第一章 不幸の種の芽吹かせ方
我らがメシア様より賜った、シュール様のお守りという任務。
とはいえ、シュール様の向かいそうな場所なんて見当もつかないから、とりあえず先ほどアキラ様のもとを訪ねてきた男の身辺から探りを入れてみることにした。
居なくなった妹さんを捜索していれば、いつかは同じ目的で動いているシュール様にもどこかで出会えるだろう。
簡単に準備を終えたあと、俺は救護院の扉を開ける。
「うわ、寒……」
庭園の中は眠くなるような暖かさだったのに、一歩外に出ると冷たさを帯びた風がぼんやりとした頭を急速に冴えさせる。
時刻はそろそろ夕方に入る頃。
俺は救護院の庭園をあとにして、緩やかな長い坂道を下っていく。
坂道は途中から細やかなタイルで色鮮やかに舗装され始める。そうすると、そこはもう貴族街だ。
胎樹の根元にある救護院からは少し距離を取りつつも、周囲を囲むように貴族たちの優雅な邸宅が配置されている。
胎樹とメシア様の近くに居るのは恐れ多いが、それはそれとして一番恩恵を受けられる場所に住みたい、みたいな思惑を感じてしまうのは、俺が捻くれすぎているのだろうか。
貴族街を過ぎれば、丘の中層、商業区と住宅区のある場所だ。
明かりがともりだした街並みは、貴族街とはまた違った色とりどりの配色と活気に溢れている。
どこかの料理店か一般家庭の夕食だろうか、バターで焼いた魚の香ばしい匂いが鼻をくすぐる。
この街は海がすぐ目の前なのもあり、魚料理がとても有名だ。
俺もここに来るまでは、魚なんて干したものくらいしか食べたことがなかったが、ここではほとんど生のままの料理なんかも一般家庭で作られていて驚いた。
砂と水の都と言われるこの街・アキュサヴィアは、広い砂漠をぶった切って流れる大河の終わり、海岸線がカタツムリの殻のように渦を巻いた地形の中央にある。
街は丘の頂上にそびえる巨大な水の胎樹を起点になだらかな傾斜に合わせて発展していった。
元々は河の終わりにあった中州が、胎樹の成長と共に川底から盛り上がっていって、今では一都市が出来るまでの丘になったんだとか。
まあ、それも伝説みたいなもので、実際のところは胎樹と繋がっているというメシア様しか知らないだろう。
さらに下って行って、一番岸に近い場所がガラス細工の工房街と、漁港になっている。
砂漠の砂を加工するガラス工房は凪いだ内海の方面に、漁港は魚が豊富な外海方面に分かれて街を取り囲んでいる。
そうこうしているうちに、込み入った住宅街の外れまでたどり着いた。
路地を一つ奥に入った先に、ひっそりと身を隠すようにバーがある。
看板には二匹のウサギの横顔をあしらってあり、飛び跳ねるような字体で『バニーホップ』と書いてある。
落ち着いたブラウンの扉の白いノブを掴んで押し開けると、コロンコロンと隠れ家的なバーに似つかわぬ弾むようなベルの音がする。
「いらっしゃイ、でも、まだ開店前ダヨー」
カウンターに立っているのは、チョコレート色の毛皮に長い耳が特徴的なウサギの獣人。
マスターと言うにはまだまだ若そうに見えるが、身長は、一般的な人間の平均身長な俺より頭一つ分大きい。
糊のきいた白いシャツに、キチッとした黒いベストと首元の小さな蝶ネクタイがとてもキマっていていつ見てもかっこいい。
「アラ? メシア様のところの眼帯ボーイじゃないカ」
マスターはつぶらな黒い瞳をチラッとこちらに向けると、グラスを磨く手は止めずに、その独特なイントネーションでからかってくる。
「いや、ボーイって……。ちゃんと成人してますって」
