見えるような、見えないような
みおが子供達と畑を耕していると、百鬼丸とどろろがふらりと帰って来た。……いや、ふらりというか、百鬼丸の方は、ふらふらというか、ヨロヨロというか、かなり覚束無い足取りで、どろろの肩に捕まりながら歩いて来るのだった。
「おーい、みお姉、みんなぁ!」
どろろは変わらず元気いっぱいだ。
「おかえりなさーい!どうしたの?なんか足取りが」
心配するそばから、
「うわーっち!!」
二人は盛大にコケた。
***
「それがさぁ、目を取り戻したのはいいんだけど、一度に色々見えすぎて訳がわかんなくなっちまったんだってよ」
どろろは雑炊を掻き込みながら言った。百鬼丸は目に包帯を巻いている。いっそ何も見えない方が食べやすいらしい。
「一度にたくさん入ってきて、目と頭が痛くなる」
百鬼丸はそう言って、空になった茶碗を差し出した。
「そうなの……」
みおが雑炊をよそって茶碗を差し出すと、百鬼丸は事もなげにそれを受け取った。目を閉じているのに、まるで見えているような仕草だが……。
「でも、見えるようになったら、よく見えなくなった」
百鬼丸は口をへの字に曲げる。目を取り戻す以前の彼は、人や物などを炎のようなものとして"見て"いたのだが、目を取り戻した途端に以前ほど"見えなくなって"しまったらしい。
「こりゃあ耳を取り戻した時よりも難儀かもしれねぇぜ。まぁ、あの時みたいに穴蔵に引きこもらなかったぶんマシだけどな」
ニヤリとしたどろろに、
「どろろ、うるさい」
と悪態を吐く百鬼丸だった。
「あん時、みお姉の歌がきっかけで、耳の使い方を覚えたろ?だから、きっと今回もみお姉の側にいた方が早く目を上手く使えるようになるかなって。そんでコケつまろびつ帰って来たって訳さ」
「私が……役に立てればいいのだけど……。でも、あの時は歌をうたってあげられたけど、こんどは何もしてあげられること、無さそうよ?」
「いいのいいの、みお姉は居るだけで良いんだって。そうすればあにき、みお姉の顔見たさに勝手に頑張っちまうんだから、な?」
「うるさい」
「さ、食い終わって腹がこなれたら、皆に手伝ってもらって、見る練習しようぜ」
***
数日の間、百鬼丸はみおや子供達と共に見る練習に励んだ。
「鬼さんこちら、手のなる方へ」
百鬼丸は目隠しを外し、子供達を追いかける。最初はすぐ転んだり、子供達を見失ったりしていたが、次第にちゃんと追いかけられるようになって来た。
だが、どんなに頑張っても、彼は物を目で見て拾い上げたり、人の顔を判別するということが出来るようにならなかった。みおのことさえ、百鬼丸はいくら目を凝らしても、わからない良く見えないと、首を傾げるばかりなのだった。
「大変だろうとは思ってたけど、こりゃあ一筋縄じゃいかねぇな」
さしものどろろも、匙を投げる一歩手前といったところである。
***
そんな百鬼丸に、みおは夜更けに月明かりの下で、皆には内緒の特訓をすることにした。というのも、あまり子供達の目のあるところではこのようなことをしたくなかったのである。その特訓とは、彼女の顔や身体を手や唇でなぞり、形を確かめながら目で見るというものである。月明かりの下なら、お日さまの下のように色が鮮明に見えないぶん、ものの形に意識を集中させやすいのではないかと、みおは考えたのだ。
しかし、いくら百鬼丸のためとは言っても……。
『こんなの、子供達には目の毒よねぇ』
みおは百鬼丸に顔や身体をまさぐられながら、ついうっかり変な声を出さないように息を詰めていた。
『これはあくまで練習、練習なの!』
と、自分に言い聞かせながら。百鬼丸はみおの頬を撫で、唇で熱心になぞっているが、だからといって息をあらげたり身体を熱くしたりはしていないではないか。変に意識しているのは自分だけ、と思うと却って背中に嫌な汗が滲んでくるみおだった。だがついに、
「ひゃん!」
百鬼丸の鼻先が首筋を掠めた時、彼女は悲鳴を上げてしまったのだった。百鬼丸はビクッと硬直した。
「なっ……」
「ごめん、驚かせて。ちょっとくすぐったかっただけだから」
すると百鬼丸はみおの両肩を掴み、彼女の顔をじっと見詰めた。背中に月の光を受けた彼の顔は影になって、二つの目だけがきらきらと輝いて見えた。
「みお……」
「えっ」
百鬼丸の声は少し震えていた。
「みお、おれを見ているのか?」
「え、えぇ。見てるけど」
みおは百鬼丸の目を見上げた。以前は盲いていたため視線が定まらなかったせいで、まるで相手の心の奥底を覗き見ているように見えた彼だったが、今は、普通に目が合っている。百鬼丸は両手で顔を覆った。
「くっ……そんなに見られると、なんだか恥ずかしい」
「あんたがそれ言う!?」
みおはすっとんきょうな声を上げてしまった。
「あっ……でも、私があんたを見てることがわかるっていうことは、あんた、私の顔が見えてるのね?」
百鬼丸は頷いた。そして顔を覆っていた手を下ろし、言うのだった。
「見える。みおの顔」
この夜以来、百鬼丸は急速に視力を取り戻していったのであった。
(おわり)
***
お題箱に匿名様からいただいたお題で書きました(*´・ω・`)b
「みお生存ルートで、初めて自分の本物の目でみおを見られた百鬼丸」
お題ありがとうございました!
