られるよ。あの人地獄耳なんだから」
原田隊長と話す退にそう注意を向けた途端、背後からバズーカが撃たれた。
そこにいた隊士達は、バズーカによって襖を蹴破り吹き飛ばされたり、畳やテーブルに転がったりと様々。
退の背中に抱きついていたはずの私も、その衝撃で引き離されて畳に転がっている。
目を向けた先には、沖田に首を掴まれ、刀の切っ先を突きつけられている退。
「おーう総悟。やっと来たか」
「すんません。コイツ片付けたら行きやすんで」
「そーちゃんダメよ。お友達に乱暴しちゃ」
お姉様であるミツバさんにそう言われ、ギロリと睨んだのも一瞬で。
「ごめんなさいおねーちゃん!」
ガバッと土下座をして謝ったのだ。
「ええええ!」
その見た事のない光景に、唖然とする。
本当にこの人は、サディスティック星から来た王子とも呼ばれる、あの沖田総悟なのだろうか。
「ワハハハ!相変わらずミツバ殿には頭が上がらんようだな総悟」
局長は慣れているのか、豪快に笑っている。
唖然としているのは私と退だけのようで、よしよしとミツバさんに頭を撫でられている沖田をポカンと見つめる。
「お久しぶりでござんす姉上。遠路はるばる江戸までご足労ご苦労様でした」
「……誰?」
退がそう疑問を持つのも無理はない。
日頃見ている沖田とは全く違うのだから。
「まァまァ、姉弟水入らず邪魔立ては野暮だぜ」
局長は、沖田に休みを与え、ミツバさんに江戸を案内するよう伝えた。
見た事もない嬉しそうな表情で、局長に「ありがとうございます!」と頭を下げた後、これまた子供のようにミツバさんの手を取って和室を後にしたのだ。
初めて目にする沖田の言動に、悪い物でも食べたのかといらない心配をしてしまう。
局長に引きずられていく退に気付いて、慌てて後を追う。
「局長……なんですかありゃ」
退の質問に、局長から語られる沖田の過去。
幼い頃に両親を亡くして以来、ずっとミツバさんが親代わりだったのだとか。
沖田にとっては、ミツバさんが姉でもあり親でもあるという、たった1人の肉親。
「今日くらいいいだろ。男にはああいう鎧の紐解く場所が必要なんだ。特にアイツのように弱味を見せずに、片意地張って生きてる奴ほどな」
「……分かりました。今日の沖田さんは見なかった事にします」
と言っていた退だったが、舌の根も乾かぬうちに、局長と別れた瞬間、沖田を尾行しようと言い出した。
「えー!ダメだよー。そんなおもしろそうな事考えちゃ」
よし行こう!と、楽しそうに私の手を引いた。
このまま2人で尾行するのかと思いきや。
「原田原田ー。お前も沖田さん見に行かねー?」
「お!おもしろそうだな。俺も行く」
という事で、原田隊長と3人で尾行開始。
同じ隊士を尾行するという、このスリルがたまらない。バレたら絶対後で怒られるのは目に見えているのだが、こんな滅多に見られない沖田を見逃す手はない。
コソコソと電柱や看板の影から、退、私、原田隊長の順番に頭を3つ並べて沖田を尾行する。
「沖田隊長が沖田隊長じゃねェよ」
「沖田でもあんな顔するんだね。ヤバイ。めっちゃ楽しいんだけど」
「分かるぜ内田、俺も今すげー楽しい」
私の上にいる原田隊長に、テンション高く「ですよね!」と同意し、片手でハイタッチをする。
「お前ら静かにしろ。バレるだろーが」
次に入ったのは、ファミレス。
その一角で、沖田とミツバさんが座る席から少し離れた、でも声は聞こえるぐらいの場所のボックス席に座り、観察している。
「そーですか、ついに姉上も結婚……じゃあ今回は嫁入り先に挨拶も兼ねて?」
「ええ、しばらく江戸に逗留するからいつでも会えるわよ」
「本当ですか。嬉しいッス!」
「フフ、私も嬉しい」
類稀に見ない沖田の弟としての表情を、双眼鏡越しに観察する。
あんな沖田の表情は初めて見るので貴重だ。
写真に収められないのが残念でならない。その代わり、しっかりと目に焼き付けておく。
「じゃあ嫁入りして江戸に住めば、これからいつでも会えるんですね」
「そうよ」
「僕……嬉しいッス」
「フフ、私もよ」
「僕だってよォォ!」
「はっ原田隊長、笑いすぎですよ」
テーブルに伏せて、声が出ないように口を片手で押さえて笑う原田隊長に、同じような状況になっている自分を棚に上げて注意を入れる。
