第一章 永遠に幸せになる方法

「ふぅん……ここがお兄さんの家ねぇ……確かに、君たちみたいな庶民にはお似合いの家だね」
「そりゃあどうも……」
 誉められている気はしないが、ご機嫌を取るために一応礼を言っておく。そんなことだろうとは思っていたが、店には何度も訪れているのに、庶民の住む空間に来るのは初めてらしい。
 玄関が狭い、床が汚い、カーペットの柄が変、壁紙のセンスが悪い、などなど。よくも次から次へと文句が出てくるもんだと感心するほど言いたい放題だ。なのになぜ来たのかと言うと。自分の生活圏からかけ離れた、庶民が口にするものを食べてみたいらしい。
パンだけで十分だろうと思うのだが、それとこれとは別なのだそうで。曰く、「店で売られているものはある程度の基準を超えて作られている。従って、基準の設けられていない、いわゆる庶民の味とは呼べない」のだそうで。……難しい理屈を述べているが、実際には家に遊びに来る理由が欲しかったのかもしれない。そこを指摘するとへそを曲げて帰り出しそうなので、黙っておくことにする。
「あ、そうだ。二階には行かないでくれよ」
「どうしてだい?」
「妹がいるんだが、身体が弱くて寝てるんだ。それと、人見知りが激しくて。それに……」
「それに?」
「……半獣人の君を見たら、怖がって出てこないと思う」
 言葉を選ぶべきだったか、と、言ってから後悔するが、少年はさして気を悪くした様子もなく、「ふぅん、ボクの輝かしい美貌に恐れを為して出てこれない、と……ふふ、可愛い気のある妹さんじゃないか」と、いい意味で勘違いをしていた。少し違うのだが、指摘するのも野暮だろう。
 二階にある妹の部屋と、それなりに重要な書類が保管してある父の書斎には入らないようにお願いしてから、少年をダイニングへと連れていく。もっと我が儘を言われるかと思ったが、「ボクは高貴な生まれだからね。当然、マナーは守るさ」と少年はおとなしくついてきてくれる。……客ではあるのだが本当に偉そうな子だ。しかし、なぜか憎めない可愛らしさもある。
 狭いだなんだと文句を言うわりに、見るもの全てが真新しく感じられるようで、左右で色が異なる彼の瞳はキラキラと輝いていた。

   ◇◇◇

 俺の作った豪華とは言えない(「こんなものは質素を超えて貧相だ」と罵られたが、口に合ったようで完食していた)食事を終えて、一時間ほどカードゲームをして楽しんだ。少年は異様に勘が鋭く、どれだけこっちが手の内を隠そうとしても、あっさり見破って悠々と勝ってしまう。
 なにか種があるのかとも怪しんだが、この少年に関してはもはやなんでもありの状態だ。たとえ種も仕掛けもあったところで、俺に見破れるとは思えない。それに、彼はゲストなのだ。ゲストにいい気分になってもらえるなら、この負け越しも意味があるものなんだろう……と、思いたい。
 俺の負け越し記録がそろそろ三桁に差し掛かろうとした頃、少年が壁掛け時計に目をやって、「じゃ、そろそろお暇しようかな」と軽くあくびをしながら言った。
「ああ、すっかり遅い時間になってたな……送っていかなくて大丈夫かい?」
「平気さ。時間になったら来るよう、使いのやつに言ってあるから」
「ならいいけど……」
「それじゃあご馳走さま。妹さんによろしく言っておいて。今度はボク自らが挨拶しに行ってあげるから」
「はは、伝えておくよ」
「じゃ、またね。お兄さん」
 笑顔でそう言うと、くるりと背を向け、さっさと通りを進んでいく。……来るときも急だったが、帰るときも急だ。
一応角を曲がる辺りまでは見送ろうと少年の背中を追いかける。身体は小さいが、銀色の髪が月の光を受けて輝いているので、なかなかに目立つ。ひょこひょこと跳ねるように動いていた頭が通りの角へ消えたのを見届けてから、玄関の中へ引っ込む。ガチャリと鍵をかけたところで、静けさがやってきた。
室内の明るさもなんだか暗く感じられる。二人きりの家がこんなに広かったとは。「狭すぎる」なんて文句をいっていたけれど、おそらく彼自身の存在感が大きかったのだろう。おもわず笑みがこぼれた。

