ねむれない
***
急いで住み処に戻ってみれば、床に伏したみおの周りを子供達が心配そうに取り囲んでいた。百鬼丸はどろろに紅丸を預け、みおの枕元に膝をついた。
「どうした、みお」
「うー、百鬼丸……」
顔が真っ赤だ。百鬼丸はみおの額に手を当ててみた。
「熱い……」
信じられないほどの高熱。風邪か?にしても、この苦しみ様は、一体。
「どこか痛むのか?」
みおはゆっくりと頷いた。
「背中がすごく痛いの。痛くて、腕が、上がんないくらい」
「どれ……」
百鬼丸はみおを横向きにさせ、背中を触ってみた。
「どこら辺が痛い?」
「そこ……そこが痛い。刃物で刺されたみたい」
左右の肩甲骨の間から下にかけてだ。指で探っても傷や痼のようなものもないし、「刃物で刺されたみたい」というわりに、触っても痛みが増している様子はない。傷付いているとしたら、内側からだ。とにかく少しでも楽になるように、百鬼丸はみおの背中をゆっくりと強めに擦った。
「あと、あとね……」
「うん」
「あの……二人きりが、いいな……」
みおがそう囁くのを聴いて、傍に座っていたどろろが立ち上がって言った。
「おい皆、外に出るぞー」
子供達が皆外に出、百鬼丸とみおの二人きりになった。みおは呻きながら、百鬼丸の手を借りてやっとの事で寝返りを打ち、仰向けになった。そして震える手で襟元をはだけさせた。
「これ……」
「……っ!」
豊満なみおの両胸は全体が真っ赤に腫れ上り、血管が赤黒く浮き出ていた。所々内部に何かできものがあるのか、特に赤みの強い部分がある。
「触ってみて」
恐る恐る触ってみると、まるで肌の内側に大きな石盤が埋まっているかの様だ。百鬼丸が手を動かすと、張りすぎた胸乳の中で石盤がゴロリと移動する。
「痛っ!」
みおが悲鳴を上げたので、百鬼丸は慌てて手を離した。
「紅丸がずっとお乳を飲んでくれないでしょ?そしたら、おっぱいが詰まっちゃったみたい」
百鬼丸はスッと立ち上がると、大股で戸口に歩いて行った。
「おいどろろ、紅丸を貸せ」
いつになく剣呑な物言いに、どろろは飛び上がり、百鬼丸に紅丸を渡した。そして彼の後に続いて家に入ると、戸を閉めて土間に立ったまま、怒りに満ちたあにきの背中をそわそわと見守った。
百鬼丸はみおの枕元に腰を下ろすと、紅丸をみおの方へ向けて抱き直し、言った。
「紅っ、お前がワガママなせいで、おっかちゃんが大変な事になったぞ」
先程は大層怒っている様子だった百鬼丸だが、息子をたしなめる声色はちゃんと赤ん坊向けのものだったので、どろろは胸を撫で下ろした。
紅丸は額の肉を持ち上げ、小猿みたいな顔をした。父の言うことを、わかっているのか、いないのか。
「このままじゃ、おっかちゃんの乳が破裂しちまう」
百鬼丸は紅丸をそっと床に置いた。紅丸は顎を上げ、自分の頭上辺りを見ようとした。
それから百鬼丸は胡座をかき、みおを慎重に抱え上げて、彼の胸に彼女の背を凭れかけさせた。そして紅丸をみおの上に俯せに寝かせた。
「さぁ、おっかちゃんのおっぱいを吸うんだ」
母親の鳩尾の上で猫の香箱座りのような姿勢の紅丸は、ふんっとそっぽを向いた。
「こら!」
百鬼丸は息子の頭を鷲掴み、妻の胸に押し付
けた。
「飲めったら」
しかし紅丸は唇を真一文字に結んだままだ。頬に乳首が当たっても、無視を決め込んでいる。
「あーん、はい、あーーーん!」
百鬼丸は紅丸の口を指でこじ開けようとしたが、紅丸は意地でも口を開けない。
