このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

ねむれない

***

急いで住み処に戻ってみれば、床に伏したみおの周りを子供達が心配そうに取り囲んでいた。百鬼丸はどろろに紅丸を預け、みおの枕元に膝をついた。


「どうした、みお」


「うー、百鬼丸……」


顔が真っ赤だ。百鬼丸はみおの額に手を当ててみた。

「熱い……」

信じられないほどの高熱。風邪か?にしても、この苦しみ様は、一体。

「どこか痛むのか?」

みおはゆっくりと頷いた。

「背中がすごく痛いの。痛くて、腕が、上がんないくらい」

「どれ……」

百鬼丸はみおを横向きにさせ、背中を触ってみた。

「どこら辺が痛い?」

「そこ……そこが痛い。刃物で刺されたみたい」

左右の肩甲骨の間から下にかけてだ。指で探っても傷や痼のようなものもないし、「刃物で刺されたみたい」というわりに、触っても痛みが増している様子はない。傷付いているとしたら、内側からだ。とにかく少しでも楽になるように、百鬼丸はみおの背中をゆっくりと強めに擦った。

「あと、あとね……」

「うん」

「あの……二人きりが、いいな……」

みおがそう囁くのを聴いて、傍に座っていたどろろが立ち上がって言った。

「おい皆、外に出るぞー」

子供達が皆外に出、百鬼丸とみおの二人きりになった。みおは呻きながら、百鬼丸の手を借りてやっとの事で寝返りを打ち、仰向けになった。そして震える手で襟元をはだけさせた。

「これ……」

「……っ!」

豊満なみおの両胸は全体が真っ赤に腫れ上り、血管が赤黒く浮き出ていた。所々内部に何かできものがあるのか、特に赤みの強い部分がある。

「触ってみて」

恐る恐る触ってみると、まるで肌の内側に大きな石盤が埋まっているかの様だ。百鬼丸が手を動かすと、張りすぎた胸乳の中で石盤がゴロリと移動する。

「痛っ!」

みおが悲鳴を上げたので、百鬼丸は慌てて手を離した。

「紅丸がずっとお乳を飲んでくれないでしょ?そしたら、おっぱいが詰まっちゃったみたい」

百鬼丸はスッと立ち上がると、大股で戸口に歩いて行った。

「おいどろろ、紅丸を貸せ」

いつになく剣呑な物言いに、どろろは飛び上がり、百鬼丸に紅丸を渡した。そして彼の後に続いて家に入ると、戸を閉めて土間に立ったまま、怒りに満ちたあにきの背中をそわそわと見守った。

