二人ごはん
二人ごはん
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「美味いか?」
そう聞くと、目の前にいる相手は口一杯に頬張ったまま、こくこくと頷き、そしてまた一心不乱に食べた。
脂っこくてモサモサして、滅茶苦茶に胃もたれするような物がいいという、意味不明なリクエストの為にあっちゃこっちゃ走り回り調達した、文字通りにはまさに「ご馳走」なのだが、大したモノではない。
あれもダメこれも嫌だと言われて、苦し紛れに蔵馬のアパート近くのコンビニでもとめた、ただの唐揚げである。
それを躯はまるで生まれつきの貧乏人が世界一の逸品でも味わっているかの様に幸せそうな顔してむさぼり喰っている。
彼女の皿が空いたところで、飛影は自分の分を彼女の方に押しやった。
「これも食え」
「うん!」
子供みたいな返事なのと、久し振りに良い顔色が見れたので、飛影も少し笑った。
昔は、「美味いか?」と聞くのは彼女の方で、餓鬼みたいな顔して頷くのは彼だった。
躯は食人種なので、飛影と同じ物を共に食べる事が出来なかった。
だから、いつも食卓の向かい側に座りつつも、大飯を喰らう彼の顔を眺めていたのだった。
そうして目の前に座っていられる事が、はじめは鬱陶しかった彼だが、
食事中に注がれるまなざしを、いつの間にやらとても好きになっていたのである。
逆に、彼女自身の食事に関して、彼女の表情は冴えない物だった。彼女は決して彼を狩りにも食事にも同伴させなかった。
「メシと意思疎通が出来るってあまり気分のいいものではなくてな」
あるとき躯は飛影にポツリと言った。
「ああ、でも違うなそれは。喋る動植物もこの世界には結構いるもんだし。だがなんか、」
そう言いかけて口をつぐんだまま、続きを語る事はなかった。
元々食は細い様だったが、前年の暮れ頃から本当に何も摂らなくなり、大好きな酒はおろか水さえのまなくなった。
今は亡き宿敵雷禅のモノマネでもしているのかと思いきや、何も胃に入っていないのに一日中吐き続ける様になり、一体何の病気か?とにかく医者に見せねば!と飛影が焦っていると、躯はやおら洗面器から顔をあげてこう言った。
「ポテトチップスが食べたい。」
「……は?」
具合の悪い時にもっとも食べてはいけないものの一つではないかと思ったが、
「いいから食べたい!!」
気圧されて、自分の間食用にとってあったやつを部屋まで取りに走った飛影だった。
それから飛影の食料探しの旅は始まったのである。
躯が求めるのは何故かジャンク系の物に偏っていた。以前飲み会で、酔っ払った孤光や棗から無理矢理口に突っ込まれたツマミの味を覚えていたのか、どうか。
アバウト過ぎる指示に迷ったら、取り敢えず飲み会のツマミにあった様な気がするもので、しかも安いもの、みたいな目安を最近発見した。
一時期本当に瀕死状態だった躯だが、飛影がせっせと餌運びした甲斐あって急速に回復しつつある。
だが、食える様になったら益々好みにうるさくなった様だ。
「ふぅ、やっと人心地ついた……」
躯は満足そうに息を吐くと、そのままベッドに仰向けになってうとうとし始めた。
寒い季節なのに、薄着である。寝転んだはずみにシャツがめくれて腹が露になった。
まだ平坦で肉の薄いそこに、飛影は掌でそっと触れてみた。
なんだかよくわからない。
冷やしたら悪そうだが、躯の言うには温めるといっそう具合が悪くなるのだとか。
飯を買う序でに、遅いクリスマスプレゼントとして暖かいボレロを買ってやったが、それを着て寝たら一晩中咳が出て辛かったのだそうである。
確かに、触れた皮膚はすこし温かく、氷みたいに冷たかった以前とは違う。
彼女はすっかり寝入ってしまっている。
触れていた箇所に、彼は今度は頭を乗せ耳を当ててみた。
やっぱりよくわからない。
わからないが、躯と一緒に飯が食えるというのが思いの外楽しく、具合の悪い躯には悪いが、この日々がもうしばらく続けばよいと飛影は思っている。
(おわり)
