チュートリアル
思ったよりも幼そうな見た目。
思ったよりも大人びたしぐさ。
それが、親友から散々聴かされて来たその人の、第一印象だった。
幽かなオレンジ色の灯りの下、彼は気怠げにパーカーのポケットを探り、煙草の箱を取り出した。上半分が濃い緑色で下半分が白色のパッケージ。この店には置いていない銘柄だったかな、と、みおは背後をちらっと振り返った。そこには種々の煙草を詰め込んだバスケットが置いてある。同じ銘柄で赤いものなら幾つかあった。
つんつん、と脇をつつかれ、ビクッと左手を向く。先輩の陸奥がみおを見、そしてカウンターの向こうの彼の方へ顎をしゃくった。彼は丁度、煙草を口に咥えたところ。そうだ、ライター……。
「どうぞ」
みおは先ほど陸奥から貰った店名入りのライターを差し出す。もちろん、何時でも点火出来るように親指をホイールにかけながら。すると彼は眉根を寄せ、あからさまに困惑の表情を浮かべた。みおは狼狽え、陸奥をすがるように見た。
「練習だと思って、やらせてあげて」
と、陸奥は助け船を出してくれた。
渋々といった体で、彼は煙草に火を点けさせてくれた。が、一息煙を吐き出すと、彼は再びポケットを探り、クロムハーツのジッポを掴み出して、煙草の箱に重ね置いた。次からは自分で点ける、という無言の意思表示。
「こんな玄人じみた事、させなくても良いと思うけど」
彼の苦言に陸奥は
「玄人ですから」
と返し、自らも煙草を一本咥えると、カウンターに肘をついて軽く身を乗り出した。彼は舌打ちをし、ジッポを手に取る。鈍い銀色に輝くそれは彼の掌でくるりと回転し、カチッ。小気味よく蓋が鳴った。
「魔法みたい」
思わず感嘆したみおだった。
「あんたの方がどうかしてるでしょ」
陸奥は紫煙をくゆらせ、彼に言った。
「おかしいな。この店、素人しかいないと思ってたんだけど、この人以外」
ぼやきながら、彼は先ほど吸い始めたばかりの一本をもう灰皿に押し付け、また一本箱から抜き出して、自分で火を点けた。
「なんだっけ、名前」
彼の黒い瞳がみおをじっと見上げた。
「みおです」
「いくつ?」
「二十一です。百鬼丸さんは?」
「同じ。早生まれだけど」
「じゃあ、学年は百鬼丸さんの方がひとつ上なんですね」
「"百鬼丸"でいいよ。敬語も要らないし」
「えっと、じゃあ……百鬼丸」
「なに?みお」
「えっ、あっ、あの、何でもないです」
はたで聞いていた陸奥がくっくっと喉をならして笑うので、みおはたちまち頬が熱くなった。と、チリンと客の入店を告げる鈴の音。
「いらっしゃいませ!」
「へへっ、どうも」
入って来たのはスキンヘッドの老人だった。腰の曲がりぶりからするに、かなりの歳のようだ。すかさず陸奥はカウンターからホールに出て、老人を奥のボックス席へと案内した。
「みお、あんたはそいつの相手してて。初心者には丁度いいから」
「は、はい」
「初心者向けって、おれはスライムか」
はぁっと百鬼丸は大きなため息をついた。
「ねえ、百鬼丸」
彼はまた目を上げた。
「こういう時って、どんな話をすればいいの?」
「さぁ」
目を伏せ、灰皿に煙草を押し付けて彼は言った。
「天気の話。と、自己紹介かな」
また新たな一本を咥え、顎を上げた彼は、どうやら今度はみおに火を点けさせてくれるらしい。
(おわり)
思ったよりも大人びたしぐさ。
それが、親友から散々聴かされて来たその人の、第一印象だった。
幽かなオレンジ色の灯りの下、彼は気怠げにパーカーのポケットを探り、煙草の箱を取り出した。上半分が濃い緑色で下半分が白色のパッケージ。この店には置いていない銘柄だったかな、と、みおは背後をちらっと振り返った。そこには種々の煙草を詰め込んだバスケットが置いてある。同じ銘柄で赤いものなら幾つかあった。
つんつん、と脇をつつかれ、ビクッと左手を向く。先輩の陸奥がみおを見、そしてカウンターの向こうの彼の方へ顎をしゃくった。彼は丁度、煙草を口に咥えたところ。そうだ、ライター……。
「どうぞ」
みおは先ほど陸奥から貰った店名入りのライターを差し出す。もちろん、何時でも点火出来るように親指をホイールにかけながら。すると彼は眉根を寄せ、あからさまに困惑の表情を浮かべた。みおは狼狽え、陸奥をすがるように見た。
「練習だと思って、やらせてあげて」
と、陸奥は助け船を出してくれた。
渋々といった体で、彼は煙草に火を点けさせてくれた。が、一息煙を吐き出すと、彼は再びポケットを探り、クロムハーツのジッポを掴み出して、煙草の箱に重ね置いた。次からは自分で点ける、という無言の意思表示。
「こんな玄人じみた事、させなくても良いと思うけど」
彼の苦言に陸奥は
「玄人ですから」
と返し、自らも煙草を一本咥えると、カウンターに肘をついて軽く身を乗り出した。彼は舌打ちをし、ジッポを手に取る。鈍い銀色に輝くそれは彼の掌でくるりと回転し、カチッ。小気味よく蓋が鳴った。
「魔法みたい」
思わず感嘆したみおだった。
「あんたの方がどうかしてるでしょ」
陸奥は紫煙をくゆらせ、彼に言った。
「おかしいな。この店、素人しかいないと思ってたんだけど、この人以外」
ぼやきながら、彼は先ほど吸い始めたばかりの一本をもう灰皿に押し付け、また一本箱から抜き出して、自分で火を点けた。
「なんだっけ、名前」
彼の黒い瞳がみおをじっと見上げた。
「みおです」
「いくつ?」
「二十一です。百鬼丸さんは?」
「同じ。早生まれだけど」
「じゃあ、学年は百鬼丸さんの方がひとつ上なんですね」
「"百鬼丸"でいいよ。敬語も要らないし」
「えっと、じゃあ……百鬼丸」
「なに?みお」
「えっ、あっ、あの、何でもないです」
はたで聞いていた陸奥がくっくっと喉をならして笑うので、みおはたちまち頬が熱くなった。と、チリンと客の入店を告げる鈴の音。
「いらっしゃいませ!」
「へへっ、どうも」
入って来たのはスキンヘッドの老人だった。腰の曲がりぶりからするに、かなりの歳のようだ。すかさず陸奥はカウンターからホールに出て、老人を奥のボックス席へと案内した。
「みお、あんたはそいつの相手してて。初心者には丁度いいから」
「は、はい」
「初心者向けって、おれはスライムか」
はぁっと百鬼丸は大きなため息をついた。
「ねえ、百鬼丸」
彼はまた目を上げた。
「こういう時って、どんな話をすればいいの?」
「さぁ」
目を伏せ、灰皿に煙草を押し付けて彼は言った。
「天気の話。と、自己紹介かな」
また新たな一本を咥え、顎を上げた彼は、どうやら今度はみおに火を点けさせてくれるらしい。
(おわり)
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