退も双眼鏡を覗いてはいるけれど、同じく笑いを我慢しているに違いない。
「ぎゃああああ!」
その時、私達が座っていたテーブルが爆発した。
沖田が、ミツバさんを外に注意を向けたその隙をついて、バズーカを撃ち放ったのだ。
凄まじい爆発と共に、煤だらけになる私達3人。
私と退は、アフロにされてしまった。原田隊長は、元々スキンヘッドなので、髪型に支障はなかったようで羨ましい。
「みなさんとは仲良くやっているの?いじめられたりしてない?」
「うーん。たまに嫌な奴もいるけど……僕くじけませんよ」
いけしゃあしゃあとよく言う。沖田の嫌がらせに挫けていないのはこちらの方だ。そして、嫌な奴も沖田だと言いたい。
「何あの猫かぶり。ねぇ、ミツバさんに沖田からいじめられてるって言いに行ってもいい?」
「やめときな。返り討ちに遭うだけだ」
確かに、と不満を抱えながらも、後の事を考えて告げ口はしない事に決めた。
せっかく来たので、何か食べて行こうという話になり、沖田の観察もやめて食べ物を注文した。
談笑しながらご飯も食べ終えて、会計を済ませた後ふと見た先に、中に入って行く銀髪が見えて思わず足を止める。
「美緒ちゃん?」
「あ、ごめん。なんでもない」
銀ちゃんも、1人でファミレスに来る事くらいはあるだろう。そう珍しい事でもない。
店を出てから、これから何しようかと話し合っていた時、今日は非番ではないので、そう油も売っていられない事に気が付いた。
「隊長はこれから何するんですか?」
「この間捕まえた攘夷浪士を拷問しに行く。内田も一緒に行くか?」
「や、遠慮しときます」
「あ、ちょっと電話出る」
退が電話している間に、髪を直そうと櫛を入れたが通らない。必ず途中で引っかかってしまう。
「原田隊長見てください。櫛置きになりました」
「あははは。なんの活用だよソレは」
アフロに刺さったままの櫛を見せれば、爆笑された。
「悪い原田。俺ら仕事入った。ここで解散だ」
「お、マジか。分かった」
「俺らの"ら"って私?」
他に誰がいんの、と手を取られた。
退と2人での仕事とは一体どんなものなのだろうか。
「隊長また後で」
「おう、気を付けてなー」
隊長も、と手を振って別れた。
私は退に手を引かれたまま、次の仕事現場へと足を向ける。
「私ら2人でなんの仕事なの?」
「不審船調査」
「え?それだったらどっちか1人で良くない?なんか目的あんのかな?」
不審船調査は、外から密輸したり違法な銃器を運んだりしている疑いのある船を調査するので、1人でも出来るはずだ。
外に1人と、中に入る1人とで分けるのだろうか。
副長の考える事は未だによく分からない。
しかし、久しぶりに退と一緒の仕事なので、楽しくない調査も、一気に楽しいものに変わる。
副長と合流して貿易港へとやって来た。
積まれている大型木箱の上に座って、双眼鏡片手に不審な事がないかを見張る。
「今更だが美緒はいらねーんだけど……つーか、なんでアフロ?」
「え、私いらなかったんですか?」
てっきり副長の指示だと思っていたのに、そうではなかったらしい。
それでも、退と一緒にいれる事に変わりはなく、副長も帰れとは言わないので、このままいる事にした。
「まァ副長。これでも食べてください」
退が差し出したせんべいを1口かじるなり、ブバァッと勢いよく吹き出した。
「んがァァァ!なんじゃこりゃぁぁ!水っ……水ぅぅ!」
「副長、水なら下にいっぱいありますよ」
喉元に手を当てて、その辛さに悶え苦しんでいる副長に、海を指さすがこちらを見る余裕もないようだ。
「差し入れです。沖田さんの姉上様の激辛せんべえ」
「美緒、山崎てめぇらナメてんのか!なんでアフロ?」
「俺らに怒らんでください。怒るならミツバ殿に」
退にそう言われた副長は、黙り込んでしまった。
波が船を揺らす音が静かに響く中、退は副長に問いかける。何故、ミツバさんと会わなかったのかと。そして、副長が何も言わないのを良しとして、局長に聞きましたよ、と話を続けた。
「副長と局長、そしてミツバ殿は真選組結成前、まだ武州にいた頃からの友人だと。不審船調査なんてつまらん仕事は俺らに任せて、ミツバ殿に会えば良かったのに」
真選組結成前からとは、長い付き合いだ。それならば、久しぶりに会って話したいものではないのだろうか。積もる話もあるだろうに。
