黒い犬の手綱を引いて
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「リドルせんぱーい!お待たせしました!」
「待ってないよ。時刻10分前だ。予約まで少し早いが行こうか」
「はい!」
休日。午前10時30分集合の10分前。学生街近くの公園で待ち合わせ。男は赤い薄手のタートルネックニットに紺のジャケットと灰色のチノパンのスマートカジュアルな服で女を待っていた。女の方は春を感じる桜色のフィット感のあるリブニットに薄手のトレンチコート、彼女らしい丸みの愛らしいバレエシューズで大花柄のシックなミモレ丈スカートを揺らして走ってくる。良いところのカップルのようだが2人は付き合っておらず、ただの食事とショッピングに、健全な先輩後輩の関係として来ていた。
「美味しいですね!けど、私に合わせてもらってランチになってしまって申し訳ないです」
「何度も気にしないと言っただろう?君は僕達と違って門限が厳しいから仕方の無いことだ。なんてことないさ。女王のルールでも早めにアフタヌーンティーをしてはいけないなんてないからね」
「確かに!あは、お昼にアフタヌーンティーって何だか不思議で面白いです!」
「ふふ、そうだね」
学園では休日の外出が許されている。学生は基本消灯時間30分前に学園に帰り、消灯時間に入寮し部屋に戻れば問題は無い。問題があるのは監督生のみであった。唯一の女生徒であるユウは学園長から17時という、今どきの中学生でもびっくりな門限を設けられていた。そのため、このように外出する際は基本ランチの時間帯になってしまい、今回の監督生が見つけた学生でも手頃な価格でと学割が効くこの店でアフタヌーンティーを取ろうとしても、ゆっくり時間を摂る為には早めにとる必要があった。
「あーあ、なんで私だけ。私の門限がもうちょ〜と長ければお夕飯も一緒に食べられるんですけど」
「寮にも許可がなければ行来できないのも寂しいが、規則ならば仕方ないだろう」
「不純異性交友の防止ですかー…。元栓閉めるって意味じゃ私1人に厳しいのも分かるんですがぁ、私とする物好きいないと思うんですがー…」
「おや、人気者の君が言うのかい?今日約束を取り付けるのにどれだけ苦労したか」
「不肖オンボロ寮ユウ!ご飯を奢って頂けるならどこへでも先輩にお供致しますっ!って。皆餌付け感覚ですよ〜だ。可愛がってもらえてありがたいですけど、わんちゃん扱いです。わんちゃん。くぅーん」
「君に自覚がないから先生方も心配するのさ」
「え〜……」
訝しげに見つめる監督生をものともせずリドルは優雅に紅茶を啜った。
「先輩は好きな人とかいないんですか?」
「いきなりだね」
「今の流れは恋バナタイムです」
「そう……いやズレてると思うが」
「そんな〜、私飢えてるんです。回りに女の子もいないですし全然縁が無くって。これでも私、元の世界じゃ聞き上手で色んな子の相談乗ったりしてたんですよ?学業から恋愛まで何でもござい!です!」
「そうなのかい?どちらかと言えば、君に話すと物事が大きく3倍程になって抱えて戻ってきそうだ」
「それは…うう…ここに来てからトラブルの渦中にいるばかりで否定できません……でも、今はこんなんですが昔は私発育良くて。体格が良くて、小さい頃は人より俯瞰してたので皆のお姉さんやってたんですよ?得意かと言われれば分かりませんが経験は沢山です!」
「へえ、それはすごい」
「リドル先輩の将来の夢ってお母様みたいなお医者様でしたよね?」
ああ。とリドルは頷く。監督生はモジモジと頬を赤らめながら、まだあまり人に話してないんですが…と声を小さく話し始めた。
「私…、将来カウンセラーさんになりたいんです。皆の悩みとか、辛いことを聞いて助けになれたらなって。今まで友達にしか相談されたことないですが、解消したあとの人の役に立ったって実感が嬉しくて」
「将来の目標がしっかりしてるんだね、素敵な事だ。余り多くはないけどツイステッドワンダーランドにもカウンセラーはいる。どちらかと言うとブロットを精神面を専門に解消する浄化治癒士よりも、魔力操作や薬での解消に本人に直接アプローチして、かつ精神面も補助する浄化治癒士の方が多い。けれど、いない訳では無いからね」
「クルーウェル先生も仰ってました」
「進路相談の時期今頃だったかな?人の役に立ちたいという志は素晴らしいものだ。応援するよ」
「〜〜っ!ありがとうございます。相談は個人的にしました。先輩も、お医者様は人を救うとっても尊くて素敵な職業だと思います」
「ありがとう、ふふ。少し恥ずかしいね」
「あは、はい!」
食べ終わったらどこ行きましょうか。乗馬用の手袋を見たいかな。え、ここら辺にお店あるんですか?学園に部活があるくらいだ、少し外れたところだけどあるよ。きみは?うーんと、先輩にお付き合いさせてください!