「くっ、なんて強情なんだ。一体誰に似てこんな」
「あにきだろ」
茶々を入れたどろろを、百鬼丸はくわっと睨んだ。
「なんだと!」
「だっておいら、すっげ見たことあるし!その表情 っ!昔のあにきに超そっくり!!」
どろろは紅丸を指差して言った。
「もぉ、喧嘩しないで二人とも!」
「はい……」
みおに叱られしゅんとした二人をよそに、紅丸は「ん、くぅー」と鳴いた。
結局、紅丸は断固拒否の姿勢を崩さなかった。
「どうしたらいいんだ」
百鬼丸は手拭いを濡らして絞り、みおの額に載せた。
「あにきが吸やぁいいんじゃね?」
「おれが?」
おれが
紅のかわりに
みおの乳を
吸う、とは。
外でチュンチュンと雀が鳴いていた。清々しい朝っぱらから、一体、なにをせよと。
「それは……」
「ごめんね、百鬼丸。でも、お願いしてもいい?」
「ん、わかった」
「決断はっっや!」
愛する妻の頼みである。聞かない訳にはいかない。それに、熱で火照った顔に玉のような汗を浮かべるみおは、不謹慎ながらいつにも増して美しく……。百鬼丸はごくりと生唾飲んだ。
「じゃ、頑張ってな、あにき。おいら紅坊と外に出てるから。おいで~紅ぃ」
と言いつつ、どろろは自分から紅丸に近付いていって抱き上げると、さっさと外に出ていった。
どろろはピシャリと戸を閉めた。外では子供達が集まって、心配そうにしていた。
『きゃー!いたたた痛い痛い!!』
みおの絶叫に一同ビクッとして、引き戸の前にわらわらと近付いた。
『痛いってば!!』
バシッ!
「なんか今、バシッっていったぞ。大丈夫かな、本当に」
タケが眉間に皺を寄せて言った。
「さぁ……」
『まって、ほんっとうに痛いっ!もっと優しくしてーーー!!』
『うっ、ぐほっ、ゲホゲホゲホ!ゴホッ!オエッ』
「本当に、大丈夫なのか……?」
「さぁ……」
しばらくすると引き戸が開き、百鬼丸が姿を現した。左手で頭を擦り、右手に持った手拭いで口を拭っている。
「紅丸を……」
どろろは紅丸を抱いて百鬼丸の後に続いた。
「溜まった膿を吸い出したから、もう大丈夫だろう」
百鬼丸がみおの上体を起こし、支えた。みおの胸乳からは白い乳がしとどに溢れている。どろろはみおの腕の中に紅丸を置いた。紅丸はふんふんと鼻を鳴らし、唇をぺろぺろ舐めた。どろろに後頭部を支えられ、母の胸に顔を寄せられると、唇で母の肌を探り始めた。
「さ、紅丸。飲めるでしょ?」
紅丸はようやく乳首を探りあてると口一杯に頬張った。始めのうちは溢れ出る乳に溺れそうになって噎せていたが、やがて落ち着いて飲み始めた。
とぷっ、とぷっと規則的な音を立て、時々両手をつっぱって、獲物を食いちぎるように乳首をぐいぐい引っ張り、足をばたつかせながら、紅丸は一心不乱に飲んだ。
「ほんとはお腹が空いてたのね」
「へへっ、魚を生で食おうとしたときのあにきみたいな顔してらぁ」
「うるさい」
石のように凝り固まっていたみおの胸は、たちまち張りがおさまり柔らかくなっていった。紅丸はもう片方の乳もすっかり空になるまで飲むと、「ぶしゅーっ」と息を吐いて、みおの膝の上に大の字になった。
「寝ちまったのか?」
紅丸は目を閉じ、顰めっ面で唇を固く結んでいる。みおは着物の襟を合わせると、紅丸を抱え直し、背中をぽんぽんと軽く叩きながら子守唄を歌い始めた。
「ふぁぁ。なんだかおいら達まで眠くなっちゃうな、あにき」
見上げると、百鬼丸は既に、座ったまますやすやと寝息を立てていた。
