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百鬼丸からお土産

十日の間に、季節は晩秋から真冬へと移り変わっていた。厳しい寒さに”風の子”と言われる子供達もさすがに外を駆け回る気をなくし、炉端に一塊になって寒さに震えている。無理もない。子供達はこの寒さの中、ぼろ雑巾のような単衣を素肌に直に羽織ったきりなのだ。以前住んでいた廃寺を侍達のせいで追いやられた際、蓄えてあった古着古布の類いはほとんど持ち出してこれなかったのだった。


夕方、玄関の方で物音がしても、子供達はいつものように土間まで駆け降りて待ちわびた家族を出迎えることはしなかった。それで、みおだけが戸口に立って帰ってきた百鬼丸とどろろを出迎えた。


「たっだいまー!」


「お帰り」


どろろはこの寒さの中でも相変わらず元気いっぱいだ。というのも、身体を百鬼丸の外套にすっぽりくるんで、首にも百鬼丸の襟巻きをいく重にも巻き付けているからである。




一方百鬼丸は、表情こそ変わらないが、薄着で明らかに寒さに凍えていた。大きな荷物を担いでのっそりと玄関に立っていた彼の頬と鼻の頭は、北風に晒されて真っ赤だった。


「おかえりなさい、寒かったでしょう?」


百鬼丸は微笑んだ。彼の吐く息が白くけむり、風に流されてゆく。みおはひび割れた指先で、彼の鼻先にそっと触れた。感覚が鈍った指にも、彼の肌が氷のように冷たくなっているのがわかった。両手で彼の真っ赤な頬を包み込む。彼はきょとんとした。


「あ、ごめん。痛かった?」


つい、自分の手がささくれだらけなのを忘れていたみおだった。しかし百鬼丸は彼女の両手に頬を挟まれたまま首を左右に振った。否定の意を表明したようにも、彼女の掌の感触を楽しんでいるようにも見えた。






彼らが持ってきた荷物の中身は大量の古着で、全員に数枚の着物が行き渡るほどの量があった。どろろが子供達を並ばせてめいめいに着物を配り始めた時、みおは百鬼丸に手を引かれ、炉端に二人、向かい合って座った。


「なあに?」


すると百鬼丸は懐をごそごそと探り、大粒の蛤を三つ取り出して、床に置いた。蛤達には細い赤い糸が巻きつけられていた。


「お土産」


そして百鬼丸は赤い糸を器用にほどくと、貝殻を開けた。中には黒い膏薬が凝り固まっている。


「こうやって使う」


百鬼丸は炉に刺してあった火箸を取り上げ、炎で軽く炙った。先端に息を吹き掛け、灰を払う。そして貝殻の中身をそれで掬い取った。


火箸の先で黒い膏薬はとろりと溶けた。百鬼丸はまた息を吹きかけ、少し待つ。


「手を出して」


みおは素直に両手を差し出した。百鬼丸は彼女の右の手首を掴み、火箸をその上でそっと傾けた。まだ少し熱い膏薬が、みおの掌に滴り落ち、炉の炎の色を受けててらてらと輝いた。彼は同じように左手にも膏薬を垂らした。




火箸を元通り炉の灰に刺し、百鬼丸は自分の両手でみおの手の全体に膏薬を塗り広げ、入念に刷り込んでいった。


「しみないか?」


「大丈夫」


膏薬を刷り込みながら、百鬼丸はみおの掌や甲や指を揉み解してゆく。力強いが優しい手つきだった。みおは、手の先で温められた血が腕から心臓に戻り、そして全身に広がってゆくのを感じた。彼を見上げると、


どう?


と問うように、彼はみおの目を覗き込んだ。


「ありがとう、気持ちいい」


みおはえへへと照れ笑いを浮かべ、手元に視線を落とした。百鬼丸の、一見華奢に見える手は、筋張っていて太い血管の浮き出た、逞しい手だった。みおの手をすっぽり包み込めるほど大きく、そして温かい。鬼神から取り戻してまだあまり多くの月日は経っていないが、剣を振るい時には農作業もこなすためか、まるで彼が生まれた頃からずっと在るかのような質感で存在している。爪と指の皮の境には、みおの手ほどではないがささくれがいくつもあった。


みおは百鬼丸の手の中からそっと自分の手を抜くと、彼の荒れた指先を撫でた。みおの掌に染み込んだ膏薬が、彼のささくれに移った。
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