「あソウ? マいいか、で、お酒飲みに来たわけじゃないよネ?」
「はい。今日は情報屋の方でお願いしたいことがあって」
「ふーん」
どうでもよさげに返事をしながら、マスターは俺に指で扉をちょいちょいと指し示す。
いつものように俺は内側の錠を下ろして鍵をかけた。
「で、なんの情報カナ?」
コトリとグラスをカウンターに置くと、マスターは両手を組み合わせ頬杖をついて俺をじっと見上げる。
「この街の住人について。ここ数日失踪した妹を探し回っている男が居たと思うんですが」
「アー、あの人ネ。今日はソッチに行ってたんじゃないノ?」
「も、もう耳に入っているんですね……さすが情報通。今、シュール様がその人の妹のことを探していて、少しでも情報が欲しいんです」
事情を説明すると、マスターは急に片手で顔を覆いだす。
「アァ~、ミコ様案件なのネ……。それならお代は……この前の借りがあるからネ……。チャラにしてあげるヨ……」
一体マスターとシュール様に間に何があったのだろうか。
俺には全く与り知らないが、シュール様のおかげで自分の懐が痛まなくてすんだ事に内心感謝した。
ものすごく、ものすごーく渋々といった様子でマスターは自分の仕入れた情報を開示する。
懺悔に来たあの男はテオと言って、失踪した妹・アリーチェと二人、両親から引き継いだ小さな菓子店を営んでいた。
二人の両親は数年前に馬車の事故によって他界している。
店は住宅街の中に溶け込むように営業しており、基本的に近所の住民たちに人気だったようだ。
時々、観光街まで足を伸ばしてお菓子の手売りをすることもあった。
そして、妹のアリーチェが姿を消したのも、今から五日前、観光街までお菓子を売りに行った帰りだったらしい。
その日アリーチェは観光街の広場まで足を伸ばし、夕日が落ちる頃までお菓子を売っていたのが目撃されている。
おそらく彼女が居なくなったのは、帰り道の途中。
現時点では、なんの情報も入ってきていないとのことだった――
マスターに感謝を述べて、店をあとにした俺は、そのまま観光街の円形広場に足を運ぶ。
並ぶ屋台に手売りの商売人、仕事終わりに夕飯にありつこうとている住民に愉しげにはしゃぐ観光客の声で辺りは騒々しいくらいだ。
時刻はちょうど、日が沈んだ頃。
行方不明になった妹の足取りをたどってみるには良い頃合いだ。
正直、腹も減ってきたし寄り道をしたい気分なのだが、ぐっとこらえて教えられた道順をたどっていく。
この街の夜は、場所によって暗さが異なる。
貴族街と観光街は夜でも道がよく見えるほど胎樹の樹液を燃料にした外灯が煌々と灯っている。
だが、街を下って行くにつれて、外灯の間隔は開き、家々の明かりもどんどん減っていく。
道を一本奥に入った路地裏なんかは、特に昏い。
彼女は家路を急ぐあまり、この暗がりへと足を踏み入れてしまったのだろう。
俺はいったん邪魔にならない道の端に寄って、懐から薄緑色の小瓶を取り出す。
ガングゥ博士特製の視覚強化剤だ。
小瓶から一滴左目に垂らすと、さっきまで漠然と闇が溜まって見えた路地裏の姿が見通せるようになる。
あちこちにゴミが不法投棄され、表の活気とはかけ離れた寂れた有様だ。
とても歩きづらい事この上ない道だが、通りをよく知った小柄な女性であれば、支障なくすいすい通っていけるだろう。
……と、路地の先でキラリと光る者が目に入る。
月光を受けて煌めくのは、銀の髪。
これは、視覚強化されて無くても分かる。シュール様だ。
見知らぬ男と連れだって歩いている。
……えっ、誘拐……!?