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「美味いか?」
そう聞くと、目の前にいる相手は口一杯に頬張ったまま、こくこくと頷き、そしてまた一心不乱に食べた。
脂っこくてモサモサして、滅茶苦茶に胃もたれするような物がいいという、意味不明なリクエストの為にあっちゃこっちゃ走り回り調達した、文字通りにはまさに「ご馳走」なのだが、大したモノではない。
あれもダメこれも嫌だと言われて、苦し紛れに蔵馬のアパート近くのコンビニでもとめた、ただの唐揚げである。
それを躯はまるで生まれつきの貧乏人が世界一の逸品でも味わっているかの様に幸せそうな顔してむさぼり喰っている。
彼女の皿が空いたところで、飛影は自分の分を彼女の方に押しやった。
「これも食え」
「うん!」
子供みたいな返事なのと、久し振りに良い顔色が見れたので、飛影も少し笑った。
昔は、「美味いか?」と聞くのは彼女の方で、餓鬼みたいな顔して頷くのは彼だった。
躯は食人種なので、飛影と同じ物を共に食べる事が出来なかった。
だから、いつも食卓の向かい側に座りつつも、大飯を喰らう彼の顔を眺めていたのだった。
そうして目の前に座っていられる事が、はじめは鬱陶しかった彼だが、
食事中に注がれるまなざしを、いつの間にやらとても好きになっていたのである。
逆に、彼女自身の食事に関して、彼女の表情は冴えない物だった。彼女は決して彼を狩りにも食事にも同伴させなかった。
「メシと意思疎通が出来るってあまり気分のいいものではなくてな」
あるとき躯は飛影にポツリと言った。
「ああ、でも違うなそれは。喋る動植物もこの世界には結構いるもんだし。だがなんか、」
そう言いかけて口をつぐんだまま、続きを語る事はなかった。
元々食は細い様だったが、前年の暮れ頃から本当に何も摂らなくなり、大好きな酒はおろか水さえのまなくなった。
今は亡き宿敵雷禅のモノマネでもしているのかと思いきや、何も胃に入っていないのに一日中吐き続ける様になり、一体何の病気か?とにかく医者に見せねば!と飛影が焦っていると、躯はやおら洗面器から顔をあげてこう言った。
「ポテトチップスが食べたい。」
「……は?」
具合の悪い時にもっとも食べてはいけないものの一つではないかと思ったが、
「いいから食べたい!!」
気圧されて、自分の間食用にとってあったやつを部屋まで取りに走った飛影だった。
それから飛影の食料探しの旅は始まったのである。
躯が求めるのは何故かジャンク系の物に偏っていた。以前飲み会で、酔っ払った孤光や棗から無理矢理口に突っ込まれたツマミの味を覚えていたのか、どうか。
アバウト過ぎる指示に迷ったら、取り敢えず飲み会のツマミにあった様な気がするもので、しかも安いもの、みたいな目安を最近発見した。
一時期本当に瀕死状態だった躯だが、飛影がせっせと餌運びした甲斐あって急速に回復しつつある。
だが、食える様になったら益々好みにうるさくなった様だ。
「ふぅ、やっと人心地ついた……」
躯は満足そうに息を吐くと、そのままベッドに仰向けになってうとうとし始めた。
寒い季節なのに、薄着である。寝転んだはずみにシャツがめくれて腹が露になった。
まだ平坦で肉の薄いそこに、飛影は掌でそっと触れてみた。
なんだかよくわからない。
冷やしたら悪そうだが、躯の言うには温めるといっそう具合が悪くなるのだとか。
飯を買う序でに、遅いクリスマスプレゼントとして暖かいボレロを買ってやったが、それを着て寝たら一晩中咳が出て辛かったのだそうである。
確かに、触れた皮膚はすこし温かく、氷みたいに冷たかった以前とは違う。
彼女はすっかり寝入ってしまっている。
触れていた箇所に、彼は今度は頭を乗せ耳を当ててみた。
やっぱりよくわからない。
わからないが、躯と一緒に飯が食えるというのが思いの外楽しく、具合の悪い躯には悪いが、この日々がもうしばらく続けばよいと飛影は思っている。
(おわり)
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