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みおと天邪鬼

久しぶりのいい獲物に、天邪鬼はわくわくしていた。流れ者のガキ侍。面白いくらい天邪鬼の術にコロリとよくかかる。そしてその連れであるチビもまた、ガキ侍のやることなす事に一々大げさに反応するのだ。とても愉快。

天邪鬼のイタズラのせいで、ガキ侍は意に反して村娘のおこわと結婚することになった。おこわがガキ侍にベタ惚れの様子を見て、天邪鬼はニヤリとした。

この娘、村の守護神である毘沙門天の加護を強く受けているため、これまでずっと天邪鬼の力ではあやつる事が出来なかったのだが、ガキ侍を操る事によって、天邪鬼は間接的におこわを操る事に成功したのだ。まるで毘沙門天に勝ったようで、これは大層気分が良かった。

祝言を上げたガキ侍とおこわは、新婚旅行をかねてガキ侍の家まで帰省する事になった。天邪鬼は彼にとりついたまま、一行に着いて行くことにした。



ガキ侍……百鬼丸の精神構造は至極単純で、天邪鬼には読みやすく御しやすかった。

みお、みお、みお、みお。

山奥の目的地に近付くごとに、百鬼丸の心の中は、恋しい女のことで一杯になっていく。

「百さま、愛してるわよ」

おこわが言うと、

「おれは、おこわを、愛してる」

と百鬼丸は答え、心の中で泣くのだった。

みおがいい、本当は、みおがいい。

と。

「ほんっとうに、二人はお似合いだな!みお姉もきっと喜ぶぞ!家に着いたらお祝いだお祝い!」

どろろがやけくそになって言う。負けん気の強いガキんちょが自分の口から発せられる言葉に心を折られそうになっている様は、実に愉快。



一行はとうとう、辺鄙な山の中の小さな土地にたどり着いた。思っていた以上に狭く人も少なく、天邪鬼は拍子抜けたが、しかしここにはみおという女がいる。百鬼丸の最愛の相手であるこの女を操れば、大層面白い事が起こるに違いない。

「みお姉、皆、今帰ったぜ!」

どろろがあばら家の玄関先で呼ぶと、中からすぐにみおは姿を現した。

「おかえりなさい、どろろ、百鬼丸」

目が合った。その瞬間天邪鬼は心の臓をうち抜かれたような衝撃を覚えた。

こんなことって初めて。
この感情は一体、なんなのだろう……?

天邪鬼はハッと我に返ると、防御反応的にみおに向けて力を放った。天邪鬼の妖気を受け、みおは目を見開いてびくっと立ち止まったが、皆が異常に気付く前に平常に戻り歩みを続けた。

みおはおこわを無視し、百鬼丸の事も目に入らない様子だ。ずんずんと歩いていき、帰宅の挨拶をしようと身構えた百鬼丸をかわして彼の背後にまわる、と、

「まぁ、可愛いお客さん!百鬼丸、この子どうしたの?」

と、百鬼丸の後頭部に貼り付いていた天邪鬼の事をひょいっと抱き上げて、すりすりと頬擦りをしたのだった。



***

面白いといえば面白いことになった。百鬼丸の真底悔しそうな顔、どろろの恐怖を滲ませた表情、浮かれるおこわ、そして呆気に取られている子供たち。だが天邪鬼はそれを腹を抱えて笑って見ている場合ではなくなっていた。

「はい、あーん」

ふうふうとよく息を吹きかけて冷ましたお粥の匙を、みおは膝の上に抱きかかえた天邪鬼の口に近付ける。天邪鬼は最初はいやいやしていたが、みおの慈母のような微笑みに負け、しぶしぶパクっと匙に食らいついた。限りなく重湯に近い、薄い粥。塩気もないのに、なんだかとっても美味しく感じた。

「美味しい?」

みおに聞かれ、天邪鬼は思わずぷいっとそっぽを向いた。けれどもみおは気分を害した様子でもなく、粥をもう一匙、椀からすくって、ふうふうと息をかける。その尖った唇に見とれていると、みおは天邪鬼の視線に気付いてにっこり微笑んだ。カッと頬が熱くなる。

