このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

呪いの言葉

どろろの制止を無視して、百鬼丸はずんずん歩いて行ってしまう。どろろははぐれないよう懸命にあとを追った。

先ほどみおに「悪かった」と言ったのは何だったのか。やっと追いついて兄貴分の顔を見上げると、眉間に深い皺を寄せ、唇はぎゅっと引き結んでいる。本当は反省などしていないのかもしれない。

町に着いた。百鬼丸はそそくさと宿をとり、まだ日没には到底早いというのに、莚に片肘突いて不貞寝してしまった。

そうして百鬼丸は数日の間、何をするでもなく部屋で寝て過ごした。

数日後、百鬼丸は突然むくりと起き上がると、宿を出た。どろろも慌てて外へ出た。

百鬼丸がもと来た道の方へ進んで行ったので、どろろは胸を撫で下ろした。ところが、山に入る前に百鬼丸は道を逸れて、近くの農村へと向かって行った。



「もし、そこの人」

声を掛けられた若い女と中年の女はお喋りに夢中で、百鬼丸の呼び掛けには気付かないようだった。どろろは、露骨にムスッとぶすくれた百鬼丸をはらはらと見守る。若い女は美しく、そしてどこかみおに似ていた。百鬼丸は咳払い一つして大きく息を吸い、声を張った。

「そこの、綺麗な、娘さん!」

まぁやだよ!と中年女の方が振り返って、目を輝かせた。

見目麗しい若侍に、村の女達がわらわらと集まってくる。どろろは遠巻きにしつつ聞き耳を立てた。百鬼丸が何かを訪ね、女達の代表格の者が応えた。

百鬼丸が頓狂な声を上げ、女達はゲラゲラと笑う。そして女達は彼を取り囲んでちょっと寄っていくようにと促した。百鬼丸が振り返って目配せしたので、どろろは彼らのあとをついていった。



***


「お帰り」

玄関の引き戸を半分開けて二人を迎えたタケの表情は暗い。土間に入ると、みおはこちらに背を向けて座っていた。

「みお姉まだ怒ってんのかよ」

どろろが小声で訪ねると、タケは肩を竦めて外へ出ていった。そして三人だけになった。

「ただいま」

「すまなかった」

「ちょっと頭を冷やしてきた」

百鬼丸がみおの額に自分の額を押しつけて言ったいずれの言葉にも、みおは返事をしなかった。百鬼丸は首をかしげてみおの顔を覗き込み、そして二三度口づけをした。

みおは百鬼丸の肩に顎を載せると、鼻をすすった。

「もう、帰って来ないかと思った」

百鬼丸はみおの背に腕を回した。

「私の方こそごめん、酷いこと言って。もし、あんな言葉が、最後の言葉になっちゃったら……どうしようって、私、私……」

みおの背中を、百鬼丸の手が優しく撫でさする。みおはしゃくり上げ、百鬼丸の肩に顔を埋めて子供のようにわんわん泣いた。

彼女が気の済むまでひとしきり泣くのを待ってから、百鬼丸は口を開いた。

「みおが不安なの、わからなくて、すまなかった。おれ、おまじない教わってきた、村の女達に。元気なややが生まれる、おまじない。どろろ」

「あいよ」

「ちょっと手伝え」

「へいへい」

引き戸に寄り掛かって待っていたどろろは、履き物を脱いで板の間に上がった。



村の女達に教わった通り、百鬼丸とどろろは二人がかりでみおの大きくせり出した腹に晒しを巻き上げた。そして元通り小袖を着せ、帯を締めてやる。

百鬼丸は彼女の足もとに跪いて目を閉じ、彼女の腹に頬を寄せた。

「みおが無事にややを産めますように。元気なややが生まれますように」



(おわり)


***


お題箱に匿名様からいただいたお題で書きました。

「百みお喧嘩
みおに「大っ嫌い」と言われてしまう百鬼丸のお話など。
理由等はお任せ」

でした。

お題ありがとうございました!
1/1ページ
    スキ