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悪い奴

「もし、そこのお侍さん」

街へゆくと、時々こうして女から声をかけられる。そんな事が、この頃増えた、ような気がする。

どろろに言わせると、おれが"ちゃんとした恰好"をしているからだという。おれにこういう恰好をしろと言ってきたのも、頼んでもいないのにおれを服屋に連れていって着物を見繕ったのもどろろなのに、おれが女に声を掛けられる度にため息を吐かれるのは、なんとも腑に落ちないものだ。

いい身形をしていれば、それなりいい仕事が舞い込んでくるものだが、悪いものも寄って来やすくなるのだ、とも、どろろは言った。

悪いもの。

ああして辻のところに突っ立って、おれや他の男達に声を掛ける、あの女達は"悪いもの"なのか?

おれがそう問えば、どろろはぐっと言葉をつまらせる。言い返せないのだ。その理由を、おれは知っている。どろろはおれを何も知らない奴だと思っている。というより、何も知らないでいて欲しいのだろう。

あの女達の仕事は、みおがしていた仕事と同じだ。どろろはみおの事を悪く言いたくないから、あの女達の事を言えないのだ。だが、みおが悪くないように、あの女達も悪くはないのだ、とは、どろろは決して言わない。

まだあの寺でみおに世話になっていた頃、おれは一度、仕事に行くみおのあとをつけた事がある。そしてみおの仕事を知った。といっても、その頃おれはまだ目が見えなかったし、本当に何も知らなかったから、みおの仕事が良いか悪いかなど、わかるはずもなかった。ただ、みおが仕事のことを、とりわけおれに対して隠したがっているのだけは、何となく察した。

沢山のみなしご達を食べさせるために、みおは仕事をしていた。侍達にじぶんの身体を売って、食べ物をもらっていた。おれのために薬をもらってきたこともあった。子供達が食べるのも、おれの怪我が治るのも、みおを喜ばせたが、本当は、みおは仕事が辛くて泣きたいのを我慢していた。

みおだって、あの仕事が好きではなかったのだ。もしかしたらあれを悪い仕事だと思っているのかもしれないが、それについてどう思っているのかなど聞いたことなどないし、聞いてはいけない気がするから、本当のところはわからない。わからないままで良いと思う。

あぁ、おれだってどろろのことは言えないな。おれにだって、みおに知られたくないことはある。きっとどろろがおれに対して思うのと同じだ。知るということは汚れることであると。おれはみおを汚したくないと思っている。

身体の足りなかった部分を取り戻して、あちこちを旅して、世の中のこと、人間のことを沢山知って、おれはみおのあの仕事がどのようなものかようやく理解した。どろろは全然気づいていないが、おれはとっくのとうに汚れている。沢山のことを知ったおれは汚い。

みおは今、琵琶の坊さんが教えてくれたあの山奥の土地にみなしご達と暮らしている。おれは旅の合間に、みおの処を訪れる、得られる限りの物を持って。みおは笑顔でおれを迎えてくれる。

夜はともに寝る。皆が寝静まった後で、みおはおれに謝る。もう少しして、身体の自由がきくようになったら自分も働きに出ると言う。そんなことは考えないで欲しいとおれは思うけれど、言えない。本当は、ずっとここから出ないで欲しい。足りないものがあるなら何でもおれが持ってきてやるから。

そう言う代わりに、おれはみおの髪を撫でる。そうすると、みおは嬉しそうだし、嬉しそうなみおを見るとおれも嬉しい。

世の中のこと、人間のこと、沢山のことを知っていくにつれて、以前は何とも思わなかったみおの仕事が、怨めしく思えてきた。子供達の食べ物のために、おれの怪我を癒すために、みおは何人もの男に触れさせ、好きに弄ばせたのだ。なのにおれは何も知らずにみおに甘えていた。それが許せない。が、今更どうすることもできない。

せめてもう二度と、みおがあの仕事をしなくて済むようにおれが稼ぐくらいしか、できることはない。

旅の途中、人足でも用心棒でも殺し屋でも、おれは何だってする。みおの仕事が良いか悪いかなんておれはわからないが、おれ自身がする仕事には時には悪いものもあるし、それをみおに知られたくはないと思う。

みおを閉じ込めておけるならおれは何だってする。だが、みおはおれに世話をかけることを望んでいない。みおが望まないことを望むおれは、ほんとうに悪い奴だ。



(おわり)


***

お題箱に匿名様からいただいたお題で書きました(*´・ω・`)b


「みおのこれまでの夜の仕事を知ってしまった百鬼丸」

でした。

お題ありがとうございました!
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