至適温度
「今夜は君と寝ようと思う」
夕飯時、間宮 は単刀直入に切り出した。
「……なんで?」
佐田 は怪訝そうな面持ちで首を傾げた。
「なんでも何もない。今日は大寒。一年で最も寒い日だろう。だから、低体温の君が寒さで凍えないように、」
「温めてくれるって?」
「まぁそうだ」
「それって、どうやって?」
含みのある言い方に、間宮はつい「どうやってって……」と口ごもった。佐田はテーブルに頬杖をつき、とても悪ーい顔で、間宮を上目遣いに見ている。普段は「クソ」がつくほど真面目なくせに、時々、そうやって間宮をからかおうとする。
「君が一体何を想像しているのか知らないが、そうじゃない。ただ、君のベッドに入って添い寝をしてやろうというだけだ」
「添い寝」
「そうだ。あくまでも添い寝だ。で、いいのか、嫌なのか?」
「いいけど」
「じゃあ決まりだ。二十二時に君の部屋に行く」
「うん、わかった」
窓ガラスが風に揺られてカタカタと侘しい音をたてる。この古い邸 は、昼間は採光がよく暖かいが、窓面積が大きいために暖気が逃げやすくもある。間宮はガウンの袖に手を仕舞った。つい今しがた風呂から上がったばかりなのに、もう湯冷めしそうだ。
「いらっしゃい」
時間通りに佐田の寝室を訪った。彼はベッドに潜り込み、腹這いになって本を読んでいた。暖房は灯油ストーブが一台きりで、それも今は電源が切られている。室内にはまだ灯油の燃焼する匂いが残っており、頬は暖気で少し火照るが、足もとは廊下と同じくらい冷えていた。佐田は文庫本をサイドテーブルに置き、身体を少し端に寄せて間宮のために場所を開けた。
「おいでよ。寒いだろ?」
「ふん、言われなくても行くさ」
間宮は大股で歩いてベッドに歩み寄り、上掛けの上に腰を下ろした。佐田はシーツに片肘をついて、上目遣いに間宮を見た。
「本当に添い寝だけでいいの?」
その表情には、夕飯時に見せた意地の悪さもなければ、戸惑いの色もない。一体、なんの意図でそんなことを訊くのだろう。佐田は言いたいことははっきり物申す癖に、いまいち何を考えているのか解らないところがある。
添い寝するだけだと言ったら添い寝するだけなのだ。そんなシンプルなことにも裏を読みたがるのは、己に後ろめたい欲望があるからではないのか。
「君はそんなに僕と……セックスをしたいのか」
「いや、別に」
佐田は顔色一つ変えずに言い放った。
「じゃあ何なんだ」
「え……訊いてみたかっただけだけど……」
訊いてみたかっただけとは何だ。あくまで欲望を隠し通そうというのだろうか。それとも、本当に言葉通り性欲は一つもないというのか。
もともと、佐田の見た目は清廉潔白そうで、そういう欲が一つもないという方が、彼のイメージには合っていた。ところが、「恋バナ」で聞いたところによれば、実情は全然違っていて、彼は思いのほか淫乱である。過去には付き合っていた男が三人もいて、しかも一夜を共にしただけという相手も少なからずいたようだ。
間宮はポケットから小型リモコンを取り出して、これ見よがしにテーブルランプの下に置いた。調教用首輪 のリモコン。下手な事をすればまた電気ショックを与えるぞという意思表明だ。
「何もしないったら」
「さぁ、どうだか。君は人並みよりも性欲が強いみたいだからな」
「平均以下じゃないかな。オナニーだって、やらない時は全然やらないし」
そう言いながら、佐田は間宮を招くように上掛けを持ち上げた。間宮はそれには応じず、佐田の胸を手で押して彼を仰向かせた。
「イニシアチブを取るのは僕だ。君は僕の言うとおりにすればいい」
すると佐田は降参をするように手を顔の両脇に置いて囁いた。
「わかったよ。何もしない」
妙に耳がこそばゆくなる言い方だった。
間宮はベッドに上がり、佐田の方へとにじり寄った。その間、佐田は間宮を興味深げに見つめ続けていた。
「まずは目を瞑れ」
