約束はしたけれど
シャワーを浴びたついでに、未央は風呂掃除もした。そして浴室から顔を出してみると、百鬼丸はベッドの上で静かな寝息を立てていた。
ベッド横には旅行鞄。そしてテーブルにはお土産の入った袋。百鬼丸は地方公演から帰って来たばかりなのである。
未央は旅行鞄の中に入りっきりになっている洗濯物を出して洗ってあげようと考えたが、気持ち良さそうに寝ている百鬼丸を見たらなんだかじぶんまで眠くなってしまった。
洗濯物は後でいっか。
そして百鬼丸の隣にそっと滑り込んだ。すると彼は、眠ったまま体勢を変え、右腕を未央の方へ差し出した。腕枕をしてくれるというのである。未央はそっと、百鬼丸の腕の付け根辺りに頭を載せた。ここ数ヵ月で、人生37年目にして初めて知った、腕枕は文字通り腕を枕する訳ではない、という事。未央はつい、えへへと表情筋を弛めた。
実は百鬼丸は利き腕の方での腕枕はやりづらいらしいのだが、ベッドの端の壁に接している側が玄関から見て左側なので、仕方なく右腕で腕枕をするのだそうだ。つまり、彼は壁際の方に未央を抱え込んで寝る。ベッドの片側が壁に接する場合はこのような位置関係で寝ないと落ち着かないのだそうだ。
そんな彼の為にベッドを右側の壁際に移動しようにも、そうすればエアコンの風が顔の辺りに吹き下ろして来ることになるのである。それはそれで、顔が乾燥するので良くない。
安物のシングルベッドは二人で使うには心許なく、ちょっと身動ぎするだけでみしみしと鳴った。かつて実家を出て独り暮らしを始めるにあたって購入した念願のベッドだったが、いっそ処分して、畳に直に布団を並べ敷いて寝るのでもいいのでは、と未央は思う。だが百鬼丸はというとこの狭さがむしろ気に入っているそうで、別にこのままでいいと言う。
真夏の夕方。まだ明るい時刻だが、周囲をビルあに囲まれたこのアパートは、既に夕闇に包まれようとしている。
「今、何時?」
百鬼丸が少し掠れた声で訊いた。
「まだ5時半」
未央がこたえると、
「そうか。……あぁ、癒し……」
彼は未央をぎゅっと抱き締めて嘆息した。
二人して和やかな静寂に身を任せていると、突然、嵐はやって来た。
「おーい、未央姉!邪魔するぜー」
どろろである。
ベッド横には旅行鞄。そしてテーブルにはお土産の入った袋。百鬼丸は地方公演から帰って来たばかりなのである。
未央は旅行鞄の中に入りっきりになっている洗濯物を出して洗ってあげようと考えたが、気持ち良さそうに寝ている百鬼丸を見たらなんだかじぶんまで眠くなってしまった。
洗濯物は後でいっか。
そして百鬼丸の隣にそっと滑り込んだ。すると彼は、眠ったまま体勢を変え、右腕を未央の方へ差し出した。腕枕をしてくれるというのである。未央はそっと、百鬼丸の腕の付け根辺りに頭を載せた。ここ数ヵ月で、人生37年目にして初めて知った、腕枕は文字通り腕を枕する訳ではない、という事。未央はつい、えへへと表情筋を弛めた。
実は百鬼丸は利き腕の方での腕枕はやりづらいらしいのだが、ベッドの端の壁に接している側が玄関から見て左側なので、仕方なく右腕で腕枕をするのだそうだ。つまり、彼は壁際の方に未央を抱え込んで寝る。ベッドの片側が壁に接する場合はこのような位置関係で寝ないと落ち着かないのだそうだ。
そんな彼の為にベッドを右側の壁際に移動しようにも、そうすればエアコンの風が顔の辺りに吹き下ろして来ることになるのである。それはそれで、顔が乾燥するので良くない。
安物のシングルベッドは二人で使うには心許なく、ちょっと身動ぎするだけでみしみしと鳴った。かつて実家を出て独り暮らしを始めるにあたって購入した念願のベッドだったが、いっそ処分して、畳に直に布団を並べ敷いて寝るのでもいいのでは、と未央は思う。だが百鬼丸はというとこの狭さがむしろ気に入っているそうで、別にこのままでいいと言う。
真夏の夕方。まだ明るい時刻だが、周囲をビルあに囲まれたこのアパートは、既に夕闇に包まれようとしている。
「今、何時?」
百鬼丸が少し掠れた声で訊いた。
「まだ5時半」
未央がこたえると、
「そうか。……あぁ、癒し……」
彼は未央をぎゅっと抱き締めて嘆息した。
二人して和やかな静寂に身を任せていると、突然、嵐はやって来た。
「おーい、未央姉!邪魔するぜー」
どろろである。