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剣術勝負



鈍色の刀身になみ立つ刃が闘技場の薄明かりを受け、煌めく。ビッと小気味よい音を立て虚空を切った。流れる様な剣士の動きは、さながら舞いの様。

飛影が黙々と剣を振るう様を、躯はかつて彼が横切りにした石像の断面にしゃがんで眺めていた。これはこれで見事であるし、見物である。しかし、彼女はつまらない。その魅力的にふくよかな唇を突きだして、膝を抱えているのだった。

構って貰えず淋しいのである。

男所帯に紅一点の暮らしを長らくしてきた彼女だから、鍛練に勤しむ男にむりと不満をぶつける事はしない。ただただ口を尖らすのみである。

そもそも、こうなるに至った原因を作ったのは彼女なのだった。


幾日か前の事。煙鬼大統領から仰せつかったヤボ用を片付けるべく、彼女は飛影と時雨を伴に人間界へ赴いた。そして帰りがけに、幽助の屋台に寄ったのであった。そこには、店主の他に、飛影の妹といわゆる『潰れ顔』がいて、カウンターに二人仲良く隣合わせに座って拉麺を啜っていた。

「らっしゃい!」

「よぉ、久しぶり」

躯が店主に声を掛けると、店主は彼女に向かって持ち前の人懐こい笑顔を見せて軽く会釈をし、そして悪戯っぽい顔になって、飛影に言った。

「なんだオメー、今日は父兄参観帰りか?」

潰れ顔と雪菜が振り向きこちらを見た。

そこで、つい魔が差して、躯は一寸悪乗りしてみたのである。

「どうも、いつもうちの末っ子がお世話になっております~♪」

中々のコンビネーションである。躯と幽助は目配せし合い、悪戯の成功にほくそえんだ。

ところが、

「えっ。」

「はーーーーぁ!?!?!?」


思いの外、真に受けられた。

「飛影さん……ご両親がいらっしゃったんですか……!」

雪菜は抱えていた丼を取り落とし、驚愕の表情を浮かべ、飛影とその両サイドに立つ大人達の顔をきょろきょろ見比べた。

「ど、どちらかと言うと……」

雪菜の言葉に、

「親父似か?」

潰れ顔こと桑原が、ハンカチで雪菜の膝を拭いつつ、二の句を継いだ。



「ちがう!」



勿論すぐに誤解は解かれた。だのに飛影はあれから臍を曲げたままなのである。どうやら、時雨に似ていると言われたのが余程腹に据えかねたらしく、彼は百足に帰還するなり時雨に剣術勝負を申込んだ。いつかしたのと同じ、妖力抜きの真剣勝負をである。

現在、飛影はこの要塞内では躯に次ぐ実力者であり、一方時雨は相変わらず元直属最下位程度をたゆたっている。しかし、これは妖術込みの格付けなのであり、剣の腕のみとなれば、その順位は逆転するのであった。

時雨は今も魔界屈指の剣客なのである。僅かな隙により飛影に一勝を許した後、彼は気を入れて精進し、益々剣の腕を磨いた。

魔界一とも云われる剣豪と期待の新人との一騎打ちといえば、根っからの戦闘好きばかりの百足住人達が黙っている筈もなく、数日後に控えるその手合わせを、誰もが楽しみにしているのだった。


しかし。

『そんな、たったあれしきの事で果たし合いとかするか?』

少年の心はいまいち解らない、と、躯は嘆息し、首を振った。


そんな彼女にはお構いなしに、飛影は一心不乱に剣を振るっている。というより、一心になるべく剣を振るうのだという方が正確であろう。

『くそっ、くそっ、くそっ、くそっ、』

飛影は沸々と湧いてくる呪詛を切り刻む為、刀を翻す。

あの日、三人並んだ処を「父兄参観帰り」と揶揄されたあの時あの刹那、飛影は見た。

時雨の口許がほんの一瞬、ほんの僅かに、弛んだ処を。

「あの野郎、アイツといるのを夫婦と見間違われて、ほくそえんでやがる」

許すまじ。
許すまじ。
絶対に許すまじ!

飛影は鍛練に励んだ。


(おわり)

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