量が少しばかり多かったのか、リドルに食べるのを手伝ってもらいながら、食後の角砂糖2つのレモンティーを飲み店を出た。道中も二人の会話は弾み、いつも通り、買い物を済ませ近くの雑貨屋を冷やかしながら時間を過ごした。リドルの目当ての品も買え、ふらりと立ち寄った小物店でユウはセールをしていたグリムへのお土産の新しいリボンを買い、リドルは隠れて監督生が元の世界で持っていたぬいぐるみに似ていると零していたゾウのぬいぐるみを買った。さすがに隠すには大きすぎるものなので転移魔法でリドルの自室へ送ったが。公園で露店のレモネードを買い今日門限までの残りの時間を2人、ベンチで並んで座り、過ごしていた。
「今日は楽しかったですね!それとご馳走様でした!」
「僕も楽しかったよ。でも、毎回あの払う払わないの問答やめてくれないか。僕が払いたいんだ。先輩にいい顔持たせてくれ」
「いやさすがに当たり前のように払わせる後輩もちょっと……今度は私奢りますんで……あの、リーズナブルなとこにしましょうね次……」
「だからしつこいよ。君、さては他の人にもご飯奢ると言われて結局自分で払う申し出てるだろう。やめた方がいい」
「はひぇ」
レモネードも飲みほし、氷のカラリという音が鳴る。先程まで喋り続けていたのとは反対に、静寂が閉める。今日の出来事の感傷に浸るような、心地の良い無言の時間であった。
さあ、そろそろ帰ろうかと、リドルがベンチから立ち上がる。すると、ユウが小さくリドルのジャケットの裾をつかみながら、あの…と言いずらそうに声をかけた。カサついた監督生の唇が震える。言うのに戸惑っているのか、少し瞳も揺れて焦点が合わない。
「どうかしたかい。早く帰らないと、もうすぐ定期寮監査もあるし君も忙しいだろう?」
「いや、あの」
「はっきりしないかい」
「わ、私。先輩、私きちんと仕事出来てますかね?」
「は?」
「疲れて見になってない感じがして……。何だか全部疎かになっちゃってる感じがするんです、前、寮簿記帳、先輩に手伝ってもらって。あの、先輩みたいにどうやったら完璧にこなせるか、少し落ち込んじゃってて……」
「………」
これは……。リドルはドキリとした。
いわゆる先輩へのお悩み相談であった。リドルはあまりないが、トレイから噂には聞いていた。ハーツラビュル内でもあった。1年生のうちによくあることである。慣れない環境、寮ぐらしでの疲労やストレス、学業など。特に各地の優秀な生徒が集められるこの学園では、地元でお山の大将をやっていてもここにきて上には上がいると実感し憤り喪失するものが多い。このような環境では切羽詰まり、悩む事はどの時代、場所でも常である。けれど、リドル自身、あまり経験がないこともあり少しばかり緊張した。ユウは神妙な面持ちで、いつもの少しおちゃらけたマイペースな緩い空気ではなかった。
NRCでは基本弱肉強食、自己責任であるため、弱音を吐いたとて支えてくれるお人好しなど、それこそカリムくらいであろうが、監督生はリドルにとって可愛い後輩であった。それに、実質監督性はよくやっていた。魔法のない世界で、男だらけの環境。今まで両親に大事な一人娘として育てられていたらしい環境から、グリムというお守りもしながら寮の管理や監督生として雑務も多くこなしている。それに責任が相手方にあるとは言え、見ず知らずの学園長に養われているというのは変に律儀で遠慮深い監督生にはストレスであろう。そんな中で監督生は容量が少しばかりいいこともあるが、成績も魔術使用教科以外は上位陣であるし、提出物も質問を良くして期限内に出来の良い物を提出してくれるのは彼女の努力故だろう。家事もこなしながらバイトも行っているのだ。彼女が落ち込む理由もわかる。近頃は細かなミスが多く、物忘れも多い。先日のように計画的な彼女が仕事が後ろ倒しになっていた。けれど全て期限に遅れたり、出来が悪くなっているものは少なかった。むしろ水準以上だこれで仕事が出来ていなくて他の人間はどうなるのだろうか。
