傘に打ち付ける雨音は弱まりそうも無い。男子二人には少し小さい傘は、より背が高い方の私が差している。
「しっかし、良い店員さんだったな！いーおーり！」にししっと笑う兄さんの笑顔は大好きだが、今日ばかりは少し厄介に思えた。...そうですね、と無難に、それ以上話題が深くならないように素っ気なく返事をしたが、効果は無かった。「...一織さ、あのタイプの女の子好きだろ？」「っは、なんですかいきなり！？」「だって入店してからずっと様子おかしかったし、最後顔赤かったぞ！」そんなはずない、出来るだけポーカーフェイスを心掛けていたつもりではあったが、上昇した体温は誤魔化せなかったようだ。顔を触ると熱い。
「まあ、兄ちゃん的には嬉しいけどな！恋愛に興味が無かった一織があんな反応する日が来るなんてなー」恋愛に興味が無い、と言うか意味が分からなかった。女の子に告白された事も...まあ、何度かある。でも、特にその子に恋愛感情を抱いているつもりなどなかったので、断って来た。一織くんがかっこいいと思って、優しいと思って。よく言われる言葉だ。しかし、だからって恋愛感情に繋がるわけでもないだろう。それでは、恋愛感情って何なのだろう。キュンキュンする事、ドキドキする事。なぜか相手を目で追ってしまう事。月並みな表現だが、振り返ってみると今日の私の感情にほとんど当てはまっている。

月並みな表現ではなく、私だけの恋愛感情はどうだろう？恋愛とは、...その...ふわふわして幸せそうで、春のうさぎみたいなものなのではないだろうか。彼女にはその表現がぴったりだった。雨が降っているが今の季節は春だ。偶然にも出会ったあの場所は「うさぎ」だ。そして彼女自身も...ふわふわとしてにこにことして、可愛らしいうさぎのようだった。

「...兄さん。」
「どしたー？」
「あの、今日の店員さんに名前を聞いたら迷惑でしょうか...？」
「！いや、迷惑ではないだろ！今度傘返し行かなきゃだしな！ちょっとお礼もするか。その時聞いてみようぜ。きっと教えてくれるだろ。」
「...はい。」そのあと背中をビシッと叩かれたが、痛みは少しも感じなかった。