こんな感情、居心地が悪い。天邪鬼は生まれて初めて自分のかけた術がさっさと解ければいいのにと思った。しかし、天邪鬼は自分のかけた術を解くすべを知らない。なぜなら、解く必要性を感じた事がないからだ。自分が死ぬか気絶するか、あるいは時が経って術の効力が薄まるのを気長に待つしかない。

薄い粥を食べ過ぎて、元々丸く出っ張った腹が更に丸くなってタポタポと音をたてた。

「もうお腹一杯になった?」

首肯くと、みおは天邪鬼の頬にチュッと口づけた。

「おめでたい、おめでたい」

百鬼丸が造り物の手をわなわなと震わせながら言った。



***

深夜、狭い一部屋で雑魚寝をする子供達の間で天邪鬼はまんじりともせず寝返りばかり打っていた。ふと脚を伸ばすと、足の裏がぽよんと弾かれた。頭を起こして見れば、すぐ側に横たわるみおの胸を蹴っていたのだ。彼女は天邪鬼を抱き寄せ、豊かな胸にかき抱いた。

「どうしたの、眠れないの?」

みおのたおやかな掌が、天邪鬼の禿げた後頭部を優しく撫でさする。

「眠れるように、歌をうたってあげましょうね。私、嬉しい時には歌をうたうの。きっと、今日は嬉しい事がたくさんあったから、うきうきしちゃって、眠れないのね」

ーー赤い花つんで あの人にあげよ
ーーあの人の髪に この花さしてあげよ

みおの歌声は、天邪鬼の常にいらいらむかむかとしている気持ちを、しんと鎮めた。こんなに穏やかな心地は、生まれて初めてだった。

嬉しい時にしては、しんみりとした歌声。それもそのはず、みおは天邪鬼の術に操られているのだから。

何もかもがあべこべ。嬉しい時にうたう歌は本来、悲しい時にうたう歌なのだ。今日はみおにとっては悲しい事がたくさんあった日だったのだ。眠れないほどに。

そして、みおが自分にこんなに優しくしてくれるのは、自分の事が嫌いだから。自分を可愛いと言ってくれたのは醜いと思ったからで、自分を抱き締めてくれるのは遠ざけたいから。

天邪鬼はみおの胸に顔を埋めてしくしくと泣いた。

「まぁ、どうして泣くの?」

みおは天邪鬼に聞いた。

「だって、みおに嫌われたら悲しい」

天邪鬼は答えた。

「よしよし、大丈夫よ。あんたの術なんか、私には効いてないんだから」

「ほんとうに?」

まさか、そんな事が。

「ほんとうよ」

「嘘じゃない?」

「嘘じゃないわ」

信じてもいいのだろうか。

「明日はみんなに謝ろうね」

みおの囁きに、天邪鬼は頷いた。

***

「すみませんでした」

翌朝、百鬼丸は教わった通りに深々と頭を下げておこわに謝った。

「おれ、おこわと結婚したくなかった。鬼神退治の旅、つづけたい。ときどき、ここに帰って、みおといっしょがいい」

だから、すみませんでした、と百鬼丸はまた頭を下げた。

「ええんよ、ほんな謝らんでも。わたしみおちゃんに会うてみてようわかったもの。百さまにはみおちゃんがお似合いやって」

おこわがそう言うと、どろろとタケはにんまり笑って百鬼丸を肘で小突いた。

「さ、あんたも謝んなくっちゃね、天邪鬼」

みおに促され、天邪鬼は消え入りそうな声で「ごめん」と言った。そんな天邪鬼の首根っこを、百鬼丸はむんずと掴んだ。

「みお、こいつ、どうすればいい?」

みおはさっと天邪鬼を百鬼丸の手から取り返し、赤ん坊を抱くように抱いた。

「もう悪さしないって誓ったんだって。だからどうもしないでいいわよ。なんならここに住めばいいじゃない。ねぇ」

天邪鬼はきまりの悪そうな顔でみおの肩に顎をのせた。

「だめ!それはだめっ!」

百鬼丸は子供みたいに地団駄を踏んだ。



(おわり)

***

お題箱に匿名様よりいただいたお題で書きました(*´・ω・`)b

お題は、

「天邪鬼の呪いにかかったみおの話(百みお)」

でした。お題提供ありがとうございました!

作中引用曲は、おなじみ『赤い花白い花』(作詞・作曲 中林三恵)です。


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