まさかと思って、それでも駆けだそうと脚に力を込めたそのとき、シュール様はチラリとこちらを振り返った。
まだずいぶんと距離があるはずだが赤黒の両目は完全に俺のことを捉えていた。
愉しそうに嗤う目元が、バレバレだ、と俺に告げ、なおかつ問題ないからそこに居ろ、とまで命令してきているような気がする。
気がするだけだが、間違いは無いだろう。
あの目は完全に新しいおもちゃを見つけた目だ。
これから首元に噛みついて、放り投げたり飛びかかったりして遊ぼうとする猫のそれだ。
たとえあの男が恐れ多くもあの化け猫系美少年を誘拐しようとしているのだとしても、最期に手玉にとられるのはあの男の方だろう。
……じゃあ安心だ、もう帰るか、なんて訳にもいかず、俺は気配を殺して今の距離を保ったまま二人の跡を追う。
さすがに死人が出たりしたらお守りの意味が無い。
俺も多少は闘いの経験があるとはいえ、あの凶悪御子様を一人で止めるなんてのは無謀すぎる。
せめて止めようとしたんですけど無理でした、と言えるように、事の顛末だけは見届けようと思う。
「お兄さんありがとう♪ バイバイ」
裏通りから大通りまで行くと、シュール様は素直な子供のように手を振って、意外とあっさり別れを告げる。
男の方も、やや困惑気味に手を振り返し、そのまま去って行った。
本当にただ単に、夜中に子供が一人でいるのを心配しただけの、親切な一般人だったなんて。こんな世の中にもいい人ってのは居るらしい。
男の姿が角を曲がって見えなくなってから駆け寄ると、シュール様は待ち構えるように俺を出迎える。
「どうやらボクを探していたようだけど。どーせアイツの差し金なんだろう? 心配……いや、あの朴念仁にそんな心の機微なんて無いか。全く、余計なお世話だね」
「す、すみません……」
俺が謝るいわれは無いと思うのだが、あからさまに機嫌が悪くなった御子様を前にして、萎縮するなと言う方が無理がある。あのトカゲ男 であればヘラヘラしているのかもしれないが……。
「キミが謝ることはないよ。アイツ、無自覚で従いたくなるような圧力を出してたんだろうし。なによりビノアはそういうのを断れない。でしょ?」
「うっ」全くその通りで言葉もない。
「まあ、ボクの邪魔さえしなければ、好きに付きまとってもらって結構だよ? ボクも好きにさせてもらうからね」
そう言って、妖しげに両目を細めると、くるりと後ろを向いてぐぅっと伸びをする。
「今日はもう十分。さぁて、明日は朝からお出かけしようかな」
とはいえ、シュール様の向かいそうな場所なんて見当もつかないから、とりあえず先ほどアキラ様のもとを訪ねてきた男の身辺から探りを入れてみることにした。
居なくなった妹さんを捜索していれば、いつかは同じ目的で動いているシュール様にもどこかで出会えるだろう。
簡単に準備を終えたあと、俺は救護院の扉を開ける。
「うわ、寒……」
庭園の中は眠くなるような暖かさだったのに、一歩外に出ると冷たさを帯びた風がぼんやりとした頭を急速に冴えさせる。
時刻はそろそろ夕方に入る頃。
俺は救護院の庭園をあとにして、緩やかな長い坂道を下っていく。
坂道は途中から細やかなタイルで色鮮やかに舗装され始める。そうすると、そこはもう貴族街だ。
胎樹の根元にある救護院からは少し距離を取りつつも、周囲を囲むように貴族たちの優雅な邸宅が配置されている。
胎樹とメシア様の近くに居るのは恐れ多いが、それはそれとして一番恩恵を受けられる場所に住みたい、みたいな思惑を感じてしまうのは、俺が捻くれすぎているのだろうか。
貴族街を過ぎれば、丘の中層、商業区と住宅区のある場所だ。
明かりがともりだした街並みは、貴族街とはまた違った色とりどりの配色と活気に溢れている。
どこかの料理店か一般家庭の夕食だろうか、バターで焼いた魚の香ばしい匂いが鼻をくすぐる。
この街は海がすぐ目の前なのもあり、魚料理がとても有名だ。