(おわり)
急いで住み処に戻ってみれば、床に伏したみおの周りを子供達が心配そうに取り囲んでいた。百鬼丸はどろろに紅丸を預け、みおの枕元に膝をついた。
「どうした、みお」
「うー、百鬼丸……」
顔が真っ赤だ。百鬼丸はみおの額に手を当ててみた。
「熱い……」
信じられないほどの高熱。風邪か?にしても、この苦しみ様は、一体。
「どこか痛むのか?」
みおはゆっくりと頷いた。
「背中がすごく痛いの。痛くて、腕が、上がんないくらい」
「どれ……」
百鬼丸はみおを横向きにさせ、背中を触ってみた。
「どこら辺が痛い?」
「そこ……そこが痛い。刃物で刺されたみたい」
左右の肩甲骨の間から下にかけてだ。指で探っても傷や痼のようなものもないし、「刃物で刺されたみたい」というわりに、触っても痛みが増している様子はない。傷付いているとしたら、内側からだ。とにかく少しでも楽になるように、百鬼丸はみおの背中をゆっくりと強めに擦った。
「あと、あとね……」
「うん」
「あの……二人きりが、いいな……」
みおがそう囁くのを聴いて、傍に座っていたどろろが立ち上がって言った。
「おい皆、外に出るぞー」
子供達が皆外に出、百鬼丸とみおの二人きりになった。みおは呻きながら、百鬼丸の手を借りてやっとの事で寝返りを打ち、仰向けになった。そして震える手で襟元をはだけさせた。
「これ……」
「……っ!」
豊満なみおの両胸は全体が真っ赤に腫れ上り、血管が赤黒く浮き出ていた。所々内部に何かできものがあるのか、特に赤みの強い部分がある。
「触ってみて」
恐る恐る触ってみると、まるで肌の内側に大きな石盤が埋まっているかの様だ。百鬼丸が手を動かすと、張りすぎた胸乳の中で石盤がゴロリと移動する。
「痛っ!」
みおが悲鳴を上げたので、百鬼丸は慌てて手を離した。
「紅丸がずっとお乳を飲んでくれないでしょ?そしたら、おっぱいが詰まっちゃったみたい」
百鬼丸はスッと立ち上がると、大股で戸口に歩いて行った。
「おいどろろ、紅丸を貸せ」
いつになく剣呑な物言いに、どろろは飛び上がり、百鬼丸に紅丸を渡した。そして彼の後に続いて家に入ると、戸を閉めて土間に立ったまま、怒りに満ちたあにきの背中をそわそわと見守った。
百鬼丸はみおの枕元に腰を下ろすと、紅丸をみおの方へ向けて抱き直し、言った。
「紅っ、お前がワガママなせいで、おっかちゃんが大変な事になったぞ」
先程は大層怒っている様子だった百鬼丸だが、息子をたしなめる声色はちゃんと赤ん坊向けのものだったので、どろろは胸を撫で下ろした。
紅丸は額の肉を持ち上げ、小猿みたいな顔をした。父の言うことを、わかっているのか、いないのか。
「このままじゃ、おっかちゃんの乳が破裂しちまう」
百鬼丸は紅丸をそっと床に置いた。紅丸は顎を上げ、自分の頭上辺りを見ようとした。
それから百鬼丸は胡座をかき、みおを慎重に抱え上げて、彼の胸に彼女の背を凭れかけさせた。そして紅丸をみおの上に俯せに寝かせた。
「さぁ、おっかちゃんのおっぱいを吸うんだ」
母親の鳩尾の上で猫の香箱座りのような姿勢の紅丸は、ふんっとそっぽを向いた。
「こら!」
百鬼丸は息子の頭を鷲掴み、妻の胸に押し付
けた。
「飲めったら」
しかし紅丸は唇を真一文字に結んだままだ。頬に乳首が当たっても、無視を決め込んでいる。
「あーん、はい、あーーーん!」
百鬼丸は紅丸の口を指でこじ開けようとしたが、紅丸は意地でも口を開けない。
