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折り入ってお話があります。

ある、心地よい五月晴れの日。外では子供達が鬼ごっこをして遊ぶ声が響く、のどかな昼下がりである。なのに室内はいまだ朝方の冷気が籠っているようで肌寒く、やけに空気が張りつめていた。

折り入って話があるとは。

百鬼丸はとりあえずみおの正面に胡座をかき、落ち着きなく着物の裾を直した。対するみおは、きっちりと脚を正座に折り畳み、着物の襟裾もピシッと合わせて座っている。

しばらくの、沈黙。

「あっ、あのね……」

みおはやっと切り出したものの、顔を上げなかった。

「うん」

百鬼丸は小さく頷いた。

「あっ…………赤ちゃんができたの!お腹の中に、あたしと、百鬼丸の……」

「……っ!」

みおの告白に、百鬼丸の頭の中は真っ白になった。そしてつい、言ってしまったのだ。

「どおりで、最近、太ったなぁ……と思った」



「それから、みおが口をきいてくれない……」

項垂れる百鬼丸を、どろろは白い目で見下ろしていた。

「ばっかじゃね?」

「悪かった」

「おいらに謝ってもしょうがねえだろが」

百鬼丸の頭はほとんど彼の膝頭の間に埋まりかけている。どうやら今だかつてないほど反省しているようだ。この男は「かえりみる」ということを普段ほとんどしない奴なのであるが、今回の件はよほど効いたらしい。思えば、百鬼丸とみおが喧嘩らしい喧嘩をしたのはこれが初めてだ。

「そういう時はさぁ、間髪入れずに『めでてえな!』とか『でかした!』とか『うれしい!』とか『ありがとう!』とかさ、なんかそういうなんかいい事言うもんなんだよ。一体全体どこの世にテメェのややを身籠った妻にデブとか言う亭主がいるんだよ、あ、いたなここに、おいらの目の前にいるわ、かーっペッペ!えんがちょえんがちょーっ!」

「デブだなど……おれはそこまで言ってない」

「はっ、テメェが言ったつもりはなくてもみお姉はそう言われたくらいにプンスカしてらい!こんなとこで泣きべそかいてる暇があんならさっさとみお姉の足元に額づいて切腹でもして来やがれこのスットコドッコイ!」

「くそう、ぐうの音もでねぇ……」

しょげる兄貴分に、どろろは少しだけ憐れに思って嘆息し、攻撃の手を弛めた。

「で、あにきよぅ。嬉しかったのかい?」

「わからない」

「わからない!?」

どろろはただでさえ大きな目を眼球が転がり落ちそうなくらい大きく見開いた。百鬼丸は顔を上げてどろろを見ると、お面のような無表情で言った。

「お前、答えが"はい"しかないみたいな問いを投げてくるなよ。それは無意味だ。そんなに驚きやがって」

「うるせぇ、普通は嬉しいもんだと思うじゃん」

「そういうものなのか?」

「そうだよ」

「そうなのか……」

どろろは絶句した。普段の様子を見る限り、百鬼丸は基本的に子供好きのようだが、どうして、我が子の誕生に限っては、こんなにも乗り気でない様子なのだろう?

「何がそんなに気に入らねぇんだよ?」

「別に、気に入らねぇわけじゃない。ただ、なんというか……」

「うん?」

「空っぽになった。ここが」

と、百鬼丸は自身の胸を掌で叩いた。

「なにもない。そんな気分だ」

どろろはウーンと唸った。

「それってさぁ、たぶん"実感がわかない"って言うんじゃねぇかな?」

「"実感がわかない"」

「そ。あんまり嬉しいことっつうのは、気持ちが遅れて来るもんだよ」

「そうなのか」

「そうだよ」

「実感とは、どうやったらわいて来るのだろうか」

「さぁ。みお姉の腹でも触ってれば湧いてくるんじゃねぇの?そのうち……うあっ!」

百鬼丸があまりにも唐突に立ち上がったので、どろろは仰け反り、そして体勢を崩してひっくり返った。

「いてててててて」

すると間もなく、

「百鬼丸のばかっ!もう知らないっ!」

小屋の方からみおの怒声が響いて来て、百鬼丸がすごすごと戻ってきた。

「腹を触ったら怒られた」

どろろは大きなため息を吐いて後ろ頭を掻いた。

「どんな風に触ったんだよ」

「こんな風に」

百鬼丸が手を動かして見せる。

「それは"触る"じゃなくて"摘まむ"ってんだよ。ほんっとーに糞馬鹿だな、あにきは」

こんなに世話が焼けるヤツがおっとちゃんになるだなんて……、と、先が思いやられるどろろだった。


(おわり)

***

匿名様よりお題箱にいただいたお題で書きました(*´・ω・`)b

「みおの懐妊を知らされた百鬼丸のお話


でした。お題ありがとうございました!
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