俺もここに来るまでは、魚なんて干したものくらいしか食べたことがなかったが、ここではほとんど生のままの料理なんかも一般家庭で作られていて驚いた。
砂と水の都と言われるこの街・アキュサヴィアは、広い砂漠をぶった切って流れる大河の終わり、海岸線がカタツムリの殻のように渦を巻いた地形の中央にある。
街は丘の頂上にそびえる巨大な水の胎樹を起点になだらかな傾斜に合わせて発展していった。
元々は河の終わりにあった中州が、胎樹の成長と共に川底から盛り上がっていって、今では一都市が出来るまでの丘になったんだとか。
まあ、それも伝説みたいなもので、実際のところは胎樹と繋がっているというメシア様しか知らないだろう。
さらに下って行って、一番岸に近い場所がガラス細工の工房街と、漁港になっている。
砂漠の砂を加工するガラス工房は凪いだ内海の方面に、漁港は魚が豊富な外海方面に分かれて街を取り囲んでいる。
そうこうしているうちに、込み入った住宅街の外れまでたどり着いた。
路地を一つ奥に入った先に、ひっそりと身を隠すようにバーがある。
看板には二匹のウサギの横顔をあしらってあり、飛び跳ねるような字体で『バニーホップ』と書いてある。
落ち着いたブラウンの扉の白いノブを掴んで押し開けると、コロンコロンと隠れ家的なバーに似つかわぬ弾むようなベルの音がする。
「いらっしゃイ、でも、まだ開店前ダヨー」
カウンターに立っているのは、チョコレート色の毛皮に長い耳が特徴的なウサギの獣人。
マスターと言うにはまだまだ若そうに見えるが、身長は、一般的な人間の平均身長な俺より頭一つ分大きい。
糊のきいた白いシャツに、キチッとした黒いベストと首元の小さな蝶ネクタイがとてもキマっていていつ見てもかっこいい。
「アラ? メシア様のところの眼帯ボーイじゃないカ」
マスターはつぶらな黒い瞳をチラッとこちらに向けると、グラスを磨く手は止めずに、その独特なイントネーションでからかってくる。
「いや、ボーイって……。ちゃんと成人してますって」
「あソウ? マいいか、で、お酒飲みに来たわけじゃないよネ?」
「はい。今日は情報屋の方でお願いしたいことがあって」
「ふーん」
どうでもよさげに返事をしながら、マスターは俺に指で扉をちょいちょいと指し示す。
いつものように俺は内側の錠を下ろして鍵をかけた。
「で、なんの情報カナ?」
コトリとグラスをカウンターに置くと、マスターは両手を組み合わせ頬杖をついて俺をじっと見上げる。
「この街の住人について。ここ数日失踪した妹を探し回っている男が居たと思うんですが」
「アー、あの人ネ。今日はソッチに行ってたんじゃないノ?」
「も、もう耳に入っているんですね……さすが情報通。今、シュール様がその人の妹のことを探していて、少しでも情報が欲しいんです」
事情を説明すると、マスターは急に片手で顔を覆いだす。
「アァ~、ミコ様案件なのネ……。それならお代は……この前の借りがあるからネ……。チャラにしてあげるヨ……」
一体マスターとシュール様に間に何があったのだろうか。
俺には全く与り知らないが、シュール様のおかげで自分の懐が痛まなくてすんだ事に内心感謝した。
ものすごく、ものすごーく渋々といった様子でマスターは自分の仕入れた情報を開示する。
懺悔に来たあの男はテオと言って、失踪した妹・アリーチェと二人、両親から引き継いだ小さな菓子店を営んでいた。
二人の両親は数年前に馬車の事故によって他界している。
店は住宅街の中に溶け込むように営業しており、基本的に近所の住民たちに人気だったようだ。
時々、観光街まで足を伸ばしてお菓子の手売りをすることもあった。
そして、妹のアリーチェが姿を消したのも、今から五日前、観光街までお菓子を売りに行った帰りだったらしい。
その日アリーチェは観光街の広場まで足を伸ばし、夕日が落ちる頃までお菓子を売っていたのが目撃されている。
おそらく彼女が居なくなったのは、帰り道の途中。
現時点では、なんの情報も入ってきていないとのことだった――