百鬼丸はみおの枕元に腰を下ろすと、紅丸をみおの方へ向けて抱き直し、言った。

「紅っ、お前がワガママなせいで、おっかちゃんが大変な事になったぞ」

先程は大層怒っている様子だった百鬼丸だが、息子をたしなめる声色はちゃんと赤ん坊向けのものだったので、どろろは胸を撫で下ろした。

紅丸は額の肉を持ち上げ、小猿みたいな顔をした。父の言うことを、わかっているのか、いないのか。

「このままじゃ、おっかちゃんの乳が破裂しちまう」

百鬼丸は紅丸をそっと床に置いた。紅丸は顎を上げ、自分の頭上辺りを見ようとした。

それから百鬼丸は胡座をかき、みおを慎重に抱え上げて、彼の胸に彼女の背を凭れかけさせた。そして紅丸をみおの上に俯せに寝かせた。

「さぁ、おっかちゃんのおっぱいを吸うんだ」

母親の鳩尾の上で猫の香箱座りのような姿勢の紅丸は、ふんっとそっぽを向いた。

「こら!」

百鬼丸は息子の頭を鷲掴み、妻の胸に押し付
けた。

「飲めったら」

しかし紅丸は唇を真一文字に結んだままだ。頬に乳首が当たっても、無視を決め込んでいる。

「あーん、はい、あーーーん!」

百鬼丸は紅丸の口を指でこじ開けようとしたが、紅丸は意地でも口を開けない。

「くっ、なんて強情なんだ。一体誰に似てこんな」

「あにきだろ」

茶々を入れたどろろを、百鬼丸はくわっと睨んだ。

「なんだと!」

「だっておいら、すっげ見たことあるし!その表情かおっ!昔のあにきに超そっくり!!」

どろろは紅丸を指差して言った。

「もぉ、喧嘩しないで二人とも!」

「はい……」

みおに叱られしゅんとした二人をよそに、紅丸は「ん、くぅー」と鳴いた。



結局、紅丸は断固拒否の姿勢を崩さなかった。

「どうしたらいいんだ」

百鬼丸は手拭いを濡らして絞り、みおの額に載せた。

「あにきが吸やぁいいんじゃね?」

「おれが?」

おれが
紅のかわりに
みおの乳を
吸う、とは。

外でチュンチュンと雀が鳴いていた。清々しい朝っぱらから、一体、なにをせよと。

「それは……」

「ごめんね、百鬼丸。でも、お願いしてもいい?」

「ん、わかった」

「決断はっっや!」

愛する妻の頼みである。聞かない訳にはいかない。それに、熱で火照った顔に玉のような汗を浮かべるみおは、不謹慎ながらいつにも増して美しく……。百鬼丸はごくりと生唾飲んだ。

「じゃ、頑張ってな、あにき。おいら紅坊と外に出てるから。おいで~紅ぃ」

と言いつつ、どろろは自分から紅丸に近付いていって抱き上げると、さっさと外に出ていった。

どろろはピシャリと戸を閉めた。外では子供達が集まって、心配そうにしていた。

『きゃー!いたたた痛い痛い!!』

みおの絶叫に一同ビクッとして、引き戸の前にわらわらと近付いた。

『痛いってば!!』

バシッ!

「なんか今、バシッっていったぞ。大丈夫かな、本当に」

タケが眉間に皺を寄せて言った。

「さぁ……」

『まって、ほんっとうに痛いっ!もっと優しくしてーーー!!』

『うっ、ぐほっ、ゲホゲホゲホ!ゴホッ!オエッ』

「本当に、大丈夫なのか……?」

「さぁ……」



しばらくすると引き戸が開き、百鬼丸が姿を現した。左手で頭を擦り、右手に持った手拭いで口を拭っている。

「紅丸を……」

どろろは紅丸を抱いて百鬼丸の後に続いた。

「溜まった膿を吸い出したから、もう大丈夫だろう」

百鬼丸がみおの上体を起こし、支えた。みおの胸乳からは白い乳がしとどに溢れている。どろろはみおの腕の中に紅丸を置いた。紅丸はふんふんと鼻を鳴らし、唇をぺろぺろ舐めた。どろろに後頭部を支えられ、母の胸に顔を寄せられると、唇で母の肌を探り始めた。

「さ、紅丸。飲めるでしょ?」

紅丸はようやく乳首を探りあてると口一杯に頬張った。始めのうちは溢れ出る乳に溺れそうになって噎せていたが、やがて落ち着いて飲み始めた。

とぷっ、とぷっと規則的な音を立て、時々両手をつっぱって、獲物を食いちぎるように乳首をぐいぐい引っ張り、足をばたつかせながら、紅丸は一心不乱に飲んだ。

「ほんとはお腹が空いてたのね」

「へへっ、魚を生で食おうとしたときのあにきみたいな顔してらぁ」

「うるさい」

石のように凝り固まっていたみおの胸は、たちまち張りがおさまり柔らかくなっていった。紅丸はもう片方の乳もすっかり空になるまで飲むと、「ぶしゅーっ」と息を吐いて、みおの膝の上に大の字になった。

「寝ちまったのか?」

紅丸は目を閉じ、顰めっ面で唇を固く結んでいる。みおは着物の襟を合わせると、紅丸を抱え直し、背中をぽんぽんと軽く叩きながら子守唄を歌い始めた。

「ふぁぁ。なんだかおいら達まで眠くなっちゃうな、あにき」

見上げると、百鬼丸は既に、座ったまますやすやと寝息を立てていた。


(おわり)
2/3ページ
スキ