リドルは諭すように、それでいて棘のないよう言葉尻を極力柔らかく声をかけた。
「疲れているんだろう。前も言ったが、疲れている時は休みなさい。良いコンディションにならなければできるものも出来ないさ」
「で、でも」
「君は1年ではよくやっている方だよ。完璧にやることも大事だが、今の君は仕事量が多いからね。まずはこなすことを優先してから完璧を目ざしなさい」
「私!リドル先輩みたいに全部ちゃんとこなしたくて!」
「君は努力をして今の状態だろう?完璧を目指す前に、きちんと自分のこなせる範囲で無理せず頑張るのを覚えなさい。体が壊れてからじゃ遅いよ。それに、僕を目指すのは嬉しいが僕と同じようにこなすのはそれぞれのキャパがあるんだ。無理するものでは無いよ」
リドルが何度も監督生を安心させようと言葉をかけるが、納得が行かないのか監督生はそれでもと、煮え切らないようにリドルに縋る。
「わ、わたし!」
「あ♡小エビちゃんと金魚ちゃんじゃ〜ん!」
「げっ……!フロイド…!」
「え、あ」
やっほー。と、公園の脇道からフロイドが手をふり、ツツジの生垣をその長い足で跨いで走ってくる。2人の意識は会話から逸れ、リドルの口元が引き攣った。
「な〜んだ。今日の誘い断ったときぎゅーって締めちゃおうかと思ってたけど、金魚ちゃんとお出かけなら俺も着いてけばよかったぁ。ぜってー面白いのに♡」
「フロイド、僕達は話してる途中なんだよ。それを遮るのはいかがな「えー、うっさー。お説教金魚?」
むぎい゛ーーーーっっ!!!!」
「……あはっ」
呆然と二人のやり取りを見ていた監督生は緩く笑みをこぼす。リドルはいつも通りの笑みを作る監督生に心ばかりほっとした。余り人生相談と言ったものに慣れていないこともあったため彼女が安定したなら何よりである。それこそ、相談事態は話通り彼女自身の方がうまかっただろう。
「フロイド先輩、お誘い断ってごめんなさい。また今度誘ってくれるとすっごーく嬉しいです。そしてお腹いっぱいご飯下さい。あ、それと。靴素敵ですね?新しいのですか?」
「食いしん坊エビ〜!気分向いたらね。そ。今日注文してたの取りに行ってきたの!いいでしょ〜!」
「かっけーす」
「かっけーしょ〜!」
「ですです!」
「小エビちゃんの今日のかっこーもいいじゃん」
「やった。フロイド先輩嘘言わないから本気目に嬉しすぎる」
やったやったと喜びダンスを下手くそに小さく踊り始めた監督生にフロイドはダンスキモくね?とゲラゲラ笑った。気分よく踊っていた監督生はその一言で深く気づ付いたため強めのヒップアタックをかます。まあ当たり前のように腕を捕まれぐるぐるの刑に処された。
宙に浮きながら、ギャーっ離さないで!!絶対離さないで!!と叫ぶ監督生にリドルは呆れながら門限が近づいてることを告げ、フロイドを停めさせた。監督生が急いで背に隠れる。おいフロイド、手をワキワキさせるな。
「門限近いので帰りますフロイド先輩もまだ日が短いのでお早めに帰った方がいいですよそれじゃまた今度お疲れ様でしたリドル先輩行きましょう!!」
「あはっばいばーい」
「珍しく今日は引き下がるな……怖いくらいだ」
「気分なんです早く今のうちにリドル先輩!」
春の訪れの時期ではあるが空気は冷たく、春永の日差しがまだ出ているが、ユウの手に引かれ、駆け出し頬に凍てる風が走る。けれど、お互いの手のひらは熱い。リドルはユウの手からの自身より強く感じる温もりに気を取られながらも無邪気に笑って学園へ向かい走っていった。何度もユウは蹴躓くものだから、ユウの引く手をリドルが変わって引っ張りながら。
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