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Talent of Love.


***

同じ車両に乗ったって、気が向かなきゃ話さないし気が向けば話す。それではいつものこと。

あにきはずっと、ドアの側に立って窓の外を眺めていた。その横顔からは、何を思っているのかさっぱりわからない。



宿題を一緒にやるという名目であにきの部屋に寄るのもいつものことで、おいら達はローテーブルに相向かいに座って黙々と数学の問題集を解いた。

せっせと手を動かしてはいるけど、ほんとは頭ん中は宿題どころじゃあなくなってる。

とうとうみお姉に出会ってしまった。

あにきはどう思ってるんだろう?あんなに、みお姉の姿を目で追って。

「……なぁ」

きれいにカブッた!すかさず、

「ハッピーアイスクリームッ!」

「へっへーん、おいらの方が速かったよーん」

「くっそー。今金ないから、あとで小遣い貰ってからでいい?」

「いいよん。絶対忘れんなよ、あにき」

「だから、何でおれが"あにき"だ。……で?」

あにきは顎でしゃくった。おいらから先に喋れってことだ。

「えぇ、いーよぉ、あにきが先で」

「気になる」

「お先にどうぞ」

あにきははぁっとため息を吐いて前髪を掻き上げた。

「おれ、この家出ようと思って」

「は?いま何て!?」

「い・え・を・で・る!」

「どして?」

「どうしてって、親父はムカつくし、母さんは面倒臭いし、たほはうぜぇ」

それは常からよく言ってるけど、まさかそれで家を出るとは。

「家を出て、どうすんだよ、住むとこ」

もし行くあてがないなら、おいらん家へ来ない?なんて、言えるはずもなく。

「伯父さん家」

「あぁ、寿海先生んとこな……」

寿海先生は町医者で、あにきのおっかちゃん縫さんのお兄さん。寿海先生のクリニック兼自宅は、こっから数百メートルほどの近場にある。そこなら安心だ、けど、なんだかちょっと……。

寿海先生のとこなんて、夕方遅くまで先生は診療中だから、家には誰も居ねえわけで。あにき、女子連れ込み放題じゃん。みお姉のことだって、連れ込み放題かもしれないじゃん。やべえ、マジやべえ……。

「どろろは?」

「え、へっ?」

「なんか、あるんだろ、話」

「おいらのは……なんつうか、大したことじゃあねえよ、うん……」

おいらはセーラー服のスカートを、ぎゅっと握りしめた。テーブルの向かいで、あにきはおいらをじいっと見詰めてくる。冷ややかに。何考えてるのか、全然わからねぇ目で。

聞かなきゃ、聞かなきゃ、みお姉のこと、どう思ったのかって。
また、みお姉のこと、好きになっちゃったのかって。

っていうか、そうじゃねぇ。
おいらはおいらのことを言わなくちゃいけねぇ。
これは千載一遇のチャンスなんだ。
これを逃したらもう二度と巡って来ないのかもしれない、チャンスなんだ。

いつもおいらは二人の仲を応援したり手助けしたりするだけの立場だった。けど、今回こそ、おいらは。

「ねぇあにきっ」

おいらはテーブルに乗っかって、教科書や筆記用具がバラバラと床に落ちるのも構わずに乗り越えて、あにきのシャツの襟に手を伸ばし、掴んで。

あにきは目を見開いて、呆気にとられた顔で、バランスを崩し、床に倒れて。

ぐらりとおいらの身体も傾いで、気付いたらあにきに馬乗りになっていた。

「お、おいら、あにきのことが好きなんだよっ!五百年以上は、ずっと好き!」

「どろ……」

「ずっとあにきのこと追いかけてたんだぞ、ずっとあにきの側にいたんだぞ、なのにあにきは、いつも他のひとを選んで!」

「どろろ」

制服の分厚い布ごしに、おいらの内腿になんか熱くて硬いものが当たってる。こ……これは……。

ええぃ、そんな事で怯んでなんかいられねぇ!
おいらはあにきの胸ぐら掴み上げて、言わなきゃいけないことがある!

「もう逃がさねぇぞっ、百・鬼・丸っ!!」

と、急に身体がふわっと浮いて、ゴツッと後頭部に鈍い痛みを感じ、暗くて狭い、あにきの腕の中に。背中に床を感じ、おいらは組み敷かれていた。

「どろろ、お前ってヤツはっ」

あにきは乱暴に、おいらのスカーフを引き抜いた。セーラーの上着のジッパーを一息に降ろして、あぁ、おいらの下着、すげえ色気ねぇんだった。今頃そんなことを思いだし、おいらは後悔と恥ずかしさで頭が一杯になる。

あにきの手がスポブラをずらして、おいらの貧相な胸をまさぐる。

「や……やだっ!」

「なぜっ!?」

あにきが首筋に噛みついてこようとするので、おいらはぎゅっと身を固くした。縮めた首にあたるあにきの唇は柔らかく、思わずきゃあっと変な声が出た。するとあにきは唇を離し、大きな手でおいらの頬を掴んで、おいらをあにきの方に向かせた。

「幼なじみのままでよかったのに、一線越えたのは、お前だぞ、どろろ」

「んうぅっ」

頭を左右に振って逃れようとしたけど、無理矢理にキスされた。

こういうもんだっけ?
好きな人に告るって、こんな風になるものなの?
なんかもっとこう、あたたかいものなんじゃないかと思ってた。

何でこうなる。
どうして優しく触れてくれないの?
みお姉にするみたいに。

「やだっ、やだよう、あにきぃ」

がちゃり。

「兄上~っ、どろろぉ~、さっきはよくも……あっ」

たほ……ノックもせずに。

「失礼しました」

たほはそっとドアを閉めた。たほの方を向いていたおいらとあにきは、顔を見合わせた。

はぁ。

二人同時にため息を吐く。

あにきはおいらの頬を撫で、そして髪をくしゃくしゃと掻き回した。すっかり興が醒めた様子で。

おいらはあにきから目を逸らした。顔を上げられねぇ、もう二度とまともに目を合わせられる気がしねえ。

どうしてこうなっちゃったんだ。おいらつくづく、才能がねぇよ、恋愛の。

また、ふわりと身体が持ち上がって、おいらはすとんと兄貴の膝の上に下ろされた。

「どろろ、お前、軽いなぁ」

あにきはおいらを見上げて言った。

「やはりここは不便だ。引っ越そう、うん」

切れ長なあにきの目が、おいらを見据える。

「どろろ、おれが伯父さん家に行っても、遊びに来てくれる?」

「え……っ、えっと……」

「返事は?」

おいらは震える喉から声を絞り出して、答えた。

「うんっ」



(おわり)

***

イメージソングは川本真琴の『愛の才能』でした。
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