しかし、副長はそれに触れるなと言外に言うように、話を不審船にすり替えた。
「最近の攘夷浪士達のテロ活動に用いられる武器は、以前とはモノが違って来ている。中には俺達より性能のいい銃火器を所有している連中もいるって話だ。廃刀令のご時世に、民間でそんな獲物を手に入れるのは容易じゃねェ。幕府の誰かが横流しして闇取引しているのは間違いねェんだ」
「副長、ミツバ殿と何かありましたか?」
副長が話を逸らしたというのに、退はそれでもミツバさんとの話に持っていく。
副長も普通に「何かある。間違いねェ」と答えているのがなんともおかしくて、双眼鏡で港を見たまま笑ってしまった。
自分の発言に気付いたのか、慌てて「あるわけねーだろ!」と訂正しだした。
「てめっ、何言ってんだ殺すぞコルァ!美緒も笑ってんじゃねェ!なんでアフロなんだお前ら。オイ殺すぞ!」
「ミツバ殿結婚するらしいですよ」
「あはは……もう笑かさないで」
双眼鏡も持っていられなくなり、口に手を当てて声を抑えて笑う。
「だから関係ねーって言ってんだろ!美緒もいつまで笑ってんだよ!なんもおもしろくねーんだよ!アフロ共オイ!なんでアフロなんだよ殺すよ!ホント!」
「相手は貿易商で大層な長者とか。玉の輿ですな」
「知るかよ。なんだよ、ですなって。いちいち腹立つなコイツ。ったく、監察がくだらねー事観察してんじゃねーよ」
副長は文句を言いながら、激辛せんべいを食べている。
「副長あれ!」
私の笑いも治まってきた頃、退が何かを見付けたらしく反応したのが分かった。
慌てて私も双眼鏡を覗く。
副長は、返事の代わりに、ブバッとせんべいを吹き出した。
双眼鏡越しに見えたのは、武器を取引している現場。更に拡大して見てみれば、船から下ろした箱の中には、武器が詰められている。
「引き上げるぞ」
「え、副長?」
さっさと木箱からおりていく副長の後を追いかける。今はまだ泳がせておくつもりなのだろうか。
退の運転で屯所に戻っている道すがら、副長が制止をかけた。
「山崎、止めろ」
車のヘッドランプが照らし出すその先には、男女の姿。1人は知っている後ろ姿だ。
車が止まり、副長と退が降りるのを見て、私も降りる事にした。
銀ちゃんがなんでミツバさんと?
「オイてめーら。そこで何やってる?この屋敷の……」
「と……十四郎さん……」
ミツバさんは、副長を見るなり、激しく咳き込み倒れてしまった。
突然の展開に、副長とミツバさんを交互に見る。
「み、ミツバさん!しっかりして!」
「オイ!しっかりしろ!オイ!」
傍に駆け寄って、ミツバさんの体を抱き起こす。
ミツバさんをお姫様抱っこしようと、腰を安定させて抱き上げた。
私の腕に、ミツバさんの全体重が乗ったはずなのに、あまりの軽さに愕然とした。
体があまり良くないとは聞いていたけれど、体重の軽さがその重症度を物語っている。
ミツバさんは、沖田の食事を気にしていたようだが、ミツバさん自身もちゃんと食べているのだろうか。もしかして、食べたくても食べられないのだろうか。
「美緒、代わるわ。落としそうで怖ェ」
「え?……うん、ありがとう」
想像以上に軽かったので落としはしないだろうが、万が一の事を考えて、銀ちゃんに代わってもらう事にした。
後は、医者や屋敷の人に任せて、私達は邪魔にならないよう、隣の和室で待機する事に。
退は、監察の性なのか襖を少し開けて、ミツバさんの様子を窺っている。
「ようやく落ち着いたみたいですよ」
と、退から報告を受け、胸を撫で下ろす。
倒れたのが屋敷前だったのが、不幸中の幸いだ。
「美緒はなんでアフロにしたの。どっかのおばちゃんみてーだぞ。髪ゴワゴワしてるし」
「触らないで。セットが崩れる」
頭を触ってくる銀ちゃんの手を払うが、セット出来てねーよ、とアフロを揉みこんでくる。
銀ちゃんを放って、せんべいに手を伸ばしたら先にそれが取られた。
「せんべい食うんだったら、俺があーんしてやろうか?ほれ、あーん」
「いらないよ、1人で食べれる」
食べさそうとしてくる銀ちゃんの手から、せんべいをもらう。銀ちゃんは面白くなさそうに、釣れねーの、と器からせんべいを取って齧った。
「それより旦那、アンタなんでミツバさんと?」
「……なりゆき。そういうお前はどうしてアフロ?」
