百鬼丸からお土産
「みおねえヤダ!だっておててがさがさだもん」
孤児仲間最年少のユキは、そう言うとみおの腕の中から巧みにすり抜けた。
おててがさがさ。
ユキはただ本当の事を言ったまでなのだが、みおはがっくりとした。
この山奥の土地に移住してから、みおは「夜の仕事」をスッパリ辞めた。そのため、昼夜逆転の生活から夜は寝て昼は起きるという健全な生活を送れるようになった。なのでみおは、これまでタケと子供達に任せきりにしてきた水仕事を多くするようになった。最近は水も風も冷たいので、子供達の手が荒れるのが不憫で、子供達から奪うようにして水仕事を一手に引き受けてきた、みおだった。
当然の結果として、みおの両手は全体が真っ赤に腫れ上がり、甲は旱魃に晒された田んぼのようで、ひびからはたえず血が滲み、節くれだった関節には無数のあかぎれが出来ていた。夏の頃の、少女らしいたおやかな手指の面影は最早なく、すっかり中年女の使い込まれた手のようになっていた。
みおはじっと手を見た。それらは遠い記憶の中のおっかさんやばあちゃんの暖かい掌を思わせ、みおは嫌いではなかったが、ユキに真っ向から拒絶された途端、惨めな気持ちがじわじわと込み上げてきた。自分はまだ十六なのに、と。
ふと背後に視線を感じ、みおはギクリとして振り返った。百鬼丸である。彼はいつもの無表情で、床板の上に直に胡座をかいていた。彼はみおと目が合うと微かに目を細め、口角を上げた。そして「どうした?」というように小首を傾げる。
それはこっちのセリフだってば、と思いつつ、みおは微笑み返した。
百鬼丸は今やだいぶ人間らしく喋る事が出来るようになり、目も、前髪で隠されていない方は本物の眼球を取り戻しているのだが、それでもまだ、みおの前では喋れず目も見えなかった頃のように、微かな表情の変化や身振りで意思を伝えることを好む。
微笑みをたたえたまま、彼は少しみおに向かって上半身を前傾させた。みおは百鬼丸の方に向き直ると、
「なんでもないのよ」
ささっと両手を背後に隠して言った。
その翌日、百鬼丸とどろろは旅立った。なんでも、山を降りて東に数里ほどの所に割りのいい仕事が見つかったとかで、十日ほど留守にするということだった。
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