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3月21日

魔界中層部、旧癌陀羅領内。移動要塞百足は生温い風を斬り樹海の木々を薙ぎ倒しながら、ガシガシ突き進んでいた。

人間界とは違って四季の変化は分かりづらいが、一応現在は春。要塞内の空気も心なしかもやんと淀み、眠気を誘われる。廊下を歩いている魔界パトロール隊の一人が、大あくびをこきながらぼやいた。

「あ~~~暇だなぁ。ここ数日一人も収穫無しだぜ」

「それで良いのだ、人間達にとってはな」

魔界パトロール隊の主たる任務は、空間の歪みに嵌まって迷い込んで来た人間を救助し人間界に送り届ける事だ。パトロール隊が暇という事はすなわち、不幸にも魔界に飛ばされ瘴気に中って昏倒する人間が居ないということ。

しかし人間達にとっては良くとも、隊員達は退屈で堪らない。元来は戦場を駆け回るのが大好きな奴等ばかりなのに、こんな狭い要塞に閉じ込められて、のんべんだらりとあちこちを巡回しているだけなど、楽でもストレスが溜まる。補給と気晴らしの為に地方都市へ停泊するのも月に数日程度である彼等の日常の楽しみといえば最早、この男所帯にあっては紅一点であるパトロール隊長の優美な腰のラインをちょっと離れたところから盗み見ることくらいだ。

というのに、近頃その隊長の姿すらめっきり見かけない。

「そういえばここ数日躯様をお見かけしないが、如何なされたのであろうか?」

時雨の問いかけに、奇淋はさもウンザリという様に首を横に降った。

「ずっと部屋に籠っておられる。訳は知らんが酷く塞ぎ込んでいるご様子だ。念のため近付かない方がよい」

軀の機嫌の最悪に悪い時期は半年程前に過ぎたはずだ。例年なら今頃は比較的上機嫌に過ごしている筈である。付き合いの長い奇淋にも、近頃の軀の不機嫌な理由はさっぱりわからなかった。
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