「なりゆきです」と、銀ちゃんの真似をして答える退に、どんななりゆき?と疑問を呈す。
「……そちらさんは、なりゆきってカンジじゃなさそーだな」
銀ちゃんは、未だに私のアフロを揉みながら、もう片方の手ではせんべいを齧り、縁側でこちらに背を向けてタバコを吸っている副長へと視線を投げた。
ミツバさんの様子を見るのをやめたのか、退が、私と銀ちゃんの間に割って入ってきた為、横にずれる。
そこに腰を下ろした退は、これ美味しい?と聞いてきた。美味しいよ、と微笑めば撫でられた頭。
そんな中、銀ちゃんと副長の会話は進む。
「ツラ見ただけで倒れちまうたァ、よっぽどの事あったんじゃねーの、おたくら?」
「てめーにゃ関係ねェ」
紫煙を吐いて、そう冷たく言い返す副長を、銀ちゃんは口元に手を当てて笑いを堪えながら、すいませーんと口だけで謝った。
「男と女の関係に、他人が首つっ込むなんざ野暮ですたー」
「ダメですよ旦那ー。ああ見えて副長ウブなんだからー」
と、煎餅を持っていない方の手で、銀ちゃんの肩を軽く叩いて、そんな事を言ってのける。
今日の退はとても楽しそうだ。そんな退を見ていると、自然と頬が緩む。
「関係ねーっつってんだろうがァァ!大体なんでてめェここにいるんだ!」
「副長落ち着いてェ!隣に病人がいるんですよ!」
「うるせェェ!大体おめーはなんでアフロなんだよ!」
今にも銀ちゃんを斬りかかろうと、刀を振り上げる副長を、退が必死に抑えている間、銀ちゃんは素知らぬ顔で鼻をほじっている。
私はそんな3人を鑑賞しながら、お茶を飲んで和む。
その空気を、襖の開く静かな音が遮った。
「みなさん」と声をかけられ、襖の敷居に合わせるように正座をしている男に視線を集める。
「なんのお構いもなく申し訳ございません。ミツバを屋敷まで運んでくださったようでお礼申しあげます」
三つ指ついて頭を下げられたので、私も思わず居住まいを正して男に会釈する。
「私、貿易業を営んでおります、『転海屋』蔵場当馬と申します」
「ミツバさんの旦那さんになるお人ですよ」
と、副長に耳打ちする退の声が薄らと聞こえてきた。
――転海屋……ミツバさんの婚約者……
蔵馬は、謝罪を続ける。
「身体に障るゆえ、あまりあちこち出歩くなと申していたのですが……今回はうちのミツバがご迷惑おかけしました」
そして、私達の服装を見て、真選組の方かと尋ねてきた。
「ならば、ミツバの弟さんのご友人……」
「友達なんかじゃねーですよ」
割って入ってきたのは、沖田だ。
蔵馬が沖田に話しかけるが、沖田は耳に入っていないのか、わざと無視をしているのか、まっすぐ副長に歩み寄った。
「土方さんじゃありやせんか。こんな所でお会いするたァ奇遇だなァ。どのツラ下げて姉上に会いに来れたんでィ」
沖田と副長の間に、なんとも言い難い空気が流れている。相変わらずポーカーフェイスを崩さない2人の機微を読み取るのは困難だ。
「違うんです!沖田さん俺達はここに……ぶっ!」
事情を説明しようとした退の顔面を、副長が蹴り飛ばした。
口封じにしては、あまりにも強烈だ。
「ちょっと副ちょ――」
「邪魔したな」
私の言葉を遮ってそう言う副長は、退の首根っこを掴んで、部屋を出て行こうとするので慌てて立ち上がる。
銀ちゃんまたねと小さく言うと、せんべいを食べながら小さく手を挙げてくれた。
部屋を出ていく前に蔵馬に一礼し、副長を追いかける。
退が心配して、副長にいいのかと尋ねるが、何も答えない。
ふと見えたミツバさんの視線が、副長を見ているような気がした。
それがなんとも切なそうで……
この2人の過去がどんなものだったのか、知る術もないけれど、あまりいいものではなかったのかもしれない。
「結婚がなんたら言ってなかったか?」
「んだとォ!お妙さんという者がありながら局長の野郎ォ……」
「しーっ!静かにしろバカ」
今、屯所にお客様がお見えになっている。
テーブルを挟んだ局長の向かいに座っているのは、色素の薄いショートヘアのとても綺麗でお淑やかそうな女性。
退の後ろから首に腕を回して、背中にピッタリくっつく形で、少し開けられた襖から中の様子を窺っている。
私達の頭上には、中の様子を見ようと群がってくる野次馬隊士達。
「お前ら知らねーの?アレ、沖田さんの姉上様のミツバさんだよ」
「え?」
「そうなんだ」
