亜麻色の髪の乙女
ーー亜麻色の長い髪を風が優しく包む
ーー乙女は胸に白い花束を
ふと、遠くから呼ぶ声がしたので、私は歌うのを止めた。まったく、あの人は目も見えないし耳も聴こえないのに、独りでいる私をみつけるのが、何故かとっても上手。
立ち上がって着物についた草を払い、振り返る。
「百……えっ!?」
ところが背後から迫って来ていたのは、あの人ではなかった。全身長い灰色の毛に覆われた、化け物のような何か。
「キャーッ!」
慌てて跳びすさる。
『みおーっ!!』
あの人が呼んでる。
「百鬼丸さんっ、助けてーーっ!」
出る限りの大声を張り上げる。すると、
『みおどこだっ』
声は何故か目の前に迫る毛玉の中から聴こえてくるじゃない。
『みお、みおっ……、うわーっち!』
毛玉は自分の毛に足をとられて躓き、そして坂をごろんごろんと転げ落ちていった。私は毛に包まれた彼を追って坂を駆け降りた。
わさわさとまるで水草のようにうねり絡まり合った髪の毛を掻き分けると、やっと彼の太い眉毛と大きな目が表れた。
『いやぁ、ひどい目に遭った』
「大丈夫?どこか怪我してない?」
『どうやら大丈夫だ。髪の毛がクッションになったようだ』
私はホッとして胸を撫で下ろした。
「それにしても一体どうしたの、これ」
『ふふっ、魔物から取り戻したんだ、おれの髪を』
そういえば今朝、寺の門前で行き合った時、ちょっと遠出して化け物退治してくるって言ってたっけ。
「これ全部?」
『うん。どうやら生まれて十四年ぶん、一度に戻って来たらしい』
「それじゃあ歩くのも大変ね。ちょっと待ってて。私、お寺に帰って鋏を持ってくる」
『頼む』
彼は毛の間から手を突きだし、ひらひらと振った。
***
コシの強い髪にはずいぶんてこずらされたけれど、何とかかんとか格好のつく長さに切り揃えることができた。鋏を握っていた掌が、鋏の形に凹み赤くなってしまった。水を切るように手を振って、熱くなった掌を冷ました。一休みしたら、今度は結ってあげないと。
手櫛で髪をすき上げ、頭の高い位置にまとめていく。毛の量がとても多いので大変だ。苦労して髪紐で結わえると、質は良いけど癖の強い髪は、ぴんぴんと四方八方に跳ねた。ちょっと短く切りすぎたかしら。
百鬼丸は私に髪をいじられている間、本物の髪を取り戻すまで着けていたかつらを、人差し指に引っかけて、くるくると回していた。
「ねぇ、百鬼丸さん」
『百鬼丸、でいいよ』
「……百鬼丸」
なんだかいつまで経っても慣れない。こんな風に親しげに、男の子の名前を呼び捨てすることに。
『なんだい、みお』
「あなたの本当の髪色って、こんなふうだったのね」
『一体、どんな色なのかな』
「青みがかった灰色かしら」
『それって何に似ている?』
「うーん」
どうしても良い例えが思い浮かばない。雨のふる直前の雲の色とか?それではあまりいい気分はしないか。
『おれのことだ。きっと大して良い色ではないんだ』
「そんなことないわよ。私はこの色好きよ」
しかし彼は不服そうにため息をついて、自分の髪を指に絡ませた。
『自分の一部が戻って来るのは良い。けど、もっと実用的なものから戻ってこねぇかなあ。最初はヘソ、次にこれ。どっちもただの飾りじゃあないか』
「あら、おへそは大事よ。生まれる前、お腹の中でおっかさんとへその緒で繋がってた証なんだから」
『そうかい』
「そうよ。髪の毛だって良いじゃない。素敵よ」
『へへっ、そうかなぁ』
百鬼丸がいじくっているかつらは、彼が頭に被っていたときは人の髪に見えたのに、今はただの細く梳いた藁の束に見える。
『次に取り戻すのは目がいいな。おれもみおの髪を見てみたい。きっと綺麗な色をしてるんだろ。顔だってきっと美しいんだ』
「そんなに期待されてもねぇ」
正直、自分の髪は好きじゃない。人と違う髪色のせいで、小さな頃はよくいじめられたから。
『でも、おっかさんは素敵な髪だって褒めてくれたんだろう。みおが幸せになれますようにって気持ちを込めて、うたってくれたくらいだ。きっと、本当に綺麗なんだよ』
「まぁ!勝手にひとの心を読まないでくれる?デリカシーのない人って、私好きじゃないわ」
『ごめん……』
彼は眉尻を下げて、くりっと大きな目で上目遣いして、こちらをうかがった。ずるい、叱られるといつもそういう顔するから、憎めない。
『ねえみお、またお前さんのうたが聴きたいな』
いいよなんて言っていないのに、彼は私の後ろにまわった。いつも彼が私のうたを"聴く"ときのように。
「しょうがないわね」
私は彼の背中に自分の背中を預け、空に向かってうたう。
『はぁ、いい歌だ。心に沁みるねぇ。次に取り戻すのは、耳でもいいなぁ』
私はうたいながら、「あまり無理しないでね」と彼の心によびかけた。
(おわり)
***
お題箱にいただいたお題で書きました(*´・ω・`)b
「原作百みおでちょっとえっちなやつ」
でしたが、原作百みお初々しくてえっち捩じ込むのが無理だったので、イチャイチャ度高めにしただけになりましたすみません_:(´ཀ`」 ∠):_
お題ありがとうございました!