マスターに感謝を述べて、店をあとにした俺は、そのまま観光街の円形広場に足を運ぶ。
並ぶ屋台に手売りの商売人、仕事終わりに夕飯にありつこうとている住民に愉しげにはしゃぐ観光客の声で辺りは騒々しいくらいだ。
時刻はちょうど、日が沈んだ頃。
行方不明になった妹の足取りをたどってみるには良い頃合いだ。
正直、腹も減ってきたし寄り道をしたい気分なのだが、ぐっとこらえて教えられた道順をたどっていく。
この街の夜は、場所によって暗さが異なる。
貴族街と観光街は夜でも道がよく見えるほど胎樹の樹液を燃料にした外灯が煌々と灯っている。
だが、街を下って行くにつれて、外灯の間隔は開き、家々の明かりもどんどん減っていく。
道を一本奥に入った路地裏なんかは、特に昏い。
彼女は家路を急ぐあまり、この暗がりへと足を踏み入れてしまったのだろう。
俺はいったん邪魔にならない道の端に寄って、懐から薄緑色の小瓶を取り出す。
ガングゥ博士特製の視覚強化剤だ。
小瓶から一滴左目に垂らすと、さっきまで漠然と闇が溜まって見えた路地裏の姿が見通せるようになる。
あちこちにゴミが不法投棄され、表の活気とはかけ離れた寂れた有様だ。
とても歩きづらい事この上ない道だが、通りをよく知った小柄な女性であれば、支障なくすいすい通っていけるだろう。
……と、路地の先でキラリと光る者が目に入る。
月光を受けて煌めくのは、銀の髪。
これは、視覚強化されて無くても分かる。シュール様だ。
見知らぬ男と連れだって歩いている。
……えっ、誘拐……!?
まさかと思って、それでも駆けだそうと脚に力を込めたそのとき、シュール様はチラリとこちらを振り返った。
まだずいぶんと距離があるはずだが赤黒の両目は完全に俺のことを捉えていた。
愉しそうに嗤う目元が、バレバレだ、と俺に告げ、なおかつ問題ないからそこに居ろ、とまで命令してきているような気がする。
気がするだけだが、間違いは無いだろう。
あの目は完全に新しいおもちゃを見つけた目だ。
これから首元に噛みついて、放り投げたり飛びかかったりして遊ぼうとする猫のそれだ。
たとえあの男が恐れ多くもあの化け猫系美少年を誘拐しようとしているのだとしても、最期に手玉にとられるのはあの男の方だろう。
……じゃあ安心だ、もう帰るか、なんて訳にもいかず、俺は気配を殺して今の距離を保ったまま二人の跡を追う。
さすがに死人が出たりしたらお守りの意味が無い。
俺も多少は闘いの経験があるとはいえ、あの凶悪御子様を一人で止めるなんてのは無謀すぎる。
せめて止めようとしたんですけど無理でした、と言えるように、事の顛末だけは見届けようと思う。
「お兄さんありがとう♪ バイバイ」
裏通りから大通りまで行くと、シュール様は素直な子供のように手を振って、意外とあっさり別れを告げる。
男の方も、やや困惑気味に手を振り返し、そのまま去って行った。
本当にただ単に、夜中に子供が一人でいるのを心配しただけの、親切な一般人だったなんて。こんな世の中にもいい人ってのは居るらしい。
男の姿が角を曲がって見えなくなってから駆け寄ると、シュール様は待ち構えるように俺を出迎える。
「どうやらボクを探していたようだけど。どーせアイツの差し金なんだろう? 心配……いや、あの朴念仁にそんな心の機微なんて無いか。全く、余計なお世話だね」
「す、すみません……」
俺が謝るいわれは無いと思うのだが、あからさまに機嫌が悪くなった御子様を前にして、萎縮するなと言う方が無理がある。あの
「キミが謝ることはないよ。アイツ、無自覚で従いたくなるような圧力を出してたんだろうし。なによりビノアはそういうのを断れない。でしょ?」
「うっ」全くその通りで言葉もない。
「まあ、ボクの邪魔さえしなければ、好きに付きまとってもらって結構だよ? ボクも好きにさせてもらうからね」
そう言って、妖しげに両目を細めると、くるりと後ろを向いてぐぅっと伸びをする。
「今日はもう十分。さぁて、明日は朝からお出かけしようかな」