「あ、あの毎月激辛せんべい送ってくる……辛くて食えねーんだよアレ」
聞こえてきた激辛せんべいの話に、何回も頷く。
誰1人最後まで食べきれずに、必ず残っている激辛せんべいの送り主が、あんな綺麗なお姉さんだったとは。激辛を送ってくるという事は、激辛が好きなのだろうか。
「しかし、似ても似つかんねェ。あんなおしとやかで物静かな人が沖田隊長の……」
「だからよく言うだろ。兄弟のどちらかがちゃらんぽらんだと、もう片方はしっかりした子になるんだよ。バランスが取れるようになってんの世の中」
「そんな事言ってたら沖田に殴られるよ。あの人地獄耳なんだから」
原田隊長と話す退にそう注意を向けた途端、背後からバズーカが撃たれた。
そこにいた隊士達は、バズーカによって襖を蹴破り吹き飛ばされたり、畳やテーブルに転がったりと様々。
退の背中に抱きついていたはずの私も、その衝撃で引き離されて畳に転がっている。
目を向けた先には、沖田に首を掴まれ、刀の切っ先を突きつけられている退。
「おーう総悟。やっと来たか」
「すんません。コイツ片付けたら行きやすんで」
「そーちゃんダメよ。お友達に乱暴しちゃ」
お姉様であるミツバさんにそう言われ、ギロリと睨んだのも一瞬で。
「ごめんなさいおねーちゃん!」
ガバッと土下座をして謝ったのだ。
「ええええ!」
その見た事のない光景に、唖然とする。
本当にこの人は、サディスティック星から来た王子とも呼ばれる、あの沖田総悟なのだろうか。
「ワハハハ!相変わらずミツバ殿には頭が上がらんようだな総悟」
局長は慣れているのか、豪快に笑っている。
唖然としているのは私と退だけのようで、よしよしとミツバさんに頭を撫でられている沖田をポカンと見つめる。
「お久しぶりでござんす姉上。遠路はるばる江戸までご足労ご苦労様でした」
「……誰?」
退がそう疑問を持つのも無理はない。
日頃見ている沖田とは全く違うのだから。
「まァまァ、姉弟水入らず邪魔立ては野暮だぜ」
局長は、沖田に休みを与え、ミツバさんに江戸を案内するよう伝えた。
見た事もない嬉しそうな表情で、局長に「ありがとうございます!」と頭を下げた後、これまた子供のようにミツバさんの手を取って和室を後にしたのだ。
初めて目にする沖田の言動に、悪い物でも食べたのかといらない心配をしてしまう。
局長に引きずられていく退に気付いて、慌てて後を追う。
「局長……なんですかありゃ」
退の質問に、局長から語られる沖田の過去。
幼い頃に両親を亡くして以来、ずっとミツバさんが親代わりだったのだとか。
沖田にとっては、ミツバさんが姉でもあり親でもあるという、たった1人の肉親。
「今日くらいいいだろ。男にはああいう鎧の紐解く場所が必要なんだ。特にアイツのように弱味を見せずに、片意地張って生きてる奴ほどな」
「……分かりました。今日の沖田さんは見なかった事にします」
と言っていた退だったが、舌の根も乾かぬうちに、局長と別れた瞬間、沖田を尾行しようと言い出した。
「えー!ダメだよー。そんなおもしろそうな事考えちゃ」
よし行こう!と、楽しそうに私の手を引いた。
このまま2人で尾行するのかと思いきや。
「原田原田ー。お前も沖田さん見に行かねー?」
「お!おもしろそうだな。俺も行く」
という事で、原田隊長と3人で尾行開始。
同じ隊士を尾行するという、このスリルがたまらない。バレたら絶対後で怒られるのは目に見えているのだが、こんな滅多に見られない沖田を見逃す手はない。
コソコソと電柱や看板の影から、退、私、原田隊長の順番に頭を3つ並べて沖田を尾行する。
「沖田隊長が沖田隊長じゃねェよ」
「沖田でもあんな顔するんだね。ヤバイ。めっちゃ楽しいんだけど」
「分かるぜ内田、俺も今すげー楽しい」
私の上にいる原田隊長に、テンション高く「ですよね!」と同意し、片手でハイタッチをする。
「お前ら静かにしろ。バレるだろーが」
次に入ったのは、ファミレス。
その一角で、沖田とミツバさんが座る席から少し離れた、でも声は聞こえるぐらいの場所のボックス席に座り、観察している。
「そーですか、ついに姉上も結婚……じゃあ今回は嫁入り先に挨拶も兼ねて?」
「ええ、しばらく江戸に逗留するからいつでも会えるわよ」
「本当ですか。嬉しいッス!」
「フフ、私も嬉しい」
