黒い犬の手綱を引いて
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厳かな学園の敷地の片隅。まるで廃家のような(実際は本物の廃寮なのだが)そこはじっとりとした空気が漂い人気を感じぬ雰囲気のオンボロ寮は、その実、日々慌ただしい女と獣の声で溢れていた。
朝の早い時間から夜が深け、ただでさえ薄暗い空間がさらに闇に包まれる頃になっても、他に寮生もおらず、周囲に人気がなく、寮独自の規則が無いに等しいオンボロ寮では、遠慮のない窓から明かりの中で人影が動き回るのが見える。
まァ、1人と1匹の寮生のうちのグリムが騒がしい気性で、トラブルメーカーであるのは周知の事実であるし、咎める者などいない。けれど意外なことに、この寮内で最も落ち着きがないのは監督生の方なのであった。
それはそれはよく、あちらこちらへと休むことなく働くもので、グリムが健康的に夜の10時に鼻ちょうちんを作っている時には、監督生は明日の授業の予習から弁当と朝食の仕込み、寮の修繕、オンボロ寮代表としての提出書類、果てはツノ太郎が来るかもしれないからと寒くないように玄関先に2人分の肩掛けや湯たんぽを準備し、日付が変わりゴーストたちも眠りにつくような深夜になってやっと全てを片付けて布団に入り込むような生活をしていた。
本日も、珍しく太陽が差し込むような快晴のオンボロ寮では、パタパタコロコロと、コマを回したように動き回る監督性と大きなグリムの声で賑わっていた。
「グリム!洗濯物干してくるからその間に書いちゃって!」
「ふなあぁぁ…エース達の寮泊まるだけでなんでこんなに書かなきゃいけないんだゾ!!」
肉球に包まれる小さな手には少し余る大きなマジカルペンの先には、「外泊届」や「入寮届」など数枚の紙。
不貞腐れるように机に顔を突っ伏して平たくなるグリムを横目に、ユウは洗濯物のシワを伸ばしながら答える。
「たった数枚じゃない。入寮理由と外泊理由は一緒でいいし、文、考えてあげたでしょ?さっさと書いちゃうのー」
「数枚じゃないんだゾ!同じようなこと何枚も書かされて!!」
「しょうがないよ、オンボロ寮とハーツラビュルの分必要なんだし」
「子分の権限でオンボロ寮の分は無くせばいいんだゾ!もう書きたくない!それか子分が書け!」」
「規則だから書きなさーい。それに私行けないもん。雌なもんで。学園長厳しいの知ってるでしょ?」
「……やっぱ行くの面倒臭いんだゾ」
「菓子パしながら漫画見せてもらうって楽しみにしてたじゃん」
「ふなあぁぁあぁ」
やっとこさ重い筆で書き始めたグリムに、ユウはホッと息を撫で下ろす。
ユウは何か既視感があるなぁと思う。
ああそうだ、お母さんだ。そういえば私もお母さんに駄々捏ねて宥められて渋々やってたなあ。なんか私の立場逆転してる。私がグリムのお母さんか…。子育てってこんな感じなのかな…なんて。
グリムがいつだかみたしょぼしょぼのピカ忠のように疲れた顔で書き終えた書類を渡してきた。
ユウはエプロンで手を拭い受け取り、軽く目を通す。
少しよれた字ではあったが、あのちっちゃなお手手で上手に書くものだなあと感心しながら「お疲れ様、おやつ冷蔵庫だよ」と声をかける。
さっきまでのしわくちゃグリムは、元気いっぱいぐりむに戻り台所に飛んで行った。
さて、洗濯物も干し終わったし、この書類をトレイ先輩に届けなければ。
基本的に他寮とのやり取りは副寮長の仕事が負う。
寮代表というのは負担が大きく、渉内、渉外、会計等の仕事も基本的に寮長副寮長の仕事の管轄だ。イベント毎に臨時で選出されることもあるらしい。先代が手伝ってくれることもあるらしいから、全てを監督生自ら行っていることを考えると、そこら辺は寮生極少のうちは弱いなあと思うが、色々免除してもらってもいるし文句を言える立場じゃないなと改める。グリムもなんだかんだ手伝ってくれるし。親分してんじゃん。
謎に親分を上から評価しつつ監督生はついでに校舎で勉強しようと、先程貰った書類と教科書を鞄に詰め、エプロンを外した。
◢◣
「やあ」
「あ!リドル先輩。こんにちは!」
「あぁ、こんにちは。今日も元気だね」
「元気と容量の良さだけが取り柄なので!」
「自分で言うかい?」
「あはー!」
休日、日曜の校舎は人気が少なく、更に寮代表達が静かに寮生の目に触れず重要書類を整理するためだけにあるような、ほとんど使われることの無い第3会議室へ向かうこの廊下は殊更キョロキョロと挙動不審な監督生は目立った。
今日も元気だなと、溌剌な挨拶に感心しながら、生真面目で働き者の監督生を可愛く思っていたリドルは声をかけた。
「何をしていたんだい?」
「今はトレイ先輩を探し中です!グリムがそちらに泊まりたいとの事で書類を」
「なら僕が貰っておくよ」
「あっ、すいません。お手間おかけしますが…お願いします」
「最終的に僕の確認が必要だからね。そう変わらないよ。
大荷物だけど…、これから勉強かい?」