「くっ、なんて強情なんだ。一体誰に似てこんな」
「あにきだろ」
茶々を入れたどろろを、百鬼丸はくわっと睨んだ。
「なんだと!」
「だっておいら、すっげ見たことあるし!その
どろろは紅丸を指差して言った。
「もぉ、喧嘩しないで二人とも!」
「はい……」
みおに叱られしゅんとした二人をよそに、紅丸は「ん、くぅー」と鳴いた。
結局、紅丸は断固拒否の姿勢を崩さなかった。
「どうしたらいいんだ」
百鬼丸は手拭いを濡らして絞り、みおの額に載せた。
「あにきが吸やぁいいんじゃね?」
「おれが?」
おれが
紅のかわりに
みおの乳を
吸う、とは。
外でチュンチュンと雀が鳴いていた。清々しい朝っぱらから、一体、なにをせよと。
「それは……」
「ごめんね、百鬼丸。でも、お願いしてもいい?」
「ん、わかった」
「決断はっっや!」
愛する妻の頼みである。聞かない訳にはいかない。それに、熱で火照った顔に玉のような汗を浮かべるみおは、不謹慎ながらいつにも増して美しく……。百鬼丸はごくりと生唾飲んだ。
「じゃ、頑張ってな、あにき。おいら紅坊と外に出てるから。おいで~紅ぃ」
と言いつつ、どろろは自分から紅丸に近付いていって抱き上げると、さっさと外に出ていった。
どろろはピシャリと戸を閉めた。外では子供達が集まって、心配そうにしていた。
『きゃー!いたたた痛い痛い!!』
みおの絶叫に一同ビクッとして、引き戸の前にわらわらと近付いた。
『痛いってば!!』
バシッ!
「なんか今、バシッっていったぞ。大丈夫かな、本当に」
タケが眉間に皺を寄せて言った。
「さぁ……」
『まって、ほんっとうに痛いっ!もっと優しくしてーーー!!』
『うっ、ぐほっ、ゲホゲホゲホ!ゴホッ!オエッ』
「本当に、大丈夫なのか……?」
「さぁ……」
しばらくすると引き戸が開き、百鬼丸が姿を現した。左手で頭を擦り、右手に持った手拭いで口を拭っている。
「紅丸を……」
どろろは紅丸を抱いて百鬼丸の後に続いた。
「溜まった膿を吸い出したから、もう大丈夫だろう」
百鬼丸がみおの上体を起こし、支えた。みおの胸乳からは白い乳がしとどに溢れている。どろろはみおの腕の中に紅丸を置いた。紅丸はふんふんと鼻を鳴らし、唇をぺろぺろ舐めた。どろろに後頭部を支えられ、母の胸に顔を寄せられると、唇で母の肌を探り始めた。
「さ、紅丸。飲めるでしょ?」
紅丸はようやく乳首を探りあてると口一杯に頬張った。始めのうちは溢れ出る乳に溺れそうになって噎せていたが、やがて落ち着いて飲み始めた。
とぷっ、とぷっと規則的な音を立て、時々両手をつっぱって、獲物を食いちぎるように乳首をぐいぐい引っ張り、足をばたつかせながら、紅丸は一心不乱に飲んだ。
「ほんとはお腹が空いてたのね」
「へへっ、魚を生で食おうとしたときのあにきみたいな顔してらぁ」
「うるさい」
石のように凝り固まっていたみおの胸は、たちまち張りがおさまり柔らかくなっていった。紅丸はもう片方の乳もすっかり空になるまで飲むと、「ぶしゅーっ」と息を吐いて、みおの膝の上に大の字になった。
「寝ちまったのか?」
紅丸は目を閉じ、顰めっ面で唇を固く結んでいる。みおは着物の襟を合わせると、紅丸を抱え直し、背中をぽんぽんと軽く叩きながら子守唄を歌い始めた。
「ふぁぁ。なんだかおいら達まで眠くなっちゃうな、あにき」
見上げると、百鬼丸は既に、座ったまますやすやと寝息を立てていた。
(おわり)