―みしっ。

 身体が硬直して、浮かべていた笑みがすっと消える。なんだ、今のは。
 二階から、音がした……?
 ばっと振り返り、階段を見上げる。息を潜め、耳をそばだてる。

―みしっ。

 やはり聞き間違いじゃない。少し間を開けて、はっきりと音がした。
「……アリス?」
 妹の名前を呼びながら階段へ近づく。返事はない。当然だ。彼女は寝ているはずだから。仮に音の正体がアリスだとしても、足音を潜める必要がない。
 まさか、泥棒が……? 盗んで得になるようなものは、ほとんど無いのに。なんでよりによってこの家を。文句を言って泥棒が帰ってくれるならありがたい限りだが、現実はそううまくはいかない。
 強ばった身体を無理矢理動かして、次の動作を考える。そうだ、武器、武器がほしい。なにか、武器を持たなくては。足音を忍ばせてキッチンに移動して、よく手に馴染んだ包丁を引っ張り出す。何も持たずに泥棒と相対するよりはマシだろう。
 ゆっくり、音を立てないようにしながら階段を昇る。一歩、また一歩。普段の見慣れた階段が、今はどこまでも続くんじゃないかと思えるほどに長く、そして暗く感じる。二階までがとても遠い……。さらに、どれだけ注意していても完全には消せない、床のきしむ音がもどかしい。
 どうにかこうにか息を詰めながら二階へ辿り着き、そっと様子を伺う。怪しい影は見当たらない。俺の思い違いか、そう思って張り詰めていた息を吐き出そうとした瞬間。
 ガタン、と一際大きい音がした。―妹の、アリスの部屋からだ。
 物盗りか、それとも別の目的か。どんな理由だってこの際どうでもいい。
 アリスの部屋に入ったからには、黙って帰すわけにはいかない。
 包丁の柄を握り直し、扉へそっと近寄り、耳を押し当てて中の音を探る。……何も聞こえない。いなくなった? いや、隠れているのか?
 悩んだところで解決策が降ってくるわけじゃないんだ。なら勢いをつけて飛び込んだほうがいいかもしれないぞ。そう思い直して、ぐっと覚悟を決める。呼吸を三つ数えたところで、扉を思いきり開け放つ。
「誰だ!?」
 包丁を構えて、中の人間を威嚇するように大声をあげる。しかし、誰もいない。誰もいないはずなのに。
「……アリス?」
 アリスが、起き上がっていた。どういうわけか、目を開き俺を見て笑っている。
「ああ、アリス。ごめんな、起こしちゃったか? この部屋に、俺以外のやつは入ってきてないよな?」
 そっと包丁を後ろ手に隠して、何事も無かったように明るい声で話しかける。気付いていないなら無理に刺激する必要はない。うまく誤魔化していったん部屋を出てもらおう。そう結論付けて、目を見ながら話しかける。
「屋根裏にネズミが入り込んでるみたいなんだ。出てくると危ないから中を確認しておこうと思って。ちょっと部屋の外で待っててくれるか?」
 普段と変わらないように気を付けて、アリスへお願いをする。睡眠を邪魔されて不機嫌かもしれないが、まだ部屋のどこかに危険な奴が潜んでいるかもしれない。なるべくこの部屋から離しておいたほうがよさそうだ。
 だが、アリスはニコニコと笑うだけで動こうとしない。人形のような笑顔を張り付けて、黙って俺を見ている。
「ア、アリス……?」
 戸惑いながら妹の名前を呼ぶと、こちらを向いていたアリスが口を開けようとする。瞬間、アリスの顔に張り付いていた笑みがドロリと崩れた。「ひっ……!?」わけがわからず悲鳴を飲み込む。そうしている間にも、アリスの顔はどんどん溶けていき、あっという間に腐り落ちた肉片と骨になっていた。頭が痛い。なにがどうなってるんだ。なんでこんなことに。