「はい!図書館か空き教室でと思って。リドル先輩は第3ですか?」
「そんなところだよ。良かったら一緒にどうだい?教えてあげるよ」
「え!先輩お忙しいのにそんな……!ぁ、ううでも、うーーー。
……ぜひ、お願いしたいです」
「そんなに悩むことかい?」
「先輩に甘えすぎてる気がして……でも、次の予習分からないとろが多くて、誘惑に負けました…」
リドルは苦笑いにも似たため息を小さく吐いた。
「僕も君の世話になることもあったしね、持ちつ持たれつだよ。君になら、いつでも歓迎さ」
「きゃっ。先輩優しい。日頃周囲の辛辣を受ける体に染み渡ります…彼女立候補、いいですか」
「調子に乗らない」
「あはっ!」
ごめんなさい〜。と楽しそうに謝るユウに、リドルは共に微笑んだ。
軽口をお互いしながら、リドルが部屋前でドアを開けてやると、ユウは目をぱちくりさせ、にんまりと笑いながら仰々しくスカートを摘み、「ありがとうございます、ミスター」と揶揄う。軽く叱るとふふっと悪びれずにいる。
リドルと監督生のこのようなやり取りはいつからか始まった〝流れ〟であり、お互いこれを楽しんでいた。
「リドル先輩くらいですよ、まだちゃんと私の事レディとして扱ってくれるの。皆酷いんだから、男友達扱い!」
「なら態度を改めなきゃね、レディというよりおてんば娘だ」
「あー、そういうこというんですね。前言撤回です」
「無駄口より、勉強するよ」
「はーい」
リドルは顔より大きなクリアファイルから過去の書類らしきものを出し書き始めた。
ユウもブスくれながらカバンから教科書を取り出しながらリドルを横目に見る。見慣れぬ書類に怖々と声を掛けた。
「あのー…。先輩が書いてるのって」
「学期締めの会計監査で使う予算利用過多報告と臨時に別項目予算を代替使用した報告書。君のところは毎月の寮簿提出だろ?関係ないよ」
「ほーっ、よかっ………よ、よくない!明日提出なのに全然かけてなかったっっ!!」
「珍しい、君は計画的にやる方だろう」
「最近仕事が捗らなくて……。あーー、すみません。勉強はまた今度お願いしていいですか?」
「持ってきなよ。それぐらい手伝うさ」
「いやでも…」
「気にしない振りしたけれど、隈。寝れてないんだろう。体調管理も上に立つものの務めだよ。それに、仕事が出来る人は上手く人に頼るものだ」
「うっ、……か、彼氏にしてっ!」
ありがとうございます!とってきます!とユウは寮へと走り出した。廊下は走らない!と叱責すると、少しペースの落ちた足音が遠ざかって行った。
まったく。
呆れと、彼女との出会いを思い出し溜め息が零れた。
時に遥かに格上であるオーバーブロッドしたものにも魔力がないにもかかわらず立ち向かったり、時に学園でも悪名だかい生徒に快活に接したりと、彼女は大胆で分け隔てなく、お調子者。それでいてお人好しなものだから、この学園に似ても似つかない彼女はよく目立つ。
けれども妙なところで、遠慮がちで謙虚な性格の監督生を、殊の他、リドルも気に入っていた。目に見えて努力家で、ひたむきに前に向かうさまを好ましいとさえ感じている。
少しばかり、自身のキャパを超えがちであるその様が心配ではあったが、リドルは監督生を目にかけるようにし、見かければ声をかけ、必要であれば進んで手助けするるほどの仲であった。
2人は睦まじい先輩後輩の関係であった。
このようにリドルと監督生が仲良くなったのは、意外なことに入学して1週間もたたない、リドルがオーバーブロッドしてすぐの頃であった。
ユウが監督生として任命され直ぐに、各寮の寮長副寮長が集まる会議が開かれた。監督生は寮長ではないがこれからのオンボロ寮の代表として扱われることも増えるだろうと、学園長はほぼ同等に会議への出席や寮生の管理、雑務、書類管理等を監督生に行わせた。といっても、寮生もグリムと本人のみであるし、多寮より責任が少ない。しかし初めてのことが多く、寮にに教えをこうことの出来る人間などおらず、ユウは同じ寮長であるもの達と小器用に良好な関係を取りつつ可愛がられながら教えを乞うことが多かった。特に、初めの頃から見知ったリドルには、オーバーブロッドの件での謝罪やお詫びも兼ねて早々に交流をとっていた事もあり、他寮の先輩の中でも抜きに出た仲の良さであった。学内の仕事で助け合うことだけではなく、時に2人きりで勉強会やお茶会を行ったり、学外の学生街へ買い物に出かけることもあった。口下手という訳では無いが、洒落の聞いた話はあまりしないリドルであっても、スムーズにお互い笑えるような会話に持っていく気軽さと関係性を作ることが監督生は得意であった。先輩には敬意が感じる線引きをきちんとしながらも砕けた空気作りが上手いのはエースによく似ている。独特な、マイペースというか彼女独自の雰囲気があるがそこもまた、監督生への話しやすさを出し、皆から好かれるような彼女の性格なのだろう。
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