命令すると、佐田は「うん」といやに素直に応じた。あまり素直なのも調子が狂うと思いつつ、次に間宮は佐田のパジャマのボタンを上からいくつか外した。それから佐田の隣に潜り込んで、彼の二の腕を掴んで引っ張りこちらを向かせた。佐田はやけに協力的で、間宮に余分な力を使わせずに身体を横向きにした。
間宮は上掛けと毛布の下をもそもそと移動し、佐田の背中へ腕を回し、はだけた胸にぴたりと頬をくっつけた。佐田は驚きもしなければ、抗議もしない。
「手を布団に入れて、僕の後ろへ回せ。だが僕の身体には勝手に触るなよ」
佐田はまたしても間宮の命令に従った。ここまですれば佐田は当然なにか文句を言って来るだろうと間宮は予想していたのだが、すんなり思い通りになってしまったので、拍子抜けがした。たとえばもし、パジャマのボタンを外したことで、どうしてそんな事をするのかと問われたら、直に肌と肌を触れ合わせた方が熱伝導効率がいいからだと答えようと思っていた。なのに何も問うてこないから……間宮には何も言うことがない。
佐田の腕は間宮の二の腕の上に丸太のようにずっしりとのしかかっているだけで、その手は間宮の背中のもっと向こうに投げ出されていて触れることがない。佐田の腕がテントの梁のような役割をし、間宮の背後に空間を作った。そこから冷たい外気が布団に入り込んでくる。
「背中がすうすうする。君はもっと僕の方へ腕を近づけるべきだと思う」
こんな風に、と、間宮は佐田の身体をぎゅっと抱きしめてみせた。佐田はこれまた従順に間宮をぎゅううと抱きしめ返した。が、
「ひっ!」
思わず間宮は佐田の腕の中で身体をのけ反らせた。佐田の片手は間宮の腰の辺りを抱きしめながら、もう片方の手はうなじにちょんっと触れたのだ。彼の手はキンキンに冷えていて、まるで氷のようだ。くっくっくっくっと佐田の忍び笑いが間宮の頬を揺らす。
「なっ、何をする!?」
「だって、手、冷たいから遠慮してたのに、くっつけろって言うから」
「僕は襟に手を突っ込めなんて言ってない! また同じ事をしてみろ、電撃をお見舞いしてやるからな!」
「わかったよ、もうやらない。でも、俺のこと、温めてくれるんじゃなかったのか?」
「それはそうするが、手が冷たくて不快なら最初からそう言えばよかっただろう。ほら、手を貸せ」
「はい」
佐田はもぞもぞと動いて、間宮の前に両手を差し出した。おかげで佐田との距離が空いてしまったのが間宮には少し不満だったが、そうしろと言ったのは自分なので、彼の両手を掌で包み込んだ。それは直に触れてみると尋常でない冷たさで、こんなになってもよくぞ何も言わずに堪えていたなと間宮は呆れまじりに思った。ゾンビ化したために常人よりも触覚が鈍っているのは確かだが、まさかここまでとは。
「間宮の手、温かい」
「君のが冷た過ぎるんだ」
はぁっと息を吹きかけて手と手をよく擦り合わせているうちに、やがて佐田の指先にも間宮の体温が移ってきた。間宮は佐田の手を擦るのをやめにして、先ほど外したボタンを留め直してやり、それから彼の手を身体の前に抱えた。そうしないと彼の身体は末端からダメになってしまいそうだ。佐田に投与したEⅡ-B3細胞の至適温度は25±1℃。よって、冬季は細胞活性も低めだ。そのせいか、最近の佐田は自覚はないようだが、動作が秋季よりも鈍くなっており、話しかけても反応が若干遅れる。彼の身体はEⅡ-B3細胞に生かされているのであるからして、身体の末端部位で共生菌の働きが弱まれば、その部分から身体が腐ってしまわないとも限らない。同時に自然界の腐敗菌の活性も低下しているとはいえ、油断は禁物だ。
「間宮、」
「……何だ」
手をよく温めるために身体を少し上に移動したので、今は佐田の顔は間宮の真正面にある。佐田は焦点の定まらない寝ぼけ眼で間宮を見ていた。
「間宮は寒くない? 俺なんかの隣で」
「いや、全然平気だ」
「そう? ならいいけど……」