「ふぅん。お兄さんが隠したかったのってこれか」

「っ、誰だ!?」
 突然聞こえてきた声に、身を固くして部屋の中を見回す。

 アリスが眠るベッドのその向こう。帰ったはずの少年がいた。
 赤と黒の瞳を愉悦に煌めかせながら、あどけない笑顔を振り撒いていた口許を、三日月型に歪めながら。
 あの夜と同じように、そこにいた。

「なっ、なんでここに……っ!?」
「忘れ物しちゃったから戻ってきたんだけど……ふーん」
 にやにやと嫌な笑みを浮かべながら、音もなくふわりと浮き上がり、ベッドに横たわる、骨と皮ばかりになったアリスの顔を覗き込んだり、身体のあちこちを眺めたりしては、「ふぅん」となにかに納得したように頷いている。その間、俺は全く動けずにいた。動かなければ。なにか、言わなければ。そう思うのに指一本も動かせない。
 と、少年が俺を見上げ、楽しそうに語り出す。
「この子、首の骨が折れてるね。強い力を込められたのかな?」
「な、にを―」
「おや、足に刃物で切られたような傷がある。勝手に歩いたりしないよう、切られたみたいだ。何度も何度も。痛そうだね」
「おい」
「それにしても不自然な傷が多いね。普通に生活してただけじゃ絶対に負わないような怪我までしている。これは……誰にやられたのかな?」
「―やめろっ!!」
 後ろ手に隠していた包丁を振り上げ、漂うように浮いている少年の腕を掴んでベッドに引きずり下ろし、馬乗りになって押さえつける。呆けたような表情をしている少年の顔目掛けて、一気に振り下ろす。一度。二度。三度。何度も。何度も。何度も繰り返す。
 はっと気が付くと、辺り一面が真っ赤に染まっていた。俺の下で横たわる少年は、顔の形がわからないほどめちゃくちゃだ。肩で息をしながら、ゆっくりベッドから降りる。
 ああ、掃除をしなきゃ。アリスの部屋を汚してしまった。怒るだろうなぁ、彼女はそこそこに綺麗好きだから。シーツも交換しなきゃいけない。いや、いっそベッドごと新しいものに変えようか? そう言えば天蓋付きのベッドをねだられていたな。部屋で騒いでしまったお詫びとして、買ってやるのもありかもしれない。

「―妹さんの顔を壊した気分はどう?」

 後ろから声が聞こえてきた。ありえない。だって、彼は、俺が、この手で。ぎりぎりと首を回して背後を見やれば、何事も無かったかのように宙を漂っている少年が、いた。
「アハハ! お兄さん、なにを怯えてるの? もしかして、ボクがこんなオモチャで死んだと思った? 残念ながらボクは元気だよ。でもボクの代わりに」