作中引用曲は
『亜麻色の髪の乙女』
(作詞:橋本淳 作曲:すぎやまこういち)
です。
ーー乙女は胸に白い花束を
ふと、遠くから呼ぶ声がしたので、私は歌うのを止めた。まったく、あの人は目も見えないし耳も聴こえないのに、独りでいる私をみつけるのが、何故かとっても上手。
立ち上がって着物についた草を払い、振り返る。
「百……えっ!?」
ところが背後から迫って来ていたのは、あの人ではなかった。全身長い灰色の毛に覆われた、化け物のような何か。
「キャーッ!」
慌てて跳びすさる。
『みおーっ!!』
あの人が呼んでる。
「百鬼丸さんっ、助けてーーっ!」
出る限りの大声を張り上げる。すると、
『みおどこだっ』
声は何故か目の前に迫る毛玉の中から聴こえてくるじゃない。
『みお、みおっ……、うわーっち!』
毛玉は自分の毛に足をとられて躓き、そして坂をごろんごろんと転げ落ちていった。私は毛に包まれた彼を追って坂を駆け降りた。
わさわさとまるで水草のようにうねり絡まり合った髪の毛を掻き分けると、やっと彼の太い眉毛と大きな目が表れた。
『いやぁ、ひどい目に遭った』
「大丈夫?どこか怪我してない?」
『どうやら大丈夫だ。髪の毛がクッションになったようだ』
私はホッとして胸を撫で下ろした。
「それにしても一体どうしたの、これ」
『ふふっ、魔物から取り戻したんだ、おれの髪を』
そういえば今朝、寺の門前で行き合った時、ちょっと遠出して化け物退治してくるって言ってたっけ。
「これ全部?」
『うん。どうやら生まれて十四年ぶん、一度に戻って来たらしい』
「それじゃあ歩くのも大変ね。ちょっと待ってて。私、お寺に帰って鋏を持ってくる」
『頼む』
彼は毛の間から手を突きだし、ひらひらと振った。
***
コシの強い髪にはずいぶんてこずらされたけれど、何とかかんとか格好のつく長さに切り揃えることができた。鋏を握っていた掌が、鋏の形に凹み赤くなってしまった。水を切るように手を振って、熱くなった掌を冷ました。一休みしたら、今度は結ってあげないと。
手櫛で髪をすき上げ、頭の高い位置にまとめていく。毛の量がとても多いので大変だ。苦労して髪紐で結わえると、質は良いけど癖の強い髪は、ぴんぴんと四方八方に跳ねた。ちょっと短く切りすぎたかしら。
百鬼丸は私に髪をいじられている間、本物の髪を取り戻すまで着けていたかつらを、人差し指に引っかけて、くるくると回していた。
「ねぇ、百鬼丸さん」
『百鬼丸、でいいよ』
「……百鬼丸」
なんだかいつまで経っても慣れない。こんな風に親しげに、男の子の名前を呼び捨てすることに。
『なんだい、みお』
「あなたの本当の髪色って、こんなふうだったのね」
『一体、どんな色なのかな』
「青みがかった灰色かしら」
『それって何に似ている?』
「うーん」
どうしても良い例えが思い浮かばない。雨のふる直前の雲の色とか?それではあまりいい気分はしないか。
『おれのことだ。きっと大して良い色ではないんだ』
「そんなことないわよ。私はこの色好きよ」
しかし彼は不服そうにため息をついて、自分の髪を指に絡ませた。
『自分の一部が戻って来るのは良い。けど、もっと実用的なものから戻ってこねぇかなあ。最初はヘソ、次にこれ。どっちもただの飾りじゃあないか』
「あら、おへそは大事よ。生まれる前、お腹の中でおっかさんとへその緒で繋がってた証なんだから」
『そうかい』
「そうよ。髪の毛だって良いじゃない。素敵よ」
『へへっ、そうかなぁ』
百鬼丸がいじくっているかつらは、彼が頭に被っていたときは人の髪に見えたのに、今はただの細く梳いた藁の束に見える。
『次に取り戻すのは目がいいな。おれもみおの髪を見てみたい。きっと綺麗な色をしてるんだろ。顔だってきっと美しいんだ』
「そんなに期待されてもねぇ」
正直、自分の髪は好きじゃない。人と違う髪色のせいで、小さな頃はよくいじめられたから。
『でも、おっかさんは素敵な髪だって褒めてくれたんだろう。みおが幸せになれますようにって気持ちを込めて、うたってくれたくらいだ。きっと、本当に綺麗なんだよ』
「まぁ!勝手にひとの心を読まないでくれる?デリカシーのない人って、私好きじゃないわ」
『ごめん……』
彼は眉尻を下げて、くりっと大きな目で上目遣いして、こちらをうかがった。ずるい、叱られるといつもそういう顔するから、憎めない。
『ねえみお、またお前さんのうたが聴きたいな』
いいよなんて言っていないのに、彼は私の後ろにまわった。いつも彼が私のうたを"聴く"ときのように。
「しょうがないわね」
私は彼の背中に自分の背中を預け、空に向かってうたう。
『はぁ、いい歌だ。心に沁みるねぇ。次に取り戻すのは、耳でもいいなぁ』
私はうたいながら、「あまり無理しないでね」と彼の心によびかけた。
(おわり)
***
お題箱にいただいたお題で書きました(*´・ω・`)b
「原作百みおでちょっとえっちなやつ」
でしたが、原作百みお初々しくてえっち捩じ込むのが無理だったので、イチャイチャ度高めにしただけになりましたすみません_:(´ཀ`」 ∠):_
お題ありがとうございました!
作中引用曲は
『亜麻色の髪の乙女』
(作詞:橋本淳 作曲:すぎやまこういち)
です。
1/1ページ