「おーい、みお姉、みんなぁ!」
どろろは変わらず元気いっぱいだ。
「おかえりなさーい!どうしたの?なんか足取りが」
心配するそばから、
「うわーっち!!」
二人は盛大にコケた。
***
「それがさぁ、目を取り戻したのはいいんだけど、一度に色々見えすぎて訳がわかんなくなっちまったんだってよ」
どろろは雑炊を掻き込みながら言った。百鬼丸は目に包帯を巻いている。いっそ何も見えない方が食べやすいらしい。
「一度にたくさん入ってきて、目と頭が痛くなる」
百鬼丸はそう言って、空になった茶碗を差し出した。
「そうなの……」
みおが雑炊をよそって茶碗を差し出すと、百鬼丸は事もなげにそれを受け取った。目を閉じているのに、まるで見えているような仕草だが……。
「でも、見えるようになったら、よく見えなくなった」
百鬼丸は口をへの字に曲げる。目を取り戻す以前の彼は、人や物などを炎のようなものとして"見て"いたのだが、目を取り戻した途端に以前ほど"見えなくなって"しまったらしい。
「こりゃあ耳を取り戻した時よりも難儀かもしれねぇぜ。まぁ、あの時みたいに穴蔵に引きこもらなかったぶんマシだけどな」
ニヤリとしたどろろに、
「どろろ、うるさい」
と悪態を吐く百鬼丸だった。
「あん時、みお姉の歌がきっかけで、耳の使い方を覚えたろ?だから、きっと今回もみお姉の側にいた方が早く目を上手く使えるようになるかなって。そんでコケつまろびつ帰って来たって訳さ」
「私が……役に立てればいいのだけど……。でも、あの時は歌をうたってあげられたけど、こんどは何もしてあげられること、無さそうよ?」
「いいのいいの、みお姉は居るだけで良いんだって。そうすればあにき、みお姉の顔見たさに勝手に頑張っちまうんだから、な?」
「うるさい」
「さ、食い終わって腹がこなれたら、皆に手伝ってもらって、見る練習しようぜ」
***
数日の間、百鬼丸はみおや子供達と共に見る練習に励んだ。
「鬼さんこちら、手のなる方へ」
百鬼丸は目隠しを外し、子供達を追いかける。最初はすぐ転んだり、子供達を見失ったりしていたが、次第にちゃんと追いかけられるようになって来た。
だが、どんなに頑張っても、彼は物を目で見て拾い上げたり、人の顔を判別するということが出来るようにならなかった。みおのことさえ、百鬼丸はいくら目を凝らしても、わからない良く見えないと、首を傾げるばかりなのだった。
「大変だろうとは思ってたけど、こりゃあ一筋縄じゃいかねぇな」
さしものどろろも、匙を投げる一歩手前といったところである。
***
そんな百鬼丸に、みおは夜更けに月明かりの下で、皆には内緒の特訓をすることにした。というのも、あまり子供達の目のあるところではこのようなことをしたくなかったのである。その特訓とは、彼女の顔や身体を手や唇でなぞり、形を確かめながら目で見るというものである。月明かりの下なら、お日さまの下のように色が鮮明に見えないぶん、ものの形に意識を集中させやすいのではないかと、みおは考えたのだ。
しかし、いくら百鬼丸のためとは言っても……。
『こんなの、子供達には目の毒よねぇ』
みおは百鬼丸に顔や身体をまさぐられながら、ついうっかり変な声を出さないように息を詰めていた。
『これはあくまで練習、練習なの!』
と、自分に言い聞かせながら。百鬼丸はみおの頬を撫で、唇で熱心になぞっているが、だからといって息をあらげたり身体を熱くしたりはしていないではないか。変に意識しているのは自分だけ、と思うと却って背中に嫌な汗が滲んでくるみおだった。だがついに、
「ひゃん!」
百鬼丸の鼻先が首筋を掠めた時、彼女は悲鳴を上げてしまったのだった。百鬼丸はビクッと硬直した。
「なっ……」
「ごめん、驚かせて。ちょっとくすぐったかっただけだから」
すると百鬼丸はみおの両肩を掴み、彼女の顔をじっと見詰めた。背中に月の光を受けた彼の顔は影になって、二つの目だけがきらきらと輝いて見えた。
「みお……」
「えっ」
百鬼丸の声は少し震えていた。
「みお、おれを見ているのか?」
「え、えぇ。見てるけど」
みおは百鬼丸の目を見上げた。以前は盲いていたため視線が定まらなかったせいで、まるで相手の心の奥底を覗き見ているように見えた彼だったが、今は、普通に目が合っている。百鬼丸は両手で顔を覆った。
「くっ……そんなに見られると、なんだか恥ずかしい」
「あんたがそれ言う!?」
みおはすっとんきょうな声を上げてしまった。
「あっ……でも、私があんたを見てることがわかるっていうことは、あんた、私の顔が見えてるのね?」
百鬼丸は頷いた。そして顔を覆っていた手を下ろし、言うのだった。
「見える。みおの顔」
この夜以来、百鬼丸は急速に視力を取り戻していったのであった。
(おわり)
***
お題箱に匿名様からいただいたお題で書きました(*´・ω・`)b
「みお生存ルートで、初めて自分の本物の目でみおを見られた百鬼丸」
お題ありがとうございました!
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