類稀に見ない沖田の弟としての表情を、双眼鏡越しに観察する。
あんな沖田の表情は初めて見るので貴重だ。
写真に収められないのが残念でならない。その代わり、しっかりと目に焼き付けておく。
「じゃあ嫁入りして江戸に住めば、これからいつでも会えるんですね」
「そうよ」
「僕……嬉しいッス」
「フフ、私もよ」
「僕だってよォォ!」
「はっ原田隊長、笑いすぎですよ」
テーブルに伏せて、声が出ないように口を片手で押さえて笑う原田隊長に、同じような状況になっている自分を棚に上げて注意を入れる。
退も双眼鏡を覗いてはいるけれど、同じく笑いを我慢しているに違いない。
「ぎゃああああ!」
その時、私達が座っていたテーブルが爆発した。
沖田が、ミツバさんを外に注意を向けたその隙をついて、バズーカを撃ち放ったのだ。
凄まじい爆発と共に、煤だらけになる私達3人。
私と退は、アフロにされてしまった。原田隊長は、元々スキンヘッドなので、髪型に支障はなかったようで羨ましい。
「みなさんとは仲良くやっているの?いじめられたりしてない?」
「うーん。たまに嫌な奴もいるけど……僕くじけませんよ」
いけしゃあしゃあとよく言う。沖田の嫌がらせに挫けていないのはこちらの方だ。そして、嫌な奴も沖田だと言いたい。
「何あの猫かぶり。ねぇ、ミツバさんに沖田からいじめられてるって言いに行ってもいい?」
「やめときな。返り討ちに遭うだけだ」
確かに、と不満を抱えながらも、後の事を考えて告げ口はしない事に決めた。
せっかく来たので、何か食べて行こうという話になり、沖田の観察もやめて食べ物を注文した。
談笑しながらご飯も食べ終えて、会計を済ませた後ふと見た先に、中に入って行く銀髪が見えて思わず足を止める。
「美緒ちゃん?」
「あ、ごめん。なんでもない」
銀ちゃんも、1人でファミレスに来る事くらいはあるだろう。そう珍しい事でもない。
店を出てから、これから何しようかと話し合っていた時、今日は非番ではないので、そう油も売っていられない事に気が付いた。
「隊長はこれから何するんですか?」
「この間捕まえた攘夷浪士を拷問しに行く。内田も一緒に行くか?」
「や、遠慮しときます」
「あ、ちょっと電話出る」
退が電話している間に、髪を直そうと櫛を入れたが通らない。必ず途中で引っかかってしまう。
「原田隊長見てください。櫛置きになりました」
「あははは。なんの活用だよソレは」
アフロに刺さったままの櫛を見せれば、爆笑された。
「悪い原田。俺ら仕事入った。ここで解散だ」
「お、マジか。分かった」
「俺らの"ら"って私?」
他に誰がいんの、と手を取られた。
退と2人での仕事とは一体どんなものなのだろうか。
「隊長また後で」
「おう、気を付けてなー」
隊長も、と手を振って別れた。
私は退に手を引かれたまま、次の仕事現場へと足を向ける。
「私ら2人でなんの仕事なの?」
「不審船調査」
「え?それだったらどっちか1人で良くない?なんか目的あんのかな?」
不審船調査は、外から密輸したり違法な銃器を運んだりしている疑いのある船を調査するので、1人でも出来るはずだ。
外に1人と、中に入る1人とで分けるのだろうか。
副長の考える事は未だによく分からない。
しかし、久しぶりに退と一緒の仕事なので、楽しくない調査も、一気に楽しいものに変わる。
副長と合流して貿易港へとやって来た。
積まれている大型木箱の上に座って、双眼鏡片手に不審な事がないかを見張る。
「今更だが美緒はいらねーんだけど……つーか、なんでアフロ?」
「え、私いらなかったんですか?」
てっきり副長の指示だと思っていたのに、そうではなかったらしい。
それでも、退と一緒にいれる事に変わりはなく、副長も帰れとは言わないので、このままいる事にした。
「まァ副長。これでも食べてください」
退が差し出したせんべいを1口かじるなり、ブバァッと勢いよく吹き出した。
「んがァァァ!なんじゃこりゃぁぁ!水っ……水ぅぅ!」
「副長、水なら下にいっぱいありますよ」
喉元に手を当てて、その辛さに悶え苦しんでいる副長に、海を指さすがこちらを見る余裕もないようだ。
「差し入れです。沖田さんの姉上様の激辛せんべえ」
「美緒、山崎てめぇらナメてんのか!なんでアフロ?」