とろんとした表情でじっと見つめられると、頬が熱くなる。佐田と一緒にいて、脈拍・体温が上がることはあっても、熱が冷めることなどあり得ない。
「ひとの心配はいい。目を閉じろ。そしてさっさと眠れ」
「うん……おやすみ……」
ふぅー、と長い息をついたあと、佐田はすぐに規則的な寝息をたて始めた。伏せた睫毛の長さに間宮は目を奪われた。鼻筋が通っていて男性的ではあるが、野蛮そうではない顔つき。眠っていると表情があどけなく、高校時代の面影をよく残している。顔の左側に刻まれた凶行の痕は、間宮の心に深く印象付けられていた、高校時代の佐田の高潔さをひとつも毀損してはいない。気候によって脳を含めた身体機能全体が少し低下しているはずで、しかも眠気でぼんやりしているという時に、攻撃性や不機嫌ではなく、ひとに対する気遣いの言葉を口にした。根っからの善人なのだ、佐田という男は。だが、いい人だから惹かれたのではない。間宮は佐田の揺るぎなく歪みのないところが気に入っていた。
間宮はそっと額を佐田の額に擦りつけた。佐田には彼の主食とする腐肉と血の臭いがこびりついているが、その臭いは彼本来の芳しい体臭を引き立たせるために存在しているかのようだった。
翌朝、目を覚ましてみると、隣はすでにもぬけの殻だった。階下に降りてみれば、早起きな佐田はキッチンで朝食をこしらえているところだった。
「おはよう」
「おはよう、佐田くん。よく眠れたか」
「うん、温かくてよく眠れた。それでさ、間宮……」
佐田は包丁をまな板の上に置き、間宮に向き合って言った。
「今夜も一緒に寝る?」
あぁ、もちろん! 君が僕の体温が温かくて気持ちがいいというのなら!! と間宮は言おうと前のめりになったが、佐田は間宮の返事を待たずに言った。
「実は最近寒かったせいか、モン吉の元気がなくて……それで一緒に俺のベッドに寝かせていたんだよね、夜。言ったら間宮怒るかなと思って言わなかったんだけど……まあそういうことで。これから毎日、モン吉はひとりって可哀想かなと思って」
「……。」
「あ、昨夜はモン吉には寝床に湯たんぽ入れてあげたから大丈夫」
「……。」
「で、どうする?」
まさかのサル優先とは!!
(おわり)
夕飯時、
「……なんで?」
「なんでも何もない。今日は大寒。一年で最も寒い日だろう。だから、低体温の君が寒さで凍えないように、」
「温めてくれるって?」
「まぁそうだ」
「それって、どうやって?」
含みのある言い方に、間宮はつい「どうやってって……」と口ごもった。佐田はテーブルに頬杖をつき、とても悪ーい顔で、間宮を上目遣いに見ている。普段は「クソ」がつくほど真面目なくせに、時々、そうやって間宮をからかおうとする。
「君が一体何を想像しているのか知らないが、そうじゃない。ただ、君のベッドに入って添い寝をしてやろうというだけだ」
「添い寝」
「そうだ。あくまでも添い寝だ。で、いいのか、嫌なのか?」
「いいけど」
「じゃあ決まりだ。二十二時に君の部屋に行く」
「うん、わかった」
窓ガラスが風に揺られてカタカタと侘しい音をたてる。この古い
「いらっしゃい」
時間通りに佐田の寝室を訪った。彼はベッドに潜り込み、腹這いになって本を読んでいた。暖房は灯油ストーブが一台きりで、それも今は電源が切られている。室内にはまだ灯油の燃焼する匂いが残っており、頬は暖気で少し火照るが、足もとは廊下と同じくらい冷えていた。佐田は文庫本をサイドテーブルに置き、身体を少し端に寄せて間宮のために場所を開けた。
「おいでよ。寒いだろ?」
「ふん、言われなくても行くさ」
間宮は大股で歩いてベッドに歩み寄り、上掛けの上に腰を下ろした。佐田はシーツに片肘をついて、上目遣いに間宮を見た。
「本当に添い寝だけでいいの?」
その表情には、夕飯時に見せた意地の悪さもなければ、戸惑いの色もない。一体、なんの意図でそんなことを訊くのだろう。佐田は言いたいことははっきり物申す癖に、いまいち何を考えているのか解らないところがある。