―妹さんの可愛い顔がめちゃくちゃになっちゃったね?―

 バッとベッドの上で横たわるアリスに目をやる。顔が、どうして。俺は、少年を殺したはずなのに。不意に感覚が甦る。包丁を通じて、骨を砕いた感触が。急に吐き気が込み上げてきて、口許を抑えてうずくまる。
「ああでも」と、唐突に少年が明るい声を出す。
「ボクの代わりに刺されなくても妹さんは元々ボロボロだったものね! なにも問題ないか!」
 やめろ。やめてくれ。
「でも可哀想だね、大好きなお兄さんに二度も殺されるなんて。手痛い裏切り行為だ」
 うずくまっている俺の耳に、少年の言葉が容赦なく突き刺さる。みっともなく震えることしかできない。「なんなんだよぉ……なんなんだよお前……っ!!」
「ボクが、なにかって?」
 すっと距離を縮めて、一気に俺の隣へ降りてくると、耳元へ口を寄せて、少年が歌うように囁く。
「アハッ。君如きが、ボクのことを理解できるとでも? でもボクは優しいから、知恵の無い君に教えてあげよう。ボクはねぇ、オモチャを壊すのが好きなのさ。新しいとか古いとか、大きいとか小さいとか、そんなことは関係ない。ボク以外の全てがオモチャだ。そして、オモチャはボクに壊されるべきだ。それから」
 恋人に寄り添うように俺の肩へ手を回し、内緒話をするかのようにひそひそと語る少年の横顔は、天使のように愛らしいのに、隠しきれない邪悪さを放っている。
「ボクは知ってるよ」やめてくれ。耳を塞ぎたいのに、腕が鉛のように重くて動かせない。
「だって、ねぇ?」ああやめろ、その先の言葉は、聞きたくない。
「お兄さんも、妹さんが壊れるところを見て、興奮したんでしょう?」
 その言葉が起爆剤となったのか、今の今まで意思に反してピクリとも動かなかった身体に、血が通い出した。試しに指先を動かしてみれば、じわじわと力が戻ってくる。
「でもボクはそんなお兄さんを否定しないよ! 人間の愚かな部分を見るのは大好きだからね!」
 少年は話に夢中になって気付いていない。……今しかない。震える足に力をこめて、ゆっくり立ち上がる。なんとかしなければ。今度こそ少年を、目の前の敵を、俺たちの平和を脅かすこの悪魔を消さなければ。
 俺から離れて部屋の中を踊るように歩き回っている少年の背後に、そっと近づく。窓越しに降ってくる月光に照らされて、少年の細い肩が浮かび上がっている。吸い寄せられるように手が伸びて、肩に触れる。振り返った少年のはにかむような笑顔と、「どうしたの?」という甘く優しい声。

―お兄さんの好きなようにしていいんだよ。ここにはボクとお兄さん以外、他に誰もいないんだから―

 そんな言葉が聞こえた気がした。

   ◇◇◇

 どれほど時間が経ったのだろうか。気が付くと、俺は部屋の隅にうずくまっていて、床には少年が倒れていた。少年の顔は血の気を失っていて、ピクリとも動かない。そろりと近づいて、頬に触れてみる。……冷たい。瞼は開いたま、瞳はがらんどうで何も映していない。

「―死んだのか」

 案外あっけないものだと、ぽつりと呟く。一度目は失敗したけれど、二度目は成功したようだ。生きていたときの溌剌さを残したまま、少年は物言わぬがらくたに成り果ててしまった。壊れたオモチャに、なってしまった。
 不意に少年の細い首に視線が止まる。赤黒い痕が、くっきりと残っていた。その痕を見て、だんだん記憶が甦る。
 そうだ、俺は、少年を振り向かせて、そのまま首を―。
 少年の首に手をかけた感触を思い出す。魔法を使い、人を使役する半獣人の少年の身体は、存外弱いものだった。
いくら強力な魔法を使えても、純粋な暴力には敵わないらしい。俺が少し力をこめただけでも、苦しそうな顔をしていた。頬を引っ掛かれたり、手に爪を立てられたりしてあちこち傷がついているが、大した怪我じゃない。最期の抵抗にしては弱々しいものだ。構わず首を絞め続けていると、不意に少年の身体から力が抜けた。
 でも、それだけじゃ足りないんだ。もっと、もっと強くしなければ。アリスの歪んだ顔を思い出す。あの時はもっと苦しかったはずだ。ああ、可哀想なアリス。苦しかっただろう、怖かっただろう。だから、もっと、もっとだ。
 アリスだけが苦しい思いをするなんて、そんなの不公平だ。