「俺らに怒らんでください。怒るならミツバ殿に」
退にそう言われた副長は、黙り込んでしまった。
波が船を揺らす音が静かに響く中、退は副長に問いかける。何故、ミツバさんと会わなかったのかと。そして、副長が何も言わないのを良しとして、局長に聞きましたよ、と話を続けた。
「副長と局長、そしてミツバ殿は真選組結成前、まだ武州にいた頃からの友人だと。不審船調査なんてつまらん仕事は俺らに任せて、ミツバ殿に会えば良かったのに」
真選組結成前からとは、長い付き合いだ。それならば、久しぶりに会って話したいものではないのだろうか。積もる話もあるだろうに。
しかし、副長はそれに触れるなと言外に言うように、話を不審船にすり替えた。
「最近の攘夷浪士達のテロ活動に用いられる武器は、以前とはモノが違って来ている。中には俺達より性能のいい銃火器を所有している連中もいるって話だ。廃刀令のご時世に、民間でそんな獲物を手に入れるのは容易じゃねェ。幕府の誰かが横流しして闇取引しているのは間違いねェんだ」
「副長、ミツバ殿と何かありましたか?」
副長が話を逸らしたというのに、退はそれでもミツバさんとの話に持っていく。
副長も普通に「何かある。間違いねェ」と答えているのがなんともおかしくて、双眼鏡で港を見たまま笑ってしまった。
自分の発言に気付いたのか、慌てて「あるわけねーだろ!」と訂正しだした。
「てめっ、何言ってんだ殺すぞコルァ!美緒も笑ってんじゃねェ!なんでアフロなんだお前ら。オイ殺すぞ!」
「ミツバ殿結婚するらしいですよ」
「あはは……もう笑かさないで」
双眼鏡も持っていられなくなり、口に手を当てて声を抑えて笑う。
「だから関係ねーって言ってんだろ!美緒もいつまで笑ってんだよ!なんもおもしろくねーんだよ!アフロ共オイ!なんでアフロなんだよ殺すよ!ホント!」
「相手は貿易商で大層な長者とか。玉の輿ですな」
「知るかよ。なんだよ、ですなって。いちいち腹立つなコイツ。ったく、監察がくだらねー事観察してんじゃねーよ」
副長は文句を言いながら、激辛せんべいを食べている。
「副長あれ!」
私の笑いも治まってきた頃、退が何かを見付けたらしく反応したのが分かった。
慌てて私も双眼鏡を覗く。
副長は、返事の代わりに、ブバッとせんべいを吹き出した。
双眼鏡越しに見えたのは、武器を取引している現場。更に拡大して見てみれば、船から下ろした箱の中には、武器が詰められている。
「引き上げるぞ」
「え、副長?」
さっさと木箱からおりていく副長の後を追いかける。今はまだ泳がせておくつもりなのだろうか。
退の運転で屯所に戻っている道すがら、副長が制止をかけた。
「山崎、止めろ」
車のヘッドランプが照らし出すその先には、男女の姿。1人は知っている後ろ姿だ。
車が止まり、副長と退が降りるのを見て、私も降りる事にした。
銀ちゃんがなんでミツバさんと?
「オイてめーら。そこで何やってる?この屋敷の……」
「と……十四郎さん……」
ミツバさんは、副長を見るなり、激しく咳き込み倒れてしまった。
突然の展開に、副長とミツバさんを交互に見る。
「み、ミツバさん!しっかりして!」
「オイ!しっかりしろ!オイ!」
傍に駆け寄って、ミツバさんの体を抱き起こす。
ミツバさんをお姫様抱っこしようと、腰を安定させて抱き上げた。
私の腕に、ミツバさんの全体重が乗ったはずなのに、あまりの軽さに愕然とした。
体があまり良くないとは聞いていたけれど、体重の軽さがその重症度を物語っている。
ミツバさんは、沖田の食事を気にしていたようだが、ミツバさん自身もちゃんと食べているのだろうか。もしかして、食べたくても食べられないのだろうか。
「美緒、代わるわ。落としそうで怖ェ」
「え?……うん、ありがとう」
想像以上に軽かったので落としはしないだろうが、万が一の事を考えて、銀ちゃんに代わってもらう事にした。
後は、医者や屋敷の人に任せて、私達は邪魔にならないよう、隣の和室で待機する事に。
退は、監察の性なのか襖を少し開けて、ミツバさんの様子を窺っている。
「ようやく落ち着いたみたいですよ」
と、退から報告を受け、胸を撫で下ろす。
倒れたのが屋敷前だったのが、不幸中の幸いだ。
「美緒はなんでアフロにしたの。どっかのおばちゃんみてーだぞ。髪ゴワゴワしてるし」