添い寝するだけだと言ったら添い寝するだけなのだ。そんなシンプルなことにも裏を読みたがるのは、己に後ろめたい欲望があるからではないのか。
「君はそんなに僕と……セックスをしたいのか」
「いや、別に」
佐田は顔色一つ変えずに言い放った。
「じゃあ何なんだ」
「え……訊いてみたかっただけだけど……」
訊いてみたかっただけとは何だ。あくまで欲望を隠し通そうというのだろうか。それとも、本当に言葉通り性欲は一つもないというのか。
もともと、佐田の見た目は清廉潔白そうで、そういう欲が一つもないという方が、彼のイメージには合っていた。ところが、「恋バナ」で聞いたところによれば、実情は全然違っていて、彼は思いのほか淫乱である。過去には付き合っていた男が三人もいて、しかも一夜を共にしただけという相手も少なからずいたようだ。
間宮はポケットから小型リモコンを取り出して、これ見よがしにテーブルランプの下に置いた。
「何もしないったら」
「さぁ、どうだか。君は人並みよりも性欲が強いみたいだからな」
「平均以下じゃないかな。オナニーだって、やらない時は全然やらないし」
そう言いながら、佐田は間宮を招くように上掛けを持ち上げた。間宮はそれには応じず、佐田の胸を手で押して彼を仰向かせた。
「イニシアチブを取るのは僕だ。君は僕の言うとおりにすればいい」
すると佐田は降参をするように手を顔の両脇に置いて囁いた。
「わかったよ。何もしない」
妙に耳がこそばゆくなる言い方だった。
間宮はベッドに上がり、佐田の方へとにじり寄った。その間、佐田は間宮を興味深げに見つめ続けていた。
「まずは目を瞑れ」
命令すると、佐田は「うん」といやに素直に応じた。あまり素直なのも調子が狂うと思いつつ、次に間宮は佐田のパジャマのボタンを上からいくつか外した。それから佐田の隣に潜り込んで、彼の二の腕を掴んで引っ張りこちらを向かせた。佐田はやけに協力的で、間宮に余分な力を使わせずに身体を横向きにした。
間宮は上掛けと毛布の下をもそもそと移動し、佐田の背中へ腕を回し、はだけた胸にぴたりと頬をくっつけた。佐田は驚きもしなければ、抗議もしない。
「手を布団に入れて、僕の後ろへ回せ。だが僕の身体には勝手に触るなよ」
佐田はまたしても間宮の命令に従った。ここまですれば佐田は当然なにか文句を言って来るだろうと間宮は予想していたのだが、すんなり思い通りになってしまったので、拍子抜けがした。たとえばもし、パジャマのボタンを外したことで、どうしてそんな事をするのかと問われたら、直に肌と肌を触れ合わせた方が熱伝導効率がいいからだと答えようと思っていた。なのに何も問うてこないから……間宮には何も言うことがない。
佐田の腕は間宮の二の腕の上に丸太のようにずっしりとのしかかっているだけで、その手は間宮の背中のもっと向こうに投げ出されていて触れることがない。佐田の腕がテントの梁のような役割をし、間宮の背後に空間を作った。そこから冷たい外気が布団に入り込んでくる。
「背中がすうすうする。君はもっと僕の方へ腕を近づけるべきだと思う」
こんな風に、と、間宮は佐田の身体をぎゅっと抱きしめてみせた。佐田はこれまた従順に間宮をぎゅううと抱きしめ返した。が、
「ひっ!」
思わず間宮は佐田の腕の中で身体をのけ反らせた。佐田の片手は間宮の腰の辺りを抱きしめながら、もう片方の手はうなじにちょんっと触れたのだ。彼の手はキンキンに冷えていて、まるで氷のようだ。くっくっくっくっと佐田の忍び笑いが間宮の頬を揺らす。
「なっ、何をする!?」
「だって、手、冷たいから遠慮してたのに、くっつけろって言うから」
「僕は襟に手を突っ込めなんて言ってない! また同じ事をしてみろ、電撃をお見舞いしてやるからな!」
「わかったよ、もうやらない。でも、俺のこと、温めてくれるんじゃなかったのか?」