「……なるほど。つまりあなたは、妹が可哀想だと思い、家に侵入してきた半獣人の少年の首を絞めたと言うんだな」
 突然、知らない男の声がした。ぎょっとして顔を上げると、目の前には厳しい顔をした男が。誰だ、こいつは。ここは、どこなんだ。アリス、アリスは。
「だが、あの部屋にあった遺体は一つだけだ」
 そんなはずない。俺がこの手で、確かに殺したんだ。あれは幻覚なんかじゃない、現実のことなんだ。
「そうかい、あんたは薬物検査も視野に入れなくちゃな……。ところで、ベンノさん。あなたは、ご両親の他に家族はいないはずだ……ベッドにあった女性の遺体、あれはどこの誰なんだ?」

―俺は、俺たちは。ただ、二人で幸せに暮らしたかっただけなのに。

   ◇◇◇

 豪奢な天蓋付きのベッドの上で、獣の耳を持った少年が機嫌良さそうに寝転がっている。クッションを抱き締めながら、可笑しくて堪らないとでもいうように、くすくすと小さく笑い声を上げている。と、ピクリと耳を動かし、急に起き上がって少年の身体の倍以上はあるだろう扉へと走っていく。その顔は恋する少女のそれと同じだ。

「―アイミィ!」

 両開きの扉を思いきり押し開け、部屋の中へ入ろうとしていた人物の名前を呼びながら、澄んだ氷のような色をした髪と瞳を持つ少女へ全身で飛び込む。扉の前にいた少女は、急に飛び出してきた少年を受け止めるようにして、たたらを踏んで後ろへよろける。驚いたような表情が、次第に親愛の籠った笑顔へ変わっていく。
「シュール様、お帰りなさい」
「ただいまぁ!」
 自身を受け止めてくれた少女に、甘えるようにしてぎゅっとしがみつく半獣人の少年―シュール。そんな風に甘えるシュールに対して、穏やかな笑顔を浮かべながら頭を撫でてやる少女―アイミィ。シュールの柔らかな銀髪に指を通しながら、「最近お姿が見えませんでしたが、どこへ行っていたんですか?」と尋ねる。
「下町にね、気になるパン屋があったんだ」
「あら、そうなんですか? 言ってくだされば、私が買いに行きましたのに」
「うぅん、たまには自分の足で出掛けるのも悪くなかったよ」
 そう話しながら、アイミィの手を引いて部屋へ招き入れるシュール。「これ、おみやげ!」と、袋に詰められた、焼き立ての香りがふわりと漂っているパンを差し出す。小麦の甘い香りと、果物のさっぱりとした香りが部屋の中へ広がる。シュールの思いがけない優しさに、アイミィは思わずほころぶ。「ありがとうございます」とお礼を言いながら袋を受け取ると、シュールは嬉しそうに目を細める。「お茶の用意をしましょうか」言いながらパンをテーブルへ置き、部屋に備え付けのティーセットを取りだして準備をする。
 お茶が入るまでの間、シュールは「このパンが美味しかった」「これは庶民に人気の味」「これは砂糖がいっぱいで甘くて幸せ」など、買ってきたパンを並べては一つ一つアイミィに説明をしていく。その説明を聞いて、アイミィも楽しげに相づちを打っては「シュール様の選んだものならどれも美味しいんでしょうね」と言葉を繋げる。
「今度は私も一緒に行きましょうか?」
 ティーカップへ鮮やかなオレンジ色の紅茶を注ぎながら、アイミィはシュールへ尋ねる。カップを渡されると、シュールは躊躇うことなくスプーンで砂糖をえていく。八杯ほど加えたところでようやく手が止まり、「うぅーん」と悩ましげな声を出す。
「もう、いいかなぁ……」
「え?」
 聞き返してくるアイミィに返事はせず、カップを眺めながら頬杖をつくシュール。何かに思いを馳せるように、ぼんやりと宙を見上げて「なんていうかさぁ……」と、独り言のように呟く。そんな様子を見て、無理に先を促すことなく、向かいの椅子に座ってじっと待つアイミィ。
 それからたっぷり三分ほど悩んでから、不意に笑顔を浮かべるシュール。目を細めて、口の端だけを歪めたその笑顔は、どこか暗いものを孕んでいた。

「もう、飽きちゃったから」
2/2ページ
スキ