「触らないで。セットが崩れる」
頭を触ってくる銀ちゃんの手を払うが、セット出来てねーよ、とアフロを揉みこんでくる。
銀ちゃんを放って、せんべいに手を伸ばしたら先にそれが取られた。
「せんべい食うんだったら、俺があーんしてやろうか?ほれ、あーん」
「いらないよ、1人で食べれる」
食べさそうとしてくる銀ちゃんの手から、せんべいをもらう。銀ちゃんは面白くなさそうに、釣れねーの、と器からせんべいを取って齧った。
「それより旦那、アンタなんでミツバさんと?」
「……なりゆき。そういうお前はどうしてアフロ?」
「なりゆきです」と、銀ちゃんの真似をして答える退に、どんななりゆき?と疑問を呈す。
「……そちらさんは、なりゆきってカンジじゃなさそーだな」
銀ちゃんは、未だに私のアフロを揉みながら、もう片方の手ではせんべいを齧り、縁側でこちらに背を向けてタバコを吸っている副長へと視線を投げた。
ミツバさんの様子を見るのをやめたのか、退が、私と銀ちゃんの間に割って入ってきた為、横にずれる。
そこに腰を下ろした退は、これ美味しい?と聞いてきた。美味しいよ、と微笑めば撫でられた頭。
そんな中、銀ちゃんと副長の会話は進む。
「ツラ見ただけで倒れちまうたァ、よっぽどの事あったんじゃねーの、おたくら?」
「てめーにゃ関係ねェ」
紫煙を吐いて、そう冷たく言い返す副長を、銀ちゃんは口元に手を当てて笑いを堪えながら、すいませーんと口だけで謝った。
「男と女の関係に、他人が首つっ込むなんざ野暮ですたー」
「ダメですよ旦那ー。ああ見えて副長ウブなんだからー」
と、煎餅を持っていない方の手で、銀ちゃんの肩を軽く叩いて、そんな事を言ってのける。
今日の退はとても楽しそうだ。そんな退を見ていると、自然と頬が緩む。
「関係ねーっつってんだろうがァァ!大体なんでてめェここにいるんだ!」
「副長落ち着いてェ!隣に病人がいるんですよ!」
「うるせェェ!大体おめーはなんでアフロなんだよ!」
今にも銀ちゃんを斬りかかろうと、刀を振り上げる副長を、退が必死に抑えている間、銀ちゃんは素知らぬ顔で鼻をほじっている。
私はそんな3人を鑑賞しながら、お茶を飲んで和む。
その空気を、襖の開く静かな音が遮った。
「みなさん」と声をかけられ、襖の敷居に合わせるように正座をしている男に視線を集める。
「なんのお構いもなく申し訳ございません。ミツバを屋敷まで運んでくださったようでお礼申しあげます」
三つ指ついて頭を下げられたので、私も思わず居住まいを正して男に会釈する。
「私、貿易業を営んでおります、『転海屋』蔵場当馬と申します」
「ミツバさんの旦那さんになるお人ですよ」
と、副長に耳打ちする退の声が薄らと聞こえてきた。
――転海屋……ミツバさんの婚約者……
蔵馬は、謝罪を続ける。
「身体に障るゆえ、あまりあちこち出歩くなと申していたのですが……今回はうちのミツバがご迷惑おかけしました」
そして、私達の服装を見て、真選組の方かと尋ねてきた。
「ならば、ミツバの弟さんのご友人……」
「友達なんかじゃねーですよ」
割って入ってきたのは、沖田だ。
蔵馬が沖田に話しかけるが、沖田は耳に入っていないのか、わざと無視をしているのか、まっすぐ副長に歩み寄った。
「土方さんじゃありやせんか。こんな所でお会いするたァ奇遇だなァ。どのツラ下げて姉上に会いに来れたんでィ」
沖田と副長の間に、なんとも言い難い空気が流れている。相変わらずポーカーフェイスを崩さない2人の機微を読み取るのは困難だ。
「違うんです!沖田さん俺達はここに……ぶっ!」
事情を説明しようとした退の顔面を、副長が蹴り飛ばした。
口封じにしては、あまりにも強烈だ。
「ちょっと副ちょ――」
「邪魔したな」
私の言葉を遮ってそう言う副長は、退の首根っこを掴んで、部屋を出て行こうとするので慌てて立ち上がる。
銀ちゃんまたねと小さく言うと、せんべいを食べながら小さく手を挙げてくれた。
部屋を出ていく前に蔵馬に一礼し、副長を追いかける。
退が心配して、副長にいいのかと尋ねるが、何も答えない。
ふと見えたミツバさんの視線が、副長を見ているような気がした。
それがなんとも切なそうで……
この2人の過去がどんなものだったのか、知る術もないけれど、あまりいいものではなかったのかもしれない。