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癌陀羅囲碁部~飛影と軀~

「飛影よ」


「何だ」


「これさ、195って何処にあるんだ?」


「はぁ?」


軀に差し出された図を、飛影は眉間に皺を寄せて覗き込んだ。


「ここだ」


そして、盤上の一点を指で差し示す。


「あー、そかそか。ありがとう」


「ちょっと待て」


「えっ」


「お前、195って奇数だろ。なのに何で今、白を持ってるんだ?」


「……。」


「……。」


軀は盤の脇に本を置くと、グシャァッと盤上の石達をかき混ぜた。


「またやり直しだ」


飛影は呆れて鼻を鳴らした。


軀はかれこれ一時間ほど、一つの棋譜を並べている。石数が100を超えると図の複雑さに石の置き場所がわからなくなって頓挫してしまい、最初から並べ直しになってしまうのだった。


軀は全ての石を碁笥(ごけ)に戻すと、


「あーもう!!」


と、ソファの背に寄りかかって髪を両手でぐしゃぐしゃと掻き回した。すると義手の関節に髪の毛が数本挟まった。彼女は呪詛の言葉を呟きながら、髪を無理矢理引きちぎって外そうとする。飛影は見かねて軀の義手を掴み、絡まった髪の毛を慎重に関節から引き抜いてやった。


「ふん、ダサいな。一体何だって今更囲碁なんか始めようと思ったんだ」


「だって、黄泉の野郎が『癌陀羅囲碁部』に入れって言うから!」


それって強制なのか?たぶん違うだろう、と飛影は思った。どんな勧誘のされかたで、こんなにムキになったのか知らんが、そんな事する暇があるなら俺と手合わせをしろ、と思う飛影だった。


「そんで、碁なんか知らねえから誰か打てる奴いねえかっつったら時雨が出来るって言うからよ」


「教わったのか」


軀はぶぅっと唇を突き出し、ゆっくり頷いた。飛影は昔、時雨から剣の手解きを受けた時の事を思い出した。


あれは、腹が立つ。


「とにかく、十日後に最初の定例会ってやつがあるんだ。それまでには黄泉の野郎に馬鹿にされない程度になりたい。なんなら打ち負かしたい」


無茶を言うな。黄泉といえば大の碁好きで有名なのだ。何でも時々、人間界からプロの棋士を招聘して講義を受けるほどの入れこみようだとか。


「そうは言うが、そもそもお前、ルールは覚えたのか」


飛影は碁など打った事はない。傍目から見るとやけに複雑怪奇そうに見えるこのゲーム。さぞや難しいルールでもって打たれるに違いない、と飛影は思ったのだった。ところが、


「当然だ」


自信ありげに、軀は言うのである。


「交互に打つ。線の交点に打つ。囲うと取れる。地(陣地)の広い方が勝ち。着手禁止点がある。コウはすぐ取り返さない」


「それだけか」


「それだけだ。で、コウって言うのはな、」


聞いてもいないのに、軀はしたり顔で飛影に「コウ」とは何かを説明し始めた。なるほどそんなに難しくはない。って何で俺は真面目に聴いてるんだ、と己にツッコミを入れた飛影だった。


「そんな単純なルールで、どうしてこうもわけがわからなくなるんだろうな」


飛影は軀が並べるのを諦めた棋譜を手に取って、しげしげと眺めた。


「まったくだ。何でコイツが『黒半目勝ち』なんだ。何処がどっちの地なのか分かりゃしねぇ」


本を閉じ、ぽいっと塩ビ製の碁盤の上に投げる。表紙には、茄子が眼鏡をかけたような顔をした人間が写っていた。


飛影は塩ビ盤の横にうず高く詰まれていた教本を、一冊抜き取った。


『はじめて打つ碁』


パラパラと繰ってみる。すると巻末に小さな紙の碁盤が折り畳まれて挟まっていた。開いてみると、縦に五線横に五線で構成さてた所謂「五路盤」という小さな碁盤である。


「軀。最初はそんなデカい碁盤じゃなくてこっちの狭いやつで打ったらどうか」


これなら飛影でも相手をしてやれそうである。飛影は教本の五路盤についての解説に目を通した。五路は「先手必勝」とある。つまり初手を打った方が勝ち。囲碁は黒石を持った方が初手を打つという決まりだ。だから軀が黒を持ち、飛影が白を持って、ちょこちょこっと何度かやって軀を勝たせれば、彼女は満足することだろう。


「これなら俺でも相手してやれるぜ」


「む……。よしやるか」


「やろう」


さっそく紙の碁盤をコピーし(教本にはコピーして使うようにと書いてあったのだ)、彼らはその五路盤を挟んで相対したのであった。


「囲碁はまず礼儀が大事なんだ。始めの挨拶。お願いします!」


「お願いします」


面倒臭いなと内心思う飛影だった。


軀はさっさと白石の碁笥を取り、黒石の碁笥を飛影に押しやった。


「ちょっと待て。何で俺が黒だ」


五路盤は黒の先手必勝。自分が黒を持てば白の軀が負けてしまうのではないか?


「碁では強い方が白を持つって決まってるんだよ。オレはお前よりは歴が長い。お前はズブの初心者だ」


飛影はムカッとした。


『こいつ、絶対に吠え面かかしてやる』


彼は親指と人差し指で黒石をつまみ上げ、初手を打った……というより置いた。軀は余裕綽々で白石を人差し指と中指に挟み、べちっと碁盤に叩きつけるように打った。


数分後。


「……っ!負けました」


「ありがとうございました」


盤上は見事に黒石だけになっていた。


「どうしてこうなるんだよ!」


軀があらぶるので、飛影は盤上から石を除けて、初手から今の対局を再現して見せた。


「ここだ」


飛影は盤上の一点を指差した。白石に囲まれた空間。そこは「凸」状に空いたスペースのちょうど真ん中だった。


「四目の真ん中。真ん中って、急所なんだろ」


「てめぇ、何でそんなに詳しいんだよ」


「詳しい?本の受け売りだが」


「くっそー、次こそはぶちのめしてやるぜ」




その後十回ほど勝負したが、全て飛影の勝ちだった。飛影は褒美に軀と闘技場で手合わせをしてもらったが、コテンパンにのされて治療ポッド送りになった。




(おわり)








参考


https://www.cosumi.net/replay/?b=You&w=COSUMI&k=0&r=b24&bs=5&gr=cccdbdbcbbdccbbeadeddedbdaceebcabatttt&ds=dbdcbccdbeceed




11手目が四目の真ん中。




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