「それはそうするが、手が冷たくて不快なら最初からそう言えばよかっただろう。ほら、手を貸せ」
「はい」
佐田はもぞもぞと動いて、間宮の前に両手を差し出した。おかげで佐田との距離が空いてしまったのが間宮には少し不満だったが、そうしろと言ったのは自分なので、彼の両手を掌で包み込んだ。それは直に触れてみると尋常でない冷たさで、こんなになってもよくぞ何も言わずに堪えていたなと間宮は呆れまじりに思った。ゾンビ化したために常人よりも触覚が鈍っているのは確かだが、まさかここまでとは。
「間宮の手、温かい」
「君のが冷た過ぎるんだ」
はぁっと息を吹きかけて手と手をよく擦り合わせているうちに、やがて佐田の指先にも間宮の体温が移ってきた。間宮は佐田の手を擦るのをやめにして、先ほど外したボタンを留め直してやり、それから彼の手を身体の前に抱えた。そうしないと彼の身体は末端からダメになってしまいそうだ。佐田に投与したEⅡ-B3細胞の至適温度は25±1℃。よって、冬季は細胞活性も低めだ。そのせいか、最近の佐田は自覚はないようだが、動作が秋季よりも鈍くなっており、話しかけても反応が若干遅れる。彼の身体はEⅡ-B3細胞に生かされているのであるからして、身体の末端部位で共生菌の働きが弱まれば、その部分から身体が腐ってしまわないとも限らない。同時に自然界の腐敗菌の活性も低下しているとはいえ、油断は禁物だ。
「間宮、」
「……何だ」
手をよく温めるために身体を少し上に移動したので、今は佐田の顔は間宮の真正面にある。佐田は焦点の定まらない寝ぼけ眼で間宮を見ていた。
「間宮は寒くない? 俺なんかの隣で」
「いや、全然平気だ」
「そう? ならいいけど……」
とろんとした表情でじっと見つめられると、頬が熱くなる。佐田と一緒にいて、脈拍・体温が上がることはあっても、熱が冷めることなどあり得ない。
「ひとの心配はいい。目を閉じろ。そしてさっさと眠れ」
「うん……おやすみ……」
ふぅー、と長い息をついたあと、佐田はすぐに規則的な寝息をたて始めた。伏せた睫毛の長さに間宮は目を奪われた。鼻筋が通っていて男性的ではあるが、野蛮そうではない顔つき。眠っていると表情があどけなく、高校時代の面影をよく残している。顔の左側に刻まれた凶行の痕は、間宮の心に深く印象付けられていた、高校時代の佐田の高潔さをひとつも毀損してはいない。気候によって脳を含めた身体機能全体が少し低下しているはずで、しかも眠気でぼんやりしているという時に、攻撃性や不機嫌ではなく、ひとに対する気遣いの言葉を口にした。根っからの善人なのだ、佐田という男は。だが、いい人だから惹かれたのではない。間宮は佐田の揺るぎなく歪みのないところが気に入っていた。
間宮はそっと額を佐田の額に擦りつけた。佐田には彼の主食とする腐肉と血の臭いがこびりついているが、その臭いは彼本来の芳しい体臭を引き立たせるために存在しているかのようだった。
翌朝、目を覚ましてみると、隣はすでにもぬけの殻だった。階下に降りてみれば、早起きな佐田はキッチンで朝食をこしらえているところだった。
「おはよう」
「おはよう、佐田くん。よく眠れたか」
「うん、温かくてよく眠れた。それでさ、間宮……」
佐田は包丁をまな板の上に置き、間宮に向き合って言った。
「今夜も一緒に寝る?」
あぁ、もちろん! 君が僕の体温が温かくて気持ちがいいというのなら!! と間宮は言おうと前のめりになったが、佐田は間宮の返事を待たずに言った。
「実は最近寒かったせいか、モン吉の元気がなくて……それで一緒に俺のベッドに寝かせていたんだよね、夜。言ったら間宮怒るかなと思って言わなかったんだけど……まあそういうことで。これから毎日、モン吉はひとりって可哀想かなと思って」
「……。」
「あ、昨夜はモン吉には寝床に湯たんぽ入れてあげたから大丈夫」
「……。」
「で、どうする?」
まさかのサル優先とは!!
(おわり)