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黄昏時に散歩


「赤い……」

百鬼丸の第一声に、彼を取り囲んでいた子供達はげらげらと笑った。

「そうだよ、赤ん坊ってのはみんな赤いもんだ。赤いから赤ん坊っていうんだよ。あにきはそんな事も知らなかったのかい?」

タケが言うと、

「うん、知らなかった」

と、百鬼丸は応えた。

子供達はまたどっと笑う。

呆気に取られている百鬼丸の腕に、どろろがうやうやしく小さなおくるみを載せた。彼の左肘の内側に赤ん坊の頭を落ち着かせ、右腕で包み込ませる。先刻までやかましいほどの産声を上げていた赤ん坊は、今はまるでサナギのようにじっとして、動かない。薄い肌を透かして見える、身体の隅々まで行き渡った赤い血潮の色が、生きている証だ。

百鬼丸は、おくるみを自分の顔に近付けようとした。すると、赤ん坊の頭がぐらりと傾げ、彼の肘の内側から転げそうになる。

「あぁっ」

子供達が一斉に叫び、どろろがはっしと赤ん坊を押さえた。

「ったく不器用だなぁ、あにきは。ほれ、しっかりしろよ。おっとちゃんになったんだぞ」

おっとちゃん、
おっとちゃん、
百鬼丸のおっとちゃん

子供達が囃し立てる中、百鬼丸はやっと要領を掴み、赤ん坊を自分の顔近くに抱き寄せた。赤ん坊の産毛に覆われた頭に鼻を寄せ、目を閉じ、身体をゆらゆら揺らす。彼は久しぶりに、自分の生身の腕や目や耳を鬼神から取り戻せた事を、仏に感謝した。

「紅……。お前の名は紅丸だ」

おくるみに顔をうずめたまま、百鬼丸は呟いた。

「真っ赤っかだから紅丸ってかぁ?そんじゃ生まれた赤ん坊は誰もかれもが紅丸だぁ。なんかさぁ、もうちょっとよく考えてつけねぇ?」

どろろがくさするが、

「もう決めた。紅丸」

ちっとも譲る気のない百鬼丸だった。

「ったく、あにきの強情っ張りめ」


すると、開けっ放しの戸口に産婆が顔を出した。

「百鬼丸や、おいで。おっとちゃんの最初の仕事をしなきゃあ」

「おうよ」

応えたものの百鬼丸は名残惜しそうで、どろろの手に渋々と紅丸を返し、よっこらせと立ち上がった。父親としての最初の仕事、えな(胎盤)を玄関先に埋めるのである。

えなを埋めるのが下手くそだと、赤ん坊は酷く夜泣きをするようになるという。なので百鬼丸は戸口の地面をよく掘り、丁重にえなの入った壺を埋めた。

また、えなを埋めた場所を最初に踏んだ者を、赤ん坊は一番恐れるのだそうだ。そのため最初に踏むのは父親がよいとされている。百鬼丸は紅丸に恐がられるのは嫌だとごねて踏みたがらなかったが、結局子供達に突き飛ばされてつんのめりながら、盛り土を踏んだのだった。


やがて、月は欠けまた満ちた。紅丸は病にかかる事もなく、すくすくと育った。紅丸はよく眠ったので、おっかちゃん思いの良い子だと、はじめのうちは言われていた。

ところが、ある日を境に、紅丸は黄昏時になるとぎゃあぎゃあ泣き叫ぶようになった。どうやら百鬼丸のえな埋めは下手くそだったらしい。

小さな身体を目一杯弓形に反らして泣き続ける我が子に、さしものみおも途方にくれるばかりだった。乳を飲ませても、子守唄であやしても、紅丸はちっとも泣き止まないのである。

ところが、日雇い仕事を終えて帰ってきた百鬼丸がひょいと抱き上げると、紅丸は不思議と泣き止んで、彼の腕の中ですやすやと眠るのだった。これは百鬼丸をえなの上に突き飛ばしたみんなの功績であると子供達は言うのだが、百鬼丸はそうとは認めず、紅丸はおっとちゃんの事が大好きなんだと、自画自賛するのであった。

そんな訳で、黄昏時に紅丸を連れて散歩に出かけるのが、百鬼丸の日課となった。どろろはいつも、その後に着いて行った。

風の冷たさが、じきに冬が訪れるのを報せている。百鬼丸は息子を懐に入れて、ぶらぶら歩いた。

息子の夜泣きに疲弊した愛妻を休ませる為、というのは口実で、百鬼丸は単純に紅丸との散歩を楽しんでいる、と、どろろは見た。

先程まで真っ赤に燃えるようだった夕日は、山の向こうにすっかり姿を隠そうとしていて、稜線を縁取る金色も、次第に薄れてゆくのだった。

すれ違う人の顔すら判別し難い不吉な時刻。だが鼻歌まじりに歩いてゆく百鬼丸のお陰で、逢魔が時の侘しさはどこかに行ってしまうのである。

ほんのちょっと前までは、このあにき自身が赤ん坊みたいだったのになぁ。

どろろは小走りで百鬼丸の横に並び、彼の横顔を見上げた。以前よりしっかりしてきた顎の線を眺めていると、何故だか夕焼けを眺める時とは別の寂しさが押し寄せて来るのだった。

つと、百鬼丸は鼻歌を歌うのを止め、どろろを横目で見下ろした。そしてニッと笑うと、空いているほうの腕をどろろの肩に回した。

「なんだよぅ、ガキ扱いするな!」

抗議するどろろにはお構い無しに、百鬼丸はまた鼻歌を歌い始めるのだった。


(おわり)

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